ARMORED CORE ~NEW GATE~   作:早川兎太

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避難

異界 帝国皇城

 

「皇帝陛下、連合諸王国軍は全滅しました。行方不明者は十万人に上り、その全てが死亡していると考えられます」

 

 この数には、オークやゴブリン、トロルといった怪物達は含まれていない。亜人の中でも知能に劣る怪物達は軍馬と同じ扱いをされているのだ。とはいえ、本隊が死体を残さずに死んでいると考えられる以上、怪物達も全滅したのであろう。

 内務省のマルクス伯爵の報告に、皇帝は気怠そうに身を揺すった。

 

「ふむ、予定通りと言えよう。怯えておった元老院議員達も、これで安堵することじゃろう」

「しかし、ゲートより現れ()でました敵の動向が気になりますが」

「そなたも、いささか神経質になっているようだな」

「この小心は生来のもののようでして、陛下のような度量は持つに至ることができませんでした」

「よかろう。ならば安堵させてやろう」

 

 皇帝は続けた。

 敵が動き出したなら、アルヌスより帝都に至る全ての街と村落を焼き払い、井戸や水源には毒を投げ入れ、食料は全てを運び出すように命じよ。さすればいかなる軍と言えども補給が続かず立ち往生する。そうなれば、どれほど強大であっても帝都には攻め込めぬであろう。

 この世界での兵站は馬車での輸送であるため、このような発想になるのは仕方ないことであった。

 

「陛下、僅かに戻ってきた偵察兵の報告では、敵は空飛ぶ船を持ち、炎の雨を降らせてくると言ってました。村落を焼き払ったところで意味ないのではないかと……」

「ハハハっ、まさか、そのような世迷い事を信じておるわけではあるまいな?」

「恐れ多きことながら、一部の議員らと語って、狂言を信じ込み非常事態勧告を発動させようとする動きが見られます」

 

 元老院最終勧告は帝国の最高意思決定とされている。これが元老院によって宣告されれば、いかに皇帝であろうとも罷免される。歴史的にも元老院最終勧告によって罷免された皇帝は少なくない。

 

「ふむ面白い。ならばしばらくは好きにやらせてみるが良かろう。そのような企てに同調しそうな者共を一網打尽にする良い機会やも知れぬ。枢密院に命じて調べさせておくがよかろう」

 

 マルクス伯は一瞬驚いたが、ただちに恭して一礼した。そこへ、凛と響き渡る鈴を鳴らしたような声が宮廷の広間に鳴り響いた。

 

「陛下!」

 

 つかつかと皇帝の前に歩み出たのは皇女の一人だった。

 娘は炎のような朱色の髪と白磁の肌を、白絹の衣装で包んでいる。

 

「どうかしたのか?」

「無論、アルヌスの丘を占拠する賊徒どものことです。アルヌスの丘は、まだ敵の手中にあると聞きました。連合諸王国軍がどうなったのか未だご存じないのですか? マルクス、そなた陛下にご報告申し上げたのだろうな?」

 

 優美な顔から辛辣なセリフが出てくる。

 モルト皇帝は微苦笑した。皇女の舌蜂が鋭いのはいつものことである。

 

「皇女殿下、ご報告申し上げましたとも。連合所王国軍は多大な犠牲を払い、敵のファルマート大陸侵攻を見事防ぎきったのです。身命を省みない勇猛果敢なる猛攻によって、敵は恐れおののき要塞に篭もろうとしています。そのような敵など何ら脅威ともなりません」

 

 マルクスの説明に、ピニャは「フン」とそっぽを向き言い放った。

 

「妾も子供ではない故、物は言いようという言葉を知っておる。連合諸王国軍を躯も残さず消し炭にした敵が誰を恐れるというのか」

「そのようにおっしゃられても、これは事実でございます」

「この佞臣め! 何が防衛に成功したか? 敵は大方、大陸侵攻のため空飛ぶ船の造船所を建設しているのであろう」

「確かに、それは考えられま……」

「ならば、この後はどうする?」

 

