sideヒカリ
ゲンナイさんからチンロンモンのデジコアを預かった私達はその後守谷君から届いたメールに記された場所に向かった。
その場所に行くとそこには既に守谷君達の姿があった。守谷君は大きな石に腰かけていて、ブイモンと……ブラックウォーグレイモン?がその左右に立っていた。
「どうも。昨日ぶりですね」
私達が守谷君から大体10メートルくらい近づくと守谷君は立ち上がってそう言ってきた。
その立ち姿には何となく疲れが読み取れた。……ゲンナイさんの言った通り、本当に今まで戦っていたんだ……たった一人で。
私はたった一人でブイモンとブラックウォーグレイモンと一緒に戦っていた守谷君に少し寂しさを感じた。
……だけど今はそれを引きずってる場合じゃない。
今世界が大変な事になってることは分かってるけど、ここで私達は見極めなければならない。守谷君が私達をどう思っているかを。
――ついさっき、光子郎さんの家に現れたゲンナイさんが私達にチンロンモンのデジコアを預けてくれた。
私達はそれがどういうモノなのか全くわからなかったけど、ヤマトさんと空さん、アグモンは違ってた。
「まさかそれが――守谷の言ってた四聖獣の力って奴か?」
「彼がどういう風にこれを君に語ったか分からないが、これはチンロンモンさまの聖なる力の結晶。これを使えばかつて完全体に進化出来た者は再び完全体まで進化出来るようになるだろう」
「「完全体に!?」
ヤマトさんの質問にゲンナイさんがそう返して私達は思わず声を上げた。
だけどお兄ちゃんだけは驚いた後、ヤマトさん達の方を向いた。
「お前達はこんなものがあるって知ってたのか?」
「……ああ」
「……キメラモンとの戦いの時、守谷君が言ってたの。
封印されてるチンロンモンから力を貰えばまた完全体に進化出来るようになるって」
「……タイチ達に黙ってたのは話したらタケル達がジョグレスっていう合体進化が出来なくなる可能性が高くなるのと、チンロンモンの事自体皆に黙っててほしいってお願いされたからなんだ」
「ジョグレス? ……詳しく話して頂け……いや、今はそんな事を話している場合じゃありませんか」
お兄ちゃんの質問に、ヤマトさん、空さん、アグモンはそう答えた。
そしてアグモンの言ったジョグレス?って単語に光子郎さんが食いついたけど現状を思い出して引き下がった。
だけどゲンナイさんがそれを止めた。
「いや、この問題は今話し合うべき大事な問題だ。それに少なくとも、最も状況を把握している彼から連絡があるまでは動かない方が良いだろう」
「……そうですね。分かりました。守谷君からの返信のメールが来るまでは世界中の問題をひとまず置いておきましょう。……それではアグモン、さっきのジョグレスに関して詳しく話してくれませんか?」
「……いや、これは俺から話そう」
光子郎さんの言葉にヤマトさんがそう返した。
……それにしてもジョグレス? 合体進化ってどういう事なんだろう?
「……俺も詳しくは知らないが、どうやらタケル達の持ってるD3に備わった機能らしい。それを使えばD3を持つ者同士……いや、タケルと伊織のエンジェモンとアンキロモンが、ヒカリちゃんと京ちゃんのテイルモンとアクィラモンが合体して完全体になれるそうだ」
「そんな機能があったとは……!」
「……まさか彼はそんなことまで知っているのか」
光子郎さんの言葉は私達全員の気持ちを代弁していた。
そしてゲンナイさんも守谷君がそれを知っていた事に驚いていた。
「……そんな力があるんならどうして守谷君は僕達に教えてくれなかったんだろう?」
「……それは私が話すわ」
丈さんの疑問に空さんが答えてくれた。
ジョグレス進化とは、ジョグレスする者同士の心が一つになっている事が条件だという事を。
だからこそ守谷君は初め私達に単独で完全体に進化出来るという事を黙って居た事を。
……話せば完全体に進化させたことがある私とタケル君と、完全体に進化させたことが無い京さんと伊織君の間に壁が出来てジョグレス出来なくなるから。
ジョグレスの事自体を話さなかったのはそもそも本当にジョグレスが出来るか確信を持っていなかったから。
私達に単独で完全体に進化出来る事を話したのは、私とタケル君が、京さんと伊織君を対等だと思っておらず、守るべき対象だと思っているのでジョグレスは不可能と判断したからだという事。
……メガドラモンと私達との戦いを見て、守谷君はそう判断したらしい。
「……守谷が何を考えていて何の為に行動しているか実際の所俺も分からない。
