WORST TRICK   作:和久井 誠

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 新章です。遊真と千佳が入隊します。


第4章 入隊
第31話 入隊指導


  

 ボーダーには年に三回、正式入隊日が定められている。毎年、一月、五月、九月がそれで、ほとんどの隊員はこの日を以って正式にボーダーの隊員として認められることとなっていた。そしてこの日、一月八日水曜日、今年最初の入隊式当日。

「まずは、きみたちの入隊を心から歓迎する」

 ボーダー本部長……つまりは戦闘指揮官である忍田真史の言葉から、入隊式は始まった。

 ボーダーの戦闘員は、大きく三つのランクに分かれている。“精鋭”と呼ばれるA級、“主力”と呼ばれるB級、そして訓練生のC級。今、ここに集っているのは言わずもがな、新たに訓練生となった面々だ。そしてもちろん、この中には玉狛支部より入隊した空閑遊真と雨取千佳の姿も見える。なぜか彼らの後ろには、すでに正隊員となった三雲修の姿もあるのだが……。

「この先は嵐山隊に一任する」

 忍田の言葉を合図に、嵐山隊のメンバーが新入隊員の前に整列した。向かって右から順に、嵐山准、木虎藍、時枝充、佐鳥賢と、戦闘員すべてが揃っている。

 入隊指導を務める部隊や隊員は一般に、新入隊員に対する印象や、各ポジションでの実績、人柄、そして当日の任務の状況などが考慮されて選ばれるのだが、嵐山隊は固有の任務として広報活動があり、その任務の一環としてこの新入隊員指導が含まれているため、ほぼ例外なく毎回選ばれていた。だが、今回は嵐山隊とは別にもうひとつ、補佐係として選ばれた部隊があった。

「今日の入隊指導(オリエンテーション)には、この榊隊にも指導に加わってもらう」

 嵐山がそう言うと、嵐山隊と並ぶように今度は榊隊の面々が整列した。嵐山の向かって右に榊真由美が、そこから順に右へ、神凪陽平、和堂朝美が立った。だが神凪朋香の姿は見えない。どうやら朋香のみ不参加のようだ。

“ボーダーの顔”と呼ばれる嵐山隊は、その広報という任務上、ボーダーの部隊の中でも一番、市民に認知されている――言わば一番有名な――部隊だと言える。一方の榊隊も、B級ランク戦を勝ち上がり、つい半年ほど前にA級認定されたばかりということから、一部の市民の間では話題となっていた。そのため、嵐山隊、榊隊、この二つの部隊の隊員の登場に、新入隊員は一気に色めきだった。

「嵐山隊だ!」

「本物の嵐山さんだ!」

「あれが榊隊か!」

「女性が隊長の部隊なんだって!」

「それでA級まで!」

 中には明らかに脚色の混じったような羨望の声もあったが、みな一様に、実際に見聞きした部隊を目の前で見て喜ぶ様子を見せる。

「おー、アラシヤマ隊とサカキ隊、すごい人気だな~」

 その反応に、遊真は違った意味で感嘆の声を漏らした。

 しかし、そんな中でも周りとは違った反応をする者はいるようで……。

「あーあー、喜んじゃって。シロートは簡単でいいね~」

 遊真と同じく新入隊員のひとりが、その周りの反応を『やれやれ』といった表情で皮肉った。

「なあ、それどういう意味?」

 彼の真意がわからず、遊真は尋ねる。

「無知故に踊らされているってことさ」

 遊真はそう返されたが、当然それではやはり彼の真意は掴めない。その意を解せず、遊真は首を傾げた。

「つまり、あの二つの隊は“マスコット・チーム”と“おこぼれチーム”ってことさ。それくらいボーダーの裏事情を知っている人間にとっては常識だし、たとえ知らなくても、ちゃんと見てれば見抜けるはずさ」

「“マスコット・チーム”? “おこぼれチーム”?」

「まあ、知らないなら教えてやろう。まず嵐山隊は広報担当の部隊、つまりは宣伝用に集められたから、顔の良いやつだけが選ばれてるんだ。だから実際の実力はたいしたことはない」

