WORST TRICK   作:和久井 誠

33 / 33
第33話 三雲修VS風間蒼也

 

「迅の後輩とやらの実力を確かめたい」

 入隊指導の統括責任者である嵐山准にそう申し出たのは、風間蒼也だった。

「待ってください! 彼はまだ訓練生ですよ! トリガーだって、まだ訓練用だ!」

 故に訓練室をひとつ貸せと言われ、嵐山は慌ててそう制止する。嵐山の横には、他の新隊員とともに今日付で入隊した空閑遊真がおり、つい先ほどの訓練で好成績を収めた遊真と雑談をしている、まさにそんなときだった。

 嵐山が止めるのも常識的な判断だろう。A級隊員が訓練生と模擬戦など、あまりにも実力の差がありすぎる。それは本人の実力という意味以外にも、使用するトリガーの性能のことも含めて。そしてそのことは、風間自身よく知っているはずだった。

「おれはべつにやってもいいよ」

 遊真はしかし、嵐山の制止を更に制するかのように、そう言って口角を上げる。

「違う、そいつじゃない」

 だが、風間は静かに遊真の反応をそう否定した。どうやら風間にはべつの意図があったのだろう。その視線は、遊真ではなく三雲修へと向けられていた。

「俺が確かめたいのは、おまえだ。三雲修」

 そう言葉を続けた風間は、やはり口調も変わらず静かではあった。それでも修に向けられたその目は鋭く、有無を言わさぬ威圧感がそこにあった。

「……、あの人は……?」

 なぜ自分が指名されたのか、修には見当がつかない。

「A級3位風間隊の風間隊長だよ」

「A級3位!?」

 神凪陽平にそう教えられ、修は思わず驚きの声を上げた。

「なんでそんな上の人がぼくを……」

 ぼくを指名するのか……と、修はそう言いたかったのだろう。風間にとって修は、誰の目から見ても格下、それも相当な格下なのだから。

「A級3位部隊の隊長。でも風間さんはそれだけじゃないわ」

 そう言ったのは、木虎藍。木虎もまた、修に対し厳しい目を向けていた。

「それだけじゃない?」

「ええ。風間さんは、攻撃手ランク2位、個人総合ランク3位」

「つまり単独でも、ボーダーでは間違いなくトップクラスに入る実力者のひとりってことだね」

 現在五百名以上いるボーダー隊員には、戦闘や訓練の結果によってポイントが付与される。そしてそのポイントの獲得数にはランクがつけられており、それは各ポジションごとと、それらも合わせた総合ランクで評価がされていた。つまりは、個人総合ランク3位といえば、全五百名以上のボーダー隊員のうち、S級以外の、ノーマルトリガーを使用する隊員の中では三本の指に入ることを意味している。それが陽平が『ボーダーでは間違いなくトップクラスに入る実力者のひとり』と言い表した理由だった。

「まあ、今の三雲なら百回やっても百回敗けるだろう」

「…………」

「そうよ。悪いことは言わないわ。模擬戦には強制力はないんだから、どちらかが断れば実現はしない。ここは辞退するほうが賢明よ」

「断る……、辞退……、A級3位……、個人総合ランク3位……」

 木虎からそう言われ、しかし修の決断は鈍る。この模擬戦の意義とは何か。なぜ風間は自分を指名したのか。それは風間にとって、何のメリットがあるというのか。自分にとっても、ただ敗けるとわかっている戦闘に何の意味があるというのか。その行き着かない答えが、修を逡巡させていた。

