WORST TRICK   作:和久井 誠

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 2話(2日)連続投稿です。


第22話 和堂朝美の副作用

 

 和堂朝美が自分のその特異な体質に気づいたのは、小学校低学年の頃だった。それは友だちと遊んでいるときに感じた、小さな違和感がきっかけだった。

 ソフトボールをしているとき、サッカーやドッジボールをしているとき、バスケやバレーをしているとき、友だちが言う『速い球』というものを、朝美自身は『速い』とは認識できなかった。むろんそれは『球が止まって見えた』というほどの驚異的なレベルではない。しかし周りの友だちが『速い』と表現するそれらに対し『速い』と思うことはなかった。

 中学一年も終わろうとする頃、朝美はボーダーに入隊した。それからすぐ、幼い頃から抱いていたその『速さに対する違和感』の正体が判明した。

『サイドエフェクトだね』

 ボーダー隊員には定期的に検診を受けることが義務づけられている。入隊して間もなくの頃に受けたその検診で、朝美は医師からそう告げられた。

 サイドエフェクト……それは“副作用”という意味を持つ、ボーダー内でのみ使われている専門用語で、高いトリオン能力を持つ者が、自身のトリオンによって脳や感覚器官が影響を受け、発現する超感覚の総称だ。

 朝美が告げられたサイドエフェクトは“強化動体視力”。つまりは動くものを視覚で捉える能力が優れているということだ。動体視力には、上下左右の動きに対するものと、奥から手前に対する動きの二種類あるが、そのどちらにも朝美の“強化動体視力”は適応していた。

 ランクは強化五感と言われるCランクと決して高いわけではないが、サイドエフェクトは発現すること自体が希少であり、入隊直後に判明したこともあって、朝美のサイドエフェクトは瞬く間に訓練生の間に広まった。

 動体視力に優れている。それは戦闘においては、アタッカーの剣やガンナーの弾丸の軌道を視認できる、つまりは『攻撃が当たることはない』ということになる。ただそれは、理論上は……の話だが。

 実際、訓練生時代の朝美は強かった。

 訓練生は週二回の合同訓練がある。地形踏破訓練、隠密行動訓練、探知追跡訓練などがあり、満点を取れば一つの訓練ごとに二十点が加算される。その加算の結果、初期ポイントの千点を四千点まで上げれば晴れて正隊員となることができる。中には仮入隊の間に功績を上げた者や、高い素質を認められ“即戦力”と判断された者など、初期ポイントが上乗せされている者もいるが、ほとんどは千点からのスタートであり、週二回の訓練では正隊員まで四ヶ月以上かかることもあるため、昇進を急ぎたい者には別の訓練も用意されている。それが“ランク戦”だ。直接、他の訓練生と仮想フィールドで戦闘し、ポイントを奪い合う戦闘訓練。この戦闘訓練で、朝美は比類なき強さを見せた。

 ガンナーの朝美はアサルトライフルでアステロイドを撃ちまくる。アタッカー相手には決して相手の間合いに踏み込まず、ガンナー相手にはその高いトリオン能力を生かし、撃って撃って撃ちまくる。まさに力技の闘い方で、同期の中でも早々にB級昇格を決めた。

『やっぱりサイドエフェクト持ちは違うよな』

『こっちの攻撃を全部見切れるんだから』

 朝美の強さに対して、他の訓練生たちはみな一様にそう口にした。朝美の昇格はサイドエフェクトを上手く使ったおかげだと。そう、誰一人として気づいてはなかったのだ。朝美がサイドエフェクトを、強化動体視力を、戦闘で使ったことなど、最初の数戦ほどしかないことに。

 B級に昇格した朝美は、普段の防衛任務以外はランク戦に足を運んだ。早く強くなりたかったからだ。しかし勝てない。訓練生と正隊員では、ここまで違うものなのかと思うほど、相手の動きは全く別物だった。アタッカーには、どんなに離れようとしても一瞬で間合いを詰められる。ガンナーには、撃っても撃っても当たらない。正隊員になってアサルトライフルをツインにしたのに、それでも相手に致命傷を与えることが難しくなった。

