間に最終章の話などが出ましたが、本作の展開や設定はそのままとします。
「此処は……こう」
「あ~、なるほど。向きが逆だったのか、それならわかる」
整備用倉庫で、ツチヤが愛里寿のアドバイスを受けながらT26のエンジンを弄っている。
一応M26用の整備マニュアル自体はあるのだが、此方は試作機のせいか細部でいろいろ差異がある事が判明していた。
自動車部も手探りで作業をしていたが、どうしても効率が悪い。
そこで、量産型を実際に運用していた経験のある愛里寿の出番となった。
彼女自身も整備の経験を積んでいた事もあり、修復作業は順調に進むようになっていた。
「愛里寿ちゃん、凄いね」
「はい。この調子なら、もうじき動かせそうですね」
作業を見守るみほと梓の顔にも、安堵が見て取れる。
「それにしても、会長……いえ、角谷先輩にはまた頭が上がらなくなりましたね」
「そうだね。あの人、大人になったら凄い人になりそうだよね」
杏が手を回したのは愛里寿だけではない。
T26のパーツについても、M26用の物を何処からともなく確保する算段を取っていた。
兎に角大洗女子学園では実績のない車両だけに、運用してみなければわからない部分が多過ぎた。
それを見越しての動きであったが、みほ達にはただ驚く事ばかりだった。
元々はサンダース大付属でジャンクの山に埋もれていたに過ぎない鉄屑が、立派な戦力として蘇ろうとしている。
確かに優花里がケイに気に入られた事が切欠ではあるが、こうして実現したのはやはり杏の尽力抜きには語れない。
当人は相変わらず飄々と干し芋を頬張っているばかりに見えるが、その凄さを改めて実感する二人だった。
「ツチヤも、もう独り立ち出来そうだね」
ナカジマが、スパナを手に姿を見せた。
「澤さん、T-28のエンジン周りをちょっとチューニングしてみたよ。試してみて?」
「ありがとうございます。すみません、ナカジマ先輩達はもう卒業間近なのに」
「いいっていいって、私らも好きでやってるんだし。それに、この子達とももうすぐお別れだと思うとね」
ホシノとスズキも、八九式を前に何かを話していた。
「ナカジマさんは、卒業後はどうされるんですか?」
「最初はバイトさせて貰ってた整備工場から正式に社員にならないか、って誘われてたんだけどね。私はそれでもいいかなって考えてたんだけど……」
「止めたんですか?」
「実はね、他からもスカウトが来ちゃってて。実業団チームとか」
「実業団ですか、凄い!」
マイナーな武芸ではあるが、戦車道は一定数のファンがいる。
政府の方針もあり、プロリーグこそ発足前だがチームを持つ企業も複数ある。
ナカジマの場合は元々進学ではなく就職志望だった事もあるが、全国大会優勝後にいろいろなチームからオファーが来ていた。
特にあの癖の強い
今年の三年生は、黒森峰女学園の西住まほを筆頭に粒揃いと言われてきた。
ダージリン、カチューシャ、ノンナ、ナオミ……
その中に割って入ったのだから、如何にナカジマが評価されたかという事がわかる。
プロリーグともなれば興行収入も期待できるし、何よりも企業としては格好の宣伝となる。
大洗女子学園の活躍とそれを巡る騒動で国民の関心も高まっていて、今までに戦車道チームを持っていなかった企業ですら参加の意欲を見せている程だ。
となれば、選手獲得競争が起きるのは必然であろう。
ナカジマに彼らの目が集まるのも、謂わば当然でもあった。
選手としての経験こそ浅いが、整備士としての腕は折り紙付きと言っても過言ではない。
両方をこなせる人材となれば貴重であり、その意味ではナカジマのみならずホシノやスズキにも声がかけられているのも頷ける話。
「まあ、ゆっくり考えるとするよ。まだ時間もあるしね」
「ナカジマ~。ちょっと手貸して」
「はいよ~。じゃあ、また」
立ち去るナカジマを見送ると、梓はみほに顔を向けた。
「それじゃ、折角なのでT-28を見てきます」
「うん、お願いね」
「はい!」
モグラさんチームも日々実力をつけつつはあるが、まだまだ桂利奈を除けば個々の動きにも連携にも課題は少なくない。
大洗女子学園では運用実績のない旧ソ連の車両というのもあるが、やはり選手としての経験不足は否めない。
