木虎編、まだ続きます。
十二月某日……つまりは昨日、基地警戒区域内において、バムスター一体の残骸を発見。第一発見者は、榊隊の榊真由美他三名。その後、三輪隊の三輪秀次他一名も合流。回収班到着までの現場保存は三輪隊が担当し、榊隊は防衛任務に戻る。
同日、榊隊の神凪陽平が持ち帰ったバムスターの破片を、同隊専属エンジニア、司城成が解析。その結果、そのバムスター討伐には未知のトリガーが使用されていることが判明した。ボーダーのものではないそのトリガーは、ネイバーのトリガーと断定。なお、バムスターはほぼ一撃で粉砕されていることから、そのトリガーの使用者の戦闘力はマスタークラスにも匹敵するほど高いと推測される。この件については、榊隊の榊真由美、春瀬奏恵両名によって、忍田真史本部長に報告済み。
本日、十三時六分、三門第三中学校においてイレギュラー・ゲートが発生し、モールモッド五体が出現した。最初に現着したのは榊隊の神凪朋香、神凪陽平、和堂朝美の三名。ただし、和堂朝美は同校の在学生であるため、ゲート発生時にはすでに現場にいたもよう。
モールモッド五体のうち三体は本館、二体は南館に出現したため、たまたま南館に居合わせた訓練生の三雲修に対し、神凪陽平が足止めをするよう指示。なおそのときに、トリガーの使用についても併せて指示を出した。
本館のモールモッド三体は、榊隊の三名で迎撃。南館に戻ると、三雲修はすでにモールモッド二体の討伐を完了していた。
三雲修のトリガー使用については隊務規定違反であるが、それは正隊員である神凪陽平の指示によるものであり、また三雲修の働きがなければ結果として被害者をゼロに抑えることは困難だったことも併せて報告する。
「以上のことで間違いないか?」
忍田にそう念を押され、しかし陽平は、
「表向きは……ですが」
と、返答した。
「表向きは?」
「どういうことなんだ? 陽平」
今回の三門第三中学校におけるモールモッド出現の報告をするため、陽平は嵐山准とともに本部長室を訪れていた。
その報告書にまとめられた経緯については嵐山も確認していたが、それを陽平が『表向き』と称したことで忍田と嵐山の顔つきが険しくなった。
「ここから後のことは、まだ本人たちからの証言や状況証拠のみの情報ですので、どこまで信憑性があるのか計りかねますが……」
そう前置きをして陽平は、実際に自分が目にした光景、そして修とのやり取りなどを話し始める。
「つまりは、その三雲という隊員はネイバーと接触しているということか?」
「そして実際にモールモッドを倒したのも、そのネイバーだと?」
二人は口々に疑問を投げかけるが、陽平はただ「まあ」とだけ曖昧に答えた。
「さっきも言ったように信憑性がどこまであるのかは定かではありませんが、しかし……」
「しかし……?」
「そのネイバーがモールモッドを倒してくれなければ、たぶん被害者は出ていたでしょう。あれだけの数のモールモッドが一度に現れて、被害が校舎の損壊だけですんだのは、ある意味奇跡です」
「確かにそれは俺も感じました」
陽平の言葉に嵐山も同意する。それはその目で、現場を見た者のみが共感できる認識だろう。
「それと、もうひとつ……」
「もうひとつ?」
「そのネイバーは三雲に懐いている様子でした。きっと二人の間には友好的な関係が築けているのでしょう。もしかしたら、そのネイバーがこちら側を援護してくれたのも、三雲を救けたいという意思があったのかもしれません」
「ネイバーがこちら側の味方に?」
「そんな珍しいことではないですよ、嵐山さん。玉狛支部がネイバーをエンジニアにしているのは有名な話だし。もし三雲と友好関係にあるなら、そのネイバーをボーダー側につけることだって、あながちありえない話でもないでしょ?」
玉狛支部……ボーダーが設置している六つの支部のひとつであり、エンジニアの中にはネイバーフッドからきた者もいるというのは、今のボーダー内においては周知の事実だった。故に、確かに陽平の言うとおり、ネイバーの中にも友好的な関係を築ける者がいる可能性は決して低いわけではなく、特に今回の場合、一連の状況からそのネイバーを味方につけるというのも荒唐無稽というほど不可能な話ではなかった。
