朝美が木虎と共闘するイルガー戦です。
「愚問ね、朝美ちゃん。覚えておきなさい。私たちA級はね、たとえどんなネイバーでも必ず始末しなくちゃいけないのよ」
「私たちだけで大丈夫でしょうか?」という和堂朝美の問いかけに、木虎藍はそう答えると、駆け出していった。
空閑遊真の話によれば、空を舞う巨大なネイバーはイルガー。学校の校舎ほどの大きさのそのトリオン兵は、徹頭徹尾、爆撃のために作られた言わば空飛ぶ兵器といっても過言ではないという。
「朝美ちゃん! 私たちで始末するわよ!」
「はい!」
イルガーに向かって突き進む木虎は、自分のすぐ後ろを駆けてくる朝美にそう声をかけ、朝美もそれにはっきりと答えた。
ビルの屋上からイルガーを見上げる木虎。どうやらイルガーは、ただやみくもに空を飛んでいるわけではなさそうだ。
「木虎先輩。さすがに、ここからじゃ私の射撃でも届かないかと……」
そのビルの屋上から狙うには、朝美のアサルトライフルでは射程が足りそうにない。むろん朝美より射程が短い木虎もそれは言わずもがなだ。
「わかってるわ。たとえ届いたとしても、これだけ距離があれば装甲を撃ち抜くことはできないでしょう。いや、撃ち抜けたとしても、街に落とすわけにはいかない」
「じゃあ、どうすれば……?」
「見たところ、やつの移動は一定の決まった軌道を通っているわ。周回軌道で爆撃をしている」
「それなら川の上を通るときに落とせれば……」
「そうね。作戦は決まったわ。とりあえず、あの前方に見える橋の欄干を使って、あのネイバーの上に移動しましょう」
「はい。そこで攻撃をして、川に落とすんですね」
今度は声に出さず、木虎は頷くことで同意の意思を伝えた。
木虎の表情がいっそう険しくなる。それに釣られるかのように、朝美も緊張感が増していく。
「行くわよ!」
「はい!」
言うや、木虎は橋の欄干を足掛かりとし、イルガー目がけて大きく跳躍をした。そしてそれに続くように、朝美もイルガーが欄干の上を通るタイミングを計って跳び上がる。二人、ほぼ同時にイルガーの上部……背中へと着地した。
「空を飛んでるだけあって、上はがら空きね」
木虎の顔に少しだけ余裕が戻る。が、その刹那、イルガーの背中から無数の触手のようなものが伸びてきた。
「何!?」
朝美は即座に警戒態勢へと入る。それは本能的に、まるで脳が警笛を鳴らしたかのように、咄嗟に両手に携えたアサルトライフルを一端格納した。その次の瞬間……。
ドドドン!
その触手は一気に爆発した。爆発した無数の触手によって、噴煙が巻き起こる。朝美の視界は、あっという間に白に覆われる。なかなか視界が戻らない。
「木虎先輩……?」
長いような、しかしきっと短い時間ではあったのだろうが、朝美の目の前がうっすらと開けてくると、その前方には膝をつく木虎の姿があった。見ると、シールドによってフルガードしている。それは今の朝美と同じように。木虎もまた、朝美同様にハンドガンを格納し両手にシールドを出して、自らの体を覆っていたのだ。
「木虎先輩、大丈夫ですか?」
一応のつもりで、朝美はそう問いかける。
「当然でしょ。それよりこのネイバー、まさかこの程度で終わりなの?」
どうやら先ほどの余裕も失われてはいないようだ。
木虎はシールドを格納し、再び左手にハンドガンを持つ。しかし今度は右手にスコーピオンを装備、それをひと振りするやイルガーの装甲が剥がれていく。
「朝美ちゃん!」
「はい!」
木虎の合図で朝美も先ほど格納したアサルトライフルを両手に携えると、装甲目がけて撃ちまくった。
朝美はアサルトライフルをツインで連射。木虎はスコーピオンを巧みに操り、装甲を剥がしたところをハンドガンで撃ち抜く。もはやイルガーは反撃すらしてこない……ように思えた。しかし……。
ゴウン!
突然、イルガーが激しく揺れる。鈍い振動音のあと、甲高い機械音が耳に届いた。明らかに今までとは違う様子に、木虎は焦りを感じる。見ると、イルガーの背中には、まるで触手が何本も合わさったかのような突起物が飛び出ていた。それが見た目にもトリオンの塊であることは二人にもわかる。
「何なの? これ。まさか、こいつ……」
「木虎先輩! この突起物、硬いです! 私の射撃でもびくともしません!」
木虎の背後では、朝美がなおも射撃を続けている。しかし、そのトリオンの塊には傷ひとつついてはいなかった。
スコーピオンで斬りかかるも、木虎もすでにその硬い突起物が密度の大きいトリオンで構成されていると判断していた。つまりは、破壊できないということだった。だが、それよりも木虎が感じた悪い予感が、徐々に現実のものへとなろうとしており、木虎の顔からは余裕の表情は消えた。今はただ焦りばかりが頭の中を支配する。
「木虎先輩!」
「朝美ちゃん、攻撃の手を止めないで! こいつ自爆する気よ!」
「自爆!?」
「このままじゃ街に落ちちゃう!」
「そ……、そんな……」
朝美は連射速度を増加させた。アステロイドを高火力で撃ちまくる。木虎も今はスコーピオンを捨て、ハンドガンでアステロイドを撃ち込んでいった。だがそれでも、イルガーは止まらない。朝美も、木虎も、ただただ『止まれ! 止まれ!』と心の中で叫びながら、それでも銃撃を繰り返した。
グワン!
