WORST TRICK   作:和久井 誠

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 今回は中学生組が一緒に下校します。あのシーンです。


第12話 三雲修と木虎藍

 

「オサムはこのあと基地に行くのか?」

 空閑遊真の問いかけに、三雲修は「もちろんだ」と返答する。

 ボーダーの回収班がモールモッド五体を回収したものの、けっきょく学校は午後の授業を取り止め、臨時のホームルームのあと下校となった。

 今日中に基地に出頭する。それは神凪陽平が嵐山准に取りつけた約束でもあり、修自身その約束には従うつもりだった。

「ぼくは逃げも隠れもしない。本部に出頭して、きちんと処分を受ける」

 はっきりとした口調でそう続ける修に、今度は遊真が「ふむ」と返答した。

 

「三雲先輩!」

 

 靴を履き替え、校舎を出ようとしたところでそう声をかけられ、二人は立ち止まる。

「今から基地に行くんですか?」

 そう言って声をかけてきたのは、榊隊の和堂朝美だった。

「確かきみは、榊隊の和堂さん?」

「はい。私、この学校の二年生なんです。だから二人の後輩です」

「そうなんだ。うん、ぼくは今から基地に行くよ。そういう約束だからね。それで、和堂さんは? 何か用でも?」

「えっと……」

 そこまで言うと、途端に朝美は口ごもる。どうやらよほど言いにくいことらしい。

「どうした? 何か言いにくいのか?」

 遊真に聴かれ、朝美は「実は……」と前置きをして、小さな声で呟いた。

「私も学校が終わったら基地にきてくれって言われていて、それで……」

「それで?」

「ついでに三雲先輩の見張りをしてくれって……」

「見張り!?」

「三雲先輩が逃げないように……って」

「なっ!? ぼくは逃げも隠れもしない!」

「すっ、すみません……」

 修の剣幕に、思わず朝美は頭を下げる。むろん修自身も、それが朝美本人の意思ではないことくらいわかっていた。しかし、今回の件は厳罰処分も覚悟の上でやったこと。たとえどんな処分を受けたとしても、納得するつもりでいただけに、信用されてないことが腹ただしかった。

 

「隊務規定をあっさり破る人の言うことなんて信用できると思ってるの? はっきり言って、今のあなたは信用できないわ。もっと自分の立場を自覚しなさい」

 

 予期せぬ声に顔を向ければ、ちょうど正門付近で仁王立ちで立ち塞がる女子生徒の姿があった。

 ボーダー隊員の、特に中高生はその殆どがボーダーが提携している学校に通っている。しかし、中には将来の進路を見据えて進学校に通うべく、提携校以外の学校を選択する者も珍しくはなかった。その少女が着ている制服もそんな学校のひとつ、世間ではいわゆる“お嬢様学校”として認知されている中高一貫校の星輪女学院、そこの中等部の制服だった。

「木虎?」

「おお、キトラだ」

「木虎先輩!?」

 木虎藍、A級5位の嵐山隊に所属するボーダー隊員だ。

 三人はその予想外の人物の登場に、三者三様の驚きの声を上げた。

「何で木虎先輩が?」

 故に、朝美がそう尋ねる。

「あなたこそ」

「私はここの学校の生徒なんです」

「いや、そんなことは知ってるわ。そうじゃなくて、何で三雲くんと一緒にいるのかって……」

「私も基地に呼ばれているので、一応見張りってことで同行するんです」

「見張り……? そ、そう。あなたも見張り」

「はい」

 どこか腑に落ちないといった表情を浮かべた木虎は、しかし「なら仕方ないわね」と言って、三人のもとへと歩み寄った。

 険しい表情を崩すことなく、三人の前を歩く木虎。そんな木虎に、なぜ訓練生の自分に絡んでくるのかと疑問に思う修。木虎が修を気にしているように見え、不思議に感じる朝美。そしてそんな木虎の後ろを当たり前のように着いて行く遊真。微妙な空気が支配するこの雰囲気のまま、ただ黙したまま四人は基地へと向かった。

