WORST TRICK   作:和久井 誠

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 お久しぶり? です。活動報告もごらんください。


第32話 三者三様(四者四様?)

 

 烏丸京介……十六歳。三門市立第一高校、一年B組。玉狛支部所属のオールラウンダーで、ボーダーきってのイケメン。どれくらいイケメンかといえば、ボーダー所属の女性隊員にも彼のファンは“隠れ”も含めれば相当数いるとさえ言われている。それは、あの木虎藍ですら、彼を目の前にすればその顔は“恋する乙女”のそれへと変わるほどであった。

 

 新入隊員のうち、アタッカーとガンナーを志望している者はみな一様に、戦闘訓練を行う訓練室へと集められていた。トリオンが切れることのない特別仕様に設定されてある仮想戦闘モードの各部屋では、今まさに彼らが訓練用のトリオン兵と模擬戦を繰り広げている。

 

「修!」

 

 そう言って現れたのが烏丸だった。烏丸は玉狛支部に転属となった三雲修の師匠でもある。

 

「あ、からす……」

「か、か、か、か、烏丸先輩!」

 

 声をかけられた修より早く、なぜか木虎がそう反応する。すでにその表情は“乙女”のそれだ。

「おう、木虎。久しぶりだな」

「は、はい! ごぶさたしてます!」

「悪い、バイトが長引いた。どんな感じだ?」

「はい! 問題ありません! 空閑くんがかなり目立ってるみたいですが……」

「まあ、目立つだろうな」

「タイムも一秒を切って、この訓練では新記録です」

「ほ~。木虎がそんなに褒めるとは、たいしたもんだな」

「そんな……、私なんてまだまだです……」

「まあ、あいつなら目立っても当然だろうな。それより入隊指導は今回も嵐山隊が担当か。大変だな」

「そっ、そんな! このくらい全然です! それで、烏丸先輩……」

「ん?」

「最近、ランク戦に顔を出されてないですね? お時間があったら、また稽古をつけてください!」

「いや、おまえはもう十分強いだろ。もう俺が教えることなんてないよ」

「いえ! 私なんて、まだまだです!」

 いつもの厳しい目が大きく開く。やわらかい上目遣いは、きっと本人の意識とは無関係なものだろう。頬も紅く染まり、体全体にはどことなく緊張したような硬直感も見られた。

 ああ、なるほど。木虎は烏丸先輩に対しては、自分たちには見せたことのない表情や仕草を見せる。いや、自然とそうなるのだ。と、修は今目の前の木虎から、そんな印象を感じていた。だが、それがなぜなのかまでは理解に及ばなかったが……。

 故に修は、隣にいる神凪陽平にこう尋ねた。

「なあ、陽平。なんで木虎は、あんなに嬉しそうなんだ?」

 どうやら修にとっては、乙女心の機微までを察することは難しいらしい。

「嬉しそう……か? いつも、あんなもんだろ?」

 そして陽平もまた、修と同様に乙女心には鈍感なようだった。

 そんな二人の先輩の背中を見て、和堂朝美が静かに嘆息する。特に陽平に対しては、普段が頼りになる存在なだけに、乙女心や女心を解せない陽平の朴念仁さが殊の外残念で仕方なかった。もっともそうは言っても、ボーダーを離れれば陽平も修もどこにでもいる普通の十五歳、中学三年生だ。特に女より精神的な成長が遅いと言われている男であれば、二人のその反応も致し方ないことなのかもしれないが……。

「そういえば、木虎。おまえ確か修と同い年だったよな?」

「……? はい、そうですね……」

 質問の意図がわからず、首を傾げながらも、烏丸の言葉に木虎は答える。

「こいつ、俺の弟子なんだ。木虎もいろいろと教えてやってくれ」

 だが、次に続いた烏丸の言葉で、木虎の表情は一変した。

「…………!? 弟子……?」

 一気に強張った表情を、それでも隠すように引きつらせながら、木虎は辛うじてそう聴き返す。どうか聴き間違いであってほしい。いや、そうでなかったとしても、何か別の意味の――“弟子”ではなく、自分が知らないだけの同音異義語の――“でし”であってほしいと、淡い可能性に懸けながら。

