そこは奇妙な部屋であった。
部屋の至る所には機械の備品がちりばめられ、ケーブルがさながら樹海のように広がっている。
「! この着信音は……」
折れたウサ耳がビーンと真っ直ぐ立つ。
「やあやあやあ! 久しぶりだねぇ! ずっとず―――っと、待ってたよ!!」
なにせこの着信音が鳴るのは、初めてのことなのだ。相手は、出る前から分かっている。
「欲しいんだよね? 君だけのオンリーワンが。
◇
「海だァ~~っ!!」
臨海学校初日、天候にも恵まれて無事快晴。陽光を反射する海面に賑やかで、心地よさそうな潮風にゆっくりと揺らいでいた。
「やっぱり海見ると、テンション上がるよなぁ」
―――海。
レジャースポットと言えば山派、海派と二分されるメジャースポット。
夏になると多くの人々が光に集まる虫のように、本能的に集まる場だ。
―――実際のところ、足に付いた砂は頑なに体から離れることを拒み、日差しに焼かれた肌は長く人体を苦しめ、潮風は髪を秒単位で蝕む、冷静に考えてしまうと何が楽しいのか全く持って不可能なリア充専用フィールド。
何処かのゲーマの兄が言っていたことだが、そんない忌々しいスポットも、状況が変われば話も変わる。
「よっ、と……」
とりあえず準備運動を始める一夏。何年振りの海だった為、足が攣って溺れても格好悪いと、腕を伸ばして脚を伸ばして背筋を伸ばす。
「い、ち、か~~~っ!」
おう? ―――って、のわっ!?
「あんた真面目ねぇ」
いきなり一夏に飛び乗って来たのは、鈴だった。
ちなみに着ているのはスポーティなタンキニタイプ。オレンジと白のストライプで、へそが出ているやいつだった。
「こらこら、お前もちゃんと準備運動しろって。溺れてもしらねえぞ」
「あたしが溺れたことなんかないわよ。前世は人魚ね、たぶん」
そうこう言いながら、一夏の体をしゅるりと駆け上がって肩車の体制になる。
「おー高い高い。遠くまで良く見えていいわ。ちょっとした監視塔になれるわね、一夏」
「監視員じゃなくて監視塔かよ!」
「いいんじゃん。人の役に立つじゃん」
「誰が乗るんだよ……」
「んー……あたし?」
にへへっ、と笑って見せる鈴。
「み、皆さん」
「お、山田先生―――」
恥ずかしそうな山田先生の声に振り向き挨拶をしようとし―――一夏は固まった。
半透明な素材のフリルやパレオをセパレートの水着に付けていた。
だが、一夏が固まったのは、その水着が原因では―――ない。
トップスからこぼれ出そうな農満な“それ”に―――脳を奔った数字に固まったのだ。
「―――ば、バカな。八十九、五十八、八十九……戦闘力、五十万だと―――ッ!?」
「な―――何故それを―――って違います! 何の話ですかっ!?」
山田先生の予想外の“胸囲度”を弾き出した脳内スカウターに一夏は戦慄した。
なんたることか。
今まで着痩せしていた為、見落としていたのかッ!?
「……ぬ、ぬぅ……山田先生のくせに、何というレベルの高さ―――ッ!」
「え、あ、そ、そうですか? そ、そんなでも、ないですわ……」
満更でもなさそうに、もじもじとする山田先生。
◇
―――白くまばゆい砂浜。
天上を鏡のように映して輝く海。
原色のインクをこぼしたような青空を、日差しが貫き、遠くの雲は流れる。
さざめく波の音、海鳥の声だけが響く中、複数の水しぶきが上がる。
脚が浸かる程度の浅瀬で戯れる一同に、セシリアがビーチボールを放る。
「のほほんさん、パスですわ」
平和な日常がずっと続けばいいと一夏は願う。
しかし、それは長く続くことは無かった……。
◇
IS学園郊外。
「いらっしゃい」
日本一、激辛麻婆豆腐を経営している中華言峰に一組の男女が入ってくる。
店には他の客はおらず、彼らだけ。
入って来たのは黒のくたびれたコートに煙草の臭いを纏った男性と銀髪の若い女性だった。
「麻婆豆腐、甘口で頼む」
「あたしは中辛で」
男女はメニューを見ず、カウンター席に座った瞬間、その場で頼む。
店長と思わしき男性は何も返事することなく、麻婆豆腐を作り始める。
「そういや、お宅の子たちが今、臨海学校に行っているらしいな」
「ああ。そうだったね」
ふと、思い出したかのように店長が話すと、カウンター席に座っていた男性が軽く答える。
「キャスター陣もそっちに向かっているそうだ」
「……………」
男性は黙り込み、何かを考える。
そして、ポケットから携帯を取り出し、何処かに掛けた。
「舞弥。済まないが、例の物を今から指定する場所に持って来てくれ」
電話の相手である舞弥と呼ばれる女性は「はい」と答え、男性は場所を言った後、直ぐに電話が切る。
「おまちど」
男性も電話を切り、ポケットにしまうと目の前に麻婆豆腐が置かれる。
「いただきます」
女性が一言言って、男性も食べる。
「しかし、キャスター討伐を発令してから既に一か月が経っているが、未だに未完とは今回は緩いな」
「そうだね。今回のマスター陣もそうだけど、サーヴァントも癖のあるやつばかりだからね」
セイバー、ブリテンの王。アーチャー、更識家17代目当主。ランサー、ケルトの大英雄。キャスター、かの童話『青髭』のモデルとなった人物。ライダー、ギリシャ神話に名高いゴルゴン三姉妹の末妹。アサシン、未だに姿を見せない。バーサーカー、未だに良く分からない。
わかっているだけでも5騎のサーヴァントがこの地に姿を現していた。
「君はどう思うかい? 言峰神父」
「そう言うお前はどうなんだ? 切嗣」
お互いに笑い返すが、目が笑っていなかった。
「でも、あたしたちの依頼を受けてくれたことは感謝しているわ」
「愛理……君もそうだが、私直々に動かさないでもらいたい」
言峰ははぁ~とため息をつく。
愛理と呼ばれた女性は水が入ったコップを手に持ち、飲む。
「そんじゃ、僕たちはここで失礼するよ」
と言って切嗣は金を払って立ち去る。
その後を愛理が続く。
「またのご来店を待っているよ」
言峰は決まりセリフを言って、皿を片付ける。