梓ですらまだ半年にも満たない以上仕方のない事ではあるが、大洗女子学園は他校からの挑戦を受ける側。
その副隊長車が思いのままに動かせていない現状が、いつまでも許されるものでもない。
未だに四苦八苦しているカメさんチーム等に比べればかなりマシではあるが、T-28自体が期待の戦力でもある以上比較にもならない。
「ふう……」
一人、ため息をつく梓だった。
「梓ちゃん」
その日の練習が終わり、後片付けをしていた梓にみほが声をかけた。
振り向くと、愛里寿も一緒だった。
「西住隊長、何か?」
「うん。良かったら、一緒に御飯でも行かない?」
「それは構いませんけど……。でも、お忙しいんじゃありませんか?」
梓が心配するのも無理はない。
戦車道の全国大会こそ年に一度の開催だが、その間何もしなくていい筈もなく。
日々の訓練や戦力強化、戦術の研究も欠かせない。
練習試合の申込みも数多く来ていて、取材となるとまさに殺到と言うより他にないのが現状だった。
生徒会の面々もまだ仕事に慣れているとは言えず、必然的にみほの負担も増えるばかり。
とは言え、みほも戦車道以外の事は頼れる存在とは言い難い。
梓も自分がまだまだ至らないとは思いつつも、懸命に出来る事をやっている日々なのだ。
「気分転換も必要だよ。そうだよね、愛里寿ちゃん」
「うん、みほさんの言う通り」
「……わかりました。では、お供しますね」
梓の返事を聞くと、二人は頷き合う。
そして、梓に駆け寄るとそれぞれが挟み込むように手を取った。
「え? あ、あの……」
「じゃ、行こっか」
「うん!」
「に、西住隊長? 愛里寿ちゃん?」
戸惑う梓を他所に、みほと愛里寿は楽しげに歩き出した。
学園艦も寄港中であれば上陸は比較的自由だが、それでも夜間は出入りが規制される。
彼女らは曲がりなりにも未成年であり学生である以上、相応の措置とも言える。
それはみほと言えども例外ではなく、この時間では緊急事態でもない限り艦を降りる事は出来ない。
その代わり、学園艦内ではよほど常識を逸した行動をしない限りは自由でもあった。
そもそもが数万人を収容する学園艦だけに、衣食住で不自由する事のないレベルで店は揃っていた。
生徒の殆どが寮生活ではあっても、自炊する人数は意外と多くない。
みほもまたその一人で、夜はほぼ外食のみだったりする。
そのせいで、飲食店事情にはかなり詳しいみほであった。
「今日はお鍋!」
「あんこう鍋じゃないの?」
「愛里寿ちゃん、あんこうの旬はもっと先なの。この時期はね……はい」
みほが蓋を取ると、湯気の向こうに真っ白な世界が広がっていた。
「これ……何?」
「しらすだよ、愛里寿ちゃん。カタクチイワシの稚魚が主なんだって」
「そうなんだ。あ、その下に何かある」
「これはね、メレンゲとヤマイモ。白波の上にしらすが泳いでいるように見えるから、しらすの白波鍋って言うんだよ」
みほの説明に、目を輝かせる愛里寿。
「西住隊長も、すっかり大洗に馴染みましたね」
「……梓ちゃん。今は三人だけなんだし、名前でいいよ」
「え? で、ですが」
「いいの。あ、それとも……」
「わかりました、みほ先輩」
みほが何を考えているのか即座に察した梓は、敢えて言葉を遮った。
不満げに頬を膨らませたみほに苦笑しながら、梓はお玉を手に取る。
「じゃ、取り分けますね。愛里寿ちゃん、美味しいからたくさん食べてね」
「うん!」
「みほ先輩も、とんすいを」
「……梓ちゃん、だんだん意地悪になってきたね」
「はいはい。まずは食べましょう」
取り分けられた白波鍋に箸をつけた愛里寿は、顔を綻ばせた。
「美味しい! このフワフワしたやつ、ケーキみたい」
「それがメレンゲ。卵白を泡立てて作るの、お砂糖とか入れるとお菓子にもなるの」
「そうなんだ。梓さん、詳しいね」
「私は地元だからね。自分で作った事もあるし」
「凄いなぁ。今度、一緒に料理作ってもいい?」
「勿論だよ。みほ先輩も一緒に如何ですか?」
「え? 私?」
「はい。武部先輩みたいに上手じゃないですけど、それなりには出来ますから」
「凄いねぇ、梓ちゃんって。私、不器用だし」
「大丈夫ですよ。三人でやれば楽しいですよ、きっと」
「そうだね。うん、お休みの日にでもやろっか」