「…………」

「で、榊隊のほうは、去年までB級だったんだけど、相次いでA級から二部隊が隊務規定違反でB級降格の厳罰処分になった。その穴を埋めるために、当時B級1位と2位だった片桐隊と榊隊が揃って現在のA級8位と9位に昇格したんだ」

「だったら、それだけ実力があるってことじゃないのか?」

「それが違うんだよ」

「違う?」

「そう。確かにB級1位だった片桐隊は、当時“B級絶対王者”って呼ばれていて、もともとA級に昇格するのも時間の問題だって言われていた。それに対してB級2位以下は“B級戦国時代”って呼ばれていて、特にB級上位チームはランク戦のたびに順位が入れ替わっていた。そんな状況のときにB級に降格した部隊が出て、そのとき()()()()B級2位だった榊隊がA級に昇格したんだよ」

「B級に降格したチームがいたおかげで、おこぼれでA級に昇格したと……?」

「そういうこと。だから榊隊はA級とは言いつつも、その実力は実際のところB級上位部隊とさして変わらないってことさ」

 言った彼の顔は自信満々な表情だった。しかし彼の言い分を聴いてなお、それでも遊真は彼の言っていることが腑に落ちない。

 嵐山隊とは直接闘ったことはないが、学校にモールモッドが出現したときの嵐山や時枝の対応と、イルガーを相手に闘った木虎の攻撃を見れば、少なくとも彼らが顔の良さだけで集められた部隊ではないことは容易に察しがつく。また、榊隊にいたっては遊真は陽平と実際に剣を交えた間柄であり、今の遊真のスコーピオンでの技のバリエーションは陽平から教わったものだ。そして自分以外にも、朝美と闘った修や、真由美から指導を受けた千佳から聴いた話からでも、榊隊の実力は見当がつく。遊真にはA級とB級の間にどれだけの隔たりがあるかはわからないが、少なくともその実力が“おこぼれチーム”などと揶揄されるような些末なものだとは思えなかった。だが、それでも……。

「こいつら本気か……? ウソは言ってないっぽいけど……」

 彼の言葉に嘘が見えない以上、彼はそれを本心で言っているということになる。であれば、自分が感じた認識とどうして違いが出てくるのか。しかしそれには、遊真の耳元に寄り添うように体の一部――口のような部位――を細長く伸ばしたレプリカが、実に明快に答えてくれた。

「無知故に踊らされている可能性があるな」

 その解答には遊真も『なるほど』と納得の頷きを見せた。

 

「さて、これから入隊指導(オリエンテーション)を始めるが、まずはその前にポジションごとに分かれてもらう」

 嵐山の号令で、指示どおり新入隊員が分かれていく。アタッカーとガンナーを担当するのは嵐山。その補佐に木虎、時枝、陽平、朝美の四人がついた。一方、スナイパー組は訓練場が特別仕様のため別のフロアへと移動する。担当は佐鳥。その補佐には真由美がついた。もちろん、真由美以外にも補佐係はいるのだが、彼らはすでに訓練場で待機しているらしい。

「改めて、アタッカー組とガンナー組を担当する嵐山准だ」

 嵐山はそう言うと、訓練生のボーダーにおける今後の流れについて説明を始める。

 訓練生には訓練生用のトリガーしか与えられない。それはB級に昇格する以前の修が使っていたものと同等のもので、正隊員用のトリガーとは違い、使用トリガーはひとつで、かつその威力も弱い。またベイルアウト機能のような標準装備もついてはおらず、それがまさに、ボーダー基地本部で行う訓練にのみ使用が限定されている所以(ゆえん)でもある。

 では、正隊員用のトリガーを使うためにはどうすればいいのか。それは単純明快、正隊員になれば良い……とはいえ、そこまでの道のりは決して容易なものではない。正隊員になる方法は、たったひとつ。それは現在の自分のポイントを四千点まで上げる。ただ、それだけだ。原則、訓練生は一様に千点が付与されている。そのポイントを週二回の合同訓練で良い結果を残す、またはランク戦でポイントを奪い合うことで上げていく。四千点に到達すれば、晴れてB級に昇格し、正隊員となることができる。つまりそれは、部隊を編成することも、もちろん既存の部隊へ編入することも、そして防衛任務に就くことやネイバーと闘うことも認められるということだ。

