WORST TRICK   作:和久井 誠

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 いよいよ黒トリガー争奪戦も大詰めです。


第24話 神凪朋香と風間蒼也

 

 嵐山隊の生存者は嵐山准の他、木虎藍、佐鳥賢。対するは三輪秀次、出水公平、当真勇の混成部隊。しかし嵐山は左足にレッドバレットを撃ち込まれ、木虎にいたっては左足自体がなかった。

 追い駆ける三輪と出水の猛追を、嵐山と木虎はバックステップで引き離す。嵐山はアサルトライフルでメテオラを、木虎はハンドガンでアステロイドを、それぞれ連射するが、それを三輪と出水は難なくかいくぐってきた。

「嵐山さん! 私たちの足では、いずれ追いつかれます! 狭い道を利用しましょう!」

「了解だ! 当真の射線に入るなよ!」

 これ以上の逃走はムリだと判断し、二人は狭い路地へと逃げ込む。

「おっ! 路地に入った。これって袋のネズミってやつか~? んじゃ~、俺のアステロイドで一気に片をつけるか!」

 言うや、出水はすぐに両手にアステロイドを生成した。しかし、それを三輪が制する。

「いや、迂闊に飛び込めば、さっきみたいにテレポーターで回り込まれて反撃されるぞ」

 それは今しがた、出水が嵐山から食らった攻撃だった。

「地形戦でカウンター狙いかよ。なるほどね。カウンターを警戒して遠巻きに削る。それを阻止するための狭い路地ってわけか。で、どうするよ? 俺のメテオラで、このへんを更地にするか? それともバイパーで全方位攻撃をしかけるか。ハウンドをレーダー探知誘導にしてもいいぜ」

 出水はあくまでも総攻撃をしたいようだ。しかし三輪は……。

「ここは捨てて、迅のところへ向かう」

 それは、嵐山との戦闘を避け、太刀川と合流するというものだった。

「けど、いいのか? 放っておいて」

「ああ、かまわない。迅のほうへと向かえば、嵐山さんも姿を現さないわけにはいかないだろう。そのまま障害物の少ない広場へと向かう」

「なるほど。罠を張るってわけね」

 

 

 風間蒼也を背中から、神凪陽平は抑え込んだ。

「姉ちゃん! あーちゃん!」

 カメレオンは姿を消すオプショントリガー。しかし、姿を消したといっても、それは視認できなくなっただけで、本当に消滅したわけではない。故に一度体を抑えてしまえば、たとえ姿を消したとしても、位置を見失うことはない。そう判断しての行動だった。

 神凪朋香の旋空弧月が、風間の身を、陽平もろとも切り刻む。和堂朝美のアステロイドが、風間の身を、陽平もろとも撃ち抜いていく。

 

『戦闘体活動限界。ベイルアウト』

 

 無機質な声とともに、ひと筋の光は基地へ向かって弧を描いた。

 爆音と白煙のあと、しかしそこに立っていたのは風間のほうだった。

「風間さん!?」

「まだベイルアウトしてない!?」

 二人は揃って、驚きの声を上げる。

 スコーピオンの、体のどこからでも自由に出し入れできるという特性を生かし、風間は背中から二本のスコーピオンを陽平に突き刺していた。そしてそのうちの一本が、トリオン器官を破壊し、陽平はベイルアウトとなったのだ。

 すでに満身創痍の風間だが、まだ闘争本能は衰えてはいない。その厳しい眼光に、朋香の弧月を握る左手に力が入る。朝美は、風間の気迫になんとか気圧されないよう、必死に自分を奮い立たせていた。

