連邦暦1051年、<アーヴによる人類帝国>の暦になおせば、帝国暦951年、ヤン・ウェンリー中将は、歴代の首席駐在武官としては、最高位の階級で、その任務についた。
その着任は、大使であるグェン・タウロンとその部下の数名からささやかな様子で迎えられた。このときのヤンは、彼にしては珍しく、興奮していた。なぜなら、現実にアーヴ帝国という人類史上比類なき巨大な帝国に触れることができ、その歴史を学べる機会を得たのである。
首席駐在武官という仕事は、形式上ではハニア連邦の大使および、その他の外交使節の警備上の最高責任者であったが、彼ら大使がアーヴ帝国で何らかの組織や勢力に襲われるという心配は、霧の露ほどもなかった。何より、彼らが住んでいた公館は、人類社会でもっとも、厳重に警備された帝国の帝宮にあり、平たくいえば、武官の存在は形式以外のなにものでもなかった。
もっとも、外交使節としては、最高の大使にいたっても、アーヴ帝国自体が、外交を重要視する国家ではなかったので、大使自身が皇帝に謁見できるのは、着任と離任ときだけであった。そのため、大使の一番の役目は、もっぱら、帝国との交易おこなっている商人たちの身柄の安全と交易の自由の権利を庇護することであり、この点に関しては、それなりの仕事があった。
ヤンの直接の上司であるグェン・タウロン大使は、彼の着任を心待ちにしていた。彼は、ヤン・ウェンリーの父親であるタイロンの昔からの親友であり、ウェンリー自身との交流もあり、自分の息子のように思っていた。そして、ヤンの両親が事故死したとき、ウェンリーとチュンリーを引き取ろうとも提案した。しかし、タウロンの家族だけではなく、一族全員がそれに反対した。
グェン家は、名門豪商48家ではないが、代々優秀な官僚を輩出してきた家系であった。そして、その中でもグェン・タウロンはぬきんでており、将来、ハニア連邦の重責を担う地位も期待されている人物であったからである。
それが、たかが交易商人風情の子供を一族に入れることは、不名誉という風にグェン一族はとらえたのであった。その結果、当時18歳のウェンリーは状況を察してタウロンの申し出を丁重に断り、連邦軍の士官学校に入ることを決めた。
タウロンも、一族に歓迎されないのなら、ウェンリーの決断の方がいいと思い、それ以上は、強く申し出なかった。影ながら、少しでもヤン一家の生活をささえようと思い、連邦軍の学生寮ではなく、官舎の一部にチュンリーと一緒にウェンリーが住めるように手配させたりもした。それ以降も、アーヴ帝国の大使をしながら、様々な面で助力をしていたのがグェン・タウロンであった。
「皇帝陛下の謁見ですか?大使殿。」
帝国宰相シドリア・ボルジュ=シド・シーズは、少し驚いたようにたずねた。
「まあ、公式な謁見というほどでなくても、陛下がいる行事などに、参加したいというのが本音です。ですから、あまり格式ばったものではなく、何かの祝宴とかでもいいのです。宰相閣下。」
<ハニア連邦>の大使のグェン・タウロンは、機械通訳を使いながら、とらえどころのない表情で伝えた。
「そうですか、あなたは、ここに着任した大使の中でもっとも長いですから、なんとかしましょう。それに、たまには、官僚らしい仕事もしないといけないですから。」
「ありがとうございます。お忙しい中このような申し出を受け入れてくれて、ありがとうございます。」無表情に大使は挨拶をした。
「それで、どうして、そのようなことを頼むのです。多少は、大使殿の理由に興味があります。」
「実は、今度首席駐在武官に着任したヤン・ウェンリー中将に帝国の中枢を見てもらいたいと思いまして、そのもっとも象徴的なのが皇帝陛下です。彼は、私の息子のような人物だからです。」
タウロンは無表情ではあったが、その瞳には柔らかい光がともっていた。
「なるほど、わかりました。予定を決めておきます。数日中には、返事をだせるようにします。では、これで。」
帝国宰相は、大使館の応接室からゆっくりと立ち去った。
その後姿を見ながら、タウロンはつぶやいた。
「帝国の官僚の頂点か・・・・食えぬ男だな。」
ヤン・ウェンリーがアーヴ帝国の大使館に着任して、3週間後、一通の招待状が大使館に届いた。その間、ヤンはアーヴ帝国の状況や外交員としての振る舞いや、現在のハニア連邦とアーヴ帝国の交易等の基本的な情報に関して、学習することに専念していた。
彼の歓迎会も身内だけでささやかに行ったものであった。
