ボーダー基地本部の周辺には、誘導装置によってゲートを強制的に引きつけるエリアがある。“警戒区域”と呼ばれているそのエリアによって、ゲートが市街地に開くことを抑制し、街や市民をネイバーの襲撃から防いでいる。そのエリアの境界線上には六つの支部が設置されていた。玉狛支部、鈴鳴支部、弓手町支部、綿鮎支部、早沼支部、久摩支部の六つで、このうち玉狛支部と鈴鳴支部にはそれぞれ部隊が編成されている。
玉狛支部を除く五つの支部には、常時必ずひとつ以上の部隊が防衛任務に当たっており、その任務は一日三交代制でシフトが組まれている。つまりは五部隊ずつが三交代で防衛任務についているのだが、中には部隊単位ではなく個人でひとつの部隊として扱われている者もいたり、また防衛任務自体が正隊員にとって給与の対象となっていることから、正規の任務とは別に、更にシフトの追加を希望する者も少なくないため、自分の所属する部隊の隊員以外の者との臨時混成チームを組んで任務に当たることもあった。
一月三日。正月気分も抜けやらぬこの日、ボーダー内でもイベントが開催されていた。といっても、何も大きな催しを行っているわけではない。B級6位東隊の隊長、東春秋の誕生日を祝うパーティーを、同隊の隊員、小荒井登、奥寺常幸、人見摩子の三人が幹事となって開いていた。
東は、現ボーダー設立時からの隊員であり、ボーダー初のスナイパーという経歴を持つ。そして、豊富な戦闘経験から得た狙撃技術は基より、その卓越した知識や洞察力から導き出される先見の巧みさ、相手の心理を読みそのウラをかく戦術、更にそれらを惜しげもなく後進に教授する優れた指導力に薫陶を受けた隊員たちが多く弟子入りしていた。彼を慕う者は、故に本職のスナイパーのみに留まらず戦術面でも、それこそ現在ではA級やB級の部隊で活躍している者も含まれている。
その東一門が揃う通称“東会”に出席するため、彼の門下生たちがその時間にこぞって非番を希望するため、毎年この日は複数の混成チームが臨時結成されていた。かくいうA級9位榊隊においても、隊長の榊真由美とオペレーターの春瀬奏恵が揃って東門下であり、残された神凪朋香と陽平の姉弟と和堂朝美の三人が混成チームを組むこととなった。
混成チームを組むのは、非番によって部隊の人数が減ったり、またはオペレーターが不在となったりといった事情を抱えている部隊がその対象となるのだが、朋香たち三人も奏恵が不在となるため他の部隊のオペレーターの情報支援下に入るべく、この日、臨時の混成チームを組むこととなった。
鈴鳴支部……鈴鳴第一(来馬隊)――来馬辰也、村上鋼、別役太一、今結花。
弓手町支部……混成チーム――神凪朋香、出水公平、米屋陽介、宇佐美栞。
綿鮎支部……混成チーム――神凪陽平、那須玲、熊谷友子、志岐小夜子。
早沼支部……諏訪隊――諏訪洸太郎、堤大地、笹森日佐人、小佐野瑠衣。
久摩支部……混成チーム――和堂朝美、緑川駿、黒江双葉、小早川杏。
厳正なクジ引きの結果、混成チームはこのように決定した。
★
綿鮎支部。東の孫弟子にあたる日浦茜が非番のため、那須隊に陽平が組み込まれ混成となった。
「最終的には12位ですか?」
B級ランク戦の日程は、前週すべて終了している。これによって最終的な順位が決定し、那須隊は12位にランクされていた。
「そうね。けっきょく最後の最後も鈴鳴第一には勝てなかった」
熊谷は陽平の質問にそう答えると、ひとつ嘆息する。
B級ランク戦は、B級に登録されているすべての部隊を上位から順に三つのブロックに分け、その中で三つ巴または四つ巴でチーム戦を行うこととなっており、鈴鳴第一はその最終戦を勝利し、中位トップの8位までランクを上げていた。
「ねえ、陽平くんならどう闘う?」
「どうと言われても……」
今度は逆に那須からそう尋ねられ、陽平はその戦闘パターンを考えてみる。
鈴鳴第一は、攻撃手ランク4位の村上を中心に闘うチームだ。その絶対的なエースを来馬と太一が中・遠距離からの射撃で徹底的に援護する。故に村上をどう抑えるか、それが鈴鳴第一攻略の突破口となるのだが、逆にそのアタッカー封じが一番難しいチームでもあった。