 再び乱戦が始まる。

「おまえ、個人ランクは何位になった?」

 剣を交えながら、風間が囁く。

「攻撃手ランクなら5位です。まあ、カゲさんが減点食らってランク落っこっちゃったんで、あくまでも暫定ですけど……」

 律儀に朋香もそう返す。

「ほう。強くなったもんだな」

「おかげさまで……ってこともないですよね。風間さん、全然模擬戦してくれないし」

「いや、今のおまえなら、してやってもいいかもな」

「本当ですか!?」

「まさか9位のチームに、ここまで追い込まれるとはな」

「それって、油断していた……なんてこと言わないですよね?」

「油断? 全くしていなかったと言えば嘘になる。しかしそれも含めて、実力だ。榊隊は強くなった。だが……」

「えっ!?」

「なぜ榊はこんな好機に狙撃してこないんだろうな?」

「そっ、それは~。乱戦だからじゃないですかね~」

「そっちのガンナーになら、その理屈もとおるだろうが、榊に対してそれは無理があるんじゃないか?」

「はは……。さすが風間さん……」

「まあ、もしこっちに榊がいたなら、俺たちはもっと早く敗けていたかもな」

 風間の剣速が、更に増す。両手で振りかざすスコーピオンに、片手で応戦するには限界がある。しかも朋香の使う弧月には重量があるのに対し、風間の使うスコーピオンには重量はほとんどない。風間の体さばきも、どんどん加速していく。もはや最後の最後まで、トリオンを使いきろうとするかのように。そんな風間の覚悟に、朋香もまた覚悟を決める。

「あーちゃん! 撃って!」

 朋香もまた、すでに右腕を失い、風間の太刀によって体のあちこちからトリオンが噴出していた。あとは残っているトリオン量が多いほうが勝つ。だが、万に一つも風間をこの場所から出すわけにはいかないのだ。風間隊は責任を持って、榊隊が倒す。それが今の自分に与えられた責務だと、朋香は自覚していた。

「け、けど……」

「いいから! あたしもろとも撃って!」

 逡巡する朝美に、再度そう指示を出す。その朋香の表情に、朝美も覚悟を決めた。

 朝美はアサルトライフルを両手に、ツインでかまえる。そしてありったけのトリオンを注ぎ込んで、渾身のメテオラをぶっ放した。それはたとえこの場から逃れようとしても、撃ち漏らすことのないように。

 

『戦闘体活動限界。ベイルアウト』

 

 無機質な声が、今度はユニゾンでコダマした。風間と朋香の体はともに粉々に砕け散り、公園はその遊具ごと吹っ飛び、その衝撃で朝美自身も体を後ろへと吹き飛ばされた。が、幸いなことに最初に陽平が張っていたスパイダーのワイヤーがクッションとなって、朝美の体を包み込んだ。

 こうして風間隊は全滅し、榊隊も陽平と朋香が戦線離脱となって、この闘いは幕を閉じた。

 

 

 嵐山と木虎が、罠と知りつつもおびきだされた広場は、どうやら校庭のようだった。上空から出水のメテオラが降り注ぐ。

「耐えるな~。嵐山さん」

 出水は「うおお~」と感心するが、三輪はまだ警戒を緩めてはいない。

「嵐山さん。あんたの有能な部下はどこへ行った?」

 嵐山とは対照的に、さきほどから木虎が姿を現さないことを、三輪は訝しむ。左足を失った木虎には、すでに機動力はない。

「あんたを囮にした奇襲をするんじゃないのか?」

 故に三輪がそう考えるのも妥当なことだった。

「それはどうかな?」

 それに対し、嵐山は含みのある笑いを返す。しかし根が好青年を地でいく嵐山なだけに、そんな不遜な態度はどこかわざとらしく、それが明らかに演技であることは誰の目から見ても見破ることに難はないだろう。

 三輪はレッドバレットを撃ち込む。嵐山の左腕にそれが二発突き刺さり、左足の重りと合わせてもはや嵐山は動くことすらできなくなってしまった。こんなとき嵐山がとる戦法、それは……。

「テレポーターだな~。移動する先は、視線の方角数十メートル」

 それを見据える当真が、嵐山の移動先を読む。そして引き金を引いた……はずだった。だがその次の瞬間、当真の頭は横一文字に斬り裂かれた。

 当真の視界の端に映ったのは、左足を振りきって蹴りを入れる木虎の姿。

「おいおい。なんでコイツがこんなところまで登ってんだ~?」

 それは当真の、声にならない声。それもそうだろう。木虎の左足を吹き飛ばしたのは、誰あろう当真自身だったのだから。だが、更にそのまた端の視界に、その疑問の答えはあった。自分が吹き飛ばした木虎の左足の部分には、スコーピオンが足の形に生成されていた。体のどこからでも自由に出し入れでき、なおかつ変幻自在に形を変えることができるスコーピオンの特性を生かし、木虎は失った足代わりにスコーピオンを生成していたのだ。

