WORST TRICK   作:和久井 誠

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 新章スタートです。


第3章 幕間劇①
第25話 榊隊と三雲隊


 

 神凪朋香は弧月を両手に持ち、そのネイバーに対峙した。高く跳躍し、そして斬りつける。今の朋香なら、造作もなく倒せるはずだった。だけどかなわない。なぜか、一方的にやられてしまう。繰り出す剣技が、まったく通用しない。

「やられる……」

 そう自覚した瞬間、体が硬直し、動けなくなった。飲み込まれることも覚悟した次の瞬間、

「朋香! 大丈夫か?」

 それは聴き慣れた声……いや、聴き慣れていた声だった。

 朋香の目の前に現れたその男もまた、両手に弧月を握っている。

「…………」

 朋香は必死で彼の名を叫ぼうとする。だが声が出ない。

 その男の姿がだんだんと薄くなっていく。手を伸ばしても届かない。ただ、消えていくその過程を、目をそらすこともできず、見つめる他できない。

 もどかしさに襲われる。

 朋香は知っていた。この後、彼が消えてしまうことを……。そして自分は、今もまだ無力であることを……。

 

「姉ちゃん! 姉ちゃん! 姉ちゃん! 姉ちゃん!」

 

 神凪陽平の呼びかけに、朋香はゆっくりと瞼を開けた。

「イサオさん……?」

 そして、そう呟く。

「残念でした。俺はイサオさんじゃないよ」

 それに陽平も、そう軽口を返した。

「ああ、陽平……」

「またイサオさんの夢?」

「夢……?」

 ぼんやりとした意識のまま、朋香は辺りを見回してみる。徐々に暗闇に目が慣れ、視界が冴えてくると、そこが自分の部屋だと気づいた。

「ごめん。姉ちゃん、だいぶうなされてたから、勝手に部屋に入らせてもらったよ」

 陽平は心配そうな表情を浮かべている。

「ううん。ありがと……」

 陽平の顔を見て、朋香も素直にそう返した。

 朋香がこの夢を見るのは、今日が初めてではない。最近は滅多になかったが、以前はよく見た夢だ。そして、この夢を見たときの朋香は、必ずうなされ、そして必ず陽平に起こされる。陽平もわかっていた。朋香が見る夢の正体を。

「久しぶりなんじゃない?」

「うん。何ヶ月ぶりか……だね」

 こんなとき陽平はいつも、悲しそうに優しく笑う。朋香の悲しみも、苦しみも、痛みも、嘆きも、後悔も、自責の念も、全部わかるから、笑う。全部わかるから、悲しそうに……だけど優しく、笑う。それは、そうすることでしか、朋香の気持ちを救うことができないから、とでも言うように。朋香もまた、陽平のそんな想いがわかるから、やっぱり笑ってみせる。俯いたままだと、陽平が悲しむから。

「何か飲む?」

「ああ……、じゃあ、ミネラルウォーターを……」

「わかった。じゃあ、持ってくるよ」

「ああ、いいよ。自分で取りに行けるから」

「いいから! 姉ちゃんは休んでなよ」

「陽平……。うん、ありがと……」

 もう一度、礼を言って、朋香はやっぱり笑ってみせた。

 

 朋香の部屋を出た陽平の顔から笑みが消える。二度ほど軽く、自分の左胸を叩いてみた。とくんと、鼓動を感じる。

 いつも明るく、人懐っこく、天真爛漫で、猪突猛進なほど真っ直ぐな朋香の自我が、崩壊してしまうときがある。三年前に起こった悲劇。そのトラウマに、今もなお朋香は苛まれる。朋香はそのときのことを夢に見る。以前ほど頻繁にというほどではなくなったが、それでも夢に見た夜は、今みたいにうなされてしまう。その声を聴きたくなくて、陽平は朋香を起こすのだ。早くあの日のトラウマから朋香を解放したい。その一念で、陽平はボーダー入隊を決めたと言っても過言ではない。そのために、A級1位の称号と、ネイバーフッド遠征の選抜を目指しているくらいだ。すべては朋香を、あの日の悪夢から救うために……。

 

 

