WORST TRICK   作:和久井 誠

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第23話 榊隊と風間隊

 

 戦場は三手に分かれた。

 住宅が密集する路地には迅悠一と、それに相対する太刀川慶。そして太刀川を援護する三輪隊のスナイパー、奈良坂透と古寺章平がすでに狙撃位置に着いていた。

 また高層ビルが建ち並ぶ市街地では、嵐山隊の面々を三輪隊の三輪秀次と米屋陽介、太刀川隊シューター、出水公平が迎え撃つ。

 同じ頃、その市街地を外れた公園で、榊隊は風間隊と交戦していた。

 風間隊はアタッカー、菊地原士郎が、榊隊隊長にしてスナイパー、榊真由美の狙撃によって、すでにベイルアウトしている。残った風間蒼也は両手に、歌川遼は左手に、それぞれスコーピオンを携えていた。

 榊隊アタッカー、神凪朋香は弧月二刀流で、弟の陽平は右手にスコーピオンを持って、風間隊の二人に向かっていく。和堂朝美はその後ろから、アサルトライフルをツインで装備し、アステロイドの連射で朋香と陽平を援護していた。

 

 歌川はシールドを張りつつ、前進。その後ろを風間が追走する。

 朋香は右手の弧月を振り上げ、それを歌川目がけて振り下ろす。歌川はそれを左手のスコーピオンで受けるも、スコーピオンは容易く砕けてしまった。朋香の弧月が歌川の左肩を斬り裂く。致命傷は逃れたものの、トリオンの噴出は見て取れる。が、その刹那……。

「姉ちゃん!」

 陽平の張ったシールドが朋香の前面に現れるや、そこで爆発が起こった。

「あっぶね~」

「姉ちゃん。歌川先輩にはメテオラがあるよ! 右手が空いているときには注意して!」

「りょーかい!」

 メテオラ……射撃トリガーの中でも特に広範囲を攻撃する“炸裂弾”で、着弾することで爆発する面攻撃用のトリガーだ。オールラウンダーの歌川は、このメテオラでもマスタークラスまでポイントを上げており、アタッカー二人を擁する風間隊においては近距離だけでなく中距離からの連携によって戦術の幅を広げている。

「人の心配とは余裕だな!」

 いつの間にか、風間は陽平の目の前まで迫っていた。朝美が二人の援護にと射撃を続ける。しかし風間は表情を変えることなく、その銃弾をかわし、またはスコーピオンで弾きながら、陽平に斬りかかった。

 歌川は一端バックステップで朋香から距離をとるが、再びメテオラを発射する。それに対するように朋香は左手の弧月を収納し、シールドを生成。それなら……と、今度は身を低く構え、旋空の態勢に入った。

「旋空弧月!」

 大幅に拡張した弧月の剣先の軌道が、歌川に襲いかかる。それを歌川は前進することでかわし、一気に間合いを詰めた。

 陽平は風間に、近接戦闘に持ち込まれた。風間の肘から出たスコーピオンが、陽平を斬りつける。が、それを寸でで避けると、自分の右側に回り込んだ風間に蹴りかかった。陽平の右足からもスコーピオンが出ている。しかし風間の身のこなしは、陽平の瞬発力の更に上をいく。どうしても風間の動きを捉えることができない。

 朝美の援護射撃が一時的に止まった。陽平は風間と、朋香は歌川と、それぞれが乱戦となった今、いつもの力技での射撃では味方に当たってしまう恐れがある。不用意な一発が命取りとなり得るこの状況では、引き金を引くことが躊躇われた。射撃位置を変えるべきか、このままタイミングを待つべきか。朝美は逡巡する。移動するにも周囲は陽平の張ったワイヤーに囲まれている。風間たちの後ろ……反対側まで移動したところで、たいして戦況は変わらないだろう。だからと言って、ワイヤーの外まで出るには、今まさに戦闘中の四人の真上を行かなくてはならない。そんなことをすれば、それこそ風間や歌川の餌食となってしまう。どうするべきか……。ただアサルトライフルを持つ手に力が入る。それでも朝美には、次に取るべき行動が見えなかった。

 風間のスコーピオンは変幻自在にその出所を変える。ときには左肘から、ときには右足の爪先から。陽平もそれに応戦するが、その一つ一つで上をいかれてしまう。応戦がだんだんと防戦に変わる。純粋なスコーピオンの対決では、やはり攻撃手ランク2位との差は歴然だった。戦況を変えるため、陽平は大きく距離をとった。しかし風間の猛追は止まらない。陽平との距離を瞬く間に埋めていく……と、思った矢先だった。風間は陽平の前から姿を消した。

