ーアイーダー
「アルヴィス様、トラキアに続きまして…シレジアでもエシャル様の名が! …エシャル様は生きておられたのです、どうか…どうか…!」
「くどいぞアイーダ…! エシャルは死んだのだ、死んでしまったのだ! 確認をするまでもない、名が同じだけの他人に決まっている…。それ以上…エシャルの名を私の前で口に出すな…!」
各国の情報を収集している中で、6年前に亡くなられたエシャル様の名を耳にした。その名を聞く度に、アルヴィス様へ私は進言する。少しの可能性があるのなら、ご本人かご確認致しましょうと。そのように進言する度に、アルヴィス様は怒り、悲しみ、憎しみ等の感情を表に出す。そして最後には、決まって拒絶し…、
「…待っていろ、エシャル。お前の無念は、私が必ず晴らす。そして差別無き世界を…、お前と私が目指す世界をこの手で…! 手段は問わない…、私は…!」
エシャル様の名を自分自身に刻み込むように、自分に言い聞かせるように、己の心を小さく吐き出す。
アルヴィス様は変わってしまった、…エシャル様が亡くなられた日から、…燃え盛る館をその目に写した時から、…遺品をその手にしてから。少しずつ…、少しずつ…。
他人から見たら、冷酷冷静だったかもしれない。だが私達には、とても温かく優しい方だった。…あの忌々しい事件が起こらなければ、…エシャル様がご健在であれば、…アルヴィス様がアルヴィス様でいられたのに。私は…私はどうすれば良いのだろう。
「…エシャル様、…私はどうすれば。…エシャル様。」
私も止まっているのだ、あの日から…。エシャル様が…エシャル様が消えた日から、…目を閉じれば思い出すあの光景が。
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燃え盛る館を前に、茫然と佇むことしか出来ない私。同じように、目の前の光景に立ち竦むアルヴィス様。しかしそれも一瞬で、
「…早く、…早く火を消せぇ! 立ち竦んでいる暇はない! 動け…貴様ら!! …エシャル!」
私達を叱責し、自ら先頭に立ち、燃え盛る火を己の炎で消し飛ばそうと躍起になっている。しかし、火の勢いは速く、そして凄まじく、館は焼き崩れていく。それでも、自身のことはどうでもいいと言わんばかりに、アルヴィス様は突き進もうとしている。私はそんなアルヴィス様を…、
「いけません、アルヴィス様! これ以上は…!」
「離せ! アイーダ…! 中に…中にエシャルがいるんだぞ! 早く助けなくては…早く!!」
「アルヴィス様まで…、失うわけにはいきません! …誰か、誰かアルヴィス様を引き止めるのを、引き止めることを手伝ってぇ…!!」
私の叫びに気付いた者達が、アルヴィス様を引き止める。数人の者達に引き止められても、それでも進もうとするアルヴィス様を嘲笑うかのように、燃え盛る館は崩れ落ちていった。
「あ…あぁ…!! エシャル…、エシャルゥゥゥゥゥッ!!」
崩れ落ちる館の前で、アルヴィス様の慟哭が響いた…。
私があの時、アルヴィス様を止めていなければ…、彼もまた死んでいたと思う。死なずに済んだとしても、火傷による重症は確実だっただろう。魔法による治療でも消えぬ、大きな火傷を負っていただろう。炎を司るヴェルトマー家当主が、火傷の痕を残すこと等は出来ない。残せば、嘲りの対象となるのだから。あれが最善の行動だったのだ、ヴェルトマー家の名をこれ以上汚さぬ為に。
あの後、館のあった場所から、燃え跡から、エシャル様と見られるご遺体とその遺品が見付かった。ご遺体の損傷が酷く、エシャル様なのかどうか、分からないものだった。しかし、身に付けていたであろう物が燃え残っていたのだ。アルヴィス様の贈られた、炎を象ったマジックリングが…。それが決め手となり、エシャル様の死が公式に発表されたのだった。
その日からアルヴィス様は、部屋に閉じ籠り気味になった。声を掛けても…、
「失せろ…アイーダ…! 貴様が止めなければ、エシャルは助かったかもしれない…! その可能性を摘み取ったのだ、貴様は…! アイーダ、貴様は魔女だ…! エシャルを私から奪った魔女…!」
…それ以上、声を掛けることが出来なかった。私はその日から、『ヴェルトマーの魔女』と呼ばれるようになった。それはとても悲しく、そして辛い名であった。だが、それは私の戒めの名。アルヴィス様を救う為には仕方がなかったことでも、想いを寄せていたエシャル様を見殺しにした私の…。
アルヴィス様は、1ヶ月近く閉じ籠っていた。その間のことは、私を含めた者達でヴェルトマー家を支えたのだ。閉じ籠っている間にお会いになったのは、アグストリア諸国連合に連なるノディオン王家の王子、エルトシャン様。エシャル様の叔父に当たる方で、エシャル様もよくなついておられた。エシャル様の死を知り、ヴェルトマー家に駆けつけて来たのだ。アルヴィス様の部屋から、エルトシャン様に詫びる声が…、そして自身を責める声…。エルトシャン様の優しい慰めの声、…押し殺した泣き声だけだった。
