ラインハルトとキルヒアイスがヤン家の会食に行った後で、すぐに、ハニア連邦のアルシン区のマールセイ星系で大規模な海賊艦隊が出没したという報告が入った。
その報告を聞いたとき、いつものようにその手の騒乱があるたびに、統合作戦本部は、ラインハルトに対抗策を要請した。
これは、ラインハルトが望むことであり、かつそれが現政権の中心者であるウォン・クーロンの心証を良くする行為だと連邦軍首脳部も思っていたので、今度も、ラインハルトに要請することに決めたのであった。
ラインハルトは、自分の代理人としてキルヒアイスを指名した。キルヒアイスが行く前に、辺境を守備していた連邦軍の警備隊が破れたことも影響したのだが、それより、少ない兵力でキルヒアイスは、その海賊艦隊に対抗したのであった。
その結果、出撃からわずか10日あまりで、海賊艦隊を撃破して、そればかりか、彼らの根拠地の一つを破壊することに成功した。
この功績により、キルヒアイスは、准将の階級から少将に一気に上げられたのであった。
その手腕は、同僚のミッタマイヤーやロイエンタールの舌をまくほどであった。
そのマールセイ星系で、逃げ帰った警備隊の幕僚の一人にオーベルシュタイン中佐がいた。
ラインハルト・ローエングラムは、今回の会見でヤン・ウェンリーを盟友としたことには、満足のいく成果だったが、それでも、一つの不満があった。
ロイエンタールやミッタマイヤーなど、勇敢で戦術能力に富んだ前線指揮官は、そろえたが、参謀役をみつけることは、連邦軍の中でなかった。
ラインハルトが考えている参謀役は軍事上の参謀役ではなった。それは、ラインハルトやキルヒアイスの能力で充分であった。政略・謀略方面で、その知略を見せてくれる人物が必要であった。これから、彼らを戦う敵は、宇宙海賊だけではなく、名門豪商やそれをとりまく勢力との権力闘争をしなければならなかった。陰謀やだましあい、その他の闘争をするには、キルヒアイスやその他の指揮官に無理だと感じていた。
ヤンには、この能力があるとは、感じていたが、性格や思考法が違う。自分より、キルヒアイスより近い思考法であることは、感じていたのであった。特に、戦争をしたくないという発言がそれを確信させたものであった。
そんなある日、衛兵に凝集光銃をあずけて、非武装で執務室へ、オーベルシュタイン大佐という男がラインハルトの元へ来た。
その男の容姿を見たとき、ラインハルトは美しい金色の眉をひそめた。普段の健康な軍人ではしていない義眼していたのであった。
「ローエングラム大将閣下、オーベルシュタイン大佐です。」
「それで、私にどんな用があるのだ。」
「まず、お人払いをお願いします。」
尊大と称するに近い態度で、招かざる客人は要求した。
「ここには、三人しかいない。」
「そう、キルヒアイス少将閣下がいます。ですから、お人払いをと願っています。」
キルヒアイスは黙然と、ラインハルトは鋭い眼光で、ともに客人を見つめた。
「キルヒアイス少将は、私自身も同様だ。それは、卿は知らないのか。」
「存じております」
「あえて、彼にきかせたくない話があるというのだな。だが、あとで、彼に私が話せば結局、同じことだぞ。」
「それは、むろん、閣下のご自由に。ですが、閣下、覇業を成就されるには、様々なことなるタイプの人材が必要でしょう。AにはAにむいた話、BにはBにふさわしい任務、というものがあると思いますが………」
ラインハルトに対してキルヒアイスが遠慮がちに言った。
「大将閣下、私は隣室にひかえていたほうがよろしいかと……」
「そうか」
ラインハルトは何かをかんがえるようにうなずいた。
キルヒアイスが立ち去ると、オーベルシュタインは、ようやく本題に入った。
彼の話によると、現在、オーベルシュタインは、窮地に陥っていた。それは、彼が小集団の警備隊の参謀としていたのだが、海賊艦隊の襲来があったとき、敵に罠があることを上官に示したが、それを聞き入れず、結局敗退。そのとき、戦局が決する直前、連絡艇で逃げ出し、それが敵前逃亡として軍法会議にとわれていることを説明した。