「なるほど、やるね~」

 その言葉を最後に、当真もまたベイルアウトとなった。

 

「はあ~?」

「当真さん!?」

 出水も三輪も驚きの声を上げた。嵐山にテレポーターを使わせた。そこまで作戦どおりだった。しかし最後の一手、当真からの狙撃はなく、当の当真はベイルアウト。それは三輪とて、予想していない事態だった。

「うちの作戦はおまえの言うとおり、俺を囮にしての奇襲だよ」

 そう。その最後の当真の狙撃すら、嵐山と木虎の作戦の範疇だったのだ。

「あらしやまーっ!」

 三輪は激昂する。ハンドガンを嵐山に向け、射撃態勢に入った。出水もまた、両手にアステロイドを生成し、今度はそれを合成しようとした。一撃重視のギムレットだ。だが、それも……。

 

 ドーンッ!

 

 ドーンッ!

 

 ドドーンッ!

 

 銃声が辺りに鳴り響く。

 ハンドガンをかまえた三輪の左腕も、そして合成弾を生成した出水の両腕も、木っ端微塵に粉砕されてしまった。

「佐鳥か……」

 出水の顔は心底悔しそうな表情を作る。

「佐鳥のツインスナイプ。だが、もう一発は……」

 銃弾は計三発。あと残るスナイパーは……。

 

『三輪くん。作戦終了よ。太刀川くんと風間さんがベイルアウトしたわ。奈良坂くんと章平くんも撤収中よ』

 

 残った右手で弧月を抜こうとした三輪の元へ、月見蓮から連絡が入った。

「くああ~! 敗けたか~。つーか迅さん、三対一で太刀川さんに勝ったのか~。黒トリガー半端ねーな!」

 出水は空を見上げ、信じられないとでも言うような表情を浮かべる。

「お疲れさま。嵐山くん」

「ああ、榊。救かったよ」

 そこに姿を現したのは、榊真由美だった。

 出水の両腕を撃ち抜いたのは、佐鳥のツインスナイプ。佐鳥は数いるスナイパーの中でも唯一、両手に銃を持ち二丁同時に狙撃する技能を有していた。もっとも、ツインスナイプはバッグワームを使えないという、スナイパーとしては致命的なデメリットがあるため、誰も真似をしないだけとも言われているが……。

 そして三輪の左腕を吹き飛ばしたのは、自分の隊とともに風間隊に向かっていたはずの真由美だった。

「なんで榊さんが!? 風間隊のほうへ行ったんじゃないの?」

 出水の疑問はもっともだろう。風間隊と対峙したとき、真っ先に菊地原をベイルアウトに追い込んだのは、その真由美の狙撃だったのだから。

「もちろん行ったわよ。最初は迅くんの援護に行ったフリをして風間隊のほうへ行って、菊地原くんを落としたあとは風間隊を狙撃するフリをして、ずっと嵐山隊の援護に来ていたの。気づかなかったでしょ?」

 そう言って、真由美は嬉しそうに頬を緩ませた。

「風間隊相手によく部隊を離れられましたね~」

 その真由美の行動に、出水の胸中には驚きと感心が入り混じる。

「だってウチの隊は優秀な隊員ばかりだもん! ねえ、朝美!」

 その呼びかけに、一同が真由美の視線の先を追うと、そこには朝美の姿があった。

「どうも……」

 朝美は一言そう呟いて、頭をぺこりと下げる。

「榊さん、お疲れさまでした。朝美ちゃんも、お疲れさま。嵐山さん、これで任務完了ですね」

「ああ、木虎もお疲れさま。榊も和堂もお疲れさま」

「嵐山さ~ん! 榊さ~ん! 俺の必殺ツインスナイプ見ました~?」

「ああ、賢もお疲れさま。充も綾辻も、よくやってくれた」

 勝ったほうの嵐山たちは和やかなムードとなる。しかしそれらとは打って変わって三輪の表情は険しさを増していた。三輪は言う。

「嵐山さん、榊さん。ネイバーをかばったことを、いずれ後悔するときがくるぞ。あんたたちは、わかってないんだ。家族や友人を殺された人間でなければ、ネイバーの本当の危険さは理解できない。ネイバーを甘く見ている迅は、いつか必ず痛い目を見る。そしてそのときには、もう手遅れだ」

