ARMORED CORE ~NEW GATE~ 作:早川兎太
その日は、蒸し暑い日であったと記録されている。
地下都市レイアーク、そこは管理者という一台のAIが管理する巨大なシェルターである。
大破壊と呼ばれる惑星規模の災厄により人類は地下へと移ることを余儀なくされた。
それから数千年、管理者と三大企業の下で人類はその命を繋ぎ続けてきた。
クレスト社、管理者の忠犬にして狂信的な信者。管理者に死ねと言われれば潔く腹を切る、そんな企業である。
ミラージュ社、企業利益を追求し黒いことも平気でやる企業であるが、肝心なときに怖気づくのが特徴である。
キサラギ社、前述したふたつの企業と比べると規模が小さく、ニッチ産業に特化している。通称、変態キサラギと呼ばれている。
レイアークは積層型の地下都市であり、大まかに都市区、産業区、自然区などがある。
このうち都市区と産業区は年間を通して気候が固定されていて温度変化も湿度変化もない。
しかし、ここ最近は管理者が障害を起こしており気候変動するようになっていた。
そして、その日は特に蒸し暑かった。
第1都市区クレスト管理都市クレスト本社前、一年に一度行われる軍事パレード見たさに、多くのクレスト都民が都心へと押し寄せ買い物やウィンドウショッピングを楽しんでいる。
午前十一時五十分、パレードの車列が本社前に差し掛かろうというとき
中から溢れ出したのは古代の全身鎧に身を固めた騎士と歩兵。そして……ファンタジー風のオークやゴブリン、トロルと呼ばれる異形の怪物達であった。
彼らは、たまたまその場に居合わせただけの人々へと襲いかかった。
……が、その牙も爪も人々へ触れることはなかった。その凶行を止めたのはパレードの車列でも都市防衛部隊『ガード』でもなく、商店街の
『本社前事件』
歴史に記録される異世界とレイアークとの接触は、後にこのように呼ばれることになった。
* * * * * *
レイアーク 第二都市区 トレネシティ
ミラージュ本社
管理者から三大企業へと通達が出された。
最近の気候変動や区画閉鎖命令はこちらのシステムバグであり、現在は解決しています。
先日発生した『本社前事件』はテロ組織『ユニオン』によるものであり、現場はクレストが自主的に他都市との交通を止めています。
事件は解決しているから他の二大企業、とりわけ我々ミラージュに「勘繰るな」と言ってきているように聞こえる。まったく忌々しいことだ。我々ミラージュは不調をきたした管理者を乗っ取るため『ユニオン』と共同でプログラム開発してきた。それ故に、今回の事件にユニオンは関与していないと断言できる。
クレスト都市との境には隔離壁が降り完全に交通を遮断している。モノレールも同様に止められている。クレストがこれほどまでのことをする何かが起こったのは確かだ。
何としてでも情報を得なければならない。あの都市に居る我々のシンパと何とかして連絡を取ろう。
* * * * * *
異界 帝国 元老院議会
「あえて言上いたしますが大失態でありましたな。この未曾有の大損害に際して、いかなる対策を講じられるおつもりか、陛下のお考えを承りとう存じます」
元老院議員であり、貴族の一人でもあるカーゼル侯爵は議事堂中央に立って皇帝モルトに向けて言葉を突きつけた。
薄闇の広間。
そこは円形の壁面にそって並べられたひな壇に、いかめしい顔つきの男達が座って中央をぐるりと囲んでいる。
数にしておよそ三百人。帝国の支配者階級の代表たる、元老院議員達であった。
「異境の動物を数匹ばかり攫ってきて、大きな虫しか居ないと判断したのは明らかに間違いでした」
もっと時間をかけて偵察し、敵性種族が居ないかを確認し、安全な場所にゲートを出すべきだったと畳み掛けた。
確かに、現在の情勢は最悪である。
帝国保有戦力の六割を喪失してしまったのだ。この回復は一朝一夕にはできない。
当面は残りの四割で帝国の覇権を維持していかなくてはならない。だが、どうやって?
モルト皇帝は即位以来の三十年、武断主義の政治を行ってきた。帝国の領土は増えたが反感も増えた。諸外国や植民地との軋轢、諍いを武力で解決してきたのだ。その圧倒的な軍事力を前にしてはいかなる国も恭順の意を示すより他はなく、あえて刃向かった者は全て滅んでいった。
その武力の過半を失った今、抑圧されてきた者達がどう動くか?
