やっと邂逅できました。今回もよろしくです。
イレギュラー・ゲート……それは、ボーダーが基地周辺に設定した警戒区域のその外に発生したゲートのこと。
三門第三中学校に突如開いたイレギュラー・ゲートから現れたのは、モールモッドというトリオン兵。自動車ほどの大きさで、四本のブレード状の足が視認できる。それは見るからに、対象物を切り裂くための兵器そのものだった。
屋上から駆け下り、嵐山佐補と別れた和堂朝美の目は、そのモールモッドを二体捉えた。
「南館……」
モールモッドは二体並んで、南館の校舎に入る。どうやらそのまま階段を上へと行くのだろう。南館にもまだ生徒たちはいるはずだ。朝美は四階の廊下から南館へと渡り、階段を降りる。案の定、こちらにも生徒たちが二十人ほど確認できた。
「屋上へ逃げてください! ネイバーは階段を昇ってこちらに向かっています。今、地下のシェルターを目指すのは危険です!」
そこにいる誰よりも小柄な少女の姿に、生徒たちは自分が今おかれている状況を一瞬で忘れてしまったかのように立ち尽くす。
「和堂?」
どうやらその中には、朝美のクラスメイトもいたようだ。
朝美の戦闘服の襟には、寄り添うように咲き誇る五本の青いバラ。エンブレム……それはA級に昇格したことのある部隊のみが、つけることを認められた精鋭の証。
「和堂?」
「朝美?」
ときおり自分の姿に驚きの声が上がる。それも当然だろう。朝美を知る者たちにとって、朝美はボーダー隊員であるという事実こそ周知のこととはいえ、普段の様子からは想像だにできないことなのだから。それは朝美の少し幼い容姿であったり、少し内向的な性格であったり、または同年代の人たちより幾まわりか小柄な体躯であったり、それらのイメージがボーダーという戦闘部隊のイメージとはかけ離れているのだ。
「ネイバーがこの階段を昇ってきます! 早く屋上へ逃げてください!」
再度、そう声をかける。その朝美の切羽詰った様子から、生徒たちは今の状況を思い出したかのように朝美の呼びかけに反応した。
見当たる生徒たちの避難を確認し、朝美はなおも階段を駆け下りる。四階から三階へ。
「ネイバーが上がってこない?」
あの勢いならすぐに追いついてくるかと思われたが、四階へと続く階段にはネイバーの気配はなかった。しかし、それが逆に朝美の不安を煽っていく。
三階のフロアに着き、廊下へと出てみると、そこには……。
「えっ!?」
さすがに朝美もその目の前の光景に、我が目を疑った。
真正面には一体のモールモッド。確かにさっきは二体の存在を確認したはずだった。
「もう一体は……?」
しかし、その目の前の光景は、いるはずのもう一体のモールモッドの行方より、朝美の目を奪う光景だった。
その真正面のモールモッドと対峙している少年の姿、その少年の身は白い隊服によって纏われている。その隊服は、朝美自身ほんの一年ほど前まで着ていた見覚えのあるそれだった。
「訓練生?」
そう、それはボーダーにおいてC級隊員……つまりは、訓練生であることを示していた。
「あなた訓練生でしょ!」
朝美の問いかけに、その少年は目の前のモールモッドを警戒しつつ視線を向ける。
「あっ、あなたは……」
その少年の顔、それはまさについ先ほど屋上で一年生に絡んでいた不良どもを一喝した、あのメガネの少年だった。もっとも、その次の瞬間には床に膝をついて倒れてしまったのだが……。
「きみは……A級!?」
だが、二人がお互いの存在を認め合ったその刹那……。
『緊急警報。緊急警報。再びゲートが市街地に発生します。繰り返します。再びゲートが市街地に発生します。』
それは更なるイレギュラー・ゲートの発生を知らせる警告だった。
ふと、窓の外へと目を向ける。朝美が今いる南館の向かいに建つ校舎本館。その昇降口に、空に開いた大きな穴……ゲートから、更に三体のモールモッドが降りてきた。
「そ……、そんな……」
ここに一体、行方不明の一体、その上更に三体も……。
「きみは本館に行ってくれ!」
少年は朝美に叫ぶ。
「なっ!? 何を言ってるんですか! あなたは訓練生でしょ。訓練生の基地以外でのトリガー使用は隊務規定違反です。厳罰処分になりますよ!」
朝美の言うとおり、訓練生のトリガーは基地の外で使うことを認められていない。それは、まだ正隊員ではない彼らがネイバーと闘うには、あまりにも未熟であるということ。そしてそのため、訓練生用のトリガーは正隊員用のそれより威力も耐久度も抑えられているということに起因している。そして、もうひとつ……。
「緊急事態なんだ。わかるだろ」
「で、でも……」
「きみはA級隊員なんだろ! 今、きみがするべきことは何だ!」
「私のするべきこと?」
逡巡する朝美。しかし敵は待ってはくれない。
ガシャン!
窓ガラスを突き破り、姿が見えなかったもう一体が現れた。刃のように鋭い足を、割った窓ガラスから突き立ててくる。
「きゃっ!?」
思わず仰け反る朝美をかばうように、その少年は両手で握り締めたレイガストを振り切った。
ドガッという鈍い音とともに、モールモッドの足が一本吹き飛ぶ。
「うあああ!!」
少年の突き出したレイガストに突き飛ばされるように、モールモッドは階下へと落ちていく。
「きゃあーっ!!」
再び耳を突く奇声。それは、向かいの本館で、迫りくるモールモッドから逃げようとする生徒たちの叫びだった。
「早く、きみは向こうへ行ってくれ!」
「で、でも……」
「ここはぼくがみんなを守る。だからきみは向こうを頼む!」
「けど訓練生は……」
「今は訓練生とかA級だとか言ってる場合じゃない! 今のきみのするべきことは何だ。一人の犠牲者も出さないことじゃないのか! 今ここで闘わないで、何がボーダーだ!」
それはその少年の、みんなを守りたいという強い意志。
「私がするべきこと……」
向かいの校舎に目を移す。逃げ惑う生徒たちが見える。間もなく彼らのもとにもモールモッドが追いつくだろう。
「私が倒さなくちゃ」
今度は朝美の強い意志。迷いは吹っ切れた。そうだ……と、朝美は思い出した。なぜ自分は、ボーダー入隊という道を選択したのか。なぜ自分は、陽平の誘いを受け榊隊に加わったのか。なぜ自分は、精鋭と呼ばれるA級を目指したのか。すべては自分の目に映るすべての人を守りたかったからではないか。もう、ただ人が、大切な誰かが、ネイバーによって理不尽に殺されていく姿を、何もできず見ているだけの自分が嫌になったからではなかったか。もう、あんな思いはしたくない……その覚悟の結果が、今の自分なのだ。
「早く……」
「わかりました!」
少年の促しに、かぶり気味に返答する朝美の目には、もはや迷いなどなかった。
「私は向こうの人たちを守ります。絶対に一人も犠牲者を出させません。だから……、だからあなたも死なないでください!」
訓練生が基地以外でのトリガー使用を禁止されている、もうひとつの理由……それは、正隊員のトリガーには基本装備としてついている“ベイルアウト”すなわち緊急脱出という機能が、訓練生のそれには備わっていないため。つまり訓練生は最悪の場合、過度のダメージを受け戦闘体の換装がとけたとき、更なるダメージによって死に至ることもあるのだ。
「ああ、向こうを頼む!」
「はい! こっちをお願いします!」
朝美は少年と頷き合い、そしてきびすを返す。自分の使命を果たすために……。
次回より、戦闘シーン突入です。