「ウチは未だに連敗続きだよ」
熊谷の嘆息は止まらない。実際、村上に対抗し得るアタッカーとなると、ボーダーの正隊員を見回しても片手に余るほどしかいないだろう。
「確かに姉ちゃんも勝ち越したことはありませんからね~。もしウチが闘うなら、近距離でのアタッカー対決は避けたいところだけど、それじゃあ姉ちゃんは納得しないだろうな~」
朋香はポイントでは村上のすぐ下の5位にランクされているが、その二人の実力差はポイント差以上にあるといってもいい。
「中距離で勝負するってこと?」
「中距離と言っても、鋼さんにはスラスターや旋空もあるし、むしろ遠距離とか……ですかね」
「遠距離……ねえ」
那須に問われるがまま、陽平は考えついたことを口にするが、その案に説得力がないことは陽平自身が自覚していた。そもそも那須隊は、エースの那須の射撃を中心に攻撃パターンを組む中距離戦チームだ。その那須の射撃を以ってしても村上を破ることができなかった時点で、中距離や遠距離に活路を見出すのはいささか苦しい策だと言える。かと言って近距離では村上に敵うはずもなく、打つ手がないとしか言いようがないように感じた。
「ただでさえシューターは、エースには不向きなポジションですからね」
「そうだね。トリオンの振り分けに“射程”や“弾速”もあるし、ほぼ“威力”に割けるアタッカーよりは、確かに不利よね」
「しかも鋼さんには“同じ手”は通用しない。個人戦ではなくチーム戦ってことで考えるなら、鋼さんを狙うのは避けて来馬先輩や太一先輩を狙うのが無難なんでしょうが……」
「でも村上先輩は……もちろん太一くんもだけど、あの二人は何があっても来馬先輩を守りにくるよ」
「……ですよね~。ってことは、鋼さんを無視して来馬先輩から落とすってのも難しいかもですね」
「まあ、ランク戦なら最初の転送位置はランダムだから、そこで有利を取れればあるいは……」
「でも、そんな運任せな戦略じゃ意味がないですよね」
「わかってる。だから悩むんじゃない」
陽平と熊谷は思いつくまま考察を口にするが、けっきょくは八方塞がりとなるのも、いつものことだった。
「鈴鳴第一と那須隊は編成が似ているから、個々の実力差が出やすいのかも……」
「じゃあ、やっぱり私が村上先輩を抑えないといけないってこと?」
「一対一じゃあ難しいから、そこは日浦ちゃんと連携して」
「茜に狙撃させるって、それってつまり私が村上先輩の隙を作らないといけないってことじゃん」
「まあ……」
「二対一で村上先輩の相手をしている間に、玲が来馬先輩と太一くんを同時に相手にする……」
「そっちは那須先輩の“鳥籠”があれば、なんとか……」
「やっぱりそれしかないのかな~」
「たぶんウチが闘っても、同じ戦法をとると思いますよ。姉ちゃんを鋼さんに充てて隙を作らせる。で、真由美さんがそこを突いて狙撃。その間に、俺とあーちゃんで来馬先輩と太一先輩を削っていく。ガンナーの火力差ならウチに分があるし、来馬先輩にはハウンドがあるから、きょくりょく近い距離から応戦できればなおいい。一番のポイントは、鋼さんを他の二人には近づけないってことですよね。鋼さん単独でも苦しいのに、そのうえ二人分のシールドで徹底的に防護されちゃったら、正直打つ手ないです」
「それが鈴鳴の常套手段だもんね~」
「あとはやっぱり……」
「常に新しい技を使う……か」
陽平と熊谷は、ついには『う~ん』と唸ってみるものの、やはり妙案は浮かばなかった。
★
久摩支部。ここでは朝美、緑川、黒江の中学生組が防衛の任に就いていた。
朝美と緑川は同期入隊で同い年であり、緑川と黒江は同郷の幼馴染みということもあって、互いにボーダーの中でも気心の知れた仲だと言える。また朝美にとって黒江は――それは緑川にとってもだが――ボーダーの、特に正隊員の中では唯一の年下隊員ということもあって、普段ならありえない“先輩”という立場を実感する希少な存在でもあった。
「そういえば陽平先輩から聴いたんだけど……」
朝美の言葉に緑川は「何を?」と首を傾げ、黒江は視線を向けることで、その先を促した。
「この前、朋香先輩とランク戦やったって」
そして話の続きに今度は二人「ああ~」と口元を歪ませる。