「そう弟子」

「弟子というと、その……、一対一(マン・ツー・マン)で指導する的な……?」

「そうそう、そんな感じ」

 淡々と答える烏丸の言葉に、木虎の淡い可能性は、その一縷の望みを叶えることなく粉砕してしまった。

「だいぶ先は長そうだけどな」

 烏丸にそう評され、苦笑う修。

「烏丸先輩、こんにちは」

「お疲れさまです」

 修の後ろから陽平と朝美も、烏丸に挨拶をする。

「なんだ、今日のサポートは榊隊か。陽平も和堂もご苦労さま」

 二人に気づき、そう声をかけると、陽平と朝美は「いえいえ」とそれに答えた。

「榊さんはスナイパー組のほうか?」

「そうですね。こっちの組は俺たち二人です」

「じゃあ、嵐山さんにだけでも挨拶しておくか」

「ああ、嵐山さんなら、あそこですよ」

 なんの他愛もない会話である。自分の弟子のチームメイトの様子を見にきて、担当の先輩に挨拶をする。ごくごく普通の、自然な、当たり前な光景。しかしその後ろで、ごくごく普通の、自然な、当たり前な……とは言い難い光景の者も約一名いた。

 烏丸と話をしていたときとはまるで正反対の、怒りにも似たオーラを木虎は修へと注ぎ込む。その表情はまさしく『なんて羨ましい』という心の声が今にも聞こえてきそうなほどだった。

「なんだ? 木虎はあんなに修を見つめて」

 それに気づかない修と、そんな二人を見て疑問を口にする陽平。そしてそんな陽平を見て、静かに、だけど深く嘆息する朝美。陽平が女性の恋愛感情を理解するのは、まだまだ当分先の話だと、年下の女の子から呆れられていることに、未だ陽平は気づかなかった。

 

 

 爆裂音が轟きわたった。そこは榊隊作戦室の中に内設されてあるトレーニング・ルーム。その爆風とともに、神凪朋香の体はまるで小石のように吹き飛ばされた。

「だから闇雲に突っ込んでいってもダメだって言ってるだろ」

 オペレーター・ルームから春瀬奏恵がそう指示を出す。その同じ指示も、本日何回目だろうか。

「まあ、あの猪突猛進さが朋香のウリでもあるんだが……」

 奏恵の傍らで榊隊専属エンジニアの司城成がぼそりと呟いた。

「ちょっと! あのトリオン兵の背中の出っ張り、硬すぎでしょ~」

「まあ、硬いだろうな。朝美ですら撃ち砕くことができなかったんだから」

 朋香のボヤキにも司城は淡々と答える。

「いや、あーちゃんのトリオン量があたし以上なのは知ってるけど、べつにあーちゃんだってそのトリオンすべてを威力に注ぎ込んでいるわけじゃないでしょ。射撃トリガーは他にも弾速や射程があるんだし」

「それでも朝美のアステロイドが威力重視に設定されてあることは事実だし、それでその突起物を粉砕できなかったのも事実だ」

「じゃあ、どうしろっていうのよ!」

「だから奏恵は闇雲に突っ込むなと言っている」

「闇雲に……って。つまり、あたしに頭を使えってこと?」

「ちょっとハードルが高かったか?」

「微妙にバカにされた気がするんだけど……」

 もともと朋香は頭で考えて行動するタイプではない。数多の実戦や模擬戦から得た経験則を基に、五感や時には第六感をフルに使って闘うタイプのアタッカーだ。それは他人から見れば、ただ考えナシに剣を振り回すだけのように見えるが、朋香曰く『考えすぎて体が止まるくらいなら、考えなくても最適解の動きができるようにする』ということらしく、様々なタイプのアタッカーと模擬戦を重ねていくのも(ひとえ)にそれが理由だったりする。