『やっぱりサイドエフェクトって言ってもランクCじゃあな』

『攻撃を全部見切ろうなんて、そんなに甘くねえよな』

 周りの評価が途端に変わる。しかし朝美は訓練生のときからずっと、サイドエフェクトなど使ってはいないのだ。そんな揶揄を受けるいわれなどない。しょせん自分は勝っても『サイドエフェクトのおかげ』、敗ければ『サイドエフェクトを使っているくせに』と、そう評価される。本当の自分を見てなどもらえない。そんな環境に嫌気がさし始めた、まさにそんな時期だった。

 

「きみが和堂朝美さんだよね?」

 

 ランク戦のブースで他の人の戦闘を見学していたとき、不意にそう声をかけられた。今まで遠巻きに噂されたことはあっても、直接声をかけられたことなどない。目の前のその少年は、背丈こそ自分より十センチほど高いものの、さらさらの黒髪と色白の童顔から中性的な雰囲気を醸しだしており、なにより朝美には自分に向けられた笑顔の屈託のなさが印象的だった。

「はい」

 朝美はその問いかけに、短く答える。

「俺は神凪陽平。きみと同じB級隊員だよ」

“神凪陽平”と名乗った少年のジャケットの左胸には、その所属チームのランクを示す数字が表示されている。“B-004”それがその少年……陽平のチームのランクだった。

「B級4位の人が私に何の用ですか?」

「うん。単刀直入に言うとね、和堂さんにウチに入ってほしいんだ」

 変わらず、陽平の笑みに屈託はない。

「私に!? けど……」

 だが、朝美が戸惑うのも無理はない。当時のB級は“戦国時代”と言われるほど、ランクの入れ替わりが激しい時期だった。B級1位に君臨する片桐隊は“B級絶対王者”の異名を持つほどB級屈指の強さを誇っていたが、2位以下はまさに激戦区であり、朝美が入隊して一ヶ月ほどして始まったB級ランク戦においては、その日の試合結果によって2位以下の上位ブロックは日替わりでその順位が入れ替わっていたからだ。故にB級4位といえどそれは2位と比べてもなんら遜色があるわけではなく、実力は拮抗していると言えた。そんなチームの人が自分をスカウトにきた。朝美には――特にB級に昇格して以来、思うように勝てなくなった朝美には――その真意を計ることができなかった。

「私のサイドエフェクトが目当てですか? けど、あれは使えない力ですよ」

 自分のサイドエフェクトが目当て。それ以外に、自分が貢献できる手段はない。いや、貢献できると思われる要素はない。故に朝美には、そんなことくらいしか思いつかなかった。しかし……。

