【完結】我は菊月だ   作:シャリ

13 / 17
13話:真相

「これが我の答えだ」

 

 肩の力を抜いて腕を下げる。

 殺さない。長月が敵であっても、その選択は選ばない。選べない。ここで始末することがいくら正しい理論や理屈でもだ。

 

 仰向けに倒れていた長月がゆらりと起き上がり、両手で我の胸倉を掴みかかる。怒りを込めて圧力をかけるが如く睨む。

 

「なぜだッ!? どうして私を殺そうとしない!」

 

 理由は単純なこと。そもそも迷う方が間違いだった。

 

「艦娘なら。優しき彼女たちならば、この選択をすると考えた。そして、なにより」

 

 我は艦娘だ。艦娘なら仲間のことを想い、護ることこそが正しい。

 

「彼女たちは……皐月、文月、望月は長月と仲良くなることを望んでいる。一緒に楽しく過ごすことを望んでいる。なのに長月がいなくなった、または死んだと知らされたりすれば哀しむ。そんな娘たちだ。彼女たちを哀しませたくはない。仲間の心を傷つけたりはしない」

 

 彼女たちの命を、身体を護るために長月を殺しても心や願いまでは護れない。

 

 理由を聞いた長月はハッと気がついた顔をすると怒気を消失させていった。表情は柔らかくなったものの、手は離さなずに問いを重ねる。

 

「このまま私を鎮守府に連れ帰る気なのか? 私が彼女たちを傷つけるかもしれないのに?」

 

 頷き、迷いなく答える。

 

「連れ帰るさ。おかしな真似はさせない。我が見張る。あと、彼女たちや艦娘たちともっと交遊をしろ。そうすれば長月も深海棲艦よりも艦娘として生きる方が幸せだとわかる。誰かと過ごしたり話したりするのは良いものだ」

「甘い。甘すぎるな。理由も、今後の考えもなにもかもすべて。仲間の彼女たちだけでなく私にまで気をつかうとかバカじゃないか」

 

 長月が両手を離す。幸の薄い笑みをしており、敵意は感じられない。いままでとは打って変わって穏やかな口調で言う。

 

「でも、艦娘らしくていい。自分のことしか頭になかった私なんかよりもずっと」

 

 脱力させてその場で両膝をつき、俯いて一言こぼす。

 

「私の負けだよ」

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「本当のことを話せ」

「私がなにかしら嘘をついていると?」

 

 長月は視線を上げずに反応してきた。

 

「嘘をついていたと捉えた方が色々と辻褄があう」

 

 戦闘の前と最中では余裕がなく、考えきれず違和感止まりだった。先程までも長月をどうするかで迷っていたので同様だ。選択の解を得て落ち着き、頭が冴えている今だとわかる。単純かつ明快な点。

 

「情報収集するなら情報源として艦娘と交流を持つはず。書籍では知り得ないことだってあるのに、鎮守府では艦娘を避けて最低限の会話しかしていないではないか」

 

 情報を積極的に集めようとしないスパイが何の役に立つ。他だと、旗艦として深海棲艦を何体も沈めていることもおかしな話。旗艦の立場を利用してなるべく戦闘を回避させたり撤退を促したりして深海側の損失を少しでも抑えるどころか、皐月たちに一番強いと判断される程に戦果をあげている。

 実際、大規模侵攻の時に長月は我の協力要請を蹴り安全な撤退を優先させることで駆逐棲姫を破壊させない選択肢を選ぶことはできた。なのに、艦娘の後続艦隊にとって優位に働く選択肢を取った。

 その理由。

 

「長月、本当は我の……いや艦娘の敵ではない。違うか」

「私は」

 

 長月はなにか言いかけるも、途中で口を閉ざす。言葉を発さなくても、否定をしないことが一種の肯定として受け取れる。敵である前提が崩れるとなれば。

 

「一夜襲事件の犯人というのも嘘なのではないか」

 

 

 

「嘘じゃない」

 

 顔を上げて推測をハッキリと否定する。

 

「嘘だったらどんなに良かったことか」

 

 自嘲した笑みを見せ、言葉を連ねていく。

 

「私はな、この体になってからも上位体の命令を受信してしまうんだ。"艦娘と人間を殺せ"とね。意識を強く保たなければ、命令通りに動く戦闘人形に変わり果てそうになるのさ」

 

 聞いた瞬間、思わず頭に手を当てたくなった。肩より上まで腕があがらないので無理だったが。

 

「上位体に意識を塗り潰されたことで、前の鎮守府を壊滅させたのだな」

 

 長月が首を横に振る。

 

