今回ちょっと短めですが……。
三輪隊の古寺章平とともに廃線となった弓手町駅へときてみれば、すでにそこには、レッドバレットを撃ち込まれた三輪秀次が地面に転がっていた。その光景に、榊真由美は迅悠一の言葉を思い出す。
『三輪隊は確かに腕の立つ連中だけど、遊真には勝てないよ。なんせ、あいつは特別だからな』
“特別”という言葉が意味するもの……それは黒トリガーの存在だ。己が命と全トリオンを注ぎ込んで作るトリガー。それがこれほどの威力とは、真由美の想像をはるかに超えていた。
「相手のトリガーをコピーするトリガー……ってこと?」
三輪の得意とするレッドバレットが、逆に三輪本人に撃ち込まれている現状から、真由美はそう推測する。
「榊さん……。コピー……なんてもんじゃない。これは、それを何倍にも増幅して返すトリガーです」
悔しそうに、呟くようにそれに返す三輪。当然だろう。レッドバレットを撃ち込んだ時点で、三輪本人でさえ勝利を確信していたのだから。
「何倍にも……? それって、ただコピーするだけじゃなく、学習するってこと? そんな……」
『そんな反則なトリガーがあるの?』と、そう言いかけて、しかし真由美はその言葉を飲み込んだ。それは実際に、目の前にあるのだから。
「おー! なんだ遊真、けっこうやられてるじゃんか~」
迅は迅で、三輪隊のもうひとりのスナイパー、奈良坂透を連れ立っている。
「どうした、遊真。油断したのか?」
遊真にそう問いかける迅は、しかしそれもまた予測の範囲内だと言わんばかりに余裕の表情のままだ。
「いや、フツーに強かったよ」
「ほ~う。強かった……か。さすがはA級、三輪隊だな」
「ねえ、迅くん。これも、あなたに視えていた未来のひとつなの?」
もし自分にこんな未来が視えていたとしたら、どうだろうか。ネイバーを名乗る少年の使う黒トリガーで、ボーダーA級部隊が敗北を喫する。しかも相手のトリガーを学習するトリガー。そんな誰しもが想像だにできない未来が。真由美にはこの目の前の光景が、ただ空恐ろしく感じてならなかった。
「まあな」
真由美にそう短く答えると、今度は三輪に向き直り、迅は更に言葉を続ける。
「だから言ったろ、秀次。遊真には構うなって。なんせこいつは黒トリガーだからな。まあ、こいつにおまえらを殺す気がなかったとはいえ、よく凌いだほうだと思うぜ」
「うるさい! わざわざこんなところまで、バカにしにきたのか!」
「そうじゃない。おれはただ、おまえが心配なだけだよ」
「心配……だと?」
「ああ。ただでさえ普通のネイバーでごたついてるのに、黒トリガーまで敵に回したら厄介だろ。だから帰って城戸さんに伝えろ。『遊真を追い回しても、何の得もない』ってな」
「『何の得もない』だと……。損か得かなんて関係ない! ネイバーはみんな敵だ!」
「そうじゃないネイバーもいる」
「そいつが街を襲わないって保証がどこにある!」
「だったら、おれが保証してやる。クビでも全財産でも賭けてやるよ」
「うるさい! 黙れ、裏切り者! ベイルアウト!」
三輪は最後にそう言い残し、基地へと続く光の道を作った。
それを見上げ、迅はやれやれと頭を掻く。
「さてと。榊とメガネくんはどうする? おれはいったん基地に帰るけど。なんせ三輪隊だけじゃ、報告が偏るだろうからな」
「じゃあ、ぼくも一緒に帰ります」
迅の言葉に、修はそう即答する。が、
「私はここに残るわ」
真由美は逆の選択をした。
「いいのか? 忍田さんに報告しなくて」
「忍田さんには陽平のほうから報告させるから。私は空閑くんに聴きたいことがあるし」
「聴きたいこと?」
「うん。カナちゃん」
『直了した。こっちのことは任せて』
真由美からの無線に、オペレーター、春瀬奏恵も応答する。奏恵にも何となく真由美の意図がわかったからだ。
迅と修を見送り、真由美は残された空閑遊真、雨取千佳に対峙すると、恣意的に厳しい表情を緩め、笑みを見せる。
「迅くんたちを待っている間、どこかで何か食べてようか? お腹、空いたでしょ?」
そしてそう言うと、真由美は換装を解いた。
★
「本当にこんなものでいいの?」
古ぼけた神社……だったであろう場所で、真由美は遊真、千佳とともに食事を摂ることとした。遊真の手には某ハンバーガーショップの紙袋。
「なかなかいい場所だな」
来るやそう言った遊真に、真由美はハンバーガーで良かったのかと尋ねた。
「そりゃー、フランス料理のフルコースとか、満漢全席とか、懐石料理とか言ったら、さすがにはっ倒すけどさ~。もう少し料理らしい料理くらい奢るよ~」
「いや、これがいい。日本の食べ物はどれも美味いけど、中でもこれが一番だった」
どうやら遊真はハンバーガーの味が気に入ったようだ。
「それ、日本の食べ物じゃないんだけど……」
しかし真由美はそれに小さくそうツッコむ……が、あえてそれ以上は話題にしなかった。どうやら遊真にとっての“日本の食べ物”というのは“こちらの世界の食べ物”と同義らしい。そう思ったからだ。
「ところでさ、空閑くんの黒トリガーって、誰のなの?」