エルトシャン様は暫くヴェルトマー家に滞在し、アルヴィス様を慰めてくださった。そのお陰で、アルヴィス様は私達の前に姿を見せてくれたのだ。酷く窶れておられたが、無事なお姿を見ることが出来て安堵した。そしてアルヴィス様は、私に頭を下げて謝られた。私の決断を罵倒したことに対しての、私自身を罵倒したことに対しての謝罪だった。…私はこれで、少しは救われた気がした。
エルトシャン様が、エシャル様を弔ってから国許へとお戻りになった。アルヴィス様は精力的に動かれ、ヴェルトマー家は何とか元の姿に戻ることが出来た。その時はそう思っていた。
だが少しずつ…、本当に少しずつだが…、アルヴィス様は変わられていった。エシャル様と同じように可愛がっていた、アゼル様から距離を取るようになった。嫌っているわけではなく、何かを恐れるように離れていったのだ。
そしてエシャル様の死の真相を探る中で、怪しげな者達と関わるようになった。他家の目がある為に、細心の注意を払っての密会ではあるが。この事を知っているのは一部の者だけ、…だんだんとヴェルトマー家の進む道に、暗雲が立ち込めていく。
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そして今、私は手元の資料に目を通している。3年ぐらい前から、その名を響かせている者について。その名はエシャル、私にとって意味のある名前、忘れることの出来ない大切な人の名前、私が見殺しにした人の名前。その名が、世界に広がっているのだ。
最初に確認されたのが、ヴェルダン王国での情報。ヴェルダン王国のマーファ城にエシャルと名乗る若者が現れ、赤腕と恐れられる巨大熊を討伐。ヴェルダン王国第一王子ガンドルフと友誼を結び、マーファ城の発展に貢献。半年間の滞在後、マーファ城から旅立つ。
次に姿を現したのはトラキア王国、ヴェルダン王国から旅立って一週間も経たずに。このことからヴェルダン王国に現れた者とは、同名の別人という判断がなされる。彼の者は、トラキア王国への侵略を画策していたコノート・マンスター連合軍を撃破。その戦果により、将軍へと抜擢される。
その武は、全てを切り裂く黒き刃。連合軍は数名を残して全滅、『トラキアの黒刃』の二つ名と共にその勇名を轟かせる。その後もトラキア王国国内の改革に力を注ぎ、トラキア・ヴェルダン同盟の立役者として名を連ねる。ここで一つの疑問、ヴェルダン王国とどのような繋がりがあったのか? 突如として成ったこの同盟には、謎が多かった。
そしてシレジア王国、エシャルと言う名の天馬騎士が誕生する。シレジア初の男性天馬騎士。その実力はかなりのモノで、たった数騎の天馬騎士を率いて国内の賊、その殆んどを討伐・捕縛。教官としても優秀で、天馬騎士の可能性を引き出した。
その反面、女性に対してはだらしない。数多くの天馬騎士・風使いの女性との噂が絶えない、女好きとしても知られている。…その後、極秘任務の為にその身を隠す。
エシャルという名を見て、胸がざわつく。…3ヶ国で名の上がっているエシャルという者は同一人物、勘がそう告げている。彼がエシャル様であると心が訴えている。女にだらしないという情報は、気に入らないが…。
アルヴィス様に進言しても、拒否して終わる日々…。アルヴィス様はどうなされたのか? 以前のアルヴィス様なら進言を受け入れ、すぐにでもご本人か否かと動く筈なのに。生きているかもしれないと、希望をお持ちだったのに。私は悶々とした気持ちのまま、日々の仕事をこなして過ごしていった。
そして、幾日…、
「アイーダ、お前に暇を出す。…我がヴェルトマー家の為に、良く働くお前に休暇というわけだ。…故に、当分の出仕は控えるように。…良いな?」
突然の命に、私は戸惑いを感じたが、
「……はい、お心遣い…ありがとうございます。」
その命に従うことにした。
…旅支度を終えた私は、自身の館を後にする。アルヴィス様が動かぬなら、私が動いて確認をしよう。そんな気持ちで、エシャルという者に会う決意をした。自惚れているわけではないが、私のいないヴェルトマー家はどうなるのだろう…。一抹の不安を抱きながら、自分の心のままに動くことにした私。エシャルという者がエシャル様であることを願い、シレジア王国へとその足を向けた。
エシャルはアルヴィスに愛される弟だった。
エシャルを失ったことにより、アルヴィスが変わっていく。
アルヴィスとエルトシャンはわりと親しい間柄。エシャルのお陰だろう。
怪しげな者達とは、マンフロイ率いるロプト一族かと思われる。
とりあえず、アイーダ視点でした。まだまだ謎があるけどね。