鎮守府に来て三日目。
提督からの指令で、戦闘能力を確認するために演習場に来ていた。ここまで案内してくれたのは今回も明石だ。待っていたのは指導員を担当している二人の艦娘、木曾と天龍。どちらも眼帯をしている。木曾は艦装なしだが、天龍は艦装を完全に装着している。
二人の足元には我が使用する分と思われる艦装が置かれていた。
「よっしゃー来たな菊月! 早速能力テストするぜ!」
「おい、
「んだよ。ったく、
落ち着いた様子の木曾と不承不承といった具合の天龍と挨拶をすませる。
「じゃあ始めるぜ。ほらよっと」
天龍は靴の上から履くように装備していたブーツ型の艦装を脱ぎ、コンクリート製の地面から海面へと飛び降りて着水。得意げな顔でこちらに視線を向ける。
「いまの天龍を見ればわかるだろう。艦娘には水上で行動する能力がある。地面の上にいる時と同様に立つ、歩く、走る、座る、寝る、全てが可能だ。艦娘が履く艦装はあくまで艦娘の体内燃料を消費して動作する加速装置、通称は加速艦装だ。だから最初に水上で立つことができるかのテストを行う」
どうやら、天龍が実践して木曾が説明をするのが二人のやり方らしい。
「思いきって飛び込んでこいよ。沈みそうだったらちゃんと引き上げてやっから」
手招きする天龍には行動を持って答えよう。躊躇せずに飛び降り──着水。多少の水しぶきが舞ったが、問題ない。しっかりと水の上に立っている。水がかかった制服にも異常は見られない。
艦娘の独自制服はただの服ではなく、艦娘が体内に保持している鋼材によって形成されている物。手触りは服そのものだが、鋼材なので水を吸って重くなるようなことはない。また、汚れても一度体内に戻して再度形成しなおせば綺麗な状態にすることが可能。ただ、それ故に攻撃を受けて制服が破れた部分の修復や生身の回復に体内鋼材を消費しすぎると、制服を綺麗に維持することは困難化する。因みに独自制服のデザインは靴も含めて固定化されているので、見た目を変更することは不可能ではあるが些細なことだ。
「お、沈む様子は……ないな。よし、合格だ」
確認を終えた天龍は我に近寄り、肩に担ぐ。おい、まて。
「なぜ抱える」
「次は艦装を着装する必要があるからなぁ。一旦、陸に戻るんだよ」
「我は自力で戻れる」
「まー、いいじゃねぇか。気にすんな」
「……不本意だ」
抱えられたまま陸へ戻り、下ろされたところで木曾から指示をされる。
「そこに用意してある艦装を装着してくれ。次は機動能力と射撃能力の確認をするからな」
指示に従い、艦装を装着していく。加速艦装を履き、両脚部に雷撃艦装、腰の左側に連装砲を携えて完全に装着完了。天龍と共に水上に戻り、次の確認テストに移行する。
「いいか、あそこの縦方向に並んでいる赤いブイの間をジグザグに駆け抜けるんだ。必要ならオレが手本を見せるぜ?」
「必要ない」
天龍の示したブイの形は円錐で数は十個。それ以外に障害物はない。眺めていると木曾が補足説明を行う。
「ブイとブイの距離は二〇メートル。動き出した瞬間から俺が時間を計るからいつスタートしても構わない」
「ならば、今からだ」
一気に加速艦装を作動させて滑り出す。まずは、一つ目と二つ目のブイの間を左から右に通り抜ける。
減速ではなく両脚の加速艦装を止めると同時に右脚を突き出す。その上で右脚の加速艦装を作動。負荷がかかるが許容範囲内だ。瞬間的な方向転換を終えると共に左脚も作動させて二つ目と三つ目のブイの間を通る。そして先程行った方向転換を逆の脚で行う。
コレを繰り返して全てのブイを通り抜け終え、スタート地点に戻る。
「終わった」
計測していた木曾に終了報告。
「速いな──だが、さっきの動き方は無理をしてないか? 脚にかかる負荷を駆逐艦の耐久力で考えると、過剰負荷に思える」
「いや、負荷による異常は発生していない」
「ならいいが、少しでもおかしく感じたら船渠に行っておけ」
「覚えておこう」
心配する木曾とは違い、天龍は笑いながら我の頭をグシャグシャと撫でてきた。
「なんのつもりだ」
