太陽の沈んだ空が、殺風景な荒野を夜闇という黒い色に染め上げて、より寒々しい雰囲気を漂わせていた。
そんな星々が煌めく夜空の一点から引き寄せられた流星の如く、やや巨大な飛行体が静寂を劈くような音とともに飛んできた。飛行体は金属性らしく、本体の上部と左右には鶏冠や両翼のような同質の垂直安定板が突き出ている。いずれにしても、この世界には有り得ない存在だった。
その飛行体は人気も正気も失せた大地を、しばし獲物を求める猛禽類のように低空飛行しながら注意深く探査した後、荒野の一角に生い茂る小さな森へ向かう。周囲の木々に巣くっていたのだろう鳥の群れが、礼儀知らずの侵入者に対する抗議とも思える鳴き声を発しつつ飛び散っていくのも構わず、飛行体は下部の両翼を折り上げつつ降り立つ。
完全に着陸した飛行体は下から薄色の煙を放出しながら例の劈くような音も発しなくなると、間もなく後部の扉が開き、下りてきた梯子から赤色の人影が現れた。
「……ここか」
人影は男だった。長身痩躯にやや光沢のある真紅の衣服を着込み、その胸元には豪奢な紋章が着いている。右側だけ黒革の手袋に覆われた手、足には黒い
男は飛行体も、開いた扉もそのままに、小さな森の中を見回しながら突き進み、やがて荒野一帯を見渡せる場所に巡りつく。そして、暗闇でも見える特殊な双眼鏡をどこからともなく取り出し、そこから再度周囲の地形を調べ始めた。
東西南北……大小の森が時折確認できるが、ほとんど砂や岩ばかりだ。まさしく荒れ地。しかし、前方に一箇所だけ、かなり距離はあるものの街――この世界では都と言うべきか――がある。
男は双眼鏡を目から離し、肉眼で改めてその彼方にある都を見据えた。
実はこの世界に関する事前調査は早々完了しており、到着から着陸までの一見行き当たりばったりに思える一連の行動も男の中ではほぼ予定通りだった。しかし、これは単なる前触れ――計画の第一段階にも満たない。ここから取り掛かる行動こそ目的達成の第一歩なのだ。
男はそう思いつつ微笑を浮かべる。これから、これからだ……。
彼は衣服の懐へ片手を伸ばし、そこから取り出した末端器を起動させると、手早く弄りながら計画の再計算を始める。時間はある。焦る必要も、慌てる理由もない。
しばらくすると男は期待と好奇の混じった赤銅色の瞳で、頭上の闇夜を見上げた。
「……この世界の星空も、素晴らしいね」
* * * * * * * * * *
「盗賊?」
珍しく執務を捌き終え、休息がてら侍女に淹れてもらった茶で一服していた
「はい」
すると頷きつつ長身黒髪の少女……関羽はこれまた凛とした声で応じる。
「もしかして、また黄巾の残党が?」
ほんの最近まで、日本の一都市に住む、ただの平凡な学生だったこの青年だが、ひょんなことから『三国志に似て非なる異世界』にあるこの大陸へ迷い込み、その風貌や経緯から関羽達に天界から君臨した御遣いとして扱われ、更に現在ではややあって、大陸三強に数えられる一国の太守を担っている。故に重臣である彼女達から報告される内容は、如何なる類だろうと無関係ではない。
「いえ、少なくとも黄巾の残党の仕業ではないようです」
「へ?」
返ってきた関羽の言葉は予想外にはっきりしたものだった。
「ずいぶん即答だけど、なんか根拠があったりするの?」
「ああ、いえ……それは、ですね……」
「……愛紗?」
一刀は首を傾げつつ関羽の『真名』を呼ぶ。
『真名』とはこの世界の人々が持つ、もうひとつの名前である。
この世界の人々は妙と名以外にも字という名を持っているが、更にもうひとつ……この世界特有の鉄則とともにある大切な名前がある。それが『真名』だ。互いに認め合える相手――心を通わせられる者達のみ呼び合える、まさしく絆の証明であり、逆に本人の許可なくその者の真名を呼ぶことは最大の侮辱行為となる。故に彼女達が気軽にその『真名』を呼び合う様子は、一刀を筆頭とした強固な信頼関係が築かれている証拠でもあった。
関羽はしばし瞳を泳がせたまま口ごもったが、疑問を抱きつつも自身の返答をじっと待ち続けてくれる主の様子に申し訳なく思ったのか、やがて歯切れは悪いものの報告を再開する。
「その……そこが、なんとも奇妙な点でして……」
「奇妙?」
「はい。実はその盗賊の被害者には、黄巾の残党も含まれていまして」
「黄巾の残党も被害者だって?」
「そうです……というより、被害にあってる者達は全員そういう輩なのです」
「それって、つまり盗賊に盗賊するって――ややこしいけど、盗賊狩りってこと?」
「まだ断言はできません。偶然襲撃された者達が、そういう輩ばかりだけだった可能性もあります」
「なるほど」
納得する一刀の言葉に、関羽は小さく頷いたものの今度は自省と苛立ちの混じった言葉を紡いだ。
「仮にそうだとしても、悪事をはたらく輩を成敗する事は感心しますが、それは本来我々の使命です。無関係な者の勝手を許したままでは国の尊厳にも関わります。ただでさえ、我が国には迷惑な前例が山ほどいます故」