 マルクス伯爵は、とぼけたように徴兵から訓練そして編成に至るまでの一連の作業を説明した。軍に関わる者なら誰でも知っていることだった。

 

「そんなことは知っておる。今から始めて何年かかると思っておるのか? 敵船団は明日にも攻めて来ようぞ」

「皇女殿下。そのようなことを言われましても徴兵して軍を再編するしか手はありません」

 

 この言いようには、ピニャも鼻白む。

 皇帝は溜息と共に、手を僅かに上げて二人の舌戦を止めた。

 彼の察するところピニャには騒動屋の傾向がある。批判ばかりで建設的な意見は何もないのだ。

 今回の事態からすれば、マルクス伯の言うように地道に軍を再編するしかないのである。帝国に牙を剥くかもしれない諸外国の戦力を異境の敵へと突撃させ、その壊滅でもって目論見は成功したのだ。野盗に身を落とす可能性が高い敗残兵すら残さず消し炭にされたのは予想外だったが。

 

「ピニャよ。そこまで帝国が心配であれば、そなたがアルヌスの丘を見て来てくれぬか?」

「妾がですか?」

「そうだ。帝国軍は再編中でな。手が空いているのは、そなたの『騎士団』くらいであった。そなたのしていることが兵隊ごっこ遊びでなければな……行ってくれるな」

 

 皇帝の試すような視線に、ピニャは唇をぎゅっと閉じた。

 アルヌスの丘への旅程は、騎馬で片道十日だ。

 そこは危険な最前線、十万を超える軍が全滅してしまった地。そんなところへ自分と自分の騎士団だけで赴けと言うのだ。

 しかも、地道な偵察行。

 皇帝の視線は、「嫌なら口を挟むな」と告げていた。

 ピニャはギリッと奥歯を噛みしめていたが、思い立ったように顔を上げた。

 

「確かに承りました」

「うむ。成果を期待しておるぞ」

「では、父上。行って参ります」

 

 そして、ピニャは王座に背を向けた。

 

* * * * * *

 

 コダ村の中心から少しばかり離れた森の中に小さな家が、一軒建っている。

 サイズは六畳間ふたつの2DK程度。平屋で小さな窓がふたつ。日干し煉瓦を積み上げた壁には蔦が這っている。

 その家の前には馬車が停められていて、年の頃十四~五といった感じで貫頭衣をまとったプラチナブランドの少女が荷物を積んでいた。

 

「お師匠。これ以上積み込むのは無理がある」

 

 最早どこをどう工夫しようと、荷物は乗りそうにない。少女は、その事実を屋内へと冷静な口調で伝えた。

 

「レレイ! どうにもならんか?」

 

 窓から顔を出した白い髭に白い髪の老人は「まいったのう」と眉を寄せた。

 レレイと呼ばれた少女は、腐る物ではないのだから……と、荷馬車から袋を一つ二つ降ろす。そして、空いたスペースに本の束を載せた。

 

「余裕があると言っても、早く出発した方がいい」

「そう急かすな……よっこらせっと」

 

 老人は杖を片手にレレイの隣に乗り込む。レレイは馬に鞭をひと当てした。

 馬はそれに従って前に進もうとするも、荷台の重さから馬車はピクリとも動かなかった。

 

「どうやら、荷物が多すぎたようだのう。だが、心配するでない。魔法で軽くすればよいのじゃ」

 

 老人が杖を掲げると、レレイは日頃から口うるさい師匠の口真似をして見せた。

 

「魔法とは神聖なものじゃ。私利私欲のために使って良いものではないのじゃ……」

 

 老人は額に汗を垂らし、しばし言い訳を考えた。やがて情けなさそうな表情をレレイへと向ける。

 

「す、すまんかった」

「いい。師匠がそう言う人だと知っている」

 

 

 

 魔法で軽くなった馬車は長年住み慣れた家を後にした。

 村の中心部へ向かう中、あちこちの家でレレイ達同様、馬車に荷物を積み込む者達の姿が見られた。

 レレイはそんな村人達の姿を、観察するかのようにじっと見つめていた。

 村の中心部に差し掛かると、道は馬車の列で渋滞していた。

 