 木虎が言うとおり、ここは辞退するほうが賢明なのだろう。だが、修はそれでもその言葉を口にすることはできない。

『お断わりします』

 たったその一言が、修の口からは出てこなかった。

「ああ~、あとつけ加えて助言するなら……」

 そんな修を見かねたのか、更に陽平がそう続く。

「風間隊は、前回のネイバーフッド遠征の選抜部隊のひとつだぜ」

 一瞬、修の目が、きょとんと驚いたようなそれへと変わる。が、すぐ次の瞬間、明らかにその目の色は変わった。それはすぐ隣にいた木虎でさえ、

「ちょっ、ちょっと! 神凪くん!?」

 慌ててそう、陽平の口を(つぐ)もうとしたほど、鮮明だった。

「ネイバーフッド遠征の選抜部隊の隊長……」

 修の両手が強く握られる。それは確固たる意志を再確認するかのように。

「あとは、おまえが見据えているものの高さしだいだな」

「見据えているもの……」

「俺たち榊隊()来期の遠征選抜を狙っている。だから俺からすれば風間さんと模擬戦なんて羨ましいかぎりだけどな」

 陽平のその言葉を最後に、沈黙が空気を支配する。だがもう修の覚悟はすでに決まっていた。

 顔を上げた修は風間に視線を向けると、その表情からはさっきまでの迷いの色は、すでに払拭されている。

「風間先輩! 受けます。やりましょう! 模擬戦」

「三雲くん!? ちょっと!」

 木虎の制止はもう、修の耳には届かなかった。

「訓練室に入れ。三雲」

 風間から静かにそう言われ、修は真っ直ぐ階段を下りる。その後ろ姿をただ、陽平と木虎は見送る他なかった。

「どういうこと?」

 歩を進める修の背中を見ながら、木虎は口を開く。その言葉はむろん、陽平に向けられたものだ。

「どういう……って?」

「とぼけないでよ。何で三雲くんを煽ったのよ」

「煽った?」

「煽ったでしょ。三雲くんはネイバーフッド遠征の選抜を目指してる。そこに、あんな言い方をされたら……」

「なんだ。木虎も三雲が遠征選抜を狙ってるって知ってたのか」

「知らないわよ、そんなこと。けど、さっきのやり取りを見ていたら、誰だって容易に察しがつくでしょ」

「なるほどね」

「…………」

「…………」

 しかし、待っても陽平からの回答はない。再び沈黙が、今度は二人の間を支配した。果たしてしばしのあと、口を開いたのはやはり木虎のほうだった。

「それで、勝算はあるの?」

 わざわざ煽ってまで、修を格上の風間と闘わせる。その意図を、修ならあるいは風間に……と、そう思ったからだろうか。木虎はそう考えた。だが、陽平はその問いにははっきりと返答する。

「勝算? まさか。三雲が風間さんに勝つなんて、万にひとつもあるわけないだろ」

「なっ!? 神凪くん!?」

「俺たち榊隊ですら、風間さんひとりを倒すのに、俺と姉ちゃんとあーちゃん、三人がかりでやっとだったんだぜ。しかも俺と姉ちゃんは犠牲になって、それでやっとだ。三雲は正隊員の中でも間違いなく最弱だろう。なのにたったひとりで風間さんに勝つなんて、さすがにありえない」

「じゃあ、何でたきつけたのよ!」

「けどさ、弱いから敗けるわけじゃないよな」

「え…………?」

「逆に強いやつが必ずしも勝つわけでもないだろ」

「なら、三雲くんもって?」

「いや、三雲は万にひとつも勝てないよ」

「神凪くん!?」

「けど、万にひとつもなくても、一万一回やればわからない」

「どういうこと?」

「持たざる者が、知恵と工夫でどこまで闘えるか」

「………」

「風間さんの口癖だ」

「けど……、それでも……」

「おまえだってそうだったろ」

 言われて、木虎は何も言い返せず、ただ階下へと下りる修に目を向けた。

 ガンナーとして入隊した木虎は正隊員に昇格して以降、自分のトリオン量の少なさに射撃にこだわる闘い方を改めた。スコーピオンを覚え、スパイダーを併用し、近接戦闘を取り入れ、今ではA級部隊のエースとして活躍している。もしトリオン量に恵まれていたなら、もしかしたら今もガンナーとして中距離射撃に徹した戦闘をしているかもしれない。足りないものがあったから、それこそ風間や陽平の言葉を借りるなら、()()()()()だったから()()()()()で今のスタイルを手に入れ、結果、チームの勝利に貢献できているとも言えた。