もっとも、ヤンにとっては、大々的な祝宴や饗宴は、好きではなかったし、タウロンもそのことを承知していたので、彼は思ったより、ここが快適に思えた。名門豪商の派閥の連中に何か含むところをいわれたり、あるいは、自分の派閥の誘いなどがあると思ったが、そういったものは、一切なかった。あとで、気づいたことであったが、ここでもっとも権限のある大使であるグェン・タウロンが密かに庇護していたのであった。ここは、グェン・タウロンの支配する銀河の孤島であるとあらためて、認識した。
「大使閣下、色々と手間をかけさせてもらって、ありがとうございます。」
大使館の執務室敬礼をするヤン
「ウェンリー、今は二人きりだ。大使閣下は、やめてくれないか。」
親しみやすそうに口をタウロンはゆがめた。
「わかりました。タウロンおじさん。それより、久々にチェスをやりましょう。これでも、以前よりは多少腕をあげました。」
「そうか、楽しみにしているよ。」
この後、二人は久々に語り合った。タウロンは、チェスの先生であったが、その弟子はあまりできがいいものとは、いえなかった。それでも、チェスをしながら二人で語り合うのは、10年以上も繰り返された行為であり、二人とも楽しみにしていたものであった。
「そうか、中央政府の動向は、そんな状況か。それで、ウェンリーはローエングラム閣下につくのか。たいそうな決断をしたものだ。」
そういって、チェスの駒を一つ進めるタウロン
「そうですね。自分でもいささか驚いています。私はこんな大胆な人間だったとね。でも、まあ、できるだけ勝てる側につくつもりです。」
「そうか。それで、どうだ。この国をはじめて、見る感想は、なかなか興味深いだろう。」
「ええ、確かに色々とハニア連邦とは、違います。何より、アーヴというのは、本当に美男美女しかいないとあらためて、思いましたよ。それに、情報管制が意外にゆるいと感じた。この国は、情報を得ようとしたら、ある程度は、私の身分や国民なら得ることができる。帝国という政治形態をとっている国としては意外だった。」
「そうか、ウェンリーはアーヴ帝国を歴史上にある国々にある帝政といわれるものと比べているみたいだな。もっとも、情報公開の義務なんて、ないので、調べなければ誰も知ることもないだろう。ようは、必要なやつだけ、集めろという考え方だ。」
タウロンは、紅茶を一口のむと楽しそうに言った。
「それと、もう一つ感じたのが、不敬罪というものは、実は機能していないです。帝宮でさえ、アブリアルに関する、とても敬っているとは、思えない発言を聞いていますから。」
「そうだな。どうやら、皇帝やその一族は、言論の自由は保障していると見える。本当は、はっきりと罪状に問われるはずのものでも、一切お咎めなしだ。ウェンリー、この点に関しては、わが祖国よりはるかにいいかもしれないな。」タウロンは、苦々しくつぶやいた。
実際、タウロンの言う通り、ハニア連邦では、反国家情報統制法という法律があった。これは、特殊法といわれるもので、特殊法に限って、連邦の憲法に影響されなくてよいというものであった。この法律の結果、連邦政府だけではなく、名門豪商に批判的な発言は、徐々に封じ込められていった。この法律ひとつにとっても、ヤンもタウロンも今の政府に危機的状況を感じざろうえなかった。
「この大使館に着任して、3週間ほどたって、色々、アーヴ帝国について、主に歴史から調べましたけど、少し違和感を持ちました。少しも内乱とか宮中抗争とかがない。これは、遺伝子によるものだと本能的にプログラムされていると他の諸国でいっていますが、それだけでしょうか?」
その発言に、タウロンは目を細めた。ヤンの見解が自分の考えと合うものであり、たかが数週間の研究でその疑問に到達できる洞察力に感心したのであった。
その後、ヤンは、チェスを動かしながら、頭をときおり、掻いて語り始めた。
アーヴ帝国の歴史は戦争の歴史であり征服の歴史であった。平面宇宙航行によって、次々とユアノンを開いて、そこに植民地があれば、次々と征服していった。そして、他の星間国家の国々とも場合によって、衝突して戦争を繰り返した。そして、いったん戦端をひらいたら、その国家が滅ぶまで続ける国であった。恐ろしいほどに妥協がなかった。
アーヴ帝国は成立した当初は、平面宇宙の星間国家でも弱小国であったが、アーヴ帝国は、不当な行為をされたら、たとえ、相手がどんなに巨大な国でも戦争をはじめた。それは、彼らの誇りがそうさせたものであったが、実際、何人かの皇帝や皇太子が戦死した。
この頃のアーヴ帝国は、内乱どころの状況ではなかった。国がまとまらなければ、滅ぶのが目に見えていた。そして、国の滅び=アーヴの滅びということを強く認識していた。自分たちの出自は、生体機械であり、母船を滅ぼした罪人である。そのような一族を他の諸国が生かしておくはずはないと思い込んでいたのであった。