「この先は、いったいどうなっているのかね?」

 

 いつまでも動かない場所の列に苛立ってか、師匠は進行方向から来た村人に声をかけた。

 

「これはカトー先生。レレイも、今回は大変なことになったね。実は車軸の折れた馬車が道を塞いでるんです。どこかの兵士達が片付けてくれてますが、しばらく時間がかかりますよ」

 

 レレイは村人が喋った『兵士』という言葉に興味を惹かれた。普段、兵士が街に来てすることと言えば横暴や略奪でしかなく、事故を起こした馬車を片付けてくれているなど考えられなかった。レレイはその兵士達に興味を惹かれ、師匠に「様子を見てくる」と告げて馬車を降りた。

 馬車十五台先に事故を起こした馬車があった。

 車軸が折れて馬車が横転している。驚いた馬が走り回って暴れたらしい、撒き散らされた荷物と倒れている男性、そして母子の姿があった。

 

「とにかく事故を起こした荷車をどかせ! アデューは、後続に渋滞を知らせて他の道へ誘導しろ! レジーナは怪我人の介抱をしてくれ」

 

 見ると全身を金属鎧で覆った兵士が、ボロボロの金属鎧を着た男達に指示を飛ばしている。後者の男達の鎧は何故か前面が露出してしまっている。鎧自体も年代物といった感じがする。

 よく見ると、女性らしき姿もある。皆が重装鎧らしいものを着込んでいるところを見ると、大領地の兵士だろうか? レレイの知識にない集団のようだ。

 

 ふと、レレイは男達の言葉に違和感を感じた。聞き耳を立ててみると、男達が見知らぬ言葉を喋ったゼロコンマ数秒後、鎧が帝国語を喋っているように聞こえる。喋る鎧というのも聞いたことがないが、恐らくこれは同時通訳をする魔導具なのだろう。このことから、彼らは帝国軍でも属国軍でもなく、外国の兵士であることが伺える。

 

「レレイ!! 何があった?」

 

 呼び声に振り返ると村長だった。事故の知らせを聞いて駆けつけてきたのだろう。

 

「村長。事故。多分荷物の積み過ぎと荷馬車の老朽化。子供が危険、母親と父親は大丈夫だと思われる」

 

 ふと見ると、ボロい重装鎧を脱いだ女性兵士が子供の様子を診ている。その手際の確かさは体系的に医学を学んだ者の気配があった。そして、別の重装兵が暴れる馬を踏み潰しトドメを刺した。

 

* * * * * *

 

 コダ村の避難民のキャラバンの先頭を行く第三偵察隊の戦車。その速度は避難民に合わせているので徒歩と変わらない速度だった。

 

「もうちょっと速く移動できないかしら」

「こんなに遅く走らせたのは、ピーピーピーボボボボ以来っすよ」

 

 ビルバオの愚痴にカスケードが応じた。ピーピーピーボボボボとは、ACが初代カラサワで破壊されたときの音である。なぜカスケードがレイアード初期の銃で蜂の巣にされたのかは突っ込んではならない。

 輸送トラックの荷台を映しているモニターにはゴスロリ服の少女と子供の姿が映っていて何かお喋りをしている。既に、輸送トラックの荷台は疲れて動けなくなった子供や怪我人でいっぱいなのだ。ゴスロリ服の少女はいつ乗り込んだのか分からないが、気付いた時にはそこに居た。もちろん、触られて困るものにはロックがされており、パワードスーツそのものは車列の傍らを歩いている。

 

「ねぇ、坊や達はどちらからいらしてぇ、どちらへと行かれるのかしらぁ」

「コダ村からだよ、お姉ちゃん」

 

 パワードスーツハンガーに魅入っていた七歳前後の男の子が答えた。

 