「まあ、朋香に頭で考えろっていうのも難しいかもしれないけど……」

「カナさんまで~」

「大丈夫だ、朋香。たぶんこのイルガーを相手にするのは朋香だけじゃない」

「は? どういうこと?」

「本当にネイバーが大規模な侵攻をしてくれば、この基地の守りは太刀川さんや当真が受け持つだろう」

「太刀川!?」

「なんといっても攻撃手ランク1位だからな。太刀川さんなら造作もなく、このイルガーを倒すんじゃないか」

「太刀川なら……。それって太刀川ができることが、あたしにはできないってこと?」

 太刀川慶。攻撃手ランク1位にして個人総合ランク1位、そしてA級1位部隊を率いる隊長でもある。言わばボーダー内において『現役のノーマルトリガー使い』というカテゴリーで語るなら、その中では間違いなく“最強”という認識が、自他ともに共通の見解だろう。

 そしてこの奏恵の発言に、朋香の目の色が変わる。いや、変わったのは目の色だけではない。表情や手足の先に至るまでの感覚そのものが、さっきまでとはまるで別人のような雰囲気となった。

「できないとは言わないよ。というか、少なくともウチのチームでこれができるのは朋香だけだし、他のボーダー隊員を見回しても朋香なら信じて任せることができると思ったから、このシステムをナルさんや宇佐美に協力してもらって作ったんだ。あとは本来の朋香の実力を、この敵に最も相応しい形で使ってくれれば、太刀川さんに頼る必要もないと、私は思ってるんだけどね」

 朋香はひとつ、大きく深呼吸する。大きく吸い込まれた空気は、その肺に、その腹の底に、その体の隅々に、広く、深く、いきわたっていく。そして今度は体中から、その息を吐ききった。

 鋭く光る両の目が、空中のイルガーを捉える。もうあれで何体目だろうか、などと考えてみたところで、それが不毛なことなのは明白だった。三体目のイルガーが自爆したときから、すでに出現した数を数えることをやめたのは朋香自身だったのだから。

「やってやろうじゃん」

 さっきまでの威勢とは打って変わって、静かにそう口にする。しかしその闘志は、先ほどよりむしろむき出しとなっていた。

 朋香はグラスホッパーを生成し、弧月を両手で抜刀。空中を漂うイルガーを見据えながら、グラスホッパーを使ってそのまま高く跳躍すると、刹那でイルガーの真正面へと辿り着く。そしてそこから、二本の弧月が握られた両手を真上へと掲げると、左右の下へと一気に振り下ろした。

 なんら迷いなく、少しの躊躇いもなく、二本の弧月はイルガーの体を十文字に斬り裂く。しかしそこで終わらない。高く跳躍したまま、空中で朋香は弧月を二本とも鞘へと戻すと、今度はそれを再び引き抜いた。だが、それはただ抜刀したわけではない。鞘から引き抜かれた二本の弧月はそれぞれの刃先を大幅に伸ばした。トリオンを消費することにより、弧月の間合いを大幅に拡張するオプション・トリガー“旋空”。朋香が放った二本の切っ先は、更に遠くに姿を現した新たなイルガーの体をも鮮やかに斬り裂いていった。

 地上に降り立ち、爆発するイルガーを見上げると、やはり静かに……口角を上げる。だがその目はまだ、本当に笑ってはいなかった。

「やればできるじゃないか」

 司城が変わらぬトーンで呟くと、

「けど、これで終わりってわけじゃないよな?」

 奏恵が更に朋香を煽る。

「カナさん、あたしを誰だと思ってるの?」

 しかし朋香は、奏恵のわざとらしいその挑発に、喜々としてのってきた。

「んじゃあ、こっからはちょっと難易度を上げていくぞ」

「望むところ! じゃんじゃんきなさいって!」

 再び朋香は深呼吸をすると、そう言って弧月を鞘へと戻す。見上げる空からは、更なるイルガーの群れが徐々に近づいていた。

「まったく調子に乗せるのが上手いな」

 朋香とのやり取りを見て、司城がそう言うと、

「まあ、長い付き合いなもんで」

 奏恵はそう返して、笑ってみせた。

「朋香は本当に強くなった。この姿を、功にも見せてやりたいもんだよ」

「なに言ってるんですか。見せましょうよ」

「奏恵……?」

「私たちは本気でイサオさんを迎えに行くつもりですよ。だから朋香も、あんなに強くなれたんです。ナルさんだって、そうじゃないですか?」

「私も……?」

「すべての任務は、前回の大規模侵攻でさらわれた人たちの奪還に繋がっています。当然、その中にはイサオさんも含まれている。そして……」

「そして……?」

「私たち榊隊は、そのイサオさんの奪還が最優先任務ですよ」

「奏恵……」

「だからこれからも、ナルさんには協力してもらいますから。私たちが遠征部隊に選抜されるためにも」

「そうだな。いや、そうだったな」

 司城の言葉は、それはまるで弱気になる自分の心に、言い聞かせようとしているみたいに、とても穏やかな声だった。

 

