臨海学校が終わり、IS学園は夏休みに入った。
しかし、一夏は今、地獄と呼ばれる……いな、そう呼ぶことしか出来ない場所にいた。
「食べないのかね?」
真っ赤に煮えたぎる麻婆豆腐。
そして……一夏の目の前で躊躇なくそれを食べる神父。
「……………」
一体どうしてこうなった、と一夏は考える。
その始まりは数時間前のことだった。
一夏の元に届いた一通の手紙が全ての始まり。
◇
臨海学校を終え、一夏たち生徒はIS学園に無事に帰宅。
そして、その後は特に大きなことはなく夏休みに突入し、現在IS学園に残っている生徒はほとんどいなかった。
「織斑くん? いますでしょうか」
クーラーが効いた部屋で寛いでいた一夏の部屋にノックが響き渡る。
「山田先生?」
しかも、一夏の部屋の前に立っていたのは山田先生だった。
一夏は軽く身支度を整え、部屋のドアを開ける。
「はい。何でしょうか山田先生」
「実は織斑くん宛に手紙が」
夏服に着替えた山田先生は一夏に一通の手紙を渡す。
「あ、どうもありがとうございます」
「では、失礼します」
そう言ってお辞儀を済ませ、山田先生は行ってしまった。
「今時手紙を出して来るのは誰なんだ?」
手紙に確かに織斑一夏宛に書かれており、住所もこのIS学園となっている。
差出人を確認しようと裏返すとそこにはこう書かれていた。
「聖堂教会……?」
一夏は考える。
そこで一つ思い当たることがあった。
「聖杯戦争……」
そう。前に一夏は楯無から聖杯戦争のことについて教えてもらったときに2つの組織が絡んでいることを聞いていたのだ。
その1つが聖堂教会だった。
「どうしたの?」
ラフな格好をしたアーチャーがドアの前で棒立ちになっている一夏が気になって見に来た。
「魔術式の匂いがする……」
アーチャーは一夏が持っていた手紙を奪い封を開けた。
「ちょっ!? アーチャー!?」
「……………」
中には一枚の紙が入っているだけで他には何もなかった。そして、その肝心な紙には何も書かれておらず、ただの白紙のみ。
「白紙?」
「違うよ」
アーチャーは白紙に魔力を流すと文字が浮かび上がってきた。
「あぶり出しに似た原理の魔術式だね。普通の人には白紙にしか見えないけど、魔力を流せばこうして文字を浮かび上がらせることができるのよ」
一夏もあぶり出しのことは知っていた。
まさか魔術師もこんなことをしてくるとは一夏も思ってもいなかったのだ。
「何って書いてあるんだ? アーチャー」
「指定された教会に来て欲しいって……キャスターの件のことでらしいよ」
読み終えると紙は燃え、一瞬で灰も残さずなくなってしまった。
◇
真夏の昼。一夏たちはIS学園から出て、指定された教会へと向かう。
数十分が経ったころに目的の教会へとつく。
「うわっ」
丘の上を登りきると、こんな街にあるとは思えないとんんでもない豪勢な教会が見えてきた。
高台の殆どが教会の敷地なのだろう。
丘の上は左右を向いても平らにされていた。大きな庭の奥に教会があった。
信仰心なんてない一夏だが、これだけ豪華な神の家を前にすると不思議と神様への敬意なんてものが湧き上がってくるのだから罪なものだ。
「どうしたの?」
先を歩いていたアーチャーが立ち止まる。
「あ……ああ。教会があるってことは知っていたけど、一度も来た事がなかったから……その、デカいんだなって」
「仮にも“聖杯”なんて代物を巡る争いだもの。このくらいは当然よ」
「それも、そうか」
聖杯といえば聖槍に並ぶ程の超一級品の聖遺物である。
一夏は特段一大宗教の裏側に存在する聖堂教会について詳しいわけではない。楯無より聞いた程度だ。だが、聖堂教会も過去の英雄を呼び出して戦わせる聖杯戦争なんてものを黙認するはずがないだろう。
