WORST TRICK   作:和久井 誠

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第26話 和堂朝美と三雲修

 

「やっぱりきたな~」

 支部基地の屋上で、扉を開けて姿を現した神凪朋香を見るや、迅悠一はそう声をかけた。

「やっぱりって……。どうせ、サイドエフェクトで視えていたんでしょ?」

 だが、朋香の顔にいつもの明るさはない。どこか思いつめたような、そんな表情をしていた。

「いいや。さすがに今日の朋香ちゃんを見ていたら、何か思うところがあるんだなって、そんなことくらいサイドエフェクトを使わなくてもわかるよ」

「ウソ」

「嘘じゃないさ。まあ、おれにわかるってことは、まず間違いなく陽平も気づいていただろうけど」

「それこそ、そんなことくらい……あたしにもわかるよ」

 そう言うと朋香は、手摺りに背をあずける迅の目の前へと歩を進め、

「迅さん。昨日、風刃を本部に渡したんですよね?」

 と、今更な周知の情報を再確認した。

 それに迅は短く「ああ」と答える。それは特に機密事項というわけではなく、現に昨夜は迅自らの口で太刀川と風間に報告したくらいだった。

「迅さん」

 いつになく真面目な……いや、それは真面目さをとおり越して、もはや険しさすら漂わせながら、朋香は、

「あたしと模擬戦をしてください!」

 そう言って、頭を下げた。

「模擬戦!?」

「はい。風刃を手放したってことは、迅さんはもうS級じゃないんですよね?」

「まあ……」

「今はあたしと同じA級隊員。であれば、あたしと模擬戦をしても何も問題はありませんよね?」

“風刃”などの黒トリガーの所有者はS級隊員に認定される。本来、ボーダー隊員はそれぞれの条件下において、精鋭部隊と呼ばれるA級、主力部隊と呼ばれるB級、そして訓練生のC級と、三ランクに分類されている。しかしS級はそのどこにも属してはいない。それは黒トリガーが、たったひとつでボーダー内のパワーバランスを覆すほど、性能が桁外れに高いことに起因している。故に、S級隊員はチームを編成することも、ランク戦に参戦することも禁じられていた。

 約三年前、当時二十人以上いた適合者を軒並み倒し、迅は風刃を手に入れた。その瞬間から、迅もまた例外なくS級隊員に認定されており、以来今日に至るまでいっさいの模擬戦から遠ざかっている。だがそれも、風刃を本部に手渡した昨夜までの話。風刃を手放した今、自動的にA級ランクとなった迅には当然、S級の規則を遵守する義務はない。それはつまり、模擬戦を再開できる……ということだ。事実、迅自身もいちアタッカーとしてランク戦に復帰する準備を進めている。

 朋香は現在、攻撃手ランクは5位に位置していた。しかも朋香は、迅のライバルでもある攻撃手ランク1位の太刀川慶と同じく、弧月を二刀流で使い、それに旋空を絡める剣技を基本的な戦闘スタイルとしている。普通に考えれば朋香は、迅にとって復帰戦の相手としては申し分ないはずだった。しかし迅は、それとは違うことを考えていた。

「何でおれなんだ?」

 それは決して、朋香を見下しての言葉ではない。ただこんな質問のし方をしても、朋香ならその言葉の真意を汲み取ってくれるはずだ……と、迅にはわかっていた。だからあえて厳しいことも承知の上で、更に端的な質問のし方を続ける。

「太刀川さんか?」

 この一言で、朋香の顔色が変わった。

 朋香は普段から太刀川に対し、非常に強い執着を見せる。それは昨日の戦闘でもそうだった。嵐山隊とともに、榊隊の一員として、太刀川隊、冬島隊、風間隊、三輪隊と対峙したとき、朋香は真っ先に太刀川に闘いを挑んだ。だが、太刀川からの返答は、

