ハニアの風   作:いち領民

4 / 10
第2話 「ラインハルトとキルヒアイスの永遠の誓い」

惑星シャオリンの首都シャオリン、高級士官住宅

 

 

「キルヒアイス、夢をみたよ。昔の夢だ。お前とはじめてあった頃だ。」

ラインハルトは朝食をとりながら、目の前にいるキルヒアイスに話した。

 

 

「ラインハルト様、おぼえています。今でも絶対に忘れることはないですから。」

その言葉を聞いたとき、キルヒアイスの想いは、10年前の歳月に戻っていた。

 

 

 

 

ジークフリード・キルヒアイスは首都シャオリンの一般市民の居住区で両親と三人暮らしをしていた。そして、彼が自分の庭で遊んでいると隣の家で引越をしている様子でキルヒアイスは、興味深げに見物していた。

すると、赤毛の少年であるキルヒアイスの眼前に黄金の髪をした天使のような顔があらわれ、ものおじせずに音楽的な声をかけてきたのだ。

 

「ぼくは、ラインハルト・ローエングラム。きみは?」

 

「ジ、ジークフリード・キルヒアイスだよ」

 

黄金の髪の天使は、描いたような眉をしかめっつらしく寄せて、初対面の赤毛の少年を観察していたがやがて、論評を下した。

 

「ジークフリートなんて俗な名前だ。」

 

「…………」

 

「でも、キルヒアイスという性はいいな。とても、詩的だ。だから、ぼくはきみをキルヒアイスということにする」

 

「…………」

 

「いいだろう。キルヒアイス」

 

「いいよ」

 

赤毛の少年はうなずき、熱心にさしだされた手を熱心ににぎった。その瞬間に成立した友情は、今日まで微動もせず、続いている。そして、その金髪の少年の後ろからラインハルトよりやや色調の濃い金髪のキルヒアイスより幾分年上の美少女が声をかけた。

 

 

「お隣の坊やね。私はラインハルトの姉のアンネローゼよ。名前はジークフリード?ジークってよんでいいかしら。」天使のような微笑だった。

 

「はい……どうぞ。(なんて美しい人なんだろう)」キルヒアイスは、顔を赤くしながらうつむいた。

 

 

「ジーク、弟と仲良くしてやってね。」

 

 

ラインハルトとキルヒアイス、そしてアンネローゼにとって、三人だけの幸福がこのときから始まった。しかし、それは長くは続かなかった。

 

 

ラインハルトとアンネローゼの家系は、3代前は人類統合体に滅ぼされたある王国の貴族であった。そして、国が滅亡した結果、彼らはハニア連邦に亡命することになった。それが結果として彼ら一家の不幸を招く要因の一つであったのだ。

 

ハニア連邦の永久最高議長で、その当時の絶対的権力者であり、現在もその力を誇示しつづけるウォン・クーロンは、様々な類の女性と関係を持っていた。その関係を維持するあるいは、成立させるためには、自分の権力や財力を使うことをためらわない人物でもあった。

元々、ハニア連邦の支配階級である名門豪商48家には、この手の手段に出ることは、日常茶飯事であり、地位も特権もない一般市民や下級市民が逆らうことなどできるはずもかった。

そのウォン・クーロンの家臣の一人が、アンネローゼを見かけたのが、その始まりであった。アンネローゼのことを調べたとき、その生まれが以前は貴族だということをウォン・クーロンに話したとき、彼は大変喜んだといわれていた。彼の女性遍歴の中でもこの手の人物はいなかったのである。

 

ある日、名門豪商48家のウォン家の黒い高級車がローエングラム家の前にとまり、二人のウォン家の家臣が、家の貧しさに露骨に顔をしかめながら、かたちばかりの玄関をくぐった。

父と姉だけが、訪問客の話を聞いた。やがて客は帰ったが、玄関をでるとき、漏れ聞いた話に衝撃をうけている少年にいった。

 

