やっと事実上の邂逅です。
堅いはずのブレードをすべて折られ、真っ二つになったモールモッド。その傍らで壁にめり込むように倒れている男子生徒。そして、黒い隊服に身を包んだ白髪の小柄な少年の姿。まったくもって異様なその光景に、先に着いた神凪朋香も立ち尽くしている。
「あーちゃん。彼が訓練生?」
神凪陽平の言う「彼」が小柄な少年のほうだと察し、和堂朝美は「いえ」と首を左右に振った。
「訓練生はあっちの……」
と、今度は朝美の「あっち」が倒れているほうの男子生徒だと察した陽平が、この状況を分析する。
倒れているほうの生徒が訓練生なら、モールモッド二体を倒したのは小柄な少年のほうということになる。いや、もしかしたら一体目のほうは倒れているほうの生徒が相打ちで倒したという可能性もあるが、少なくともついさっき目の前で吹き飛ばされたモールモッドは、小柄な少年によって粉砕されたことは間違いない。
それともう一つ、陽平にはある確信があった。
「アンタ無茶するわね~」
朋香はそう言って、倒れている生徒に手を差し伸べる。
「すみません……」
彼はそう返し、素直に朋香の手を借りた。
「アンタが訓練生?」
「はい。三年の三雲修です」
三雲修。倒れていたほうの生徒がそう名乗る。むろん陽平たちが知る名前ではない。
「三雲修ね。憶えておくよ」
陽平は一言そう答えるが、
「あたしたちはね……」
そう言葉を続けた朋香を、
「姉ちゃん! 自己紹介はまた今度ね」
と制し、修ではなく小柄な少年のほうに目を向けた。
「え~!? 相手が名乗ったのに、こっちは名乗らないなんて感じ悪~い」
「そんなことより……」
陽平の目は、あくまでも小柄な少年に向けられている。
「きみはネイバーだね」
真っ直ぐに見る陽平を、また同じように真っ直ぐ見返す少年。
「ネイバー!?」
驚きの声を上げる朋香に、だがその横で朝美はあることに気づいた。
「あなた、さっきの屋上の……ズドンの人!」
「ズドンの人!?」
もう朋香には何が何やらわからない。
「えっと……、つまり訓練生じゃないほうがネイバーで、ネイバーがネイバーをやっつけて、そのネイバーがズドンの人で、いやそもそもズドンの人って何?」
「うん。姉ちゃんは少し黙ってようか。あとでちゃんとわかるように説明するから」
「ちょっと、陽平! アンタまたそうやって、あたしのことバカにして~~。だいたいアンタはいつもいつも……」
「おれはズドンの人じゃないよ。空閑遊真だよ」
「こら! 今はあたしが喋ってんでしょ! クガだかユーマだか知らないけど、途中で口を出さないでよ! だいたいアンタもネイバーならネイバーらしく……」
「それで、何でネイバーがネイバーと闘ってんだ? おまえの仲間じゃないのか?」
「陽平! だから今はあたしが喋ってるって言って……」
「朋香先輩、今は陽平先輩の話を聴いたほうが……」
「あ~っ! あーちゃんまで! あたしが喋てんのを遮って~」
「ああ……。朋香先輩、ごめんなさい……」
ネイバー、しかも人型……いや、それはまさに人間の外見をしたそのネイバーとの遭遇は、ボーダー隊員にとっても未知のことであり、本来ならもっと緊迫した状況となって然るべきではあるのだが、そこに朋香が加わることでまるで緊張感のない空気が作り出されてしまう。だがそれは、陽平にとってはいつものことで、
「話を戻すよ」
まるでそれが定石とでもいうように、ぷいっと頬を膨らませる姉に吹き出しそうになるのを抑え、空閑遊真と名乗ったその少年に再び向き直る。
「そう。ズドンの人ではないんだ? でもネイバーであることは否定しないんだね?」
その目は真っ直ぐに、遊真を見据えている。遊真もまた、何かを探るような、または挑みかけるような視線で陽平を見、
「だとしたら? 捕まえる? それとも殺すの? おれ聴いたぞ。おまえたちボーダーはネイバーのトリガーを解析して武器にしてるって。それでネイバーをやっつけるんだろ?」
そう問いかけた。
「すごい! そんなことまで知ってるんだ……」
感心の声を漏らしながら、朝美はなおもふてくされる朋香の頭を撫でている。
「そうだね。これが三輪隊あたりなら、何が何でもきみを殺そうとするだろう。けど少なくとも今の段階で、俺たちがきみに対して何らかの処置を講ずる必要はない」
「じゃあ……、空閑のことは?」
「今日のところは不問にしておくよ」
陽平の言葉にほっと胸を撫で下ろす修。しかし、朋香はまだ納得できず、ジト目で陽平に訴えかける。
「あの……、陽平先輩……」
そんな朋香の心中を察したのか、朝美は名前を呼ぶことで陽平にその理由を尋ねた。
「いいかい、姉ちゃん。何で今はこのネイバー……いや、空閑遊真だったか。彼の存在を不問にするのか。それにはいくつか理由がある」