カーゼル卿は拳を振り上げ、声を張り上げて問いかけた。
「陛下! 皇帝陛下は、この国をどのように導かれるおつもりか!?」
カーゼル侯爵が、そのように演説し席に着くと、皇帝は重厚さを感じさせるゆっくりとした所作で、玉座の身体をわずかに傾けた。その視線はゆるぐことなくカーゼル卿へと真っ直ぐに向いていた。
「戦争に百戦百勝はない。だから此度の責任の追求はせぬ。まさかと思うが、攻め込まれるまで裁判ごっこに明け暮れようとする者はおらぬな?」
議員達は、皇帝の問いかけに対して首を横に振って見せた。
誰の責任も問われないとなれば、皇帝の責任を問うことも出来ない。カーゼルは皇帝が巧みに責任を回避したことに気付いて舌打ちした。
さらに皇帝は続けた。
此度の遠征では熟練の兵士を集め、歴戦の魔道士を揃え、オークもゴブリンも特に凶暴な個体を選抜した。これ以上はないという陣容と言えよう。
にも関わらず、
ようだというのは前日までの伝令は全て帝都に辿り着いたのに、その日以降に現地を出立した伝令は一人も来なかったのだ。
今やゲートは敵に奪われてしまった。
偵察のため数千の騎兵を送った。だが、彼らは一人も帰って来なかった。
帝国の武闘派であり此度の戦を主導した一人であるゴダセン議員もその一人だ。彼と彼の率いた部隊はアルヌス周辺の偵察に赴き、そのまま帰ってくることはなかった。アルヌス最寄りの街であるイタリカが送ってきた伝令によって、彼らがイタリカを訪れたこととイタリカが未だ落とされていないことだけが分かった。
皇帝は瞑目して語る。
「既に敵はこちら側に侵入してきている。我らは異境の敵と周辺諸国の双方に対峙していかなければならない」
「戦えばよいのだっ!」
……と、そのような幻聴が議員達の耳に響いた気がした。
普段ならば禿頭の老騎士ポダワン伯爵が強気な発言をするのだが、彼の議席には誰も座っていない。彼もまた偵察に赴き帰って来なかったのだ。
タカ派の議員達は武功を示そうと代わる代わる偵察に赴いたため、この議場にはハト派と皇帝しか残っていない。
「異境へ停戦のための使者を送りましょう」
「それで属国と諸外国の相手はどうするんだ? 四割の兵力じゃ足りないぞ」
「ではどうしろと言うのか!?」
最早、議場はお通夜ムードだ。誰の顔にも生気がない。
そんな中で、皇帝モルトが立ち上がる。
「連合諸王国軍を糾合しアルヌスの丘へと攻め込ませる。異界と諸外国の兵を互いに損耗させるのだ」
「連合諸王国軍?」
皇帝の言葉に元老議員達はざわめいた。
今から二百年ほど前に東方の騎馬民族からなる大帝国の侵略に対抗するため、大陸諸王国が連合してこれと戦ったことがあった。各国の騎士達が馬を並べて異民族へと向かっていく姿は、今では英雄物語の一節として語られている。
「いやしかし、それはあまりにも……」
そもそも、
とはいえ「帝国だけでなくファルマート大陸全土が狙われている」と檄を飛ばせば各国は援軍を送って寄越すだろう。
帝国軍が瞬殺されたのに連合諸王国軍が善戦できるだろうか。異境の兵士を減らす事すらできないのはないだろうか。……それを敢えて口にする者は居なかった。
* * * * * *
重装騎兵を前面に押し立て、オークやトロル、ゴブリンといった異形の化け物が大地を埋め尽くして突き進んでくる。その後ろには方形の楯を並べた人間の兵士が続いていた。上空には人を乗せた怪鳥の群れが見える。
彼らが自らをして『連合諸王国軍』と呼ぶ、敵の突撃が始まった。
そして、建設中の要塞NK―432から打ち上げられた大型ミサイルが漆黒の闇を切り裂き大地を煌々と照らし、人馬の群れを焼き尽くしている。それでも彼らの歩みは止まらない。
数にして数千から数万。
だが、数えるだけ無駄である。なぜなら、所詮雑兵だからだ。
要塞NK―432をMTやACで攻略するとなると次々と打ち出される大型ミサイルの雨を掻い潜って接近しなければならない。ようやく麓へと辿り着いたら、麓に並べられた大型砲台の相手をすることになる。そこを突破すると直掩機であるMTの群れが現れる。