「流石に日本本土までは届いてこない。距離がありすぎる。命令に抵抗しているのは出撃や遠征で海に出ている時だけ。上位体に近づきすぎれば私の自我は消えるだろうが、上位体は移動しないから気にしすぎる必要もない」

「だったらなぜ」

 

 我の疑問を、自分のこめかみに左の人差し指を当てて答える。

 

「上位体の直接命令だけじゃない。体の中に深海棲艦として製造された際の命令コードが残っている。艦娘か人間が視界に入る度、艦娘か人間に触れる度、命令コードのままに襲いたくなる衝動が頭を走る。それをずっと抑えて、耐えて、堪えて、過ごしていた。しかし、いつまでもは持たなかった」

 

 

  ◆ ◆ ◆

 

 

 昇り切った太陽の光が海を白く輝かせる。海から流れてくる風が私の髪を揺らす。左耳に触れる髪の毛が気になり、手でかき上げて耳にかける。

 私が住んでいる小さな鎮守府から遠くない、小さな港町。その町の海辺通りの道から見れる景色を眺め続ける。

 どこまでも遮るものがない地平線。人によってはこの光景を綺麗と言うだろう。私はそうは思わない。遮るものがないのは、なにもないからだ。だから、なにもない頃の私を思い起こされる。

 

「なーがーつき!」

 

 背中に軽い衝撃。振り返ると、雷が両手に買い物袋を持って無邪気に笑っていた。

 

「不意打ちは卑怯だぞ」

 

 左手で雷の頭をわしわしと撫でる。雷は両手が塞がってのでされるがままだ。なんて、両手が空いていても抵抗していまい。私の手から逃げもせず、気持ち良さを隠そうともしない緩々とした表情になっているしな。

 

「長月が店出るの早いのが悪いもん」

「私が早いんじゃなくて雷たちが目移りしすぎ」

 

 雷が出てきた真正面の洋服店に視線を向けると、ちょうど入口の扉が開いた。買い物袋を一つ肩にかけた三日月と菊月が雷に続いて退店。

 手を離して撫でるのをやめる。雷、そんな名残惜しさを露わにした顔をしないでくれ。微妙に罪悪感が湧く。

 

「やっぱり雷は買いすぎじゃない? 浪費癖がついちゃうよ」

 

 三日月が心配した様子で指摘する。一方、菊月は。

 

「また資金を消費してしまった……私は今後どうすればいいんだ」

 

 服を購入したことで所持金が減ったことを気にしていた。服に限らず、なにかしら購入すると先行き不安になってだいたいこんな感じになっている。

 雷が一つの言葉を二人にまとめて送る。

 

「大丈夫よ。どうとでもなるわ!」

 

 雷の大丈夫発言はなにも根拠がない。いつもそうだ。でも、雷のそんな根拠のない自信は個人的に嫌いじゃない。

 足元に置いていた自分の買い物袋を拾って、三人に呼びかける。

 

「揃ったことだし次にいかないか?」

 

 四人で無駄話をしながら道を歩く。

 彼女たちの横顔から、海の方になんとなく視線を移す。相変わらずなにもない地平線。

 

 地平線上のように周りに誰もいなかったのは昔のことだ。いまの私には友人がいる。仲間がいる。一色の海と異なり、私の世界には自分以外の色がある。

 話しかけてくれる人がいる。見てくれる人がいる。どれだけ幸せなことか。劇的な日々はいらない。ただ、今日のような日々が続いていけばいい。深海棲艦が小規模にしか出現しないこの地域で、大した戦力のない鎮守府で、彼女たちといつまでも。

 

 

 

 視線を戻すと、よそ見で歩調がずれていたせいか彼女たちとは少しだけ距離が空いていた。

 

 追いついて横に並ぶために足を早めようとした。

 できない。 

 なぜか歩行速度が上がらない。

 

 更に距離が空く。

 焦って走ろうとした。

 脚が動かない。意思を無視して立ち止まった。一歩も動かせない。

 

 もっと距離が空く。

 彼女たちは振り返らない。

 

「待って」

 

 周りの風景が白く塗りたくられて消えていく。彼女たちの姿も薄くなっていく。

 

 嫌だ。一人にしないで。

 消えゆく彼女たちの背中に向かって必死に左腕を伸ばす。

 

「おいていかないでくれ!」

 

 視界が暗転して、私の見ている光景が急転した。

 

 昼から深夜に。

 町から鎮守府に。

 道から開けた広場に。

 

「え……?」

 

 伸ばしていた手は肘まで真っ赤に染め上がっていた。腕を振るわせながら引き戻して、顔の前にやる。

 