アーヴ帝国は、結局、滅ぶことなく、逆に他の星間国家を滅ぼして、巨大化していった。それと同時に安定期に入り、アーヴ帝国に対して戦争を挑む国も少なくなっていった。それで、安定期に入るアーヴ帝国の様々な問題が起きた。
そのもっとも、顕著な例が領主と領民の対立であり、地上軍の巨大化であった。帝国の支配する惑星が増えると、それを維持するために地上軍が必要になり、それが地上世界出身の地上軍に力を与えていった。そして、叛乱が起きた。ペーラ・バトラ事件から始まり、帝国最悪の叛乱<ジムリュアの乱>である。
しかし、結局、これ以降、帝国は大きな反乱はおきなかった。その成果はどこによるものだが、わからなかったが、とにかく帝国は絶対安定期に入ったのである。
帝国が安定期に入れば、今度は権力中枢に内乱や宮中抗争が始まる。
普通の人類の歴史の流れからすれば、ほとんどがそうなる。だが、結局、それは、どの歴史資料を見ても、おもだったものは、なかった。
これについて、多くの学者はアーヴの遺伝子によるものだということを主張してきた。本能的に上に反抗することができないというものであった。しかし、これについて、ヤンの見解は違った。反抗できない一族がどうして、誇り高い一族といわれるのかと。皇帝や皇族の中にアーヴの誇りや矜持を侮辱しない人物はいないとは、限らない。権力志向ではなく、その点において、つねに皇帝やその一族は満足させたのか。
それに、もう一つの疑念があった。それは、皇帝になるシステムであった。皇族の中でその世代のもっとも軍事指導者として優れたものを皇帝にする。これは、確かに皇族や他の士族を納得させるものであったかもしれないが、軍事的才能が国の指導者としてそのまま才能を発揮できるとは、ヤンは思っていなかった。もっとも、その辺りの味加減は、上皇会議とやらに判断されるから、多少の問題解決になるとは感じていたが、その上皇会議の判断によっては、不満をもつ皇族もでてくるはず。特に、自分の誇りをかけた勝負であったら、ひきさがれない者もでてくると感じるようになった。
色々と考えて資料を見ているうちに、疑問がいくつか浮かびあってきて、一つの結論に達した。帝国は中枢にかかわる内乱や宮廷抗争を隠している。もちろん、証拠はないが、漠然たる結論だった。
帝国にある組織が、この手の情報に関して、消去や改竄したというのがヤンの結論にいたったのである。
「なるほど、確かにありえることだな。でも、歴史の改竄など人類史上、どの国家もやっているし、それは珍しくないことだ。それに、表に出るほどの大規模な後継者争いが起きないのは、大きな理由があるからだ。」
「どういうことなのです?タウロンおじさん。」
「アーヴ帝国の星間船は、すべて皇帝のもの。大貴族といえども、船は貸し出している。つまり、ここに皇帝の権力を使う要素がある。皇帝はたとえ、親や兄弟でも船を貸し出しが違法といえば、その者を処罰できる。しかも、星間船の無断使用および、無断製造は、死刑だ。」
「え・・・・。しかし、そんなことは、帝国法にも確かのっていなかった気がします。」
「帝国では慣習による法令も多い。成文法を調べてもわからないことがあるんだ。」
「そうですか。つまり、皇帝に反抗する勢力がいれば、その法律をつかえば、あっという間にたたきつぶせる。まさしく、伝家の宝刀というわけですね。どうやら、帝国の権力機構は、思った以上に機能的にできているみたいですね。」
ヤンは、そういって、再びチェスのボーンをすすめた。
「そこでだ。ウェンリーに良い話がある。今度、私は皇帝であるラマージュ陛下に謁見できることになった。そのお供にウェンリーにきてもらいたい。いや、命令だな。」
そういって、クイーンを動かして、タウロンはにっこりと微笑んだ。
その瞬間、タウロンのチェスの勝利は決まった。
その言葉を聞いたとき、ヤンは頭をかきながらつぶやいた。
「まったく、まいりましたよ。大使閣下。謹んで、命令を受理します。護衛のお役に立てるとは思いませんけどね。」
「護衛の役にはたてなくていいさ。それより、これが招待状だ。アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵・ラフィール殿下の生誕の祝いの祝宴、ここにラマージュ陛下も出席なさる。失礼のないように頼むよ。」
そういって、招待状をタウロンは、渡した。
「さてさて、アーヴ帝国の華やかな宮中世界を鑑賞するか。」