 

「ここがオレたちの訓練場だ」

 嵐山隊スナイパー、佐鳥賢は、自分と同じスナイパーを目指す新入隊員たちを前に、そう紹介した。

 スナイパーの本分は狙撃。つまりは遠く離れた位置から、いかに正確に対象物または敵を撃ち抜くかにある。それは時として戦局を動かし……いや、それどころか不利な戦況を一瞬でひっくり返し、味方に好機をもたらすこともあるポジションだ。それ故、訓練も他のポジションのように実際に戦闘訓練を行うというもの以外にも、そもそもの狙撃の命中率を上げる基礎的な訓練が土台となる。

 ここスナイパー用の訓練場は、十のフロアをぶち抜いて作られており、その全長は三百六十メートルと、ボーダー本部基地においては最大の施設となっている。ちなみに、ランク上位のスナイパーともなると、この全長すら越すほどの射程を持つ者もいるという。

「キミたちはまず、ここで訓練の流れとスナイパー用トリガーの種類を知ってもらう」

 スナイパー用のトリガーは三種類。これはガンナーやシューターの射撃トリガーとは違い、その種類分けは弾の種類ではなくライフルの種類によって区別される。それは、スナイパーが使う弾の特性が、弾そのものではなくライフルを別にすることで分かれているからだ。

 射程重視の万能汎用型“イーグレット”……射程重視とは言いつつも、弾速や威力も決して低いわけではなく、性能面においてはバランスの良いライフルだと言える。『これ一本でだいたいOK』だとか『欠点らしい欠点が見当たらない』などと言われているほど実用性に富んでおり、正隊員においてはすべての隊員がトリガーホルダーにセットし、そのほとんどがメインとして使用している狙撃銃のベースモデル・タイプのライフルだ。

 弾速重視の軽量速射型“ライトニング”……軽量かつ小型なため、女性隊員や小柄な隊員にも扱いやすく、なにより命中率が高いのが最大の特徴。しかしそのぶん威力が低く、一発で倒すことは難しいため、もうひとつの利点である速射性を駆使して連射することでその欠点を補う必要がある。

 威力重視の一撃必殺型“アイビス”……超重量級なため扱いにくく、機動性も低いが、当たれば必ず対象物を撃破に至らしめる、まさにスナイパーの称号である“一撃必殺”という表現に相応しいライフル。しかしその威力故、一発に多大なトリオンを消費する上、連射が効かないため、対大型ネイバー用としての使途が主となる。使いこなすには恵まれたトリオン量と、それを有効に使用するセンスが求められる難易度の高いライフルとも言える。

 正隊員においては、これら三種類のライフルの使い分けは大きく二つのタイプに分けられる。三種類を状況や戦況によって使い分けるタイプと、メインとしてひとつのライフルのみを使うタイプだ。後者の場合は、ほとんどがイーグレットを選んでいる。つまりはバランス良く使い分けるか、ひとつに絞り特化して練度を上げていくか。ちなみに狙撃手ランク1位の当真勇も、イーグレット一本でその座まで上り詰めた後者のタイプだ。

 訓練生の場合、トリガーホルダーにセットできるトリガーはひとつと決められており、それはスナイパーも例外ではない。そのためスナイパーは入隊後の初訓練では三種類すべてのライフルを試し撃ちし、その中から自分に合ったライフルをひとつ選ぶという方法がとられていた。通常はイーグレットが一番多く選ばれるのだが、毎回何人かは他のライフルを選ぶ者もいる。つまりは今日これから行う訓練で選んだライフルによっては、B級昇格までの道のりにも影響を及ぼすかもしれない、重要重大な選択だと言えた。

