今回から黒トリ編です。
第16話 空閑遊真と少女
イレギュラー・ゲートの原因が解明され、ボーダー総動員で隠密偵察用トリオン兵“ラッド”の回収が完了した翌日、榊隊隊長の榊真由美は、隊員の神凪陽平とともに空閑遊真の監視任務に就いていた。
「何で監視任務、解かれないんでしょうね~?」
ひと際高いビルの屋上から、望遠鏡を片手に陽平は脱力したような口調でそう呟いた。
今回の件では、遊真の手柄はすべて三雲修の功績ということになり、修はボーナス点が加算され、晴れてB級に昇格していた。つまりは正隊員となったのだ。そして陽平はこの一件から遊真に対して、信用してもいいのではないか、という感情も持ち始めていた。
「まあ、忍田さんには忍田さんの考えがあるんじゃないかしら?」
そう言いながら真由美も、陽平の横でイーグレットのスコープ越しに遊真を見張っている。
遊真はひとり、川原で自転車に乗る練習をしている。もう三十分ほどになるだろうか。十時四十分を少し周ったところで、遊真にひとりの少女が近づいてきた。
「おおっ!? 誰だ? あの子は」
「空閑くんの知り合い……というわけでもなさそうよね?」
最初は何やら話しているようだったが、たんに自転車から転んだ遊真を心配して救けにきた……というようにも見える。
「でもあの子、自転車の練習を手伝い始めましたよ」
「初対面でいきなり意気投合ってこと?」
「あっ!? 手を離した!」
「あらら、川に落ちちゃった……」
「…………」
「…………」
「なんだか青春って感じですよね~」
川から上がるや自転車を引き上げる遊真と、そんな遊真に駆け寄る少女。再び言葉を交わし合い、そして笑い合う。
「確か空閑くんって、陽平と同い年だったよね?」
変わらず真由美はイーグレットのスコープから目を離さない。
「そうですね~。あーちゃんのひとつ上って言ってたから、十五歳。同い年ですね~」
答える陽平も望遠鏡を覗き込んだままだ。
「いいの? 陽平は青春しなくて」
「青春……ですか? 俺より真由美さんはどうなんですか?」
「今の私には隊長としての責務があるし、当分そんな時間はないかな~」
「真由美さん、隊長ってことを言い訳にしてません? 時間はできるもんじゃないですよ、作るものですよ」
「あら~。陽平も言うようになったね~」
「真由美さんならモテるでしょ? 彼氏とか作らないんですか?」
「いやいやいやいや。意外に私みたいなタイプは、気心は許せるけど恋心はいだかれない残念なタイプなんだな~」
「ああ、たまにいますよね。男からすると、つき合いやすそうなのに恋愛対象には入らないっていう……」
「そうそう。そんな感じの……」
「そんな感じですか~」
「…………」
「…………」
「陽平。今、何気に私のことディスったよね?」
「俺は真由美さんの自虐ネタに乗っかっただけですよ」
「へ~」
「って、真由美さん!」
「な~に?」
「何でイーグレットの銃口がこっち向いてるんですか!?」
「もう撃っちゃてもいいかな~って」
「いいわけないでしょ!」
『はいはい! 二人ともそこまでだよ!』
テンションの上がらない掛け合いを続ける二人を、春瀬奏恵が無線越しに制止する。
「だぁ~って~。陽平が私のことを~」
「いやいや、最初に言いだしたのは真由美さんでしょ」
『どっちだっていい! 今は任務中よ!』
「は~い」
「は~い」
奏恵に注意され、真由美と陽平はしかし変わらず気の抜けた返事をした。
『真由美さん。陽平に女心を解せって言っても、そりゃームリってもんでしょ』
『何であれだけいろんなところに気を回せられるのに、一番肝心なところには鈍感なのか、不思議ですよね~』
「まあ、陽平に青春は当分無理か」
『ムリですね』
『ムリです』
「言いたい放題だな。何で今度は俺がディスられてんだよ」
無線機の向こうでは、なぜか神凪朋香と和堂朝美もわざわざ通信に入って、そんな話題で盛り上がる。
『おまえたち、いいかげんにしろ!』
そしてそれを奏恵が再び制する。
「だいたい当分無理って、それはみんなも同じだと思うけどな……」
やれやれと思いながらも、今度は意識的に呟くよう小さい声でそう漏らす陽平に、
『あ~! 陽平のやつ、あんなこと言ってるよ~』
朋香が反応し、
『陽平先輩! そういうところですよ!』
朝美が窘め、
『陽平、この無線は僅かな声量でも確実に拾うぞ』
そして、奏恵がそう指摘した。
「陽平、知らないの? カナちゃんは私と違って、大学ではモテるのよ」
「えっ!? そうなんですか?」
「私は良く言えば親しみやすいんだけど、その反面、女として見てもらえない残念なタイプなんだけどね。カナちゃんは反対に普段から物静かで凛としているから、それが“高嶺の花”感を醸しだして校内に隠れファンが多いのよ」
