長い時が経った
「これは…何かの冗談か?」
ガイアコロニーの司令部にてエイブラムは市街地の被害状況の対応に各部署に激と指令を飛ばしていた矢先、帰還したフライターのパイロットの報告に絶句した。
『クロノス機、此方に戦闘の意思はない!当機は降伏する、繰り返す。戦闘の意思はない!当機はクロノス司令の親族を保護している!』
エイブラムにとってこれは悪夢以上の何者でもなかった。
墜落したナナハチ機関のマンマシーンのもう一方が姪のレイチェルを手に乗せ通信してきた内容が虚言であればどれだけ良かっただろう。
しかし帰還したフライターが持ち帰った最大望遠からなる荒い画像からであっても見違える筈がない姪の姿がその掌の上にあった。
「サラマンドラに伝達、救出の為に即刻発進させろ!直ちに!」
「どうか落ち着いて下さい。エイブラム指令!この様な状況下では!」
「クソがッ!」
エイブラムは顔を真っ赤にして机を叩き、その机は足から崩れ落ち、その轟音に一時、喧騒の司令部を静まり返させた。
エイブラムは自身の荒い息を整えると額の汗を拭い一先ずの平静を装った。
「すまなかった。落下したナナハチ機関の新型はどうした?」
「市街地の外れに墜落して以降完全に沈黙しております。」
「そうか、ではMS隊に即刻、破壊させろ。」
「よろしいのですか?あれにはナナハチ機関の回収命令…」
「構わん、諸共に破壊し、これを機にギャザークロスの首輪を絶ち切ってくれる!」
「それは困るな、エイブラム大佐。」
聞き慣れない声に振り向くといつの間にか背後に立つ男。ナナハチ機関の首魁ブラッド技術少将がいた。
即座にブラッドに銃を向ける参謀達だがぞろぞろと出入り口から重武装した兵士がブラッドを取り囲む。
「グッ…」
ブラッドは勝利を確信すると窓際に歩み、エイブラムの背後の窓に手を触れる。
「ガイアコロニー、考えてみれば馬鹿げた話だ。エリュシオンの大気構成は地球とそう変わらない、正に奇跡の星だ。しかし愚民共はありもしない恐怖に怯え、自らを地上の囲いに、その囲いが無くなれば今度は地下深いシェルターに引きこもっている。」
「貴公等の《コロニー至上主義》がそうさせたのだ!」
ブラッドの嘲笑は自嘲的なニュアンスを含ませたものであった。
「そんな囲いの中で良くも我々の目を盗み、軍備を整えてギャザークロス政府からの独立を狙っていたな。貴様の手腕、見事なものだ…が」
その男の表情からは何も読み取れない、冷たく、鋭い言葉など身に纏う白そのものだ。
「エイブラム大佐、貴様を軍法会議にかける、《我々》のやり方でな、貴様の置き土産は我々が有効に使わせてもらう。」
「ブラッド!全て…全て貴様が仕組んだ事だな!」
その時、窓の外に唸りを上げ降下する艦がラムザットの視界に飛び込んできた。
その艦から射出された一機のモビルスーツは異変を感じ司令部を見てたじろぐ地上のグロスバイの目と鼻の先に鮮やかに着地した。
『クソッ政府の犬めッ!』
ヒートソードを手に切り倒さんとするグロスバイに凄まじい機動で一瞬で背後に回ると胴薙ぎに一閃、グロスバイの上半身は徐々にズリ落ち爆散した。
その爆煙からぬっと這い出たモビルスーツはモノアイをギラつかせ、実力を誇示し、エイブラムを威圧する様に司令部を覗き込む。
「グッ、ガンダムめぇ!」
拘束を振りほどこうとするエイブラムだったが、ナナハチ機関兵士はその動きを制圧し、エイブラムを連行した。
『フフッ。存外、早く片付きそうですわね。』
轟音をあげ、続々と宇宙から港に強行降下するナナハチ機関戦隊を脇目にブラッドはうず高く積み重なったエリュシオンの虹色の瓦礫の上に擱座するハルファスを見下ろし、微かに口を歪ませた。
*
脱出劇から数刻、エリュシオンの独房とはまた違う年季の入った艦の中とは思えないラウンジの中でシェルドとレイチェルは隣り合って座らせられていた。
艦長であるゼノンと先程のMSパイロットであるマーク・ギルダーが対面に座る少々歪な空気の中、テーブルに置かれたオレンジジュースの氷が甲高く鳴る。
「協力しろだと?」
互いの沈黙を破ったのはシェルドの怪訝な表情から投げかけられた疑問だった。
目を閉じた深妙な面持ちのまま頷くゼノンに代ってマークは咳払いして言葉を紡ぐ。
「《ガイアコロニー》のシンパへの連絡が今さっき帰ってきてな、お前を知っている奴がいた。」
「ガイアコロニーはどうなったんですか!?」
不安な表情で立ち上がるレイチェルに驚いたゼノンとシェルドは口に含んだコーヒーを自分の服に盛大に溢した。
「幸い、瓦礫の多くは軍施設に落下した事で居住区画には被害はなかったらしい…だがレイチェル、君にとっては悪いニュースがある。」
「きみの叔父であるエイブラム大佐がペルサス政府軍により更迭されたそうだ。」
「え…」
「エイブラム叔父さんが、どうして!」
「そこまではわからない。まぁ大方連中はエイブラムをシャトルに乗せ、査問会へ引きずり出すなんて名目だろうが…処刑するつもりだろうな。」
蒼白して座り込むレイチェルをからシェルドはマークに視線を移す。
「それと俺が協力する事となんの関係がある?」
「お前、宇宙に上がりたいんだろ?」
大きく見開いたシェルドの目にカンを当てたマークは得意げに笑う。
「俺達に協力してる奴は大体、そんなところだからな。」
「我々の次の目的はベルサスの新型を奪取した今本隊にこのMSを送り届ける為にマスドライバーを使って宇宙に上がる事だ。」
シェルドは言葉に詰まり、不意にレイチェルが震えながら絞り出す様に言葉を紡ぐ。
「叔父さんはいっつも不器用で、ガサツで…でも凄く優しい人だから…私は…私は叔父さんに生きてて欲しい。」
暫しの沈黙の末、レイチェルの言葉を聞いて決意を固めたシェルドの問いにゼノンは頷き、マークはニヤリと笑う
「エイブラムの救出に力を貸す、俺は宇宙へ戻れる…そういう事か?」
「それにお前、この子のナイトなんだろ?」
それを聞いて噴き出すエルンストとミラを睨みつけたシェルドは溜息と共に肩をすくめた。
それを見たマークはゼノンの呆れ顔を横目ににニヤリと笑った。