邂逅編完結です。
榊隊の作戦室では、イレギュラー・ゲートの件とそれに併せて、三雲修と行動を共にするネイバー……空閑遊真の監視任務について、打ち合わせが行われていた。
「これがその概要よ」
そう言って、隊長の榊真由美はデータを広げる。
「木虎先輩が言っていたのは、このことだったんですね」
和堂朝美は、今日木虎藍が言っていたイレギュラー・ゲートについての話を思い出した。昨日突如発生したイレギュラー・ゲートは、朝美が基地にくる途中に遭遇したものでトータル八件目。その間、死者十八名、重軽傷者百名以上、建物の損壊は甚大という報告が挙げられている。
「これ、やばくない? 第一次大規模侵攻を思い出すんだけど」
その報告結果に神凪朋香の表情も険しくなった。
「このままじゃ、三門市を離れる人も増えるかもしれないわね」
そして春瀬奏恵の言葉に、みな揃って頷く。
「お待たせ~」
緊張感が満ちるその室内に、ドアの開閉音とともに神凪陽平が姿を現す。
「木虎先輩は見つかりました?」
朝美は少し心配気にそう尋ね、陽平の「うん、見つかったよ」という返答に、安堵したように小さく息を吐いた。
「んじゃあ、早速チーム割りやろっか」
言うや、朋香は高く拳を挙げる。
「何?」
「やだな~、陽平。遊真を見張るんでしょ? だから、そのチーム割りだよ~。二人一組でいいよね? 何にする? ジャンケン? グッパー? 裏表? あみだくじとか抽選とかにする? それとも、いっせーのせがいいかな~?」
先ほどまでの緊張感とは打って変わって、見るからに楽し気に挙げた拳をぶんぶんと振り回す朋香に、四人は声を揃えて『ああ~』と嘆息の息を漏らした。
「姉ちゃん、組分けは俺と姉ちゃん、真由美さんとあーちゃんでいいんじゃない?」
「ええ~~!? 何でよ!」
「何でって……。キャリアを均等にしてみただけだけど。あと、姉ちゃんのストッパーを真由美さんやあーちゃんに任せるわけにはいかないだろ」
「あたしを問題児扱いしないでよ!」
「いや、実際……」
問題児じゃん……そう言いかけて、しかし陽平は続く言葉を飲んだ。それを言えば、余計に面倒臭くなる。
「ねえ、真由美さ~ん」
甘えるように縋りつく朋香に、真由美は奏恵と顔を見合わせ『やれやれ』といった表情で、
「じゃあ、恨みっこなしでグッパーにしましょうか。ただし一回勝負ね」
と、優しく朋香の意見を受け入れた。
そして、その結果……。
「あーちゃん。本当に大丈夫?」
「は、はい! 陽平先輩に比べればまだまだ未熟者ですが、私の精一杯で何とか務めあげてみせます!」
「いざとなったら逃げてもいいから。無理はしないようにね」
「は……、はい! 頑張ります!」
陽平の“お約束”のくだりに朝美も大仰に右手で敬礼のポーズをし、二人わざとらしいまでに真面目な表情を作ってみせた。
「だから! あたしを問題児扱いするんじゃない!」
そして朋香もまた大袈裟に怒った演技で、そんな二人の頭をがしがしと撫でる。足りない背を、椅子を使って補いながら……。
「じゃあ、監視任務は私と陽平、朋香と朝美の二交代制。監視任務に当たってない組は防衛任務もしくは待機ってことで。カナちゃんは、そっちの組のサポートをよろしく」
『了解!』
真由美の号令に、四人声を揃え、榊隊の任務は始まった。
★
サイドエフェクト……それは、高いトリオン能力を持つ人間に稀に発現する超感覚の総称で、“副作用”という意味を持っており、トリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼすことによって現れる特殊能力。種類によって四つのランクに分類されるが、その中でも最高ランクのSランクである“超感覚”に分類されているのが、迅悠一の持つサイドエフェクト“未来視”だ。目の前の人の、少し先の未来を視ることができ、しかも起こりうる可能性のある未来をいくつか並行に視ることができるという、他のサイドエフェクトと比べても非常に珍しい能力といえる。
「でもまあ、榊隊は三輪隊とは違って、面倒なことにはならないだろうし、むしろ味方になってやってほしいんだよ」
基地周辺に設置されている警戒区域内に着くまでの道すがら、朋香と朝美は揃って迅からそういう説明を受けた。
