今回はかなりのオリジナル展開です
ゼルウィンズの街外れには小さな屋敷があった。屋敷には子どもが何人も遊べるような庭がある。そこの中心には立派な椿の木が植えられ、キレイな赤い花が生え揃っていた。だがその椿の花が美しいせいか心なしか手入れがきちんと行き届いているはずの灰色の壁が寂しい印象だ。その内、明るい色に塗り替えようか。その方が子どもたちも喜ぶかな。屋敷に訪れた一人の美女はそんなことを思った。
「お邪魔するわ」
上品に頭を下げて美女は屋敷の中に入った。彼女が中に入るのを屋敷の窓から眺めていた子どもたちはドタバタと慌ただしく玄関の前にやって来る。その様子に美女はクスリと笑った。そして一番幼い三歳ほどの女の子の頭を撫でる。彼女の仕草一つ一つがまるで絵本の中に出てくる聖女のようだ。
『マリアノ先生ー!』
屋敷の中にいた子どもたちは美女────マリアノが来訪したことに大はしゃぎだ。そうここは孤児院だ。両親や家族がいない天涯孤独の彼らにとってマリアノは姉のような存在であり、母のような存在だった。そんな彼女が来訪することが子どもたちにとって一番の楽しみだ。心優しいマリアノもまた彼らのような子どもたちに会いに行くことが一番の楽しみであった。
「皆さん、元気だったかしら?」
「元気元気ー!」
活発そうな少年が両手を上げて主張する。それに釣られてみんな手を上げる。少しうるさいな、とマリアノは思ったが何よりもそれが子どもにとっては元気である証だと微笑みを浮かべる。
「あら、リリがおりませんわ。どちらにいらっしゃるかわかりますか?」
マリアノは訪れる孤児院の子どもたちの顔と名前を全て把握していた。だからこの場にいない子どものこともすぐに分かる。
「リリなら北崎お兄ちゃんと一緒にあっちでお絵かきしてるよ」
「・・・・・・そう、北崎お兄ちゃんと一緒に」
マリアノは子どもの言葉に少しだけ不安になった。
「おにいちゃんみて~。緑の生き物~」
「上手に出来てるね。これが緑の生き物?」
マリアノが遊び場にいくと10歳ほどの少女リリが椅子に座って絵を描いていた。その様子を北崎は楽しげに眺めている。
「うん、強くてかっこいいの」
「僕よりも強くてかっこいい?」
「・・・・・・多分」
「えー、僕のが絶対強くてかっこいいと思うけどなあ」
「じゃあおにいちゃんと緑の生き物両方とも一番~」
あの北崎が子どもと楽しそうに遊ぶ姿は彼をよく知る者なら誰もが驚く姿だ。しかし、マリアノが驚くことはない。彼が孤児院に訪れてこのようなことをする姿は既に何度も見ている。
「あ、マリアノ先生」
「マリアノさんも来てたの?」
「それはこっちのセリフよ、北崎くん。遊びに来るなら事前に連絡しなさいって何時も言っているでしょう。なんのための携帯電話なの? 二本も持っているのに使わないのはもったいないわ」
北崎は年功序列というものを知らない人間だが年上の女性には敬意を払う。これがパイガのような中年男性ならしっぺの刑に処されるだろう。うん、そうすると笑顔で頷く北崎にマリアノは分かればよろしいと言った。
「おにいちゃん、おんぶしてー」
「リリ、止めときなさい」
「うん。良いよ」
「ちょっと北崎くん!?」
「わー、高い高い!」
北崎の能力を知っているマリアノはリリをおぶる彼にヒヤリとしたが力を抑えているようでホッと胸をなで下ろした。そんなことは露知らずリリは想像以上の高さに目を輝かせる。16歳という年齢ながら北崎は巧やファングと身長がほとんど変わらない。10歳の女の子にとっては未知の世界だ。
「ここはなかなか楽しいところだね」
「それがどういう楽しいか私はとても気になるわ」
「おにいちゃんはリリと一緒にいるから楽しいんだよねえ~」
リリは頬を赤くして言った。北崎は顔は美形である。裏の顔を知らない孤児院の女の子たちには大人気だ。まあ、それはマリアノも同じなのだけど。
「あ、そうだ。マリアノさんもお昼一緒にどう? 僕が奢りますよ」
「一緒に食事がしたいならここで食べて行きなさい。その方が子どもたちも喜ぶわ」
「そうしようかな」
そんな会話をしているとマリアノの部下の青年が慌ただしく遊び場へとやって来た。
「マリアノ様!」
「どうしたのザギくん。キミも一緒に遊びたいの?」
「お前の遊びには付き合ってる暇はない。パイガ様からの指令です」