 朝美の所属する榊隊では、神凪朋香というムードメーカー兼トラブルメーカーがまず口を開く。それに弟の神凪陽平がツッコミを入れ、オペレーターの春瀬奏恵が雷を落としたところで、隊長の榊真由美が「まあまあ」と宥める。その合間合間に、メンバーそれぞれが朝美を巻き込んでくれる。そのため朝美は、それがデフォルトのコミュニケーションの中において、特に話題を考えたりといった会話をすることに気遣いをする必要はなかった。故に、今この沈黙が朝美を焦らせる。何か話さなくてはと、いろいろ思考してみるがしかし、なかなか良い話題が思いつかない。そもそもお嬢様学校に通う木虎と普通校に通う自分、それに男子生徒の修とネイバーの遊真。共通の話題など、そうそうあるものではない。こんなとき朋香なら、どんな話題を振るのだろうか。依然として黙々と歩く木虎たちを見ながら、朝美は我が隊のムードメーカーのことを思い出していた。

 

「木虎先輩、まるで三雲先輩をエスコートしてるみたいですね」

 

 そして辿り着いた朝美渾身のジョーク。何とか笑顔を保ちながら……。

 

「朝美ちゃん。冗談でもそれは笑えないわね」

 

 撃沈……。木虎からの返答には、変わらず作り笑いすらなかった……。

 再び沈黙がその場を支配する。

 意気消沈とばかりに項垂れる朝美に、今度は修が気を遣ったのか、

「ところで今日のネイバー、あれは何だったんだ? 何で警戒区域の外にまでネイバーが現れたんだ?」

 と、話題を変えた。いや、それは修自身、本当に気になっていたことではあったのだが、いち隊員にそこまで情報が下りてきているのか、そこまで期待しての発言ではなかった。

「そうね、C級隊員では知り得ない情報だし、A級の私が教えてあげるわ」

 だが意外にも、木虎はその理由を知っているようで、「まだ詳しいことはわかってないんだけど」と前置きをして、言葉を続けた。

「実は今回の件以外にも、警戒区域外にネイバーが現れる現象がすでに六件報告されているわ」

「六件!?」

「今までは偶然にもたまたま開いたゲートの近くに、非番のボーダー隊員がいたおかげで大事にはならずにすんでるけど、どうやら基地の誘導装置が効かないらしいわね」

「誘導装置が効かないって、何で?」

「今、エンジニアが総出で原因を探っているけど、まだその究明には至っていないわ」

「そんな……」

「パニックを避けるため公表は控えているけど、つまり今この街はどこにイレギュラーなゲートが開いてもおかしくない状況ってことね」

「だったら、早くどうにかしないと!」

「だからそれはエンジニアがやってるって言ってるでしょ。私たちが焦ったところで何かできるわけじゃない。私たちは防衛隊員よ。ネイバーが出現したら闘う、そして倒す。市民の安全を守るだけよ」

「けど、それだけじゃ……」

 きりがない。いくら出現するネイバーを軒並み倒していったとして、イレギュラー・ゲートが開く原因を突き止めないかぎり、きっとネイバーはこれからもどんどん警戒区域外へと現れるだろう。今までたまたま非番の隊員が近くにいたおかげで事なきを得たからとはいえ、そんな偶然がそうそう続くとも思えない。修はそんな焦りを感じていた。

「朝美ちゃんが基地に呼ばれたのも、きっとイレギュラー・ゲートについての情報共有のためだと思うわ。もしかしたら何かしらの指示もあるかもしれないわね」

「はい……」

 朝美自身、このイレギュラー・ゲートについては初耳だったが、木虎の落ち着いた雰囲気とは裏腹に、何か途方もなく不穏だということはわかる。

「そのときは、ぼくも……」

 小さく呟いたそれは、修の決意だろう。しかし木虎はそんな修を一瞥し、更に冷たく言い放った。

「三雲くん、あなた調子にのらないことね」

「調子に……? いや、のってないよ。全然……」

「のってるでしょ! 派手に活躍して、ヒーロー扱いされて。はっきり言っておくけど、あなたがいなくても私たちの隊が駆けつけて事態を収拾していたわ。あなたはたまたま現場の近くに居合わせただけ。そこを肝に銘じ……」

「いやいや、ムリだから」

 木虎が最後まで喋るのを遮るように、遊真が口を挟む。

「べつに責めるつもりはないけど、おまえフツーに間に合ってないから」

 そして、そう続けた。

「なっ、何なの、あなたは!?」

「アナタじゃないよ、空閑遊真だよ」

「いきなり出てこないでよ!」

「いきなりじゃないよ。最初からずっといたし。途中から入ってきたのは、おまえのほうだぞ」

「部外者は黙ってて!」

「部外者じゃないぞ、被害者だぞ」

「何よ! ああ言えばこう言うわね!」

「“ああ”なんて言われてないし、“こう”なんて言ってないぞ」

「だから、そういうところが……」

「だいたい、おれはネイバーが出たとき学校にいたけど、おまえたちを待っていたら確実に何人かは死んでた。実際、おまえたちより早く駆けつけた朝美たちのチームだって、他のところのネイバーを相手にしていて、おれたちのほうまでは手が回らなかったんだ。遅れてきたおまえは、もっと修に感謝するべきだぞ」