遊真の監視任務を受けた榊隊のうち、初日の朝を担当したのは朋香と朝美の組だった。しかし、とはいえ朋香たちにとって遊真がどこにいるのかなどわかるはずもない。ならば接触する可能性のある修を尾行できればと考えたのだが、ここでも修の自宅がわからないという壁にぶち当たる。そこで朋香が思いついた作戦が『三輪秀次を尾行する』だった。先日のバムスター襲撃ではボーダー以外のトリガーが使われた。これは陽平の機転によって、榊隊でも専属エンジニアの司城成が解析したのだが、同じ情報は現場に居合わせた三輪隊も持っていると考えられる。つまりは、三輪隊も未確認のネイバーの存在を認知していると考えるのが妥当であり、であればネイバーの殲滅を第一義とする三輪が動かないはずがないという考えに至った。そしてその作戦は的中する。三輪はチームメイトの米屋陽介と組み、修の尾行をしようと動き出した。ところが途中現れた迅によって、二人は基地への帰還を余儀なくされてしまう。迅が持っていたのは辞令書、つまりは上層部からの命令を伝えるものであり、そこには全隊員に基地での待機命令が発令されていたのだ。
その後、迅は修と合流したところで、三輪から迅に尾行の対象を変えた朋香たちを呼び寄せた。朋香たちにとって、果たして迅はいつから自分たちの存在に気づいていたのか疑問ではあるのだが、それこそ迅の持つサイドエフェクト……未来視にかかれば、もしかしたら『初めから』だったのかもしれない。そう、昨夜修や陽平と会議室で顔を合わせたとき、すでに今の状況が視えていたのではないか。真相は本人にしかわからないが、あながちそれもありえない話ではないと、朋香も朝美も感じていた。
基地警戒区域内。そこはまさにバムスターの残骸を発見した場所だった。
「味方……というのは?」
迅の言葉に朋香はそう尋ねる。
「こいつ、ネイバーなんだろ?」
だが、立てた右手の親指で遊真を指しながら言った迅のその一言に、四人の表情が張りついた。
遊真にしてみれば、修も含めまさか自分を訪ねてくる者がいるとは想定していなかっただろう。修もまた、迅に呼び出されて出向いた先に遊真がいるとは想像だにしていなかった。
「迅さん。ぼくはイレギュラー・ゲートの原因を知る人間がいると聴いてきたんですが?」
修にしてみれば、その該当者がよもや遊真だとは考えてすらいなかったのだ。
「あ~、やっぱりメガネくんの知り合いだったか~」
迅はそう確認すると、自己紹介をしながらフレンドリーに手を差し出す。しかし遊真の警戒は解かれていない。当然だろう。初対面の者からいきなりネイバーだと見破られ、そのくせフレンドリーに握手を求められたのだ。目の前のその男の真意が読み取れない。
「遊真」
「む? トモカ」
「アンタが警戒する気持ちもわかるよ。けどね、迅さんは信用していいと思う」
迅の前にするりと体を割り込ませ、いつになく真剣な表情で朋香はそう諭す。
「あの、神凪先輩」
「修も、まだ迷ってるかもしれないけどさ」
そして、今度は修にも目を向け、更に言葉を続けた。
「まあ、確かに迅さんは胡散臭いところもあるし、すぐに暗躍したがるような怪しいところもあるけど……。それでも玉狛だからね」
「玉狛?」
遊真が首を傾げるのも当然だろう。ボーダーの隊員でない遊真にとって、玉狛というワードが何を意味しているのか、わかる理由もなかった。
「そう、玉狛。玉狛にはね、ネイバーフッドに行った人たちもいるし、逆にネイバーフッドからきた人もいる」
「ネイバーフッドからきたって……。それじゃあ……」
「うん。玉狛のエンジニアにはネイバーもいる。だからたぶん、修や遊真がボーダーの誰かを頼りたいと思うなら、玉狛を頼るのが一番現実的だと思う」
そしてそこまで言うと、朋香は迅に視線を移した。迅はポンッと朋香の頭に手を置く。
「俺はおまえを捕まえる気はないよ。俺もあっちの世界には行ったことがあるし、そこではネイバーに世話になったこともあった。ネイバーの中にも良いやつがいるって知ってるつもりだ。今日ここにきたのは、俺のサイドエフェクトが教えてくれたんだよ。イレギュラー・ゲートに関する情報を知ってるやつが、ここにいるって」
「サイドエフェクト?」
「迅さんのサイドエフェクトって?」
「未来視」
遊真と修の問いかけに、迅はそうあっさりと答えると、
「俺は目の前の人の少し先の未来が視えるんだ」
そうつけ加えた。
「じゃあ、イレギュラー・ゲートの原因を知ってる人って……」