「しまった!」

 思わず、陽平が叫ぶ。

「何!?」

 その声に朋香の意識が一瞬陽平に向いた。その直後、朋香の右腕が斬り取られる。それは歌川が放った一閃だった。

「しまった!」

 今度は朋香が同じ言葉を叫んだ。だが素早く態勢を立て直し、左手で抜刀した弧月で歌川を迎え撃つ。

「グラスホッパー!」

 失った右腕では弧月は使えない。残された効き手側の使用可能なトリガーは、シールドとグラスホッパーのみとなった。

 グラスホッパー……空中にジャンプ台を作るオプショントリガーで、空中での方向転換など、機動力重視のアタッカーによく使われていた。

 グラスホッパーを使い、高く跳躍する朋香。しかし歌川はそんな朋香にメテオラを放つ。朋香は、今度はシールドを展開。そして歌川目がけて急降下を始めた。見ると、空中にもグラスホッパーが置かれてある。右手のシールドでメテオラを防ぎつつ、左手の弧月を一端鞘にしまった。

「まさか!?」

 歌川は右手でメテオラを放ちつつ、左手のスコーピオンを消し、シールドを装備。その一瞬後だった。

「旋空弧月!」

 弧月の斬撃が歌川に、いくつもの閃光とともに降り注いだ。

 

『戦闘体活動限界。ベイルアウト』

 

 メテオラを粉砕し、シールドをかいくぐり、その斬撃は歌川の体を斬り裂く。その威力は、トリオン体を破壊するには十分だった。

 

「カナさん! 風間さんがカメレオンを起動!」

 風間にはスタアメーカーが撃ち込まれていない。その位置を捉えるには、オペレーターの春瀬奏恵によるデータでの位置解析しかなかった。

『了解! 風間さんは朝美に向かっている。朝美! 射撃の準備!』

「はっ、はいっ!」

 すぐに陽平も風間の後を追う。いや、見えない風間の位置を予測し、朝美の元へと駆け寄った。

「姉ちゃん!」

「わかってる!」

 歌川を倒した朋香はすぐに踵を返し、陽平に続いて朝美の元へと急いだ。だが……。

『待て! 陽平! 朋香!』

 奏恵の制止の号令に、思わずその歩を止めた陽平の目の前に風間は姿を現した。反射的にバックステップを試みるが、しかしその動きはかなわない。陽平の左足にはスコーピオンが刺さっていた。

「モールクロー!?」

 陽平がそれに気づいたときには、風間のもう一本のスコーピオンが陽平に振り下ろされていた。

 

「陽平!」

「陽平先輩!」

 

 朋香が旋空の態勢に入る。朝美もアサルトライフルの銃口を風間に向けた。

「姉ちゃん! あーちゃん!」

 陽平は風間の一撃によって、もはや自分のトリオン体が限界であることを自覚する。であれば、ここで自分の体をかばうよりも確実に風間を仕留めるほうを選択するべきだ。そう判断した。

 陽平の呼びかけを合図に、朋香と朝美はほとんど同時にその攻撃を放った。朋香は旋空弧月を、そして朝美はツインでアステロイドを……。

 

 

“風刃”……迅悠一の師匠、最上宗一がその命と全トリオンを注ぎ込んで作った黒トリガー。物体に斬撃を伝播させ、目が届く範囲であればどこからでも攻撃が可能なブレード型トリガーだ。

「申し訳ないが、太刀川さんにはここできっちりと敗けてもらう」

 プランBだと呟いたあと、迅はA級1位太刀川隊隊長、太刀川慶にそう告げた。

 迅が風刃を手にする以前、攻撃手ランク2位だった頃、当時すでに1位だった太刀川とは良きライバルだった。それは今もなお、二人が当時のことを振り返ったとき『バチバチやり合っていた最高に楽しい時間』と評するほどに。

「誰が敗けるって?」

「できれば全員がいいかな」

 丁々発止のこの状況において、迅も太刀川もその口元は笑っている。

『弧月では絶対に太刀川さんには勝ち越せない』と、迅はエンジニアとともにスコーピオンを開発した。それでもようやく互角の戦績まで持ち込めた矢先、迅は太刀川とは闘えなくなる。それは風刃を手にしたからだ。その人柄故か、最上の残した風刃には、二十人以上の適合者がいた。しかしその中に、太刀川はいなかった。理由はわからない。これ以上、迅より強くしないようにと、最上が太刀川を拒んだのか。あるいは、太刀川はチームで闘うべきと最上が判断したのか。そもそも、そこまで深い理由などないのか。だが、現実として太刀川は風刃には選ばれず、迅が風刃を手にした。迅がS級隊員となった、それこそが唯一の真実なのだ。