「ふ~ん。この荷車の御者は誰がされていてぇ、どこに居るのかしらぁ?」

「よく知らないけど、助けてくれてるんだ。いい人達だよ」

「嫌々連れて行かれているわけじゃないのねぇ?」

「うん。炎龍が出たんだ。みんなで逃げ出したんだよ」

 

 カスケードは運転しながら翻訳された音声を聞き流した。

 

「コレ。どうやって動いてるのかしらぁ?」

「僕が知りたいよぉ。御者さん達は壁の向こう側に居て話せないんだ……でも、荷車と比べたら乗り心地は凄くいいよねっ!」

「そうねぇ、あんまり揺れないし。でも、座る場所がないわぁ」

「それは仕方ないよ。だって満員だもん」

 

 

* * * * * *

 

 ゲート周辺を確保してからおよそ三週間。昼夜を問わないクレスト土建屋の活躍によって、アルヌスの丘は強固な防壁へと変貌していた。

 要塞NK―432、大量のMT直掩機と巨大な大砲群によって守られた鉄壁の要塞である。

 

* * * * * *

 

 さて、場面変わって。

 特殊MTクレイドル三機がジェットエンジンの咆哮をあげながら空を駆けていた。

 その急制動に振り回され、MT側と飛行機側との連結部が嫌な音を立てて軋んでいる。

 眼下に見えるのは、逃げ惑うコダ村とエルフ村の人々。そして、大きな黒い影。

 炎龍である。

 コダ村を脱出して三日、どうやら無事に炎龍の活動域を脱出できたと思った矢先に、クレイドルの一機が接近してくる炎龍を発見した。

 炎龍がここまで進出してきたのには理由がある。

 炎龍出現の知らせを聞いた付近の村落の住民達が一斉に避難し、巣の周囲では餌を見つけることができなくなってしまったのだ。そのため、僅かな臭いを頼りに、人間が居るであろう地域まで遠出してきた。そして、避難に手間取り、大量の荷物を抱えているため動きの遅いコダ村の村民に狙いを定めたのである。

 そして襲いかかろうとした所へ、あの鬱陶しい光の矢を撃たれ、このようにドッグファイトを演じているわけである。

 

 光の矢を被弾しながらも地上の餌を探していた炎龍が、うずくまって動かなくなった村人に狙いを定めて襲いかかろうとする。

 

 「カスケード、何をやっている! 戦車砲をブッ放せっ!」

 

 軍曹がカスケードを怒鳴る。戦車砲と言ってもグスタフMK-7の主砲はロケット砲である。レイアークの戦車は全てロケット砲を搭載しており、車両によってはFCSで制御されたロケットを放ってくる。ACにロケットを撃ち込んでも効き目薄いのになぜ徹甲弾ではないのだろう。

 

 カスケードが放ったロケット弾はあさっての方向へと飛んでいった。そもそも、カスケードはAC乗りであってMT乗りではない。グスタフを運転できても目測でロケットを当てる腕を持っていない。

 

「……」

「かまうな!! 撃ち続けろ! 撃て撃て撃て!」

 

 ハエが眼前を飛んでも痛くも痒くもないが、視界を飛び回られるのはウザったいものである。軍曹は部下達に絶え間ない射撃を命じた。

 浴びせられる銃弾とロケット弾に、さしもの炎龍も辟易とした様子を見せる。獲物を襲いかかる勢いを削がれ、あたふたと走る農夫を取り逃がしてしまった。

 

 そのとき、要塞の方向から燃え盛る火の球が飛んできた。どうやら、支援要請を受けたACがOBを噴かせて来てくれたようだ。

 

「こちらACテン・コマンドメンツ。よくぞ持たせた。あとは任せろ」

 

 レイヴン、サイプレスが駆るACテン・コマンドメンツはフロート脚に肩武装の重機関銃CWC-CNG-300を二基搭載しハンドガンとブレードを搭載した機体である。フロート脚なのに空中戦を好み、敵の頭上から重機関銃の雨を降らせるのを得意としている。

 