「ああ、そうだったね……」
一刀は苦々しい表情を浮かべる関羽に同情するとともに、脳裏に蝶をあしらった仮面をつけた正体不明の女怪人を過らせたものの今回は苦笑だけに留めると、直ぐにまた問題の盗賊狩りの話へ戻った。
「まぁそんで、他にその盗賊狩りの手掛かりはないの?」
「あっ、はい!」
やや俯いていた関羽だったが、一刀にそう質問されると、さっと背筋を伸ばすとともに気を取り直して報告を続ける。
「主犯格と思しき者は真っ赤な鎧を、他の者は似たような白い鎧をそれぞれ着込んでおり、顔も兜と仮面で隠しているようです」
「頭まで全身鎧なんて、単なる盗賊狩りにしちゃ重装備だね。他には?」
「それと、襲われた者達の聞き違いと思うのですが、その盗賊が出現する際は奇妙な音楽が流れるとか……」
「奇妙な音楽?」
「聞いた話によれば、演奏のようなのですが、その……軍が行進してくるような雰囲気らしいのです」
「軍が行進するような演奏?」
何気なく両手を組みつつ一刀は天井へ想像を浮かべるように片眉を上げると……次第に、昔見た某映画の有名曲がそれこそ行進しながら近付いてくるように脳内再生し始めた。
「その、帝国のテーマ……とか?」
「ていこくのてぇま?」
「いやいや、こっちの話!」
一刀は呟いた自身の言葉に首を捻る関羽へ両手を慌ただしく振りながら誤魔化す。当然といえば当然だが、ついつい自身の世界の一般用語――いわゆる現代語を漏らしてしまうことがあり、その度にこの世界の住人に怪訝な視線をしばし向けられる。今のような受け答えも、ほぼ日常茶飯事となっていた。
「それはそうとして、赤い鎧の盗賊狩り、か……」
そんな居心地の悪い状況を避けるべく、一刀は両手を組みつつ何となく話題の存在を呟いた。
「現れるのは成都の近くなんだよね?」
「はい。そこで捜索隊とともに近々捜査へ向かおうと思っています」
「なら俺も一緒に行くよ」
一刀の唐突な提案に、関羽はぎょっとした表情を見せる。
「ご主人様が!? いいえ、ご主人様にわざわざ出陣していただくような問題では――」
「いや、良し悪しはともかく成都の人達だって不安だろうし、俺自身ちょっと気になるんだ。それに単なる盗賊狩りってんなら、なんか訳ありで、話し合えるってこともあるだろ?」
「ですが!」
「大丈夫だって」
「いいえ、なりません!」
それから暫く二人の押し問答は続いたが、最終的には頑固な関羽がここぞとばかりに押しの強い一刀に根負けするという毎度御なじみ結末となるのは想像に難しくなかった……。
* * * * * * * * * *
そこは独自の時間と歴史を積み重ねる無数の世界が存在する空間に建築された統轄機関の中央拠点であり、その主任務である各世界の健全な交流と治安――平和維持を厳しく監督する航行部隊の本部でもある巨大施設だった。
その存在はまさしく次元世界の中心……強いては組織の支配する平和の象徴だが、そんな醜悪な世界と統一を憎悪し、それ者達がしがみつく平和を永遠に滅したいと渇望する闇も存在する。
「…………」
その闇は施設内の執務室と思しき場所から、周辺の空間と巨大施設を行き来する多種多様な艦船を見渡していた。
全身が真っ黒い衣服と
闇は外套の下から片手をさっと振った。すると背後の机上に置かれていた投影装置が起動し、そこから青白い人影が投影される。
その影は闇と似たような衣服と外套を着込んでいるが、顔は頭上から奇妙と冷淡の意匠が入混じった赤黒い仮面に覆い隠れており確認できない。
〈あの外史はまだ管理者の影響下にあります……〉
不意にその青白い
〈ですが、それ故にこちら側の勢力は一切干渉しません。あの外史に例の座標が印されていても抹消する事は十分可能です〉
「……よかろう」
仮面の人物がそう言い終えると、闇は深々と被っている
「あの世界の者達では
〈例の帝国軍の者はいかがいたしましょうか〉
「放っておけばよい。それこそ、あの世界の者達に任せればな。だが……」
闇はゆっくりと振り返り、側近の
「障害となるなら容赦はするな。あの世界の者とともに排除して構わん」
〈了解……〉
寡黙な側近はそう答えると、先程よりもうやうやしく仮面に覆われた
「全て計画通りに運んでいる」
〈…………〉
「間もなく、あらゆる物語が余の支配下となる」
しばし沈黙が訪れた。畏敬の闇――消滅者はこみ上がる邪悪な情熱と歓喜に心身を満たしながら、
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。作者のブランドマーカーです。
ノリとしては原作外伝の華蝶仮面のような……原作以上あれ未満にぶっ飛んだもん書くって個人的には思っています。
駄文ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。どうぞよろしくお願い。