ザギから発せられた言葉に二人の目つきが変わる。
「リリちゃん、先に食堂に行ってよ」
「私たちも後で行きますから」
「絶対だよ。おにいちゃん、マリアノ先生!」
手を振るリリに北崎とマリアノは笑顔を浮かべた。
「ザギ、指令とは一体・・・・・・?」
「ビューイの谷のフューリーの回収任務です」
「なぜ四天王が名指しを?」
「それがザンクを倒したあのファングも向かっているそうでついでに始末しろと。既にバーナード補佐官も向かっているそうで」
マリアノはため息を吐いた。
「私、あの殿方は仲間にしたいのですよね。戦うのは正直不本意ですわ。あのザンクを倒すなんてますます欲しい・・・・・・!」
「以前勧誘したとお聞きしました」
「面白い方だったわ。自分の夢よりも世界平和を目指す女の子のためにフューリーを集めているなんてかっこいいじゃない。それに子どもっぽいところに母性をくすぐられるの」
といっても仕事は仕事だ。ドルファの思想に心酔しているマリアノは公私混同をしたりはしない。
「マリアノさんは休んでていいよ。僕が行ってくるから」
「そういう訳にもいきません」
「アポローネスくんが強いって言ってたファングくんと戦える最後のチャンスかもしれないんだから譲ってよ。バーナードくんは容赦しなそうだもん、もったいないよ」
最強を自負する北崎は己の力を誇示するために戦う。ザンクを倒したファングに興味を持つのはおかしくなかった。
「断られても行くから。マリアノさんは休んでてよ。あの子たち楽しみにしてるんでしょ」
「・・・・・・では御言葉に甘えるわ」
北崎は満面を笑みを浮かべた。
「それに・・・・・・乾巧に僕が王様っておしえてやらないとね」
◇
雨は嫌いだ。心が沈む。飢えるのは嫌いだ。吐き気がする。孤独は嫌いだ。昔を思いだす。人を傷つけるのは嫌いだ。そうするしか出来ない自分に嫌気が差す。人に傷つけられるのは嫌いだ。このどうしようもない不条理を壊すことは不可能だと誰かが笑っている気がしてくる。誰か助けてくれ。内心で叫ぶ。苦しむ。救いを求める。彼にかつて救いの手を伸ばしてくれた者は傍らに横たわっていた。自分のせいで彼女たも消えてしまう。それだけは絶対にあってはならないことだ。ほとんど気力で彼は立ち上がる。だがそれも長くはもたない。
────ガルドはゆっくりと崩れ落ちた。
「ファングさん! 人が倒れています!」
「おい、こいつは・・・・・・?」
ガルドは薄れてゆく意識の中、誰かの声が聞こえた気がした。
「こ、ここは・・・・・・」
ガルドは目を覚ますと見覚えのない天井を見上げていた。
「ワイ、確か・・・・・・」
「目を覚ましたか」
声の聞こえた方に視線を向ける。その声の主は雑誌を片手に淹れたばかりのコーヒーに息を吹きかけていた。乾巧。ソルオール村で自分を倒した男だ。なぜ彼が目の前にいるか分からずガルドは首を傾げた。まさか助けてくれたのか。普通に考えれば自分と巧は敵同士。そんなことはありえないはずだ。
「あんさんがワイを助けてくれたんか」
「いや。見つけたのはティアラ。運んだのはファングとバジン。俺がしたのは看病だけだ」
「・・・・・・あんさんらが助けてくれたんやな」
熱はないか、と巧はガルドに言った。首を振るとそうかと相槌を打ち彼はまた雑誌に視線を戻した。
「どうしてワイが倒れていたとか気にならへんのか?」
「どうせ後で皆に話すんだ。俺だけ聞いても仕方ねえだろ。あんまり何度も話したい内容でもなさそうだしな」
これは巧のちょっとした優しさだ。街の外れにぼろ布のように倒れていたガルドとそのパートナー妖聖のマリサ。傷だらけだったことを考えると尋常じゃない目にあったはずだ。それを聞き出すのは気が進まなかった。
「せや! マリサ・・・・・・マリサは無事なんか!?」
「無事だよ。そっちはハーラーとアリンが看病してた。お前より先に目を覚ましてるよ」
ガルドはホッと胸をなで下ろした。常に傍にいる母のようなマリサがいないことは彼にとって大きく動揺することのようだ。パートナーの妖聖と人間は本当に深い絆で結ばれているみたいだな、巧はフッと笑った。
「お前、腹は減ってるか?」
「むっちゃ減ってますわ」
「歩けんなら食堂に行くか? それとも持ってきてやろうか」
「ほなら行きましょ」