「ただ、まだそれは状況証拠にすぎない。ひとまず陽平の見解は私の胸の中に収めておく。上層部には当初の陽平の報告をそのまま挙げるので、会議には同席してくれ。時間は追って知らせる」
「了解です!」
「本部長、そのネイバーはどうしますか?」
「嵐山と陽平は、現状をそれぞれ隊員に知らせておいてくれ。なお榊隊には当分の間、そのネイバーの監視に着いてもらう。嵐山隊はいつでも出撃できる態勢を整えておいてくれ」
本部長からの指令を受け、嵐山と陽平は揃って部屋を出ようとしたそのとき、本部長室に警報が鳴り響く。
『緊急警報、緊急警報。ゲートが市街地に発生します。市民の皆さまは直ちに避難してください。繰り返します。市民の皆さまは直ちに避難してください』
街の中にも流れるそのアナウンスが、モニターをとおしてイレギュラー・ゲートの出現を告げてきた。
「またか!?」
忍田が小さく声に出す。
「イレギュラー・ゲートは、これで八件目です」
そしてそれに、本部長補佐の沢村響子が答えた。
モニターで場所を確認すると、どうやらそこは三門第三中学校とボーダー基地の、ちょうど中間の位置だ。
「まずいな……」
その場所を見て、陽平はかすかな不安を覚える。
「何がまずいんだ?」
聴く嵐山に、
「実は、あーちゃんに三雲を基地まで連れてくるよう頼んでおいたんです。時間的に今頃ちょうどそのイレギュラー・ゲートの発生地点付近にいるはず」
と、陽平はそう答える。
同じ学校で、なおかつ互いに基地に呼び出しを受けている身ということもあって、陽平は朝美に基地までの見張りを頼んでいた。いや、陽平自身、修が逃げると考えていたわけではない。ただほんの“ついで”くらいの軽い気持ちで頼んだことだった。しかしそれが裏目に出てしまった。一日に二回もイレギュラー・ゲートの発生地点に居合わせるなど、さすがに想像だにできないだろう。
「すみません。俺、出撃します」
「待てよ、陽平」
慌てて飛び出そうとする陽平を、しかし嵐山はそれを制する。
「陽平はまず、作戦室にいる榊隊のメンバーに、三雲くんと一緒にいたネイバーのことを知らせるんだ」
「いや……、けど嵐山さん……」
「陽平が和堂さんを心配する気持ちはわかるけど、和堂さんだって今では立派なA級隊員だ。もう少し信じてやったらどうだ?」
「べつに信じてないわけじゃないですよ……」
「それに和堂さんが三雲くんと一緒なら、たぶん木虎も一緒のはずだ」
「木虎も?」
「ああ。実は木虎から、三雲くんを基地まで連行すると連絡があった。だから、きっと今頃は木虎と和堂さんが共闘しているはずだ」
「そう……ですか」
もちろん、これで不安がすべて拭えたわけではない。しかし嵐山が木虎に任せると判断した以上、それに陽平が異を唱えられるはずもなかった。だいいち陽平には、これから始める会議への出席も命じられている。今、基地を離れるわけにはいかない。自分の胸の辺りを掴み、「ふう」とひとつ息を吐くと作戦室へと向かうことにした。
★
数時間後、二十一時を少し周った頃、ボーダー基地屋上。
「やっと見つけた」
陽平はそう言うと、そこにいた目当ての人物へと歩み寄った。
「何? 私に何か用?」
ひっそりと夜空を彩る星を見上げ、木虎藍はただ冷たく、そう返した。
「どうぞ」
だが木虎の態度などまったく気にする素振りも見せず、陽平は木虎の隣へと並び立つと、右手に持った缶コーヒーを差し出す。
「いったい、どういう風の吹き回しかしら?」
若干怪訝そうな表情を浮かべるも、それでも木虎は素直に「ありがとう」とその缶コーヒーを受け取った。
「それでどうなったの?」
時間的に見て、修の隊務規定違反に関する会議が終わったのだろうと察し、木虎はそう尋ねる。
「三雲はお咎めなし」
「お咎めなし? ずいぶんな温情処置ね」
まるでそれが不服だとばかりに木虎は言うが、しかしその顔は必ずしも納得していないというそれではない。
「なんか迅さんまで呼ばれててさ」
「迅さん? なぜ?」
「なんでも迅さんが言うには、今回のイレギュラー・ゲートの原因を突き止めるのに、三雲の力が必要なんだと。いつものやつさ。視えたんだと」
「それで交換条件ってわけ? 三雲くんを協力させる代わりに今回のことは不問にするって」
「まあ、そんなとこかな」