「まあ、お手並み拝見だな」

 陽平はそう言って、階段を下り、階下へと向かう。そこはちょうど遊真が同じ支部所属の烏丸京介と座席に座ろうとしているところだった。

「木虎先輩」

 今度は和堂朝美が木虎に声をかける。

「私たちも一緒にあそこに行きましょう」

 朝美が指したのもまた、陽平が今向かおうとしている遊真たちのところだ。

「えっ!?」

「烏丸先輩の隣、空いてますし」

「ちょっ、ちょっと! 朝美ちゃん?」

「さあさあ、早く」

 朝美に背中を押され、木虎も陽平の後へと続く。

「何でそこで烏丸先輩の名前が出てくるのよ!?」

 本人はむろん、無意識なのだろう。しかし赤く頬を染める木虎の表情に、朝美はどこか嬉しそうに口元を緩めた。

 

 

 修と風間の模擬戦が始まった。

 シューターである修は当然、距離をとって射撃に徹する構えを見せる。対峙する風間はアタッカー、それもスコーピオンの二刀流だ。近接戦闘では勝ち目がない。故の判断だった。だが、しかし……。

「なるほど。レイガストを盾として使う、防御寄りのシューターか」

 風間は言うや、その体を消した。

「…………!?」

 修は驚いた。突然、目の前の風間の姿が消えたのだ。驚くのも当然だろう。そのトリガーの存在を知識として持っていなければ、今いったい何が起こったのか、思考が時間の流れに追いつかない。それでも、そんな状況であっても逡巡している暇は修にはなかった。

 風間の体が、今度は現れた。それもまた突然に。しかもその体は、すでに修の目の前であり、それに気づいたとき修はすでに風間のスコーピオンで心臓の少し下、トリオン供給器官を貫かれていた。それはまさに“一閃”の如く。

 

『トリオン供給器官破壊。三雲、ダウン』

 

 アナウンスの声に、やっと修は自分が敗けたということを把握できた。それくらい、あっという間の出来事だった。

 

「あれは?」

 遊真がそう尋ねる。

隠密トリガー(カメレオン)

 それに答えたのは、隣に座る陽平だった。

「カメレオン?」

「ああ。見てのとおり、自分の体を消すトリガーだ」

「そんな便利なトリガーがあるのか」

「まあ、体を消すといっても本当に消えるわけじゃない。目で捉える……つまり視認できなくなるってだけだけどな」

「視認できなくなる……? 要は、本当はそこにいるのに目では見えないということか」

「そういうこと。カメレオンは使用している間、トリオンを消費し続ける。だから使用者も限られてはくるんだけど。訓練室は仮想戦闘モードに設定されてあるからな」

「ああ。さっきの訓練のときも、そんなこと言ってたな。確か、トリオンが減らないとか」

「厳密に言うと減らないんじゃなく、際限なく供給され続けるんだけどな。つまり、トリオンを無限に使える。カメレオンを使うにはもってこいだ」

「なら修、ピンチじゃん」

「いや、風間さんと闘う時点ですでにピンチだよ。それにカメレオンも無敵ってわけじゃない。ちゃんと欠点もある」

「ほ~う?」

「考えてもみろよ。自分の姿を視認できなくするトリガーなんて、これでもし無敵なら誰でも使うだろうよ。つまり何かしらのリスクがあるってことさ」

「なるほど……」

 トリオンを消費して風景に溶け込む……それが隠密トリガー(カメレオン)の特性だった。そして風間隊は、その隠密トリガー(カメレオン)においては、他の追随を許さない模倣不可能な部隊戦術で戦闘スタイルを確立し、結成わずか二年でA級まで上り詰めた実績もある。

「烏丸先輩はどう思いますか?」

 陽平に振られ、烏丸は、今もまた風間に敗れる弟子から目を離さぬまま、呟く。

「陽平の言うとおり、カメレオンは確かに強力だが無敵というわけじゃない。それに気づけるか……だな」

 陽平と烏丸のやり取りに、朝美も厳しい表情を浮かべた。以前、風間隊と闘ったときもカメレオンには苦しめられた。けっきょく自分は何もできないまま、陽平たちを犠牲にした上でやっと辛勝することができたのだが、あれを仲間の援護もオペレーターからの情報支援もない環境で――つまりは一対一で――闘う場面があったとしたら、果たして自分はどんな戦術を組み上げるだろうか。今の朝美には見当もつかなかった。故に……。