 佐鳥からの説明を聴いて、訓練生たちは各々準備に移る。

「けど、こうして見るとスナイパーの武器も進化してきましたよね」

 そんな訓練生を見て、榊真由美は隣にいる東春秋にそう話しかけた。

「そうだな。最初はイーグレット一本から始まったんだよな」

 ボーダーで初めて“狙撃手(スナイパー)”というポジションを確立した東も、改めて真由美からそう言われ、その光景に感慨深い気持ちを持った。

「イーグレットは安定していて、性能のわりには使いやすい。普通ならこれ一本で事足りると満足するところなのに、更に各性能を特化させようという発想は、なかなか出るもんじゃないですよ」

 そう答えたのは荒船哲次。今回、真由美や東とともにスナイパー組の入隊指導(オリエンテーション)を補佐する正隊員だ。そしてボーダーに登録されている三十の部隊の中で、隊長を務めるスナイパーは、真由美、東、荒船のこの三人しかいない。

「まあ、まだまだ改良の余地はあるけどな。ライトニングの威力をもっと上げれば重量が増えて、せっかくの利点がスポイルされてしまうし。それにアイビスももっと扱いやすくできればいいんだが。いくら威力が桁外れでも、それでトリオンをごっそり持っていかれるとなると使用者は限られてくる。なかなか一朝一夕にはいかないな」

「まあ、欠点を上げていけばキリがないですよ。いくら性能が良くなっても、けっきょく最後は私たちスナイパーが使うことに変わりはないんですから。銃の改良はエンジニアの方たちに任せて、私たちはまず自分のスキルを上げていかないと」

「そうですよね。榊さんの言うとおり、まずは個々のスキル・アップが大事。その上で部隊としての連携……か」

「連携ってことなら、荒船隊は面白い構成じゃないか」

「そうですね。スナイパーが三人。よく思いきったわね」

「まあ、俺は、もともとアタッカーはマスター・クラスになるまでって決めてましたし。スナイパーのメソッドが完成すれば今度はガンナーに転向するつもりですから」

「壮大な計画だな。でもそれが結果的には、他にはない編成に繋がったわけだ」

「スナイパー・オンリーの部隊なんて荒船隊しかないもんね」

 荒船隊は唯一、スナイパーのみで構成されている。それだけに闘い方もいたってシンプルなものだが、その反面かなり特殊だとも言えた。

 

「あの~」

 

 訓練生たちが思い思いに銃を選び、訓練を開始する。そんな中、そう声をかけてきたのは、玉狛支部から空閑遊真とともに入隊した雨取千佳だった。

「ん? どうした?」

 まず最初の訓練は、とにかく三種類の銃を実際に撃ってみて、その違いを体感することにある。そのため、この段階で質問がくるとは想定していなかったのだろう。少し首を傾げながら、それに東が対応した。

「撃ったあと、走らなくていいんですか?」

 千佳の質問に、その場の空気が一瞬止まる。それは訓練生も、そして正隊員もみな同様に。しかしその理由はもちろん異なるものだった。

 スナイパーにとって一番心懸けなくてはいけないこと……それは“隠密性”にある。いくらライトニングが速射性に優れていようと、それはスナイパー用の銃の中ではの話。ガンナー用の銃と比べれば、やはりそれは一枚も二枚も劣る。つまり一発撃つごとに次の狙撃まで隙ができるわけで、これがスナイパーが接近戦に向かない理由だ。

『スナイパーは居場所が知られれば不利になる』

 これがスナイパーにとっての常識であり、大前提。故に、スナイパーはとにかく自分の居場所を悟られないことを最優先に考えなくてはならない。

『撃ったあと、走らなくていいんですか?』

 千佳のこの質問を聴いたとき、訓練生はみな一様に、これを愚問だと感じた。居場所を知られてはいけないスナイパーが、撃ったあと走っていては、自分の居場所をばらしているようなものなのだから。