 十二月十九日、午前九時。榊隊の面々、榊真由美、春瀬奏恵、神凪朋香、神凪陽平、和堂朝美の五人は、連れ立って玉狛支部を訪れていた。

 昨日の黒トリガー争奪戦は、A級1位から3位部隊が連合で攻めてきたにもかかわらず、攻撃手ランク1位と2位の太刀川慶、風間蒼也が揃ってベイルアウトとなったばかりか、狙撃手ランク1位の当真勇も加えてベイルアウトとなっており、城戸派はほぼ壊滅、潰走状態となった。後日談ではあるが、その戦闘のあと、迅悠一が黒トリガー“風刃”を本部に差し出したことにより、玉狛支部所属のネイバー、空閑遊真のボーダー入隊が正式に認められたということだった。

 

「で、今日おまえたちにきてもらったのは他でもない!」

 迅は相変わらずのテンションで、榊隊を出迎える。聴けば今、遊真の他、新しくチームメイトとなった三雲修と雨取千佳の三人は、玉狛支部所属の隊員から特訓を受けているということで、真由美たちにもその特訓に参加してほしい……と、それが迅の用件だった。

「いや~、ちょうど今日はレイジさんたち、みんな出払ってるんだよ~」

 と、更に迅は言葉を続ける。

「それで、その空閑くんたちの“一日師匠”になれってことね?」

「ご名答! さすがは榊! 話が早い!」

 迅の話では、普段遊真たちに特訓をさせている玉狛支部の隊員は、今日揃って支部を空けているのだという。

 玉狛支部所属のA級部隊……“玉狛第1”は、真由美たち他のA級部隊とは違い、ランクには登録されていない。それには様々な理由が憶測の類も含めて囁かれているものの、その真意は定かではなかった。だが、所属する隊員がみな、独自の戦闘スタイルを確立していることと、ボーダーでもトップレベルの実力を有していることから、『ボーダー最強部隊』とまで評されている実力派集団だった。

 

「じゃあ、雨取ちゃんには真由美さん。遊真には陽平。で、あーちゃんは修の指導。これでいいよね!」

 と、なぜかその場を仕切る朋香に、陽平は首を傾げる。

「まあ、雨取さんの指導が真由美さんなのはわかるよ。真由美さんは本職のスナイパーだから、指導できるのはこの中だと真由美さんだけだしね。けど何で遊真の指導が俺なんだよ? あいつはアタッカーなんだろ? だったら姉ちゃんのほうが適任なんじゃないか?」

 ポジションで考えた場合、スナイパー志望の千佳を指導できるのは、同じスナイパーの真由美しかいない。それは満場一致の見解だった。しかし、遊真と修の指導については、陽平は朋香の提案に異論を挟んだ。

 遊真はアタッカー志望ということなので、近接戦闘を専門とする同じアタッカーの朋香のほうが適任ではないか、というのが陽平の意見だった。実際、遊真の師匠は同じアタッカーの小南桐絵が務めている。逆に修は、最近アタッカーからシューターに転向したばかりなので、近・中距離の戦闘をこなし、ブレードトリガーと射撃トリガーの両方を使う自分が務めるほうが良い、と陽平は考えていた。こちらも修の師匠である烏丸京介は陽平と同じオールラウンダーだ。そして陽平は、自分のサポートとして朝美をつけるというのも、妙案だとつけ加える。

「いや、普通に考えればそうなんだろうけどね~」

 しかし朋香には、べつの考えがあるようだ。

「何? じゃあ、姉ちゃんの考えを教えてよ」

「うん。遊真はアタッカー志望ってことだけど、使うトリガーはスコーピオンでしょ。この中でスコーピオンを使うのは陽平だけってのが、まずひとつの理由。スコーピオンって、弧月と違って純粋に剣技を突き詰めていくっていうよりも、いかに相手の虚を突く使い方ができるかってところがあるからね。これから遊真がスコーピオンでの闘い方を覚えていくっていうなら、やっぱりきちんとスコーピオンを使える人からも指導を受けたほうがいいって思ったの。で、修の場合は今までメイン・トリガーがレイガストだったとはいえアタッカーだったわけで、シューターに転向するってなるといかに離れた位置から攻撃に参加できるかが肝なわけ。だから、中距離からバリバリ撃ちまくるあーちゃんを相手にすれば、いい経験になるんじゃないかな~って。それに、自分が主導権を持って新人さんを指導するのは、あーちゃんにとってもいい経験になるしね」