「いきなり挑まれて、そのまま三十連戦だった……」
黒江が呟いた。
「オレとやる頃にはかなり疲れてたっぽかったけど、それでも二十連戦だったよ」
緑川は平然と答えるが、
「二人の前に熊谷先輩と五十連戦やったって」
朝美の言葉に、二人の歪んだ口元は苦笑いのそれへと変わっていった。つまりはあの日、朋香はトータルで百連戦したことになる。黒江はもちろん、ランク戦好きな緑川ですら、その数の経験はなかった。しかもそれだけの模擬戦を終えてなお、朋香のポイントが減ることはなかったという。
模擬戦には、部隊もしくは複数対複数の混成チーム同士で闘う『チームランク戦』と、一対一で闘う『ソロランク戦』があり、その勝敗によってポイントが増減する。しかし当然、格下の相手との戦闘では勝っても得るポイントは少なく、逆に敗けたときに減るポイントは多いという“ハイリスク・ローリターン”となっており、実際今回の朋香の場合も、熊谷は基より緑川や黒江もポイント的には格下のため、戦績ほどのポイント・アップはなかった。だが、たんにポイントを増やしたい、ランクを上げたい、といった理由以外にも模擬戦をする意味や意義はあり、朋香が軒並みアタッカーに模擬戦を挑むのも、様々なタイプの戦闘を経験したいという理由からだった。たとえば防御に長けた熊谷の剣捌き、グラスホッパーを巧みに操る緑川の機動力、韋駄天や魔光など唯一無二なカスタム・トリガーを使う黒江の奇襲など、他の人とでは経験できないような戦闘スタイルを持つ者との戦闘は、それだけで得るポイント以上の価値があると言える。
「和っちゃんはランク戦やらないの?」
「ランク戦……?」
何気なく振られた緑川からの問いかけに、確かにそう言われてみれば……と、朝美は記憶を遡ってみる。
ボーダーに入隊して間もなく、正隊員へと昇格した頃まではよくランク戦のブースにも顔を出していたが、しだいに勝てなくなり自信喪失からくるスランプで対戦そのものを拒むようになった。そんなとき陽平に声をかけられ榊隊に加入したのがB級ランク戦のシーズン中、そのとき榊隊はすでにB級上位ランクを維持していた。そしてその次のシーズンを以って榊隊はB級2位からA級認定を受け、晴れてA級9位のランクを手に入れたのだった。故に榊隊に加入して以降、個人でのランク戦となると陽平や朋香といったチームメイトと行う模擬戦が専らで、何気に他部隊の者たちとの模擬戦からは遠ざかっていた。
「ああ、そういえば先月やったな~」
そんな記憶の中、ふと思い出したのは先月、A級上位部隊と繰り広げた黒トリガー争奪戦と、玉狛支部に転属となった三雲修との模擬戦だった。しかも黒トリガー争奪戦のときはチーム戦とはいえA級3位風間隊と闘っており、また修との模擬戦はそれこそ遠ざかって久しい個人戦ということもあって、どちらも朝美にとっては普段なら得難い貴重な経験でもあった。
「先月? 朝美先輩、先月ランク戦やったんですか?」
そして独白気味にこぼした朝美の言葉に、興味を示したのは意外にも黒江のほうだった。
「どうした? 双葉。和っちゃんがランク戦したのが、そんなに気になるのか?」
こういうとき決まって反応しそうな緑川も、またそれを意外に思ったのか、自分より早い反応を示した黒江にそう尋ねると、黒江は「えっ!?」と声を漏らしたあと言葉を続けた。
「私、正隊員になってすぐに加古さんに誘われてA級チームに入ったから。このまえの朋香先輩とのランク戦って、久しぶりの個人戦だったな~って」
「個人戦がしたいならオレがいつでも相手になるのに。それに他にも、言えば相手してくれる人だっていっぱいいるし」
「そうだよね。基本、アタッカーの人ってランク戦好きってイメージあるし」
朝美にとって身近なアタッカーとなると、朋香や緑川が真っ先に思い当たるのだろう。その二人のイメージから『アタッカー=守るより攻めるほうが好き』という図式が成り立ったのかもしれない。以前、朝美が見た陽平と陽介の戦闘シーンでも、朝美は二人に対し同じような印象を持った。むろん陽介はアタッカーであり、陽平も今でこそオールラウンダーとなっているが、もともとはアタッカーだ。だが緑川の提案にも、朝美の見解にも、黒江は同調を見せなかった。どうやら黒江の言いたかったことは、そこではないらしい。