ガルドと巧は食堂に向かった。
「うっひょーなんや美味そうなニオイやなー」
「あー。バハスのおっさんとミツボさんがマリサの完治祝いにご馳走を作るとか言ってたな、そういえば」
「ついでにワイの完治祝いも兼任でええんかな」
目を覚ましたばかりで完治もへったくれもある訳がない。食堂のご馳走に目を輝かしているガルドに巧は呆れた。さっきまで寝たきりだったのにこの食いしん坊っぷりはまるでファングやアリンのようだ。
「よお、お前ら。ガルドが目を覚ましたぞ」
食堂に巧が顔を出すとファングたちが一斉に顔をそちらに向ける。一人、椅子を倒しながら慌ただしく立ち上がる者がいた。
「え、嘘!? ガルドちゃああん!」
ガルドのパートナーのマリサだ。彼女は元気に笑う彼に抱きつく。
「うわ、マリサ。身体に響くからやめーや」
「ほんとに心配したんだから。もうあんな危ないことしちゃめっ、よ」
「・・・・・・せやな」
ガルドはなんとも言えない複雑な表情を浮かべる。
「ファングのダンナ、ティアラはん。おおきに!」
マリサを優しく引き剥がすとガルドはファングたちの近くまで駆け寄って頭を下げた。ティアラは聖母のような笑みを浮かべた。
「どんな相手であろうと倒れている人を見捨てたりはしませんわ」
「かまへんかまへん。困った時はお互い様ちゅっー話しや」
『何故いきなりお前まで方言になる』
ブレイズは思わずツッコんだ。
「場を和ませたんだよ。・・・・・・で、何があった? 話せ」
ガルドはどうして自分が倒れていた説明した。
「ダンナがザンクはんを倒した後なんやけど。何の手土産もないまま組織に帰れへんしザンクはんと相談してフューリー手に入れてから帰ろうってことになったんや」
「へー、なら強力なモンスターにでも襲われたか?」
ガルドは首を振った。自分とザンクの二人がいてモンスターに遅れをとりはしない。だがその相手はモンスターならであって人間なら話しは別だ。
「恐らくフューリーの奪い合いってとこかな」
「でしょうね」
ハーラーの推理にアリンは頷く。
「あれは奪い合いやない。許さへん、あいつ・・・・・・!」
「ガルドちゃん、手を痛めちゃうから止めなさい」
ガルドは自分の手を傷つけるほどに強く握りしめた。
「どういうことだ」
「あの優男は名前も知らないザンクはんを斬ろうとしたんや。そりゃ確かにザンクはんは悪人やし斬られても仕方ないことは分かる。分かるんやけど少なくとも初対面の人間に殺される理由はないわ!」
「あのザンクが不意打ちを打たれるなんてよほどの凄腕フェンサーがいるのですね」
「ああ、ダンナやザンクはんに負けず劣らずやった。・・・・・・ザンクはんは基本的にカタギには手を出したりはせえへん。普通に考えればまあ出さないのが当たり前なんやけど。その辺の大人の男を突発的に痛みつけることは何度もあったんやけど少なくとも女子どもには絶対に手を出したりはせえへんかった。痛めつけてた相手もワイが回復魔法使えるから死ぬことはなかったし」
ザンクは殺した人間の数こそ多いがそれは所謂同業者のフェンサーや明確にドルファの敵である者ばかりで一般人を殺すことはほとんどなかった。悪人なりのポリシーだ。そうでもなければ根本がイイ奴のガルドは彼について行ったりはしないだろう。だから彼はザンクがどこかの村の人間を皆殺しにしたという話しが信じられなかった。その中に女や子どもがいるなら尚更に。普段のポリシーはどこに行ったのだろう。ともかくフェンサーの殺し合いは日常茶飯事とはいえそうなるとあの金髪の優男が何で自分たちを襲ったのかそれ以外の理由が浮かばなかった。よほど悪を許せぬ心が強いのかあるいはどうしても叶えたい願いでもあるのか。いずれにしても関わり合いたくないとファングは思った。
「で、お前が倒れていたのはその優男に負けたからか」
「ガルドちゃんはイイ子だから咄嗟にザンクちゃんを庇ったのよ」
「イイ子だからやない。恩があるからや。優男をザンクはんが挑発したらいきなり斬りかかられたんや。ワイが突き飛ばしてなかったらザンクはん死んでたやろな。傷薬を放り投げてザンクはんはそいつを殺すちゅーて追いに行きましたわ」
その後、ガルドは傷薬を使ったもののそれでも完治には至らずマリサの回復魔法で一命をとりとめたという。助けを呼ぶことも出来ずフラフラとさまよい歩いてなんとか街にたどり着いたものの意識を失い今に至る。