 説明をする朋香に、一同目を見開き、言葉を失った。

「何? みんな、どうしたの?」

 そう問いかけられ、陽平が辛うじて口を開く。

「いや、姉ちゃんの考えが予想外に理路整然としていたから……」

「ちょっと! 陽平!」

「確かに、さすがにおれのサイドエフェクトでも、この未来は視えなかった……」

「えっ!? 迅さんまで……?」

 かくして榊隊の面々は、それぞれ修たち新設チームの指導に当たることとなった。

「ところで、姉ちゃんとカナさんはどうするの?」

 何の気なしに聴いた陽平だったが、

「私は宇佐美にちょっと相談があるんだけど」

 という奏恵の答えは納得できたものの、

「あっ!? あたし? あたしはねぇ……、あたしは……、まあいろいろあるのよ! いろいろね!」

 と、どこか奥歯に物が挟まったような言い方だったのが気にかかった。

 

 

 玉狛支部、トレーニング・ルーム“003”号室。

 そこにはまるで、ビジネス街を思わせるような高層ビルが建ち並んでいた。

「今日一日、レイジさんに代わって、私が千佳ちゃんの一日師匠になります」

「よ……、よろしくお願いします……」

 千佳の師匠、木崎レイジほどではないが、真由美も女性としては背が高いほうの部類に入るだろう。実際、目の前に見ると、千佳は自分より三十センチほど高い真由美の顔を見上げる態勢となった。

「うん! よろしくね!」

 だが、その穏やかな笑みに身長差ほどの威圧感は感じない。

「さてさて、千佳ちゃんはいつもどんな訓練をしているの?」

 続けて尋ねる真由美に、千佳は普段の訓練内容を説明する。

「基本はベーシックな射撃訓練か。まあ、スナイパーにとって、止まっている的に確実に当てるってのは当たり前だしね」

「当たり前……ですか?」

「そう! 当たり前。ボーダーの狙撃用の銃はよくできていて、ちゃんと狙えばちゃんと当たるようになってるから」

「それ、レイジさんに一番最初に言われました。だからまずは、止まっている的に確実に当てられるようになれって」

「うん。その訓練はスナイパーにとっては基礎中の基礎。でも、基礎を確実にこなせない人に狙撃は無理だから。それで、後の訓練は……」

 最近、千佳が始めた訓練に、ランダムに現れる的を狙撃するというものがあった。遮蔽物に身を隠した状態で、出現ポイントがランダムに変わる的を目がけて狙撃し、数発撃つごとに迅速に狙撃位置を移動する。それも、常に身を隠すことを意識しながら。

「そこでトータル五十五パーセント以上の点を取れるようになれって」

「五十五……か。入隊前の訓練にしては、けっこう厳しいな」

 真由美自身、今の千佳の訓練を始めたのは正隊員に昇格してからだった。実際、狙撃位置を変える訓練など、たとえ師匠について訓練を行う場合でも、大抵はB級昇格後に教わることが定石となっている。

「そうなんですか……?」

「まあね。たぶんレイジさんは、千佳ちゃんがB級に上がるって確信してるんだと思う。けど、大丈夫! さっきも言ったように、狙撃用の銃は精度が高いからね。スナイパーはとにかく訓練すれば、した分だけ上手くなる。そういうポジションだから」

「それもレイジさんに言われました! だから怠けなかったら、絶対に正隊員になれるって!」

 普段レイジから受けている教えを、そのまま真由美が口にしている。それが千佳にはよほど嬉しいらしい。真由美の話を聴けば聴くほど、自分の師匠がどれだけ認められているかを実感できるからなのかもしれない。

「まあ、私とレイジさんは同じ師匠を持つ、言わば同門だからね。師匠から同じことを教わってるから、身についた考え方も自ずと重なるんじゃないかな?」

「同じ師匠……ですか?」

「そう! 同じ師匠! ちなみに年齢はレイジさんのほうが上だけど、弟子入りは私のほうが早いから、一応レイジさんは私の弟弟子ってことになるのよ」

「弟弟子? レイジさんが……?」

「うん。もっとも、私は純粋にスナイパーを目指しての入門だったけど、レイジさんの場合はパーフェクト・オールラウンダーになるための通過点としてのスナイパーだったけどね」

「パーフェクト・オールラウンダー?」

「そのへんの事情は、直接千佳ちゃんが師匠に聴くことね。まあ、ひとつ言えることは、千佳ちゃんの師匠は五百名以上いるボーダー隊員の中でも、唯一無二の強さを誇る戦闘のエキスパートってこと」