 操縦席で50口径のレバーをサイプレスが渾身の力を込めて引き、工事現場の削岩機のような音が連続した。

 極太の薬莢が撒き散らされる。硝煙で汚れ、煤けた真珠色の薬莢がカラカラと宙を舞った。そして12.7mmの銃弾が炎龍の背に当たり火花を散らす。

 

 だが強靭な炎龍の鱗は重機関銃の銃弾を全く寄せ付けない。

 

「全然、効いてないっすよっ!!」

 

 カスケードの言葉にサイプレスが怒鳴り返す。

 

「黙れ! ならばブレードで叩き斬るまでだ」

 

 忌々しそうに、顎をふる龍。

 炎龍が火炎放射器のような炎を吹き放つが、サイプレスは回避することなくOBで突っ込んだ。

 炎をものともせずに距離を詰めてくる姿に野生の勘が働いたのか、炎龍は身をよじらせて空中に逃れようとする。

 

「ちっ!! 逃がすか!!」

 

 サイプレスが振るったエネルギーブレードは炎龍に当たることなく宙を薙いだ……かと思われた。なんと、ブレードの軌跡が光波となって直進し炎龍の尻尾を斬り落としたのだ。これは強化人間手術を受けたレイヴン特有の現象であり攻撃方法なのである。

 

 空気を震わせる悲鳴と絶叫。

 ドラゴンの咆哮は、その眼光と同じく魂を揺さぶり、その場に居た農民達の魂が凍りついた。だが、サイプレスのスピーカーは一定の音量以上をシャットアウトする。彼は咆哮に躊躇することなく、ハンドガンで追撃を行っていた。

 重機関銃を物ともしない炎龍をハンドガンで足止めできるわけがなく、炎龍は翼を広げ、よたよたとよろめくようにしながら高度を上げていく。

 その後ろをクレイドル達が追尾し、ミサイルで追い立てている。

 

* * * * * *

 

 炎龍が撃退された。

 そんな話しを聞くと、誰もが「嘘だろう?」と疑う。

 単騎よく龍を征するドラゴンスレイヤーが登場するのは、お伽話の中だけというのが常識だからだ。

 魔法の甲冑と武器で身を固めた戦士の一団だろうと、さらには魔道士や神官、エルフ弓兵や精霊使いの支援を得ようとも、古代竜を倒すことは絶対不可能。それがこの世界での常識であった。

 

 だが、「倒すことはできなかったが撃退に成功した」という噂が多方面から伝わって来ると、人々はどうにか信じるようになった。そして「で、その偉大なる勇者ってのは誰なんだ?」と関心を抱いたのだ。

 

* * * * * *

 

 コダ村の村民の内、生き残った者の身の処し方は大きく分けて三つあった。

 ひとつが、近隣に住まう知り合いや親戚を頼る者。

 ふたつ目が知り合いの居ない土地で避難生活を送る者。これが大多数である。

 彼らは去り際に重装兵達へ手を振り、感謝の言葉をひたすら繰り返した。

 避難民達にとって重装兵達は謎の存在だ。何の義理も恩もないのに自分達の避難を助け、こともあろうに炎龍と戦いすらした。

 その兵装から帝国兵でないことは確かだ。外国の軍隊なら殺戮と略奪が当たり前だがそれもしない。無論、盗賊の類でもない。

 一番理解し易いのが、異郷の傭兵団が雇い主を求めて旅をしているという考えだった。しかし、この考えは光の矢を撃ち出す鳥(?)や炎を纏って炎龍を打ち払った巨兵と重装兵が連携していたという事実を無視しなければならない。それ故に導き出された答えは、アルヌスの丘を占拠した異境の兵という結論だった。

 要塞を築き、連合諸王国軍を一瞬で消し炭にする火力を持ち、空飛ぶ船を持つ軍隊は彼らしか存在しない。

 つまり最も危険な外国の軍隊かもしれないということだった。もしや人買いに売り飛ばされるかもと戦々恐々としていたが、彼らは最後まで何もしてこなかった。

 