 三輪は以前、ネイバーに姉を殺された。故に三輪にとって、ネイバーは憎むべき対象であり、復讐こそ己がボーダーとして闘う理由だった。だが、そんな三輪に嵐山はやはり穏やかに、諭すように言葉を返す。

「甘く見てるってことはないだろう。迅だって、ネイバーに母親を殺されている。五年前には師匠の最上さんも亡くなってるし、親しい人を失うツラさはよくわかっているはずだ。ネイバーの危険さも、大切な人を失うツラさもわかった上で、迅には迅の考えがあるんだと、俺は思うぞ」

 悔しいほど、認めたくない思い。三輪の脳裏に、迅の言葉が蘇る。

『俺はただ、おまえを心配してるのさ』

 その言葉に嘘はないのだろう。そして嵐山の言葉にも。だがそれでも、すぐに割り切れるほど、三輪の感情は簡単なものではなかった。姉を殺したのはネイバー、それは事実だ。そしてそのネイバーは今もなお、ゲートから現れては街を破壊し、市民に対しても殺戮を繰り返している。あのとき、姉を失って、失意の底まで落ちていった自分と、同じ苦しみを味わっている人たちもいる。だからネイバーは殲滅しなくてはならない。たとえそれで、姉が生き返ることはないと理解していても、それでもこれ以上、犠牲者を出さないためにも、ネイバーはみなすべからく殺す。そのためのボーダーであり、そのために自分は強くなった。それこそが三輪の信念だった。

「ねえ、三輪くん。ウチの隊の朋香と陽平も、ネイバーに両親を殺されているわ」

「えっ!?」

「だからこそ二人は、自分たちと同じような悲しみを、もう誰にも味わってほしくないと思ってる。ボーダーに入ったのも、強くなったのも、そのためだと私は思う」

「だったら!」

「でもね。それはネイバーを全滅させるってことではないんじゃないかな。もちろん街を襲撃するネイバーを倒すのは絶対の責務だよ。この街と、この街の人たちを守るのは、何ににもおいて真っ先に優先されるべきことだと思う。だからって、襲ってくるネイバーを倒してるだけじゃダメ。ネイバーが襲ってこない世界を造らなきゃ」

「ネイバーが襲ってこない世界……? だからそのためにネイバーを……」

「違う!」

「何が?」

「ネイバーとも友好的な関係を築く。もちろんそれは容易なことじゃない。途方もない理想論だってこともわかる。けどそれでも、やらなくちゃ永遠にこの街は闘いの場となってしまう」

「そんな綺麗事を……」

「綺麗事だからこそ、それをやるのは私たちボーダーの役目でしょ」

 そう言って微笑む真由美の眼差しに、三輪は思わず目を背けた。そんな理屈で納得できるほど、背負った痛みは軽くない。ただそれが、感情に根差しているが故、三輪には返す言葉が見つからなかった。

 

 

「いったい、どうなっとるんだ!」

 十二月十八日……つまりはこの日の二十一時。ボーダー本部基地会議室において、開発室長、鬼怒田本吉はそう声を荒げた。

 議題はもちろん、空閑遊真の持つ黒トリガー争奪に関することだ。会議には最高司令官である城戸正宗以下、本部長の忍田真史、メディア対策室長の根付栄蔵、外務・営業部長の唐沢克己という、ボーダー中枢を担う上層幹部の面々が顔を揃えていた。

「迅の妨害! 最精鋭部隊の潰走! だが何よりの問題は、嵐山隊と榊隊の裏切りだ! 忍田本部長! なぜ嵐山隊と榊隊が玉狛側についた! なぜネイバーを守ろうとする! ボーダーを裏切るつもりか!」