「きみの姉上は、幸運にも、比類なく高貴なかたのご寵愛をうけることになったのだ。きみもいい子にしていれば、そのおこぼれにあずかることができるだろう。」

 

……その後、多くの偏見、冷笑、敵意の包囲網のなかにたたずんで耐えてこられたのは、最初にくわえられたこの一撃が、少年を充分過ぎるほど傷つけ、結果として免疫を与えることに成ったのではないか。ラインハルトは爆発した。居間に駆け込んで叫んだ。

 

「父さんは姉さんを生活のために売ったんだ。ウォン・クーロンなんかに、僕の姉さんを……」

答えたのは、父ではなかった。

「ラインハルト、ラインハルト。あなたには未来があるわ。それを大切になさい。そのために私はできるだけの助けをするから」

 

震える声は、それを100倍する心の波動をあらわしていたのだろうか。姉の腕の中で少年は、激情を解放した。人前で泣いたことがない、異常なまでに誇り高い少年が、同年齢の凡庸な子供達のようになきじゃくった。居間からは、父親が姿を消していた。何かに直面するということのない男だった。

 

だが、それにしても、誰も知らなかったのだろう。少年の涙は、彼の決意と誓約が液体化してほとばしったものであることを。それがハニア連邦全土を激流となって貫き、歴史はそれじたいを貫流するにいたる大河の、最初の一滴であったことを。そのとき、ラインハルトはウォン・クーロンとそれにつらなる支配階級である名門豪商48家への復讐を誓約したのである。

 

 

 

ジークフリード・キルヒアイスは、ラインハルトがハニア連邦の支配者達に復讐を決意した日、隣の家の窓からその様子をながめていた。そして、黒い高級車が泊まっていて、しばらくしてから、それは、去った。

そのとき、キルヒアイスは、子供心ながらなんとも言えない嫌な予感を感じていた。

 

隣の家の様子をうかがっていると、ラインハルトの泣き声が聞こえた。それは、キルヒアイスにとって、初めての経験であり、信じられないことであった。あの誇り高い金髪の天使である少年が泣いている。紛れもない真実をつきつけられたとき、彼の心は事態の深刻さを感じていた。

 

キルヒアイスは、心配になり、低い塀の向こうから眺めた。すると、憂いと悲しみをたずさえた彼にとって隣のお姉さんとして最後の姿を見ることになったアンネローゼが立っていた。

そして、キルヒアイスに近づくと、優しく抱きしめた。

 

「ごめんね。ジーク、弟はもう、あなたと同じ学校へいけないの。短い期間だったけどありがとう。」

抱きしめたアンネローゼの体は震えていた。そして、キルヒアイスの頬に暖かいものが感じたとき、見上げると、悲しみの涙を浮かべていた。それが、いつも笑顔を絶やさない年上があこがれの女性のキルヒアイスが見たはじめての涙であった。

 

 

キルヒアイスは、その言葉を告げられた日、家に帰っても何も感じることも考えることもできなかった。ただ、部屋の布団の上で泣きつづけた。ラインハルトとアンネローゼの姉弟との幸福の時間が永遠に消失してしまった。ただ、それだけが彼の心を捉えていた。

後に父親に、ウォン・クーロンという権力者がアンネローゼを愛妾にしたことは、ただ、絶望感と自分の無力感を再認識するだけであった。

 

翌日、ローエングラム家から、アンネローゼが姿を消した。ウォン・クーロンの私邸に移住を強制させられたのであった。そのとき、弟のラインハルトは父親を非難しつづけていた。

 

そして、1週間が過ぎ、絶望の心境でキルヒアイスは、もう光りが灯ることのない隣家を眺めていた。そして、まるで遠い昔のような幸福だった時間をかみしめていると、ラインハルトが息を切らして、こちらに迫っていた。

 

 

「キルヒアイス、姉さんを取り戻しに行こう。二人でいけば何とかなる。」

懐には、凝集光銃を手に持って、ラインハルトは言った。

 

 

「ちょっと待ってよ。ラインハルト、いくらなんでも、それは」

 

 

