ジークフリード・キルヒアイスは、ヤン・ウェンリーをラインハルトの盟友とするために、行動することが決まったので、もう一度、確認の意味を込めて、彼の経歴と人生についてのデータを集めていた。
キルヒアイスにとっても、それは、興味を抱かずにはいられないものであった。
連邦暦・1033年、ヤン・タイロンとフェイリンの長男として、ヤン・ウェンリーは生まれた。彼の家は、ありていにいえば、典型的な中流階級であった。
父親のタイロンは、交易商人をしていたが、ここ10年も続いている不況を渡りぬくほどの商才もあったが、常に安定的に収入を得ているわけではなかった。
それでも、ヤン一家は、ハニア連邦の一般市民として基準を悠々と超える生活を送っていたことに間違いは無かった。
タイロンは、最初の妻となったフェイリンと結婚したのだが、その理由の大部分が、ウェンリーを妊娠したということであった。そして、ウェンリーが生まれてすぐのときには、二人はささやかで平穏な家庭生活を送っていたが、彼が5歳ころになると、妻のフェイリンは浪費癖が現れた。それは、タイロンが離婚を決意させるものに充分なものであった。
フェイリンは、子供の教育に対しても、熱心ではなかったので、ウェンリーの養育権を放棄した。タイロンは、浪費癖のある妻より、まだ、ベビーシッターをウェンリーのために雇うほうがましだったと思ったのであった。
しかし、結局、ベビーシッターをタイロンは雇わなかった。タイロンは、離婚した後に、大きな交易の仕事で1年ほど、ほとんど船内の暮らしをしたのであった。
そのとき、船員と一緒にウェンリーを連れていったが、タイロンが思った以上に賢く育ったみたいで、その狭い共同生活の中でも息子は快適に過ごしている風に見えた。
それでも、父親らしく振舞おうと、彼は趣味である古美術品の坪や皿を磨きながら、よく息子に話しかけた。
「金銭は決して軽蔑すべきものじゃないぞ。これがあれば嫌な奴に頭を下げずにすむし、生活のために節を曲げることもない。政治家とおなじでな、こちらがきちんとコントロールして独走させなければいいんだ」
息子に誇るようにもっともらしく父親は言ったのであった。
しかし、父親の思いを息子はどう受け取ったか知らないが、実際にヤン・タイロンは交易商人としては、この頃には成功者になっていた。
交易業者の仲間内からは、「金育てのタイロン」という評価ももらい、彼はそれを嬉しそうにうけていたのであった。
ヤン・ウェンリーとその父親が交易旅行から帰ってきて、まもなく、父親であるタイロンは、足を骨折して入院することになった。これが、彼ら二人にとって、人生の転機の一つであった。
タイロンは、磨いている机の上にある大きな壷をうっかり足に落として骨折したのだが、本人は、この痛みと不運は後の幸運と躍進に一つとなるだろうと自分勝手に思いこみ、それが、結果的には彼の人生の大きな転機になった。
だが、息子のウェンリーは、心の中でちょっと、格好悪いなとは、思っていたのであった。
ウェンリーが6歳をすぎ、もうすぐ7歳になろうとしている頃、タイロンは、シャオリンシティのとある病院に入院したのだったが、そこで、彼にとって2度目であり、最後の妻となるミンメイに会うことになった。彼女は、すでに妊娠中の身重で定期検診のときにタイロンに出会った。そのときも、タイロンは病院の中庭で古美術品の皿を磨いていたということだったので、それに声をかけたミンメイもかなりの勇気の持ち主、あるいは、夫同様に変わり者だったかもしれなかった。
最初の声をかけたとき、ミンメイは、この男性の奇妙な行動から何かを引き寄せられるように視線がいって、思わず声をかけたのだと、後に息子のウェンリーや娘のチュンリーに優しく語ったのであった。
とにもかくにも、これがきっかけで二人は付き合うことになり、次の年には結婚することになった。もっとも、ミンメイのお腹の中の父親は、すでに他の家族の夫になっていて、タイロンは、それは問題にしていなかった。
結婚して月日もほとんどたたないうちに、娘が生まれて、チュンリーと名づけた。
ウェンリーが7歳のときに妹ができたのであった。
タイロンは、家族が多く増えたことにますます、やる気を出して、怪我が治った後も、いっそう、交易商人として、いそしむようになった。
交易商人として、父親が日ごろいない家庭の男手として、ウェンリーはとりあえずは、本人の不得意にかかわらず務めようとしていたし、妹や母親に対して努力しようとしていた。
ウェンリーは、それは父親であるタイロンに言われていたことであったが、母親のミンメイに言わせれば、あまり家庭的なことに向いている性格ではないと常に柔らかな微笑を浮かべながら言っていた。
タイロンの息子は、その頃になると、歴史に興味を持つようになった。
特に当時からのハニア連邦の仮想敵国であり、人類史上最も、巨大な帝国であり、全人類の半分を手中にしているアーヴ帝国の歴史に興味を持った。
ハニア連邦からすれば、生体機械である彼らの国を批判し、侮蔑した内容であることには、間違い無かったのだが、少年は、それに対して、疑問を持っていた。
"なぜ、アーヴは人類の半分を支配できるほど大きくなったのか。それほど、巨大になる前にどこかの国が人類共通の敵として倒さなかったのか?"