 鉄臭くて不快感を与える臭い。乾きかけの血で紅くなっていた。次に、鼻孔を刺激したのは肉が焼ける臭い。周囲を見ると建物は崩れており、火が数か所で発生していた。

 

 そして、生なき屍が散乱していた。

 

「──あぁ」

 

 理解するまでに、思い出すまでに長い時間を必要としなかった。

 

 

 首が折れて倒れている彼女を見ればわかる。

 血を流して倒れている彼女を見ればわかる。

 眼を開けて倒れている彼女を見ればわかる。

 

 私がやったんだ。衝動に逆らい続けることができなかった。さっきまで見ていたのは過去の幻。愚かにも現実逃避をしていた。

 

「は……ははっ」

 

 乾いた笑い声がでる。力が抜ける。立ってられずに座り込む。

 私はバカだ。かけがえのないものを手に入れたのに、自らの手でぶち壊すだなんて。どうしようもない最悪の存在じゃないか。

 

 

  ◇ ◇ ◇

 

 

「自殺でもすれば良かったのかもしれない。でも、できなかった。バカな私は諦めることができなかった。次こそは上手くやれる、いつの日か体のことを解決して問題なく艦娘として生きれる。幸せになれる、とな。あんな事件を起こしてもそんなことを考える自分勝手な奴なのさ」

 

 長月の話を聞いて、自分に置き換えて考えてみようとした。すぐに恐怖が沸き上がって中断。

 

「話はわかった。長月が鎮守府でなるべく一人で過ごしていたのも命令コードによる衝動を抑えるためだったことも。しかしだ、なぜ我には受信も命令コードもないのだろうか」

「深海棲艦としての最後の過去を覚えているか?」

 

 質問をしたら質問で返されたが、からかいの類ではない。深海棲艦としての最後、というよりも最期の方が正しい。

 

「戦闘で損傷して沈む途中までだ。轟沈の切っ掛けである戦闘の詳しいことなどは覚えていない。記憶が欠落している」

「やはり沈んでいたか」

 

 意外性のない様子、つまりは長月も我と同じように沈んで艦娘の身体に変わったということ。

 

「私はすべて覚えている。自我の意識は残っていても身体は個体の修復限界を超えた損傷を受け、海底の鉄屑になりかける中で見つけたもの。それは同じく戦闘で沈み、かつ意識などなく既に死に絶えきった艦娘」

 

 まさか。あの時。我が最後に手を伸ばした先にあったのは。

 

「一体の深海棲艦、一人の艦娘。それぞれを資材として組み合わせれば、一つの存在としての修復に挑戦することはできた」

 

 ──菊月の死体。

 

「自我のない普通の深海棲艦なら絶対にやらない挑戦が運よく上手くいったのが私とお前だよ」

 

 気が付くと胸に手を当てていたことに気づく。長月を見ると同様の動作をしていた。

 

「お前はその際に記憶の一部、命令コード、上位体に対する受信機能を持つ深海棲艦としての部分を失った。もとい、修復しきれなかったんだろう。それほどまでに深海棲艦としては損傷していたと言える。なのに、合成修復とでも言うべき例のないことを成功させるとは悪運が強いな」

 

 本来ならば、我も持っていた機能で偶然なくなっていたに過ぎない。把握した。さて、他にも確認したいことはある。

 

「我と戦闘をした理由とは」

「私が言ったことを覚えているか? いつか身体の問題が解決するかもしれないという淡い期待をしていたことを」

 

 忘れたりはしない。理由がまだ見えてこないので頷いて話の続きを促す。

 

「過ごしていたある時、お前が現れた。私と同じく混ざり物だとはわかってはいても、私の敵か味方かの判別がつかずに警戒はしていた。もし敵でなくとも、私のように衝動による殺戮を起こす可能性だってあったしな」

 

 声のトーンを落として語りを続ける。

 

「すべては杞憂だったがね。いくら観察しても衝動に耐えているようには見えなかった。私の目から見てもな。そうして理解したわけだ。私がなりたかった理想に、艦娘にお前はなれていることを。私では無理だということを。時間で解決はしない。最初から決まっているんだと」

 

 長月がキッと我を睨む。

 

「正直に言って、腹が立ったよ。なぜ私じゃないのか。私より性格も言動も艦娘に近いなんて感じられないお前なんかが、と」

 

 そこまで言うと、睨むのをやめてため息をつく。

 

「だが諦めれるきっかけになってくれた。死にぞこないが見ている夢から覚めることにした。衝動を抑える頻度は下がってはいても、一度外れたたがは外れやすくて抑えるのが以前よりも辛かったしな」

 

 そうか。前回の出撃中に千歳と外部接続した長月が呻いたのは負荷ではなく接触による衝動に耐えていたせいか。合点がいった。

 