「つまり、卿は、私に助けてもらいたいと。それで、その報酬は、何が得ることができる。卿が役に立たねば卿を助けるいわれはない。」
「閣下の覇業を果たすために私の命と忠誠心と全能力を閣下に預けます。私は、現在のハニア連邦の権力体制つまり、豪商名門48家を憎んでいるのです。」
「ほう、大胆な発言だな。」
閉所恐怖症のような息苦しさをラインハルトは感じた。この男の義眼には人を圧倒する———————あるいは、圧迫する素子が組みこまれているのではないかという非合理的な疑念にさえそそられた。
防音装置が完備した室内で、オーベルシュタインの声は低かったが、ときならぬ春雷のようにとどろいた。
「名門豪商48家とそれに寄生する支配階級は滅びるべきなのです。可能であれば、私自身の手で滅ぼしてやりたい。ですが、私にその力量がありません。私にできることは新たなる覇者の登場に協力すること、ただ、それだけです。つまり、あなたです。ローエングラム大将閣下。」
「キルヒアイス」
椅子から立ちあがりながらラインハルトは腹心の友をよんだ。壁が音もなく開き、赤毛の若者が姿をあらわした。
ラインハルトはオーベルシュタインを指差しながらいった。
「キルヒアイス、オーベルシュタイン大佐を逮捕しろ。私に現政権に対する謀反を扇動した。連邦軍人として、看過できぬ。」
オーベルシュタインは銀縁の眼鏡を激しく光らせた。赤毛の青年士官は、迅速の神業で凝集光銃をぬきもって、彼の胸の中央に狙い定めた。幼年学校以来、射撃の力量で彼を凌ぐ者は少ない。たとえ、オーベルシュタインが拳銃を所持しており、抵抗を試みたとしても無益であった。
「しょせん、あなたも、この程度のひとか………」
オーベルシュタインはつぶやいた。失望と自嘲の苦い陰翳が、もともと血の気の薄い顔にさしこんでいた。
「けっこう、キルヒアイス少将ひとりを腹心と決めこんであなたの狭い道をおゆきなさい。」
なかば演技、なかば本心の発言だった。ラインハルトが沈黙する姿に視線を投げると、彼はキルヒアイスに向きなおった。
「キルヒアイス少将、私を撃てるか。私はこの通り、丸腰だ。それでも、撃てるか。」
ラインハルトがあらためて、命令をださなかったこともあるが、キルヒアイスは、狙いをさだめたまま、引き金に入れた指に力を入れることをためらった。
「撃てんだろう。貴官はそういう男だ。尊敬に値するが、それだけでは覇業をなすには、充分とは、いえんのだ。光には影がしたがう………しかし、お若いローエングラム閣下にはご理解いただけぬか。」
ラインハルトは、オーベルシュタインを凝視したまま、凝集光銃をおさめるようにキルヒアイスに指示した。微妙に表情が変っていた。
「言いたいことをいうやつだな。」
「恐縮です」
「上官からもさぞ嫌われただろうな。」
「あの方は、部下の忠誠心を刺激する人ではありませんでした。」
平然とオーベルシュタインは答えた。賭けに勝ったことを彼は知った。
ラインハルトは、うなずいた。
「よかろう、卿の身柄を助けよう。」
その後、オーベルシュタインはラインハルトの参謀長に就任した。
キルヒアイスは、ラインハルトと二人きりになったときにすっきりしない表情で話しかけた。
「どうした、キルヒアイス、なにか言いたいことがありそうだな。」
「おわかりでしょうに、お人の悪い。」
「怒るな。オーベルシュタインの件だろう。あの男が、名門豪商どもの手先だと一時疑った。しかし、あいつらが手におえるような男ではない。頭は切れるが癖がありすぎるからな。」
「ラインハルト様は、お手にはおえるのですか。」
「そうだな………おれは、あの男に忠誠心や友情を期待していない。あの男は、おれを利用しているだけだ。自分自身の目的を果たすためにな。だから、おれも奴の頭脳を利用する。奴の動機などどうでもいいさ。奴ひとり御しえないで、宇宙の覇権をのぞむなんて不可能だと思わないか。」
ラインハルトは、本音を言えば、オーベルシュタインのような人物を好きではなかった。キルヒアイスもそう思っているのは、わかった。だが、彼は役に立つ。