 鬼怒田の怒りは収まらない。黒トリガーが玉狛支部に渡れば、本部とのパワーバランスが崩れるのだ。ボーダーを支える幹部として、いち支部が本部以上に実権を握るようなことになれば、今後の指揮系統にも歪みが生まれてしまう。ボーダーが一枚岩となるためには、ボーダーの中枢機関である本部に実権がなくてはならない。そしてこれは、城戸司令以下、自分を含めたボーダー上層幹部すべての共通認識だと鬼怒田は考えていた。故に、忍田のとった行動は、ボーダーの根幹を揺るがす火種にすらなってしまうことだと、鬼怒田は言いたかったのだ。

 だが、忍田の意見は違った。

「『裏切った』だと? 論議を差し置いて強奪を強行したのは、どちらだ? もう一度、はっきりと言っておくが、私は黒トリガーの強奪には反対だ。ましてや相手は有吾さんの子……。これ以上、刺客を差し向けるつもりなら、次は嵐山隊や榊隊ではなく、この私が相手になるぞ! 城戸派一党!」

 忍田の目は本気だった。その鋭い眼光に、鬼怒田も思わず気圧される。遊真の父、空閑有吾は、忍田にとっては戦闘や戦術など、今の自分を形成する様々な武器を教わった尊敬する先輩であり、また、ともにボーダーをいちから造り上げた戦友でもあった。故に、有吾の息子が生きていた、そしてこちらの世界へと訪ねてきているという現実は、忍田としては何にも代え難いほど嬉しいことであり、心から遊真の力になりたいとさえ思っていた。だからこそ、その有吾とは一番古いつき合いであり、戦友である前に親友であった城戸もまた、自分と同じ想いなのだと思っていた忍田にとっては、城戸の行動こそ裏切り行為そのものだと感じられたのだ。

 忍田はA級1位部隊の隊長にして、攻撃手ランク及び個人総合ランク1位の太刀川に剣を教えた師匠だ。ボーダー本部において“ボーダーの虎”の異名を持ち、『ノーマルトリガー最強の男』とさえ称される。そんな男からの、まさに宣戦布告宣言だった。

「なるほど、ならば仕方がない……」

 重たい空気が支配する中、ついに城戸は口を開いた。それはあくまでも、そして、どこまでも静かな口調だった。

「次の刺客には天羽を使う」

 城戸が放った切り札の投入。それは城戸にとっての、まさに最終兵器だった。その城戸の言葉に、そこにいた者すべての表情が凍りつく。

 天羽月彦……S級隊員。迅と並ぶ、もうひとりの黒トリガー使いだ。素行にいろいろと問題があることを除けば、単純な戦闘力では迅をも上回る。その様相は、まさに最終兵器。

「い……、いや……、しかしですねぇ、城戸司令……。彼を表に出すとボーダーのイメージが……。何と言いますか、天羽くんの闘う姿は少々人間離れしておりますからねぇ……。万が一、市民に目撃されると非常にまずい……」

 根付はそう異論を唱える。ひとたび天羽が戦闘を始めれば、その場所は『草の一本すら残らない荒野と化してしまう』とまで言われていた。いくら遊真の黒トリガーを手に入れる必要があるとはいえ、そんな天羽を投入することはボーダーのイメージダウンに繋がる恐れがある。それほど天羽の闘う姿は、常軌を逸しているのだ。

 根付はメディア対策室長だ。新聞やテレビなどのマスメディアに対するスポークスマンである彼の功績は、ボーダーに対して三門市民はもとより、どこの媒体からも好意的に見られている現状が物語っていた。だからこそ、根付にとって天羽を使うこと、すなわちボーダーのイメージダウンに繋がるようなことは是が非でも避けたかった。

「A級1位をひとりで倒す“風刃”に、忍田くんまで加わるとなれば、こちらも手段は選んでおれまい」

 だが、それでも、城戸はいたって冷静だった。たとえ全面戦争となったとしても、遊真の黒トリガーを手に入れる。そんな確固たる意志が見て取れた。

「城戸さん……、街を破壊するつもりか……!」

 それに今度は忍田が憤る。

 再び重たい空気が室内を支配する。睨み合う城戸と忍田を前に、誰も口を開くことはできなかった。

 