 とはいえ、彼ら第三偵察隊はそんなお人好しの集団ではない。エルフ達を要塞に避難させる一方で、何故コダ村住民を要塞に受け入れないかと言えば、その遺伝子に価値がないからだ。そして、エルフ達をクレストを介してキサラギに売却することは決定済みであった。

 

 ちなみに、コダ村住民達は行く先々で証言を求められ、それによって日銭を稼ぐことができた。

 

「ホントに炎龍なんだって。俺はこの目で視たんだから。……え、誰だって? 重装魔法兵の連中だよ。もちろん中身はヒト種だよ。ドワーフやエルフじゃない。多分、東方の兵士だろう。同時通訳できる魔導具を持っていたよ。俺達が避難するのを助けてくれたんだぜ」

 

 聞くものは想像力を掻き立てられ、強烈な印象を受ける。見てきた事実だから、そのときアレはどうだったんだ? の問いに語り手は答えることも出来た。

 そして、語り手がドラゴンの尾が斬り落とされる瞬間を描写すると固唾を呑んでいた者はみな驚嘆するのだ。

 

「そりゃ、すげぇ」

 

 やがて謝礼を受け取ろうともせず、ほがらかな笑顔で颯爽と去っていく語り手。

 コダ村の村民達は語り部の仕事だけでも、帰村するまで食べるに困らなかったと言う。

* * * * * *

 

「騎士ノーマ。どう思われますか?」

 

 女性准騎士ハミルトン・ウノ・ローが、街のあちこちで耳にした噂について先輩たる同僚に論評を求めた。

 見るとコダ村から来たという臨時雇いの女給が盆を手にあちこちに酒を運んでいた。彼女は注文を取り、料理を運んだ席で、求められるままに見て来たことを語り、幾ばくかのチップを受け取っていた。

 

 ひげを清潔に切りそろえた騎士ノーマは忌々しそうに苦い表情をした。

 任務とは言え、アルヌスの丘への偵察行は自分にふさわしくないと受け入れがたく感じているのだ。

 ノーマは女給に手を振り酒の追加を注文すると、この状況を苦とも思っていない様子の後輩を見て、小さく溜息した。

 

「……これだけ多くの避難民が言うのだから嘘ではないだろう。だが、炎龍というのはいささか信じがたくもある」

 

 女給はワインの瓶をテーブルにドンと置いて「ホントだよ。騎士さん達、炎龍だったよ~」と言う。

 

 ハミルトンは「私は信じるから。よかったら話しを聞かせてくれないかな」と数枚の銅貨を渡した。チップとしては破格の額である。

 これには女給も「ありがとう、若い騎士さん」とかわいげのある笑顔を見せる。

 女給はそう言うと、話し始めた。

 

 

 炎龍が出たという話しが伝わると、コダ村は蜂の巣をつついたような大騒ぎになった。女給メリザの元に隣の鍛冶屋の奥さんがかけ込んできたのは、陽が中央に達する頃合い。メリザが家で洗濯物を干している途中だった。

 

 メリザは畑仕事に出ている農夫の夫に知らせるため、息子を走らせる。自分は家に戻り、荷物をまとめ始めた。

 夫が帰って来たのは直ぐ後だった。

 息せき切って帰ってきた夫は村が既にドラゴンに襲われてしまったと勘違いしているようだった。

 

 農耕用の荷車に食料と水瓶を積む。わずかばかりの衣類やなけなしの蓄えを積み込むと、それだけで荷車はいっぱいになってしまった。

 馬に荷車を牽かせ、息子と夫がそれを後ろから押す。そんな状態で村の中心に入ると、既に多くの荷車で道は渋滞していた。

 どうにか村を出たが時間を無駄に浪費してしまった。

 陽が暮れれば野宿し、陽が昇れば道を進む。だが避難民には歩みが遅い者も速い者もいて、三日も過ぎると年寄りや子供を連れた家はどんどん遅れ、列は縦に伸びて先頭は見えなくなってしまった。

 

 荷馬車が動けなくなり道を塞ぐこともあった。怒号と罵声が飛び交い、人々の心はささくれ立っていった。

 だが、そんな自分達を助けてくれる者達が居た。

 

