ハニアの風   作:いち領民

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第6話 「『風の回廊』………海賊掃討作戦」

「つまり、ローエングラム君、君がいいたいのは、海賊たちを大規模な掃討するための法案と作戦案を最高評議会と国防委員会に承認させたいということか。」

国防委員長であるウォン・クーシーはいぶかしげに言った。

 

 

「はい、そうです。これまで、私たちは、海賊が騒動を起こしてから対処するということばかりを続けてきました。それでは、敵に機先を制せられて、多くの国民に被害があった上に、逃げられるという状況も多くあったのです。ですから、これまでの情報を統合して、大規模な海賊掃討作戦を提案します。」

 

 

「しかし、これは、予算が大規模にかかるし、色々と問題が起きそうだ。この法案によれば、海賊行為にかかわった犯罪者の18歳以上は、終身刑もしくは死刑、そして、子供は、保護者がいなければ、施設いきだな。」

 

「国防委員長閣下、私たちは、将来、何年後になるかわかりませんが、アーヴ帝国と戦争を起こすつもりなのでしょう。だとしたら、このような状況をいつまでも、続けているわけにはいかないのです。国内の憂いがなくなってこそ、外敵と戦えるのではないでしょうか。それに……閣下、が承認してくれなければ、最高評議会議長閣下に頼みます。」

 

 

その言葉をきいたとき、国防委員長のウォン・クーシーは迷った。ラインハルトの姉は、現在、ウォン・クーロンの一番の寵愛を受けているアンネローゼであるし、彼の提案は、少し過激を感じるが、有効なものであり、理にかなっていた。そして、どうせ、この法案と作戦案が議会で承認されるなら、自分の功績とした方がいいのではないかという誘惑にかられた。

 

 

「わかった。ところで、連邦軍の統合作戦本部長のヨウ・シンレイ元帥には、伝えてあるのか?」

 

「いいえ、閣下とは、あまり仲がよろしくないみたいなので、今回は閣下の一人の功績とすれば、よろしいと思います。ヨウ元帥閣下は、もうお歳ですし、そろそろ現役から退いてもいいのではないかと、私がまた、上位についたら、閣下の力になります。」

黄金の髪をいただく青年は不敵に笑った。

 

 

「そうか、わかった。では、君の提案をうけよう。なるべく、しっかりとした功績をあげてくれよ。そうでないと、私の立場に影響する。」

 

 

「国防委員長閣下、大丈夫です。私の才能を信じてください。予想以上の結果を見せてあげますから。」

 

 

 

国防委員長の執務室を出た後、ラインハルトは不快げに、自室へ戻ってきた。ラインハルトにとって、政治家に詭弁で誘導するということは、あまり、彼の心に響く仕事ではなかったからである。

 

 

「オーベルシュタイン、あの法案は、今月にも可決されるはずだ。それと、作戦案も来年には、決定されるだろう。あとは、その指揮官の人選および、その他の人事の決め事をするだけだ。」

 

 

 

「そうですか。これで、多くの海賊と支援勢力を殲滅することできますね。その勢力には、

たぶん、名門豪商の影響をうけたものや、人類統合体の影響を受けたものもあると思います。先日のクルド門からの掃討戦で事例があります。」

報告書をめぐりながらオーベルシュタインは冷静に答えた。

 

 

この海賊掃討作戦は、戦略的には国内の敵の一つである海賊勢力を殲滅して、ラインハルトの敵を減らすことであった。さらに、それにかかわる名門豪商の利益や犯罪企業などの力をそぐことも目的であった。そして、政略的には、海賊によって長年苦しんでいる民衆を解放して、その支持をとりつけることであった。そのための政治宣伝の効果としても多大な影響を与えるものだった。

 

 

ラインハルトが立案した、海賊掃討作戦は、次のような概要だった。

 

 

① 50個分艦隊相当の艦隊をこの作戦に投入する。

② 総司令官はラインハルト・ローエングラム大将、その下に13人の将校を指揮官として、その他の幕僚がつく。

③ 総司令官の作戦区域は、平面宇宙や門の周辺だけではなく、門の中の小惑星帯や惑星上まで及ぶ。

④ この作戦の予算は1兆4千4百億ディナールを用意する。

⑤ 総司令官には、この作戦完了の期間として3年間を与える。

⑥ この作戦の総司令官の解任もしくは、中止は、国防委員長に決定権がある。

 