『悪いが、俺は弱い者イジメにキョーミはねえんだ。せめてもっと強くなってから出直してこいよ』

 そんな、朋香にとっては屈辱的な言葉だった。太刀川は朋香と闘うことを『弱い者イジメ』と称したのだ。これほど悔しく、惨めなことはないだろう。

 迅はしかし、なぜ朋香がこれほど太刀川に固執するのかを知っている。それはいずれ朋香自身が乗り越えなくてはならない試練でもある。ただその試練を乗り越える手段として、実際に太刀川に闘いを挑む、ましてや同じ戦闘スタイルで太刀川を倒す……その先に朋香にとって、本当に今の朋香を救うための未来があるわけではないことも併せて知っていた。

「あいつはね、あたしと闘うことを『弱い者イジメ』だって言ったんだよ」

「けどそれはべつに……。太刀川さんも朋香ちゃんを蔑もうなんて思ってたわけじゃ……」

「うん、わかってるよ。たぶんあいつは、あたしのこと蔑もうとすら思わないんだよね」

「朋香ちゃん?」

「バカにしようとか、貶めようとか、そんなことすら思わない。要するにさ、あたしのことなんて眼中にないんだよ」

 そう言って、朋香は屋上に来て初めて、その顔に笑みを作った。しかしその笑みは、どこか悲し気で、そんな朋香の気持ちが伝わってくるからこそ、だから迅は黙することでしか朋香の次の言葉を促せなかった。

「だから、せめてあいつの眼中に入らなきゃって思った。けどね、昨日の闘いであたしはまだまだ弱かったって痛感した。あいつの眼中に入れなくて当然だよね。風間さん相手に引き分け……ううん、実際は三人がかりでやっと勝てた。けどそれだって、あたしは相打ちにならないと倒せなかった。あれがアタッカーとしての五分の条件で、一対一の勝負だったとしたら、あたしは間違いなく一勝するために十敗以上の敗戦を積まないとムリ。だから相手が太刀川なら、今のあたしじゃもっと差がつくと思う。あたしは自分の戦闘スキルについて、自惚れてはないつもり。けどどんなに贔屓目に見たって、それが今のあたしの実力の限界。だからね、その限界を引き上げるしかないじゃん! けっきょく、強くなるしかないじゃん! だから迅さんに、あたしと闘ってほしいの。元攻撃手ランク2位だった迅さんに……」

 迅はただ、黙って朋香の話を聴いている。頷きも、相槌も、余分なことだとでもいうように、ただ黙って……。

「迅さん……。何も答えてはくれないんだね」

「朋香ちゃん。ひとつだけ言わせてもらうなら……。その先に朋香ちゃんの望む未来はないよ。朋香ちゃんはもっと、個人ではなくチームで強くなることを考えるべきだ。それがきっとイサオさんも……」

「もういいよ!」

「朋香ちゃん?」

「迅さん……、ずるいよ……」

 朋香は迅に、背を向けた。もうここに用はないとでも言うように、その背中は迅から遠ざかる。

「どこに行くんだ?」

「迅さんがダメなら、ボーダーの攻撃手上位ランカーに片っ端から模擬戦を挑んでくる」

「片っ端から?」

「荒船さんと陽介、駿。それから鋼さん、カゲさん、小南、風間さん。みんなに勝ち越せたら、迅さん、そのときは闘ってくれるよね?」

 あえて背中を向けたまま朋香はそう言うと、しかし迅の返事を待つことなく、今来た扉の向こうへとその姿を消した。

 迅は思う。未来は無限に広がっているのに、と。だけど自分では、朋香を最善だと思う未来へは導いてやれない。それなら“未来視”なんてサイドエフェクトを、いったいなぜ自分は持っているのだろうか。目の前の後輩ひとり救えないで、何で先輩ヅラできようか。きっと朋香が進もうとしている未来は、朋香が望む未来には繋がらない。それはわかっている、視えているというのに……。

 

 