「頑張った奴はちゃんと褒めねぇとな。駆逐艦にしてはいい根性してるじゃねぇか」
「なんなんだ、一体……」
機動の確認を終えたので、射撃場へ移動。的の仕組みは黄色のブイを二つ横に並べて作られた物。
ブイの先端からは鋼材を利用して作られた棒が伸びており、その棒と棒の間には同じく鋼材で作られた輪郭だけの輪が溶接されている。輪の大きさは直径で一〇センチメートルくらいか。砲撃を的に当てるのではなく、的に通すやり方だ。的に当てることで破壊して、その度に修理や補充をするよりも資材消費が少なくて済むという考えによるものだろう。
木曾の説明によると、的は全部で三つ。距離はそれぞれ五〇メートル、一五〇メートル、三〇〇メートルとなっている。これが本日最後の能力確認だ。
「じゃあまずはオレが手本を」
「必要ない」
我の言葉でなぜか肩を落とす隣の天龍を視界の外に追いやり、左手で左腰に携えていた連装砲を抜き取りそのまま片手で構える。我の姿を見た天龍は少し呆れを含んだ声で注意してきた。
「いきなり片手撃ちをする気か? まずは両手で構えて撃つことに慣れてからの方が安定するぜ」
「大丈夫だ」
我が駆逐棲姫だった頃とやる事は変わらない、ただ撃てばいい。違いは主砲が体の一部ではなく、艦装として手から外部接触接続をしてることだけ。だが、そこが一番特徴的と言える。深海棲艦と違って作戦に対応した装備へと変更できるのは独自の強みとなる。
艦装を扱うのは今日が初めてとなるが知識は持っている。本と皐月たちから情報を得たからだ。艦装とは艦娘専用の装備。我が構えている連装砲も含めて艦装の種類は多い、その一つでも人間の兵器に転用できたら艦装の需要が増えるのは間違いない。
もしも、艦娘とその周りの工廠の仕組みや艦装等も含めた生みの親である浦戸博士が、大本営を通して行った艦娘完成発表の翌日に自殺をしなければ人間兵器に転用なんて容易だっただろう。彼が転用させる方法さえ残していたら、深海棲艦を殲滅できる可能性は大幅に上がっていたことなんて誰にでも理解できる。なのに、人間の天才とやらはなにを考えていたのか。人間の思考は理解できない。
まぁ今はそんなことはいい。意味のない思考をしてしまったな。
「これより砲撃を行う」
体内弾薬を消費して連装砲から初弾を最も近い的に向けて撃つ。大きな砲撃音を発生させて放たれた砲弾は危なげもなく的の輪を通過、海面に着弾して水柱が立つ。
足元を見てみるが我の立ち位置は動いていない、完全に反動制御できている。射撃による反動は人間と違って力で防ぐのでなく、水上に立つのと同じく艦娘が持つ能力として制御して調整する手法だ。
「やはり片手の外部接触接続で充分だ」
続けて二撃目も問題なく的を通過。三撃目も通過……したが、砲弾が輪の輪郭に接触しかけた。これでは駄目だ。まだ足りない。実際に艦装を触れて我は感じられた。まだ我の能力の全ては出しきっていない。そうだ、我の中にある力を完全に開放すればいい。
感覚が研ぎ澄まされていく。目標が良く見える、どう撃てばいいか、どう反動制御すればいいか、全てがわかる。これならばさっきまでの我よりも上手く──。
「なぁおい、菊月?」
不意にかけられた天龍の声で気を抜いてしまった。感覚が戻る。邪魔をされたことに苛立ちつつも声をかけた理由を訊く。
「なんだ、どうかしたのか」
「いやなんつーか。いま菊月の左目が紫色になっているように見えた気が……って、んん? 変わってないな。っかしいな、確かにそう見えたんだが」
天龍が我の顔を気になっていたが、木曾から「ただの気のせいだろう」と言われた途端に「それもそうだな!」と切り替えていた。単純な奴だ。
木曾から確認終了の旨を受け、希望の配属場所を訊かれたので、戦闘を行うところにしてくれと伝えた。我に艦娘や人間の応急処置をしたり料理を行う能力や知識は備わっていない。深海棲艦を滅ぼして人間を守りたいなんて気持ちは欠片も存在しないが、戦う方がわかりやすくていい。
それにしても紫色の左瞳か。資料で見た駆逐棲姫の瞳と同色だな。どうやらこの体は──ただの艦娘ではないようだ。