 

この決定を統合作戦本部長のヨウ・シンレイ元帥は、激怒した。自分にはまったく、相談もさらずに、この作戦が決定されたのであった。国防委員長に抗議をいれたが、彼は、悪びれもなく、それに対して、反論して。最後にヨウ元帥にいった。

 

「これは、ウォン・クーロン最高評議会議長の意思でもあります。この国の国家元首は誰ですか?それに……あなたは、その椅子にすでに10年もいます。そろそろ、若手に譲られてもいいのでしょう。最後に偉大な功績を残した統合作戦本部長の名を残すのです」

 

 

 

「く、そういうことか。国防委員長閣下、私を引退に追い込むつもりですか。ですが、これが成功しなかったとき、責任をとるのは、あなたですぞ。」

 

そう捨てゼリフを残して、ヨウ元帥は去っていった。

 

 

 

そのやり取りをヤンは、自宅で聞いた。士官学校の先輩であるキャゼルヌ准将が会いにきていたのであった。

 

中背の健康そうな肉付きをしているキャゼルヌは軍人というより、軍官僚で、そのデスクワークの達人で、補給や組織管理や施設管理の専門家であった。その性格は、生来の毒舌家を体現させていた。

 

 

「それで、お前さん、妹のチュンリーを副官に決定したんだって。今度の作戦から、正式に任務につくと聞いたぞ。士官学校卒業したての妹を自分の側に置くとは、子持ちのヤンの面目躍如か。」

からかうようにキャゼルヌはつぶやいた。

 

「そうですね。まあ、とりあえず、給料分は働きますよ。それに、あのローエングラム閣下が総司令官だ。そんなに長期間にはならないと思いますよ。キャゼルヌ先輩。」

 

 

「そうか。しかし、お前さんのローエングラム閣下の心酔ぶりには、驚いた。まあ、顔は良いからな。それだけでもいんだろうけど。」

 

 

「別に心酔はしていませんよ。客観的な評価です。先輩、それより、艦隊編成幹部の人事の件お願いします。」

 

「ああ、わかったよ。」

 

 

その後、士官学校の卒業式から帰ってきたチュンリーは、二人に挨拶した後、その三人の会話の輪に加わった。

 

 

 

「えー、本日をもしまして、ヤン・チュンリーは、ただ今より、少尉となり、さらに偉大なる魔術師ヤンことヤン・ウェンリー少将閣下の副官を拝命しました。この名誉なこと……」

 

「チュンリーやめてくれ。私をあまりからかうな。せめて、軍務上では、副官として任務を頑張ってくれ。」

 

「わかりました。閣下。たぶん、役に立ちます。兄さんの苦手のことなんか、昔からわかっていますから、それを補佐するのが私の役目ですから。」

余裕の笑みでチューリンは対応した。

 

 

「それにしても、あのチュンリーも大きくなったな。その美貌だとけっこう、もてるのではないかい。」

キャゼルヌは眩しげに見つめた。

 

 

「そんなことないですよ。キャゼルヌ提督。閣下の夫人には負けますわ。」

 

 

「そうかい。そういえば、ヤン、この噂を知っているか。チュンリーにはすでいい人がいるらしい。それは、なんと、お前さんと同じ階級ということだ。」

当人の反応を確かめるように聞くキャゼルヌ

 

 

「あら、耳が早いのですね。キャゼルヌ提督、でも、どこから、そんな噂が流れるのかしら。」

 

 

「お前さんが、士官学校の同級生をふったときに、彼をつれてきたという情報があってね。それでさ。」

 

 

「なるほど……なら、私の行動は正解で勝つ効果的だったということですね。」

 

「それで、ヤン。結局、わかっているのか。その噂の人物は。」

 

 

その話をしていると、来訪客をつげるチャイムが鳴った。

 

「どうやら、噂の人物が来ましたよ。キャゼルヌ先輩。キルヒアイス提督が来訪しました。」

 