それを受け取ったとき、ヤンはそうつぶやいた。そして、大使館から見ることができる恒星アブリアルをじっと眺めていた。
皇族であるブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵・ラフィール殿下の誕生の宴まで三日前のある日、急に外交事務次官補佐の職員の入れ替えが発表され、前任者の帰国と同時に新任の職員が急きょ派遣されることになった。
すでに新任の職員はラクファカールの帝宮に着任していたので、首席駐在武官であるヤンは大使館までの道中を警備するために帝館の警備科翔士と一緒に迎えに行った。
「このたび、ハニア連邦・アーヴによる人類帝国の外交事務次官補佐の任命を受けて着任することになりましたリュウ・ランファです。ヤン提督よろしくお願いします。」
黒髪で落ち着いた様子で握手を差し出した。
「よ・・・よろしく。」
その美女の姿を見た時、ヤンは驚いたのであった。昔恋人で不慮の事故で死んだリュウ・ランウェイに瓜二つの容姿だったからである。
「驚いていますけど、それは私が死んだ七歳上の姉のランウェイに似ているからでしょうか。大きくなるたびに皆さん言われます。私も偉大な姉に似ているといわれてうれしいですわ。死んだ姉は今でも私の誇りと思っていますから。」とランファは笑顔で話した。
その後、二人は軽い挨拶を交わした後で、大使館に入った。そして、大使であるグェン・タウロンその他とあいさつをした後で、個室に二人きりでお話がしたいとランファはヤンにメールを送った。
「荷物はまだ、整理されていないですけど、紅茶は用意しています。どうぞ」
「ありがとう。なんだか変な気分だよ。偶然とはいえ、ランウェイの妹さんにこんな場所で会えるなんて思わなかったよ。」
「偶然ねえ・・・・。本当にそう思いますか。いや、そのことも含めてこれからお話をさせていただきます。ヤン提督、あなたのアーヴ帝国の赴任を含めたこれら一連の人事についてどう思います。」
さきほどの柔らかな表情とは違い、ランファはするどい視線でヤンにたずねた。
その表情を見た時ヤンは理解した。すべては目の前のいる名門豪商リュウ家の御令嬢がすべて仕組んだ。その真の目的はわからないが、このような非常識な人事を行えるのはかなりの有力者には違いない。でも、現在政権を取り仕切っているウォン派でもなく、反ウォン派でもそのような動きはなかったと、本国のキルヒアイスからの報告を聞いていた。
ヤンは誰がこれを仕組んだか常に考えていた結果、その両派とは違う勢力がこの人事を実行したと推測されていたからであった。
「私はリュウ・ランウェイの意思を継ぐ者です。そういえば、ヤン提督も理解できるでしょう。ついでに話しておきますけど、ランウェイは事故死ではなく暗殺によってこの世を去りました。私たちの勢力をつぶすためにね。」
次の言葉を発した時、ヤンの人生の中でもこれまでにない衝撃的な言葉であった。
「誰が、ランウェイを殺した。名門豪商の誰か?」
ヤンらしくなく大きな声でどなった。
「ええ、反ウォン・クーロン派の筆頭、モウ・タクリーが私の姉を暗殺しました。クーロンは子供の遊びと思って放置していたみたいですけど、モウのほうが姉の行動を目障りだと思い殺しました。」悲しそうな表情でランファは答えた
「そうか・・・・わかった。それで君は僕に何を期待しているんだい?」
「期待というよりは協力したいのです。いずれ起きるだろう。ラインハルト・ローエングラム元帥閣下による名門豪商打倒の戦いに向けてです。」
ランファは自分たちの目的を説明した。独裁者ラインハルト・ローエングラムによる名門豪商打倒および、民主化政府の誕生。そしてノヴァシチリア条約の脱退であった。
それはくしくもチュンリーに話たヤンの目的と一致するものであった。
「たしかに君のことを信じれば願ってもいない提案だが、今のところは保留にしておく。君たちを全面的に信用できるとは思えない。たとえ、元恋人の妹君でもね。」
ヤンはいつもように頭をかきながら答えた。
「わかりました。では考えておいてくださいね。しばらく私はこの大使館に勤めるのでいつでも相談をうけますわ」
こうして、ランファの目的を知ったヤンは考えた。人生はなんてやっかいなものをつれくるのだろう。ただ、安楽に歴史だけを研究する日々が来るのは遠い先のことだと実感するのであった。
連邦歴1051年、ヤンは様々な思いを抱えたまま、アブリアル・ネイ=ドゥブレスク・パリューニュ子爵・ラフィール殿下の生誕の祝いの祝宴へ向かった。その出会いはやがて後に人類史上最大の戦争と言われたアーヴ帝国大戦にほんの少しの波紋を与えたかもしれないささやかな祝宴となった。