 嵐山のひと通りの説明に、遊真は「ほう」と納得の表情を見せる。確かに左手の甲を見れば、そこには“1000”という数値が浮かんでいた。

「まずは訓練のほうから体験してもらう。ついてきてくれ」

 嵐山に先導されて、新入隊員は入隊指導(オリエンテーション)用の部屋へと向かう。仮想戦闘モード……つまりはトリオンが切れることのないこの部屋で、ボーダーの集積データから再現したネイバーと闘う“対ネイバー戦闘訓練”が始まった。

 

 

 アタッカー、ガンナー共用の訓練場へと向かう道すがら、先導する嵐山と時枝の後を訓練生たちはついて行く。更にその後ろ、最後尾を陽平は木虎と歩いていた。すぐ前には、朝美が修と談笑しながら歩いている。どうやら先日の訓練が、お互い打ち解ける機となったのだろう。それを見て陽平も、『良い傾向だ』などと頬が緩む。

「何?」

 そんな陽平の表情に、木虎が訝しむようなトーンで声をかけた。

「何って?」

「何で突然にやけてんのよ?」

「にやけてる? 俺が?」

「無自覚? 朝美ちゃんを見て、にやけてるように見えたけど?」

 にやけているつもりはなかったが、心情が顔に出ていたかと、陽平は苦笑う。

「いやいや、人見知りのあーちゃんが三雲と普通に話しているみたいだから、良かったなって……」

 それは咄嗟に出た言葉だったが、陽平にとっては本音でもあった。

「何それ? 神凪くん、それじゃまるで朝美ちゃんのお父さんみたい」

 言い方によっては、冗談交じりのような、相手をいじるような、からかうような、そんなニュアンスにも聞こえそうだが、木虎はそう言うと、まるでもうその話には興味をなくしたかのように目をそむける。どうやら木虎もまた、その言葉はある種の本音のようだった。

 陽平は、『お父さん……ねえ』と、木虎の言ったことを心の中で反芻しながら、再び朝美に目を向ける。変わらず朝美は修と談笑しているのだが、陽平から見れば、いくらチームメイトとはいえ、新入隊員の入隊式に担当者でもない正隊員がただのつき添いで同行するなど、修のほうがよっぽど『お父さん』みたいに見えた。

 

「まず最初の訓練は、対ネイバー戦闘訓練だ」

 全員が揃ったところで、嵐山はそう告げる。見れば、訓練室内にはバムスターが現れていた。本来であれば体長は十メートル前後はあるのだが、そこは訓練用だからだろう。いくぶんか小振りとなっている。だが設定が変更されているのは、なにも体長だけではない。初心者用に攻撃力はほとんどないが、そのぶん装甲が厚くなっており、つまりそれは、やられにくく倒しにくい構造となっていた。嵐山が『ケガをすることはない』とつけ加えたように、後先のことを考えなくてもいいぶん、自身の純粋な戦闘力――すなわち、トリオン量や攻撃力、武器の扱い方、創意工夫など――が試される訓練とも言える。故に、この訓練がまず最初に選ばれるのも、今では通例となっていた。

「私のときも、いきなり()()だったわ。これでだいたいわかるのよね。()()()()()かどうか」

「俺のときもこれだったな~。だいたい一分を切れればいいほうって言われてるけど」

 制限時間は五分だが、そこはボーダーの入隊試験に合格した者たちだ。みな我こそは最短で倒そうと意気込みを見せる。特にここ最近では、新記録や好記録が生まれることも珍しくはなかった。とはいえ、それでも陽平の言ったとおり、一分を切る記録となると至難の業で、その壁には他の同期とは違う()()を持っていなければならない。