「なんだ、お前も公認の仲か。つまらん、せっかく、チュンリーに恋人ができて、苦虫をつぶしたようなお前さんの顔を見られると思ったのに。」

 

「先輩の望みどうりでなくて、残念でしたね。それより、キルヒアイス提督を紹介しましょうか。」

 

 

「いいや。退散するよ。頼まれごとを片付けなきゃいけいなから。じゃあ、チュンリー、その色男によろしくな。」

 

「ええ、閣下、わかりました。」

 

 

キャゼルヌは、玄関からキルヒアイスに挨拶をして、ヤン家から去っていた。

 

 

「ヤン提督、あの方はどなたでしょうか。キャゼルヌ准将となのっていましたが。」

キルヒアイスは、玄関口の通信画面ごしに興味深く尋ねた。

 

 

「士官学校の大先輩さ。後方支援関連の勤務にその有能さを発揮している人物です。まあ、腐れ縁ってやつさ。キルヒアイス少将が気にする人物ではないでしょう。」

 

 

「そうですか、わかりました。」

 

 

キルヒアイスが玄関に入ると、チュンリーが出迎えをしていた。

 

「ねえ、ところで、ジークフリートは、どうして来たの。例の作戦のことかしら」

 

 

「いや、士官学校卒業の祝いの贈り物を持ってきたよ。少尉とヤン提督の副官をおめでとう。」

リボンをつけた箱を渡した。

 

 

「ありがとう。嬉しいわ。そうだ。居間へどうぞ。お返しに簡単なクッキーを作るわ。時間あるかしら。」

 

 

「大丈夫だ。それなら、ヤン提督のご相伴にあずかるよ。」

 

 

居間には、ヤン・ウェンリーが読書をしながら、考え込んでいた。

 

 

「ヤン提督、どうなされました。何か難しい顔をしていますけど。」

 

「いや、何、ちょっと、考え事をしていただけさ。キルヒアイス提督、いかに、民主的に政権をローエングラム閣下にとらせようかと考えている。それも、血を流さずに。」

 

 

「そうでしたか。オーベルシュタイン参謀長が気にかかるのですね。」

 

「そうだね。彼はマキャベリズムの推進者として、覇業を成すための正論をローエングラム閣下に言いつづけるだろう。それに替わる代案を考えないといけないし、こいつは、意外と難しいことさ。」

 

「ヤン提督は、今度の作戦について心配はないみたいですね。」

 

「当たり前さ。これだけ、予算と艦隊を使うんだ。もっとも、効果的な戦略で海賊たちをハニア連邦の宇宙から消滅させるさ。それを戦術レベルで我々は有効にやるだけ。ある意味、楽でいい。」

 

その後、ヤンとキルヒアイスは海賊掃討作戦の詳しい細部のつめと今後起きる状況について予想と対策を考えた。二人とも互いにその戦術眼と見識に感嘆していた。

今回のように、キルヒアイスは、ラインハルトが忙しく、かつ自分の時間があいたときに、ヤン家を訪れることが多くなっていた。それは、本人達の心境とは違い、チュンリーとキルヒアイスがつきあっているという風に周囲が見るものであった。

その二人は一人は英雄の妹であり、一人は英雄の腹心という立場であったので、両者の英雄の結びつきはかたくなったのであろうというのが、連邦軍の一部の意見であった。

 

 

 

 

連邦暦1051年 ラインハルト・ローエングラム大将を総司令官として、連邦軍は大規模海賊掃討作戦を実施した。作戦名は、「風の回廊」といわれた。これは、この作戦によって、ハニア連邦の航路網を完全なる安全を確立するためのものであった。

 

 

この作戦は、後世の軍略家たちが一致して賞賛するのに待つまでもなく、当時の一部の人々にとっても、戦略の見本ともいうべき傑作となった。

 

彼は、まず、ハニア連邦の全域を13の作戦区域に分けて、その13人の艦隊司令官を派遣した。そして、ラインハルト自身は、20個分艦隊の率いて、支援を必要とする区域に遊撃部隊を指揮する。常に前線にとどまりながらである。