父親は、明快に答えた。
「アーヴは軍事的に強かった。そして、あいつらは、宇宙が故郷だからさ。故郷を守ろうと戦う奴は強い。そして、負けたら自分たちの存在そのものが消滅するとわかっていたからさ。」
「でも、アーヴより巨大な国は当時、いっぱいあったはずだよね。どうして、大きくなる前に叩かなかったのかな?」少年はなおも食い下がった。
「怖かったからさ。その当時の人間は、戦争なんて地上のかたすみでしかやったことないやつらさ。誰が好き好んで戦闘民族としたがるのかい。将来の脅威をとりのぞくより、現在の平穏を守った方がいいにきまっているさ。"アーヴ、その性、傲慢にして無謀"というような連中とは戦いたくなかったのさ。」
父親は、もっともらしく答えた。
「じゃあ、アーヴ帝国以外の他の国と軍事同盟があるという噂については、父さんは反対なの。」
「無謀のきわみだな。政治家たち、いや、ウォン・クーロンの最大の失政は、これしかないね。他に多くのものがあるがな。」父親はもっともらしくいった、
こうして、月日は流れて、ささやかながら幸せな時間をヤン一家は享受することになっていた。
特に妹であるチュンリーは、日頃、家庭にいない父親のタイロンよりは、ウェンリーをはるかに信頼していたし、尊敬していた。特にウェンリーが自分の興味ある歴史の話をすると、彼女の幼き心は踊ったのであった。
この頃の彼女の楽しみは、自分の料理をウェンリーに食べて、誉めてもらうことだった。そして、学校から帰っては母親のミンメイと共に一緒に台所へ向かうのが日課になっていた。
その頃には、すでに淡い恋心が10歳の年齢でもしかして、チュンリーの心にウェンリーに対して抱いたのかもしれなかったが、当のウェンリーはすでに17歳であり、青春の真っ只中にいた。
そして、ヤン・チュンリーの人生の中で、最初の衝撃的事件が起きた。
ある日、ウェンリーが恋人をつれてきたのあった。その女性は、彼より二つほど、年上であったが、黒髪に黒い瞳の聡明そうな典型的なスーメイ人の美少女であった。
でも、チュンリーは、それだけで驚いたのであったが、その両親は、その女性の名に驚いた。
「お父様、お母様、初めまして。私は彼の恋人のリュウ・ランウェイといいます。」
ウェンリーの隣で礼儀正しく、その女性は挨拶をした。
「ウェンリー、もしかして、その娘さんは、名門豪商48家のリュウ家のお嬢さんではないのか……」
タイロンは、客間に息子の恋人を案内した後、静かに聞いた。
「ええ、そうなんだけど、まあ、それは、たまたまさ。父さん。」
いつもの癖で照れくさそうに頭をかきながらその青年は答えた。
父親が確認するまでもなく、このハニア連邦ではリュウ家といえば、名門豪商48家しかなかった。それは、この国の法律が名門豪商の姓名は、それ以外の国民が使うことを1000年前に禁止したからであった。つまり、外国人でもない限り、リュウ家といえば、名門豪商48家の一族しかありえなかった。
「ウェンリー、あなたは、わかっているの。母親として言わせてもらうけど、そのお嬢さんとは私達では身分が違うのよ。」
母親であるリンメイも明らかに困惑した表情であった。
「理解しているよ。母さん。いや、理解させられたよ。それでも、彼女は僕の恋人でもいいといったし、僕もそれでもいいと思ったんだ。」
いつもののんびりとした様子ではなく、明らかに意思のこもった強い表情でウェンリーは答えた。
その日、チュンリーは、ランフェイに挨拶しただけで、自分の部屋から出ることはなかった。ベッドの上で、泣きつづけていた。最初は、その理由がわからなかったのだが、その出来事がウェンリーに恋心を抱いていたということを気付かせたのであった。
そして、思わずつぶやいた。
「あんな女、死んでしまえばいいのに。」
後でその言葉が現実化したとき、記憶力のあるチュンリーは、このことを忘れることができずに後悔することになった。
ヤン・ウェンリーとリュウ・ランウェイがであったのは、シャオリン連邦図書館であった。この国最大の図書館で偶然にも二人がであったのである。
ウェンリーがハニア連邦の設立した年代について、立体映像を眺めていると、最初に声をかけたのは、ランウェイであった。
その理由を聞くと、8時間以上も立体映像を見ながら、自分の端末に文字を吹きこんで、考えている人物なんて珍しいということであった。それに、良い人に見えたからとランウェイは言った。