あの男なら暗い情熱と執拗な意思をもって、名門豪商やそれにとりまく、諸勢力に対する権謀をめぐらせ、必要とあれば、幼児や女性を殺害することも辞さないだろう。
それを無意識のうちに察したからこそ、キルヒアイスは彼を嫌うのだろう。しかし、自分にとっては、必要なものであった。
オーベルシュタインのような男を必要とする自分を姉のアンネローゼやキルヒアイスは快く思うだろうか………しかし、これは、やらなくては、ならないことなのだ。
キルヒアイスは、マールセイ星系で海賊討伐の出撃の労をねぎらうためにとラインハルトは、彼に休暇を与えた。このことは、彼に対してこの休暇でオーベルシュタインの登用について納得する時間を与えたと感じていた。
「ラインハルト様の考えはわかる。彼の仕事は私にはできないことだ。だが……」
休暇の間に自室で悶々と悩んでいると、彼に通信がはいってきた。
「これは……ヤン提督の妹さんか。どういう用件だろう。」
そういいながらもキルヒアイスは通信をつないだ。
「すいません。閣下にこのような私的な用件を言うのは、おくがましいのですが、ちょうど、休暇をとっていらしていると聞いたので、これから、私に付き合ってもらえませんか。」
いつものように人の気持ちを明るくさせるような笑みを浮かべた。
「さて、どんなご用件なのでしょうか。」
その後、チュンリーは、颯爽と状況を説明した。まるで、断られるという可能性は1%もないかのような雰囲気であった。
彼女が言うには、士官学校の同級生にしつこく迫られているので、自分には好きな人がいて、あきらめるように断ったのだけど、それでも、まだ、執念深く迫ってくるので、その最も効果的な手段としてその好きな人を紹介することであった。
そして、その迫っている男は、アンドリュー・フォークという人物で、彼は士官学校の首席の成績を保っているのだが、彼の人柄は、自分の才能を示すのに実績ではなく弁舌にもってし、しかも他者を貶めて、自分を偉く見せようとする。彼が自分で思っているほど、才能がないということが理解していないのだった。
しかし、その彼にもっとも効果的な心理的攻撃にキルヒアイスのその階級が効果的だと彼女は考えた。
同年代ですでに、少将、しかも、名門豪商やその関係者ではなく、一般市民でその年齢の人物が好きなら、フォークはすでに、圧倒的な軍人としての地位の差をつけられていることになる。これは、出世を常に意識している彼にとっては惚れている恋敵としては心理的に致命的な一撃を与えるだろう……その説明をして、最後にチュンリーは言った。
「彼……アンドリュー・フォークという男は、私が士官学校でもっとも嫌いな人物の一人です。」
「そうですか、わかりました。それで、報酬は何でしょうか。それによって、考えます。」
キルヒアイスは、この時点ですでに、チュンリーの要請をうける気であったが、当然の要求というよりも彼女の提案する報酬というのに興味があった。彼のまわりでは、いないタイプの女性であったからだ。
「当然、私の手料理です。閣下。これは、ハニア連邦でもごく少数の人間でも味わえない名誉ある報酬ですわ。」
悪戯っ子の笑みを浮かべた。
「わかりました。では、行きましょう。」
キルヒアイスは、一人部屋で悩むよりも美しい女性の頼みをうけることもいいことだと思い始めていた。
チュンリーが予想した通り、アンドリュー・フォークなる人物がキルヒアイスを見たとき、彼の階級とそして、その周りの女性兵士などが常にささやいているように"赤毛のハンサムなのっぽさん"と称する容貌に彼は精神的に打ちのめされているみたいだった。
そして、キルヒアイスを紹介した後に、彼女の痛恨の一撃を浴びせた。
「あなたが、彼の地位にいくまでに何年かかるかしら。いや、それより、彼のほうが連邦軍の最高位につく方がはやいかもね。じゃあ、あなたの言う通り、紹介したからあきらめるという約束守ってね。」
会心の笑みを浮かべて、キルヒアイスと一緒に去っていった。
キルヒアイスは、チュンリーに誘われて、そのまま夕食に誘われて、ヤン兄妹の住んでいる高級士官の宿舎へ入った。