「失礼しま~す! どうも、みなさんお揃いで~。会議中にすみませんね~」

 

 唐突に開いたドアに、一同の視線が集まる。現れたのは、迅だった。それは彼が、いつもそうであるように、気軽に手を挙げて、笑みを作りながら。

「迅! きっさま~、よくものうのうと顔を出せたな!」

「まあまあ、鬼怒田さん。血圧上がっちゃうよ~」

「やかましい! 誰のせいだと思っとる!」

 怒りを露わにする鬼怒田とは対照的に、迅は変わらずにこやかに、そう返した。

「何の用件だ、迅。宣戦布告でもしにきたか?」

 静かな口調とは裏腹に、城戸の眼光は更に鋭さを増していく。

「違うよ、城戸さん。交渉しにきたんだ」

「交渉だと!? 裏切っておきながら!」

「いや……。本部の精鋭を撃破して、本部長派とも手を組んだ。戦力で優位に立った今こそ、交渉のタイミングでしょう」

 迅の申し出に鬼怒田は怒りが収まらないといった様相だが、逆に唐沢はそれがまるで妥当だとでもいうように分析してみせた。

 民間組織であるボーダーにとって、その資金源はスポンサーから賄っている。それは企業であり、それは政府であり、ときには外国もその対象となり得る。そのネゴシエーションを一手に担う唐沢にとっては、交渉のノウハウなどまさに自身の領分だった。

「こちらの要求は、たったひとつ。ウチの後輩、空閑遊真のボーダー入隊を正式に認めていただきたい」

 あまりにも直球な申し出に、みな言葉を飲み込む。ある者は虚を突かれたかのように、ある者はその真意を計りかねているかのように、そしてある者は迅が紡ぐ次の言葉を待っているかのように。それらの表情を見回し、迅は更に言葉を続けた。

「太刀川さんが言うには、本部が認めないと入隊したことにはならないらしいんだよね~」

 だから認めてほしい……と、そういうことだった。しかし、肝心なのは何もそこではない。遊真の入隊自体が問題なのではなく、遊真を入隊させることによって何を企んでいるのか。その首謀者が他でもない迅だからこそ、城戸を始め一同は警戒してしまうのだ。だがそれも、ネゴシエーターの唐沢はその迅の申し出から、ある結論を導き出す。

「なるほど。模擬戦を除くボーダー隊員同士の戦闘を固く禁ずる……か」

「ボーダーの規則を盾にとって、ネイバーをかばうつもりかね!?」

 そしてそれに、根付も反応した。確かに規則上、遊真のボーダーへの入隊が正式に認められれば、誰であっても遊真に危害を、ましてや遊真の黒トリガーを奪う行為などできないこととなる。

「私がそんな要求、飲むと思うか?」

 そんな中にあって、城戸はなおも冷静に迅に対峙していた。ネイバーの殲滅こそ、城戸の望むことなのだから。

「もちろん、タダでとは言わないよ」

 城戸の変わらぬ表情に、最後そう言って、迅はとっておきの切り札を差し出した。

「代わりにこっちは、風刃を出す。遊真の入隊と引き換えに、こっちは風刃を本部に渡すよ」

 この言葉には、さすがの城戸もその顔色を変えた。当然だろう。二十数名いる適合者を軒並み倒し、ライバルだった太刀川との模擬戦も捨て、チームを組むことも諦め、それでも迅が風刃に固執した。それはひとえに、師匠だった最上宗一への想いから……だったはずだ。最上が迅に残した、たったひとつの形見。それが風刃なのだから。

