WORST TRICK   作:和久井 誠

9 / 33

 まだまだ続きます。


第9話 隊務規定

 

 ボーダーは界境防衛に特化した民間防衛組織として設立された。界境防衛……つまりはゲートから現れるネイバーを討伐することを任務としているが、その捉え方は人それぞれだ。たとえば本部所属の部隊のうち榊隊においては、直属の上司にあたる本部長の忍田真史の方針として、ネイバーを倒すことよりも、まず一般市民の身の安全と街の被害を最小限に抑えることを優先するとされている。もちろんネイバーに対しても、中には絶滅させることを第一義としている部隊もあれば、友好関係を築くことも視野に入れている部隊もある。だが、どんなに考え方が違えど、すべての隊員に共通している絶対的な使命がある。それは『まず自分の命を守る』ということだ。

 四年半前、初めてボーダーはその任務に就いた。その事件はのちに“第一次ネイバー大規模侵攻”とも称されたのだが、実際にボーダーが設立されたのはそこから更に数年を遡ることとなる。当初、十名にも満たない人数から始まったボーダーの歴史は、現在では五百名を超える隊員が所属する大組織となった。その歴史の中でボーダーの技術は格段に進歩していったが、それは同時に悲劇の歴史でもあった。

 ネイバーとの闘いの中で尊い命を落とした者。一命こそ取り留めたものの、その身体とその心に一生消えることのない傷跡を刻まれた者。そんな犠牲によって繰り返された悲劇の歴史。そしてそんな悲劇から作られたのが“ベイルアウト”という緊急脱出機能だった。基本トリガーとして装備されたこのベイルアウト機能によって、隊員は戦闘時、換装体が破壊されると自動的に基地に送還される。すなわち『決して死ぬことがない』画期的な機能だった。しかし……。

 

「自分の命を他人の命の対価として闘うのは傲慢だよ」

 神凪陽平は、訓練生でありながらトリガーを使用した三雲修に、冷たくそう言い放つ。このベイルアウト機能は正隊員用のトリガーにしか装備されていない。故に訓練生である修のトリガーには装備されておらず、最悪の場合、命を落とす危険性もあった。それをわかった上でトリガーを使用した修の軽率さが、陽平には許せなかったからだ。

「ちょっと、陽平……」

 神凪朋香は陽平を制しようと名前を呼ぶが、しかしやはり言葉を継ぐことができない。それは、陽平の気持ちを誰よりも理解しているから。

「違うんです! 陽平先輩、それは……」

 そして思わずといった様子で、次は和堂朝美が陽平の前へと出る。それはさも修との間に割って入るかのように。

「あーちゃん?」

「私が……、私が、頼んだんです……」

 そして絞りだすような声で、そう告げた。

「あーちゃんが?」

「はい……」

「あーちゃんが三雲に頼んだ? 訓練用のトリガーを使って闘ってくれって?」

「はい……」

 意外な告白に、陽平は信じられないといった表情で朝美を見据える。朝美の目はすでに、今にもこぼれ落ちそうなほどの涙で潤んでいた。それは朝美にも、陽平の言いたいことがわかっているから。

 チーム戦術……それはチームメイトを信じ、チームメイトに自分の未来をあずけるということ。正隊員といえど、一度ベイルアウトすれば換装体を再構築するために時間がかかる。つまりベイルアウトは自分の身を守る手段ではあるものの、その後の一定時間、戦闘に加われないというデメリットもある。戦線離脱はチーム戦力の低下を招く。その後、残されたチームメイトを更なる危険に追い込むことにもなりかねない。いわばベイルアウトは諸刃の剣ともいえた。

 二体目のモールモッドを倒したとき、陽平の指示で高く飛び上がった直後、神凪朋香の旋空弧月がそのモールモッドを切り裂いた。ほんの一瞬でもタイミングがずれていたら、朝美自身もモールモッドと同じように切り裂かれていただろう。だけどそうはならなかった。それは朝美が陽平を信頼していたから。朋香もまた、陽平を信頼しそのタイミングで旋空弧月を放った。そして陽平も朝美と朋香を信じて指示を出した。その後の陽平のギムレットも、三人が互いを信頼していたからこその連携プレイ。もしその中に一人でも、自分の命を犠牲にするような行動をとる者がいたら、果たしてそれでもチームプレイは成立するのだろうか。

