真剣で俺たちで野球をしよう。チーム名はリトルバスターズだ! 作:あるく天然記念物
全身が適度な圧力と浮遊感で包まれている。
プールの中で息を思い切り吐いて潜水したときのような感覚。
目は開いているのか、あるいは開いていないのか、一寸先どころか自分の手足すら見えない。
真っ暗闇。
そこで気がつく。
あぁ、俺は夢を見ているのだ、と。
俺が夢だと自覚すると、今度は目の前に何かが飛び込んできて──弾けた。
ポチャン……。
俺を中心に円形状の波紋が広がっていく。
「強敵が現れたんだ、君の力を貸してくれ!」
「……ぼ、僕…………の、力……が?」
「あぁ! 俺一人だと限界があるからな、手伝ってくれ!」
一つ
「ひっく……えっぐ──うぅ……」
「おいおい、虐めはダメだぜ? そんな事する暇があるなら野球でもしたほうがいいんじゃないか?」
「なんだよ、誰だよ、お前!」
「俺か? 俺は……いや、俺たちは悪を成敗する正義の味方。人呼んで────リトルバスターズさ!!」
「俺たちって…………一人だよな?」
「…………もう一人は学校違うんだよぉー!」
「──くすっ」
二つ
「お前のその筋肉は鍛えるだけの物なのか? それを社会で役立てようとは思わないのか?」
「なんだぁ? 俺の筋肉様にケチをつける気か?」
「いや、逆さ。その素晴らしい筋肉を活かせない状態を俺は嘆いているのだ。どうだ? 俺たちリトルバスターズでその筋肉を皆のために使ってみないか?」
「…………へっ、最高じゃねぇか。俺の筋肉様がご乱心だ! いいぜ、俺をリトルバスターズに入れやがれ!」
三つ
「なぁ、剣の修行ばっかりで楽しいのか? ずっと一人でさぁ。そんな事より俺たちと遊ぼうぜ!」
「えっ、えぇっと……でも、修行しないと……お、お父さんが怒るから……」
「だったら、俺たちがそれの父親を倒してやるさ! 遊びの時間ぐらい寄越せってな! なに、すでに剣道一直線を引き込んだばかりだ」
「で、でも……良いのでしょうか?」
「諦めろ。こいつは一度決めたら梃子でも動かんバカだ」
四つ、五つ
連続して小石を投げ入れたかのようにいくつもの波紋が走っていく。
その一つ一つが掛け替えのない出会い。
この俺が生まれてきてよかったと心から思える仲間たちとの。
俺は本当の俺じゃない。
生まれたとき、自覚したときには赤の他人だった。
彼の名と姿を纏った偽物。
でも、彼らにあったからこそ、俺はいきる意味を見いだせた。
憧れを抱き、夢に一歩ずつ歩くのを決意したんだ。
彼のいない世界の俺は彼にできたことをやってみせるぜ、と。
全てを見終えると暗闇の世界に光が射し込みだし、身を包む浮遊感が強くなってきた。
上へと浮かんでいく俺の体。
どうやら、目が覚めるようだ。
さて、今日は何をするかな。
…………。
……。
リトルバスターズ。
川神市における風間ファミリーと並ぶ有名グループの一つ。
彼らの主とする行動は人助け──と思いきや日々を楽しく、皆も楽しくをモットーとした集まり。
時には人助け。
時には害虫を駆除。
時には部活の助っ人。
同じような事をしていた風間ファミリーとの対立。
彼らは思うがままに青春を費やした。
私財も費やした。
あろうことか筋肉も費やした。
もうとにかく何でも本気で彼らは駆け抜けたのだ。
舞台はここ川神市にある高等学校、川神学園。
武術を必修化された武術の学園である。
この物語は、風間ファミリーの参謀ではなく、リトルバスターズのリーダーが主人公の少し変わった物語。
…………。
……。
「恭介が帰ってきたぞー!」
その声が聞こえたのは学校の昼休み。お昼ご飯をいつものように友人のいるF組で食べようとした瞬間のことでした。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふ────ついにこの時が来たか」
いつもは筋トレしかしない筋肉達磨──井ノ原真人は食事前のスクワットをいきなり止め、眼をかっと見開いたと思ったらすぐに走り出す。
「ねぇ真人、どこに行くのー?」
真人はこちらを一度振り向き「決まってんだろ、戦いにさ!」とだけ言い残してどこかへ駆け出していった。
真人がどこに行くのか気になったが、別にすぐ行く必要ないと思う私はお昼を食べようとお弁当箱を開く。今日も美味しそうだ。
お弁当に舌鼓を打つこと十数分。
「た、大変だ! F組の井ノ原真人とS組の宮沢謙吾が学食で決闘してる!」
今度は焦りの混じった男子生徒の声が聞こえてきた。
男子生徒の言葉を聞いて思い出す。
そう言えば真人は恭介がいない間は謙吾と喧嘩しないって言ってたっけ。
なら恭介が帰ってきたという事はそれが解禁日を迎えたことを意味する。
「このままだと大変かなー」
決闘に関してではない。
この学園、川神学園では武術を学ぶのを必修化した学園であるため決闘は毎日と言ってもいいほど頻繁に行われている。
が、ここではその決闘の相手が問題なのだ。
真人と謙吾は一度戦えばどちらかが本当に倒れるまでやり合ってしまう。
しかも周りを巻き込む形で。
さらに言うなら二人の実力はそこそこ。
宮沢謙吾、謙吾は剣道の達人。真人は筋肉達磨であるがその鍛え抜かれた筋肉は鉄アレイすら紙細工にしてしまう。
そんな二人が周りを巻き込んでの決闘。もはや害悪だ。
「さてと、僕も行こうかなー」
食べ終わったお弁当箱を鞄にしまい込んで、僕は決闘が行われている食堂に向かった。
…………。
……。
「そらーー!!」
「…………ふっ」
「ぬほぉーーーー!?」
がしゃーん!