「三雲はシューターだから、ガンナーのあーちゃんには参考になるかもしれないね」

 陽平にそう小声で囁かれ、朝美は「はい」とその表情を厳しくさせた。

「ただ……」

「ただ……?」

「ただ、レイガストを絡められると俺たちは真似できないけど」

 榊隊にはレイガストの使い手はいない。だから『参考にはならない』と、陽平はそう考えたのだが、しかし朝美はそうでもないようだった。その厳しい表情は変えぬまま、

「けど……」

 そう言葉を続ける。

「けど……?」

「たぶん、三雲先輩はレイガストを絡めてくると思います。この前の模擬戦でも、あのレイガストとスラスターの組み合わせには私も手古摺りましたから。むしろレイガストを絡めてくるとしたら風間さんはそれにどう対応するのか、そっちも気になります」

 朝美は真っ直ぐにモニターを見つめる。その横顔に陽平は『へ~』と感嘆の声が出そうになるのを意識的に抑えた。

 

 訓練室に『三雲ダウン』のアナウンスが繰り返される。

「なあ、ヨウヘイ」

「ん?」

「さっき言ってたカメレオンの欠点ってなんだ?」

「見ていて気づかないか?」

 再び……いや、もうこれで何度目だろうか。修のトリオン体が再生され、なおも風間と対峙する。

 修が右手にアステロイドのキューブを生成した。しかし今度はそれを細かく分割し、八方に放つ。まるで風間に当てるためではなく、訓練室中にばらまくかのように。

 次の瞬間、やはり風間は姿を現した。それは今までにも見た光景そのままだった。修は風間にスコーピオンで斬られてしまった……。

 

『三雲ダウン!』

 

「そうか」

 その様子をモニターで見ていた遊真も、ある違和感に気づいた。

「何かわかったか?」

「もしかしてカメレオンは、姿を消してるときは他のトリガーを使えないんじゃないか?」

「ほ~。どうしてそう思う?」

「どうしても何も、あのかざま先輩って人、攻撃の瞬間は常に姿を現してるじゃないか。本当に便利なトリガーなら姿を消したまま攻撃するほうが相手を倒しやすいに決まってんじゃん。けどそれをしないってことは、()()()んじゃなく()()()()んじゃないか?」

「なるほど」

「だからオサムはアステロイドを部屋中にばらまいた。他のトリガーが使えないなら、姿を消しているときが一番脆いってことだからな。当たれば倒せるかもしれない」

「正解。けど……」

「けど……?」

 修もその答えには行き着いていた。しかしそれでも、風間のスコーピオンは修を斬り裂く。

「それには慣れてるからな、風間さんは。B級のときから風間隊はイヤというほどカメレオン対策をされてきてるし、それでもA級3位まで上がれたってことは、それらを迎え撃ってきたってことだ」

 陽平の言葉に、遊真も「ふむ」と口を閉ざす。何か一点において特化したコンセプトを持つということは、当然それに対して常に対策を練られてしまうということだ。そしてその対策をことごとく打ち破ってこそ、初めて“コンセプト部隊(チーム)”と呼ばれるようになる。こと風間隊はその隠密トリガー(カメレオン)に関しては、まごうことなくコンセプト部隊(チーム)だった。むろん風間隊が隠密トリガー(カメレオン)に特化できたのは他にも要因があったからでもあるのだが。