「でもそれ、なんとなくわかります。ちょっと近寄り難いけど、そのクールさが却って魅力的に映るんでしょうね~」
「そうそう! 昔から学校でラブレターをもらうとか告白されるとか、だいたいカナちゃんのほうだもんね~」
「へ~。実績があるんですね~」
『ええ~!? カナさん、昔から学校でモテモテだったんだ~!』
『すごいです! ちゃんと結果を残してます! やる人です!』
『二人とも、帰ったらグッパーしようね~』
おどけた口調で言葉を挟む奏恵だが、明らかにそれが“怒”の感情でできていることは、無線機越しでも真由美と陽平に伝わる。むろんすぐ傍にいる朋香と朝美には言わずもがなだ。
「そのグッパー、組分けするときにするやつじゃないほうですよね?」
「ゲンコツとビンタ的なほうの……」
『当たり前だ! だいたい学校でモテモテとか、隠れファンが多いとか……。言っとくが、私は小学校から大学まで一貫して女子校だ!』
「ですよね~」
「だってずっと私と一緒の学校だもんね~」
『おまえら、帰ってきたら本気でグッパーな!』
川辺で笑い合う遊真たちよろしく、真由美と陽平も監視任務という重大なミッション中でありながら、そこに流れる空気はどこか穏やかだった。
だが、そんなのどかな空気が一変する。警報だ。『ウ~』というけたたましい警告音が、遠くから鳴り響いた。
「警報!」
「でも、あっちは警戒区域内ね」
『ああ、警戒区域内でゲートが発生した。大丈夫だ。こっちは朋香と朝美が出動した。おまえたちは、そのまま監視任務を続行してくれ』
「りょうか……」
「ちょっと! あの子!」
だが、その警報が鳴るや少女は慌てたように駆けだしていく。しかもその方向は、まさに警戒区域に向かってだった。そしてそれをしばらく呆然と見送っていた遊真だったが、再び鳴り響いた警報に今度はまるで先ほどの少女の後を追うように、やはり警戒区域に向かって走り始めた。
「あの子、警報が鳴る前に動きだしてたわね」
「警報が鳴る前に?」
もし真由美の言うことが正しければ、それは少女が警報が鳴る前にゲートの発生を感知していたということになる。
「でも、そんなことって……」
「真由美さん。今はそんなこと考えてる場合じゃないですよ」
「そうね。カナちゃん!」
『警戒区域内にゲートがもうひとつ発生した。朋香と朝美は先に出現したネイバーに応戦中だ。陽平はすぐに警戒区域まで戻って、少女を探してくれ。真由美はそのまま空閑遊真の監視を続行! もしかしたら空閑遊真はさっきの少女を追っているのかもしれない』
「了解!」
「了解!」
奏恵の指示を受け、陽平は脱兎の如く警戒区域へと向かう。そして同じ方向を目指しているであろう遊真の後を、真由美は隠れながら追った。
★
警戒区域の中では、バンダーと呼ばれるトリオン兵が二体暴れていた。一体は基地付近で、そしてもう一体は警戒区域外縁のすぐ近くまで迫っている。口の中にある眼のような部位から一直線に光線を放ち、建物を次々と破壊していた。
「まずいな……」
陽平はそのバンダーを見つけ、そう呟く。
少女の姿は未だ見えない。しかしバンダーを放っておけば、いずれ警戒区域を出て、市街地へと向かう危険性がある。まずはそのバンダーを食い止めるほうが優先だと、陽平は判断した。
「カナさん。ひとまずコイツを倒すんでサポート頼みます」
『了解。朋香と朝美はまだ闘ってる。たぶん援護に向かうのはキツいだろう』
「じゃあ、俺だけで倒す感じですか」
『そうだ。すぐに解析するから時間をかせいでくれ』
「了解!」
陽平はバンダーの目の前へと降り立つと、右手にスコーピオンを装備した。
「さあ、こい! ネイバー!」
バンダーはなおも砲撃を繰り返す。陽平はそれを寸ででかわすと、じりじりと間合いを詰めた。
「アステロイド!」
左手から威力重視の通常弾“アステロイド”を分割せずに放つ。バンダーが一瞬怯む隙をつき、更に一気に間合いを詰めた。しかしなおも砲撃は止まらない。その威力は、建物は軒並み倒され、地面は大きくえぐられていく。もし直撃でもしようものなら、ひとたまりもないだろう。
『陽平、解析は終わった。そいつの急所は口の中の眼だ。そこを集中的に狙え』
「OK!」
高く跳び上がり、砲撃の合間を縫うように、陽平はスコーピオンを投げた。バンダーとの距離、およそ十メートル。この距離なら的を外すことはない。陽平の思惑どおり、バンダーの眼にスコーピオンが突き刺さる。が、それでも致命傷には至らない。
「なら、もういっちょ」
本来ならここで、合成弾を使いたいところだが、今の陽平では合成に二十秒ほどかかってしまう。故に今度は、両手にアステロイドを構えた。
「これで、とどめ……」
ピロリロリ~!