派手な音を立てて真人が食堂の机につっこんでいく。
床に落ちていく割り箸と皿の数々。あとで食堂のおばちゃんに怒られること間違いない。
「ちぃ、やるじゃねぇか謙吾!」
「やれやれ、いつまで突進しかしてこない気だ真人。俺は闘牛士にはなるつもりなんか無いぞ」
「んだとぉ!? それはつまりあれか? “あなた様の大切に育て崇め奉ってらっしゃる筋肉様は所詮そこいらの闘牛程度のゴミみたいな存在でしかありません”って言いたいのか!!」
「…………誰もそこまで言ってないだろうが」
「うぉおおおっ! 俺の筋肉様がご降臨じゃーーーー!!」
がしゃーん! ぱりーん! あはーん! やらないか? あ゙ーー!
阿鼻叫喚の地獄絵図──は言い過ぎかな。とにかくてんやわんやな状態。
真人が猪突猛進に攻め込み、謙吾が涼しくあしらっていく。
僕が食堂についたときにはすでに決闘は始まってしまっていた。
「あぁーあ、これって後が大変なの確定じゃーん」
この後の始末を考えると気が滅入ってしまう。こうした真人と謙吾の喧嘩の後はいつものメンバーで後片付けするのが定番なのだ。
「とにかく二人を止めるのが先決だねー。二次被害から考えて」
とは言うものの僕にはそんな技量はない。
いや、武術の心得はこの学園にいるから一般人よりある。むしろ強いという自信の方が大きい。
しかしここで私が大手をふるって止めても被害は大きくなるだけだろう。
現に
「あわわわ………どど、どうしましょう。どうにかしなくてはならないのですが……まま、松風、何とかできないでしょうか?」
『いやー、人様の喧嘩の仲裁を九十九神がどうにかできるわけないでしょうに。というか、オラの体だと尚更無理じゃね? ちっちゃいマスコットが頑張っても壊れるだけだぜ?』
「そう……でした」
剣術の天才である黛由紀江ですらあたふたしている。
彼女、黛由紀江──まゆっちは剣聖と謳われる父を持つ剣術の天才で、その実力は川神四天王の一員になっているほど。たまに持っている松風と呼ばれるマスコットに腹話術で会話したりしている。
しかしそんな実力を持っていても喧嘩している二人を止めることはかなわないのだ。
もっとも、まゆっち自身がそういった事を苦手……というか前にでることをしたがらない人柄も関係してるか。
「ねぇまゆっちー、どうして二人は喧嘩してるのー?」
「あっ、小雪さん。実は真人さんが謙吾さんの食べている定食に誤ってお水をこぼしてしまって──」
「それで謙吾が怒ったのー?」
まゆっちは違うと首を左右に振る。
「いいえ、真人さんが逆に怒って喧嘩を始めてしまったのです」
「…………ゆっきー、僕思うに普通は逆だよねー?」
「…………は、はい、私も……そう思います」
真人はよく怒られる瞬間に逆ギレしてくるのだ。今回もそれが原因みたいだし。
「っと、そうだったー。ねぇまゆっちー、恭介しらなーい?」
「恭介さんですか? それでしたら先ほどお昼ご飯の定食を持って行ってましたような────あっ、いました!」
まゆっちが僕の後ろの方を指さすと、そこには両腕を机の上で突っ伏して寝ているお目当ての人物、恭介の姿──とついでに
「恭介が無防備で寝ている……これは────キスのチャンス!!」
乙女がしてはならないような鼻息を荒くし、血走った眼で寝ている恭介の唇に向かって自分の唇を当てようとしてる女性の姿もあった。
僕はその女性の近くへ気づかれないようにスニーキングで行き、横で一言。
