書いているうちに長くなったので一旦切ります。
そのまま全部書ききると冗長なので。
梓の朝は早い。
五時半には目を覚まし、軽いストレッチから一日が始まる。
雨の日を除くと殆ど毎日、その後はジョギングに出る。
「おはよう、副隊長!」
「おはようございます」
その途中で、安祐美と一緒になるのも日課になっていた。
元々ジョギングが趣味の安祐美は、雨の日ですら欠かさず走っていたりする。
「ペース配分、慣れてきたみたいだね?」
「はい。お陰様で」
「マラソンや長距離走じゃないんで、自分のペースでいいと思うよ。楽しまないと長続きしないし」
「そうですね。最近、そう思えるようになってきました」
梓の返事に、安祐美は笑顔を見せた。
「しっかし本当に努力家だよね、副隊長って」
「体力は全ての基本ですし。戦車道って思っている以上に体力要りますからね」
「それはわかる気がするな。特にあたしなんて装填手だから尚更だし」
戦車道は装甲こそ特殊カーボンでコーティングされてはいるが、砲弾は実弾を使う。
その重量は軽い訳がなく、成人男性ですらずっしりとした重みを感じるレベルだ。
T-28の76ミリ砲弾は勿論だが、大洗女子学園の場合は更に重い88ミリ砲搭載車もある。
他校だとIS-2の122ミリなど、普通に考えれば細腕の女子が扱える代物ではない。
必然的に筋トレをせざるを得なくなる場合が多く、大洗女子学園でも優花里や安祐美以外の装填手も皆自主トレが日課になっていた。
少し前まで装填手だった紗希も例外ではなく、筋肉の締り具合にウサギさんチームの一同は驚いた事もある程だ。
「でもさ、これはこれとして。副隊長っていつ寝てるんだろ、って気がするな」
「そうですか? 睡眠はちゃんと取っているつもりですけど」
「戦車道の副隊長だけでも大変なのに、授業ちゃんと受けておまけに自主トレとか……無理して倒れたら何もならないからさ」
「ふふっ、心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫ですから」
「ならいいけど。あたしやえりだけじゃなく、みんな副隊長の事心配してるんだからね?」
「……そうですね。皆さんに迷惑をかける訳にはいきませんし」
「そうそう。あたしらも頑張るからさ、程々にね?」
「はい!」
笑顔で頷く梓だった。
安祐美と別れ、シャワーを浴びてから制服に着替える。
寮を出て、学校へと向かう。
学園艦の街並みは、単純な碁盤の目に見えて実は微妙に工夫されていたりする。
とは言え、大洗女子学園を中心として設計されているので道に迷う事はない。
爽やかな朝の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、梓はふと空を見上げた。
学園艦は文字通り巨大とは言え艦船であり、水深や障害物にさえ気をつければ海上を自在に航行可能。
天候もその気になればある程度調整可能ではある。
今は低気圧のない海域にいるのだろう。
雲一つない青空なのに、梓はふと何かが起こりそうな予感がした。
予知夢を見たり霊感の強い方ではないと自覚している彼女だが、何故かそれが脳裏をよぎる。
何度も首を傾げていると、ポケットの携帯が振動を始めた。
取り出して画面を見ると、メールが一通届いたとの通知。
「緊急……? 何だろ?」
駆け足で登校した梓は、まっしぐらに戦車用倉庫へ向かった。
まだ早い時間にも関わらず、その前には戦車道履修の生徒達が集まり始めていた。
「すみません、遅れました!」
「梓ちゃん、おはよう。まだ、来てない人もいるから大丈夫だよ」
「そ、そうですか……」
息を切らせながら、みほの隣に立つ梓。
確かに朝弱い麻子以外にも、何人か姿の見えない生徒もいる。
「まだ集まらないのか、弛んでるではないか!」
「まーまー、落ち着けって河嶋」
「そうだよ桃ちゃん。まだ始業時間には間があるんだし」
「……あの。どうしてお三方が此処に?」
梓の言葉に、集まった生徒達が一斉に頷く。
戦車道からも引退した前生徒会の面々がそこにいたのだから、無理もない。
「会長……ではなく、前会長の勘が働いたのだ」
「緊急事態だからって、桃ちゃんと私でとりあえず駆けつけたの」
「ん~。不審者が侵入したっぽいけどとりあえず、戦車は無事みたいだねぇ……」