「烏丸先輩、もうやめさせてください。見るに耐えません」

 修が二十四回目のダウンを喫したのを見て、とうとう木虎がそう申し出た。もはや修に勝機はない。それはこれまでの二十四戦を見れば誰の目にも明らかなことだろう。

「三雲くんがA級と闘うなんて早すぎます。勝ち目はゼロです」

 故に木虎はそう断言する。

「オサムだって、今すぐ勝てるとは思ってないだろ。先のことを考えて経験を積んだるんだよ」

 それに反論したのは遊真だった。

 確かに今の修にとって、風間はどんなに望んだとしても相手になどしてくれない格上の存在だろう。しかし風間隊がネイバーフッド遠征の選抜部隊であると聞かされれば、その実力の差を――それはつまり、今の自分の実力が遠征選抜にどれほど足りていないかを――確かめたいと思うのは当然であり、それが相手のほうから模擬戦を挑んでくれたのなら、それは修にとって願ってもないチャンスだとも言えた。遊真の言う“経験”を積むための……。だが、それでも木虎はその返答を即座に退ける。

「『ダメで元々』だとか『敗けても経験』だとか、いかにも三流が考えそうなことね。勝つつもりで闘わなきゃ、勝つための経験は積めないわ」

『たとえ勝てなくても』だとか、『実力の差を知るために』だとか、そんな考えで臨んだ模擬戦など、実戦においては何の役にも立たない……と。それはたとえ相手がどんなに格上であったとしても、本気で勝つ意思がなければ、そこで得た経験はしょせん敗けるための経験にすぎない。勝つか敗けるかはその結果論であり、結果が下されるその瞬間まで、それがどんなに劣勢であっても、どんなに不利な状況であったとしても、どんなに詰んでいたとしても、『敗けが決まるまでは敗けてはいない』のだから。

「木虎、おまえ……」

 木虎の言葉に烏丸も口を開く。

「は、はい!」

「良いこと言うな」

 そして褒められた。

「いっ、いえ……、それほどでも……」

 烏丸同様、遊真も「ほお~」と感心の声を漏らす。

「けど、いつ終わるのかを決めるのは、始めたあの二人だ。周りが口を挟むことじゃない」

「それは……、そうですが……」

 姿を消している間は、他のトリガーを使えない。隠密トリガー(カメレオン)のその弱点を突き、分割したアステロイドを室内にばら撒く。だがそれすらも風間はかわし、修の体にスコーピオンを斬りつけた。その二十四戦目が終わった合図を室内に響くアナウンスが告げる。

 

『三雲、ダウン!』

 

 それはまさしく二十四回、繰り返された言葉だった。

「でも、もう終わったみたいですよ」

 朝美はそう言うと、訓練室のモニターを指す。確かにもう、修は立ち上がろうとはしない。

「けっきょく、あーちゃんが期待するような結果は見られなかったね」

 それはある意味、予想どおりの結末。陽平だけでなく木虎や、朝美でさえもそう思っていた。しかしそれでも……と、期待していた部分も否定はできない。

「そうですね……」

 朝美は力なく、そう賛同の言葉を口にする。やはり今の段階でそれは、まだ時期尚早な期待だったのだろうか……と。

「何か腑に落ちないの?」

 それを見透かすように、陽平が声をかけると、

「腑に落ちない……というわけではないんですが」

 と、前置きをして、朝美は更に言葉を続けた。

「私と闘ったときは、もっといろんな対策がありました。今日の風間さんとでは、そういうのがあまり見られなかったなって」

「それはたんに、あーちゃんと風間さんの力量の差なんじゃない?」

「そうかもしれません。私には通じるけど、風間さんには対策を練ることすらできなかった。三雲先輩と風間さんは確かに実力差は大きいですけど、もしかしたら私と三雲先輩との力量差はあんまりないのかなって」

「まあ、()()迅さんが風刃と引き換えにしたくらいだからね。見込みはあったんだろう」

「空閑くんをボーダーに入れる代わりに、風刃を本部に渡したんですよね。それってやっぱり三雲先輩のチームをランク戦に参加させるために……」

「真相はわからないよ。なんたって()()迅さんだから」

 本部の、特にボーダー最高司令官である城戸正宗は、ネイバー殲滅派の筆頭でもある。その城戸がネイバーである遊真の、ボーダー正式入隊を認めた。それはボーダー隊員は誰であれ、模擬戦を除き遊真に戦闘を仕掛けることはできないということであり、事実上ネイバーである遊真の保護と同義となる。