「私がしたいということじゃなくて。朝美先輩がランク戦やってるっていうのがイメージできなくて……」
「ああ~。確かに榊隊に入ってから、あんまり和っちゃんがランク戦やってるの見たことないな~」
「それまではけっこうやってたの?」
「そりゃー、入隊当初はかなり強かったよ。実際、B級に昇格したのも同期の中じゃかなり早いほうだったんじゃないかな?」
緑川は当時の印象をそう語るが、実のところB級に昇格したのは緑川のほうが早く、入隊当初の朝美の圧倒的な強さも、火力重視のトリガーを力任せにぶっ放しただけで、そこには戦略も戦術も介在していない。それは見方を変えれば、それだけで他を圧倒できるほどポテンシャルが高かったということになるのだろうが、B級昇格以降は正隊員用のトリガーを使うようになり、それ故に火力重視のアドバンテージが通用しなくなったがためにスランプに陥ったというのが朝美の自己分析だった。
「けど二人だって、新入隊員の頃から凄かったよ。駿くんも黒江ちゃんも正隊員になってすぐA級部隊から勧誘されてるし」
朝美もまた、榊隊からの勧誘を受けてはいるが、やはりいきなりA級部隊に勧誘されるということは、それだけ実力を――しかも“精鋭”と呼ばれるA級部隊に――認められたということだ。
B級も中位以上になると、その部隊特有の、得意とする戦術や戦法が決まってくる。それがA級ともなれば、そのコンセプトもかなり確立されていると言ってもいい。そんなA級部隊にいきなりB級の、しかも上がりたての新人が加入すれば、チーム戦術に順応するまでは隙が生まれやすくなるというデメリットもあり、実際にそこを集中的に狙い撃ちにされた結果、ランクを落とすことも珍しくはない。新メンバーの加入はそのため、新しい戦術が増えたり、戦力の増強に繋がったりというメリットの反面、諸刃の剣とも言えた。
緑川の所属する草壁隊はA級4位。ボーダーでは唯一、オペレーターが隊長を務める稀有な部隊だ。その隊長の草壁早紀は、機器操作、情報分析、並列処理、部隊指揮など、その能力は広範囲かつ高スペックを誇る。また他の隊員も近距離の緑川だけでなく、すべてのレンジに対応しており、バランスのとれたチームだ。
黒江の所属するA級6位加古隊は、元A級1位部隊に所属していた加古望を隊長に、カスタム・トリガーと“特殊工作員”と呼ばれるトラッパーの存在によって、相手の虚を突くトリッキーな闘い方でランクを上げていた。
どちらの部隊も、A級だけあって独特かつ特有な戦術を使うチームだが、そんなチームから誘いを受け、今ではまさに戦力として活躍している緑川と黒江の実力は、朝美から見ても相当高いものだった。
「けど勧誘ってことなら、確か陽平先輩も加古さんに勧誘されたんですよね?」
「えっ!?」
「えっ!?」
黒江の思わぬ言葉に朝美と緑川の驚きの声が重なる。
「違う! 違う! 加古さんに勧誘されたのは姉ちゃん先輩のほうだよ」
「ええっ!?」
「ええっ!?」
今度は朝美と黒江の声が重なった。ちなみに緑川は個性的なニックネームで親しい人たちを呼ぶことが多く、朝美が『和っちゃん』と呼ばているように朋香は『姉ちゃん先輩』と呼ばれていた。
「そうなんですか? 朝美先輩」
「ええっ!? いや、待って! 待って! 私、その話はどっちも初耳なんだけど」
加古隊は隊長の加古の方針で、隊員はイニシャル“K”で統一されている。蝶をモチーフとしたエンブレムにも、その羽には“K”とデザインが施されており、故に加古は今でもイニシャルに“K”を持つ有望な隊員を勧誘しているという。もちろん、緑川や黒江の話は黒江が加古隊に加入する以前の話ではあるが、朋香と陽平の戦闘スタイルを考えたとき、その話はどちらも信憑性が高いのではないか、朝美はそんな気がしてならなかった。
新加入となった黒江と同じく、朋香は弧月に旋空を併せて闘う。もし加古が黒江と同じタイプのアタッカーを探していたとして、それが黒江と知り合う前なら、朋香を選んでいたとしても不思議ではない。