諦めるわけにはいかない。この巨大なネイバーを街に落としてしまえば、きっと街は壊滅する。それだけは何としても防がなければならない。その一念で射撃を繰り出す朝美と木虎の足が、突然すくわれたかのように宙に浮いた。いや、木虎は宙に放り出されながらも、どこか冷静に現状を解析しようと、高速で頭を回す。
「引き戻される!?」
だがそれでも飲み込めない現実が、次のとるべき行動を停滞させていた。
木虎の気づきどおり、イルガーはまるで何者かに引っ張られるように、川の中へと引き摺り下ろされている。無意識に辺りを見回す。視界の端のそのまた先、そこに朝美の姿があった。朝美の体はちょうど橋の欄干目がけて落ちようとしている。しかし朝美も木虎と同様、現状何が起きたのか理解できないのだろう。放心状態とでもいうような表情で、ただ時間の経過に伴う引力の中で、その体は微動だにする気配がなかった。
「朝美ちゃん!」
木虎は咄嗟にハンドガンを朝美に向ける。
「スパイダー!」
木虎のハンドガンの銃口、その下部に取りつけられたもうひとつの口から、弾丸ではなくワイヤーが飛び出した。そのワイヤーが朝美の体を絡めとる。と、間髪を入れずワイヤーはもとの口へと巻き取られていった。高速で接近する朝美の体を抱きかかえるように、そして二人は川へと落下した。
ドドドン! ドオオオオオ…………!
刹那、鳴り響く激しい爆音。まるで火山が噴火したかのように、キノコ状に吹き上がる大量の水しぶきが、イルガーの威力を物語る。
だがその寸前、木虎は朝美を抱えたまま、川の中から今度はスパイダーのワイヤーを川岸の大木へと放っていた。そしてそのまま高速でワイヤーを巻き取る。その機転により、二人は辛うじてイルガーの爆破による被害を躱すことができた。
スパイダーのワイヤーを巻き取ることで、川の中を川岸まで高速で移動する木虎と、その木虎に抱きかかえられたままの朝美。ふと、自分の腕の中で、自分に体を委ねる朝美の顔を見て、なぜか木虎は“あの日”のことを思い出していた。
それは約九ケ月前。木虎は、当時B級に昇格したばかりだった朝美と初めて顔を合わせた。もちろん訓練生の時代、週二回の合同訓練でガンナーの中ではその殆どでトップの成績を残していた朝美のことは知っていた。朝美の入隊直後にB級に昇格した木虎は、直接の面識こそなかったが、もともと同じガンナーだったこともあり、その成績の優秀さから名前だけは知っている。しかしその程度の認識だった。
ガンナーとして闘っていくには、トリオン量が圧倒的に足りない。木虎は当時、その弱みを克服するためにスコーピオンを覚えた。
『中距離に限界を感じているなら、近距離戦闘を覚えればいい。スコーピオンに射撃を絡められれば、少ないトリオンでも十分敵を倒せる戦力になるし、今まで鍛えてきた射撃の技術も、もっと生かすことができる。それと、もうひとつ……』
あのとき、そう言ってスコーピオンを教えてくれたのは、誰あろう当時すでに榊隊に所属していた神凪陽平だった。自らもトリオン量の少なさをスコーピオンと射撃トリガー、そしてそれにオプション・トリガーを絡めることで克服した……と、そう言って。
『木虎にも紹介するよ。今度、ウチの隊に入ってくれた和堂朝美さん。ガンナーだよ』
そう陽平に紹介され、ちょこんと頭を下げる少女。自分より少し小柄で、顔つきも幼いが、年齢はひとつしか変わらないという。
ああ、しょせん攻撃力、トリオン量か……そのときの、緊張を必死で抑えようとしているような歪な笑顔の朝美を見て、木虎はそう思った。
三千六百点スタート。それは、訓練生でありながら即戦力として期待されているという証。事実、わずか数日でB級に昇格した木虎は、自他ともに認める言わばエリートだった。だが、そのプライドもすぐに折られてしまう。B級に昇格した途端、勝てなくなった。原因はわかっていた。自分はトリオン量が圧倒的に少ないのだ。しかしその弱点を陽平のアドバイスによって克服し、自信を取り戻してきた矢先のことだった。けっきょく、どんなに強くなっても、陽平は自分ではなく朝美のほうを選んだ。それならなぜ、陽平は自分にアドバイスをしたのか。なぜ自分を強くしたのか。そしてその上でなぜ、それでも自分は選ばれなかったのか。榊隊で連携プレイを見せる陽平と朝美を見るたびに、それは今でも木虎の脳裏を掠めていく疑問、いや不可解だった。
それから間もなく、スカウトを受けた嵐山隊に入った木虎は、瞬く間にエースと呼ばれることとなった。むろんそんな今の自分に満足しているし、嵐山隊の一員であることは自分にとっての誇りでもある。でもそれでも、あのときのわだかまりは、今もなお、わだかまりのまま消えることはなかった。
どうして自分ではなく、この子だったんだろう……自分の腕の中で、自分に体を委ねる朝美の顔を見て、木虎はふとそんなことを考えていた。
また次回もよろしくお願いします。