「ちょっと、兄さんを起こして来るのでまってくれませんか。閣下。」
白いワンピースの姿で居間から去っていった。
足元にペルシャ猫がいたので、キルヒアイスは声をかけてみた。
「確か、ソウソウだったね。私の地位が君の飼い主に役に立ったみたいだ。確かに自分の年齢を考えれば、20歳をすぎたばかりで、少将か。まったく、とまどうことこの上ないよ。まあ、それがヤン提督の妹さんに役に立ったのだからよしとするか。」
赤毛の青年は猫ののどをさすりながらいった。
しばらくした後、少し寝癖をつけたヤンが、あたまをかきながら寝ぼけ眼で居間に入ってきた。
「これは、キルヒアイス少将閣下、話は聞きました。妹が迷惑をかけたみたいですね。」
「いえ、そうでもないです。それより、兵士達の噂でヤン提督は、日頃は寝ているか歴史研究をしているかと聞きましたけど、そうみたいです。」
穏やかな笑みで赤毛の青年はこたえた。
「まあ、ほとんど当たりですね。チュンリー、閣下にお茶を持ってきてくれ。もちろん、私はいつもの紅茶をお願いだ。」
「はい、もう用意できていますわ。ヤン少将閣下」
お茶を持ってきた後、わざとらしく敬礼するチュンリー。
その姿が私服のワンピースで行うと、彼女の優雅さと美しさを強調させた。
「まったく、家にいるときは兄さんだろう。その称号を家でいるときくらい聞きたくないんだ。まったく、私にはとても不釣合いな地位さ。キルヒアイス提督もそう思いませんか。」
「いえ、閣下は、それだけの実績と器量はあります。でも、私も自分の地位の高さに少し戸惑うことがあります。」
「どうだ。チュンリー、階級が上がるということはこういう苦労が耐えないんだ。もっと、いたわったらどうだ。」
「ええ、気をつけるわ。兄さん。今度は、艦隊の事務処理も任せるみたいだから、その分、苦労が増えそうね。」
「そうだな。それより、キルヒアイス提督、チュンリーを助けてくれありがとう。妹は、そいつに、かなり迷惑したみたいですから。」
「ええ、その報酬をもらいにきました。ヤン提督。今夜は、晩餐につきあわせてもらいます。」
「そうですか。まあ、チュンリーの料理の腕は兄馬鹿もしれませんが、かなりのものですよ。それで、彼女の料理ができるまで、少しお話でもしませんか。」
「はい、わかりました。」
ヤンは、チュンリーが台所へ消えていく姿を見たあと、おだやかに語り出した。
「閣下は、どうして、あの名門豪商48家が1000年以上も権力を維持し続けることができたと思いますか?」
それに対してキルヒアイスは自分なりの解答をしめした。
一番大きなことは、いまだに平面宇宙航行に関する理論の知的財産を所有していることであった。これは、彼らの富みの中心であり、さらに、船舶関係の会社の資本を独占していたのも彼らだった。
「確かに表層的なものは、経済的な支配力で社会と政治を支配しているとは、思うが、もっと、別な理由もある。」
この後、ヤンは、名門豪商48家の一族の人数および、これがどのように歴史的にどのように形成されたか説明し始めた。
ハニア連邦では、名門豪商48家といわれているが、正確には48一族といったほうが、正しいかもしれない。
それは、現在、その姓名をもつものは、合計5000人くらいで、一つの家に100人くらいの性名の持ち主がいた。もちろん、それ以外に、彼らの勢力下にいる人間は多いが、名門豪商の姓を名乗れる人数はこれだけだった。
ハニア連邦の成立は、すでに歴史でキルヒアイスは知っていたが、その後の国家を支配する階級として大きな力をもっていく過程をヤンは伝えた。
名門豪商48家は、政権を握った後で、考えたのはまず、自分たちの勢力をどのように維持しつづけて、それを守るかということであった。そのために考えついたのは、特別養子制度というものだった。