「さて、じゃあ下へと行くか」

 そう言って、陽平が腰をあげようとした、その時だった。

「あれ? まだやるみたいだぞ?」

 遊真の言葉にみな一斉にモニターへと目を向ける。確かにそこには、今まさに帰ろうと修に背を向けた風間の姿があったはずだった。だが、風間は再び(きびす)を返し、修と対峙している。心なしか修の眼光は鋭くなり、それと反するように風間の口角は上がっているようにも見えた。

「なんで……? もう十分敗けたでしょ?」

 呟く木虎は、しかし誰かに答えを求めての言葉ではない。

「さあ、なんかしゃべってたっぽいけど」

 しかしそれに遊真が律儀に答えた。

「なんだか雰囲気が変わったような気がします」

 今度は朝美がそう呟く。それもまた、誰かに答えを求めてのものではないのだろう。そんな朝美の表情に、陽平もまた朝美に対し、修を見る眼差しが変わったことを感じていた。

 陽平は考える。修のトリガーは四つ。レイガストとそのオプション・トリガーのスラスター、そしてシールドとアステロイド。この期に及んでシールドで防護しながら闘うことはしないだろう。たとえそれがイチかバチかであっても攻めなければ勝てはしない。当然、メインはアステロイドを使うはずだ。レイガストでは重量がほとんどないスコーピオンには太刀打ちできない。だが、アステロイドをどう使うか。もし自分ならバイパーやスパイダーを絡めていくという手もある。だが修の持ち駒では、ジリ貧なように感じていた。果たして、修は何か策はあるのか。いや、策はあるのだろう。では少ない持ち駒で、どんな策を練ったというのか。陽平は固唾を飲んでモニターを注視した。それはまるで、まばたきすら煩わしいと感じるほどに……。

 

『ラスト一戦、開始!』

 

 これが本当に最後の闘いであることを告げたアナウンスを合図に、修も風間も戦闘態勢へと入った。そしてその次の光景に、それを見ていた者はみな、その息を飲み込んだ。驚きの声を漏らす者、目を大きく見開く者、その反応は様々だったが、誰ひとりとしてその光景を予想していた者はいなかった。

 アナウンスとともに風間は隠密トリガー(カメレオン)を起動。その刹那、風間が姿を消した。その直後のことだった。

 修の右手から放たれたのはトリオン・キューブ。それはアステロイドであり、その分割は数えきれないほどの無数の散弾を形成していった。

 ガンナーの中でも銃型トリガーを使わずに弾丸を飛ばすタイプの者を、別にシューターと呼ぶ。そしてシューターはガンナーとは、その弾丸の特性に明確な違いがあった。

 まずひとつは、弾丸を分割できること。まるまるひとつの弾丸として撃つこともできれば、今の修のように無数に分割してばら撒くこともできる。そしてもうひとつが、その弾丸の特性を攻撃の都度、細かく設定できる点だ。弾丸の特性である“威力”“射程”“弾速”を一撃一撃変えて設定することも可能であり、これがシューターは『考えながら闘うポジション』だと言われる所以(ゆえん)でもある。自分が持っているもの、相手が持っているもの、お互いの狙い、戦場(フィールド)の条件、仲間の位置……そんな、ありとあらゆる要素を使って相手をコントロールする、まさに『発想と工夫を反映するポジション』だと言えた。

 修が放った無数のアステロイドは、“威力:70”“射程:29.9”“弾速:0.1”。それは超スローの散弾だった。

 訓練室は仮想戦闘モード。故にトリオン切れはない。であれば、この方法で訓練室を弾丸で埋め尽くすことも可能となる。隠密トリガー(カメレオン)は、起動中に他のトリガーは使えない。むろん、これはシールドも例外ではない。つまりは隠密トリガー(カメレオン)を使えば、弾丸から我が身を防護することはできず、否が応でも隠密トリガー(カメレオン)は解除しなくてはならなくなる。