「エキスパート……。凄いんですね、レイジさんって」

「そう! 凄いんだよ、千佳ちゃんの師匠は!」

 改めて知るレイジの強さに、千佳の表情も緩む。自分の師匠が褒められるというのは、弟子として誇りであり、また自分のことのように嬉しいものだ。千佳のそんな顔を見て、真由美もそんなことを考えていた。

「さて! 千佳ちゃん! それで、今日の訓練なんだけど……」

「はい! よろしく、お願いします!」

「うん。良いお返事。では今日の訓練は……私とかくれんぼをしましょう!」

「…………えっ!?」

 

 

 玉狛支部、トレーニング・ルーム“002”号室。

 スナイパー組の部屋とは違い、いたってシンプル……というよりは、無機質なデザインの部屋だった。

 この部屋で、遊真は陽平と対峙する。

「なるほど。つまり普段の訓練は……とにかく、闘って闘って闘いまくる、と?」

「そう。十本勝負を延々と続ける感じ。けど最近は三本取れるようになったし、勝ち越せる日も近いな」

「勝ち越せる……ねぇ」

 遊真の自信に満ちた顔とは対照的に、陽平は何やら曇った表情を作った。

「何? ヨウヘイは何か納得できないのか?」

「納得……というか、たぶん今のままだと何回やっても小南先輩には勝ち越せないだろうな」

「ほ~う。なぜ?」

「そもそも小南先輩はA級ランカーだろ。黒トリガーを使うならともかく、ノーマルトリガーで挑むっていうなら闇雲に闘ってもダメだ。自分の武器の性能を有効的に使わないと」

「武器の性能?」

「教わらなかったのか? スコーピオンの性能」

「えっと、確か……スピード型のアタッカーがよく使う軽量ブレードで、いつでもブレードを出し入れ自由、重さもほとんどゼロ、手以外のところからブレードを出したりできるし、トリオンの調節によってブレードの形や長さも変えられる。その代わり、耐久力が低いから受け太刀とかすると、けっこう簡単に折られたりする。守りに入ると弱い攻撃専用のトリガー。こんなところかな。あっ、あと、迅さんが発案して開発されたって言ってたな」

「へぇ~、意外。小南先輩にしては、ちゃんと教えてんだな」

「いや、これを教えてくれたのはこなみ先輩じゃなくて、しおりちゃんだよ」

「…………小南先輩は?」

「十本勝負を延々と続けてるな」

「なるほど……」

 それではいつまで経っても勝ち越せないわけだ……とは、さすがに陽平は言わなかった。他の人ならともかく、小南はソロの攻撃手ランクでは、太刀川や風間に次いで3位の上位ランカーだ。遊真でなくとも、たとえばそれが姉の朋香であっても、勝ち越すのは難しいだろう。逆を言えば、もし遊真が今後、ノーマルトリガーで小南に勝ち越すことができたなら、それは遊真の実力が上位のランカーに匹敵するレベルになったとも言える。なるほど、普段からこんな格上の相手と全力で闘っているなら、飛躍的な成長を遂げていたとしても不思議ではない。遊真はそう遠くないうちに、こと近接戦闘においては自分を追い越していくだろう。だがそれがわかっていても、いや、わかっているからこそ、陽平はその遊真がメイン・トリガーとして使うスコーピオンについて、できるだけ詳しく、そして正しく、覚えさせなくてはならない。むろんそれは、遊真の体に……という意味で。

「遊真、俺は今日、スコーピオンのみを使って闘う」

「むっ!? いいのか? これでもおれは、けっこう強いぞ」

「わかってるよ。けど、今日の俺の役目は、おまえに勝つことじゃない。おまえにスコーピオンの使い方を教えることだ」

「スコーピオンの使い方……か」

「ああ。できるだけ多く見せるから、全力で倒しにこい!」

「うん、わかった! ヨウヘイがそう言うなら、遠慮しないぞ」

 

 

 玉狛支部、トレーニング・ルーム“001”号室。

 アタッカー組と同じく無機質な空間となっているのは、スナイパー組の部屋に大量のトリオンを使っているためらしい。そのぶん“001”号室と“002”号室は、仮想戦闘モードに設定してあるので、トリオンの働きを疑似的に再現でき、これによって継続的な戦闘訓練を可能としていた。