「諦めるにしても自害はみっともなくてやれなかった。だから、せめて私がなりたかった理想になれたお前に殺されたかった。それだけだ。ただの自分勝手」

 

 長月がパンと両手を叩いて話の締めだと示す。

 

「これでわかっただろう。私は仲間よりも自分本位で周りのことを考えていない自分勝手な生かす価値のない存在で、いつ爆発するかわからない不発弾だ。だからさっさと始末してくれ」

 

 ここまで話をきいて色々とわかった上で、我の答えは決まっている。断る、だ。それだけいっても長月は納得しないだろうし、無理に鎮守府に連れて帰ろうとすれば最悪自害する。長月はみっともなくてやれないとほざいていたが、ありえない。

 長月と同じく両膝をついて視線の高さを合わせて、告げる。

 

 

 

「長月はただの自分勝手ではない」

 

 例え、自分勝手な点はあったとしても周りを顧みないほどではない。

 

「そんなことはない」

「いいや、ある」

 

 鎮守府の艦娘を傷つけたくないことは我でもわかる。

 

「本気で周りより自分の方が大切な者が、戦闘開始時に皐月たちに『生き残れ』なんてわざわざ言うのか」

「周りの目を気にしていただけだ」

 

 長月の否定を我は否定する。

 

「我を警戒していたのは、自分じゃなくて艦娘の敵か味方かわからなかったからだ」

「あくまでも私の敵かどうかで見ていた。艦娘としての観点はついでだ」

 

 長月は否定する。

 

「我に『近づきすぎるな』と警告したのは皐月たちを心配してのこと。それだけじゃない。自分と同じあやまちをさせたくなくて、同じ後悔をして欲しくなくて、我のことを想って言った」

「考えすぎだ。艦娘は私が幸せになるのに必要だった。だから、いなくなると困るだけ。お前みたいに自分よりも艦娘を優先して『艦娘を護る』と決めているのとは違う。艦娘そのものより、艦娘として自分が幸せに生きることの方が大事だと考えてた」

 

 違う。長月は自分よりも艦娘を優先させている。情報が集まった現状ならわかる。決定づけるのは我に戦いを仕掛けた本当の理由。自害はみっともないなんてあやふやな理由ではない。

 

「我に言ったはずだ。『私を破壊できない程度で艦娘を護れるつもりだったのか』と。長月の目的は、我に全力の戦闘経験をさせることで戦闘力を少しでも引き上げ、いなくなる自分の代わりに艦娘を護らせる実力を得てもらうこと。自分を糧にしたかった。そのはずだ。いいからさっさと鎮守府に帰るぞ」

 

 長月は観念したようで弱音を吐く。

 

「わかっているなら私を連れ帰るのは諦めろ。私はこの先、何日何週何か月も暴走しない自信がない。旗艦としてみんなを護り続けることもできない。みんなを傷つけるのは嫌なんだよ」

 

 長月に辛い想いをさせるつもりはない。

 

 

「我が上位体を破壊する。それで長月の問題を解決だ」

 

 長月が驚きを隠さないままに問う。

 

「正気か?」

「本気だ」

 

 迷いも意志の変更もない。

 

「受信は送信側を潰せばいい。命令コードは上位体から変更の権限を奪い取るか、製造された場所で削除コードを探すかすればいい。長月は我と違って記憶が明確にある上に受信者だ。ならば知っているしわかるはず。上位体が居る正確な場所を」

「場所はわかる。身体の乗っ取りを防ぐために私はあまり接近できないが。いや、そもそも」

 

 本当にわからない、とばかりに訊ねる。

 

「どうしてそこまで私を助けようとする。上位体の破壊を目論むことが危険だと、記憶がなくても理解してるくせに。殺されたら仲間である艦娘のみんなに会えなくなるのに」

 

 ごちゃごちゃとうるさい。

 

「我と長月は混ざり者。いわゆる同類。我にとっては他に二人といない存在。なにより、長月も我にとって仲間だ。同じ、他の仲間の艦娘を大事に想う者として一緒にいたい。もっと話したい。そんな風に想える相手を、仲間を助けることは当然のことだ」

 

 痛みが残る左腕を長月に差し出す。

 

「皐月、望月、文月が長月と仲良くしたがっていると言ったが一つ加える。我もそうだ」

 

 長月は我の手と顔を交互に見て、一言。

 

「まったく、かなわないな……」

 

 長月が手を取り、二人で握手する。

 ほんの僅かにだが、初めて長月が嬉しさや喜びといった類の感情で微笑むところを見れた。

 




 長月との決着。これが菊月の答え。どちらも案外感情的だったりする。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。