「そう……。 それで?」
「それで?」
「だから、あなたはどうなったのよ? そもそもあなたのほうが主犯でしょ」
「主犯って……」
「で?」
「五千ポイント減点」
「五千ポイント!?」
「ああ。けっきょく城戸司令は、俺の処分を直属の上司の忍田本部長に一任したんだ。で、忍田本部長が下した処罰が、五千ポイント減点ってわけ」
「そう……」
ボーダー隊員は使用するトリガーごとに、訓練の成績や模擬戦の戦績、または実戦での功績によってポイントが加算されていき、四千ポイントを上回れば正隊員、八千ポイントを上回ればマスタークラスとなる。
「まあ、五千って言っても、どのトリガーからどれだけ減らすかは言及されてないし。トータルで計算すれば、ひとつひとつの減点はさほど痛くはないよ」
「そう……」
短くそう答え、木虎は温かい缶コーヒーに、ひとくち口をつけると「はあ」と白い息を吐いた。
「どうした? 何かあったのか?」
「何かって何よ」
「それを俺は聴いてるんだけど?」
「べつに……」
そう言って、ただ夜空を見上げる。
「べつにって顔じゃないな」
「…………」
「あ、そうだ。ウチのあーちゃんが世話になったみたいだな」
「ウチのって……。そうね、何度もお礼を言われたわ。お礼なんて、言われるようなこと、何もしていないのに」
「けど、ネイバーの自爆に巻き込まれなかったのは、木虎のおかげなんだろ?」
陽平のその言葉に木虎は、今度は長く白い息を吐く。
「木虎?」
「ねえ、神凪くん。A級って本当に強いのかしら?」
その顔はどこか寂し気で、どこか痛々しく、そしてどこか辛そうな表情で、陽平はその問いかけの真意を測りかねていた。
「強いよ。いや、強くないといけない」
だからそう答え、それに木虎も少し驚きながらも「そうね」と返す。
「今日現れたネイバー、倒したのは私じゃないわ」
「木虎?」
「私は何もできなかった。ただ無闇に攻撃をして、自爆させただけ。でもそれも本当なら街中に落下するところだった。誰かが救けてくれたのよ」
「誰かって誰が?」
「わからない……。けどその誰かのおかげでネイバーは川に落下して、街の被害もそれ以上広がらずにすんだ。私は救けられたのよ」
それが今の木虎を苦しめる理由。もちろん街への被害を広げずにすんだことは不幸中の幸いだ。あの状況でそれができたのは奇跡だったのかもしれない。しかし……。
「それでも、おまえがいなければ街の被害は広がっていた。いや、犠牲者だって出ていただろうさ」
「そんなこと、わかってるわ! でも……。私はA級よ。なのに……。私はまだ強くないってことなの? 私はまだ無力だっていうの? 誰かに救けてもらわないと、誰かを救けることもできないの?」
「木虎……」
「ねえ、答えてよ! 私じゃダメだったの?」
「おまえは十分強いさ」
「だったらなぜ私じゃ……」
私じゃなかったの……そう言いかけて、咄嗟に木虎はその言葉を飲み込んだ。もう過ぎたことだ。思うところはあっても、今更それをどうすることもできはしない。
「ごめん。ちょっと夜風にあたっていたいの。ひとりにして」
夜空を彩る星を再び見上げる。木虎の目は今、何を映しているのか。いや、その視線の先に何を見据えているのか。
「わかった。でもあまりここにいると風邪ひくぞ」
「バカね。トリオン体で風邪なんてひくわけないでしょ」
「いちおうのデリカシーだよ」
「ほんと、バカ」
それでも、もう後戻りはできない。前へ進むしかない。木虎はそう思い込もうとしていた。
「木虎!」
陽平が叫ぶ。
「何?」
「信じろ!」
「何を?」
「俺は……、いや、みんなも、おまえがどれだけ努力してきたか知っている。そしてそのぶん、どんどん強くなってきたことも」
「神凪くん……」
「だから信じろ。自分がしてきた努力を。おまえを認めた仲間を。おまえは立派なA級だよ」
ただ、そう叫ぶ。
陽平が去った屋上で、木虎はなおも夜空を見上げていた。手に持った缶コーヒーは、すでに冷めている。それを一気に飲み干し、空になった缶を少し強めに握ってみた。
「そんなこと、わかってるわよ。私はA級よ……」
そして小さく、そう呟く。
「ほんと、バカね」
だけどそう続けた木虎の顔には、いつの間にか笑みが見えた。
次回で邂逅は終わります。