「わっ、和堂朝美です! よっ、よろしくお願いします!」

「えっ、えっと……、和堂さん?」

「はっ、はい!」

「そんなに緊張しなくてもいいよ。べつに初対面じゃないんだし」

「そっ、そうですよね……。三雲先輩は、同じ学校の先輩ですし……」

「ま、まあ、気楽に……」

「はっ、はい! 精一杯、気楽にできるよう、一生懸命頑張ります!」

 十五センチ、ちょうど自分の目線の下ほどにある朝美の頭が思いきり前傾する。これではどちらが先生で、どちらが生徒かわからない。修はただ苦笑いで、朝美に頭を上げるよう促した。

「それで、今日はどんな訓練をすればいいかな?」

 同じ学校の後輩……といえど、朝美は修よりボーダー入隊も早く、しかもA級隊員だ。外見は小柄で、どこか年齢以上の幼さを残す、あどけない雰囲気を持つ朝美だが、五百名以上いる隊員の中で、わずか四十四名しかいないA級隊員。その実力は、今の修をはるかに凌ぐことは言わずもがなだろう。

「どんな訓練と言われましても……」

 そこで朝美は考え込んでしまう。

「えっと……、和堂さん?」

「どんな訓練がいいんでしょう?」

「いや、それをぼくが聴いてるんだけど……」

 いきなり師匠として教授するよう言われたものの、朝美自身他人から教わることはあっても、教えることなど経験がない。むろん朋香は、だからこそ修の相手に朝美を選んだわけだが……。

 修はアタッカーからシューターに転向したばかりだ。今まではレイガストを主に使っていたとのことだが、シューターとしてはアステロイドを使うという。だが、朝美は同じ中距離戦闘を主とするポジションとはいえ、ガンナーだ。アステロイドもメインに使いはするが、そもそもガンナーとシューターでは同じ射撃トリガーでも、その特性は違う。シューターとは異なり銃型トリガーを使うガンナーは、それ故に高い精度の弾丸を誰でも容易に扱えるという利点がある。逆に言えばシューターはガンナーと比べ、射撃の都度、弾丸の性能を細かく設定する必要があり、それはセンスの良し悪しがすなわち戦闘スキルに影響するとも言えた。だがそれは言い換えれば、そのセンスを磨けるかどうかでガンナーをも凌ぐ戦闘スキルを身につけることもできるということだ。実際、現在ボーダー内において、個人総合ランクで太刀川に次いで2位にランクされているのはシューターである。

 果たして、朝美は修に……そんなシューターに、何を教えることができるのか。

「わかりました。とりあえず、模擬戦をしましょう!」

「えっ! 模擬戦?」

「考えてみましたけど、けっきょく私は中距離からバリバリ撃つしか能がないですから。中距離から三雲先輩にバリバリ撃っちゃいます。だからそれを何とかして、私を敗かしてみてください」

「そんなんでいいの……? あ、いや、和堂さんがぼくより断然強いのは知ってるけど……」

「はい! 私も全力でいかせていただきます!」

 言った朝美の表情から、か弱さが消えた。さっきまでのおどおどした面影は、もはやない。

 朝美は自身の実力は自覚している。それはチームメイトから言わせれば、かなりの過小評価なのだが、朝美自身は自分がA級隊員と呼ばれるに相応しい実力だと思ったことは一度もない。A級隊員としてチームにいるわけではない。自分が所属するチームがA級部隊に昇格しただけだ。と、そういう認識だった。だがそれでも、ひとたび戦闘となれば、A級部隊のメンバーとして、いや、榊隊のメンバーとして、無様な闘い方をするわけにはいかない。いくら自分がガンナーとして未熟であったとしても、未熟者だと揶揄されるような闘い方を見せるわけにはいかない。榊隊の隊員として、真由美たちのチームメイトとして、胸を張り、誇りを持てる闘い方をしなくてはいけない。それが朝美の、榊隊の一員としての、最大の、そしてたったひとつの、プライドだった。

 

 

「で、相談って何ですか? カナさん」

 玉狛支部で唯一、オペレーターを務める宇佐美栞がそう尋ねると、奏恵は「これなんだけど……」と言って、USBを取り出した。宇佐美は「どれどれ」とパソコンに接続し、そのデータを見る。

