圧倒的な闇に屈するかの如く膝を突き、ガタガタと震える選ばれし子供達と僕達。
――だが、まだ誰も絶望はしてない。そしてそれはパートナーデジモン達も同じだ。
「まだだ! まだボク達は戦える!!」
遥か後方に吹き飛ばされていたウォーグレイモン達が再び僕達の前に現れ、そしてヴェノムヴァンデモンに向かって行く。
そんなウォーグレイモン達にヴェノムヴァンデモンは再び片手を大きく振るい、突風を巻き上げ吹き飛ばそうとするが、パートナーデジモン達は今度は数体ずつでまとまる事で吹き飛ばされない様にその場に踏み止まった。
そしてそれぞれが渾身の必殺技を放つ。
「「「いっけー!!」」」
選ばれし子供達の歓声という後押しを受けながら放たれた必殺技は全てヴェノムヴァンデモンに命中する。
が、ダメージは全く見られなかった。
「そ、そんな! 傷一つ付かないなんて……!」
「……しかもヴェノムヴァンデモンは防御すらしていませんでした。
防御する必要すら感じないと言う事でしょうか……」
「そんな訳無いわ! だってさっきまであんなにダメージを受けてたじゃない!!
何かカラクリがある筈よ!!」
「クックック!! 教えてやろうかオ嬢サン? そのカラクリを」
伊織の絶望の言葉に京がそう返すと、予想外にもヴェノムヴァンデモンが割り込んできた。
「さっきまでダメージを受けていたのに今ダメージを全く受けないカラクリは…………さっきまでが全部演技だったからさ!!
大変だったぞ? せっかく内からどんどん力が溢れだすのにそれを無理やり押さえつけるのは!」
「そ、そんなの嘘よ……そんなことする意味、ないじゃ、ない」
「それがあるのさオ嬢サン。キミは知らないかもしれないがオレはコイツ等に一度殺されかけていてね。あの時は本当に危なかった。その時の屈辱は忘れもしない……!
その時から誓っていたのさ。お前達を希望から絶望に叩き落としてやるってな。
クックック!! で、どうだ? 絶対に自分達は負けないと確信した所から一転して圧倒的な力に屈すると言うのは? 絶望してくれたか? まだか? なら更に絶望させてやるよ! 自分達のパートナーが何も出来ずにやられる様をその特等席で見てるがいい!」
ヴェノムヴァンデモンはそう言いながらも近くまで接近してきたパートナーデジモンに視線を向ける事すらせずただ腕を振り回して反撃する。
ただそれだけの攻撃を受けたパートナーデジモンは再び後方に吹き飛び、壁に深くめり込んだ。
「……ああ、ちなみにまだ勝てると思ってるなら好きなだけ応援するといい。認めてやろう。
が、その代わりに応援されたパートナーは手足を千切って、そいつのパートナーに生まれた事を後悔するくらいの絶望を味わわせてやるがな!」
「あ……ぁ……」
ヴェノムヴァンデモンの言葉に京は表情を絶望に染めながら下を向いた。
……京だけじゃない。戦いが続くと共にヴェノムヴァンデモンが言った事が真実だと理解してしまった選ばれし子供達の何人かは京と同じように絶望し、戦意を失っていく。
まだ絶望していない選ばれし子供達も少しずつその表情を曇らせていく。
……このままじゃだめだ!! このままじゃ皆殺される……!
僕は恐怖で動かない足を何十回も叩いて痛みで恐怖を和らげながらようやく立ち上がった。
……現状逃げる事は不可能。皆が生き残るには勝つしかない……!
「皆さん! あきらめちゃ駄目です!! この世界は確かに全ての存在が想いによって強化されてしまう世界です。
ですが、そうだとしたらより強い……強い想いを持てさえすればヴァンデモンにだって勝てます!」
「……確かに、確かにそうだよな」
「俺達は一度アポカリモンに消滅させられたが、皆の強い想いを一つにして再びアポカリモンの前に戻った。そんな俺達がたかが復讐心ごときに負ける筈が無い!」
「そうよ……そうよ!!」
「私達の世界を……テイルモン達のデジタルワールドを貴方なんかに支配させない!」
僕の言葉に答えるように何人かの選ばれし子供が再び目に光を灯す。
……そうだ。選ばれし子供達の心がそんな簡単に折れる筈が無い!