 トレーニング・ルーム“001”号室では、まさに今、三雲修が和堂朝美の銃撃によってハチの巣と化していた。

 修の放つアステロイドを、朝美はことごとくかわす。朝美はアサルトライフルをツインで携えている。攻撃力は当然二倍となるが、両手に銃を持つということはシールドを使うことはできない。つまり修の放つ弾丸を避けるためには、自らの体をその軌道から移動する他ない。もちろんアステロイドはその特性上、威力重視で抜群の破壊力がある代わりに、直線方向にしか飛ばすことができないというデメリットもある。特に相手を視認しながらの闘いなら、その軌道を先読みすることなど造作もないことだった。

 対して修は、レイガストをシールド・モードに変形して使用している。シールド・モードのレイガストは、防御用トリガーのシールドと比べると、そもそもの防御範囲、つまりは大きさが全く異なる。レイガストのほうがより広範囲を防御でき、かつシールドより大きさの変化による防御力の変化率は小さい。加えてシールドと違い、動かしても耐久力が下がることはないという利点がある。しかしその反面、重量が弧月やスコーピオンに比べてかなりあることと、その特性上防御寄りの性能に特化しているという面から、お世辞にも人気のあるトリガーとは言えず、その使用者も玉狛支部の木崎レイジと修を除けば、A級8位片桐隊アタッカーの一条雪丸と、攻撃手ランク4位の村上鋼くらいしか見当たらないというのが現状だった。

 修は考える。何か策はないか……と。自分はもともとトリオン量が人より劣っている。トリオンを弾丸として使用するシューターやガンナーにとって、それは圧倒的に不利な弱点だ。しかし、弱点の有無や大小だけが勝敗を分けるわけではないことも知っている。師匠、烏丸京介は修に言った。

『シューター、ガンナーは、考えながら闘うポジションだ』と。

『あらゆる要素を使って、相手の動きをコントロールするポジションだ』と。

 そして『発想と工夫を反映できるシューターは、おまえに向いているポジションだ』と。

 今、修の戦況はかなり不利だ。朝美のアステロイドはバリバリとレイガストを削っていく。加えて同じ弾丸を使うポジションでも、ガンナーの使う銃型トリガー……特に朝美が使うアサルトライフルは、弾丸を直接手から飛ばすシューターと比べて速射性に優れ、連射を可能とする武器なので、放てる弾丸の絶対数もまるで違う。修は何度となく朝美の弾丸の餌食となり、戦闘不能状態へと追い込まれていた。

「考えろ! 考えるんだ!」

 修は自分に言い聞かすように、小さくそう呟く。

 修は考える。朝美の弾丸を避けるにはシールドでは無理だ。レイガストで体全体を防がないと、盾ではなく体が削られてしまう。ガンナーはシューターとは違い、弾丸の性能――『威力』『射程』『弾速』――を予め設定することで、銃の使用者のスキルにかかわらず高い性能の射撃を実施できるという利点がある。だがその利点は、言い換えればガンナーの弱点とも言えた。つまりシューターがガンナーより有利な点は、その三つの性能を毎回の攻撃で自由に設定できる点だと言える。今、朝美がアサルトライフルでアステロイドを連射している。しかし朝美にとってのアステロイドは、だから今まさに撃っている弾丸の設定しかない。『威力』も、『射程』も、『弾速』も、朝美からの攻撃において、その設定が変わることがない。であれば、とにかく今は目の前の攻撃にのみ対処できれば、それがひいては朝美を攻略することに繋がるはずだ。

 朝美の射撃が止まらない。アステロイドが容赦なく修を襲う。だがそれでいい。アステロイドは直線軌道しか描かない。つまり弾丸の出所は、朝美の所在位置だと確定できる。レイガスト専用のオプショントリガー、スラスターで一気に間合いを詰めれば、あるいは一矢報いることも……。

 