「あの……」
「何、西住ちゃん?」
「どうして、緊急事態で戦車になるんでしょうか?」
「私も同じです。どうしてですか、角谷先輩?」
「だってさ、澤ちゃん。うちの学校で、一番価値があるったら戦車以外に何か思いつく?」
「えっと……」
「他のみんなはどうよ?」
杏の問いかけに、一同は顔を見合わせる。
……そして、一斉に頭を振った。
「だろ? 新会長の頭ごなしに何かする訳じゃないけどさ、用心に越した事はないからね」
「……と言う訳なの。一応警戒をお願いね」
「保安部も動いている。何かあればすぐに……」
「その必要はないよ」
その声に、全員が振り向いた。
いつの間にか、T-28の砲塔に人影があった。
チューリップハットを被り、長い髪をたなびかせた女性。
その手が奏でるカンテレから、場違いな程に優雅な音が流れていく。
その場にいた全員が呆然とする中、真っ先に立ち直ったのはみほ。
「ミ、ミカさん?」
「やあ、久しぶりだね」
そこにいたのは継続高校戦車道隊長、ミカ本人。
「ちょっとミカ。自分から姿見せてどうするのよ!」
「
車体の影から、アキとミッコも姿を見せた。
「あの……ミカさん。どうして此処に?」
「風に流されてやって来たのさ」
「い、いえ。そうじゃなくって……」
「ミカ、流石にそれじゃ答えにならないってば!」
「話が先に進まないよ、ミカ」
二人掛かりでのツッコミに、ミカは肩を竦める。
「
「……それなら、何も忍び込まなくてもいいんじゃ」
「……ですよね」
溜息をつくみほと梓。
そんな二人を他所に、ミカは砲塔から降りた。
「挨拶がまだだったね。私は継続高校のミカ、宜しく」
「あ、同じくアキです」
「同じくミッコ!」
大学選抜との試合を経験していたメンバーは呆れるか苦笑するばかりだが、彼女を知らない新メンバーはまだフリーズしたまま。
いつもは元気な安祐美も例外ではなく、完全に呆けていた。
そんな空気などお構いなしに、ミカは居並ぶ戦車に視線を向ける。
「ところで、その
「
みほの言葉に、軽く首を傾げるミカ。
「そうなのかい? でも、増加装甲がついているようだね」
「……あ、本当であります。ミカ殿はアメリカの戦車にも詳しいのでありますね」
「風が教えてくれたのさ」
「は、はあ……」
煙に巻くような返答に、優花里も戸惑いを隠せない。
「自動車部の人と相談して、昨日作業したから」
「おや? 君は……」
「……久しぶり」
現れた愛里寿に、ミカは何故か気まずげに視線を逸らす。
愛里寿は表情を変える事なく、T26へと近寄った。
「これの量産型
「ゴメンね、西住隊長に相談もしないで。これ、パージ出来るようにはしてあるけど」
ツチヤがレンチを手に、車体の下から姿を見せた。
「ううん、ありがとうございます。……それよりミカさん」
「何かな?」
「いえ、どういった御用でしょうか? どうやら、不審者というのはミカさん達の事のようですけど」
「まさか、うちの戦車を盗み出そうなんて……訳ないよねぇ?」
みほと杏の問いかけにも、ミカは涼しい顔。
「
「いや、ないない。戦車が話しかけてくるとかあり得ないから」
すかさずツッコミを入れる沙織。
「……兎に角、騒ぎの原因はわかりましたから。一先ず解散にしませんか、後は私と西住隊長が」
「そうしよっか。んじゃ、西住ちゃんと澤ちゃん後は宜しく~」
それを合図に、集まったメンバーはぞろぞろと校舎へと向かって行った。
と、その集団に向かいミカが声をかけた。
「ああ。
「え? 私、ですか?」
振り向いた桂利奈に、ミカが小さく頷く。
静けさが戻った倉庫に、カンテレの音色だけが流れている。
呼び止められた桂利奈は、じれながらミカの言葉を待っていた。
「君、名前は?」
「あ、はい。一年の阪口桂利奈です!」
「では、桂利奈と呼ばせてもらうよ。桂利奈、
「えっと……。まだまだだと思います……」
「だろうね。
「それは……はい」
悄気る桂利奈。
ミカはポロン、と弦を鳴らした。
「気に病むことはないよ。誰でも最初は手間取るものだからね」
「あの……」
「何だい?」
「結局のところ、ご用件は何でしょうか? 一応、授業中なんですが……」
梓は困惑を隠さずに言った。
みほと梓は、戦車道での所用があれば他の授業は欠席しても咎められる事はない。