「何だ?」
アステロイドをフルアタックで集中砲火しようとした矢先、突然どこからか電子音が鳴り響く。
「なっ!?」
音の発信方向に目を向けると、建物の陰にひっそりと隠れる少女の姿があった。
「やばい!」
バンダーもその少女を探知したのだろう。陽平にあっさりと背を向けると、バンダーはその少女のほうへと進んでいった。そして少女の方向に顔を向け、口を開く。
「させるか! バイパー! 足すことの~、スパイダー!」
両手のアステロイドを一気にバンダーに放つや、すぐさま左手に変化弾と呼ばれる“バイパー”を錬成、それにオプション・トリガーのスパイダーを合わせ、バンダー目がけて撃った。陽平の左手の中にまとめて握られている二十七本のワイヤーは、いずれもその先がバイパーのトリオンキューブと繋がっており、高速で、なおかつ縦横無尽にバンダーの周りを飛び回る。
「せーのー!」
そしてそのワイヤーを一気に引くや、バンダーはまるで投網にでも引っかかったかのように、雁字搦めに絡めとられていった。バンダーの砲撃は、陽平のワイヤーによって身動きが封じられたがため、空の彼方へとその軌道を変えていった。その刹那……。
「あっ!?」
陽平のすぐ傍らを一陣の風が吹き抜ける。遊真だった。
遊真は少女を抱きかかえたまま、まだ辛うじて崩壊に至っていない、近くの建物の陰へと降り立つ。
「遊真!? ってことは……」
遊真がここにきたということは、真由美も近くにいるはずだ。しかし、遊真に顔を見られた陽平にとって、真由美の存在まで明るみになるのは好ましくない。今後の監視任務にも影響が出るだろう。
『陽平、そのままもう少し粘って!』
「真由美さん?」
まさか真由美は狙撃するつもりなのか。それなら止めなくてはならない。陽平がそう考えた矢先、しかし真由美からの通信の内容は、陽平の懸念とはまったく違うものだった。
『間もなく三雲くんがそこに着くわ。それまでそのネイバーの動きを止めて』
「三雲が……?」
バンダーは動きを止めない。まるでそこに何かしらの意図があるかのように、少女のほうへと歩を進めていく。
「行かせるか!」
ワイヤーを引っ張る左手に力がはいる。しかし位置が悪い。バンダーは陽平に背を向けたため、陽平はバンダーの背中を見る位置となる。これでは眼を狙う攻撃ができない。気休めに右手からアステロイドを放つが、装甲は硬いのか致命傷を与えることはできなかった。
「せめて、こっちを向きやがれ!」
なんとかワイヤーを引いて、顔をこちらに向かせようと試みるも、なかなか上手くいかない。
「アステロイド!」
まるで手綱を引くように、ワイヤーを引っ張る陽平の背後から、アステロイドがバンダーに直撃した。しかしやはりそれも、バンダーの装甲に傷をつけるまでには至らない。陽平は弾の出どころである自分の背後に目を向ける。そこには左手にレイガストを構えた修がいた。
「三雲! こいつの眼を狙え! 口の中の眼が急所だ! 砲撃の直後に隙が生まれる。そのタイミングで眼をぶっ潰せ!」
「陽平!? わ、わかった!」
陽平の言葉に修はバンダーの前へと移動するや、レイガストを構える。すでにバンダーの眼には陽平のスコーピオンが突き刺さっていた。
「こっちだ! ネイバー!」
バンダーにそう叫ぶや、修はひとつ息を深く吸い込み、そしてそれをゆっくりと吐き出した。眼鏡の奥の、修の両の瞳が鋭く光る。修の声に反応したかのようにバンダーは修目がけて砲撃を放つが、これは陽平によって顔の向きをそらされ、やはりまったく違う方向へと飛んでいった。
そして……。
「スラスター・オン!」
修の体が一気に加速する。バンダーの口の中の眼を目がけて、最短距離で一直線に。
「おっ! あああああ!!」
バンダーのまさに鼻先に着いた修は、そのまま躊躇うことなくレイガストを振りきった。スラスターで加速されながら振り下ろされたレイガストは、ものの見事にバンダーの眼を真っ二つに切り裂き、一瞬の閃光のあと、その体は砕け散った。
陽平のキャラプロを活動報告に更新しておきます。ご参考まで。