「あのザンクが敵討ちとかするのか? むしろ使えねえ奴は切り捨てる印象があるんだが」
「失礼でしょ! まあ確かに信じられないけど」
「きまぐれかもしれへんけど意外と長い付き合いやねん。そもそもの出会いも野盗に助けてもらったとこからやから」
アリンはザンクが何となく子犬を拾ったガキ大将のように見えた。小学生姿の彼を想像するだけで気持ち悪くなり首を振る。
「しかし、いくらザンクさんが絵に描いたような腐れ外道でもいきなり殺しにかかるとはそのお方もなかなか歪んでますわね。彼をよく知っているファングさんでも躊躇いましたのに」
「あいつは殺さないことが一番のダメージになるからな」
「せやなぁ・・・・・・。あんだけ怒ったザンクはん初めて見たわ」
そこでガルドの腹が鳴った。
「・・・・・・とりあえずメシにするか」
ファングとアリン、ガルドは目の前に置かれたご馳走をひたすら夢中にかき込む。ティアラはそれを横目に見つつ好物のキノコと野菜のリゾットを巧に薦めたが彼は渋い顔で首を振った。明らかに熱い物だ。とてもじゃないが巧の食べれる物じゃない。
「ふぅー、腹が一杯になると生き返った気分やなー」
「まったくだ。特にそのメシがうめえと今を生きてる気になるぜ」
「ダンナとは気が合いますなー」
ファングとガルドは同い年で食いしん坊という共通点があるからか早くも意気投合していた。マリサはその様子を微笑ましい目で見つめる。
「ファングさん。食事も終わりましたし、そろそろフューリー探しに行きましょう」
「よし、じゃあ行くか」
「今日こそあたしのことを知っている妖聖に会ってみせるわ」
食事を終えるとティアラが立ち上がってそう言った。ファングも珍しくやる気があるのか早々に準備を済ませる。
「そろそろ可愛い妖聖に会いたいなあ。動物系はイマイチ捗らないんだよね」
「可愛い妖聖・・・・・・」
「おや、巧くんはひょっとして可愛い妖聖に心当たりがあるのかい。もしそうなら是非紹介してくれないか?」
一瞬、浮かんだ彼女の姿を巧は慌ててかき消した。
「ダメよ、果林は巧のモノなんだから。ハーラーみたいな変態が関わったら何をされるか分かったものじゃないわ」
「アイツは誰のモノでもねえよ。そういうのはもっと色んな奴に会ってから考えるべきだろ」
「あら、やけにお優しいですね」
「そんなんじゃねえって言ってんだろ」
またこのパターンか、巧はため息を吐いた。
「その果林という妖聖はどんな子なんだい?」
「折り紙が趣味で猫舌、あとパートナーフェンサーのエフォールの通訳をやっている」
「・・・・・・エフォール!? 巧はん、今エフォールって言ったんか!?」
エフォールの名が出るとガルドはテーブルを叩いて立ち上がる。おや、と巧たちは首を傾げた。
「おいおい、エフォールがどうしたんだよ。巧が困ってんだろ」
「ザンクはんと酒をしこたま飲んだことがあったんすわ。その時に泥酔して眠ったザンクはんが寝言で『エフォール、ごめんな』って謝ってたんや。やけに悲しそうやったから忘れられへんかったんやけど。まさかあんさんらからその名を聞けるとは・・・・・・」
『どういう繋がりだ・・・・・・?』
エフォールとザンクの間になんらかの関わりがあると知ったファングたちはみな驚く。エフォールを知らないハーラーとバハスを除いて。
「なあ、どこにそのエフォールがおるか分からへん?」
「それは存じてませんが向こうからファングさんに会いに来るんじゃないでしょうか?」
「アイツはこのバカを殺したくて仕方がないからな」
ガルドは思案する。エフォールに会えばザンクがああなった経緯が分かるかもしれない。もしかしたら彼が今より少しはまともになる可能性も。だが彼女と接触する手段は一つしかない。
「ダンナ、そのエフォールに会うまででかまへんからワイを仲間にしてもらえへんか?」
「うん、いいよ」
「やけに軽いな。仮にも敵だぞ?」
快諾するファングに巧は呆れた。
「ま、良いんじゃない。私は楽できそうだから構わないさ」
「今更でしょ。大丈夫、ご飯を残さず食べる奴は良い人って決まってんのよ」
「ガルドさんは少し調子のイイ方ですが良い人そうなので私も構いませんわ。・・・・・・少しファングさんに似てますし」