 朝美は、修のアステロイドを難なくかわす。ここまで、ほぼ無傷の状態だ。いかんせん軌道を読まれては、撃っても撃っても当たらない。きっと修は焦り始めているだろう。故に、そろそろ何か仕掛けてくるはずだ。朝美は修のその、一挙手一投足に注意を払う。相変わらずレイガストで防御を行っている。レイガストをブレード・モードにしないのは、朝美の射撃に対する防護が目的。しかし、それだけではない。旋空を使える弧月や、形状を自由に変えられるスコーピオンと違い、レイガストをブレードとして闘う場合、まず接近しなければならない。逆に言うと、近接戦闘を考えていないならブレードとして使う必要はないと言える。しかも、修はシューターだ。そのメインとして使う武器が、射撃トリガーのアステロイドであることを考えれば、わざわざ接近してくることはないだろう。でなければ、リスクが高すぎる。なら、どう戦うか。

 

『伝達系切断』

 

 抑揚のないアナウンスが、トレーニング・ルームに響いた。“001”号室と“002”号室は仮想戦闘モードのため、トリオンが切れることはない。なので相手を戦闘不能状態に追い込むには、心臓部周辺にあるトリオン供給器官や、頭部のトリオン伝達脳、そしてそれらを繋ぐトリオン伝達系を破壊する必要がある。ただ、修が朝美にそのトリオン伝達系を破壊されたのは、これで通算二十回を越えていた。

 再び修は立ち上がる。

「なんとかして、あの射撃をかわさなくては……」

 レイガストを構え、右手にアステロイドを生成した。それに合わせるかのように、朝美もまたアサルトライフルの銃口を修に向ける。

 朝美のフルアタック。アステロイドのツイン連射。修はそれをレイガストで受けた。だが、ここでアステロイドを放っても、今までと変わらない。何か違う手を考えなければ……と、レイガストを握る手に力を込めた。そして……。

「スラスター・オン!」

 言うや、修のレイガストが一気に加速し、そのまま朝美目がけて突進する。見ると、修の手にはアステロイドがすでに装備されてあった。

「ゼロ距離射撃!?」

 修がこのままレイガストで自分を抑え、そこでアステロイドを放つ。朝美はそう判断し、修の突進を高く跳躍することでかわした。だが、修は朝美の真下をとおりすぎ、朝美の後ろへと回り込む。ならばそれを迎え撃とうと振り向き、重力のまま下りながら再びアサルトライフルの銃口を修に向けた。だが……。

 

 

 九ヶ月前、朝美は神凪陽平からの勧誘を受け、榊隊に入隊した。それから間もなく、朝美は陽平とソロでの模擬戦を行うこととなった。

 片やB級4位部隊のオールラウンダー、片やB級昇格後間もないガンナーということで、陽平にはハンデがつけられた。それは、メイントリガーはアステロイド、サブトリガーはシールド、のみしか使用しない、というものだった。むろん朝美はB級に昇格して戦闘用のトリガーを使うようになってからは、アサルトライフルを二丁、ツインで使っており、その戦闘スタイルはこの頃にはすでに確立されている。普通に闘えば敗けるはずがない。正直、朝美はそう考えていた。しかし結果は……。

 

 陽平は、距離をとってバリバリ連射する朝美の弾道を、その身体能力のみでかわす。実際には、トリオン体は個人の運動能力を大幅に向上させる、それ故の体技であるが、それでも射撃を続ける朝美にとっては、撃っても撃っても当たらない。その現状から、若干焦りを感じていた。

 もちろん、弾丸をかわすといっても、そのすべてをかわせているわけではない。ところどころは被弾しているが、しかしそのどれもが致命傷には至らないものばかりだった。

 焦るほど、連射速度が上がる。その弾道をシールドを巧みに使ってかいくぐり、要所要所でアステロイドを放つ。朝美もそれを体ごとかわし、なおも連射を続ける。そんなときだった。

