ARMORED CORE ~NEW GATE~ 作:早川兎太
その日、青林檎ことアップルボーイは混乱していた。
今日の出来事はこうだ。
グローバルコーテックスから紹介された地上探査ミッションを受け、自宅である至って普通のマンションを出てモノレールに乗り、集合場所であるクレスト施設へと向かった。
施設では簡単な説明をされた後、窓一つないトラックの荷台に押し込まれた。
何処かへと移動する振動を感じたが昇降機特有の浮遊感を感じることはなかった。
つまり、ここは地上ではない筈だ。
そう、地下世界の何処かに居る筈だ。
それにも関わらず、頭上に広がる空は作られた空ではないように感じた。
「空が蒼いねぇ。これが地上……なのかな」
青林檎が呟いた。青空に大きな雲がぽっかりと浮かんでいる。雲は平面ではなく立体的な構造を持っているように見える。
「こんな風景なら、地下世界にだってあるっす」
戦車を運転しているスピード狂、カスケードがモニターを通して応じた。
彼の愛機シグナルはOBを無駄に吹かしまくることで有名だが、鬼軍曹ことスパルタンに安全運転を命じられている。
「俺は赤茶けた大地を想像してたんだけどなぁ。これまで通ってきたところは青々とした木々に清涼な川ばかりだし、とても大破壊があった世界とは思えないなぁ」
荷台のネームレスが呟いた。
ネームレスはレイヴン試験を共に受けて合格したばかりの二十一歳だ。試験中、彼に幾度か誤射されたが怒らずにフレンドリーに接したところ、気軽に話しかけてくるようになった。
なんでもレイヴンネーム登録画面が何処なのか分からないまま試験日を迎えてしまい、流れでネームレスというレイヴンネームになってしまったそうだ。
青空を背景に、緑の草原を灰色に塗装された軍用車両が列を組んで走り抜けていく。
先頭をグスタフMk-7、その後ろに特殊工作車、さらには輸送トラックが続く。
要するに、戦車、装甲車、トラックという順で走っているのである。
アップルボーイはその三両目のトラックに積まれている
外の景色はパワードスーツの立体モニターから得ている。
車両三台、総勢十二名が偵察隊の総戦力であった。
もっとも軍人らしいのは軍曹だけで他の隊員は兵役に就いたことがない素人同然だ。
二両目に乗っている軍曹がモニターで吠える。
「おいカスケード、この先しばらく行くと小川が見えてくる。そしたら川沿いに進め。しばらくすると森が見えてくる。それがコダ村の村長が言っていた森だ」
モニターに表示されていない何かを見ながら説明する軍曹はレイヴンではないが長らく傭兵稼業に身を投じているベテランだ。
といっても詳しい事は分からない。
何しろ、自分は先日レイヴンになった新人で、この人達は今日会ったばかりだ。
ここは管理者の地図に登録されていない場所だ。それ故に、地図とコンパスによるナビゲーションだけが頼りになる……と軍曹が言っていた。管理者による地図の提供を受けられない場所など考えたこともなかった。長らく傭兵稼業をしていればこういったこともよくあるのだろうか。
「よし、お前ら! 今日は森の手前で野営だ」
モニターに表示される隊員達が同意するように頷いた。
反論があっても軍曹に意見できる隊員など、この隊には存在しない。
「明日はパワードスーツ隊だけで森に入る。残りは待機だ。分かったな?」
「「「イェッサーッ!!」」」
皆、勢いよく返答する中で一人だけ不満を抱いている者が居た。リップハンターというハンドルネームを持つ女性隊員だ。
午前中に受けた偵察行の目的説明では現地住民と交流し、翻訳ソフトの完成度を確かめる事とされている。MTを使えば速いのに、わざわざ地面を行くのは通りすがる住民と交流するためだ。
これまで三ヶ所の集落を通り、この土地の住民と交流をとってみた。住民達は戦争なんて領主様のすることで、俺らには関係ねぇという態度であり、
「えーと」
いつの日か、翻訳機頼りではなく自分の口で会話してみたかったからだ。
この翻訳機自体は『本社前事件』の捕虜を調査したキサラギ研究員達の成果である。
捕虜と言っても