 室内を埋め尽くす小さな弾丸が、炸裂音とともに弾けて消えていく。それは風間が姿を現したすぐその後のことだった。

 隠密トリガー(カメレオン)を解除した風間の両手には、すでにスコーピオンが握られている。先ほどの炸裂音は、まさにそのスコーピオンによる斬撃によって砕け散った弾丸のそれだった。

「ほう。考えたな、オサムは。カメレオンを使っていたら他のトリガーを使えないから、弾丸で訓練室を埋め尽くしたのか」

「訓練室ならトリオン切れはありません。これなら弾丸を無尽蔵に作れる」

 遊真も朝美も、その修の作戦に感心の様子を見せる。

「けど……」

 だが、そんな二人とは逆に、陽平の表情は曇っていた。

「そうね。相手は風間さんだし」

 陽平の心中を察したのか、木虎もそう言って同じような表情を作る。

「どういうこと?」

 遊真はそう尋ねるが、それに答えたのは烏丸だった。たった一言。

「だが、隠密トリガー(カメレオン)なしでも風間さんは強い」

 と……。

 修に向かっていく風間に、修はレイガストを(シールド)モードにして迎え撃つ。モニターでは、そのレイガストの陰に再び生成し直したアステロイドが見て取れた。

「弾丸の壁で動きを制限して、大玉で迎え撃つつもり?」

 木虎は思わずそう呟く。

「いや、あれじゃあ視線で狙いが丸わかりだ。そう簡単には当たらないだろう」

 それに今度は陽平が答えた。

 だがまたしてもここで、みなの予想が覆される。

 突然、修の体が、風間目がけて加速していった。それはスラスターの起動だった。

 (シールド)モードのレイガストごと風間の体に突撃する。そのまま風間の体は後退を余儀なくされた。かろうじてシールドを背中に張り、後部の弾丸からは防護できたものの、そのスラスターの加速の前にはただなすすべなく、ついに風間の体は壁まで押さえつけられてしまった。だが、そこは本来なら風間の間合いだ。アタッカー――それもランク2位の――を相手に近接戦闘を仕掛けるなど、無謀もいいところだろう。しかし修の狙いは別にあった。

 ブオンと音を立てて、修のレイガストは壁を背に風間の体を包み込んだ。風間はレイガストによって、閉じ込められた形となる。そしてその“レイガストの壁”に、わずかに小さな穴が開いた。

「あれは……」

 陽平は思わずそう声を出す。

 修の右手には生成されたアステロイドが、分割することなく発射態勢を整えていた。

 

 ドオーンッ!

 

 訓練室内に大きな爆裂音が鳴り響く。

「ゼロ距離射撃……」

 朝美が小さく言った。

「あんな使い方するかよ……」

 陽平も嘆息気味にそう言うが、

「決まったな」

 遊真もまた、そんな陽平と同様に修の勝利を確信したようだった。

 

『伝達系切断、三雲ダウン!』

 

 だが、無情にもアナウンスはその確信を更に覆すものだった。

 だんだんと室内の爆煙が晴れていく。そこに姿を現したのは、修の開けたレイガストの穴から差し出された風間の左腕と、その掌から伸びる刃のみのスコーピオン。そして、それに首を貫かれた修の姿だった。その光景に、見ていた者の緊張が一気に解き放たれる。

「読み合いでは三雲先輩の勝ちだったのに」

「うん、そうだね。三雲の作戦は、これ以上ないくらい上手くいった」

 じわじわと湧き上がる感情は悔しさなのだろうか。朝美はそう歯噛みをするように言うと、そんな朝美の気持ちを労わるかのように陽平は優しく同調した。ポンッと朝美の頭に手を乗せる。朝美は唇を嚙んでいた。やはり朝美の中には『修ならあるいは』という期待があったのかもしれない。陽平は朝美の表情から、そんなことを感じていた。

「惜しかったわね」

 木虎もそう口にする。心なしか口角が上がって見えるのは、修の健闘を彼女なりにたたえてのことなのかもしれない。

「いや、そうでもないよ」

 だがここで、遊真だけが異を唱えた。その言葉に、三人は更にモニターを注視する。

 立ち込めた煙の合間、しだいに視界が広がるとそこに、つい先ほどまで伸ばされていた風間の左腕が、ごろんとひとつの塊として床に転げ落ちた。

 