 不完全燃焼。もしかしたら迅と太刀川の間には、そんな意識が共有されているのかもしれない。スコーピオンによって互角の力を手に入れた迅と、ライバルがより強力となったことで“楽しみが増した”太刀川。これからもっと興奮できる闘いができる……と、そんな期待が高まった矢先の出来事だった。

「風刃の怖さは遠隔斬撃。距離を詰めれば、ただのブレードと同じだ!」

「なかなか研究してるじゃん。太刀川さん」

 だからなのだろう。お互いが、本気の相手と勝負ができる。何年振りだろう。そんな懐古の念は、なにもノスタルジックな気持ちだけではない。あの頃のように、いや、あの頃以上に、『バチバチやり合える最高に楽しい時間』が、二人の間を流れる空気を支配していた。

「ずいぶんおとなしいな、迅。昔のほうが、まだプレッシャーがあったぞ!」

 それは太刀川の挑発だ。『もっと、おまえの本気を見せろ』と。

「珍しく熱くなりすぎだな~、太刀川さん」

 だがそれに、迅も挑発で返す。いや、迅もまた、それはただの挑発ではない。狭いガレージの中まで追い込まれた迅は、傍から見れば防戦一方のようにも見える。事実、太刀川の援護のため二人の後を追っていた三輪隊のスナイパー二人、奈良坂と古寺は、すでに太刀川の勝利を確信していた。

『太刀川さんが追い込んだ』と、古寺は思わず口にする。奈良坂もまた、声にこそ出さないが『単純な剣の腕比べなら、太刀川さんのほうが上だ』と感じていた。

「もう逃げ場はないぞ! 黒トリガー!」

 そして太刀川本人もまた、これがとどめだと言わんばかりに、両手に持った二本の弧月を振りかざした。いや、振りかざそうとした……そのときだった。

 天井からひと筋の斬撃が太刀川の左肩を斬り裂く。

「壁を伝って天井から……」

「逃げられないのは、そっちだよ! 太刀川さん!」

 刹那、今度は視認できない本数の斬撃が、閃光のごとく太刀川に降り注いだ。

『章平! 撃て!』

『は、はいっ!』

 太刀川が一瞬で刻まれる。それを防ぐため、奈良坂と古寺が集中砲火で迅に狙撃を開始した。だが、その弾丸をことごとく迅はかわす。それはまるで、弾丸のほうから迅の体を避けていくようにすら見えた。

『奈良坂さん! 当たんないです!』

 古寺の表情からは、悲壮感が滲み出る。撃っても、撃っても、当たらない。スナイパーにとって、これほど嫌なことはないだろう。

『章平、焦るな! いいから黙って撃て! 迅さんには予知のサイドエフェクトがある。かわされるのは仕方ない。当てるんじゃなく、動きを制限するつもりで撃て。迅さんの対処能力を、攻撃の密度で上回るんだ』

『はい!』

 当たらない。しかしそれでも狙撃をやめるわけにはいかなかった。奈良坂の精密射撃は太刀川をかわし、迅のみを狙う。その狙撃によって制限された迅の動きを、古寺の弾丸が捉えようとする。だが届かない。未来予知のサイドエフェクト……二人のスナイパーが放つ弾丸の軌道は、迅にとっては瞬時に視える。それでもそのすべてをかわすために割く意識は、迅にとってもまたかなりの負担であることに変わりはなかった。

 太刀川の腰が沈む。それは旋空の構えだった。狙撃に意識を向けている今こそ、己のすべてをこのひと太刀に込めて振り抜く。そんな太刀川の渾身の一撃が放たれようとした。だが、その動きが不意に止まる。

「いや、待て。このガレージに入ったとき、風刃の残弾は八発だったはず。最初に一発、そのあと連続でもらったのは確か……六発か! それなら残りの一発はどこだ!?」

 確かに迅の持つ風刃には、その残弾を示す光の帯はもはやない。しかし自分が受けた斬撃がトータル七発だったのも事実。では、あとの一発はどこに放ったのか。太刀川の目が、ガレージの中を目まぐるしく捉えようとする。だが、その最後の一本は、太刀川に気づかれることなくその役目を果たした。

 

 ボッ!