「はじめまして。私は、リュウ・ランウェイ。シャオリン連邦大学の歴史学科の1年生よ。よろしくね。」
波立つ黒髪が陶器のように頬にたれかかっていたウェンリーより、幾分、年上に見える少女は、穏やかに声をかけた。典型的なスーメイ系の美少女であった。
「ヤン・ウェンリーです。僕に何かようがあるのですか?その……名門豪商48家の方々に何か迷惑かけましたか?」
ヤンは、その名とその少女の美貌に明らかに困惑していた。
「じゃあ、ウェンリー、よろしくね。私も今、それについて、研究論文を考えているのだけど、優秀な助手が必要なの。」
ヤンが見ている映像資料を指差しながらランウェイは言った。
「そのスカウトをしていたのですか。しかし、僕は一介の学生ですし、あなたのような身分なら私より優秀な助手は、1ダースくらい集められるのでしょう。残念ながら断らせていただきます。」
ウェンリーは、この厄介事から早く抜け出したい心境になっていた。
「あら、私の要請を断るの。意外に度胸あるのね。」
そういって、悪戯っ子の笑みをその少女はうかべた。
このとき、ウェンリーは、自分のうかつな行動をしたと感じた。名門豪商の令嬢なら自分に対して何らかの暴力的手段や権力的手段をこうじることは、たやすい。機嫌をそこなわせただけで、何人の弱い市民が痛い目にあっていたといことを思い出したのであった。
断るにしても、あからさまに、はっきりした態度よりも他にやりようがなかったと思い始めていた。
しかし、彼女は、その後、笑顔を浮かべただけで、あっさりと、その場をさった。
ウェンリーは、ほっとしたのであった。
結局、ランウェイは、その後何度も、この図書館にきては、ウェンリーに助手を要請した。それは、常に誠意によって、行われたもので、何ら高圧的態度や暴力的方法から無縁のものであった。最初は、断っていたウェンリーも彼女の研究対象に対する興味と熱意に打たれて、結局は、受けることにした。
シャオリン連邦大学の研究室に二人でよく、語り合った。そして、あるとき、ランウェイは、自分の想いをウェンリーに伝えた。それは、ある程度、その頃にはわかっていたが、それ以上に彼を困惑させたのは、彼女の野望であった、
「私、この国を変えるわ。本当の民主共和政にするわ。名門豪商48家による一部の特権階級による政治を打倒して、民衆に真の自由と平等と自主を与えるのよ。」
その表情には興奮と決意がみなぎっていた。
「しかし、君だってその権力者階級の一人だよ。自分の足元を崩してまでも、民衆に真の自由とはいってもね。それは、困難というより、無謀の極致だと思うけど。」
ヤンは、ためいきをついて答えた。
「だからといって、見逃すわけにはいかないわ。誰かがやらなければ、いけないことなのよ。それに、その支配者階級にいればこそ、ここがいかに腐っているかわかるわ。もう、私達いえ、名門豪商48家には自浄能力もハニア連邦を支配しつづける資格もない。それだから、私は決意したの。」
19歳の少女は、その決意の本流をみせつけたのであった。
「そうか、わかった。それで、僕に協力してくれとうことか。まあ、いい。愛と革命に転じる人生か。君が望むなら悪くもない人生だ。」
ヤンは、結局、それについて反対はしなかった。彼女の情熱を止めることは、不可能だと思えたし、彼女への自分の想いは、正しさであるとも思った。
二人が心に民主共和政の革命の炎を抱いていたが、結局、それは実現することはなかった。リュウ・ランウェイが交通事故で死亡したからであった。そして、病院で彼女の死の直前、彼女の言葉を聞いたとき、ヤンは、革命家としての想いを消すことにした。
「ヤン、私の願いは、もう忘れて。あなたの人生はあなた自身が選んで。」
彼女は知っていたのである。ヤンは真に名門豪商48家を打倒する気は、自分の愛情の証としてつきあっていたということを。それでも彼女は味方が欲しかったし、一緒に戦いたかったのであった。でも、自分の死を感じたとき、無理にそれを達成する必要はないということを。
結局、この二人の革命家の卵は、ランフェイの死によって、消滅した。ヤンは、このときから、運命を受動的なものだと思えるように感じた。自分に対して手を変え、品を変え、ことあるごとに、様々な局面に襲ってくる。それをなんとか、力の限りつくす。そんな風に物事を考えるようになった。