「そっちにとっても悪くない話だと思うけど?」

 もはや迅の言葉に反論する理由があるだろうか。風刃が本部にくる。そうなれば遊真がどうであれ、ボーダー内のパワーバランスは崩れはしない。

 根付は考えた。使えるかどうかわからない未確認な玉狛の黒トリガーより、A級トップの力に匹敵し、かつ使える者も多い風刃のほうが、はるかに価値がある、と。

 鬼怒田は考えた。交換条件で入隊したネイバーが問題を起こしたとしても、天羽と風刃で難なく対処ができる。実質リスクなしで風刃を手に入れられるようなものだ、と。

「取り引きだと? そんなことをせずとも私は、太刀川たちとの規定外戦闘を理由に、おまえからトリガーを取り上げることもできるぞ」

 それでも城戸はひとり、その姿勢を崩さない。どうしても、迅の真意を掴みかねている感情が、迅の言葉を素直に聴くことにブレーキをかけていた。

「その場合は当然、太刀川さんたちのトリガーも没収なんだよね? それはそれで好都合。平和に正式入隊日を迎えられるなら、どっちでもいい」

 迅の眼差しが、城戸に挑みかかる。

「没収するのは、おまえのトリガーだけだ……と、言ったら?」

 だが、城戸の眼光もそれに挑み返す。

「試してみなよ。それがとおるかどうか。さあ、どうする? 城戸さん」

 果たして、迅にはこの結果が、城戸の判断が視えていたのか。もう迅の瞳に、駆け引きの色はなかった。それは、自分の申し出を、城戸は受けざるを得ない、そんな未来を確信した眼差しだった。

「何を企んでいる? 迅! この取り引きは我々にとって有利すぎる。何が狙いだ?」

 それに城戸も気づいたのだろう。自分は迅の申し出を断ることができない。なぜなら自分の真の目的を達成するためには、迅の申し出を受けること、即ち遊真の――ネイバーの――入隊を許可したとしても、風刃を手に入れることが、この上ないほど最善の選択だとわかっているからだ。

「何も企んでなどいないよ。かわいい後輩を陰ながらカッコよく支援したいだけ。おれはべつに、あんたたちに勝ちたいわけじゃない。ボーダーの主導権争いをする気もない。ただ後輩たちの闘いを、あんたたち大人に邪魔されたくないだけだ」

 それがわかっているからこそ、本来彼らが本当に聴きたかったであろうことも、真っ直ぐに口にする。そして結びに、こう締め括った。

「ただ、ひとつつけ加えるなら、城戸さん。ウチの後輩は、城戸さんの真の目的のためにも、いつか必ず役に立つ」

 真の目的、迅はそう言った。おれのサイドエフェクトがそう言っている……と。

 城戸は険しい表情のまま、左手で顔の傷を撫でる。その傷にどんな想いがあるのか、ほとんどの者は知らない。だがそこに傷を受けたあの日から、何か重要な決断を下すとき、そこを撫でるのは城戸の癖となった。

 なおも鋭い眼光は崩れてはいない。険しい表情もそのままだ。それが何を意味するのか。望まざる決断をしなくてはならない現状に対するジレンマなのか。それとも、自分の真の目的を果たすために、憎むべきネイバーの力すら使わなくてはならない不条理からなのか。その真意は城戸本人しかわからない。だが、城戸はそれでも、最高司令官として、たとえそれが不本意であったとしても、この下知を下さなくてはならなかった。

「いいだろう。取り引き成立だ。黒トリガー“風刃”と引き換えに、玉狛支部、空閑遊真のボーダー入隊を正式に認める」

 これをもって、遊真の黒トリガー強奪命令は解除された。

 

 