 

 鈍い音が聞こえた。太刀川はそれが、自分の右腕が斬られた音だと自覚した。

「なるほど、俺の動きを予知して、すでに斬撃をガレージの壁に仕込んでいたのか……」

 すでに満身創痍で、壁を支えに使わなければ立っていることもままならない太刀川は、悔しそうに、だけどどこか嬉しそうに、そう言った。

「太刀川さん、あんたは強いよ。たぶんひとりで黒トリガーに勝つこともできるだろう。けど俺と風刃のコンビにはムリだよ。悪いけど、風刃は俺のサイドエフェクトとは相性が良すぎるんだ」

「迅……。いずれ来る実戦に備えて、手の内を隠していたってところか……」

「俺って、生粋の能ある鷹なもんでね」

「だが風刃の性能は把握した。あと三週間。正式入隊日までの間、必ずおまえを倒して黒トリガーを回収する」

「残念だけど、そりゃームリだ」

 勝負はついた。しかし敗けたはずの太刀川の、その口角は上がっている。それは久々に、自分が認めた唯一のライバルと、全力を賭して闘えたからかもしれない。

 

 

 嵐山隊に対峙するのは三輪、陽介、出水の三人。冬島隊の当真勇は、部隊を分断して以来、姿を見せてはいない。太刀川の援護に行ったのか、風間隊の援護に行ったのか、それとも今まさにこの現場を、どこからか見ているのか。その動向を図ることはできなかった。

「嵐山隊、なぜ玉狛と手を組んだ? 玉狛はネイバーを使って何を企んでいる?」

「玉狛の狙いは正直よく知らないな。迅に聴いてくれ」

 三輪の疑問に嵐山准はそう返す。

「なんだと!?」

 その嵐山の言葉が、三輪には理解できなかったのだろう。三輪は怒りを露わにする。

「ネイバーをボーダーに入れる。普通ならあり得ない話だ。つまりはそれだけ、よっぽどの理由があるってことだ。迅は意味のないことはしない男だしな」

「そんな曖昧な理由でネイバーをかばうのか! ネイバーの排除がボーダーの責務だぞ!」

 激昂する三輪に、しかし嵐山はあくまでも冷静に、諭すように言葉を続けた。

「おまえがネイバーを憎む理由は知っている。恨みを捨てろなんて言う気もない。ただ、おまえとは違うやり方で闘う人間もいるってことだ。納得いかないなら、俺たちが迅に代わって相手になるぞ。おまえの気がすむまでな!」

 それはきっと、嵐山の本音だろう。

『俺はただ、あいつのことが心配なんだ』

 それは以前、迅が三輪について語っていたときの言葉だ。嵐山は三輪の境遇を知っている。そしてもちろん迅についても……。迅のその本心を知るからこそ、たとえ今の迅の行動の真意を理解できなくとも、ただ純粋に迅のことを信頼できる。そしてその信頼こそが、今の嵐山にとっての闘う理由だった。それは嵐山を、己の隊の隊長を、無条件に信頼する嵐山の仲間、木虎藍にも、時枝充にも、佐鳥賢にも、そして綾辻遥にも言えることだった。

 

「やるならさっさと始めようぜ~。早くこっちを片づけて、太刀川さんに加勢しなくちゃなんないからな~」

 

 シビレを切らしたかのように、出水はそう言うと、両手にトリオンキューブを生成した。

 出水公平……A級1位太刀川隊シューター。その技術は“天才”とまで評される。ボーダーでは第2位のトリオン量を誇り、九人いるシューターの中でも唯一、四種類の射撃トリガーをすべて使いこなす他、ギムレット、トマホーク、コブラ、サラマンダーといった、大量のトリオン量、合成時間の短縮、リアルタイムでのコントロールなど、その強大な威力とは引き換えに、かなり高度な資質を必要とする合成弾においても、“スペシャリスト”とまで呼ばれているシューターだ。

 出水が攻撃態勢に入る。フルアタックの構えに、しかし出水を狙った佐鳥の弾丸は、その銃声とともに簡単に弾かれた。いつの間にか、出水の両手に生成されていたはずのトリオンキューブは、その二つともがシールドに変わっている。フルアタックと見せかけてフルガード。このトリガーの切り替えの早さもまた、出水の突出した技術力のひとつだった。