「えーと、今は走らなくていいんだよ」

「そうなんですか。すみません……」

 だから、東と千佳のこのやり取りを見て、

「スナイパーは走んないでしょ。隠れて撃つのが仕事なんだから。謎すぎ~」

 そう口にする者もいた。いや、千佳以外の七人の訓練生はみな、一様に同じ考えだった。スナイパーというポジションの特性上、きょくりょく最初の狙撃位置から動かない、それこそが鉄則だと。しかし……。

「誰が師匠なんだ?」

 東は無意識に、そう呟く。その隣で、真由美はこっそりと口角を上げる。東の呟きの真意が、真由美には手に取るようにわかるからだ。見ると東だけではない。佐鳥や荒船もまた、東と似たような表情を浮かべている。そう、正隊員なら誰しも訓練生とは違った意味で、千佳の質問に疑問を持つだろう。それはつまり『訓練生がなぜ、その質問に辿り着くことができたのか』と。

 結論を言えば、千佳の質問――スナイパーは、撃ったあと走る――は、スナイパーの常識として、正しい。

 スナイパーは自分の居場所を知られると、大きく不利になる。これは正論だ。だから訓練生はみな『だから動かない』という選択をした。しかし正解はその逆。

『だから動く』

 スナイパーが狙撃をしたとき、なぜそれが命中する必要があるのか。それは簡単なことだ。狙撃した時点で、自分の居場所が特定されるからだ。どれだけ隠れて撃ったとしても、狙撃はすなわち自分の居場所を相手に知らせる行為に等しい。

『だから走る』

 千佳はすでにその論理に行き着いている。それが東たち正隊員が驚いた理由だった。なぜなら訓練生のうちは、まず命中率の向上に訓練の重きを置いている。そのため本来、狙撃したあとに走って移動するという訓練は、B級に昇格して以降に教わることなのだ。なのに千佳はすでにその訓練を始めている。だとすれば、千佳の師匠は、少なくとも千佳がB級に昇格することを確信している……ということだ。

 ふと、真由美は思う。ああ、そういうことか……と。

 東の持つタブレットには、訓練生のデータが登録されてある。それでもなお、東が千佳の師匠を知る由もないということは、千佳の所属が未掲載となっているということだろう。千佳が玉狛支部所属と知ることができれば、千佳の師匠が誰なのか、それこそ自明の理なのだから。なにしろ、玉狛支部でスナイパーの経験を持つ者は、ひとりしかいない。

 千佳の登録内容に所属を掲載していない理由、すなわちそれは……。

 

「じゃあ、次はきみ!」

「は、はい!」

 佐鳥に促され、千佳がアイビスを構える。超重量級のアイビスは、むろんサイズも特大型だ。人並み以上に小柄な千佳が持つと、その大きさは余計に引き立たされる。

 よろよろと所定の位置にアイビスを固定する千佳。目の前には大型ネイバーを模した巨大な的が姿を現した。

「3……、2……、1……」

 佐鳥のカウントダウンに呼吸を合わせ、千佳が狙いを定める。

発射(ファイア)!」

 そして引き金を……引いた。

 

 ズドーーーーーーーーンッ!

 

 爆音。爆風。鮮烈なまでの光の塊が、ボーダー本部基地で一番広いこの部屋を瞬く間に埋め尽くす。みな、反射的に目を覆うが、目蓋の外側からでもその光の規模を察することができた。鼓膜の振動は体全体にまで広がり、膨大に膨れ上がった空気の圧力が平衡感覚を奪う。その威力はまさに、爆撃……。

 光の塊は一直線に、標的である大型ネイバー擬きを粉砕し、そのまま三百六十メートル先の壁すら貫いた。多量のトリオンを注ぎ込んで造られた分厚い壁には、まるで弾道を示すかのように穴が開き、基地の外にまで一閃の光道が描かれる。

 威力重視のアイビスであったとはいえ、未だかつて目にしたことのないその惨状に、誰もが顔から色を失った。

 

「ご……、ごめんなさい……」

 

 顔面蒼白でそう謝る千佳。いや、こんな状況で一番驚いたのは、千佳本人だろう。のちに千佳の狙撃は、その威力を評して“砲撃”とも“雨取大砲(キャノン)”とも呼ばれることとなるが、それはまだまだ先の話。

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