作戦の実施期間を前期と後期に分け、ハニア連邦を平面宇宙の中心領域側半分と、外側半分の二つに分け、前期は、中心領域内側で、後期は中心領域外側に重点を決めた。

中心領域側の方が海賊の勢力が弱く、そのため、弱い敵から倒すという戦術の基本にのっとった形であった。

その13人の提督は、キルヒアイス少将、ヤン少将、ミッターマイヤー少将、ロイエンタール少将、ビッテンフェルト少将、ホアン准将、チュン准将、シン准将、ミュラー准将、メックリンガー准将、ウランフ准将、ボロディン准将、アイゼナッハ准将。

 

 

この艦隊の指揮官の人事編成は、連邦軍で少なからぬ驚きがあった。

その人事は、下級市民や一般市民出身の有能な若い将校であり、そして、一人も名門豪商から選抜されなかった。それは、この作戦が名門豪商の勢力に影響されないことを示していた。

後に、この作戦に参加した提督や兵士や下士官がラインハルトの直轄の戦力になったのであった。

この中には名門豪商48家のものとそれから推薦されたものでしか、入校できない幼年学校卒業者の士官がほとんどいなかったのである。

 

 

この当時のハニア連邦には、大きく分けると三つの階級があった。

名門豪商48家、一般市民、下級市民だった。下級市民と一般市民の大きな違いは、税金を払っているかどうかというものであった。

税金は、ある程度の低収入では、所得税を払う必要はなかったが、それは、下級市民であることを意味していた。

それと、もう一つあった。亡命者の扱いは、ハニア連邦においては、かなり過酷なものであった。

ここ200年ほど、亡命者は、ハニア連邦に亡命した場合、それが、その国でどんな身分であったしても、亡命して一代は下級市民にされる。

なぜ、こんなことをするかというと、200年ほど前から、他の国から難民が大量に入るようになり、それがスーメイ人にとって、不安をあたえて、この難民排除法をつくったのであった。

下級市民には、選挙の投票権もなく、政府の市民サービスも限られて、さらに、居住区も限られていた。

 

そのため、下級市民の多くは、亡命者が多く、その姓名は、スーメイ人と異なるものがおおかった。彼らは、自分たちの境遇から改善するのは、もっとも有効な手段は連邦軍の士官学校に入ることだった。その影響で、本来圧倒的多数のスーメイ人でも、連邦軍の士官学校卒業生にはそれほど多くはなく、幼年学校卒業の名門豪商の1派が連邦軍では、対抗勢力になっていた。

 

そして、この作戦「風の回廊」により、ラインハルトは、名門豪商とは別の派閥である下級市民や一般市民の兵士達の力を糾合することに成功するのであった。

 

 

海賊掃討作戦「風の回廊」の担当区でもっとも、困難な個所をキルヒアイスがして、次に困難のものをヤンが担当した。これは、二人の信用度と貢献度を最も高くしていると他の将校にしめしたものであった。

 

 

結局、この作戦は、3年の実施期間を予定したが、わずか、100日で終わった。それは、ラインハルトの戦略的構想の実力であり、各将校の戦術的能力の高さでもあった。

平面宇宙で海賊艦隊にあったときは、それを討ち滅ぼし、追撃して門に突入した後も根拠地を徹底的に破壊させた。

その間に捕獲した艦艇10000隻、破壊した艦艇20000隻、海賊たちの根拠地にあった造船所、要塞は全て破壊されて、宇宙の塵となり、100万人以上の海賊が戦死して、200万人以上が捕虜になった。海賊に捉えられていた人々は、もちろん、全員、自由を回復した。

その年の半ばには完全に航路の不安が一掃されて、物価も物流も安定して、国内の交易が何百年ぶりに活気が取り戻しつつあった。

 

この作戦は、国家の財政的にも意外に有効になったのであった。それは、海賊と手を結んで利益を上げている悪徳企業や政治家、そして、名門豪商の一部が発覚して、彼らから多額の財産と資産を没収した。それは、後に海賊対策法といわれた法文にも海賊を支援する企業や団体には、強制的に財産等を没収すると明記されていたのであった。

