「……という夢を見たんだよ!」
稼働しているような音を響かせている機械ばかりが至るところに存在する暗い部屋の中、清楚な青いエプロンドレスを身に纏っている女性がわずかに声を震わせて叫ぶ。
その視線の先には、身動き一つせずじっと横になっている男性がいる。
「……なんというか、壮絶というかなんというか……」
「ひどい夢だよね~!」
女性の声
「だから構って?」
「眠いから後で」
淡々とした声でバッサリと切られる。女性はそれに対して男性の体を掴み、全身を使って揺らし始める。
「今!今構ってよ~!」
ガクン、ガクン、と男性の体が大きく揺れる。
ちょっと待て、揺らすな、という抗議をするが、女性はひたすらに体を揺らす。しばらくして女性の方が疲れたのか軽く息を切らせて揺らすのをやめ、しかし男性は相変わらず体を横にしたままだった。
「……今何時だと思ってるんだ」
「日本時間4時」
「俺たちが眠ったのは?」
「日本時間2時」
「2時間しか眠ってないのからしんどいんだって」
だから眠らせてくれ、という声に対し、女性は頬を膨らませる。よほど眠いのか、そんな女性を無視して身動きせずにじっとしている。
そんな男性を見た女性は、仕方ないなぁと言わんばかりのため息を吐いて、しかしその背中をニヘラっと顔を崩して見ていた。
「……束……」
横になっている男性をじっと見つめている女性。
ある種の歪んだ空間とも言えるような場所に、凛っとした声が響いた。
その声が誰のものなのか知っていた女性は、束と呼ばれた女性は顔を明るくしてその声のした方を向く。
そこには仕事のできる女性をそのまま現実に出したと言っても違和感のない、クールビューティーという言葉を人にしたような女性がいた。
ただ、女性は普段の引き締まった表情は一切見せることなく、むしろなにかに耐えるような表情を浮かべて束を見ていたのだが、束はそれに気付くことなく明るい表情を浮かべて女性へと近づいた。
「あ、ちーちゃん!聞いて聞いて!ひっどいんだよー!束さんが寂しいって言ってるのにつれないことしか言わないんだよ~!」
「……束」
「本当にさー!今はもう寝ちゃってるけど、」
「束」
「そうだ!今度みんなと一緒に宇宙にいこうよ!私達特製のロボットがちょうど完成したんだよ!」
「束」
「珍しいよね~!前までなら1人でやる!何て言ってたのに、最近になって束さんの力を貸して欲しいって言うんだよ?ふふふ。束さんの手助けが必要なんだってようやくわかったみたいで束さん安心したよ~!」
「束!」
ちーちゃんと呼ばれた女性、織斑千冬の声が部屋の中で木霊する。
突然の親友の大声に束は驚いたような表情を浮かべて千冬を見て、一筋の汗を垂らして乾いた笑みを浮かべた。
「も、もう。どうしたのさちーちゃん。ここに2時間しか寝てなくて不機嫌な人がいるんだから声のトーンを落としてだね……」
「束、いつまでそうしているつもりなんだ」
束の言葉を遮り、千冬は怒るように束を睨み付ける。
しかし、その顔は泣きそうな表情を浮かばせ、抑えようもして失敗したような震えている声を出した千冬は、怒っているのではなく。
ただ悲しんでいるように。悔しがっているように。苦しんでいるように。後悔しているかのように。普段の勇敢な姿を全く見せない、ただの女性としての織斑千冬が、そこにいた。
「いい加減に目を覚ましてくれ!そこにあいつはいないんだ!あいつは、お前とともにいたあいつは、もう……!」
ボロリと、言葉を捻り出すかのように発する言葉と一緒に大きな涙を流す。
それがきっかけなのか、それとももう限界だったのか。千冬はボロボロと涙を流し続け、込み上げてくる嗚咽を必死に抑えて声を出そうと、認めたくない現実を再び受け入れようと必死になっていた。