また陽平は元アタッカーでもあるが、正隊員になって以降はスコーピオンに射撃トリガーを絡めて闘うのが定石となっている。スコーピオンに射撃トリガーの組み合わせ、しかも加古が使うアステロイドやハウンドも陽平のトリガーセットに含まれているという共通点を考えると、加古が陽平を勧誘するのも、その可能性は決して低いものではないだろう。
「和っちゃんはそういう話、実際に本人たちからは聴いたことないの?」
「うん……」
そう頷く朝美は、実は自分が二人については、あまり知らないのではないか……そんな気がしてきた。確かに自分から積極的に、二人に過去のことを聴くようなことはしたことがない。それはしかし、他人のプライバシーを侵すことを良しとはしないため、あえて詮索をしなかった……というわけではなかった。たんにそんな機会がなく、ただタイミングが合わなかっただけのことではあるのだが、やはりチームメイトについて、自分が知らないことを他の人が知っているというのは、朝美自身も良い気はしなかった。
「けど、朋香先輩がもしウチにいたら……か。私ならどんな連携をするかな」
ついこの前の、朋香とのランク戦を黒江は思い返し、想像してみる。朋香の両刀での旋空弧月に、自分の韋駄天を組み合わせれば、果たしてどんな闘い方ができるだろうかと。
「いやいや、双葉となら凪ちゃん先輩のほうが相性いいんじゃない? 双葉の韋駄天の弱点も凪ちゃん先輩のバイパー+スパイダーなら補えるだろうし、加古さんと連携してハウンドで攻撃ってのもアリだと思うしね」
『それを言うなら……』と、緑川の意見にさらに黒江が持論を返す。もはや二人の会話は、朋香もしくは陽平を加古隊に入れたときの戦法……についてになっており、その話は尽きそうになかった。ただ朝美だけは、逆に今の榊隊に朋香や陽平がいなかったとしたら、いったいどうなっていただろうかと、それを想像するだけで冷や汗すらかきそうになる。特にもし、自分を榊隊に誘ってくれた陽平が加古隊に入っていたとしたら、たぶん自分は榊隊に誘われることはなかったはずだ。朝美にも、それだけは断言できるからだ。
とりあえず今は、加古の誘いを断ってくれた朋香と陽平の決断に感謝する朝美だった。もっとも朋香と陽平が加古に勧誘されたという情報じたい、緑川と黒江からもたらされたもので、それが真実なのかどうか、そういう事実があったのかどうかすら、今のところ定かではないのだが……。
★
弓手町支部。まったくの偶然なのだが、奇しくもここに当たった三人は、同じ高校の同じクラスに所属するという共通点を持っていた。
三門市立第一高等学校、二年B組の面々。陽介と出水、そして朋香の三人だった。
「で、けっきょく陽平とはやったのか?」
陽介は、彼の代名詞とも言える槍型の弧月をまるで天秤棒でも担ぐように両肩にかけると、朋香にそう尋ねた。
「まあね。けっきょく五十連戦だったかな。最後はアイツがへばったんでお開きにしたんだけど」
朋香はそれに、しれっと答える。
「五十って……。俺でもしんどいぞ」
「あたしはそれくらいやらないと、やった気がしないの!」
「だいたい陽平とおまえじゃトリオン量が違うだろ」
「何言ってるの。ウチの作戦室にあるトレーニング・ルームなら仮想戦闘モードにもできるから、トリオンなんて無限に使えるじゃん」
「いやいやいやいや。トリオンを無限に使えても、さすがに五十は多いって。だいたい仮想戦闘モードで体力的なカバーはできても、常に戦闘状況に身を置き続けたら、精神的な緊張状態の連続で下手したら自覚なしで疲労困憊になるんじゃね?」
「まあ、確かに最後は陽平もぶっ倒れて強制的にトリガー・オフになってたけど」
陽介の戦闘好きはボーダーでも有名だ。正隊員は普段の訓練はもちろん、個人的にランク戦を行うことで戦闘力を身に着けていく。そんな中でも陽介は、その圧倒的なランク戦の数でマスター・クラスまで上り詰めていた。しかしそんな陽介ですら、朋香を評して“戦闘バカ”と冗談めかすほど、朋香のランク戦好きも有名だった。その上、朋香は先般の――攻撃手ランク1位の太刀川慶との――一件以来、今までにも増して個人ランク戦を行うようになっていた。