「いや、彼女は悪くない。ぼくがそうするよう指示を出したんだ。彼女はそれに従ってくれただけ」

 陽平の気持ちを理解するからこそ、悲壮感を漂わせる朝美に、修はそう弁護する。しかし……。

「それでも最終的に決断をしたのは私です! 私の判断で……」

 朝美もそこは譲らない。

「その判断をさせたのは、ぼくだ!」

「違います! 私が……」

「いや、ぼくが……」

「私が……」

「ぼくが……」

「私が……」

 

「だぁ~っ! もうどっちでもいいっつーの!」

 

 責任のかぶり合い、その水掛け論についに朋香が大声を上げた。

「けっきょく、そこの訓練生……じゃなかった、メガネ……でもなくて」

「三雲修だよ、姉ちゃん」

「そっ、そう! その三雲修が『ここはぼくに任せて!』とかカッコつけたこと言って、それであーちゃんが『お願いします!』的なことを言ったってことなんでしょ?」

「ま、まあ、だいたいは……」

「カッコつけたわけではないですけど……」

 朋香の剣幕に押され、朝美も修も思わず身をたじろがせた。

「なら、両成敗じゃん! どっちも悪い! 今回はたまたまネイバー……じゃなくて」

「空閑遊真だよ、姉ちゃん」

「そっ、そう! その空閑遊真が近くにいたから命拾いしたけど、正直あたしたちだってこっちのモールモッドまでは間に合ってなかっただろうし、本当だったら修は死んでたっておかしくなかったんだからね! 隊務規定ってのはね、あたしたち戦闘員の身の安全を守るためにあるの。その意味をちゃんと考えなさい! 二人とも反省!」

 

「は……、はい…………」

「は……、はい…………」

 

 朋香の意外なほどの正論に、陽平は怒る気も失せ「ははは」と苦笑いを浮かべる。ごくたまにこの姉は良いことを言う、などと考えながら陽平はしかし、それがいつだって本当に大切なときにきちんと決まる、きっと姉はそれを無自覚で言っているんだろうということも何度も経験してきた。もしかしたら姉は、自分よりはるかに大きな度量をしているのかもしれない。いや、けっきょくいつだって自分は姉にはかなわない。どんなに姉より勝るところがあったとしても、この姉はそれらすべてをチャラにしてしまう。どんなに大きなアドバンテージも、この姉には無効なのだ。それを陽平は今まで幾度となく実感させられてきた。

「で、これからどうするの?」

 今度は陽平と遊真を交互に見やりながら、朋香がそう問いかけてきた。

「そうだね~」

 この現場をざっと見渡し、陽平はすぐに結論を出した。

「三雲を隊務規定違反でボーダーに引き渡そう」

 

「えっ!?」

「えつ!?」

 

 当然、朋香と朝美は思わず驚きの声を上げる。それは普段の陽平からは考えられないような、冷酷な判断のように思えたからだ。朋香も朝美も、陽平なら修が処罰の対象にならず、なおかつ遊真の存在も隠しとおせる、そんな都合の良い妙案を思いつくと思っていた。

「ちょっと、陽平! それはあまりにも冷たいんじゃない? そりゃー、修のやったことは褒められたもんじゃないけど、それでも修なりにボーダー隊員としての責任を果たそうとした結果でしょ。実際、修に救けられた生徒だっていただろうし」

「あの……、陽平先輩。こんなこと私が言えた立場じゃないかもですが、私にも責任の一端はあります。三雲先輩が処罰されるなら私も同罪です」

 だから二人は、そう陽平に詰め寄った。

 修は唇を噛みしめる。

「いや、ぼくはそれを覚悟の上でやったんだ……」

 悔しそうに一言、そう呟いて。

 

「それで? そのあとは?」

 

 そんな中、遊真は冷静に陽平に問いただした。

「そのあと?」

「修をボーダーに引き渡す。それがこの状況を収める一番良い手なんだろ? けど、ちゃんとおまえの真意を言わないと、みんなわかんないぞ」

 朋香を見る。今にも飛びかかってきそうなほどの気迫を感じる。朝美を見る。今にも泣きだしそうなほどの悲哀を感じる。そして今度は修に視線を移した。覚悟を決めた目だ。陽平は最後に、再び遊真に視線を向けた。こいつはすべてお見通しか、陽平は遊真の目からそれを感じ取った。

「そうだな。時間もないし、俺の考えを言おう」

 そして陽平は、静かにそう言葉を続けた。





 次回はいよいよ嵐山隊の登場です。ちょっとだけですが……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。