俺達に何も話さ無い上無茶もするし、正直皆は、守谷は自分達の事を全く頼りにしてないと思ってたかも知れない。
……だけどアイツはアイツなりに俺達を……タケル達を頼りにしてたんだ。
タケル達なら完全体になれると黙って期待してたんだ」
ヤマトさんの言葉は最後にいくに連れて小さくなっていた。
でも皆――私達四人はそんな事を気にしている余裕は無かった。
……正直私も、守谷君は私達の事を頼ってなんかいないと思ってた。
…………もしかしたら仲間じゃないって思われてるかもしれないって思ってた。
だけど守谷君は少なくとも私達が完全体になれる様にと行動していた。
……それが堪らなく申し訳なかった。
全員が黙り込んで話ずらい空気になった中、それを断ち切る為かお兄ちゃんが話し出した。
「ジョグレスの事を話さなかったのは中途半端に話して単独で完全体に進化出来る可能性を少しでも減らさない為、か。
……成る程、その考えは少なくとも同意できる。
だかそれならどうしてアイツはチンロンモンの力の事を俺達だけにでも話さなかったんだ? 少なくともヤマトや空はアイツの事情を理解してたんだろ? だったら二人にだけでもチンロンモンから力を借りておけばアイツの負担も減らせたんじゃないのか? それともそれが出来ない理由があるのか?」
「――――それはワタシが説明しよう」
お兄ちゃんの疑問に今度はゲンナイさんが答えてくれた。
「恐らく君達にチンロンモン様のデジコアの事を話さなかったのは、チンロンモン様から力を借りれるチャンスが一度だけだからだ。
彼はアルケニモン達の後ろに潜む影が究極体のデジモンだと想定しているらしい。
だからその黒幕と戦う時、君達二人のパートナーを究極体に進化させる為に使いたいとチンロンモン様に願っていた。……真偽は分からないがそれが理由だ」
ゲンナイさんは、お兄ちゃんとヤマトさんの方を見ながらそう答えた。
……アルケニモン達の後ろに潜む影……確かに居るとしたら究極体の可能性が高い。
何故なら完全体のアルケニモンとマミーモンがいう事を聞いて行動しているのだから。
「成る程、そうだとしたら確かに使い所はそのタイミングがベストですね。
……ですが、それならどうしてゲンナイさんはこのタイミングで、よりにもよってそれを僕達に渡そうとしているんですか?」
「……どういうコトでっか? コウシロウはん?」
「……僕達の世界は知っての通り大変な事になって居ます。そんな僕達にそれを渡してしまったら最終戦を待たずに使ってしまう可能性もある筈です。僕達は完全体に進化させられませんから。
……だからそれを防ぐためにもそのデジコアは守谷君に渡すのが最も安全な筈です」
光子郎さんの意見に私も同意見だった。
……私達は単独では完全体に進化出来ない。だと言うのに今世界中には多くのデジモンが迷い込んでる。……その中には完全体も。
そんな私達に完全体に進化出来る道具を渡してしまったら場面によっては私達は迷わずそれを使ってしまうと思う。……救える力があるのにそれを使わないなんて私達には出来ないから……
だからこそそんな私達に貴重なデジコアを渡す理由が分からなかった。
「――貴重だからこそ君達に託した」
「……どういう事ですか?」
「言葉通りの意味だ。……少なくとも君にはこの言葉の意味が理解出来るんじゃないか?」
「…………」
ゲンナイさんの言葉に伊織君がそう尋ねたが、一言そう返し、光子郎さんの方を向いてそう尋ねた。
そんなゲンナイさんに対して光子郎さんは言っている意味が理解出来たのか暫く黙り込んでいたけど、突然覚悟を決めたような表情を浮かべて話し出した。
「…………守谷君が敵である最悪のパターンを考えてですね」
「――――光子郎ォ!!」
光子郎さんが言い終ると同時にヤマトさんが光子郎さんに飛びかかった。
光子郎さんの余りに想定外の言葉と突然のヤマトさんの行動に私達は反応出来なかった。光子郎さん自身もヤマトさんがそんな行動に出る事が分かっていたのか一切逃げる様な動きを見せず、目を瞑っていた。
そしてヤマトさんの拳が光子郎さんの顔に命中――する寸前でお兄ちゃんがヤマトさんを止めた。
「放せ、太一! 俺はコイツをぶん殴らなきゃならねぇ!!」
「落ち着けヤマト! ……光子郎だって本気でそう考えてる訳じゃない。
可能性が0じゃないから、俺達の代わりに汚れ役を買って出てそう言ってるだけだ」
「……そうだとしてもアイツを敵呼ばわりした事は一発殴らなきゃ収まりが付かない!」
「それなら安心しろ。お前の分も含めて俺が一発殴っておいた」