「それで、陽平との戦績はどうだったんだ?」
今度は出水がそう尋ねる。
「おっ! やっぱ、気になるのか? 師匠としては」
「やかましい! 槍バカ! 師匠としてじゃなくても気になるだろ。なら、おまえは気にならないのか?」
出水にそう返され、『う~ん』とわざとらしく唸る陽介だったが、ニヤリと浮かべた笑みがその答えを現していた。
「戦績? 確かトータルで二十四勝十九敗七引き分け。最初は連勝してたんだけど、途中から連敗しちゃって、あとは勝ったり敗けたりの五分の状態から引き分けが続いて、最後の何戦かで連勝して辛うじて勝ったって感じ。けど勝ち越すことはできなかったな~。引き分けが七つもあったのは、やっぱ痛いわ。実際、あとちょっとのところで取りこぼしたのもあったし」
「へえ~。陽平のやつ、そんなに強くなったのか~。朋香相手に勝率四割取れりゃ、まずまずだろ」
「まあね。けど陽介だって陽平には勝ってたじゃん」
朋香が持ち出した話は、黒トリガー争奪戦の引き鉄にもなった三輪隊が空閑遊真を襲ったときのことだ。そういえばそのときもこの弓手町だったか……などと考えながら、しかし陽介は朋香の言葉にかぶりを振った。
「あのときは一本勝負だったからな~。五十本はさすがにやりすぎだけど、やっぱ十本はやんないと。一本こっきりだと、やれ『まぐれ』だとか『たまたま』だとか『運が良かっただけ』だとか言われちゃうからな~」
「陽平はそんな女々しい言い訳なんてしないよ」
「いや、陽平じゃなく俺自身が納得できないんだよ。たった一本じゃ勝った気がしない」
「ふ~ん。まあ、それはわかるけど……」
アタッカー二人の会話に出水は苦笑いを浮かべる。陽介は朋香を“戦闘バカ”呼ばわりするが、出水から見れば陽介も十分に“戦闘バカ”に見えた。
「ところで朋香」
「なあに?」
「前から聴こうと思っていたんだけど……。何でおまえ、あんなに太刀川さんに突っかかるんだ?」
唐突に改まって、出水はそう切り出した。本来であれば、それは聴きにくいことなのだろう。しかし出水にとっても、他人事と言いきることはできない。自分の所属する部隊の隊長と、自分のクラスメイトとの確執。むろんそれを自分が仲介して互いの蟠りをなくそうとか、そんな大それたことを考えていたわけではない。だが、双方をよく知る出水だからこそ、その確執には掛け違えたボタンのような、そんな認識や記憶、意思や見解の齟齬があるのではないか、そんな気がしてならなかったのだ。
「それ、俺も気になってたな~」
出水の問いかけに、陽介もそう言葉を続ける。陽介にとって朋香は、出水と同じくクラスメイトであると同時に、神凪陽平という同期でもありライバルでもある友人の姉だ。やはり何か力になれるなら……いや、たとえ力になれなくても、その胸の痛みを少しでも共に分かつことができるなら。おこがましいことは承知の上で、それでも言葉をかけずにはいられなかった。
「俺は朋香が理由もなく他人に突っかかるやつとは思えない。けどさ、太刀川さんも……ウチの隊長もさ、他人から恨みを買うような人じゃないんだよ。いろいろ素行には問題あるけど、それだけは断言できる。だからさ……」
だから……出水はしかし、そこで口を閉ざした。朋香の顔が、ただ暗く沈んだからだ。険しく澱む瞳に、噛みしめられた唇。何かに耐えるような、何かを抑えるような、厳しい表情。そしてそれを堪えるように、その皮膚の色には影が刺さる。
踏み込みすぎたのだろうか。焦りすぎたのだろうか。見たことのない朋香の表情を前に、出水は少々の後悔を感じながら、陽介に視線を移す。しかし陽介は、黙ったまま朋香から視線を外すことはしなかった。出水も、そして自分も、今、朋香の心の奥底を探ったのは、決して興味本位からではない。心底心配し、本気で手を差し伸べたかったからだ。そしてそれも、朋香ならわかってくれるだろう。そう思ったからだ。
果たして、朋香は口を開く。重そうに、それでも丁寧に言葉を選びながら。だがそれでも、朋香の口から出たのは、
「太刀川は裏切ったんだよ。そのせいで……」
出水も陽介も想像だにしていない、そんな意外な言葉だった。
活動報告も更新しました。良かったら閲覧してください。