こうして森の手前にやってきた第三偵察隊であったが、最初に彼らの目に入ったのは天を焦がす黒煙だった。
「軍曹、森林火災っすか?」
カスケードの言葉に、「望遠機能を使ってみろ」と軍曹がモニターの右上部分をカーソルで指し示した。
隊員達は軍曹が指し示した辺りをズームした。
「これは……ドラゴン!?」
トカゲにコウモリの羽を付けたような巨大な生き物が、地面に向かって火炎放射していた。
「キサラギの連中が喜びそうな生き物っすね」
カスケードの言葉に軍曹が「奴の欠片でも持って帰れば特別報酬が出るだろうな」と応じる。
とはいえ先行して行われたMT偵察で捕獲済みの可能性もなくはない。
「軍曹、殺りますか? 私達の装甲剥き出し
フロートACを駆るストラスボルグだった。
ACに乗っているときは男性的な口調だが、生身で且つ軍曹を目にしてそんな口調にはできなかった。
彼女を見ると多くの人は装備が重くないかと質問する。体が小さすぎてパワードスーツを着込むと言うより、MTのようにパワードスーツに乗り込んでいるという印象になってしまうのだ。だが、小柄というだけで侮ると痛い目にあう。これでも拳での格闘に秀でた猛者なのだ。
「俺のパワードスーツH.A.T.で引き撃ちしてやる。お前らは見つからないように後から着いて来い」
H.A.T.とは、クレストがミラージュ製パワードスーツM.P.T.A2に対抗して開発した機種だ。
小さい機体ながらもショットガンとミサイルを搭載していて、弾薬と弾頭を基地から転送する機構を積んでいる。これによって弾切れの心配なくミサイルを撃ち続けることができる。
何故、ACには搭載されないかって? それは現時点の技術では小さい弾しか転送できないからだ。この弾薬無限供給システムがあるからこそ、MTがACへの抑えとして未だに配備され続けているわけだ。
* * * * * *
「テュカ、起きなさい」
少女の優しい夢は、父親の声によって破られた。
「お父さん、どうしたの? 折角いい気持ちで寝てたのに」
目を擦り擦り、身を起こす。
見渡して見ると居間にはうらやかな日差しが差し込んでいる。
午睡から無理矢理目覚めさせられたためか、頭がまだハッキリとしない。ただ、自分を起こした父の表情が異様なまでに険しくなっていることは気付いた。
窓の外からも雑多な足音や喧噪が聞こえてくる。集落中が騒ぎに包まれていた。そのただならぬ気配に何か重大なことが起こったのだと感じた。
何気なく覗いた窓から、古代龍が空を舞っているのが見えた。
「あれは、もしかして炎龍っ!?」
「そうだ」
父が手にしているのは弓だった。これはエルフ一族では一般的な武器だ。
父が戦おうとしている!?
テュカも反射的に愛用の弓矢に手を伸ばした。だが、父の「やめなさいっ」と言う声に止められてしまう。
「どうして?」
「君は逃げるんだ」
「あたしも戦うわ」
「ダメだ。君に万が一のことがあったら、私はお母さんに叱られてしまうよ」
父が亡くなった母のことを持ち出すのは娘に言うことを聞かせたい時だ。だが、娘は父に笑顔で逆らった。
「炎龍が相手じゃどこに逃げても一緒よ。それに手勢は一人でも多い方が良いでしょ」
肉食の炎龍が好物とするのはエルフや人間の肉だと言う。ここで炎龍を倒さない限り安住の地は無いのだ。
窓の外では戦士達の矢が空に向けて放たれていた。風や水の精霊も魔法弾を放っている。だが、その効果は薄い。
炎龍から放たれた炎が誰かの悲鳴と共に家を焼く。避難しようとしていた女子供が巻き込まれて火達磨になった。
「とにかく、ここに居ては危ない。外へ出よう」
父は娘の手を引いた。娘はしっかりと弓矢を握っていた。
絹裂く悲鳴がそこかしこから響く。
戸口から出たテュカが眼にしたのは幼馴染みの少女が炎龍の牙にかけられる瞬間だった。
「ユノっ!」
愛する親友が食べられてしまう。咄嗟の判断でテュカは素早く弓矢を番えた。
渾身の力で放たれた矢は呆気無く炎龍の鱗に弾かれてしまう。
エルフの戦士達の矢も尽く弾かれてしまっている。
私は親友が食べられるところを見ていることしかできないの?