お兄ちゃんがそう言って右手を上げると、光子郎さんがその時を思い出したのか、痛そうにほっぺを撫でていた。……お兄ちゃん本当にやったんだ。
「それに光子郎にも一理あるだろ? アイツは京ちゃん達と同じタイミングで選ばれし子供になった筈なのに色々知り過ぎている。特に敵の行動に関してはあまりに対応出来過ぎていた。
……昨日だってアイツは、性格から考えて普段なら来ないであろうヤマトのコンサートに態々足を運んで、現場に居た。
突然のデジモンの登場に対してだってあまりに行動出来過ぎていた。
……もしかしたらアイツはコンサート会場にデジモンが現れる事をあらかじめ知っていた……とは考えられないか?」
「……アイツが俺のコンサート会場に来ていた理由は俺がチケットを渡してたからだ」
「……アイツ、ヤマトから貰ったチケットとは別に、もう一枚チケットを持ってたぞ。どうやら前々からコンサートに来るつもりだったらしい」
「…………」
お兄ちゃんの言葉にヤマトさんは悔しそうな表情を浮かべながら黙り込んだ。
……もしかしたらヤマトさんの中でもそう考えてしまうような出来事があったのかもしれない。
ヤマトさんは必死に昨日の事件に守谷君が絡んでない理由を思い付こうとしてたけど、最終的には思いつかなかったのか、振り上げていた拳を下ろした。
「……例えアイツが怪しくても…………仮に昨日のデジモンの襲来を予め知っていたとしてもアイツは俺達の仲間だ」
「――――俺も同じ考えだ、ヤマト」
ヤマトさんの絞り出したような声にお兄ちゃんはハッキリとそう返した。
……良かった。お兄ちゃんも守谷君を敵だとは思ってないみたい。
ヤマトさんもお兄ちゃんの言葉を聞いて納得したのか、満足した表情で光子郎さんに一言謝って元の場所に戻った。
その姿を見ていたゲンナイさんが今度は私達に尋ねた。
「――他の選ばれし子供達も同じ意見なのか?」
ゲンナイさんの言葉に私達全員が頷いた。
……さっきまでは少し守谷君の事を疑ってしまっていた人も居たけど、お兄ちゃんの言葉を聞いて目が覚めたようだ。
……流石はお兄ちゃん。私じゃとても真似できない。
「そうか。ならワタシもこれからは彼を全面的に信じよう」
「……ゲンナイさんは守谷君を疑ってるの?」
私の質問にゲンナイさんはそうではないと首を横に振った。
「ワタシ自身も彼がこちら側という事に関しては疑っていない。
これはチンロンモン様や君達に影響されたわけでは無くワタシ自身の判断だ」
「だったらどうして今更モリヤを信じるなんて言ったんだ?」
テイルモンの疑問にゲンナイさんが再び答えてくれた。
「彼が味方だとは思ってはいるが、それでも彼の普通とは思えないいくつもの行動を見て100%頼ってしまっていいのかワタシの中で判断が付かなかったのだ。
特に今回のデジコアの様な一度きりの切り札を本当に彼に渡してしまっていいのかワタシ自身迷っていた。
だからこそ彼では無く君達に渡す事にしたのだ。君達ならワタシと違って正しい選択が出来ると信じて」
「……このデジコアは本当は守谷君に直接渡すモノだったのね」
「少なくとも彼はそう望んでいただろう。もっともワタシもチンロンモン様もそう約束したつもりは無いが」
「それってちょっとズルくないですか?」
「そう言わないで欲しい。この力は等しく選ばれし子供達に託されるべき力なのだ。
だからこそ君達の世界が危機に陥っているこのタイミングで持って来た」
そう言ってゲンナイさんは再びデジコアを前に差し出した。
「だからこそ今一度尋ねよう。
―――――君達の世界は今危機に陥っている。謎多き選ばれし子供である彼には、仮にこれを使わずに済む手があったとしても確実に無理がある作戦である事の想像は難しくない。
……君達の世界の危機だ。いくらアルケニモン達の後ろに潜む影が究極体だったとしてもこのタイミングで使う事を咎められる者は誰一人居ないだろう。
そんな状況で君達はこのデジコアをどうする?」
ゲンナイさんの問いかけは、一番近くに居た光子郎さんに向けられていた。
だけど光子郎さんは首を横に振って一歩後ろに下がった。
「……守谷君を現在進行形で疑っている僕がそれを受け取るのはアンフェアです。
……太一さんお願いします」
光子郎さんはそう言って次に近い場所に立ってるお兄ちゃんにそう言った。
だけどお兄ちゃんも光子郎さんと同じように一歩後ろに下がった。
「悪いけど俺もパスだ。
俺自身、守谷の事を信じてはいるが、光子郎と一緒で何かボロを出さないか見張ってるような人間だからな。
