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春――――――――それは、節目の季節。
出会い。別れ。いろいろなものが変わっていく。
うつろってゆく時間の中で、わたしはいつもぽつんと置いてきぼりだった。
両親を早くに亡くして、1人で満足に歩くこともできない身体を引きずりながら、これからもこの大きな家にひとりで暮らしていく。
それはとてもとても暗くて長い道のり。
果ての見えないひとり旅に不安で押しつぶされそうになる。
ふいに、生きるという選択を手放してしまいたくなるくらい。
ううん。もしかしたら、半分くらいはもう手放していたかもしれない。
それくらいわたしは、自分の人生を後ろ向きにしか考えることができなかった。
そんなとき――――――――――――
コンコン……
返事はない。
コンコン……
「……おじゃましま~す」
自分の家で言うのはちょっとおかしいような言葉を控えめにそえて、わたしはとある1つの部屋の扉をゆっくり開いた。
ここはもともとは両親が寝室として使っていた部屋で、
そんな部屋をわざわざ訪れたことには、ちゃんと理由があって…。
「朝ご飯の支度できとるんよー?はよ起きて食べよ~」
しゃっとカーテンを両脇にすべらせて、優しい朝の光をめいっぱいにむかえ入れる。
「んうぅ……まぶしい……」
布団にくるまりながら光を遠ざけようとする様子がカタツムリみたいでかわいらしい。
わたしは無意識に顔がほころんでしまった。
そうはいっても、ずっとこのままってわけにもいかない。
「朝ご飯冷めてまうよ~?はよ起きて~」
ゆさゆさ…ゆさゆさ…
「んー…あと5時間だけ寝かせてぇ~……」
「そんなんお昼になってまうやろ~。アホなこと言わんとっはよ起きなさいっ!」
ばっと取りあげた布団の下で、1人の天使が体を丸めこみながらねぼけ眼をこすっていた。
「ん~……おはよぅ……はやて…」
むっくりと起こした上半身はパジャマの上着がはだけていて、わたしよりも年下のはずなのにとってもその…えっちな感じに見えてどきどきする。
もしかしたら顔も少し赤くなってるかも…。
そのことが彼女に見つかってしまわないように、わたしはひときわ明るい笑みをふりまいた。
「うん。おはよう――――――――――――――――」
「アリシアちゃん!」
◆
「ん~っ…ふぅ…」
わたしは思いっきり背伸びをして、駅構内からはきだされてくる波を眺めた。
「……ほんとに平和なんだね…」
入国して数日が経ったけど、今でもこの国にはおどろかされてばかりいる。
ご飯がおいしいとか。
自然がきれいだとか…。
なかでもとりわけおどろいたのは、夜の1人歩き。
この国では武器を持たないどころか、自分の身すらもまともに守れないような女の人でも当たり前みたいに歩き回っている。
日本という国ではそれが普通なんだろうけど、わたしにとってはとても衝撃的だった。
わたしのいた国で同じことをしようものなら、次の日には身ぐるみをはがされた状態の死体で見つかるか、気付いたら船の上で
自殺願望があるか、よっぽど腕に自信がある人でもない限りマネできることじゃない。
それが許されてしまうほどに平和であることは、純粋にうらやましくもあるけれど、そのぬるま湯に
ううん。
そもそも、その
「……ま、わたしが考えるようなことじゃないか」
けっきょくは他人事だしね。
『日本か……一度行った事があるが、なかなかいい所だった』
それだけ。
ずっとこの国に住もうってわけじゃないんだし…。
「はい、あ~ん☆」
「あむ」
「やぁん!食べた食べた♡」
もくもくもく――――――――…こくん
「次は私ね♪は~いこっち向いて~」
「…あむ」
駅前から街中まで歩いてきたわたしは、喫茶店でひとり休んでいた――――――――はずだったんだけど…。
「あ、これおいしい」
「ほんと?良かった~♪」
いつのまにか20代前半くらいの女性たちに右・左とはさまれていて、ミルクとクッキーだけだったテーブルの上にはケーキとかアイスとかいろいろと増えていた。
「他に何か食べてみたいものとかある?」
「ん~……これ?」
「これね♪――――すみませ~ん店員さ~ん!」
こうして
この国にきて数日間、じつのところ、わたしはこと食事に関して自分でお金をはらった記憶はほとんどない。
もちろん、わたし自身からおねがいした回数も0。
(別にお金がないわけじゃないんだけどね~…)
これでもいちおう
むしろ、そこらへんの大人よりも持ってる自信がある。
まぁ、はらってくれるのならわざわざそれをことわる理由はないしね。
「――――――――ねぇ、あれ見て…」
右側の女性が左側の女性にそううながして、つられてわたしも彼女が指差した先をおいかけた。
車いすの女の子と、その目の前には男の人が2人。
女の子はわたしよりも少し年上くらい。
対する男の方はわたしよりも一回りくらい年上に見える。
男2人はなんだか怒ってて、女の子はあやまっているようにも見えるとなると、車いすがあの男の人のどっちかにぶつかっちゃったってところかな。
「あんな小さな子に向かって…」
「誰か助けてあげればいいのに…」
「…」
まぁ、期待はできないかな。
ケーサツを呼ぶくらいならだれかがするかもしれないけど、だれでも面倒事は避けたいだろうし。
女の子はときおり周りに目を配って助けを求めているけれど、通りすぎる人たちはとたんに目をそらす。
これが現実なんだよね。
「どうする?」
「警察の人呼んだ方がいいかな?」
「…」
かわいそうではあるけれど、関わらない方がいいかな。
面倒事はイヤだし。
なにより、必要以上に目立たない方がいいんだよね。
あの人からもそう教えてもらってるし。
『何だお前……見かけないガキだな』
「…」
『ここが今日からお前の家だ』
「…」
『フッ…何言ってやがる。お前はもう―――――――』
(――――――――……ああもうっ!)
ひょいっ
「ありがとうお姉さんたち。わたし、もう行くね」
「えっ?」
ぽかんとしている2人を尻目にわたしは喫茶店をあとにした。
(はぁ…こんなはずじゃなかったんだけどなぁ)
テキトーにぶらぶらして、テキトーにおいしいもの食べて…。
そしてテキトーなところで切り上げて、もといた国に帰る――――――…。
ただそれだけで。
その程度のことしか考えていなかった。
そんな今のわたしに、これから自分の身に降りかかる出来事なんて想像できるわけがなかった。
そう。
それはわたし自身の存在すらもゆるがすように大きくて…あまりにも、大きすぎて―――――――――…。
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『for you』の方はちょっとお休み中です。
もしかしたら近いうちに再開するかもしれません。