とは言えその間にも授業は進むし、定期考査でそこが考慮される訳ではない。
ちなみに戦車道を復活するにあたり、杏がぶち上げた成績優秀者には単位三倍という特典は後で文部科学省や茨城県から却下されていた。
遅刻見逃しや学食の食券ならまだしも、流石に国が定めたカリキュラムを無視するような真似は許されなかった。
もっとも、廃校騒動やら何やらでそれ自体有耶無耶になってしまい生徒からは約束違反を咎める声は上がらなかったのだが。
閑話休題。
「
「え? はい、そうですけど」
「じゃあ、砲手がいいかな。桂利奈、君には操縦手をお願いするよ」
「え? どういう事ですか?」
「動かすのさ、
「あいよ!」
「もー、ちゃんと説明しないと伝わらないって。あの、今から私達とお二人でT-28を走らせませんかってミカは言ってるんです。操縦がミッコで、車長がミカ。で、私は砲手で」
アキの説明でもまだ腑に落ちないのか、桂利奈は首を傾げたまま。
「ほら、T-28は旧ソ連製戦車でしょう? 私達、扱いなら慣れているから。わかる事なら教えてあげようって事です」
「それはありがたいんですけど……どうしてですか?」
「さあ、どうしてだろうね? 理由を知る事はそんなに大切な事かな?」
掴みどころのない返答に、思わずため息をつきそうになる梓。
「……梓ちゃん、桂利奈ちゃん。折角だから、教えて貰ったらどうかな?」
「西住隊長……?」
「確かに、まだまだ不慣れなところがあるのは確かだから。ミカさん、お願い出来ますか?」
「ああ。二人はどうかな、気が進まないのなら無理にとは言わないよ?」
梓は少し俯き、そして顔を上げた。
「……お願いします。いいよね、桂利奈?」
「う、うん。梓がいいって言うなら」
「よっしゃ、決まり決まり! さ、乗った乗った!」
ミッコは二人の肩を叩くと、車内へと入って行く。
ミッコは通信手の席に座ると、レシーバー越しに桂利奈に話しかけた。
「じゃ、動かしてみて」
「あ、あいっ!」
桂利奈はエンジンを始動させ、シフトレバーに手をかける。
「お~、心地よい振動だね! ミカ、いいかい?」
ミッコが振り向くと、ミカはカンテレをポロンと鳴らした。
「じゃ、行こうか」
「ん。前進だって」
「あいあいあいーっ!」
「頑張って、桂利奈!」
「あいっ! 梓もね!」
地響きを立て、T-28は進み始める。
「ミカ、それでどうすんの?」
「とりあえず、好きなように動かしてみたらいいんじゃないかな? ミッコ、気づいたところは言ってあげるといいよ」
「あいよっ!」
「梓、砲手の経験はあるのかな?」
「は、はいっ! 試合ではありませんが、練習ならあります」
話を振られた梓は、やや慌てながら答えた。
「アキ、装填は問題ないね?」
「任せてよ!」
ミカは頷き、カンテレを奏で続ける。
梓はその姿にチラ、と目を遣る。
「あの……アキさん」
「何?」
「ミカさんは、いつもああなんですか?」
「ああって?」
「いえ。車長ってもっと忙しいじゃないですか。車内外の状況にいつも気を配らないといけないし……それに、隊長だったらチーム全体の事もありますし」
「ああ、そう言う事。えっと、梓でいい?」
「あ、はい」
アキは微笑んだ。
「知らない人が見ると、車長なのに何もしてないように見えちゃうかも知れないね。でも、ミカはあれでちゃんと指揮もしてるし外の様子もわかってるんだよ」
「そ、そうですか……」
「カンテレも、ただ弾いてる訳じゃないの。あれで、ミッコも私も次の動きをしている合図なんだよ」
「ですが、戦車の中はただでさえ騒音が凄いですよ。聴こえるんですか?」
「意識を向ければ意外と聴こえるんだよ。勿論、他の車両には無線を使うけどね」
「…………」
呆気に取られる梓。
「まあ、真似しようたって無理だけどね。ミカだから出来る事だからさ」
「……ですね。じゃあ、あの試合でもやっぱりこんな感じだったんですね」
「ああ、大学選抜チーム戦だね。あの時は私達のBT-42だけだったから尚更かな」
「私には無理ですね。そんなに器用じゃありませんし」
「そうかもね。でも、驚くのはまだ早いよ?」
いたずらっぽく笑うアキ。
T-28はその間にも、疾走を続けていた。
番外編は途中まで書いたのですが、諸事情で止まっています。
書き上がったらまた上げます。