「さっきも言ったけど、それでも彼がトリガーを使ったことは隊務規定違反なの。功績を正当に評価されたいなら、決められたルールをきちんと守ることね」

「ルール違反はオサムだって知ってたわけじゃん。闘えば処罰されることも。それでも褒められるどころか怒られるかもしれないのに、それをわかってて覚悟の上で救けに行ったオサムは、逆にエラいんじゃないの?」

「それとこれとは……」

「なんかおまえ、オサムに対抗心燃やしているみたいだけど、おまえとオサムじゃ最初から見ているものが違うよ。勝負にもなんないね」

「なっ!? バカなこと言わないで! 私はA級よ! C級の隊員に対抗心を燃やすなんて、ありえないわ!」

「おれ、A級とかC級とか、よく知らんし」

「じゃあ、よく覚えておきなさい! A級はね、ボーダー隊員の中でも上位5%しかいない精鋭中の精鋭なの!」

「せ、い、え、い……?」

「何よ! その疑いの目は!」

 丁々発止と続く口撃合戦に、ただ唖然と見る他ない修と朝美は、それぞれが呟くように小さく声を漏らす。

 

「この二人、相性最悪だな……」

「この二人、相性いいのかも……」

 

 そして、互いが全く正反対の言葉を口にしたことに驚き、今度は「えっ!?」という声とともに思わず顔を見合わせた。

 

『緊急警報、緊急警報。ゲートが市街地に発生します。市民の皆さまは直ちに避難してください。繰り返します。市民の皆さまは直ちに避難してください』

 

 そんな四人の微妙な空気を一変するかのように、けたたましいサイレンが鳴り響く。と、同時にまたしてもイレギュラー・ゲートの出現を告げる警報が、街を包んでいった。

 そしてそのゲートから現れたのは、空を舞う巨大ネイバーだった。

「何? このネイバー。こんなの見たことないわ!?」

 初めて見るその形状に、木虎は驚きを隠せない。

「空閑、こいつは……?」

 未知のネイバーに、修は遊真の知識を借りる。

「イルガー。爆撃用のトリオン兵だ」

 それに遊真も、あっさりと答えた。

「爆撃用……?」

 朝美にとっても所見のネイバーだ。しかし遊真の回答に、それが今まで闘ってきたどのネイバーより手強いということは理解できる。

「とにかく、他の部隊の到着を待っている余裕はないわね」

 木虎の懸念どおり、イルガーから放たれる爆撃が、容赦なく街に降り注がれる。次々と爆破される街の光景が、すでに一刻の猶予もないことを告げていた。

「待ってくれ、木虎。ぼくも一緒に……」

 トリガー・ホルダーを構える木虎を呼び止め、修はその後を追う。

「あなた、また出しゃばる気?」

「けど、このままじゃ……」

「だいたい、あなた着いてきたって空の相手に何かできるの?」

「それは向こうで考える」

 言って修は、トリガー・ホルダーを手に構える。

「あっ、私も一緒に行きます!」

 慌てて朝美も、二人に続き、

 

『トリガー・オン!』

 

 三人が声を揃え、トリガーを起動した。

 木虎は右手にハンドガンを、朝美は両手にアサルトライフルを、それぞれ装備する。しかし、修はレイガストを装備しようとするも、そのレイガストは形を作ることなく消滅してしまった。

「どうやらさっきの闘いで、トリオンを過剰に消費してしまったようね。C級は、ここでおとなしく見ていなさい」

 木虎はそう諭し、修に背を向けた。

「木虎先輩。あのネイバー、初めてですよね? 私たちだけで大丈夫でしょうか?」

 その木虎に並び立ち、朝美は問いかける。

「愚問ね、朝美ちゃん。覚えておきなさい。私たちA級はね、たとえどんなネイバーでも必ず始末しなくちゃいけないのよ」

 厳しい口調でそう返す木虎は、しかしその口調とは裏腹にいつの間にか和らいだ表情を朝美に向けていた。





 次回はイルガー戦です。またよろしくお願いします。
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