これは、当時のハニア連邦で優秀な人間や力のある人物達に養子になるように説得、もしくは、その他の手段で、名門豪商に所属させた。これは、最初、露骨にいやがる人物は多かったが、名門豪商に入れば、その中では実力主義、つまりは、たとえ、生まれの性が違っても家長や重要な役目をどんどんまかせるようにした。それは、各家の会議で決まったが、家長になることは、平面宇宙関係の知的財産も所有でき、財力が得ることが確定的であった。
つまり、スーメイ人ならば、実力さえあれば、名門豪商に入ることができ、ひいては、その家長になることもできるようになったのである。そして、逆に無能な名門豪商の人物は次々と家族会議で離縁と姓名改正をせまった。これは、法律でも認められた権利とされた。
この特別養子制度は、ハニア連邦の支配階級である名門豪商を活性化させた。以前からいる一族の者でも、堕落と頽廃にまかせては、家を追い出される可能性大きくあったからである。名門豪商の名前がなくなれば、ただの人になった。また、その子供達に対しても、名門豪商試験制度というものを家の規則に作り、それが20歳の段階で合格できなければ、姓名を変えることになった。
生まれながらに過酷な競争を強いた。それは、スーメイ人の支配階級である名門豪商の誇りとなったのである。無論、このやり方にも色々問題が出た。
まず、最初に名前をやたらと変えるので、その人物の関係者に混乱を招いた。そこで、法律でまず、名門豪商の姓名は、国内では、彼ら以外に禁止にした。そして、途中から入った人物は、その姓名をミドルネームとして採用した。そして、子供の世代から、名前をかえさせた。
他にも問題があった。一度、名門豪商の中で名前を変えたい人物が多くでてきたのである。これは、各家の派閥争いの影響もあったのだが、去年までは、ウォンであったが、来年は、リュウとかいう人物もでていたのであった。
このため、法律ではなく不文律で禁止させた。最初に入った名前は最低でも10年、それ以降に、変えるなら各家の一族会議で過半数を得ることが条件だった。
名門豪商48家の特徴は、一度入ると、離縁させられることは、あっても、自分から家を抜け出すことには承認が必要になった。
それでも、優秀なエリートはいいが、力や財力のない民衆は不満を持っていた。そこで、開明派の一人であったビン・リン・シューイという当時の名門豪商に入りたての人物が、民主院の設立を提案した。それは、名門豪商の貴賓院を脅かすものだと当時は、反対の手があがったが、結局、制限選挙にするということで、それを設立させた。
名門豪商以外でも国政に参加させたのであった。
この影響で、それなりに、税金を払っている人物は、どんどん国政に参加していき、力を持つようになっていた。そして、その中には、真の民主主義や民主共和政治を訴える人物が続々とでてきた。
これらの勢力は、名門豪商を公然と批判するようになってきた。そこで、当時のリーダーであったリン・ライデンが考えたのは、彼らの抱きこみ用の法改正であった。
現在もそうであるが、民主院と貴賓院では、貴賓院の方が議会としての優先順位は高い。
そのため、不満を多く持っていたのだが、民主院の議長の任期を3期以上務めると、貴賓院の参加もできるということにした。あくまでも、特別議員ということであったが。
それでも、貴賓院は正式議員48人と特別議員の定数が制限なしであり、そこで議会工作が上手に行けば、民主院よりは確実に自分の政策や法律ができる可能性があると、感じて、それを目指す議員は多くなった。
それは、効果をもたらして、議会に進出した当初、急進的な民主共和政の推進者も、民主院の議長を何期もつとめることは、難しく、そして、できたとしても、その若い時の気持ちを維持しつづけて、貴賓院で訴えつづけることは、難しかった。
それでも、連邦暦700年くらいになると、少しずつ妥協しながらも名門豪商48家の支配から共和政に移行しつつあった。
しかし、ある事件が起きたことが、それを閉ざしてしまった。
この頃になると、純粋なスーメイ人以外でもハニア連邦に住む国民は増えていった。その多くが他国からの戦争の難民ではあったが、それに対してハニア連邦は、来るものは拒まずという精神を貫いてきたので、徐々にその勢力は拡大していた。