そんなわけで要塞に配備された人員は暇だった。人馬の群れがどれほど来ようがミサイルの雨を突破できるわけがない。万に一つもないが要塞に張り付かれたとしても彼らの武器程度で要塞の壁を破壊できるわけがない。ミサイルランチャーから離れた箇所では建設作業が続けられ、直掩機搭乗員達は愛機のメンテナンスをしたり仮眠したりトランプなどに興じていた。
クレストは当初「ミサイルの弾代が無駄だ」という理由からMT部隊で蹂躙する予定であった。ところが「対ミラージュ用に備蓄してきたミサイルの中で劣化が進んだのを使ってしまおう」という意見によって、ミサイルでの蹂躙に決まったのであった。
敵が、彼らの言葉で『アルヌスの丘』と呼んでいるこの地へ押し寄せてくるのは、これで三回目になる。ミサイルの雨を突破するための戦略を組むこともなく、アホの一つ覚えで突撃してくる。圧倒的な戦力差により、彼ら側からすると『アルヌスの丘』を視認することもなく蒸発していっているのだが、それでもなお彼らは丘を取り戻そうと愚直に突撃を行う。
そして、三回目の攻撃では彼らなりに知恵を絞ったのであろう、初めての夜襲であった。彼らは大方、要塞の魔法兵が寝ているとでも思っているのだろう。機械が寝るわけがない。情け容赦なくミサイルランチャーから火柱が上がり彼らの頭上へと降り注いだ。
三回目の攻撃を受けた翌朝。
明るくなって見えた光景は焼け焦げた大地と所々に転がっているミサイルの残骸であった。連合諸王国軍が身につけていた鉄器は全て燃え尽きてしまったのだろう。影も形もなかった。
この惨状を敵方の偵察兵が見ても、連合諸王国軍に何があったのか察することは不可能だ。自国へは何と報告するのだろうか。
その後も要塞は散発的な攻撃を受けた。攻撃と言っても、要塞の射程内に敵を確認したからミサイルを発射したわけで、要塞も麓の砲台群も全く被害を出していない。この散発的に突撃している敵部隊は状況を認識せず強行偵察を行おうと考えたのだろう。味方の亡骸一つ残っていないため警戒することもできなかった。
本社前事件で戦死した敵は約六万。
要塞に突撃してきた敵兵は合計で約十万。
合わせて十六万の兵を失ったわけである。これだけの兵を失っても未だ部隊を送って来ている敵はどれだけ兵力があるのだろうか。老朽化したミサイルと言っても有限だ。近いうちに赤字を出すことになるだろう。その前に敵の市街地を核で焼き払うべきではないだろうか。敵が残り少ないのであれば核ではなく新兵訓練のための市街地演習でもいい。
クレストは「この世界を調査しなければ」と考えていた。
いつもなら、ここでグローバルコーテックスに依頼を出すところだ。しかし、この地は石造りの
今まで発注したことがなかった『パワードスーツを扱える人員』の派遣依頼を出すことにした。
* * * * * *
アップルボーイはオタクであった。現在もオタクであり、将来もきっとオタクであり続けるだろうと自認している。
『オタク』と言っても、自分で二次創作小説や漫画を描いだりするというオタクではない。企業間紛争があった場所へ赴き廃品漁りをして少しずつMTやACを組み上げていく、そんなメカオタクであった。
毎朝感謝の祈りを管理者に捧げ、クレスト本社前へは休日の度に詣でている。典型的な管理者信者である。
此度、常日頃からの願いが叶いクレスト社の後援を得ることができた。ACエスペランザ、こつこつと集めてきたパーツとクレスト社から提供されたパーツで組み上げた自分だけのACである。あとは試験に合格しさえすれば晴れてレイヴンになれる。
「ミッションを確認する。目標はトレネシティに展開するメカの撃破だ」
「み、味方です!」
「敵増援を確認」
「力は見せてもらった。ようこそ、新たなるレイヴン」
「ID、XA―26483のレイヴン登録を完了しました。以降、グローバルコーテックスの管理下での活動を認めます」