無論、名門豪商の一部と言っても、それは、ウォン・クーロンに組していない派閥で、彼らの中には、この作戦が始まる前に証拠ごと海賊と縁をきっていたものもあった。

それを聞いたとき、ウォン・クーロン一派に対する名門豪商の不信の疑念が広がりつつあったのである。

 

 

 

国防委員長のウォン・クーシーは高だかと胸をはって、議会に凱旋した。今回の成功で、自分がウォン・クーロンの後継者になるほどの名声を得たと感じた。なにしろ、ここ数百年間悩みつづけていた海賊問題をたかが、100日足らずでほとんど解決させたからである。

結局、ウォンは、この後の人事で統合作戦本部長のヨウ元帥を引退させて、その後の席にいきなり、ラインハルト・ローエングラムを元帥に昇進させてすえた。

宇宙艦隊司令長官であったモウ・タイリン大将を飛び越えて、やったのである。これは、色々と他の将校、特に名門豪商側の他の将校や士官たちに不満が大きく出たが、今回の功績はあまりにも大きかった。

いくら、彼らでもわずか100日で海賊艦隊を全滅させることができるなど、不可能だとわかっていたからである。

 

 

今回のことは、ラインハルトの民衆の支持を確固たるものにした。数百年に渡って頭を悩ましてきた問題を一気に解決したからであった。もちろん、ラインハルトの部下たちも彼と同様に階級を上げたのであった。

 

 

そのことを旗艦<ヒューベリオン>の中でヤンは隣にいるチュンリーに何気なくはなしかけた。

 

 

「やはり、恐ろしいな。ローエングラム閣下は。一度の作戦で二重、三重の利益と効果を得ることができた。連邦軍の中で彼の意のままに動く派閥を形成したことになる。それだけでなく、今回のことで国防委員長が簡単に操られることがわかった。」

 

 

「閣下もそれくらい思いつくことは、できるでしょう。」

紅茶を入れながら興味深げに眺めるチュンリー

 

 

「考えることは、できても、それを有効に実行できるかは別問題だ。それにしても、まさか、国防委員長まで、見事に操るとはね。器量が違うよ。」

 

 

「ふーん、私の見解は違います。閣下は、国防委員長に操るのは無理なのではなく、近づきたくない。一部を除いて、政治家という特殊な人種にはね。」

少し茶目っ気を含む言い方をチュンリーはした。

 

 

「まあ、やりたくないことは、他の優秀な提督方々がやってくれるさ。今回は、私が口を出さなくても、真面目で優秀な同僚が多くて助かったよ。ローエングラム閣下には、人をみる目もあるみたいだ。」

 

「そうですね。閣下。ヤン提督は、作戦の構想だけを考えて、細かい点は、部下に任せましたからね。」

構想だけという部分を特に強調するチュンリー

 

「そうさ。司令官がすべてやったら、彼らの仕事がない。それは、部下の職を奪うことになるゆゆしき問題さ。それが私の持論さ。」

 

そういって、ヤンは、この作戦前の幹部の人事についての考えを思い起こしていた。

後にヤン艦隊といわれた艦隊人事の幹部はここでおおまかに決まったのである。

副司令官には、フィッシャー准将を選び、彼は、艦隊運用にかける名人と言われている人物であった。

首席幕僚には、独創性は欠くものの緻密で、整理された頭脳を持つムライ准将、次席幕僚には陽気で明朗な性格で大きな体格のパトリチェフ大佐をそれぞれ、任命した。

ムライには、常識論を提示してもらい、作戦立案と決断を参考にして、パトリチェフは兵士への叱咤激励役をひきうけてもらい、フィッシャーには堅実な艦隊運用を、というのがヤンの意図であった。

その三人は、この作戦でヤンの期待通りの活躍をしたが、ヤンの思惑以上に彼にとって、助力となったのが、妹であり、少尉でもあるチュンリーの存在であった。

ヤンは彼女が士官学校で好成績を上げていて、卒業時には次席までの能力をもっていたことは知っていたが、彼女の能力でも特質ことは、その驚くべき記憶力であった。

艦隊人事のメンバーやその所属、あるいは、経歴などを驚くほど、速くおぼえて、資料をとりだすだけではなく、その人物をヤンがそのときどのように評したかも説明した。

それ以外でも事務関係の情報処理能力も格段と上級者であり、何より、ヤンは彼女のおかげかなり楽をしてもらったことになっていた。

しかも、ヤンがやっておきたいことを先回りに処理するので、そのうち、構想を話すだけで、実務レベルまで潤滑に艦隊が運用できるのは、チュンリーの手腕が大きいとヤン艦隊の幕僚達も認めるようになっていた。

