なかなか進まないストーリーですが、今回もよろしくです。
「えっと……。何、あれ?」
「……さあ?」
その出来事は、ほんの一瞬だった。いや、和堂朝美と嵐山佐補の二人にとっては、まるでほんの一瞬のことのように感じられる、そんな出来事だった。
一年生二人に絡む三人の三年生。彼らに向かって行こうとした朝美と佐補だったが、彼女たちが一歩、二歩、三歩目を踏み出したそのとき、
「おい! ふざけたマネはやめろ!」
その不良たちに発せられたであろう声が、屋上中に響き渡った。
メガネをかけた三年生と思しき生徒。それは彼が、その不良たちに放った言葉だった。
だが……。
「おめーは有り金全部だ。メガネ」
そう言って不良の一人が突き出した杖が、その生徒の鳩尾へと入る。当然、その生徒は地面へと蹲り倒れたわけだが、朝美と佐補が驚いたのは何もそこではない。それは、その直後に起こった。
蹲るメガネの生徒の傍らで、朝美たちより小さいであろう生徒が、軽く足を上げ、そしてそれを地面へと踏み込ませた。その刹那……。
ズドン!
それはまるで足元から体中に響くような、低く、大きく、そして強い衝撃。その場にいた誰もが、反射的に、いや無意識に、その……白髪の小柄な少年に目を向けた。むろん、朝美と佐補も……。
ほんの一瞬の出来事のあと、けっきょく一年生から一円も取ることなく、不良どもがおとなしく引き下がった屋上では、どこかぎこちなく昼休みが再開された。
「えっと……。何、あれ?」
「……さあ?」
朝美と佐補が、まるで鏡にでも映したように同じ表情で互いの目を見る。
「けどさ、何か嬉しいよね」
「嬉しい?」
佐補の真意を汲み取れず、朝美はそう聴き返す。
「うん。普通さ、あんな場面だったら見て見ぬふりをするもんじゃない。実際、ここにいるみんなそうしていたし、そうしたって誰にも責められない。まあ、自分の身を守るって意味では、賢い選択よね」
「そう……かもね」
「けど、ちゃんと立ち向かっていく人がいた。自分の身を守ることよりも、他人の身を守ることを優先するって、なかなかできるもんじゃないよ」
「うん。でも、だったら佐補ちゃんだって」
「私はたんにそういう性格なだけ。理不尽に危害を加えようとしてるやつを見ると、むしょうに腹が立つんだよね」
そう言って「あはは」と笑う佐補に、やっぱりお兄さんに似ていると、朝美は改めて思った。ただ本人は認めたがらないだろうから、それは言わないでおこうとも。
★
十三時六分。間もなく昼休みも終わろうとしていた三門第三中学校の校舎に、けたたましく鳴り響くサイレンのあと、そのアナウンスは穏やかな午後の空気を一変させた。
『緊急警報。緊急警報。ゲートが市街地に発生します。市民のみなさまはただちに避難してください。繰り返します。市民のみなさまはただちに避難してください』
本来、市街地にゲートが開くことはない。ボーダーが開発した“ゲート誘導装置”によって、ゲートはボーダー基地周辺にのみ開くよう設定されており、そのエリアを警戒区域として六つの支部が囲んでいる。
故に誰もが思った。なぜ、警戒区域の外にゲートが? なぜ、基地からこんな離れた場所にゲートが? まさにそれは“イレギュラー・ゲート”だった。
「ちょっと、朝美?」
いつの間に厳しい表情に変わった友だちの顔に、佐補は今起きていることの重大さを感覚的に認知した。
「ごめん、佐補ちゃん。私、行かなきゃ」
「行くって……」
「佐補ちゃんは避難訓練のとおり、地下のシェルターに逃げて」
「逃げてって、朝美はどうするのよ?」
「私は……ボーダーだから」
「朝美?」
朝美の表情が徐々に緊張感を増すほどに、佐補の表情からは血の気が引いていく。それは佐補が初めて見る、友だちの顔。
喜怒哀楽が顔に出やすく、少し内向的。どこか不安気で、どこか頼りなく、だけどいつだって真っ直ぐ前だけを見つめる子。それが朝美に対する佐補の印象だった。しかし、今の佐補の目の前にいる朝美は、そんな佐補の知る朝美のどの表情でもない。きっとこれが、ボーダー隊員としての朝美の顔なのだろう。もしかしたらこのとき初めて佐補は、朝美がボーダー隊員だと実感したのかもしれない。
「ごめんね、佐補ちゃん」
少し悲し気に、もう一度、朝美は謝罪の言葉を口にする。
「何でよ?」
そう聴き返したものの、佐補にも朝美の「ごめんね」の意味はわかっていた。それは、一緒に逃げられなくて「ごめんね」であり、ネイバーと闘うため最後まで守ってあげられなくて「ごめんね」であり、ボーダー隊員であるがために心配をかけて「ごめんね」であろう。
「私は……ボーダーだから」
故に同じセリフで返ってきた朝美の答えに、佐補はただ朝美を抱きしめることで応えた。
「わかってるよ。けど、無茶はしないで。絶対、無茶はしないでね」
「うん」
小さく、だけどはっきりと声に出す朝美。
そして制服のブレザーの上着、その内ポケットから一つのホルダーを取り出すと、しっかりと握り締めた。手の平サイズのそれは、トリガー・ホルダーと呼ばれ、まさにボーダー隊員のみが持つことを許されたボーダー隊員の証のようなもの。
「トリガー・オン!」
その言葉を発すると同時に、朝美の体はほんの一瞬、光に包まれ、そして戦闘体へと換装した。
襟の立った漆黒のレザージャケットと、それに合わせた漆黒のレザーパンツ。その襟には、赤く縁どられた黒地に、寄り添うように咲き誇る五本の青いバラのエンブレム。そしてそのエンブレムの上には“A”の文字と“09”のナンバリングが施されていた。
「朝美……」
「私は大丈夫だから」
朝美の言葉に頷く佐補。覚悟を決め、二人は屋上を後にする。佐補は地下へと続く階段を下りシェルターに。そして朝美は、ネイバーの出現した南館に向かって……。
いよいよ次回は戦闘シーンに入れるかな?