そんな選ばれし子供達の姿を見て少しだけ僕は安堵したがその瞬間、痛みで和らげていた恐怖の圧力が再び体にのしかかる感覚と共にその場に倒れ込みそうになる。
……唯一この場で立ち上がっている僕が膝を突くのは不味い……! 絶望の切っ掛けになってしまうかもしれない!
そう思っていると足元に居たチビモンが倒れそうになった僕の片足を支えてくれた。
「――ありがとうチビモン」
チビモンは僕の言葉に無理やり作った笑顔で返す。
僕はそんなチビモンに勇気を貰いながら、チビモンに支えて貰って居ない方の足を選ばれし子供達に見えない様に強くひねって無理やり立っている状況を保った。
……が、そんな抵抗は何の意味も無かった。
「――――確かにオマエの言う通りだ。オレより遥かに強い想いを持てさえすれば理論上はオレを倒せるだろう。何も間違っていない」
ヴェノムヴァンデモンは僕の言葉に真面目な表情を浮かべながら言葉を放った。
「――だがオマエ達がオレよりも強い想いを持っているのか?
オレはオマエ達に倒されてから3年間オマエ達に復讐する事を考えて生きてきた。3年間ひと時も欠かさずにだ。燃え上がる様な憎悪を必死に抑えて計画を遂行してようやくその機会が訪れた。
それに対してオマエ達はどうだ? オレを倒してから3年間オレの事を思った事があったのか? 次現れても絶対に倒してやると心の底から思っていたのか?
そもそもデジタルワールドを救うとか言っているが、ずっと選ばれし子供として行動していたのか?
オレは及川悠紀夫の体から見ていたぞ。オマエ達がデジタルワールドに異変が起きてからもそれ程行動を起こさず日常を過ごしていた姿を。
そんなオマエ達がオレよりも強い想いを持つなんて―――ー理論上ありえるのか?」
ヴェノムヴァンデモンの言葉に選ばれし子供達は次々に表情を曇らせた。
恐らく自分達はヴァンデモンの言う通り、選ばれし子供として相応しい行動を取れていないと思っているのだろう。
…………そう考えてしまっているのは間違いなく僕という悪い見本があったせいだ。
だけど、選ばれし子供達にだって自分達の生活がある。あれは転生者というこの世界に生きる資格のない僕だからこそ出来た行動だ。だからあれを当たり前には思って欲しくない。
僕がそれに反論しようと考えをまとめていると、ヴェノムヴァンデモンは想定外の行動を見せた。
突然戦っているパートナーデジモン達が居ない方向に手をかざし、そこから闇の炎を打ち出した。
その闇の炎は眼にも止まらない速さで対象に向かって行く。
「……え?」
その対象――マミーモンはそんな情けない声を一言上げると、次の瞬間闇の炎に包まれた。
「ぎ、ギャァァァァァァァァァァァァァッァ!!!」
「ま、マミーモン!!」
想像を絶する痛みにマミーモンはその場でのた打ち回るがその程度の抵抗で炎が消える筈も無く、最期には断末魔を上げながら自身の居た影だけを残しこの世界から消滅した。
「ひ、酷い! マミーモンはずっと貴方の為に戦ってたのに!!」
「オレを裏切ろうとしたから当然だ。状況が悪くなったら裏切る部下など必要ない。……そうだろ? アルケニモン?」
「あ……あ……」
「――アルケニモン?」
「!! え、ええ。当然の報いです。ヴァンデモン様を裏切ろうとしたんですから」
は、はっと乾いた笑い声でマミーモンの居た場所の影を見つめるアルケニモン。
そんなアルケニモンの姿にヴェノムヴァンデモンは笑顔を浮かべたが、次の瞬間、マミーモンに放ったモノと同じ闇の炎をアルケニモンに放った。
「ぎ、ああああああああ、どうしてですがヴァンデモンさまぁあああぁぁぁぁ!!」
「オレの取った行動に心から納得しなかったからだ。計画が成功した以上、使えない反乱因子を持つ奴は早めに殺すべきだろう」
「そんなぁぁぁぁぁあたしはヴァンデモン様の為に戦って来たのにぃぃ!!!」
「オマエが真に忠誠を誓ってるのは今なおオレではなく及川悠紀夫だろう?