そして、震える声で、
「あいつはもうこの世にはいないんだ……!」
世界が死んだ。
まさにその言葉が相応しいほどに、その部屋の中の色が、音が、臭いが、ゼロになったかのような、そんな錯覚すら感じるほどに、明らかに雰囲気が変わった。
「……何言ってるのさぁちーちゃん。ここにいるじゃないか。今はもう寝てるけど、ついさっきまで私と喋ってくれていたじゃないか」
死んだ世界の中、まるでその中にはいないかのように笑顔を浮かべる束だが、その目は威圧は、声は、溢れる怒りを隠せずに千冬へと向かっていた。
「束!いい加減に現実を見ろ!」
それに恐怖を覚えなかったわけではない。束が本気になれば自分なんか意図も簡単に、物理的にも社会的にも消すことができる。自分の前にいるのはそんな人物だ。
だが、同時に自分の親友だ。何度もケンカをし、その度に仲直りをしてきてた、大切な親友だ。
だから、堕ちていくだけの姿を、
「あいつはあの事件で自ら命を絶ったじゃないか!私達が!私が、不甲斐ないばかりに、あいつは……!」
「それ以上この人をバカにするようなことを言うのやめてくれないかな」
千冬の言葉を遮るように、さっきまでの楽しげな声色とは正反対の、まるで敵に送るかのような声色を出す。束の出すその威圧感に、世界最強と名高い千冬ですらも息を飲むほどに、重苦しいものだった。
「いくらちーちゃんでも、死んでない人を死んでるなんて言うなんて、しかもこの人を死んでるなんて、いくらちーちゃんでもそんなことを言ったら許さないよ」
千冬に背を向ける。そのまま男性のある方へ歩いていき、
「束……」
「帰って」
拒絶するように千冬の言葉を遮る。今の彼女ならば力ずくでも排除をしてもおかしくはない。力ずつの行動をしないにしてもなにかしらの凶行に走った可能性は十二分にあったのだ。だが、それでもそのような手段を取らなかったのは、一重に千冬が親友であるからだ。
そして、それを察しないほど千冬は鈍くはない。何度か声をかけようと口を開いたり閉じたりしたが、結局言葉を出すことなく、黙って束に背を向けるだけだった。
「……束。私は、私たちは待っているからな」
ただ、それだけいって千冬は部屋から出ていった。
再び世界は束と男性、そして機械だけとなった。いつのまにか稼働を止めている機械が不気味な静けさを出し、それを気にすることなく束は狂気に満ちた瞳を男性に向けていた。
「彼が死んでる?バカなこと言わないでよ。ここにいるじゃないか。私たちの幼馴染みは、私のライバルは、私の、愛しい、人は、ここにいるじゃないの」
そうだよね?
恍惚とした笑みを浮かべ、ゆっくりと細くきれいな指を愛しそうに、横になっている人の背中に手を這わせる。
背骨を伝い、肩に手を置き、まるで愛撫するかのように丁寧にその背中を優しく触れ続ける。
「ふふふ……ふふふふ……」
だが、美人と言っても過言ではない女性からそんなことをされてもそれはピクリとも動かない。それどころか、ほんのわずかにすら動くことのないそれを束は恍惚とした笑みを浮かべ、しかし瞳には常人では耐えきれないような狂気を浮かべてその様子を見ていた。
そして、ゆっくりと身体をそれに預け、優しく、同時に強く抱き締める。
形のいい発育した胸を皿のようになるまで強く押し付け、手を、腕を、足を、決して放すまいと艶かしくそれに絡ませる。
「ずっと一緒だよ?私の愛しい人」
ふふふ。ふふふふふ。ふふふふふふふふふふ。
誰もいなくなったその部屋に、
自分に都合のいい記憶に浸りながら、亡くしてしまった大切な者がいるかのように振る舞い、進まなくなった時の中でアリスは生きていた。
その手の中に
ただただ、愛する人もいない世界を夢現にして。
(束さんだけが)ハッピーエンド