嵐山隊ちょこっと登場です。
「いいかい」と前置きをして、神凪陽平は言葉を続けた。
「このモールモッド二体は三雲が倒したことにする。本当なら俺たち榊隊が倒したことにできればいいんだけど、それはムリだ。ボーダーのエンジニアはどの班も優秀だからね。解析されたら使われたトリガーがレイガストだってすぐにバレる」
「レイガスト?」
まったく意をつかれたかのように和堂朝美は聴き返したが、陽平はあっさりと、
「うん。窓から落とされたモールモッドが突き飛ばされたとき、うっすらとレイガストを視認した。俺が視認できたくらいだ。きっと解析班なら造作もなくレイガストの痕跡を見つけるだろうね」
と答えた。
「それで何でおまえたちがやったことにはできないんだ?」
ボーダーが使用するトリガーの知識がない空閑遊真にとっては、レイガストの使用に何の因果があるのか、いやそもそもレイガストという名前自体が初めて聴く言葉だろう。
「レイガストはアタッカー用のトリガーなんだけど、俺たち榊隊にレイガストを使うやつはいないんだ。さすがに持ってないトリガーは使えないだろ」
「なるほど……」
陽平の説明に、遊真は一応の納得をみせる。
「で、三雲がトリガーを使用してモールモッドを倒したのは、遊真を救けるためだったってことにすれば情状酌量の余地もある……かもしれない」
「かも……って、アンタね」
「で、三雲にトリガーを使うよう指示を出したのは俺ってことにすればいい」
「陽平先輩!?」
「あーちゃんには悪いけど、俺が指示を出したってことにしたほうが、三雲のトリガー使用に関して、より緊急性があったって印象づけられる」
ボーダー上層部も、朝美の指示であれば、それは単なる判断ミスだと捉えるだろう。しかしそれが陽平の指示ということになれば、それだけ現場は切羽詰った状況だったと認識してもらえるかもしれない。残念ながら、まだ朝美にはボーダー上層部に対しての説得力に欠けている。それは経験値の少なさであったり、年齢の幼さであったりと、いろいろな面で未熟さがあるからだ。だが陽平は違う。陽平には朝美にはない言葉の説得力があった。朝美にとってそれは、陽平がただ朝美よりボーダー入隊が早かったが故についた個人差……といってしまうには、あまりにも大きな差のように感じ、しかし陽平に対し自分も同じような印象、つまりは陽平の言葉に対する説得力を実感しているため、今回は素直に陽平の提案に従う他なかった。
「修はそれでいい?」
最後に神凪朋香が修にそう確認し、修の「はい」という返事をもって、作戦の決定が決まった。
★
ボーダー本部。本部長室。A級9位榊隊隊長の榊真由美と、同隊のオペレーターを務める春瀬奏恵が差し出した報告書を、本部長、忍田真史が目をとおしていた。A4版で六枚程度の簡素な報告書ではあるが、その内容は忍田の顔を曇らせるに十分なものだった。
「ここに書かれてあることは確かなんだな?」
一応という口調で、確認の言葉を口にする忍田に、真由美は代表して「はい」と答えた。
「ウチの専属エンジニアの司城成さんに解析してもらったので、間違いはないです」
更に奏恵がそうつけ加えると、忍田は「ふー」と一つ嘆息し、その報告書を隣にいる沢村響子に手渡した。本部長補佐という役職に身を置く響子もまた、その報告書の内容に表情を曇らせる。
昨日の警戒区域内に現れた大型ネイバーの討伐に使用されたトリガーはボーダーの物ではなく、ネイバーフッドから直接持ち込まれた物と判明。つまりそれは、知能と力を持つネイバーがこちらの世界に侵入してきたことを意味しており、今もまだ潜伏している可能性もある。それがその報告書の大まかな要約であり、その他に陽平が持ち帰ったネイバーの破片から割り出されたデータと、それに基づく考察が載せられていた。
「とりあえずそのネイバーを探したいところだが、手がかりがない。ひとまずは迅に協力してもらうとして、警戒だけはしておいてくれ」
「はい」
「はい」
真由美と奏恵が揃って退席しようとすると、しかし忍田はそれを呼び止めた。
「榊」
「はい」
「司城の様子はどうだ?」
「気になりますか?」
先ほどまでの緊張した面持ちから打って変わって、真由美は穏やかな笑みを見せた。その表情に、忍田の頬も緩む。
「まあな。あいつのことは、いつも気にかけてる」