「りゆうぅ……?」
「そう、理由」
「ほ~」
しかしその理由が気になるのは朋香だけでなく、遊真も陽平の話が気になるようだ。
「まずひとつ、俺たちに彼の討伐命令は降りていない」
「けど、ネイバーの排除は城戸司令の意向ですよ。だとしたら命令がなくても闘わないと……」
一見正論ともとれる朝美の反論だったが、陽平は口角を上げ、その反論に首を左右に振ってみせた。
「城戸司令には俺たちに直接命令する権限はないよ。俺たちに命令ができるのは忍田本部長、もしくは忍田本部長から指揮権を委ねられた者だけだ」
ボーダーは五百名を超える隊員や職員がいるため、その組織を的確に運用するために指揮系統が存在する。これは命令の重複を避けるために設けられたシステムであり、A級9位の榊隊は、A級5位の嵐山隊とともに、ボーダー戦闘指揮官でもある本部長、忍田真史の直属隷下に組織されていた。故に、ボーダーの規定に則るなら、陽平たち榊隊に命令できるのは直属の上司である忍田のみということになる。もっともそれは、この状況に照らし合わせるなら、朝美の反論を退ける詭弁にすぎないのだが……。
「へえ~。おまえ、面白い嘘をつくね」
陽平の上げたひとつ目の理由に、今度は遊真が口角を上げる。
「で? 二つ目は?」
朋香は相変わらずジト目だが……。
「ごほん」と軽く咳ばらいをし、陽平は話を続ける。
「二つ目は、俺たちでは彼を捕まえることも、ましてや殺すこともできない」
「できない? だからそれは何でよ!」
「それは単純に、俺たち三人より彼一人のほうが強いからさ」
「なっ!」
朋香にとってそれは予想外の言葉だったのだろう。拗ねた演技をしていたことも忘れ、思わず立ち上がってしまった。
「ちょっと、陽平! あたしたちでは敗けるって言いたいわけ!?」
四人の視線が陽平に集まる。
それは朋香にとって、自分のチームに対する絶対的な自信への否定であり、朝美にとっては、チーム参謀から下された降伏宣言と同義だといえるからだ。また、遊真の実力を知る修にとっても、精鋭と呼ばれているA級チームが闘わずして敗けを認めたという事実はショッキングなものであり、遊真もまた、それを素直に認める陽平の潔さが却って意外なように感じられた。
「もちろん、あくまでもそれは今の俺たち三人ならって意味だよ。考えてもみなよ。訓練生のトリガーを使って、モールモッド二体を倒している。たぶん昨日のバムスターをほとんど一撃で粉砕したのも彼だろう。あのバムスターの近くで、この学校の生徒が数名保護された。状況証拠に過ぎないけど、この学校の生徒と関係を持つネイバーなんて、そうはいないだろうからね。まず間違いないと思う。だから彼と本気で闘うつもりなら、真由美さんとも連携して、カナさんの情報支援を得ないと、ちょっと難しいだろうね」
陽平の説明に「ああ~」と、朋香と朝美は納得した表情を見せる。もともと朋香の持つ自分のチームへの絶対的な自信も、真由美と奏恵を合わせた五人でのチームプレイに対するものであり、朝美の陽平に対するチーム参謀としての信頼も、五人揃ったときのチーム戦術が基盤となっていることを知っていた。故に、二人にとっては「そういうことなら」と、いちおうの理解を示すことができる。もっとも修と遊真にとっては、更にこのチームに二人の隊員が所属していることが驚きだったようだが。
「それともうひとつ」
陽平はそう前置きをし、だがその視線を今度は修へと移した。
「俺たちにとっては人間の姿をしたネイバーの出現より、訓練生が隊務規定違反を犯して基地以外でトリガーを使用したことのほうが看過できないからね」
「それは……、けど……。そうしないと犠牲者が出ていたんだ! 他にボーダー隊員がいないなら、たとえ訓練生でも闘わないと……」
「それが隊務規定違反で厳罰処分されることでも?」
「だからって、目の前の人を見捨ててもいい理由にはならない!」
修は修の信念のもと、その意志を口にする。
「じゃあ、目の前の人を救けることが、自分の命を見捨てる理由になるの?」
「えっ!?」
「訓練用トリガーでモールモッドと闘うなんて、俺から見れば自殺行為だよ。自分の身を呈して他人を守る。それは一見立派なことのように思えるけど、自分の命と引き換えに救けられたほうの身にもなれよ。そいつは一生、おまえの命に対する十字架を背負っていくことになる。命を救われたがため、地獄を味わうんだ。自分の命を他人の命の対価として闘うのは傲慢だよ」
静かに、だけど力強く、そして諭すような陽平の言葉に、四人はそこに継ぐ言葉を見つけられなかった。
一話あたりの文字数がまちまちなのですが……。だいたいどのくらいが読みやすいんでしょうね~。