寧ろ本当にこの街に聖杯があるなら、この教会でも規模が小さいくらいなのかもしれない。
一夏はこの教会について『孤児院でもある』ことしか知らなかったので、聖杯戦争を知りその裏の事情について知ると色々と発見があった。
「で、ここの神父さんってどういう人なんだ?」
「名前は言峰綺礼。聖杯戦争の監督役なんてなるくらいだもの。ばりばりの武闘派の代行者よ」
「へぇ……」
「そうそう、気をつけなさい。ここの神父、とんでもなく性格のひん曲がった奴だから」
「酷い言われようだな。更識家17代目当主、更識楯無……いや、今はアーチャーと呼ぶべきかな?」
話し声を聞いたのか教会の奥からカツカツと足音を慣らし、黒い僧衣の神父が姿を現した。
奈落の底のようにそこが見えない黒い双眸。教会の神父に相応しい荘厳さを持ちながら、神を踏み躙るかのような悪徳感を感じさせる男だった。言峰綺礼という神父は。
「御託はいいわ。それで?」
「うむ。キャスターの件のことだ。キャスター討伐に関与したマスターには令呪を渡すことになっていてね」
臨海学校の時のことだろう。
セイバーとライダー、そしてアーチャー。
この三騎がキャスターを討伐したことにより、報酬の令呪をくれるということらしい。
そう言われ、一夏は右手にはめられた手袋を取り、令呪を綺礼に見せる。
綺礼は一夏の令呪の上に手をかざすと、一夏の令呪が光出す。
そして、四画目の令呪が刻まれた。
「これで令呪の受託は終わりだ」
一夏は受け取った令呪を眺め、再び手袋をはめる。
「そう言えば、少年」
「はい?」
「昼食はまだかね?」
教会に置かれている時計は12時を過ぎており、一夏たちはまだ昼食を済ませていなかった。
「まだですけど……」
「この後、一緒にどうかね? 君に話したい話がたくさんあるのだよ。君の両親のことでね」
「!?」
綺礼の言葉に一夏は驚く。
急に姿を眩ました両親の話。その一言が一夏の心が揺らぐ。
「……いいですよ」
「では、着いて来たまえ」
そう言って、一夏は綺礼の後に続く。
◇
「さて。大人としてここは奢ろう。遠慮せず食べたまえ……泰山の麻婆を」
教会がある丘を降りて、少し歩いたところに一件の店が見えてきた。
綺礼は慣れた手つきで店内にはいると、すぐさま席に着く。
そして、麻婆豆腐を3つ頼む。
「いや遠慮したいんだけど……なんか赤いというか紅いし。この麻婆」
数分して一夏とアーチャーの前に麻婆が置かれる。
しかし、一夏が想像していた麻婆とはかなりかけ離れた麻婆が目の前に出されたのだ。
「……この店って噂のあそこよね。死ぬほど辛い麻婆が出るっていう」
アーチャーはようやくこの店があの……禁止指定された激辛麻婆が置かれている店だということを思い出したのだ。
「大袈裟なことだな。む、来たか」
「あいー。麻婆豆腐お待たせアル」
そう言っている内に綺礼の分の麻婆が届き。
「いただきます。……………どうしたお前たち、早く食べたまえ」
「覚悟を決めるしかないか」
「や、止めて! この麻婆は洒落にならないわ!! 下手すれば病院送りになるわ!!」
「アーチャー、男には退けない時がある。今がその時だ」
「い、一夏くん!?」
「アーチャーだけ逝かせる訳にはいかないからな……」
そう言い残して、一夏は麻婆を口の中に入れた。
パクッ
「……………」
「美味いか?」
「ぎゃぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
一夏の断末魔が店内に響く。
「店内で叫び声をあげるなど品がないことだ。おかわりは要るかね?」
綺礼は何もなかったように躊躇なく食べていた。