陽平VS陽介戦です。
『カナちゃ~ん。こっちでは戦闘が始まったよ~。陽平は陽介くんと。で、空閑くんと三輪くん』
「了解。いちおう狙撃の準備はしておいて。ただし、奈良坂と古寺も狙撃態勢に入っているだろうから、そっちの警戒も忘れずに」
『りょーかい!』
ボーダー基地、榊隊作戦室に榊真由美からそう連絡が入ると、オペレーター、春瀬奏恵がそれに答えた。
「陽平と陽介か~」
その横で神凪朋香も真由美からの通信を聴き、そう呟く。
「陽平先輩と米屋先輩って、どっちが強いんですか?」
特に他意はなく、和堂朝美が尋ねると、朋香は「う~ん」と唸り、
「残念だけど、たぶん陽介かな」
と言って、顔をしかめた。
「米屋先輩……ですか?」
朝美にとって、陽平は常に自分を導いてくれる頼りになる先輩だ。実際、実戦では陽平の援護や戦術に頼りっぱなしとなっていることも実感、いや痛感している。故に、その陽平が敗けるという構図が、朝美には想像だにできなかった。
「陽平も陽介も、戦闘スタイルが似ているからね~」
「まあ、そうかもね」
「えっ!?」
朋香が腕を組み頷きながらそう言うと、それに奏恵も同意する。しかし朝美はその言葉の真意が理解できず、首を傾げた。
米屋陽介はA級7位三輪隊のアタッカー。武器である槍型の弧月を使い、近接戦闘を得意としている。一方、陽平はスコーピオンと射撃トリガーを使い分けるオールラウンダー。近接戦闘のみならず中距離戦闘もこなし、特に仲間の援護に長けている。一見すると、まったく共通点が見当たらないこの二人が、なにゆえ戦闘スタイルが似ているということになるのか。朝美が疑問に思うのも当然だった。
「あーちゃんにはわからないかもだけど……」
朋香がそう言葉をつけ足すと、朝美は少し不満気に、
「教えてください、朋香先輩。私ももっといろんなこと知りたいです」
と、いつになく強い口調で朋香に詰め寄った。
もっといろんなこと知りたい……朝美のその言葉の真意は、果たして戦闘や戦術についてのものなのか、それとも神凪陽平というひとりの人間についてのことなのか、いやそもそも朝美自身がその答えを自覚しているのかどうか、朋香にはわかるすべもないが、その朝美の真剣な目に、「わかった、わかった、ちゃんと教えるって」と、そう前置きをすると、朋香は陽平と陽介について話し始めた。
「陽平と陽介はね、もともと同期入隊で訓練生の時代からしのぎを削ってきた、まあ言わばライバルみたいなもんなのよ。訓練生のときは二人ともスコーピオンを使っていたんだけど、B級に上がってしばらくすると勝てないことが多くなってきた。二人とも他の人たちよりトリオン能力が低かったからね。で、陽介は槍型に改良した弧月を使うようになって、陽平は射撃トリガーを覚えた。お互い自分の足りない部分を知恵と工夫で補ってきたって意味では、似たようなタイプかなって思ったの」
「でも、それでも陽平先輩は米屋先輩には勝てないんですか?」
「勝てないとは言わないよ。勝負は終わるまで何があるかわからないし、何が勝因や敗因に結びつくかもわからない。ただ今までの戦績がね。二人はたいがい十本勝負をしていたけど、陽平は五本以上取ったことがないのよ」
「つまり勝ち越したことがない?」
「そういうこと。まあ、とは言ってもそれは二人がB級だった頃の話だから、今やるとどうなるかはわからない。だからたぶん……」
「だからたぶん……?」
「だからたぶん、今の二人は……相当ワクワクしてるんじゃない?」
そう言った朋香の表情も、どこか楽し気に見えて、その表情が陽平と陽介、二人の関係性を表している、そんな印象を朝美は受けた。お互い入隊の頃から、時に意識し合い、時に救け合い、時に励まし合い、時に技を磨き合い、相手の成長が自分の成長の糧となる、きっとそんな“ライバル”だったのだろう。自分には“ライバル”と呼べる人はいない。朝美はだからそんな存在を持つ陽平を少し羨ましくも思い、故に今回に限って言えば、仕事のことは抜きにして、ただ純粋に闘って、そして陽平には勝ってほしい、そんな感情をいだいていた。