 会議室を出て、ご機嫌でぼんち揚げを頬張る迅の前に、太刀川と風間が待ち構えていた。二人、その目は複雑な心境を現している。

「よう! お二人さん、ぼんち揚げ食う?」

 こんなときでも、迅のお約束は変わらない。

 太刀川は言う。まったく、おまえは意味不明だな……と。

「何あっさり風刃を渡してんだよ! 勝ち逃げする気か? 今すぐ取り返せ! それで、もっかい勝負しろ!」

 風間は言う。黒トリガー奪取の命令は解除された……と。

「風刃を手放す気があったなら、最初からそうすればよかっただろう。わざわざ俺たちと闘う必要もなかった」

 それに迅は、「ムチャを言うね」と太刀川に返し、「いやあ、どうかな~」と風間に反論してみせた。

「昨日の段階じゃ、風刃に箔が足りなかったと思うよ。太刀川さんを単独で倒せたおかげで、やっと上層部を動かせたって感じだしね」

 つまりは、風間の言うところの『わざわざ闘う必要』があった。と、そういうことだった。

「で? 風刃を売ってまでネイバーを入隊させて、何を企んでる?」

 その太刀川の、もっともな疑問に、しかし迅はいともあっさりと簡潔な答えを口にした。

「おれはあいつに、楽しい時間を作ってやりたいんだよ」

 と。

「楽しい時間?」

「ウチに新しく入ったその遊真ってのが、けっこうハードな人生を送っててさ」

「それとボーダー入隊が、どう繋がる? 何の関係があるんだ?」

「もちろん、関係はあるよ。おれは太刀川さんたちとバチバチやり合っていた頃が、最高に楽しかったから」

 迅に言われ、太刀川は思い出す。『バチバチやり合っていた、最高に楽しかった頃』のことを。

 全力を賭しても勝てない相手がいる。今日勝てたからといって、明日も勝てるとはかぎらない。勝つことが当たり前にならない。そして、闘いながら強くなる。闘うことで強くなれる。そんな相手がいる。剣を交え、力と技と知力と死力と戦力と戦術と戦略と……己が持つものすべてを費やして、闘うことで胸を躍らされる相手がいる。それを人は“ライバル”と呼ぶのだろう。そんなライバルと巡り合い、ともに成長してきた時間を、彼らは『最高に楽しい』と、そう感じるのだ。

「ボーダーには、いくらでも遊び相手がいる。きっと、あいつも毎日が楽しくなる」

 迅はそう言葉を続ける。『あいつは、昔のおれに似ているから』と……。

「なるほど。で、そいつは強いのか?」

「ああ。すぐに“上”に上がってくると思うから、そのときはよろしく」

「へぇ。そんなにできるやつなのか。ちょっと楽しみだな」

 迅が『強い』と断言する。ならばいずれ、闘ってみたい。そう思うと、太刀川の口角が上がった。

「あ~、そうそう。それと、もうひとつ! おれ黒トリガーじゃなくなったから、ランク戦に復帰するよ。とりあえずソロで攻撃手1位を目指すから、よろしく!」

 黒トリガーを手放せば、S級隊員ではなくA級隊員として扱われる。それはすなわち、ランク戦をまたすることができる。太刀川にとっても、迅にとっても、それこそ『バチバチやり合っていた、最高に楽しかった頃』のように……。

「そうか! おまえ、もうS級じゃないのか! おまえ、それを早く言えよ! 何年振りだ? 三年とちょっとくらいか! こりゃー、面白くなってきた! なあ! 風間さん!」

「面白くない! ぜんぜん面白くない!」

「なんだよ~。ノリが悪いな~。あ……、そうか! 風間隊は迅の前に、まずは榊隊にリベンジしないとな~」

「うるさい! そんな呑気なことを言ってると、足をすくわれるぞ!」

「足を……? へえ~、そんなに強かったのか? 榊隊は」

「強くなった……それは確かだ。もし榊が嵐山隊のほうへ行ってなければ、俺ももっと早く落ちていただろうし、神凪姉弟を落とすことも難しかったかもしれないな」

「おお! 風間さんが、こんなに褒めるとは!」

「俺は常に正当な評価をしている! 神凪姉も、いつの間にかランクに見合う実力をつけていたし。お互い万全な状態で、一対一の勝負なら、十本やれば一、二本は取られるかもしれない」

「風間さん相手に十本中二本取れるなら、たいしたもんだ」

「まあ、先が楽しみになった……といったところか」

「やっぱ、風間さんも面白くなってきてんじゃん」

「本当におまえは呑気なやつだ……」

 太刀川と風間がそう言い合い、そして笑い合う。そんな二人の後ろ姿を見て、迅は思う。『ここには楽しい仲間がたくさんいる』と。遊真の、これからの“生きる目的”となり得る、仲間たちとの充実した毎日がここにはある……と。





 PCに不具合があって、次々話以降の数話が消えてしまったため、改めて書き直します。更新のペースはどうなるやら……。いやいや、楽しみながら書いていきましょう。
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