「陽平先輩は何分だったんですか?」

「俺? 俺はギリギリだったよ。四分五十八秒。ラスト二秒だったね」

「あら、意外ね。神凪くんなら何やかやと卒なくこなしそうだけど」

「俺は同期の中では劣等生だったからね~。あーちゃんは確か……」

「私は十三秒です。でも木虎先輩は十秒切ったんですよね?」

「まあ、九秒だけど……」

「そういや、当時の新記録を出したんだっけ。やっぱ凄いな、木虎は」

「それ、嫌味? すぐその後の期で緑川くんに抜かれちゃったんだけど」

「駿くんは確か……四秒。この記録って未だに破られてないんですよね?」

「ああ。歴代一位は駿の四秒。二位が木虎の九秒で、三位が黒江ちゃんの十一秒。あーちゃんの十三秒は四位だね」

「あれ? 朋香先輩は何秒だったんですか?」

「残念ながら姉ちゃんのときは、別のカリキュラムだったみたい。だから後から入った人たちがこの訓練をしたって聴いて悔しがってたよ」

「朋香先輩らしいわね」

 三人がそう話している間にも、各部屋では次々と訓練生たちが模擬戦へと挑む。

『二号室終了。記録、五十八秒』

 訓練が終わると記録がアナウンスされるが、これがこの日初めての一分切りだった。

「一分切った!」

「すげー!」

 本日の最短記録に沸く訓練生。その仲間と思しき者たちから「さすがだな」と迎えられ、本人も得意気な心情が離れて見ていた陽平たちにも見て取れた。

「五十八秒、まあまあね」

 木虎は変わらず、いたって冷めた表情でそう呟く。

「まあまあか。木虎は厳しいな」

「あら、そうかしら」

「あっ! 次、空閑くんが入ります」

『五号室、用意』のアナウンスに従って、遊真がその部屋へと入っていった。その顔には余裕の色すら見える。

「さてさて、お手並み拝見だな」

 陽平の独り言に誘われるように、朝美や木虎も五号室のモニターを注視した。その傍らで同じように、遊真の部屋のモニターに向けられた修の目には、ひとり不安気な色が浮かんでいる。

 それは一瞬だった。

『始め』のアナウンスと同時、遊真の体がバムスターの上を舞う。何が起こったのか、いや、遊真が何をしたのか、その場にいた誰もが視認することはできなかっただろう。ただ朝美だけが、そのサイドエフェクトによって、辛うじて遊真がバムスターを一刀両断したことを理解した。だがそこはたいした問題ではない。朝美が見たその光景が何だったのか、それがほんの数秒後には誰の目にも明らかな形で現れたからだ。

 バムスターの体が前から後ろへと真っ二つに分かれる。制限時間を示す時計のデジタルは“04:59:41”という数字を映しだしていた。コンマ六秒、それは一分切れれば御の字と言われるこの訓練で、一秒を切ったということを意味していた。

「いやいやいやいや、そんなわけないだろ! まぐれだ! 計測機器の故障だ! もう一回、やり直せ!」

 それはつい先ほど、本日の最短記録を打ち出した隊員からのクレームだった。よほど自分より短い時間で、それも過去を見ても新記録となる、まさに前人未到の記録が出たことを認めたくはないのだろう。

「もう一回? いいよ」

 しかし余裕の雰囲気を崩さない遊真は、次も淡々と先ほどと全く同じ光景を見せる。“04:59:62”と表示された計測機器からは、記録が更に縮まったことが告げられていた。

「ははは、やっぱすげえな」

 その結果に陽平は素直に感心する。まさか二回続けて一秒を切るなど、たとえ以前の模擬戦から遊真の実力を量っていたとはいえ、さすがにそこまでの記録を生み出すなど、どうして想像できるだろうか。遊真の実力の、その一端を目の当たりにして、陽平は静かに口角を上げた。