そして、スーメイ人以外で初めて、名門豪商48家に入った人物がいた。
アルバート・リン・ミュッツアーという人物であった。この人物はとある国の亡命者であったが、その政治的な手腕や、経営的能力は疑うこともなく、その優秀さで、名門豪商に入った。
しかし、名門豪商に入った途端、これまで、名門豪商に好意的だった態度を一変させて、非難するようになった。さらに、一部の、特に純粋なスーメイ人ではない勢力を先導して、国内に不満を噴出させた。
彼は、ついに行動を起こした。叛乱を企てたのである。
これは、結局、未然に防いだのであったが、名門豪商48家にとって、衝撃であった。
そして、これ以降、スーメイ人純潔主義という思想が台頭するようになった。
これまで、それなりに開放的であった名門豪商48家は、より閉鎖的になった。特に、純粋なスーメイ人以外は、もう名門豪商にいれなくなったのである。
さらに、極端な血縁主義は、特別養子制度を形骸化させた。そして、これ以降は、名門豪商はより閉鎖的にさらには、特権意識を持つようになっていった。
この事件を知っている人々はこれ以降からハニア連邦が大きく変質した流れになったと感じていた。これまで、スーメイ人、いやハニア連邦の優秀な人材が目指していた名門豪商の変質は、彼らを絶望させていった。
それは、国内の活性化をさまたげ、さらには、堕落と腐敗の道へつながっていくようになった。
この腐敗をもっとも、大きく表したのが、愛妾制度であった。
もともと、スーメイ人の慣習では権力や財力を持っているものは、夫や妻を二人以上持っても良いことであった。これは、様々な人々から悪法といわれつづけているが、財力があれば、届け出を出せば、誰でもできるということを言っていることと、政府のスーメイ人の人口拡大政策に寄与するものであるで、止めるわけにはいかなかった。
財産を持つということは、それだけ、より多くの子供を育てることができるということをスーメイ星系政府の時代から実証済みであったからだ。
しかし、これが、さらに悪法になったのは、スーメイ人純潔主義の影響が大きくなったからだ。そのときまでは、愛妾にも子供を産む権利があったのだが、この思想が台頭した結果、愛妾制度は、ハニア連邦史上でも5本の指に入る悪法といわれるようになった。
愛妾になるには、子供を産めなくする必要があった。男であれば、精子をつくれなくして、女であれば、子宮を摘出した。合法的に子供を産む権利を奪ったのである。
愛妾制度は、表面上の理由は、正妻や正夫の立場を守るためといったが、スーメイ人純潔主義の影響で、スーメイ人以外に愛妾にするときに、有効であったからである。
名門豪商の人々は、これで、楽々と他の民族を愛妾にしていった。
ラインハルトの姉である、アンネローゼ・ローエングラムはこうして、子供が産めない体になったのであった。
そのヤンの話を聞いたとき、キルヒアイスは、ちょっとしたきっかけで、歴史はその流れが変ると感じた。もし、アルバート・リン・ミュッツアーという人物が叛乱を起こさなければ、ハニア連邦はより民主的な国家になり、名門豪商も変質しなかったのではないかと。
「ヤン提督、とても、興味深い話、ありがとうございました。それにしても、名門豪商について色々としっていますね。私達の盟友となってから、調べたのですか?」
「いいえ、違います。これは、ある人に教えてもらいました。すでに、この世にはいないですけどね。」
その表情にはいちまつの憂いが見えていた。
「そうですか。ところで、少し相談したいことがありますが、いいですか?」
赤毛の青年が真剣にみつめた。
すると、そこへ、料理を運ぶ機械と一緒にチューリンが歩いてきた。
「さてと、できましたよ。閣下。報酬は、ちゃんと払いますから。」
「ああ、ありがとう。それじゃあ。晩餐の終わった後にその話します。」
「あら、二人きりで密談とはちょっと、気分を悪くしますわ。閣下。」
閣下と言う言葉にちょっとした悪意を込めていった。
「キルヒアイス少将、チュンリーにはすべて話しました。だから、彼女の前では大丈夫です。」