「迅さん。それが……」
朝美は朋香と揃って遊真を見る。
「ああ。実は昨日、会議室でメガネくんと会ったとき、今日この場所でメガネくんが“誰か”と会ってる映像が視えたんだ。しかもそれは、その“誰か”がイレギュラー・ゲートの謎を教えてくれるっていう未来のイメージだった」
「なるほど、未来視か……。たいしたもんだな」
遊真は腕を組むと、感心したように頷いてみせた。
「じゃあ、空閑。もしかして、おまえ突き止めたのか? イレギュラー・ゲートの原因を」
修が驚くのも無理はないだろう。昨夜の話では、今回のイレギュラー・ゲートの原因究明には、開発室のエンジニアが総出で取り組んでいた。しかしそれでも大きな進展は見られず、トリオン障壁でゲートを強制封鎖するという荒業でなんとか凌いでいる状況であり、しかもそれもあと四十六時間……いや、今となってはそれもすでに三十四時間を切っていた。そんな現状にあって、遊真はたったひとり、それもたったひと晩で、原因を見つけたというのだ。
「その原因って何なの!?」
故に朋香が思わず遊真の肩を掴み、そう尋ねたのも、それもまた仕方のないことだった。
「これだよ」
しかし当の遊真はいたって冷静で、飄々とその原因らしき物体を持ち上げてみせる。その物体は、手の平サイズよりひと回りほど大きな体に、六本の足らしきものと一本の尻尾を有している、まさにトリオン兵そのものだった。
「これ何……?」
それが所見でも、ボーダー隊員であるなら、目の前のその物体がトリオン兵だとは察しがつく。しかし、捕獲用や戦闘用というにはあまりにも小型で、どういう目的で作られたものなのかまでは見当がつかなかった。
「詳しくは私が説明しよう」
すると朋香の口にした疑問に反応するかのように、突如更なる物体が現れた。小さめの炊飯器のような形状をした黒い物体のそれは、「はじめまして」と前置きをした上で、自らを“レプリカ”と名乗った。「ユーマのお目付け役だ」ともつけ加えて。
「おお。これはどうも、ご丁寧に」
「いや、迅さん。何でそんなに冷静なんですか?」
「いやいや、朋香。遊真はネイバーフッドからきたんだろ。だったらどんな相棒がいたって不思議じゃないぞ」
「どんな……って。じゃあ、これもまさか?」
「まあ、ボーダーの言葉で言うなら、さしずめトリオン兵ってところじゃないか?」
「トリオン兵!?」
トリオン兵とは、広義ではネイバーが目的に合わせて製造した尖兵全般を差すが、一般的にトリオン兵という名前から受けるイメージといえばゲートから現れて街を破壊する機械体であり、時にはネイバーそのものを差すこともある。そのため、目の前のその物体をトリオン兵だと言われても、朋香には実感がなかった。何より、朋香にまとう違和感は“レプリカ”と自ら名乗るなど、そのトリオン兵が明確な思考と意思を持っている点だ。今までの常識では、トリオン兵はあくまでも機械であり、おおよそ人間らしい素養……言わば、知性や理性などを持っているなど考えられないことだったからだ。
「ジンの言うとおり。私はユーマの父が、ユーマのお目付け役として製造した自律型トリオン兵だ」
「自律……。向こうの世界じゃ、トリオン兵に意思を持たせることもできるってこと……?」
レプリカの存在は、朋香や朝美にとってみれば、まさに今までの自分の中にあったトリオン兵についての常識を覆す……いや、認識を改めさせられる、それほど衝撃的なこと。その文化の違い、文明の違いを痛感させられ、二人は驚きを隠せなかった。
「トモカといったか。本来なら私の出自を詳しく説明して、きみの疑問や質問に答えてあげたいところだが、今は少しの時間も惜しい」
レプリカの言葉に、修は携帯を取り出し、時間を確認する。あと三十三時間。
「続けてくれ、レプリカ」
そう言って、修は先を促した。
「この小型トリオン兵は隠密偵察用で名を“ラッド”。モールモッドのような攻撃力は持っていない言わば雑魚だが、このラッドに限って言えばゲート発生装置を備えた改造型となっている。どうやら先日ここで倒したバムスターの腹部に大量に格納されていたらしい。行動プログラムを解析した結果、バムスターから分離したその大量のラッドは、いったん地中に身を潜ませ、周囲に人がいなくなると活動を始め、散らばっていく。ある程度拡散したあとは、人の多い場所でゲートの起動準備に入り、近くを通る人たちから少しずつトリオンを集めてゲートを開く」