「な~んちゃって。佐鳥、見っけ~」

 出水の眼光が鋭くなる。その両の目は、真正面のマンションの最上階を睨んでいた。

「うっわ! 釣られた~! 相変わらずイヤらしいな~、出水先輩は……」

 まさにその場所で、佐鳥はそう呟く。居場所が知られた今、この場所にとどまるのは命取りだ。

「陽介! スナイパーを片づけろ!」

 早速、三輪が陽介に指示を出す。

「オッケー!」

 陽介はそれに答え、すぐさま飛び出すが、

「木虎!」

「カバーに入ります!」

 木虎もまた、嵐山の指示により、佐鳥の援護に向かった。

 佐鳥が潜むマンションへと跳躍する木虎。しかしその目の前に、陽介が待ち構えていた。陽介は佐鳥のところへと向かったように見せかけて、その実、援護に入る木虎を迎え撃つ。

 陽介の槍のひと突きが、木虎をマンションの一室へと突き飛ばした。

「おいこら、優等生。勝手に人ん家に入っていいのか?」

 陽介が口角を上げる。

「窓を割ったのはそっちでしょ」

 それに木虎もまた、口角を上げた。しかし二人の目は、どちらも笑ってはいない。

 

 ドンッ!

 

 二人の耳に、鈍い音が届く。と、空高くにひと筋の光が弧を描いた。それが菊地原のベイルアウトだと、それぞれのオペレーターから無線で連絡が入る。

「お仲間がひとり減ったみたいだけど」

 ハンドガンを連射しながら、木虎が陽介の槍をかわす。

「あらま。じゃあ、こっちも早く減らさなきゃ」

 しかし陽介の突きは止まらない。木虎のアステロイドをかいくぐり、その長い柄を生かして木虎に襲いかかる。ハンドガンだけではかわしきれず、木虎はスコーピオンで応戦するが、しだいに後退を余儀なくされていた。

 

 地上では、嵐山と時枝が、三輪と出水と交戦していた。

 三輪のハンドガンからアステロイドが放たれる。時枝はアサルトライフルでアステロイドを、嵐山も同じくアサルトライフルでメテオラを、それぞれ撃ち込んだ。その威力に三輪と出水は吹き飛ばされるが、瞬時に態勢を立て直した出水はバイパーを変幻自在に操り、嵐山にシールドを出させる。しかしその刹那、今度はハウンドで嵐山に集中砲火を浴びせる。本来なら大ダメージのところだが、これは時枝がシールドで援護。だが、そのシールドをすり抜けた三輪の弾丸は、嵐山の左足を直撃した。

 レッドバレット……“鉛弾”と呼ばれるオプショントリガーで、シールドに干渉することなく、命中したところに六角柱の重量物を撃ち込むことができる。その重量故、弾速が遅いという欠点があるが、三輪はこれを得意としていた。重りの重量はひとつ百キロ。つまりは今、嵐山の左足は二百キロの塊と化していると言えた。

「よしよし止まったな~。シールドごと削り倒してやる!」

 出水は再び、両手にトリオンキューブを生成する。今度はアステロイドをフルアタックで、嵐山に撃ち込んだ。が、その次の瞬間、出水の弾丸は宙に直線を描き、しかし誰にも当たることなく消えていく。

「出水! 後ろだ!」

 三輪の言葉に、出水はそれが“テレポーター”だと察した。

 テレポーター……文字通り瞬間移動を可能とするオプショントリガーだが、その距離は視線の先の数十メートルほどなので、熟練のスナイパーには狙撃の対象になるというデメリットもある。

 今度は出水に、嵐山と時枝はアサルトライフルでアステロイドを放ち、集中砲火してみせた。どちらから合図を送ったわけでもなく、ノーサインで行うテレポートからのクロスファイア。嵐山と時枝の、この阿吽の呼吸によるコンビネーションこそ、嵐山隊の真骨頂だった。

 出水は嵐山と時枝のアステロイドによるクロスファイアを、フルガードでなんとかしのいだ。

「おい、出水。動けるか?」

「大丈夫、心臓と頭はなんとか避けた。けど……、トリオンがもったいねえな~」

 軽い口調とは逆に、出水の体からはその銃痕からトリオンが噴き出している。いくらボーダー屈指のトリオン量といえど、それは無限ではない。いささか厳しい状況なのは、出水はもちろん三輪にも理解できた。

 

 ドンッ!