『トリオン漏出過多! 風間ダウン!』

 

 それは、この最後の一戦が相打ち……つまりは引き分けで終わったことを意味していた。

「これって……」

「もしかして……」

 思わずの言葉だろう。朝美に続いて木虎までが、そう口にする。

「引き分け……だな」

 更にそれに続いたのは陽平だった。

 A級3位部隊の隊長にして攻撃手ランク2位、個人総合ランク3位の、言わばボーダーのトップを担っているひとりとも言える風間を、B級下位の修が引き分けに持ち込んだ。それも一対一の闘いで、自分の戦術を押し通して……。

「勝ってないけど大金星だな」

 烏丸もわざわざそう呟いたように、それはあまりにも衝撃的な幕切れだった。

 訓練室を出てくる修と風間のもとへと烏丸や遊真が向かう。それを未だ歩を進めることもできず、木虎はその遠ざかる背中を見つめていた。

「さあ、俺たちも行くか」

 そう木虎に声をかけた陽平だったが、しかし木虎からはべつの答えが返ってきた。

「ねえ、神凪くん」

「ん?」

「これもあなたの予想の範疇だったの?」

「…………」

「あなたはわざと三雲くんを煽って、この模擬戦を受けさせた」

「煽ったつもりはないけどな」

「けど、本来なら断っても誰も咎めない。それくらい二人の間には大きな実力差があった。それでも三雲くんは風間さんからの申し出を受けた。それは、ネイバーフッド遠征選抜という三雲くんのコアに神凪くんが触れたからでしょ」

「ずいぶんな言いようだな」

「誰もが……私だって、三雲くんは惨敗すると思ったし、事実二十四戦目までは惨敗だった。でも神凪くんは最後の、二十五戦目の結果を予想していたんじゃないの?」

 いつの間にか、木虎の表情は厳しいものへと変わっていた。いや、それは普段の木虎の表情そのままで、むしろ“変わった”のではなく“戻った”という表現のほうが正しいのかもしれない。

「俺がなにか、他のヤツらでは気づけないような三雲の潜在能力を見越していたって?」

「違うって言うの?」

「それは買い被りだな」

 木虎に淡々と、陽平は言葉を返す。それは本心なのか、それとも()()()()陽平のしたたかさなのか、陽平の真意を――その心の内を――読み取ることはできない。しかしそれでも、陽平の表情はどこか楽しそうに見えて、それが木虎の表情を余計に厳しいものへとしていた。

「まあ、予想ということで言えば……」

 そんな木虎に陽平は更に言葉を紡ぐ。

「むしろ、あーちゃんのほうが的中していたんじゃない?」

 言われて、朝美は「えっ!?」と声を漏らした。

「だって風間さんと対峙して、シューターが剣を使うなんて発想、普通はないよ。けど、あーちゃんは最初に三雲がレイガストとスラスターを使って攻めるって言ってたし。少なくとも壁際まで追い詰めるところまでは予見していたんじゃない?」

「私は……実際に三雲先輩にそういう戦術を仕掛けられたから。それに最後のアステロイドのゼロ距離射撃は、私より陽平先輩の領分だと……」

「確かに神凪くんもよく使う手よね」

 女性二人に視線を向けられ、それこそと陽平は苦笑う。買い被りだと。

 階下では修が遊真とハイタッチをしている。和気藹々と。

 対戦成績、二十五戦二十四敗一分。果たして今のB級隊員の中で、風間と一対一の模擬戦をして、二十五戦以内に一回でも引き分けに持ち込める者がどれだけいるだろうか。いや、もしかしたらいるかもしれない。しかしそれをB級に昇格してまだひと月足らずの隊員がやり遂げるなど、誰が想像できるだろうか。

「まあまあ、ここは素直に三雲の健闘をたたえようぜ」

 そう言って陽平は、朝美と、そして木虎の背中を押して促した。みんなのもとへと……。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。