「これは?」

「爆撃型トリオン兵“イルガー”っていうらしい」

「イルガー? 聴いたことないな……」

 初めて聴く名前に、宇佐美は首を傾げた。しかし宇佐美が聴いたことがないのも、当然だろう。先日、警戒区域外に現れ、朝美が木虎とともに応戦した一体が、現時点では確認された唯一の個体なのだから。

「うん。私も今回初めて聴いたよ。ほら、例のゲートが警戒区域外に頻発したとき」

「ああ、ありましたね~。そんなこと。けっきょくあれって、確か“ラッド”っていう小型のトリオン兵がゲートを誘導していたんでしたよね?」

「そう。あのときは防衛隊員は訓練生も含めて総出で駆除に行ったんだけど。で、そのときに現れたトリオン兵の一体が、こいつだったのよ」

「ほ~」

「何でも対処に当たった嵐山隊の木虎とウチの朝美の話を要約すると、上空を飛びながら爆撃をするタイプらしいんだよね」

「上空から!?」

「うん。で、背中にも砲台があったり、ダメージを受けると自爆モードになったり、しかも自爆モードに入ると装甲がやたらと頑強になったり、とにかくタチが悪いのよ」

「そんなに固くなるんですか?」

「朝美がアサルトライフルでアステロイドをツインでぶっ放して、傷ひとつつかなかったって」

 朝美のトリオン量は、他の正隊員と比べても多いほうの部類だろう。その朝美が威力重視のアステロイドをツインで放っても砕けない装甲。それだけでも、かなり頑丈に作られていると言える。

「はあ~。そりゃぁ凄い」

「それで宇佐美に相談っていうのはね」

「わかりましたよ~! このイルガーを想定した戦闘訓練ができるようプログラムを作ればいいんですね?」

「さすが宇佐美、話が早い! 実はある程度はナルさんが作ってくれてるんだけど、なんか最近ナルさん忙しいみたいでさ~。しょっちゅう鬼怒田さんから呼び出しがかかってるんだよ。おかげでこっちの作業は滞り気味でさ~。まったくウチの専属エンジニアを独占しないでほしいよな~」

「ははは……。まあ、司城さんはいちおう鬼怒田さんの指揮下にある開発室の所属ですから」

『まあまあ』と宥める宇佐美に、奏恵も頬を緩める。

 司城成は榊隊専属エンジニアではあるが、その所属はあくまでも本部開発室だ。故に今回のように、開発室長の鬼怒田本吉から招集をかけられ、他のエンジニアとともに任務に当たることも珍しくはない。そのぶん榊隊での仕事は後回しとなってしまうが、そもそも司城が榊隊の専属となったのは、当時の司城の状況を考慮して、鬼怒田自らが主導したおかげであり、奏恵をはじめとした榊隊一同、その件においては鬼怒田に感謝していた。故に本来は文句を言えた立場ではないのだが、それでも愚痴のひとつも出てしまうのは、それだけ司城の存在が榊隊にとって重要な拠り所となっているからだと言える。

「たぶんね、いずれこいつもまたくるような気がするんだよね」

 それは奏恵の単なる勘にすぎないのだが、それでも今後のことも考えて、未知のトリオン兵の存在はきょくりょくなくしておきたい。奏恵はそう考えていた。

「カナさんの勘が外れることを祈りたいところですけど……。でも、できる備えはやっておかなくちゃ……ですね」

「そうね。もしかしたら徒労に終わるかもしれないけど、でも私たちが万全を尽くして準備してきたことが無駄に終わるなら、それって平和が保たれてるってことだもんね」

「なるほど。医者と警察とボーダーは、日頃の備えが徒労に終わるのが一番ってことですね」

 つまりは逆に、ボーダーが活躍するということは、それだけ街が危険にさらされているということであり、戦闘になる前の防衛で事が足りるなら、それに越したことはない。しかし、だからこそ、万に一つの可能性にも対応しておく必要があった。

「まあ、そういうわけでよろしくね! 完成したら、さっそく朋香で試してみるから」

 そう言ってサムズアップして笑う奏恵に倣うように、宇佐美もまた笑顔でサムズアップを返す。キラリと眼鏡の奥の瞳を輝かせながら。





 遊真たちが入隊するまで、まだ3週間もあるんですね~。しかもその間、けっこうな行事等も……。
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