★
「んじゃあ、そろそろエンジンの回転を上げていくぞ!」
陽介はそう言うと、槍型の弧月を陽平目がけて突き出す。しかし今度はさっきまでと違い、明らかにスピードの乗った、そして急所を狙った一撃必殺の突きだった。
それを陽平はバックステップで横へとかわすと、陽介のみえみえの不意打ちを訝しみながらも左手にアステロイドを生成する。が、その次の瞬間には、陽平の顎から首にかけてがぱっくりと割れ、トリオンが噴き出した。陽平は咄嗟に傷口を右手で抑え、更なるトリオンの流出を防ぐ。
絶対にかわせる距離にいながら傷を負わされた。陽平はその正体を確信する。
「これが……幻踊?」
「おっ!? 幻踊の知識はあるみたいだな~」
陽介の頬は緩み、陽平の表情は険しくなる。
幻踊……弧月の刀身の形状を変化させるオプショントリガー。防御をかいくぐり、相手の虚を突くその攻撃で、陽介はマスタークラスまで上り詰めた。しかし、陽平もまた以前の、陽介に負け越していた頃のままではない。
「アステロイド!」
左手に生成したアステロイドを陽介目がけて放つ。
「そんなでかいの食らうかよ!」
しかしそれを陽介はあっさりとかわす……はずだった。だが、何かに足をとられその動作が一瞬止まる。
「シールド!」
寸ででシールドを張り、陽平のアステロイドを弾き飛ばす。見ると、陽介の左足が地面から出た刃先によって、その場に固定されている。
「モールクロー!?」
モールクロー……それは、体のどこからでも出し入れでき、かつ形状を自由に変えられるというスコーピオンの特性を生かし、自分の足から出したブレードで、地面の下から相手の足を突き刺す技。
陽平は足から出したスコーピオンを引っ込めると、ひとつ深呼吸し、今度はそれをブレード状に生成し直した。
「おまえ、合成弾とか使ってこねえの? 使えるんだろ? ギムレットやらコブラやら」
「残念ながら合成弾の生成には二十秒ほどかかるんで。それとも待ってくれます?」
言いながら、陽平はなおも陽介の懐へと飛び込んでいく。
「いいぜ~、待ってやっても。それで勝ったとして、おまえが満足するならな」
そんな陽平の刃を、陽介は槍の柄で受けた。
「ですよね~。まあ、ハナからお願いする気はないですけど」
「だろうな!」
陽平が振りかざすスコーピオンを、陽介が弧月で迎え撃つ。陽平はきょくりょく陽介の懐から離れないよう陽介の動きに食らいついていった。
「槍なら近づけばやられないってか?」
槍型の弧月は、トリオンを多く使う刃先を短く、逆に少な目でも構築できる柄を長くすることで、トリオンの消費を抑えつつ長いリーチを確保できる武器だが、そのぶん懐まで入られるとその長い柄が邪魔になるという欠点がある。陽平はそこを突こうとしていた……のだが。
「この位置からなら逃げられないでしょ?」
スコーピオンで弧月を抑えつつ、アステロイドを再び生成。そのままゼロ距離射撃を試みる。
「……と思うじゃん?」
咄嗟に張った陽介のシールドは、陽平のアステロイドを一点集中で抑えにかかる。
「やばい!」
アステロイドを撃ちながら、陽平は後ろに大きく距離をとった。陽介のシールドで押し返されたアステロイドが霧散する。
「そんなに俺に近づきたいなら、近づきやすくしてやろうか?」
陽介はそう言うと、弧月の柄を一気に縮めた。長さはほぼ半分。刀身の長さこそ違え、全体ではブレード型とそう大差はない。
「なるほど。対応済みってわけですか」
「まあな~。これで狭い場所でも闘いやすいだろ」
「でもいいんですか? そんな手の内を見せて」
「久しぶりにおまえを相手にするんだ。ハナから出し惜しみする気はねえよ。おまえのほうこそ手を抜くんじゃねえぞ」
「そうですね。手を抜いて勝てる相手じゃないですから!」
「そういうこった!」