 何度目かのアステロイドを放った陽平は、ついに朝美の懐まで近づこうとしていた。

「ゼロ距離射撃!?」

 咄嗟にそう判断した朝美は高く跳躍する。きっと陽平も追ってくるだろう。ならばそこを迎え撃ってやる。そう思った瞬間、陽平の姿は消えた。いや、本当に消えたわけではない。そもそも陽平はカメレオンを持っていないし、たとえ持っていたとしてもハンデで使えはしない。であれば、それは消えたのではなく、たんに死角に入っただけ。そしてこの開けた場所で死角といえば、すなわち……。

「後ろ!」

 陽平は自分に接近すると見せかけた。しかし実際はそうではなかった。朝美は見破った。陽平の本当の狙いは、接近戦ではなく死角からの射撃。つまり、後ろに回り込んでからのアステロイドだと。

 重力のまま地上に下りながら、態勢を変えながら後ろを振り向けば、やはりそこにはアステロイドを構えた陽平の姿があった。

「その手には乗らない!」

 朝美もまた、構えたアサルトライフルからアステロイドを撃とうとした、そのときだった。

 何が起きたのか、瞬時には理解できなかった。いや、まさに自分の身に起きたことを理解するためには、現実の時間の速さでは思考が追いついていかなかった。

 朝美は引き金を引こうとしたその瞬間、左右から集中砲火を浴びたのだ。

 

『戦闘体活動限界、ベイルアウト』

 

 B級昇格後、何度となく聴いた無機質な声に、朝美はブースのベッドへといざなわれた。

 タネを聴けば、ごくごく簡単なことだった。陽平がシールドでトリオン供給器官を防御しながら突進してきたのは、朝美が近接戦闘を避けるため上へと逃げるよう誘導するため。高く跳躍すれば、一瞬の隙が生まれる。特に朝美はツイン連射のため、注意を跳躍と射撃の両方に割いているつもりでも、どうしても意識できない領分が生まれる。その無意識下の隙をついて、朝美の下を通り過ごすや分割したアステロイドのキューブを左右に仕掛け、あとは陽平自身が射撃をするかのように振る舞い、時間差で仕掛けたトリオンキューブが朝美目がけて発動するよう設定しておいたのだ。

 話だけ聴けば、成功するかどうか微妙なように思えるが、朝美の心情に焦りが現れ始めたことと、陽平の攻撃をアステロイドを右手から放つのみだと思わせたことが何よりの勝因だといえる。

 

 

 修は朝美の真下をとおりすぎ、朝美の後ろへと回り込む。ならばそれを迎え撃とうと振り向き、重力のまま下りながら再びアサルトライフルの銃口を修に向けた。だが……。

「シールド!」

 朝美は瞬時にアサルトライフルを収納し、左右にシールドを展開した。朝美の読みどおり、左右からアステロイドの集中砲火が襲いかかる。咄嗟の判断でこれを防げたのは、朝美の脳裏に陽平との、あの模擬戦が蘇ったからだろう。

「その手には乗らない!」

 しかし朝美にも、あのときと同じ轍は踏まないという意地がある。すでにアステロイドを装備済みの修は、朝美がシールドを収納した瞬間、それを放ってくるだろう。それをわかった上で、それでも朝美はシールドを収納した。ひとつはシールドを収納しなければ、アサルトライフルを装備できないため。そしてもうひとつは、修の作戦をわかった上でそれを迎え撃つため。自分は、榊隊の一員として決して逃げるわけにはいかない、というプライド故のことだった。

「スラスター・オン!」

 そんな朝美の思惑とは裏腹に、修は右手にアステロイドを装備したまま、再びスラスターで朝美に突進してきた。

「スラスター!?」

 間一髪、朝美もまた再び跳躍し、それを避ける……が、今度はただ跳躍したわけではない。死角を生まないよう、跳躍するや体をうつ伏せの状態に捻り、真上以外の死角を潰した。

「メテオラ!」

 今度はうつ伏せのまま真下を見下ろしながら、メテオラを炸裂させた。それは修をピンポイントに狙った射撃ではない。明らかに、目に映るものすべてを焼き払うかのような面攻撃だった。