「You got a mail……You got a mail……」
メール受信を知らせる電子音と音声によってアップルボーイの意識は深い眠りから覚醒した。どうやらいつの間にか寝てしまったようである。何か夢を見ていた気がするが思い出せない。さて、何のメールだろうか。
依頼者:クレスト
作戦領域:レイヤード直上の未踏査地区
作戦目標:未踏査地区探査と翻訳ソフトのテスト
敵戦力:不明
こんにちは、レイヴン。
まずは先のレイヴン試験合格おめでとう。我が社の後援を受けたレイヴンが合格してくれて嬉しく思っています。
さて、本題です。我々は先日の『本社前事件』を起こした地上勢力へ報復を行います。それに伴い、開発した翻訳ソフトの現地テストを行って下さい。
このミッションは複数レイヴンとの共同ミッションになります。協力して行動して下さい。それから、ACでの出撃ではなくパワードスーツでの出撃となります。勿論、受けて下さりますよね。
「パワードスーツ……だと……」
クレスト社には恩義がある。自分がレイヴンになれたのはクレスト社からのパーツ提供があった御蔭だ。でもパワードスーツでの出撃だって? いやいや、これも管理者の思し召しに違いない。主が望まれるなら、喜んで出撃致しましょう。
「アップルボーイ、ACエスペランザ……行きます!」
「ねぇママ、あのおにぃーちゃん何か叫んでるよ?」
「しっ! 見ちゃいけません」
周囲からの冷ややかな視線と冷笑がつらい。管理者への思いのあまり、ここが列車内だってことを忘れてしまった。
今回のミッションの集合場所であるクレスト施設へ向かうため、モノレールを乗り換えようやくあと二駅だ。都市間モノレールが運休している影響か、駅構内と列車内はいつもより混んでいた。まずいな、このままだと遅刻してしまうかもしれない。
人間、最初の第一印象が大事である。先日レイヴンになったばかりの新人が遅刻したら先輩レイヴンに何を言われるか分からない。
そして、もう一つ気がかりなことがある。レイヴンネームである。
さっきはつい人前で叫んでしまったが、初対面の人に「アップルボーイです」と自己紹介するのは気乗りしない。
いっそのこと他の名前にしてみようかな。林檎少年……ダメだ却下。林檎……りん……「レイヴンAppleBoyです。Mr.Aboと呼んで下さい」これで行こう。
「おう、遅かったな。新人の癖に遅刻とはいい身分だな」
筋骨隆々とした如何にも軍人という人に恐れていたことを言われてしまった。
ここに居るのだから、やはり先輩レイヴンだろうか。こういった強面の人はミッションでは頼もしい僚機だけど、対面だと苦手だな。
「俺は傭兵スパルタンだ。今回、お前らの引率と上司を兼ねる。分かったら返事しろ!」
「「「り……了解でありますッ!!」」」
アップルボーイは、その言い方に何か引っかかるものを感じた。傭兵スパルタン? レイヴン・スパルタンと言わなかった理由は何だろう?
「お前らレイヴン共はACに乗ってればこその強さだ。パワードスーツでの対人戦闘経験はあるのか? ん?」
「……いえ、ないです」(ぼそ
「声が小さい! おい、そこ! そこの……青林檎! お前だ、言ってみろ!」
「ございませんッ!」
「チッ、いいか俺の言葉は絶対だ! 死にたくなかったら指示通りにしろ! 分かったか!」
「「「了解!!」」」
青林檎じゃない……でも怖くて言い返せない。それにしても、ここは軍隊だろうか? クレスト社の社風は穏やかで親切だけれど、やっぱり現場は違うんだな。
「フッ、麗しいボクは薔薇の貴公子アデュー、機体名はスカイダンサーさ。青林檎君よろしく頼むよ」
「あ、ああ。よろしく……機体名はエスペランザだ」
薔薇を口に咥えた貴公子っぽい人からの握手に応じながら返答した。
ああ、やはりアダ名が青林檎になってしまったか……はぁ、ついてないなぁ。
「さて、これがお前らヒヨッコ共に貸し与られる
その骨董品
「分かったら、さっさとトラックに乗り込め! 出発だ!」