「いいから、いくぞ。」

黄金の髪をたなびかせながら、赤毛の少年を引っ張り、名門豪商が住んでいる住居区画へ向かった。

 

 

名門豪商たちの邸宅が並ぶ区画に、ラインハルトとキルヒアイスが足を踏み入れると、そこは、二人が生まれてみたこともない大宮殿のような大邸宅に圧倒された。懐古趣味で統一されており、広大な庭には騎馬の彫像や噴水、アーチが並び、建物はレリーフで飾られていた。広大な室内に置かれる調度はひとつひとつが美術品のようだった。

 

結局、キルヒアイスは、ラインハルトに引っ張られるまま、その大邸宅がある場所へ入った。その一角の中で音楽と人々の雑音が彼らの耳元に入った。それを少し離れたところから二人が眺めると、古代の中国王朝の貴族ような風景を見かけた。彼らは豪華な料理と踊りを楽しんでいた。

 

 

「キルヒアイス、こいつら、なんなんだ。ハニア連邦は、ここ数年は不況と海賊で苦しんでいるのに、なんで、こんな馬鹿騒ぎをしているんだ」

 

 

「父さんが言っていたけど、名門豪商の人達は、そんなこと気にしないんだ。そうやって、1000年以上、この国を支配できているんだから、これからだって、そう思っているんだ。」

 

 

「こんな奴らに姉さんは……。あ、姉さん」

 

ラインハルトは、舞踏会の中に金髪の後姿をした女性がいたのを見つけて、自分の愛しい姉がいると思い、思わずかけこんだ。

 

「姉さんを返せ……。違う、姉さんじゃない。」

 

「あら、こんなところに下級市民の子供がいるなんて、おかしいわね。」

ラインハルトに間違えられた女性は不思議そうに言った。

 

 

「おい、小僧、どこから入った。まあ、いい。こんな所に来るのは、お前達のような下賎な者がくるところではない。早く、帰って、ママのおっぱいでも、すっていろ」

舞踏会の一人の明らかに太った中年の一人が侮蔑をこめて、いいはなった。

 

 

「何だと。貴様。」

金髪少年の怒りの沸点は、短く、そして、彼には武器があった。それをふりかざそうと構えた瞬間、茂みの影から様子をうかがっていたキルヒアイスは思わず飛び出した。

 

 

「だめだ、ラインハルト」

そういって、彼を羽交い締めにして、銃を懐からださないようにした。

 

 

「止めるな。キルヒアイス。こいつらは、姉さんを奪ったのだ。」

 

 

「ラインハルト、アンネローゼさんは、ここには、いない。いないんだ。」

雷鳴のごとくキルヒアイスはいいはなった。

 

 

その言葉に目が覚めたのか、ラインハルトはいつもの不敵で誇り高き笑みを浮かべた。

 

「わかった。じゃあ。一緒に行こう」

 

二人は、その後、その大邸宅から必死に逃走すると、夜の闇の中で川が流れている橋の下に腰を落ちつけた。その家にいた名門豪商の人々は、子供の悪戯と思い、結局、警察当局やその他の治安維持局には通報しなかった。もし、そのとき、未来をしりえたる者がいたら、即座に逮捕していたであろう。不法侵入、特に名門豪商の住居区画に侵入したのは子供といえども、罪に値する行為であった。さらに、凝集光銃を持っていたのなら、殺人未遂や武器の不法所持でラインハルトが宇宙に飛翔する機会を永遠に失わせることができただろう。

とにもかくにも、二人は生きて、安全圏に到達した。

 

「キルヒアイス、俺は、決めた。あいつらから姉さんを取り戻す。それには、力が欲しい。誰にも命令されない、強制されない力を。そのためには、軍人になる。」

蒼氷色の瞳には純然たる決意と意思と誓約がこめられていた。

 

 

「軍人?」

キルヒアイスもその姿を美しいと思いながらも彼の次の言葉を待った。

 

 