「京ー、さすがに寝てる最中はダメだめじゃないかなー?」
「っ?! ふふ、さすがは小雪ね。私に気づかれないように接近してくるなんて……でも、私の恭介への熱い愛はもう止まらなー──ぐふっ! なっ、なぜ………ガクッ」
血走った眼のまま恭介の唇と己の唇が触れ合うまで後わずかというところで、何の偶然か突如飛来してきたお箸をおでこに受け、恭介の隣に倒れ伏す。
「多分罰が当たったんじゃないかなー」
倒れ伏す女性は椎名京。
彼女は恭介にホの字の痴女で、弓術で有名な椎名流弓術を父から継承している。それ故に弓術の腕は天下一。しかしそのすべてを恋心で台無しにしている。
「さて、そんな京は放って置いて、恭介ー? おーきーてー」
「きょ、恭介さん、起きて下さい」
ゆっきーが声をかけ、僕が寝ている恭介の身体を揺さぶる。
四、五回ほど揺らしたところで反応があった。
「……うぅ…………なんだ、小雪に由紀江、面接終わってからこっちに帰ってくるまで寝てないんだ。だから寝かせてくれ」
できることなら僕も恭介を無理やり起こしたくはない。でも今回は状況が状況だ。
「でもさー、このままだと真人と謙吾の手で学食がしばらく使えなくなるよー?」
「む……それは困ったな。仕方ない」
恭介は眠そうな目を一回こすると、すぐにシャキッとした姿勢で立ち上がって決闘の最中である二人の元に向かう。京に関して何一つ触れずに。
「よーし。お前ら、決闘は一旦中止だ」
「えー? でもよぉ恭介! たぎりまくった俺の筋肉はどこで使えばいいんだよ!」
「俺としては永遠に中止でも構わないのだが」
「んだとぉ!? 喧嘩売ってんのか謙吾!」
「火に自ら油を注いでいるのはお前だろうが」
「まぁまぁ、とにかく落ち着け二人とも」
恭介が声をかけるだけで喧嘩を中断する二人。
そう、これがいつもの光景。
私が恭介を探した理由。
どんなときでも恭介は間に入ってくるのだ。
「学食が使えなくなったら困る人が多い。そしてお前たち二人が決闘したらほぼ終わりがない。だから、ルールを決めよう」
恭介は先ず真人を指差す。
「素手だと真人が強すぎる」
逆にと言葉を繋げて今度は謙吾を指差す。
「竹刀を持たせたら謙吾が強すぎる」
だから、と次に恭介は僕たち、野次馬の方に顔を向けてこう言い放った。
「お前ら、何でもいい、この二人に武器になりそうな物を投げてやってくれ。それはくだらない物であればあるほど好ましい。お前たち二人にはそれを手にとって戦ってもらう。使う物は所詮くだらない物だから怪我をする心配もないし、学食が荒らされる心配もない」
「まあ、それならいいのか?」
「俺としては早く終わらせるに越したことはない」
「よしっ! それじゃあ決まりだ。あっ、ちなみに言っておくが、負けたヤツは勝ったヤツから不名誉な称号が与えられるからな」
「はぁ!? それを先に言えよ!」
「みんな準備はいいか?」
「聞けよ! いえ、聞いてください!!」
「バトル────スタートッ!!」
いいぞー! やれやれー! 使えー! これやるぞー!
真人の懇願虚しく始まってしまった恭介ルールのバトル。
投げ込まれるくだらない物の中から真人と謙吾がそれぞれ手にしたのは
「これは……銀玉鉄砲か? なんて懐かしい玩具だ」
謙吾は昔懐かし銀玉鉄砲。
対する真人の手には
「…………おい、コレでどうしろと?」
赤と青のフィルムが張られた眼鏡、人はその眼鏡を3D眼鏡と言う。なぜこの学園に?