 

 

 トレーニング・ルーム“002”号室。神凪陽平は空閑遊真と戦闘を繰り広げる。互いに使う武器はスコーピオン。その闘いは、いや、陽平の攻撃は、まさにスコーピオンの教科書のようなものだった。

 ブレードを地中から伸ばし、相手に刺す“もぐら爪(モール・クロー)”や、体の中でブレードを分け、その数を増やしたように見せる“枝刃(ブランチ・ブレード)”などのオーソドックスなものから、相手に斬り落とされた四肢の代わりにブレードを生成したり、または手や足だけでなく、体のいたるところからブレードを出したり……と、それは初めて見る者にとってはまさに奇想天外な使い方だった。

「攻撃がまったく読めんな……」

 十本勝負を三回終え、二人がトレーニング・ルームを出たときには、訓練開始から二時間が経っていた。

「スコーピオンは、いかに相手の考えてることのウラをかけるか、もしくは相手が想像できないことをできるか、だからな」

「なるほど……。スコーピオンには、ああいう使い方があったんだな」

 陽平の助言に、遊真は素直に感心する。

 二人がオペレーター・ルームへと入ると、そこには先客がいた。今しがた訓練を終えたばかりの朝美と修だ。修はソファーに横たわり、すでに肩で息をしている。その横で、心配そうに朝美が診ていた。

「おお、オサムたちも終わったのか?」

 遊真の呼びかけに修は、からがらな声で辛うじて「ああ」とだけ答える。

 しかし朝美は声にならないとでもいうように、その心配そうな表情だけを向けた。

「どうしたの? あーちゃん」

「陽平先輩……」

 朝美と修、二人の状況を見て、その戦績には察しがつく。

「三雲に圧勝したとか?」

 単刀直入な言葉をかける陽平に、朝美の顔は更に沈んでいった。

 陽平は遊真と顔を合わせ、首を傾げる。

「なにがあったんだ? オサム」

 なんとか上半身を起こし、ソファーに腰かけた修は、しかし遊真の問いかけに、その問いかけの意図を掴みかねたのか首を傾げ返した。

「何があったもなにも……。二十戦以上闘って、一度も勝てなかったってだけで。最後はぼくの渾身の策だったんだけど、それすらも読み返されてしまった。本当に強いんだな、和堂さんは」

「じゃあ本当に、あーちゃんが三雲に圧勝したってこと?」

「まあ、そういうことだ」

 陽平からすれば、それはしごく当然なことだ。何せ朝美はA級認定を受けている自分の部隊の紛うことなき戦力であり、B級に昇格したばかりの修に敗ける要素など微塵もないはずなのだから。

「じゃあ、何であーちゃんはそんな沈んだ顔をしてるの?」

「それは……」

 俯きそして、もはや泣きだすのではないかというくらい顔色を、青く、白く、させなが言葉を続けた。

「それは……、私……、シールドのフルガードと、メテオラを使ってしまったんです!」

 朝美はまるで悪事を白状する罪人のように、意を決したとでもいう口調で、一気にそう言いきった。

「えっ!? メテオラを?」

「シールドを?」

 だが物々しい口調とは対照的に、陽平も遊真もそれのどこにそこまで落ち込む要因があるのか見当もつかない。戦闘において、シールドは絶対不可欠とまで言われる装備であり、故にボーダーでは正隊員で装備していない者はいないほどの、言わば“マスト・アイテム”だ。そして朝美がアステロイドとメテオラを使い分けるガンナーである以上、戦況に応じてメテオラを使うのは、いたって定石な闘い方だと言えた。