「そうだ。軍人で武勲を立てて、出世する。この国では海賊艦隊が横行しているし、ノヴァシチリア条約という軍事同盟もある。これから、戦争もあるかもしれない。キルヒアイス、俺と一緒に来てくれるか?」

彼は、生涯忘れることのないそのときの笑顔とそして、熱心にさしだされた手であった。

 

 

「うん、わかった。ラインハルト、君が望むなら。」

 

 

 

そう、この日から二人の長く険しい戦いが始まった。そして、それが、ハニア連邦を怒涛の嵐へ巻き込むことはまだ、だれも気付いているものは、いなかったのである。

ラインハルトとキルヒアイスは特別な資格がいる幼年学校へ入学して、その後、前線で数々の武勲を得ることにえることになるのであった。

 

 

 

キルヒアイスの思考と想いは、10年前から現在へ再び、移っていった。

 

 

「キルヒアイス、お前は俺の半身だ。おれが手に入れるものは、どんなものでも、半分は、お前のものだ。名誉も。権力も。財宝も。あとなんでもな。」

朝食の席でいつものごとく、金髪の天使は、優雅に言っていた。

 

 

「ラインハルト様、わかっています。それより、今回の海賊艦隊の詳細について、一応、報告ができあがりました。」

 

 

「わかった。早速、見せてくれ。」

 

 

その内容を見たとき、ラインハルトは形の整った眉をひそめた。キルヒアイスの報告によると、海賊艦隊は、5年前にある船舶解体会社に乗っていた軍艦がほとんどであった。しかし、その会社もすでに、倒産していて、当時の詳細なデータが紛失していた。さらに、恐るべきことは、なんと人類統合体の艦艇も若干ながら海賊艦隊が持ち合わせていたことだった。

そして、この海賊艦隊の訓練と司令官補佐をしていたのが、人類統合体の退役軍人の可能性が高いというものだった。残念ながら、その人物は戦死しており、死体も残っていなかったためにほとんどの証拠は残っていなかった。ただ、捉えた海賊の証言によると、スーメイ語に明らかに訛りがあり、ときどき、統合体の公用語であるリクパルをしゃべっていということが明らかになっていた。

船舶解体会社の出資の一つは、名門豪商48家のシュリ家であり、この家は、現在のウォン・クーロン体制のハニア連邦を批判的な1派の一つであったことが確認されていた。

 

 

 

「だいたい、よめてきたが、人類統合体が名門豪商の1派と手を結んだとなるとやっかいだな。そう、思わないか。キルヒアイス」

 

 

「そうですね。しかし、あくまでも憶測しかないので、決定的な証拠がありません。ただ、いえるのが、我々を危険視してきたのは、間違いないでしょう。海賊という隠れ蓑を使って、潰しに来たのは間違いないです。」

 

 

「なるほどな。よし、これで、次の策を考えた。それには、腹立たしいが、ウォン・クーロンの力を一時、借りなければならない。それに、その前に盟友が一人欲しいな。もちろん、あの男のことだが。」

そういうラインハルトは、満面の笑みをしていた。

 

 

「やはり、ヤン少将を誘うのですね。」

少し困ったような顔をするキルヒアイス

 

 

「どうやら、お前は意外とやきもちやきだったのだな。それに、彼は不本意だったら、断るさ。そういう男だ。まあ、敵にしたらこれほど恐ろしい男はいないけど」

そういって、蒼氷色の瞳で次の言葉をうながすように見つめるラインハルト

 

 

「友とできれば、これより、勝る男はいないとうことですね。ラインハルト様。」

 

 

「キルヒアイスが彼にはじめてあったとき、そう評したではないか。」

 

 

「そうですね。すいません。個人的な感情でラインハルト様を煩わして。」

 

 

「別にいい。お前にやきもちをやかられるのは、本望だ。」

金髪の青年は、自分より長身の赤毛の青年の髪をいじっていた。

ラインハルトのよくやる癖であった。

 

 

連邦暦1050年、ハニア連邦はまだ、一時の混乱はあるにしろ、平穏の時をすごしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。