「凄いですね、空閑くん」

 朝美が呟く。その横で、修はほっと胸を撫で下ろした。

 部屋から出た遊真は、瞬く間に同期に囲まれている。つい先ほどまで驚きで声すら出せなかった彼らはもう、惜しみなく賛辞の声をかけていた。

「今、すべてが腑に落ちたわ」

 そんな光景を見て、今度は木虎がそう呟く。それは独り言のようにも思われたが、しかしその目は修に向けられた。木虎は更に言葉を続ける。

「あなたの学校を襲ったネイバーを倒したのは彼ね?」

 それは一ヶ月ほど前に起きた連続イレギュラー・ゲート発生事案でのこと。そのうちのひとつが、修の通う三門第三中学校に開き、モールモッド五体が出現。三体は駆けつけた陽平たちによって倒されたのだが、残りの二体は修が倒したと報告が上がっていた。

 木虎の質問の真意を諮りかね、修は一瞬、口を(つぐ)むが、それでも覚悟を決めたのだろう。

「そうだよ」

 短く一言、そう返した。

 今となっては、ボーダー上層幹部や一部のボーダー隊員にも遊真がネイバーだという事実は周知となっている。しかも木虎は、その周知されている嵐山隊の隊員だ。であればもはや、少なくともそのメンバーに対しては、遊真の素性や今までの出来事を隠す必要などない。もちろん修自身、遊真についてすべてを知っているわけではない。だがそれでも、ことここに及んでは、その真相が遊真にとって不利益となることはない。修はそう判断した。

 言って、修は木虎のリアクションをうかがう。驚くか、疑うか、いや、怒るか、呆れるか、それとも責めるだろうか。果たして……。

「やっぱり! そういうことだったのね! 三雲くんにあんな真似、できるわけないと思っていたわ!」

 喜んだ。さすがにそのリアクションは想定外だったと、修のほうが戸惑う。なぜ木虎がこんなにも嬉しそうなのか、修には理解できず、ちらりと陽平のほうに視線を向けた。が、陽平も修の心中を察したのか、それでもやはり木虎の心中までは察することができず、まるで『さあ?』とでもいうような表情を修に返した。

 

 

 同じ頃、榊隊作戦室。室内に設置されてあるアタッカーとガンナー用のトレーニング・ルームに朋香は立っていた。

「……って、これは?」

 朋香の頭上には見慣れない物体が浮遊している。

「イルガーというネイバーだ」

「イルガー? どっかで聴いたことがあるような、ないような」

 イルガー……それは修たちの学校にイレギュラー・ゲートが発生した日、その数時間後に開いた別のイレギュラー・ゲートから現れた新型のトリオン兵だった。

「あるだろ。私はちゃんと言ったはずだぞ。それで、こいつの特徴は……」

 春瀬奏恵は、モニター越しに朋香を見ながらその説明をしようとしたのだが、

「とにかく、コイツをぶった斬ればいいんでしょ?」

 奏恵の言葉も途中で遮り、朋香は腰の弧月を抜いた。

「ちょっと! 朋香!」

 そして奏恵の制止も聴かず、そのまま右手でグラスホッパーを出すと、高く跳躍する。そのジャンプ力はイルガーの更に上まで届いていた。

「あのバカ!」

 奏恵はモニター越しに朋香を見ながら、嘆息気味にそう口にする。

「まあ、朋香らしいな。いいじゃないか。身を以って知るのも良い経験だ」

 奏恵にそう答えたのは、司城成。榊隊の専属エンジニアであり、この『対イルガー戦闘システム』の基礎を構築した人物だ。奏恵はそれを基に、玉狛支部のオペレーター、宇佐美栞の協力を得て、ついに昨日、完成にこぎつけた。