ヤンは頭をかきながら言った。
「そうですか、わかりました。なら、食事を楽しみながら、話します。」
「そういうことで、よろしくお願いするわ。戦友であるキルヒアイス少将閣下。」
わざとらしく敬礼をチュンリーはした。
「わかりました。それでは、ヤン提督、話します。」
キルヒアイスは、オーベルシュタインという人物がラインハルトの参謀長になるということを話した。そして、自分がその人物に対する印象を伝えた。
「なるほど、とんでもない劇薬がわがローエングラム陣営に加わったことになるということか。」
頭をかきながらも、ため息をついた。
「そうですね。私は、好きにはなれませんが、彼の役割は、必要なのでしょう。」
「キルヒアイス少将、これだけは、言っておく。君はローエングラム閣下に必ず必要、いや、半身そのものだろう。もし、何かのきっかけで二人が対立するようになったら君を全面的に支援するし、力になる。だから、君は自分が思うことを彼に言いつづけてくれ。」
「ありがとうございます。その言葉はとても、心強いです。」
このとき、キルヒアイスは、感じていた。自分の味方は、もうラインハルトだけではなかった。そして、その味方は二人の関係を深く理解しているのだということを。これは、彼にとって、とても心強く、胸に熱いものがこみあげていた。
「閣下、感動ついでに頼みというか提案をしていいですか。」
「はい、なんですか。ミス・ヤン」
「私と友人になってください。それと、その呼び方、あらためてくれませんか。チュンリーでいいです。私はジークといいますから。」
「え……ジークですか…」
この呼び方は、ラインハルトの姉であるアンネローゼがしていたので、露骨にキルヒアイスは拒否反応をしめした。
「なら、ジークフリートに変えます。いいわね。今日からジークフリートと私は友人、だから、チュンリーと敬語口調はやめてね。」
決めつけるチュンリー
「君は強引ですね。ヤン提督とは、まったく違う性格だね。」
「物事を進めるときには、ときには即断が必要でしょう。それで、答えを聞いてないけど、断るの?閣下」
「よさないか。チュンリー、キルヒアイス少将が困っているじゃないかローエングラム閣下の親友でもあり、半身であるのだから、彼自身では、決め兼ねているのだよ。」
「そんなこと、知っているわ。でも、友人一人を得るのにも許可が必要な関係とは、よくないと思うわ。そういうのも打破してみるためにも、私と友人となってみませんか。」
「わかりました。いや、わかったよ。では、これからもよろしく。チュンリー」
そういって、キルヒアイスは手を差し出した。
「わかってくれて、ありがとう。ジークフリート。軍務以外はそう呼ぶわね。」
キルヒアイスは、チュンリーの意図は計り兼ねたが、ヤン・ウェンリーの妹の親交を深めるのは、必ず今後の、ラインハルトの覇業には役に立つとは感じていたので、その要請をうけた。彼女からヤン・ウェンリーという人物を知り得たかったのである。
それくらい、彼の印象からすれば、懐が深く、その想いはどこにあるかをはかり知ることが彼にはできなかった。
その夜、キルヒアイスは、ヤン兄妹との晩餐を終えて、ラインハルトと一緒に住んでいる高級士官用の住宅へ戻ると、ラインハルトが待っていた。
「ああ、キルヒアイス、遅かったな。その………もしかして、オーベルシュタインの件をまだ、怒っているかと思ってな、そのお詫びとは違うが……一緒に飲まないか。連邦暦500年もののワインだ。」
少し目を伏せながら言うラインハルト
その表情をキルヒアイスが見たとき、少し、驚いたと共に、彼の心が晴れわたっていった。
自分は、ラインハルトに必要とされている。そして、彼の側で常にラインハルトの覇業のために力になり、彼を守りつづける……そう再び、実感した瞬間であった。
「ラインハルト様、わかりました。一緒に飲みましょう。今日のことを話します。たぶん、興味深いことですよ。」
キルヒアイスとラインハルトは、いつものように語り合った。それが永遠に続くかのように思いながら………。