ヤン・ウェンリーがリュウ・ランウェイの葬式に参加したとき、ヤンは改めて悟った。彼女はやはり、雲の上の存在であり、この国が一部の特権階級によって支配されつづけているということを。
その頃のヤン・ウェンリーは、恋人の死から立ち直るには、精神的には未熟であったし、時間を多大に要することは、間違い無かった。しばらく、彼の顔から笑顔を消えていたのに、家族は心配していたが、ほっとはしていた。
名門豪商という強大な権力の渦に巻き込まれたくはなかったというのが両親の本音であったからだ。
しかし、妹であるチュンリーは、自分の言った言葉に縛られていた。そして、それをウェンリーに伝えて、少しでも罪を軽くしてもらうと兄の憂いに満ちた顔を見るたびに感じたのであった。
「兄さん……。私、ごめん。ごめんね。」
兄の胸で突然、妹は泣き始めていた。
「どうしたんだい?チュンリー。」
「私が、死んでしまえなんて、いったから、兄さんの恋人がしんじゃった。私があんなこと言わなければ」
幼い少女はただ、泣くだけであった。
「そんなことはない。あれが、彼女の……ランウェイの運命だったのさ。そうか、そんなことを気にしていたのか。チュンリーに迷惑かけたみたいだ。もう、立ち直るよ。そうしなければ、いけないよ。」
兄は、自分にいいきかせるように笑顔を無理矢理作った。
ヤン・ウェンリーはとにもかくにも立ち直ることにした。死者をいたわることは大事だが、それで自分の妹や両親を悲しませることはないと、遅まきながらきがついたのであった。
しかし、ウェンリーにとって、衝撃が再び襲った。彼がやっと、恋人の死から完全に立ち直ったときであった。
タイロンとミンメイが乗った船が事故を起こして、二人とも死亡したことが確認された。
ウェンリー18歳、チュンリー11歳のときであった。
この事故の数日前に、タイロンに卒業後、シャオリン連邦大学歴史学科に受験することを決めて、父親に承諾をえたばかりだった。
このとき、リューチンは泣き続ける妹を抱きしめながら、葬儀に対する様々な業務を行うと、今後の方針を決めなくてはならなかった。
父親であるタイロンが残した遺産を調べてみると、彼が一番、お金をかけた美術品のほとんどは贋作だという判定結果がでた。そして、それは、文字通り、がらくたというものであった。
それでも、妹のチュンリーを高等教育までは、いける生活費と学費は残っていた。でも、兄を大学へいくほどの学資は残っていなかった。
ヤンは妹の生活を維持することを最優先事項と考えたが、それでも、歴史研究の道をあきらめたくはなかった。
そこで、見つけたのは連邦軍士官学校戦史研究科のそれだった。ヤンの学力では、奨学金をもらえるほどの成績で他の大学に入る自信はなかったし、この士官学校ならただで、学べることができて、将来の給料も約束されていた。
ヤン・ウェンリーは不本意ながら、この学校へ入学することに決めた。そして、士官学校に妹の保護者として住むための住居を借りることにも成功した。そのときついたあだ名が"子連れのヤン"だった。無論、それは、借金という形になったが、それでも、軍人を続けていれば、充分に返すことができるものであった。
ヤンが士官学校に入って、熱心に勉強したのは戦史研究の部分だけであり、それ以外の射撃や白兵戦、機械工学などの興味のない学科は、落第点ぎりぎりですませていた。
それでも、戦略戦術シュミレーションの成績は優秀であり、当時、10年来の秀才と称されていた首席のワイドボーンをヤンが撃破したことが彼の評価を高めたのであった。
彼が入って2年生のとき、そのヤンの満足の生活も激変した。ヤンが所属していた戦史研究科が一次凍結した。それは、その科の責任者の不正がばれたことと、予算削減のためであった。ヤンは抗議をしたが、結局、転科しなければ、ならなかった。何より、それを受け入れなければ、退学が決定されるし、すなわち、それは学費を払わなければならないということであった。軍人にならなければ、学費は免除されなかった。
ヤンはその当てもないし、妹の保護者になるには、そうするほかなかった。
結局、ヤンは戦略研究科へ転属された。それは、ワイドボーンという秀才を破ったからである。
その1年後、運命の出会いをするとは、ヤン本人すら、わからなかった。