 

そのことは、ヤンにとっては、複雑な心境を持たせていた。妹が自分の仕事仲間に認められるのは、嬉しいが、彼自身が軍隊という職業に対して、良い印象をもっていないのに、妹がそれにつくことは、最初は反対したのだが、結局、押しの強さに負けて妹は、軍人になった。それが、軍人として優秀なのというのは、合点があまりいかなかったのである。

 

 

一方、チュンリーの方では、今回のヤン・ウェンリー少将の副官という役割は非常に兄の側で彼に役に立てるということで、満足していた。そして、彼女なりに今回の作戦では、覚悟と矜持を持って、望んだのである。

いくら士官学校を出たばかりの新米士官とはいえ、自分が仕事に対して、失敗や遅延を行っては、兄に迷惑をかけるし、それだけではなく、この人事自体を批判されることが耐えられないからであった。もっとも、今回の作戦の仕事ふりは、ヤン艦隊の幕僚陣に彼女の存在の大きさと必要性を示したものになった。

 

 

二人の思いは、それぞれ違っていたが、今回の作戦が滞りなく実行されて、とにもかくにも作戦の目的である海賊掃討は達成されたので、ヤンが率いる艦隊もスーメイ星系へ帰還を果たすことになった。

 

首都惑星シャオリンに戻ると、ヤンは艦隊の主な幕僚を招いて、ささやかな勝利の祝宴を行った。そこは、彼が士官学校時代からよく通っていた料理店の一室を貸し切りにしたものであった。

その席には、艦隊司令官のヤン少将、副司令官のフィッシャー准将、首席幕僚のムライ准将、次席幕僚のパトリチェフ大佐、そして、今回の任務でかなりの戦果を上げた空挺連隊「黒薔薇の騎士団」隊長のシェーンコップ大佐、最後に副官であるヤン少尉がその場にいた。

 

 

「それにしても、よくあれだけの作戦をこの短時間で遂行できましたね。閣下」

ムライ少将は気難しい顔で言った。

 

「なあに、ローエングラム閣下ならこの程度の作戦ならこの時間でできると思ったさ。私としては、早く終わって助かったよ。」

 

「まあ、小官としては、もっと、活躍の場があるとは、思いましたが、海賊の輩から婦女子を解放するのは、私の役目と思っていましたから。」不謹慎な表情で言うシェーンコップ

 

 

「確かに、シェーンコップ大佐は、今回の作戦では目覚しい活躍でしたな。空挺部隊でも、一番の武勲を上げていたな。しかし、だからといって、解放した女性方を手当たり次第に口説くのはどうかと思う。規律が乱れる行動だ。」

ムライはいつものしかめっ面らで言った。

 

 

「いいえ、口説いたのではなく、女性に感謝されたのです。そこのところをムライ准将もわかってもらいたいですな。」

 

 

 

「それは、ともかく、とりあえず、乾杯しましょうか。生き残れたことにですけどね。」

大柄なパトリチェフは陽気に言った。

 

 

「そうだな。今回は、敵と言っても、巨大なものではなかったから………将来、より恐ろしい敵と戦うことになるかもしれない……だから、せいぜい、今のうちに楽しむさ。では、みんな、乾杯。」

 

一応、この宴の主役であるヤンが乾杯の音頭をとった。宴は、穏やかなものにおわり、ヤンは自分の艦隊の幹部が多少風変わりではあるが、優秀な人物を選んで、成功したものだと感じた。

しかし、この作戦の後に、ヤンは中将に階級を上げるのだが、それと同時にラインハルトにとっても、思わぬ辞令が彼に示された。それは、ある意味、歴史の分岐点になったかもしれないものであった。

 

 

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