「かけて使え」
「んな無茶苦茶なぁー!!?? チェンジ! チェンジプリーズ!」
「残念ながら一度手にした武器は交換不可能だ」
「なんで!?」
「理由はそう──燃えるからだ!」
「…………いいぜ、やってやる! 3D眼鏡舐めんなよぉ! いくぜ謙吾!!」
「こい、真人!」
《バトルスタート!》
謙吾の攻撃。
謙吾は銀玉鉄砲の引き鉄を引いた。
「くらえ!」
「あだっ、痛い! 地味に痛い!」
真人に32、31ダメージを与えた。
「なるほど、こうして使えば」
謙吾は狙いを定めるコツを得た。
「今度はこっちからだ」
真人の攻撃。
「装ーー着! ────ウォオオオオオッ、でで、でけーー!! ガフッ!」
「…………何をしているんだお前は」
真人は謙吾が大きく見えて驚いてしまった。
真人は51ダメージを受けた。
「まぁいい、今度はこちらだ」
謙吾の攻撃。
「狙いを定めて────そこだっ!」
「痛い! 痛い! 謙吾テメェ、的確に撃つなよ! ってえ、痛い!」
銀玉が真人を的確に当たった。
真人に41、39、38ダメージを与えた。
「ちくしょう、やるじゃねぇか。だが、次は俺の番だ」
真人の攻撃。
「ウォオオオオオッ! やっぱり飛び出て見えるー! ゴフッ!」
飛び出して見えた謙吾に真人は驚いてしまった。
真人は52ダメージを受けた。
「…………なぁ、恭介。これってよぉ、飛び出して見えたり、大きく見えるしか使い道なくない? 戦いにすらなってないですよね? 俺ダメージしか受けてないよ? 攻撃なのに!」
「まっ、所詮3D眼鏡だからな」
「薄々分かっていたけどどうしようもねぇじゃん!」
「何話してるかは予想がつくが、次はこちらの番だぞ」
「ちょっ、ちょっと待った! タイム! タイム!」
謙吾の攻撃。
「これで終わりだ!」
謙吾は銀玉鉄砲の引き鉄を容赦なく引いた。
「痛い! 痛い! ちょっ、そこは──痛い! 急所だって──痛ってぇえええっ! ────ガクッ……」
真人に42、41、35、91ダメージを与えた。
真人は倒れてしまった。
《バトルフィニッシュ!》
「さて謙吾、ルール通り真人に二つ名を付けてやってくれ。できるだけ不名誉なやつをな」
「そうだな……では」
真人は《憎めないバカ》から《年中正月》に変更されました。
「あんまりだぁぁぁあぁぁぁぁっ!!!!」
やっぱり恭介は凄い。
謙吾と共に真人に向かって年中正月と言いながらいじり続けている恭介を見て改めて思う。
いつも真人たちの喧嘩などは恭介が間に入って仲裁をしていた。
だから二人は恭介がいるから安心して喧嘩を堂々とするし、いないときには自粛していた。
それが恭介、僕たちのリーダーだ。
…………。
……。
「でよー恭介、お前は一体どこに就活しに行ってたんだ? 帰ってきたのがかなり遅かったしよー」
「ちょっと東京の集○社にな」
「ちょっ、そこ一流の企業じゃねーか!」
「で、東京で面接を受けたは良かったが、問題は帰りでな。往復の切符と間違えて片道買ってたから帰りは歩く羽目になったんだ。夜の山道はマジで怖かったぜ」
「いや、往復切符と片道切符を間違えて買うのがそもそもの間違いだろ。更に言えば東京から神奈川まで歩こうとしたのが可笑しいぞ」
「まっ、楽しかったからいいんだけどな!」
「さすが恭介! どんなときでも楽しむ少年の心を忘れない。そんな恭介の事大好き! だから結婚して!」
「悪いな京、俺はまだ青春と放課後を遊びに捧げる少年なんだ。結婚するにはあと六年はかかるな」
「あの……恭介さん、それだと恭介は今現在小学生になってしまいますよ?」
『オラとしてはこの中で一番年上が一番精神年齢が年下ってどうよ? って思うぜー?』
「ここ、こら松風! そんな事言ってはいけません! あ、あああ……きょきょ、恭介さん、わわ、私はべべべ、別にその様な事は思ってませんからね!」
「気にしてねぇよ。しかし松風、男ってのはいつまでたっても少年なんだぜ?」
『ふーん、そうなんだー』
「そうなんだよ。なんなら虫取りでも行くか?」
「……………」
「ん? どうした、小雪」
放課後。
就活を終えて久々にメンバー勢揃いした俺たちは揃って寮に帰っていた。
その道中みんなと会話しているとき、何故か小雪だけがみんなから一歩離れたところでついてきていた。
「いやー、別に理由はないんだけどねー。なんていうかさー……いいよね、こういう感じ」
「あぁ、俺たちは全員親友だしな」
「うん! でねー、私思うんだー」
「何をだ?」
「恭介や京、まゆっちに真人、謙吾のみんなと一緒に、昔みたいに何かしたいって」
「そうか…………ふむ」
まるで彼のような事を言う。
なら、ここで俺がとるべき行動も決まっている。
「よし!」
早歩きで全員の前に行き、振り向きざまに俺は言う。
「それじゃあみんなで野球をしよう。チーム名は────リトルバスターズだ!」
歯車は回る。
これは彼が彼の軌跡を踏んでいく物語。
果たしてその果てに彼は何を得るのか。