「どきな、嬢ちゃん!」
それはエルフの男とは異なる野太い声だった。直後に空気を引き裂くような乾いた音が鳴り響き、あの炎龍が……どんなに矢を浴びても身じろぎ一つしなかった炎龍が仰け反ったのだ。
戦士の一人が風のように飛び出し炎龍の足元からユノを抱え上げ皆の所へと戻った。
よかった……助かったんだ……
後ろを見遣ると、一本の長杖を携え金属鎧を纏い、大きな金属の翼を持った魔道士が炎龍と対峙していた。
彼は見た目の鈍重さに反して軽やかに空中を上下左右に動き回って炎龍の攻撃を避け、炎龍の眼を狙って乾いた音のする魔法弾を浴びせている。
彼の攻撃も眼球には届かず瞼によって遮られてしまっている。しかし、炎龍は相当鬱陶しいらしく両腕と翼で頭を守っている。
これなら……行ける!
「眼だ、眼を狙え!! 戦士達よ、彼をサポートするのだ!」
戦士達の矢が炎龍の頭部へと集中し、精霊術の使い手達が彼に補助魔法を多重掛けする。
炎龍は堪らずのたうち回るようにして空へと浮かぶ。
そして彼も炎龍を追って空へと舞い上がった。
彼は長距離攻撃へと切り替え、爆発音のする無数の光の矢を撃ち出して攻撃し続けている。光の矢はまるで意思を持っているかのように炎龍を追尾し、炎龍の近くまで行くと爆発した。どうやら、そういう魔法のようだ。
炎龍は自身の飛翔速度よりも速い光の矢を振り切れずにいる。しかし、光の矢が当たっても火に強い耐性がある炎龍に爆発魔法は効果がないようだ。
炎龍は距離を詰め、火炎放射を当てようとするも彼によって楽々と回避され当たらない。そして、彼の攻撃は炎龍に当たるもののダメージを与えられない。どちらも決定打にならない空中戦が延々と繰り広げられている。
何十分経っただろうか。彼は衰えることなく攻撃して回避し続けているのに対し、炎龍は明らかに疲れて来ているように見える。ふとそのとき、炎龍は逡巡するように動きを止め、大気を震わせる咆哮をあげて去っていった。
食事をしに来たのに疲れる一方で割に合わないと判断したのだろう。
ともあれ、勝ったのだ。人もエルフも一方的に屠られるしかなかった炎龍を追い払ったのだ。
「や、やったぞ! 炎龍に勝ったぞ!」
皆は勝利に湧き上がった。
水の精霊達は火災の消火作業にあたり、風の精霊達は空へと舞い上がり彼を祝福している。
* * * * * *
「エルフっすよ、青林檎」
カスケードの言葉に、
「しかも金髪のエルフっすよ」
「スピードだけでなくエルフ萌えだったんですか?」
「違いやす。俺の嫁は愛機シグナルだけっすよ。でもエルフが居たんなら、魔女とかサキュバスとかドラキュラとか獣人と出会う可能性アリでしょ? 俺の関心はファンタジーな存在に会えるかもしれないってことだけっす」
青林檎は彼女達の姿を思い浮かべつつも……こんな娘達が現実に居たらどうなるんだろうというある種の恐怖感に苛まれた。
獣娘と動物を交尾させて悦に浸るキサラギ研究員。
妖艷な魔女やサキュバスすらも枯らしてしまうキサラギ研究員。
「そうですね。あり得る可能性は高くなってますよね」
「いや、絶対に居るっす!」
握り拳で何やら力説しているカスケードの姿に退きながら、青林檎は心の中で応援することにした。
ストラスボルグとビルバオともう一人の女性隊員レジーナが家屋の下敷きになっていた見た目で十六歳前後の少女達の遺体を回収し地面に並べている。
色男アデューとネームレスは少年達の遺体を回収し、同様に地面に並べている。
青林檎とカスケードは何をしているのかと言うと、隊員達の乗機の見張りであった。軍曹だけでなく隊員達のパワードスーツは「龍をも撃退する魔導鎧」として注目を集めてしまい、目を離すと色々な意味で危険だったためある。