「えっ!? 和堂さん、サイドエフェクト使っていたの?」

 その表情に嘘はない。朝美は陽平の驚いた顔を見て、なぜだか冷静にそう感じていた。

「いえ……、使ってないですけど……」

「だよね~。いや~、びっくりさせないでよ~」

 いや、びっくりさせられたのは、むしろこっちのほうだ……と、朝美は内心思ったが、それは口には出さなかった。

「サイドエフェクトが目当てじゃないなら、何で私なんかを……」

「っていうか、そういう言い方をするほど、和堂さんのサイドエフェクトって、使い勝手のいいもんじゃないんでしょ?」

「えっ!?」

「使い勝手が良かったら、もっと多用しているはずだもんね」

「何で……、何でそう思うんですか?」

「何でって。“強化動体視力”だっけ。けど目で捉えることができたって、それに体がついていくかってなると、それはまたべつの話だしね」

 あっけらかんと陽平は答える。それはまさしく、朝美がサイドエフェクトを使わない理由だった。動くものを視覚で捉える能力……しかし視覚的に捉えることができたところで、それに対応して動けなければ何ら意味はない。たとえ、アタッカーの剣やガンナーの弾丸の軌道を視認できようと、避けることができなければそれは視認できないのと同じなのだ。むしろ見えているぶん、咄嗟の判断、咄嗟の行動ができなくなる。考える時間があるほどに、考える余裕がなくなる。軌道がわかるからこそ緊張する。緊張して体が硬直する。結果、何もできずに終わってしまう。それならばいっそ何もわからないほうがいい。サイドエフェクトなんて使わなくても、実力で勝てるよう強くなればいい。きっとそれが、このサイドエフェクトを使いこなせる術を身につける唯一の方法だ。朝美はそう考え、以来、サイドエフェクトを使うことをやめた。それを目の前の少年は、見抜いたのだ。誰一人として気づかなかったのに……。

「じゃあ、何で私を誘ってくれるんですか? 私、知っています。今のB級上位グループは、どこが2位まで上がれてもおかしくないくらい力の差がないって」

「順位以上の評価、ありがとう」

「いえ……、私はべつに。みんなも同じこと言ってますし……」

「そうなんだ。けどね、俺たちが目指しているのはB級2位じゃないから」

「目指す?」

「そう。俺たちが目指しているのはA級1位の称号と、ネイバーフッド遠征の選抜だからね」

 その言葉とは裏腹に、陽平の口調はあっけらかんとしたものだったが、しかしはっきりと言いきったその表情からは確固たる強い意志が感じられた。

「それならなおさら、私なんて役に立たないですよ。B級に上がって以来、ほとんど敗けてばかりなんですから……」

 事実、訓練生時代は早々に四千点を上回り正隊員となった朝美だったが、B級昇格以降は敗けが続き、四千点あったポイントもすでに三千点を切っていた。B級といえどポイントが千五百点を下回ってしまえば、C級に降格となってしまう。今まで該当した隊員はいないが、だからこそ自分がボーダー始まって以来のC級降格者になるのではないか。そんな危機感すら感じていた。

「べつに和堂さん一人で勝ってくれなんて言わないよ。そもそもガンナーなんて、一人で点を取るポジションじゃないしね」

「それは……」

 特にアタッカーを相手にしたときの、ガンナーとしての不利さは、朝美も自覚していた。

「あそこで闘ってる人いるでしょ」

 陽平が親指で指し示すスクリーンには、今まさに戦闘中の二人が映しだされている。一人は少女で朝美と同年代だろう。もう一人は男性で、高校生くらいだろうか。

「はあ……」

 二人とも漆黒のユニフォームは似ているが、デザインは全く違う。よく見ると少女のほうは、陽平と同じユニフォームだった。

「男性のほうは荒船先輩。B級9位部隊の隊長。そして女の子のほうが、俺たちのチームメイトの神凪朋香。二人ともアタッカーだよ」

「神凪って?」

「俺と同じ名字だって? そう、彼女は俺の実の姉だよ。今、高校一年生なんだ」

「ええっ!? 年上!?」

 普通なら、実の姉弟が同じチームに所属していることに驚かれる。しかしそんなことより、同年代だと思っていたその少女が、自分より三つも年上であることのほうが朝美にとっては驚愕だった。

「ははは。そのリアクション、姉ちゃんには内緒にしておくね。じゃないと、姉ちゃんなら怒って和堂さんのチーム加入を反対されちゃうかもだから」

 試合は九本目が終わり、朋香が六勝目を挙げた。

「強い……」

 朋香と荒船の勝負を見て、朝美は素直にそう呟く。

「うん。姉ちゃんは強いよ。攻撃手ランクも最近ひと桁まで上げてたし、B級の中では屈指だと思う」

「だったら……」

「何?」

「だったら何で私を誘うんですか? 私なんて何の役にも立てないのに……」

 朋香の闘いを見て、ことさらにそう感じ、朝美は俯いてしまった。

「役に立つか立たないか、それは俺が決めることだ」

「えっ!?」

「な~んて、風間さんなら言うんだろうな~」

「風間さん!?」

「いやいや、こっちの話。けど俺は風間さんじゃないから、そんなことは言わないけどね」

「あの……?」

「今見たとおり、ウチのエースは“いけいけどんどん”な性格でさ。クロスレンジには強いんだけど、相手がガンナーだろうがシューターだろうが猪突猛進で突っ込んで行っちゃうんだよね」

