よく見る、夢のお話。
夢の中の私は小学校低学年くらいの歳。そしてその私は、楽しそうに晴れた日の青々とした野原を駆け回っている。
『こら、友香!そんなに走らないの。転んじゃうでしょ』
それを背後から見守りながら後ろを歩くのは見慣れた私の母親。明るい茶色のショートボブに、エスニック風の刺繍入りのワンピースを着ていて、手には弁当を入れるバスケットのような物を持っている。どうやらハイキングの最中らしい。
今はもうすっかり大きくなったはずの弟は、まだ3~4歳くらいの背丈で、母親にゆっくり手を引かれながら一歩一歩、慎重に草を踏みしめている。
そしていつも決まって現れる人物がいる。私の隣で草花を摘み、優しく微笑みかける誰かの影。私にはそれが誰なのか思い出せない。しかし、微笑み返す私の顔はとても楽しそうで、きっとよく知っている人なんだろうと思う。
『良いじゃないか、元気な証拠だろう』
癖のある茶色の髪、少しレトロな金の丸眼鏡、目を細めて笑う姿はとても穏やかで、優しい人なんだなと言う印象が伝わる。清潔そうなワイシャツが風に揺られ、ほのかに爽やかな匂いが鼻をくすぐる。
『向こうはもっと花が咲いてるよ。行ってみようか』
『うん!!!』
『よし、行こう!』
彼は私の手を取り、さらに野原の向こう側へ駆け出した。
『ほらもう、走らないって言ったのに』
母親の言葉をよそに、転びそうになりながらも足元を見ると、色とりどりの鮮やかな花が顔を覗かせている。虫達もその周りを自由に舞い、生命力を解き放っている。
『よし、もっと向こうまで競争だ!!』
彼は私の手をそっと離すと、少し手加減したスピードでさらに奥の方まで走って行った。
『あ、待ってよ!!!』
後に追いついて、もっと綺麗な花を見たかった私は、一生懸命に彼を追いかけた。だが、なかなか彼には追いつけず、どんどんどんどん差が開いていく。いくら手加減していると言えども、大人の歩幅に子供の私が追いつけるはずなどない。それでも立ち止まる事も今更できず、並ぼうとする事しかできなくて、私はとにかく走った。
『まだ追いつけないのか?こっちだぞ、友香』
立ち止まって後ろを振り向いた彼が、私の方を向いて手招きをする。
走るスピードを上げ、やっと、やっと追いつけると思ったところで、足元に違和感を感じて、下を見る。
『きゃっ!!』
植物のツタに足が引っかかり、盛大に顔から転んでしまった。
ヒリヒリする顔をゆっくり上げてみると、そこにはもう彼の姿は無かった。
まさかと思い後ろを振り返ったが、背後にいた母親と弟の存在もどこにも無かった。残されたのは自分と、だだっ広い野原だけ。さっきまでの綺麗な花達も、生き生きとした虫達の姿も無い。ただ草だけが生い茂る寂しい風景が広がっていた。
『パパ……』
怖くなって周りを見回してみても、誰もいない。
『………ママ………亮太!!』
落ち着かなくて、とりあえず走り回ってみたが、やはり何処にもいない。高い木も草むらも無い野原には、人が隠れられる場所など無い。
私は地面に膝をついて、そして諦めたように顔を俯ける。
『……置いて…いかないで……』
涙を流しながら、枯れた声で私は彼を呼んだ。
『…ひとりにしないで、パパ』