目をキラキラと輝かせて集まってくる見た目で十六歳前後の少年達から質問責めにされ、乗り込もうとする少年達をやんわりと押し留めるという大変な任務にふたりしか割かれていないのだ。
カスケードは少年達を押し留めながら妄想の世界へとトリップしてしまい、青林檎はカスケードの一言が原因で変態研究員に十八禁の責め苦を受け続ける娘達の悲鳴が頭から離れなくなってしまっている。
軍曹は村長宅で歓待を受けており、こちらはこちらで大変そうである。漢気溢れる軍曹は少女達の猛攻によってタジタジになっていた。こういったことにはアデューが長けているのだが、アデューは呼ばれていないため軍曹一人で乗り切るしかなかったのだ。
「ふう、これで全員かしら」
額の汗を拭いながらビルバオが呟いた。
「後は村の人に任せればいいんじゃないのかな? 炎龍は当分戻って来ないと思うけど……アタシ達はこれからどうしよう? いつまでもここに留まるわけにはいかないし、でも村人達だけで復興するのも難しいと思うしさ」
と、炎龍の鱗を掌で弄びながらレジーナが言った。
炎龍の鱗の破片は村のそこかしこに散らばっている。
小柄なストラスボルグが気が短くて勇猛果敢なのに対して、大柄なビルバオはのんびり屋で、レジーナは元気で明るいのが特徴だ。
「私達は傭兵です。この村の人達に雇われれば復興に従事しましょう。でもレイアーク通貨を……電子マネーを持っているわけがありませんよね。炎龍の件もありますし村人全員を保護ということにして連れ帰ったらどうでしょう?」
「そうですね。軍曹に相談してみましょう」
本来の予定であれば、あと二~三ヶ所の集落を見て回ることになっている。だが、村長や村人との話し合いの結果、村を離れて我々の要塞内へと避難することに決まった。村人避難と炎龍の鱗を回収したことを雇い主に連絡してみたところ「老人が居ない村ですか……調べてみる価値がありますね。早く戻ってきて下さい」という返事が返ってきた。
炎龍の鱗についての返答はなかった。先のMT探索で確保済みなのだろう。
復路も往路と同じような穏やかな風景が広がっている。今朝、ドラゴンによって村が1つ焼き払われたのが嘘のようだ。
車列はエルフの避難民を抱えているため、時速10km程度に落としてゆっくりと走行している。
炎龍が来ても即応できるように、軍曹はパワードスーツを着込んだ状態だ。
晴れた空を要塞から飛び立って来たクレスト製飛行型特殊MTクレイドル三機が警戒飛行している。このMTは対物ライフル一門搭載逆関節MTと飛行機をくっつけたような形状をしている。操縦席は逆関節MT側にあり緊急時は切り離して運用することができる。また、飛行機側にはミサイルを二基搭載しており、例の弾薬無限供給機構によって途切れることなく撃ち続けることができる。
「このままドラゴンに遭わずにレイアークに帰れるかなぁ」
「きっと帰れるよ。ところで自分達は何処へ向かってるんだい?このままレイアークに直行で帰れるのかな?」
「軍曹が要塞がどうとか言ってたから、要塞の中にレイアークへの昇降機があるんじゃないかなぁ」
ネームレスの呟きに青林檎が応える。
往路では昇降機特有の浮遊感を感じなかった。ここが地上なのか地上じゃないのかは要塞へ辿り着けばハッキリするだろう。
コダ村の人々は「何だお前ら、また来たのか」という感じで青林檎達を何となく迎え入れた。
軍曹は教えて貰ったエルフの村が炎龍によって焼き払われたことを説明し、一緒に避難して来たエルフ村の村長と立ち会わせた。
「わかった、よく教えてくれた。すぐに近隣の村にも知らせねばならぬ。炎龍を追い払ったのは凄いものじゃが、炎龍は生き続ける限り村や街を襲ってくるのじゃよ」
コダ村長はエルフ村長の手を労るように握る。そして人を呼ぶよう家族や周囲に声をかけて回った。
ドラゴンがエルフの集落を襲ったという知らせに村人達は血相を変えて走り出した。