……ヤマトに空。お前達に任せた」
そう言って今度はヤマトさんと空さんに全員の視線が集まった。
……確かにヤマトさん達は私達と違って守谷君と秘密を共用するような関係だ。
守谷君の作戦の要かもしれないデジコアを持つのに最も適してると思う。
そんな事を皆が考えて見つめる中、ヤマトさんと空さんは――予想外にも一歩後ろに下がった。
「……俺はその場の感情で動いちまうとこがあるから駄目だ。というかそもそもこれを俺達の間で話し合う事自体が場違いだろう。
これはアイツと同じ舞台で戦ってるタケル達の中で決めるべきだ」
「……守谷君が必死に戦っている背中を追いかけてたヒカリちゃん達の選択なら私達は誰も文句は言わないわ」
そう言って今度は私達――タケルくん、京さん、伊織君、そして私に視線が向けられた。
……私達が守谷君の切り札かも知れないデジコアの行方を決める事になるなんて。
そう考えながらも私は誰が受け取るべきか話し合おうと左右の三人の方を向くと、三人とも一歩後ろに下がっていた。
「……僕は守谷さんの言葉を信じ切れず、皆さんとの約束まで破って真夜中のデジタルワールドに行ってしまいました。そんな僕にそれを受け取る資格はありません」
「……アタシも伊織と一緒で約束を破ったから駄目ね。
……それにあたし怒りに任せて守谷君に酷いこと言っちゃったし……」
「伊織君と京さんの行動は守谷君の為を思っての行動だから僕は間違いでは無いと思うよ。
……僕なんて行動を起こさずに心の中でただ守谷君を疑ってただけだからそれに比べたら遥かにマシだよ。
そんな僕より――――いや、あえて言うよ。守谷君を疑ってた僕達よりもヒカリちゃんの方が資格があると思うよ」
「わ、私は……」
「ヒカリちゃんは、守谷君の事疑った事ないでしょ?」
タケル君の言葉に私は何も言い返せなかった。
……確かに私は守谷君を疑った事なんて無い。そもそも命を懸けて助けてくれた人を疑う事なんて出来る筈が無かった。
黙り込んだ私を見てタケル君は笑顔を向けた。
「でしょ? だったらやっぱりヒカリちゃんがそれを持つのに相応しいよ」
「私でいいの? 私なんかに渡したら簡単に手放しちゃうよ?」
「それでいいんだよヒカリちゃん」
「丈さん?」
「色々言ってるけど、本当はそうしたいんだよ、皆。ただ今まで疑ってたから少し後ろめたいだけさ。
だからヒカリちゃんは自分の思った通りにそれを扱えばいいと思うよ。
それがきっと選ばれし子供達全員の意見だから」
「丈さん……」
丈さんの言葉を聞いて覚悟が決まった私は一歩前に出た。
「一応尋ねよう。君はこれをどうするつもりなんだ?」
「私は――――守谷君の考えを聞きたい。聞いた上でこのデジコアを託したいです」
そんなやり取りの後、守谷君からのメールが届いて私達はここに来た。
……状況は一刻を争うかもしれないけど私達には聞かなければならない事がいくつもある。
その内の一つを私は尋ねた。
「……守谷君、ゲンナイさんから聞いたの。守谷君達が日付が変わった時くらいから行動してたって。
それって本当なの?」
「……本当だ」
「……どうして私達に相談してくれなかったの?」
「……ゲンナイさんにも伝えたが、昨日の戦いで消耗している状態で世界中を飛び回るのは危険だと判断したからだ。それに純粋に移動手段も関係してる。ウイングドラモンなら僕一人を乗せて世界中を飛び回れるからな」
「……そっか」
「……悪いが状況が状況だ。これからについて話しても構わないですか?」
守谷君がそう言って全員の方を見て確認を取った。
……守谷君の言葉は全くの正論なので誰も文句を言わずに頷いた。
「では話しますね。
……知っての通り、今世界中にダークタワーとその影響で生まれたゲートのせいで迷い込んだ野生のデジモン達が出現しています。
僕も早くから動いて何とか被害を抑えようとしましたが流石に手が足りません。
……皆さんの力をお借ししてくれませんか?」
「当然だ。その為に俺達は来たんだ」
そんなお兄ちゃんの言葉に守谷君は一言感謝の言葉を返した。
「それでは僕の考えてる作戦を話しますね?
作戦といってもいたって単純なものなんですが、皆さんにはブイモン……いえ、ウイングドラモンと一緒にデジタルワールドから各国に行って、ダークタワー及び迷いデジモンの対処をお願いしたいです。
そして、その間に僕はブラックウォーグレイモンと共に皆さんとは逆の方から世界を回ろうと考えています」
長くなりそうだったので一旦ここで上げることにしました