「あっ!? そういえば……」

 だがひとり、実際にその闘い方を受けた修は、あることに気づく。

「和堂さん。最後の一戦までは、アステロイドのフルアタックしかしてこなかったっけ」

「はい……。三雲先輩はシューターに転向したばかりだということだったので、合わせたほうがいいかと思って。アステロイド以外は使わないようにしようかと……」

「つまり、ぼくは手加減されていたってこと……?」

「てっ、手加減……というか、ハンデ……」

「ハンデ……?」

 本来、朝美は修より格上だ。それはランク的にも、ポイント的にも、キャリア的にも。そしてそれを朝美自身も自覚している。故に本気で闘うと勝って当たり前なので、相手の、つまりは修の練度に合わせた……ということだった。

「私が榊隊に入ったばかりの頃、陽平先輩が同じようにハンデをつけて私と闘ったのを思い出して、私もそうするべきかと……」

「それでハンデ……?」

「はい……」

 陽平もそのときのことは覚えている。なにせあのときは……。

「あーちゃん。ハンデってのはね、手加減をするってことではないんだよ」

「私、べつに手加減してたつもりは……」

「けど全力ではなかった」

「それは……、けど……」

 陽平は朝美の肩に優しく手を置き、ソファーに腰かけるよう促す。朝美もそれに従い、修の隣に腰を下ろした。陽平は朝美の真正面に体を屈めて、視線を合わせると、やはり優しく、諭すように言葉を続けた。

「あーちゃん。ハンデってのはね、もちろん相手との間に大きな力量差があった場合に、勝負を公平にするためにつけることもある。でも、ハンデをつけるなら目的がないと意味がないと俺は思うんだよ」

「目的……?」

「たとえば今日、俺は遊真との戦闘ではスコーピオンしか使わないと宣言したし、事実使わなかった。だけどそれは、遊真の力量を見くびってのことじゃない。今日の戦闘は、少なくとも俺にとっては、遊真に勝つことが目的ではなかった。スコーピオンでの闘い方にどれだけのバリエーションがあるか、それを見せることが目的だったから、他の攻撃をする必要がなかったんだ。以前、俺はウチに入ったばかりのあーちゃんと闘ったとき、アステロイドしか使わなかったことがあった。それもべつに、あーちゃんが格下だったからハンデをつけたわけじゃない。あの頃の俺はアステロイドを覚えたばかりで、その使い方を演練したかったから。アステロイドは直線にしか飛ばせないからね。相手がアタッカーなら、向こうから近づいてきてくれるけど、ガンナーは逆に距離をとりたがるから、そういう相手にどうアステロイドを当てるか……それを試してみたかったんだ」

「じゃあ、私が今日したことって……」

「今日の訓練は、あくまでも修の訓練だよ。あーちゃんはどんな闘い方をすれば、これからシューターとして闘っていく修の技量を上げてあげることができると思う?」

「それは……」

 それはきっと、修の技量に合わせることではないのだろう。朝美は考えた。修はお世辞にもトリオン量に恵まれているとは言えない。それは戦闘において、大きな弱点となる。その弱点をどう克服するか。格上の相手にもどう対抗するか。その実力差をどう覆すか。そのために何をするべきか。それを学ぶための戦闘……であるならば、自分は修のために、どう対峙するべきか。

 もう朝美の表情に暗い雰囲気はない。自分にできること。修のためにすべきこと。それはひとつしかないのではないかと、その答えを自分なりに見つけたからかもしれない。

「あの! 三雲先輩! もう一度、闘ってもらえますか? 今度は最初から全力で、私の持ってるものすべてで闘います!」

 そう言う朝美の顔に、迷いはなかった。

「あ……、ああ、もちろん! こっちこそお願いするよ」

 修の返事に、朝美はほっとしたように頬を緩ませた。

「さあ、俺たちはどうする? 遊真」

「おう! もちろんいくぞ! やっと最後の一戦で勝てたからな。なんとなくコツは掴めた気がする」

「ほ~。んじゃあ、こっちも今度は俺の持ってるものすべてで闘わせてもらおうか」

「おもしろい。さっそくヨウヘイに教えてもらった技を試してみよう」

 再び四人はトレーニング・ルームへと向かう。各々が明確な意志を持って。

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