「けどあの強さなら……」

「うん。あの強さなら、十分エースとしての役割は果たせてると思うよ」

「それなら……」

「このままB級で満足するならね」

 さっきまでの穏やかな笑みは消えた。陽平の眼差しが急に鋭くなる。真剣なのだ。この人は真剣に、A級1位の称号と、ネイバーフッド遠征の選抜を狙っている。その言葉には偽りも、躊躇いも、そして妥協も介在しない。

 朝美の鼓動が速くなった。ドクンと強く脈打った鼓動は、そのまま一気に加速していく。その原因はもう、朝美にはわかっていた。

「俺たちには、ミドルレンジからバリバリ撃ち合えるようなガンナーが必要なんだ。和堂さんがアサルトライフルをツインでぶっ放すとこ見て『この子だ』って思った。オレたちのチームには和堂さんのようなガンナーが、いや、和堂さんが必要なんだ!」

「あ……、神凪先輩……」

「頼む! 俺たちのチームで、一緒にA級1位を、ネイバーフッド遠征を目指してくれ!」

 鼓動が加速した理由……それは、もう明白だった。この人のチームに入りたい、この人のチームで強くなりたい。朝美は自らの意思で、そう思ってしまった。その感情を自覚してしまったから。

「私、サイドエフェクトが使えなくても……」

「大丈夫! サイドエフェクトを使わなくても、和堂さんは十分戦力になる。けどね、たぶん和堂さんのサイドエフェクトは、ウチのチームだと生きてくるって俺は確信しているよ」

「生きる……?」

「ああ。だから……」

 言って、陽平は右手を差し出した。その右手を見て、朝美は二回、深く深く呼吸を整え、そして……。

「はい。よろしくお願いします」

 その右手を握った。

 

 

「そうか、和堂のサイドエフェクトか……」

「正解! さすがは風間さんだ。で、どうします? もう俺たちにカメレオンは効かないと思うんですけど」

「陽平、それで勝ったつもりか。たとえカメレオンを使わなくとも、俺たちがおまえたちに敗けることはない」

「いやいや。こっちはフルメンバーですよ~。さすがに二人相手に敗けてちゃあ、A級だなんて名乗れないでしょ」

「ほざけ! だったら教えてやる。3位と9位の違いを!」

 風間蒼也も歌川遼も、スコーピオンを両手に構える。対する朋香は弧月を両手に、陽平はスコーピオンを右手に、そして朝美はアサルトライフルを両手にツインで構えた。

「陽平先輩……」

 朝美は小さくそう呟く。

「うん。上手に使えていたよ」

 陽平はそう返す。

 目の前にはA級3位風間隊。今回の任務を抜きにしても、A級1位を目指すなら、ネイバーフッド遠征を目指すなら、いつかは超えていかなくてはならない壁だ。対峙すればするほど、緊張感は増していく。しかしその緊張感も、一人で闘っていたときのものとはまるで違う。どんなに緊張しても、決して不安になることはない。自分には信頼し合える仲間がいるからだ。

 朝美はちらりと左を見る。陽平が口角を上げて、それに答える。今度は右に視線を移す。朋香もまた、陽平より大きく口角を上げてみせた。

「さあ、いくよ! 姉ちゃん! あーちゃん!」

 

「了解!」

「はい!」

 

 陽平の呼びかけを合図に、三人は駆け出した。風間隊の二人に向かって。





 次話からいよいよ黒トリ戦も大詰め……かな?
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