「じゃあ、今までゲートの発生地点にたまたまボーダー隊員がいたのは……」
朝美は昨日の木虎の言葉を思い出した。
『今までは偶然にもたまたま開いたゲートの近くに、非番のボーダー隊員がいたおかげで大事にはならずにすんでるけど……』
「ゲートの近くにたまたまボーダー隊員がいたわけではない。高いトリオン能力を持つ人間からは大量のトリオンが得られる。ボーダー隊員の近くでゲートが開いたのも、ボーダー隊員には高いトリオン能力を持つ者が多いからだろう」
レプリカの話をみな、ただ黙って聴いた。確かにその説明が正しければ、ここ数日続いたイレギュラー・ゲートの発生はすべてに辻褄が合う。
「じゃあ、つまりそのラッドってやつを全部倒せば、イレギュラー・ゲートは開かなくなるってわけね」
ただ手をこまねいて待つことしかできなかった現状を打ち破る光明の兆し。イレギュラー・ゲートはラッドがいなければ発生しない。であれば、ラッドを残らず倒せばいい。朋香はその結論に身震いしそうになる自分を抑えきれなかった。
「いやいや、きついと思うぞ」
「数が膨大すぎる。今探知できているものだけでも数千だ」
遊真もレプリカも、朋香の考えには異を唱えるが、
「何言ってるの? ボーダーは総勢五百人以上いるのよ。たとえラッドが一万体いようが、ひとり二十体倒せばいいんでしょ。ならラクショーじゃん!」
そんな二人の否定を、朋香は更に否定する。口角を上げながら……。
「迅さん!」
「迅さん!」
朋香は明るい笑顔で、朝美は緊張した面持ちで、同時に迅を見る。ただ表情こそ違え、二人の目はすでに臨戦態勢のときの闘志さながらな力が感じられた。
「ああ! こっから先はボーダーの仕事だな」
そして迅もまたその目に、光る未来を映していた。
★
基地帰還後、迅は動く。開発室によってラッドはすべてレーダーで探知可能となった。メディア対策室は緊急放送で、ラッドを発見した市民にボーダーへの一報を呼びかける。そして本部長、忍田真史の号令でC級隊員も含む全隊員がラッドの一斉駆除作戦に出動した。迅の指揮のもと、昼夜を問わず、全隊員が、全部隊が、レーダーを頼りに街を飛び回る。そして迅が目の前のラッドを捕まえたそのとき……。
「反応はすべて消えた。ラッドはこれで最後のはずだ」
それは、レプリカが告げる作戦完遂の言葉だった。
「本当に間に合うとは……。やっぱり数の力は偉大だな」
袋詰めとなったラッドの山を見て、遊真が呟く。
「何を言ってるんだ。すべてはおまえとレプリカ先生のおかげだよ」
そしてそれに迅が答える。
「残り一時間と少し。確かに、あれ以上初動が遅れていたら、本当に危なかったかもしれないな」
茜色を少し過ぎたような空の色にちらりと目を向け、陽平はそう呟いた。
「な~に黄昏ちゃってんのよ」
「姉ちゃん……」
見ると、いつの間にか自分の隣で朋香が笑っている。それはいつもの明るい笑顔……いや、いつもの、周りを明るくする笑顔だった。
「これでイレギュラー・ゲートが開くことはないんだなって思ってさ」
「そうね~。遊真たちに感謝だね」
「遊真?」
迅に頭をくしゃくしゃと撫でられながら、当の遊真はベンチに座る修と談笑している。
「これで修の懲罰は帳消しになるだろうしね」
「帳消し……ね」
「何? 陽平は何か不満なわけ?」
「いいや。これが修の手柄なら帳消しも正当な評価だろう。むしろお釣りがくるくらいだ」
「お釣り?」
「B級昇格も十分にあるってことだよ」
「おお~! B級か~。正隊員じゃん!」
「実際には遊真の手柄なんだろうけど、遊真はボーダーじゃないからな。修の功績ってことにするのもいいかもしれない」
「そうだね。正隊員になれば、今の訓練用じゃなく戦闘用のトリガーも実働で使えるし」
「もしあいつが何か目的を持ってボーダーに入ったのだとしたら、そしてその目的を果たすために“上”を目指さなくちゃいけないのなら、昇級はできるときにしておいたほうがいいだろう」
「そうだね~」
陽平の言葉にそう相槌を打ち、朋香は大きく腕を空へと伸ばしながら、笑い合う遊真たちのもとへと歩み寄った。そしてその姉に弟も続く。間もなく暮れ終わろうとする空の下では、陽平が差し伸べた手を、握り返す遊真の姿がそこにあった。
次回から黒トリガー争奪戦が始まります。