 

 再び響く鈍い音に、一同が目をやる。それはまた、誰かがベイルアウトしたことを示していた。

「またベイルアウト。今度は誰だ?」

『風間隊の歌川くんね。これで榊隊は風間隊のうち、風間さん以外を落としたことになるわ。太刀川さんも迅さんの風刃を受けて、そうとうダメージが大きいみたい。形勢はかなり悪いわね』

 三輪の無線に、三輪隊オペレーター、月見蓮から報告が入る。

「くそっ! あいつら……」

「やれやれ。どっちが足止めされてんのか、わかんなくなってきたな」

 三輪と出水は、その劣勢から悲壮感すら感じ始めた。

 

 マンションの一室、狭い部屋へと逃げ込んだ木虎を、陽介は更に追い駆ける。

「狭いところなら槍が使えねーと思ってんだろ。ざ~んね~ん! 対応済みだっての!」

 言うや、陽介は槍の柄を縮めてみせた。刃先の長さはそのままに、柄の長さは半分ほどの長さとなる。なおも距離を詰める陽介を、しかし木虎は歩を止め、スコーピオンを構えた。それはまるで『かかってこい』という様相さながらに。

「おっ! 逃げるのは、ここまでか~?」

 だが、槍を突くため振り上げた陽介の右手は、それを突こうとしたところでその動きが止まる。一瞬、何が起きたのかわからなかったが、それがワイヤーだと気づくのにそう時間はかからなかった。しかし気づいたときはすでに遅く、

「ワイヤー!?」

 そう口に出したとき、すでに陽介の左胸には木虎のスコーピオンが刺さっていた。

「残念。移動したのは、逃げたかったわけじゃないわ。ワイヤーを張りたかったからよ。暗くて全然見えなかったでしょ? トリオン供給器官は破壊したわ。終わりね」

 そう言った木虎の瞳は、どこまでも鋭く、どこまでも冷静だった……いや、木虎自身はそう思っていた。陽介の、次の言葉を聴くまでは。

「……と、思うじゃん?」

 ひびが入る陽介の顔の、その表情もまた、まだ自分が敗けるとは思っていないそれだった。木虎の体に悪寒が走る。何かよくないことが起きる。木虎の第六感がそう告げていた。

 陽介は体ごと、木虎を窓の外へと押しやった。もはや自分が救かることなど考えてすらいない。それは捨て身の闘い方だった。

 マンションの外へと放り出された木虎は、陽介とともに宙を落ちる。

「弾バカ! 出番だぞ!」

「誰が弾バカだ! ハチの巣にするぞ!」

 地上で二人を待ち受けていたのは、誰あろう、ついさっきまで満身創痍だった出水だった。出水のアステロイドがフルアタックで、木虎目がけて飛んでいく。木虎は咄嗟にシールドを張るも、それでは防ぎきれないことは自分でもわかっていた。

 油断した。木虎は素直にそう思った。陽介へのあの一撃で勝ちを確信した自分は、そこで攻撃をやめてしまった。瀕死の状態からでも、次の一手はある。相手がベイルアウトするその瞬間まで、勝利を確信なんてできるはずがない。そんな初歩的なミスを、自分は犯してしまった。この状況はその報いなのだと、木虎は数秒前の自分の慢心を悔いた。もはや今の自分に、この出水のフルアタックを防ぐ手段も、力もない。そう覚悟した、そのときだった。

「シールド!」

 聴き慣れた声とともに、ひときわ大きなシールドが木虎をかばう。

「時枝先輩!」

 瞬時の判断で、時枝もまた木虎の元へと駆けつけていた。

「マジか!?」

 これにはアステロイドを放った出水も驚く。一緒に落下している陽介も、まるで信じられないものを見るような目をしていた。

 

 パーンッ!

 

 発砲の音。その音とともに、時枝の頭は貫かれた。

 

 ドーンッ!

 

 更に二発目の銃声。今度は木虎の頭が撃ち抜かれた……かと思ったが、間一髪、時枝に腕を引っ張られ、木虎は辛うじて左足を吹き飛ばされただけにとどまった。

「おいこら、とっきー! 今のは頭のはずだろ~」

 イーグレットのスコープ越しに、当真はそう言って笑う。

「すみません、嵐山さん。先に落ちます」

「とっきーと木虎の片足か~。まあ、損はしてねーな~。あとはよろしく~」

 三度響く低い音とともに、今度は陽介と時枝がベイルアウトした。

「すみません、嵐山さん。詰めを誤りました」

 木虎は潔く否を認め、そう謝る。

「反省はあとだ。まだ終わってないぞ」

 それに嵐山はそう答えた。この戦場もまた、佳境へと入っていく。

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