「それが、重装鎧の兵士達さ。全部で十二人、女が四人いたね」

 

 女給の声は騎士達だけでなくその外側にまで届いた。いつの間にか居酒屋は静かになっていた。メリザが詳しい話しをしたのは、この店では初めてだったから誰も彼もが聞き入っているのだ。

 

「どんな女だった?」

 

 ノーマの問いにメリザは鼻を鳴らした。

 

「男ってのはみんなそれだねぇ。まぁいいや……重装鎧って言っても何故か前面はガラ空きでね。指揮官の鎧だけ翼付き全身鎧だったね。で、女は背の高い女と胸がデカイ女と元気な娘と……眼が鋭い女だったよ」

「デカイって、どのくらい?」

「体つきは凄かったね。小柄なんだけど胸が牛並に突き出ていてね。そのくせ腰は細く締まっているってのが許せないね。顔は可愛いって感じでさ」

「おおっ!」

 

 男達の歓声にメリザは舌打ちをした。

 

「ま、そんなときにあいつがやって来たのさ。赤い竜。足がついて腕がついて、コウモリの羽みたいな翼を広げたでっかい奴さ。それが空を覆ってたんだ」

 

 その龍は重装兵達の空飛ぶ船?金属の鳥?みたいな物と空で戦ってたんだけど、突然降りてきて目の前に居たモルの家族に襲いかかったんだ。

 もう噛みつかれるってときに、重装兵が割り込んで来て魔法で龍を牽制した。

 でも、炎龍には少しも効かない。彼らの魔法でも鱗に傷一つつかない。だけど重装兵達は諦めなかった。

 空の鳥は光の矢を龍に撃ち込み、金属の荷車は爆発魔法を放ち続けた。

 龍は鬱陶しそうにしてたけど少しずつ慣れていった。彼らの魔法攻撃は無視できる火力だと悟ってしまった。

 

「ところがさ……そんなときにアレが出た」

「アレとは?」

「炎の巨人さ。足なかったけど身の丈10mくらいあってね。その巨人は重装兵達の仲間みたいでテン・コマンドメンツって名乗ってたわ。炎龍の尾を光の剣で一刀両断したんだ」

 

 それこそ無敵を誇った炎龍が敗退する瞬間だった。

 炎龍は傷を負い、大地を震わす大音響の悲鳴と共に、その場を無様にも逃げ去っていったのだ。

 

 

 物語が終わり、人々は余韻に沈黙する。

 

「ほ、炎の巨人……? テン・コマンドメンツ?」

 

 少しの沈黙を経て、騎士達は感想を交わし始めた。居酒屋も次第に元の喧噪を取り戻していった。

 

「空飛ぶ船、光の矢……どこかで聞いた話しですね。いかがでしょう姫様?」

 

 朱色の髪の女騎士はいきなり話しを振られ、齧り付こうとしていた極太ソーセージを皿に置いた。

 皇女ピニャ・コ・ラーダは酒に手を伸ばしながら言った。

 

「アルヌスの丘から帰ってきた偵察兵の報告だったな。異境の敵は空飛ぶ船から炎の矢を降らせ大地を灼熱の業火で染め上げた……だったな」

 

 偵察兵の報告とコダ村避難民の証言との間に符号するものを感じるのだ。コダ村の場所はアルヌス近郊だ。関係ないとは思えない。

 

「女。その者達は何か言ってなかったか。どこから来て、どこへ向かうとか?」

 

 女給は「女」という言い方が癪に障ったが聞いたことを口にした。

 

「アルヌスから来て、アルヌスに戻るとか言ってましたよ」

 

 炎の巨人が来たのもアルヌスの方角からでしたよと告げた。

 それを聞いた騎士団のテーブルは一気に気温が下がったようだった。

 

「姫様、どうやら当たりですね。この情報を手土産に帰りませんか?」

「いや、噂話を報告しただけでは父上に笑われてしまう。イタリカまで行き情報収集をする」

 

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