再び陽平は陽介の懐へと飛び込んでいく。近づけば短くした槍型弧月で迎え撃たれる。しかし離れていても槍のリーチにプラス幻踊。勝算はどちらもたいして変わりはしないだろう。それならたとえ迎え撃たれても近づくほうがいい。陽平はそう判断した。たとえ柄を縮めても、槍の刃先はブレード型のそれよりはるかに短い。その刃先の更に内側に入ることができれば、幻踊を使うことはできない。
陽平はさっきと同様に、スコーピオンを右手に、更に左手も射撃体勢へと移行させる。
「また同じ手かよ!」
陽介もまた、先ほどと同じく弧月の柄でスコーピオンを受け、シールドでその射撃を防ごうとした……のだが。
陽平の左手から放たれたトリオンキューブは、その軌道をまるで陽介のシールドをかわすようにとり、陽介の背後からそのまま体を直撃した。
「バイパー……?」
バイパー……変化弾とも呼ばれる射撃トリガーで、その弾道を自由に、かつ複雑に設定できるのが特徴だが、リアルタイムで軌道を設定するには、空想力や客観的視点、空間認識能力などに高いレベルが求められるため、それを可能とするシューターはボーダー内にも数名しかいない。しかし、陽平はまさにその数名の内のひとりであり、これこそ陽平が最も得意とする技能でもあった。しかし、もともと威力と弾速を重視するため射程性能は低めに設定する上、今回のように威力に重点を置くと弾速が落ちるという欠点がある。だがそれでも、相手の想定していない使い方をすれば攻撃として十分にその役割を果たすことができる、と陽平は考えた。
自ら放ったバイパーの衝撃を避けるため、陽平は陽介から大きく距離をとる。背中にバイパーの直撃を食らった陽介は、その創痍からトリオンを噴出させながら、それでも弧月を大きく振るった。
「はあーっ!!」
声はまだ力を失ってはいない。しかしいくら幻踊といえど届くことはないだろう距離まで下がった陽平は、今度は両手にアステロイドを生成する。今の陽介なら追い足はない。幻踊をかわす距離さえ保てれば、反撃を食らうことはないだろう。ここは合成弾“ギムレット”で一気にかたをつける。ギムレット……それは“徹甲弾”と呼ばれ、射撃トリガーの中でも特に威力に秀でたアステロイドの貫通力を、ふたつ合わせることで更に増大させる大技だ。合成弾を生成中は無防備となるため、より短時間で生成させる必要があるが、陽平はそれに二十秒ほどを要する。仲間の援護がない今の環境では、反撃の恐れのない今こそ使い時だと陽平は覚悟を決めた。
しかし、次の瞬間だった。
「えっ!?」
シュパッという音が聴こえた。陽平は自分の耳を疑ったが、陽介が弧月を振るった一瞬あと、確かにその音が自分の耳に響いたのを陽平は自覚した。陽介が振るった弧月、それは幻踊ではなく……。
「旋空……?」
『戦闘体、活動限界……』
「俺が幻踊だけだと思ったか~?」
振り切った槍を杖代わりに、地面に着きそうになる膝を必死で耐えながら、それでも陽介は口角を上げてみせた。
両手のアステロイドも消滅し、体を下から上へと一直線に切られ、もはや視界すら失いつつある陽平もまた、
「残念……」
そう呟くと、しかし敗北を確信しながらも、その表情は陽介と同じように頬を緩ませていた。
『ベイルアウト』
無機質なその言葉を聴きながら、陽平の戦闘体は光に包まれ、そして消えた。ボーダーの基地まで続く光の道を残して……。
パーン!
その刹那、陽介の体が銃声とともに引きちぎられる。
「はは、そりゃそーか。さすがに陽平がひとりできてるわけねえよな」
『トリオン供給器官破損……』
自分の限界を悟りながらも、しかし陽介はそれでも口角を下げなかった。
「けど、サシの勝負は俺の勝ちってことでいいよな、陽平……」
そう呟いて……。
『ベイルアウト』
陽平のときと同様、陽介もまた、その無機質な声に導かれるように、光に包まれたあと体は消え、ただ基地までの道を作った。
次回は弓手町駅決着……かな?