みほにも、流石にもう笑顔が戻っていた。
そして、優しい眼差しで梓を見た。
「ど、どうかしました?」
「ううん。いつもの梓ちゃんだなぁ、って」
「どういう事ですか?」
首を傾げる梓。
「愛里寿ちゃんが来てから、難しい顔で考え込んでいる事が多かったから」
「そ、そうでしょうか……」
「そう思わなかった? 愛里寿ちゃんも」
「うん、みほさんの言う通り。なんか張り詰めた雰囲気だった」
二人の指摘は決して的外れとは言えないだろう。
梓は生真面目さが持ち味だが、他人から見て壁を感じさせるような堅苦しさはない。
それはみほだけでなく、転校してきて日の浅い愛里寿もまた同じ印象を抱いていた。
「……梓さん。私、何かしちゃった?」
「それはないよ、愛里寿ちゃん。T26だってお陰で早く動かせそうだし、やっぱりいろいろ凄いなって思うから」
「…………」
ジッと梓を見つめる愛里寿。
決して睨んでいる訳ではないが、その視線は梓を捉えて離さない。
一瞬目を逸らしそうになった梓だが、逃げ出しそうになる自分をどうにか抑えつけた。
「愛里寿ちゃんが嫌いとか苦手とか、そんな事はないから。……ただ」
「……敵わない?」
「え?」
みほから掛けられた言葉に、思わず梓は目を向けた。
みほは小さく頷いて、
「様子がおかしいからもしかしたら、とは思ったけど……やっぱりそうだったんだね」
「みほ先輩……」
「みんな口には出さなかったけど、薄々は感じていたんじゃないかな」
「…………」
俯く梓。
「梓ちゃんが何で悩んでいるのか、わかるよ。でもね、大洗女子学園戦車道チームの隊長は梓ちゃんなの」
「私は、隊長や副隊長をやりたくて此処に来たんじゃないから。それなら、大学選抜に戻ればいいだけだし」
「……そう、ですよね。わかっていました……いいえ、わかっているつもりでした」
みほと愛里寿は、黙って梓の言葉に耳を傾ける。
「みほ先輩に指名されて、みんなからも副隊長と頼りにされて。私も、それに答えなきゃって日々一生懸命やってきたつもりでした」
「実際頑張ってるよ、梓ちゃんは」
「……でも、本当に才能のある人を目の当たりにすると自分なんてまだまだなんだって。何を思い上がっていたんだろうって」
「……梓さん。それこそ、思い上がりじゃないかな?」
「え?」
思わぬ愛里寿の言葉に、梓は驚いて顔を上げた。
「私もみほさんも、戦車道家元の娘だから。小さい頃から戦車道尽くめだったし、それが当たり前だった」
「それは……」
「血筋とか才能より、それ以前に経験が圧倒的に違う。梓さんにも、同じぐらいそれがあるとでも?」
「…………」
ぐうの音も出ない梓。
「ないよね。だから、みほさんや私に追いつこうなんて思う事自体がおかしい」
「愛里寿ちゃん、そのぐらいで」
「ううん、言わせてみほさん。梓さんも、言いたい事は言った方がいい」
「…………」
みほは黙って、梓を見た。
「みほさんが梓さんを選んだ。その事まで否定するつもり?」
「そんな事ない!」
「じゃあ悩む事なんてない。違う?」
「…………」
愛里寿は立ち上がり、梓の隣に座った。
「私ね、梓さんとは友達だから」
「愛里寿ちゃん……」
「友達だから、苦しんでいる梓さんを放ってはおけない。私を意識するよりも、もっと梓さんらしくやろう」
「私らしく……?」
「うん」
そう言うと、愛里寿は梓の手を握った。
「私ね、楽しみにしてるの。梓さんの戦車道」
「……私の、戦車道……?」
「みほさんとも、私とも違う戦車道を見せてくれる。そんな気がするから」
梓はみほを見る。
しっかりと頷くみほ。
「教えられる事は教えるけど、私の真似をする事はないからね。……ゴメンね」
「どうして謝るんですか、みほ先輩?」
「知らず知らずのうちにプレッシャーかけちゃったかな、って」
「そんな事ありません。……すみません、私こそ」
梓の肩を、そっと抱く愛里寿。
年は逆なのに、まるで妹を労る姉のように。
「さ、食べよ。まだまだ残ってるよ?」
「うん!」
「……ふふ、そうですね」
漸く、梓の顔に笑顔が戻った。
それを見て微笑むみほと愛里寿。
グツグツと、鍋の煮える音が静かに響いた。
番外編もちょっと書いてみたので、近日中にアップするかも知れません。