資料室の一角でヤンは、一人、制御卓を動かしながら、ハニア連邦の設立の歴史を表す資料映像をあらためてみていた。
そこへ、年齢が妹と同じくらいの二人の赤毛と金髪の少年がヤンに向けて声をかけた。
その二人を見たとき、ヤンは思わず見惚れた。
特に金髪の少年は、彼が見た人生の中で最も、美しい造形を見せていた。
「ヤン・ウェンリー二年生。幼年学校の生徒のラインハルト・ローエングラムです。」
黄金の髪と蒼氷色の強烈な意思を秘めている瞳をもつ少年は、音楽的な声でいった。
「同じく、ジークフリート・キルヒアイスです。」
赤毛の少年は優しげな笑みでヤンに言った。
「それで、君たち、私に何のようかい?幼年学校の生徒が私に用事があるとは、おもえないのだけど。」
「はい、あなたが、この士官学校の戦術シュミレーションで一番強いと聞いたので、お手合わせをお願いにきました。今回は、幼年学校の研修の一貫なのです。」
自信満々の表情でラインハルトは言った。
「そうか、わかった。まあ、わざわざ、来たんだし、相手をするよ。でも、君達の満足いける相手とは思わないけど、頑張ってみるよ。」
こうして、ヤン・ウェンリーとラインハルト・ローエングラムの後に歴史的なとはいえないが、運命を変えるという点では、大きな戦術シュミレーションがはじまった。
平面宇宙に二つの同数の艦隊がある戦場が映像画面に現れて、始まった。
最初は、両陣営とも的確な指揮官の指示で互いに譲らず状況は、ほぼ互角であった。
ヤン、ラインハルト共に、その指揮ふりを見て、互いに感嘆をしていた。
そして、その中でヤンは、一つ思案して、持久戦に持ちこむように守備を固くするように陣形を横に長いもの変えようとした。
それが、ラインハルトは好機と思い、その陣形を編成する間に紡錘陣形に変化させて、躊躇なく突撃した。中央突破戦法であった。
ラインハルトの予想通り、敵は薄くなった中央部を紡錘陣形によって、完全に分断することができた。
しかし、その瞬間、分断された両側が高速で逆進して、彼の艦隊の背後を捉えたのである。
ラインハルトの中央突破を逆手にとった戦術をとられたのであった。
ラインハルトは、被害を少なくしようと右時計回りに前進して、敵の背後とらえようとしたが、それでも、ヤンの攻勢はすさまじく、その戦術をやるときには、とりかえしようもない失点をおかしていた。
結局、判定はヤン・ウェンリーの勝利に終わった。
「ヤン二年生は、俺が中央突破を図ることを予想していたのですか?」
金髪の少年は、大きな悔しさを隠そうともせず、言った。
「君は、たぶん、攻勢が好きな指揮官だと思ってね。とりあえずは、その判断に基づいてさそったよ。持久戦に持ちこまれるのは、いやがると思ってね。それも考慮した。」
ヤンは、自分が言っていることが講義めいていると途中で感じ、恥ずかしそうに言った。
「そうですか………勉強になりました。キルヒアイス、帰るぞ。俺は、まだ、学ばなければならない。」
その蒼氷色の瞳には、悔しさと怒りがにじみ出ていた。
「わかりました。ラインハルト様。もし、機会があったら、今度はラインハルト様が勝つと思います。」
キルヒアイスもヤンにむかって、言った。
「そうだと思うよ。私は、今回は運が良かったから。」
あっさりと、答えた。
この後、ヤンもラインハルトたちもこのことを一生忘れなくなるできことであった。
こうして、ヤンは、20歳のときに、士官学校を卒業して、少尉となった。
最初の任務先は、統合作戦本部の記録統計部署であった。
ここは、古い資料を見ることができるヤンにとっては、望ましい職場であった。何より、妹と一緒に暮らせる家が近くにあることが嬉しいことであった。
2年後、ヤンが22歳のときに妹から別れて辺境勤務につくようになった。妹もすでに、15歳まで成長していたので、一人暮しもできるという判断であった。なにより、実際に家事全般に関する能力ではチュンリーの方がはるかに高かったのである。
そして、その辺境任務こそ、彼の人生を加速度的に変化をもたらすものであった。世に言う『シャンリューイの脱出劇』。彼がハニア連邦において、注目しなければならない人物として歴史に現れるのだった。
キルヒアイスは、それまでの資料を一通り見た後、作業を辞めた。『シャンリューイの脱出劇』について、本人により、詳しく聞いたほうが、いいと思い始めたからであった。