「大丈夫ですよ。相変わらずウチのラボラトリーに籠りっ放しですけど」
「まあ、研究に没頭することで気が紛れるならいいんだが……」
「ただそのせいで、優秀なエンジニアをウチが独り占めしてしまって、申し訳ないです」
「いや、今のあいつは榊隊にいるほうがいいのかもしれない」
「なら良かったです。ナルさんのおかげで、私たちもA級に昇格できましたし。これでやっと功さんに顔向けできます」
「功……か」
「わかってます。私も太刀川さんも、それにナルさんも。あのときの忍田さんの考えは、功さんも含めてみんな納得したことです」
「うん、ただ……」
「そうですね。朋香……だけですね、あとは」
「そうか……」
「まあ、そこはおいおい私のほうからフォローしますから。忍田さんこそ気にしないでください」
「ああ、ありがとう」
真由美と奏恵が退出した部屋で、忍田は窓越しに空を見上げた。
「もう三年なんですね」
あえて背をむけたまま、響子はまるで独り言のようにそう呟く。そしてそれに答えるかのように、それでいてやはり独り言のように、忍田もまた「ああ」と小さく呟いた。
★
嵐山准はその現場を見て、いったい何が起こったのかわからなかった。緊急警告によって、現場となった三門第三中学校に駆けつけてみれば、生徒及び教職員はすでに校庭に避難しており、暴れているはずのネイバーは活動を止めていた。今は、小柄な少年……遊真によって修の武勇伝が語られており、榊隊のうち隊長を除く三人が被害状況の確認を行っている。
「遅れてもうしわけない! 負傷者は!?」
とにかく現場の状況の把握を行うべく、嵐山はそう声をかける。
「嵐山さん!」
「陽平、これはいったい?」
「モールモッドが五体現れました」
「五体も!?」
「はい。ですが、すでにすべて倒しています。校舎は一部損壊していますが、人的な被害は出ていません。全員無事です」
「よかった……」
陽平からの報告に、嵐山も安堵の声を漏らした。
「しかし、あんな短時間で五体も……。三人だけでよくやったものだな」
周囲をぐるりと見回しながら、嵐山はそう感心する。
「いえ、俺たち榊隊が倒したのは本館の三体だけです」
「えっ!? じゃあ、これは?」
嵐山の目の前、南館の壁にはモールモッドが一体、切り裂かれてひっくり返っていた。
「たまたま現場にC級隊員がいたので、彼に頼みました」
陽平は視線を修に向ける。
「きみが?」
嵐山もそれに倣い、修を見た。
「C級隊員の三雲修です。他の隊員を待っていたら間に合わないと思ったので、トリガーを使って闘いました」
修の言葉に、嵐山隊隊員の木虎藍と時枝充も、驚いたように目を丸くした。二人にしてみても、訓練生が基地以外でトリガーを使用するなど、ボーダー隊員であれば誰もが知っている隊務規定違反行為。よもやそれを犯す者がいるとは、常識的に考えられないことだった。
嵐山は修に近づくと、修の肩にそっと手を置く。
厳罰処分ものの隊務規定違反だ。どんなに責められたとしても、文句も反論もできる立場ではない。修はそう覚悟し、嵐山の言葉を待った。しかし……。
「そうだったのかー! いやー、よくやってくれた! ありがとう! きみがいなかったら犠牲者が出ていたかもな。俺の弟や妹もこの学校に通ってるんだ。きみは弟と妹にとっても、命の恩人だよ!」
嵐山は修の功績をたたえ、素直にそう礼を述べた。
「嵐山さん! 佐補ちゃんと副くんも無事ですよ!」
朝美の声に、嵐山も思わず二人の姿を探す。
「おお~! 副! 佐補!」
そして見つけるや……抱きついた。
意外にも褒められたことに、修は呆然と立ち尽くす。
「ちょっと。嵐山さん、褒めちゃってんじゃん」
朋香も意外そうに小声で陽平に囁いた。
「まあ、嵐山さんならね。来たのが嵐山隊で良かったよ。これが風間隊や三輪隊あたりだったら、ちょっと面倒だったかも」
陽平も朋香同様、小声でそう返す。
「またアンタはそんなこと言って。三輪はともかく、風間さんには失礼でしょ」
「三輪先輩はいいんだ……」
「けど問題は……」
「そうだね。アイツだね」
そう言って、朋香と陽平が見つめる視線の先……そこにいたのは、嵐山に褒めちぎられ謙遜しまくる修を、冷ややかに睨みつける木虎の姿だった。
また次回もよろしくお願いします。