いいからとっとと死ね」
ヴェノムヴァンデモンはそう言いながらもう一発闇の炎をアルケニモンに放った。
二つの攻撃にアルケニモンは耐えきれる筈もなくマミーモンと同じように影だけ残してこの世界から完全に消滅した。
sideヒカリ
「――――――――」
目の前で起きた惨劇に私達は声が出なかった。
当然だと思う。敵でありながらもそれ程嫌う事が出来なかった彼女達があんな残酷な目にあったのだ。
もしかしたら私達の内の何人かはあの光景を目にして耐えきれず涙を流しているのかもしれない。
……そして私達は理解してしまった。エンジェウーモン達があれ程必死に戦ってくれてるヴェノムヴァンデモンが全然本気を出していない事を――その気になれば私達を一瞬で消滅させられるであろう力があるという事を。
――――怖い。この場所から一刻も早く逃げ出したい。
そんな感情が内から湧き出るのを私は必死で抑える。……私達はまだ諦める訳にはいかない。
だって――――私は視線を横に向ける。
そこには誰もが体にのしかかる圧倒的な恐怖にその場に膝を突いて体を震わす中、チビモンの支えがありながらも唯一立ってヴェノムヴァンデモンに立ち向かう姿勢を見せる守谷君の姿があった。
……守谷君はやっぱり凄い。もうD3を壊されて戦う事が出来なくなってるのにそれでもまだ全然諦めてない。
……そんな守谷君が諦めて無いのにまだ戦う力が残ってる私達が諦める訳にはいかない!
――――そんな事を考えていた時だった。
「……強情な奴らだ。これを見てまだ全員が絶望しない、か」
ヴェノムヴァンデモンが溜息を付きながら私達にそう投げかける。
そんなヴェノムヴァンデモンの言葉に答えるようにウォーグレイモン達は再びヴェノムヴァンデモンに向かって行く。
「当然だ! オレ達は絶対に諦めない!」
「タケル達の世界を……デジタルワールドをオマエの好きにはさせない!」
「何があってもイオリ達を守るだぎゃ!!」
ブラキモン達はそれぞれ覚悟を示しながらヴェノムヴァンデモンに攻撃を仕掛けるが、ヴェノムヴァンデモンは防御すらせずそれらを鬱陶しそうに眺めるだけだった、が、何かを思い付いたのか、口元をニヤ付かせながら視線をブラキモン達から私達の方に向けた。
「――ならば順番を変えるとしよう」
「な! ――――やめろ!! オマエの相手はオレ達だ!!!」
「クックック……心配するな、殺しはしない。オレだって一瞬で選ばれし子供達を殺そうなんて思っていない。――ただ順番を変えるだけさ!
そう言いながらヴェノムヴァンデモンは自分の両目を光らせ始めた。
「な――――その技は!? どうしてその形態で……!?」
守谷君はそんなヴェノムヴァンデモンの行動を見て、心底驚愕したような反応を見せた。
……守谷君はヴェノムヴァンデモンが今から何をしようとしているのか分かっているの?
「オマエ達には一時の希望を――理想の世界を見せてやる。
だが安心しろ。オレが全てを終えた暁には元の世界へ戻してやるよ。
――――そして現実に戻った時に知るといい。
もう自分を守るモノも守りたかった世界も何も無い一片の希望も無い絶望の現実を――!!」
「やめろー!!」
エンジェウーモン達が私達の盾になろうと向かって来るけど、間に合わない!
『マインドイリュージョン!!』
ヴェノムヴァンデモンの目から放たれる光に私達は包まれた。