黒トリガーが作られたということは、それに命と全トリオンを注ぎ込んだ者がいるということだ。そして遊真の場合、その人はネイバーかもしくは、もともとこちらの世界にいた者のうちネイバーフッドに渡った者ということになる。もちろんそれが自らの意思かどうかは別として。
「親父だよ」
そしてそれに、遊真はあっさりとそう答えた。
「ねえ、もしかしてさ……」
真由美はそこまで言うと、しかしその後の言葉を続けるか迷った。それはあまりにも荒唐無稽な話のように思えたからだ。それでも聴かないわけにはいかない。これは自分にとっても大切なこと。真由美はひとつ息を深く吐くと、意を決した。
「空閑くんのお父さんって、空閑……有吾さん?」
真由美の発言に、今度は遊真が驚いたような表情を作る。よもやここで父親の名前を聴くとは思ってもいなかっただろうから。
「えっと……サカキさんだっけ?」
「うん。榊真由美だよ」
「サカキさんは親父を知ってるの?」
「ううん、ごめん。直接の面識はないんだ。私がボーダーに入ったとき、もういなかったから」
「そうか……」
「けどね、私が最初にチームを組んだときの隊長だった人が、今のボーダーになる前から在籍していた人でね。その人はお姉さんと一緒にボーダー創設期からのメンバーでもあったから、二人から当時の話はよく聴かされていたの。その中に空閑有吾さんって名前もあって。名字が同じだったし、その人は私が入隊する前に子どもを連れてネイバーフッドに渡ったって聴いていたから、もしかして空閑くんがそのときの子どもなのかなって」
「ほう。それでサカキさんはおれに何を聴きたいの? 親父のこと?」
遊真の瞳が鈍く光る。だが真由美の言葉に嘘はない。きっと本当に父親の話を聴かされていたのだろう。
「ううん。私が聴きたいのはね……」
意を決したはずが、やはり真由美は次の言葉を言い淀んでしまった。一縷の望みがまさに今、潰えるかもしれない。そのジャッジが下される……そんな心境なのだから。
「ネイバーにさらわれた人が、ネイバーフッドでどうしているのか……」
「あの!」
今まで黙していた千佳が、真由美の問いかけに反応を示した。
「どうしたの? 千佳ちゃん」
「遊真くん。さっきネイバーにさらわれた人は、戦争に使われるって言ってたでしょ。それって、どんなふうに使われるの?」
「戦争に?」
遊真の話だと、トリオン能力の低い人は、トリオン器官だけ取っていかれるが、逆に高い人は兵士として戦争に連れて行かれるということだった。
「どんなふうにって言われても、それは連れて行かれた国によるかな。あっちの世界にもたくさんの国があるし、その国の状況によって対応もスタイルも変わってくる。実際、こっちの世界に攻めてくるネイバーも同じに見えて別々の国のネイバーだったりするし。さらわれていった国の状況……たとえば、戦争に勝っているか敗けているか、兵隊を鍛える余裕があるかないか、司令官がデキるやつかダメなヤツか、そんないろんな事情で話は変わってくるんだ」
「じゃっ、じゃあ……、さらわれた人が向こうの世界で生きているってこともあるのかな?」
「なんだ、チカ。知り合いがさらわれたのか?」
「えっ……、あ……、いや……。そういうわけじゃ……。ただ何となく気になっただけっていうか……」
予想外の食いつきを見せた千佳だったが、遊真の問いかけに我に返ったかのように急に口をつぐむ。
「おまえ、つまんないウソつくね」
「えっ!?」
「こっちには聴いといて、自分は秘密か~」
「あっ!?」
「まあ、いいけど。あとでオサムに聴こう」
「ちょっと待って! ごめんなさい。あの……、実はね……、実は……、そう……なんだ。ネイバーにさらわれたの。小学校のとき仲良くしてくれた友だちと、私の兄さん」
「千佳ちゃん……」
第一次大規模侵攻……四年前のネイバー大量襲来では、約四百名の一般市民が現在もなお行方不明となっている。その人たちはネイバーによってゲートの向こう、ネイバーフッドへと連れ去られたと見られているが、実はそれ以前から相次いでいた謎の失踪事件もあり、それらもネイバーが関与しているというのが今では通説化している。
「サカキさんも誰かさらわれたの?」
その人たちの安否を気にかける真由美もまた、千佳同様、身近な人が被害に遭ったのでは……遊真でなくとも、そう考えるのが自然だろう。
「うん。私はさっき話した人だよ。今のチームを組む以前に在籍していたチームの隊長。もう三年になるかな」
第一次大規模侵攻以降、正隊員のトリガーにはベイルアウト……つまり緊急脱出という機能がつけられた。これによってボーダー隊員の犠牲者は大幅に減少したが、それでも中には様々な原因で連れ去られてしまう者もいる。
「そっか……。まあ、生きているかどうかってことなら、生きている可能性はふつうにあると思うよ」
「ふつうに……ある」
「そう……なんだ」
真由美の表情も、千佳の表情も、今までの緊張の色が一気に抜け、心なしか赤みを帯びていく。頬が弛緩し、自然と口角も上がっていくのも自ら自覚できた。
「特にトリオン能力が高い人は向こうでも貴重な戦力だから、ほとんどの場合はけっこう大事にされてるんじゃないかな」
そして遊真はそう言葉を継いだ。真由美にとってそれは何にも代えがたい明るい情報だった。