 振り下ろされた朋香の弧月は、イルガーの背中を斬り裂く。

「楽勝! なに? この程度?」

 それは、わざわざ自分用にと個別に作られたプログラムにしては、あまりにあっけないと感じるほど、朋香にとっては手応えのない敵だった。だが……。

 イルガーの背中から何本もの突起物が現れる。

「…………?」

 それは一見、触手のようにも見えたが、それらは複数で絡み合い、少なくとも朋香の体を大きく凌ぐほどの塊となっていった。しかもその塊自体も、何本も生成されていく。

「とにかく全部斬ってけばいいんでしょ!」

 朋香はメイン側の弧月も抜刀し、二本でその突起物を斬り裂こうと試みた。しかし斬れない。

「なに? こいつ! 超カタイんだけど!」

 二本の弧月はその突起物と合わさり堅い音を立てる。だが斬れない。何度も何度も、朋香は弧月を振り下ろすが、それに傷を与えることはなかった。

 やがてギュインと歪な機械音が鳴り響く。と、気づけばイルガーの高度が下がってる。それでも朋香は手を休めない。何度も、何度も、その突起物に斬りかかる。

「なんなの!? こいつ!」

 やがて朋香の表情に焦りの色が浮かび始めた。イルガーの高度は変わらず下降を辿っていく。

「いいかげんにしろーっ!」

 まるで全トリオンを使いきろうかとするように、朋香はありったけの力をこめて、二本の弧月に旋空を絡めた。

 旋空弧月……その拡張された刃の穂先は、一閃、突起物を軒並み斬り倒していく。しかし、時はすでに遅かった。

 

 ドーッン!

 

 派手に上がった爆音。と、同時に凄まじい衝撃が朋香の体を吹き飛ばす。これがトリオン体でなければ命を落としていたであろう。いや、たとえトリオン体であったとしても、ペインレスに設定していなければ、その激痛に耐えうることすらできなかった。吹き飛ばされた朋香の体は、そのまま空中から地面へと叩きつけられていた。一瞬、何が起きたのか把握できない。

「へっ!?」

 驚いてはいるはずなのに、驚きの声すら出ず、ただ口から出た言葉はそんな間の抜けたものだった。

 なぜ今、自分は横たわっているのか。なぜ今、自分は空を見上げているのか。思考が現実の時間の流れに追いつかない。

「大丈夫か? 朋香」

 奏恵の呼びかけに、やっと自分がイルガーの爆発に巻き込まれたのだと結論づけることができたが、今更それに気づいたところで、どうすることもできなかった。

「仮想戦闘モードに救われたな」

 今度は成がそう言葉をかける。イルガーに放った旋空弧月は渾身の力をすべて込めていた。たとえそこで倒せていたとしても、いいところ相打ちが関の山だろう。

「あれは自爆?」

 朋香は呟いた。それは奏恵や成に返事を求めての問いかけではない。イルガーが自爆したことはさすがに理解した。だがそこに気づけたのが、自爆したあとだったということが朋香は情けなかった。と同時に、もしあのイルガーが一体ではなかったとしたら……。そう考えると、ぞっとすらする。

「イルガーは上空からの爆撃に特化したトリオン兵だ。背中に突起した砲台にダメージを受けると自爆する性質がある」

 奏恵にそう説明され、朋香は先ほどの光景を思い返した。なるほど、自分の攻撃はイルガーの自爆を誘発しただけだった。そう理解した朋香は、しかし空を見上げたまま頬を緩めた。

「おもしろいじゃん!」

 そう言って、勢いよく立ち上がる。と、おもむろに軽いストレッチを始めた。それは体のダメージを確認するかのように。

「朋香?」

「カナさん! まだあるんでしょ? 今度は同じ失敗はしないよ。どんどんきて!」

 再び朋香は弧月を抜く。もうその目には、いつもの光が戻っていた。

 モニターに映る朋香のそんな様子を見て、奏恵は成に目を向ける。成もまた奏恵に目を向けるが、その表情は心なしか笑っているようにも見えた。

 いつものポーカー・フェイスからは珍しいその印象に、奏恵も思わず笑みをこぼす。

「オッケー! じゃあ、次は二体同時にいくよ!」

 奏恵の言葉を合図に、イルガーが今度は二体、姿を現した。

「望むところ!」

 それに朋香もそう答え、再度グラスホッパーを生成する。『対イルガー用戦闘訓練』が、こうして再開された。




 アタッカー&ガンナー組、スナイパー組がそれぞれ訓練を行いますが、たぶんこの頃から平行して大規模侵攻の備えは始まっていたのでしょうね。
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