ガルドはファング一向に受け入れられた。巧も一度倒した相手にそこまで警戒する必要もないと判断し、とりあえずの加入に納得した。
「よっしゃー! やったるでー!」
◇
「よう、ロロ。なんか情報あるか?」
「勿論! お兄ちゃんのために情報を用意しておいたよ。でもその前に山吹色のいい匂いがするお菓子が欲しいなー♪」
「どこで覚えたんだよ、そんな言葉?」
ファングは料金を払った。
「チャリーン! フューリーはビューイの谷にあるよ。ただフューリーを中心に竜巻が発生しているから気をつけてね」
「サンキュー」
竜巻をどうやってくぐり抜けるか。いつもよりも難しい仕掛けだな、とファングは思った。
「あ、そうそう。無愛想なお兄ちゃん!」
「なんだ、ロロ。また新商品でも入荷したか?」
「うん、そうだよ。ドルファ社製の新商品でどんなに冷めたスープや飲み物でも一瞬で温まる魔法の粉なんだよ。この間のカップめんと相性抜群だから買ってかない」
「いらん。むしろ相性最悪だ」
猫舌の巧にとってその粉は最悪の欠陥品だ。ロロが残念とうなだれるのを確認するとファングたちは出発した。
「あれがファングという男か。面白い」
それを見つめる怪しき者が一人。
◇
ビューイの谷は年中強い風が吹く土地だ。住まう者たちがただ生きるだけで過酷な環境に身を置くことになり、その自然の中を生き抜いてきたモンスターたちはみな強力なレベルになっている。多くのフェンサーや冒険者がここのフューリーに挑んだが手に入れた者はいない。まさに難攻不落と言える谷だ。
「く、強い風だ」
「目を開くのがやっとだな。変身した方が楽かもしれねえ」
「結局疲れちゃうんだから同じだよ」
強い風に打たれたファングたちはなかなか足を踏み出せない。火山や氷山とは違った過酷さがこのビューイの谷にあるという証明だ。
「・・・・・・何か、今視線を感じたような気が」
ティアラの背筋をぞわりとしたモノが駆けめぐる。彼女は何か嫌な予感を感じた。
「気のせいでしょ。それより追い風になる前に早く行きましょう」
「ああ。とてもじゃないが長くは保ちそうにねえしな」
ファングたちはビューイの谷へ足を踏み入れた。
「せや、巧はんのあの力はなんなん。フェンサーでもないのにあんなけったいな姿に変身して、ワイが子どもの頃に憧れていたヒーローみたいや。ほんま羨ましいわ」
「あれは555(ファイズ)だ」
「ファイズ? なんやそれ」
「転送型戦闘用のアーマースーツさ。失われた星から星へと情報伝達する技術を応用して作られた超越した特殊能力者のフェンサーとは対照的な超科学技術だね。プロテクトが多すぎてまだそこまでしか解析出来てないけど研究者の端くれとしては涎が出そうな代物だよ」
555の力はまだまだ謎が多い。当のベルトの所持者の巧自身にも分かってないのだ。その全てが解き明かされる時が楽しみだ。ハーラーはこれからの研究成果を想像すると目を輝かした。
「古代文明、か・・・・・・」
巧は思わず呟いた。かつてこの世界は女神と共に文明が栄えていたらしい。想像もつかないがこの遠く離れた星空にも旅立てる技術があったという。彼の555の力もまたその古代文明ではないかと言われている。発見された古文書には仮面の戦士が世界の崩壊と戦ったという記録もあったらしい。巧の力はその古代文明のものでは、とハーラーは推理した。だがそれはまだ推測でしかない。全ては彼の記憶が戻れば分かることだ。
「スマートブレインって古代文明の会社だったのか」
『分からん訳だ』
これで少しは謎が解けた、ファングは笑顔を浮かべる。
「って、そのスマートブレインの携帯なんで未だに使えんのよ!?」
「いや、俺に聞かれても分からねえって。記憶喪失なんだから」
「記憶をなくす前の巧はどこでそんな物を手に入れたんだろうな」
巧はトレジャーハンターだったのか、ファングたちの間に新説が広まる。
「・・・・・・巧はん、ちょっとええか?」
「なんだ?」
「その力は巧はん以外にも使える奴はいるんか?」
今まで考えたこともなかった。
「コイツは選ばれた者しか使えねえ。フェンサーと同じだ」
「それはどういう選ばれた者や?」
「・・・・・・知らねえよ。記憶喪失だぞ」
そうだった、とガルドは苦笑した。記憶喪失なんだから巧自身も分かるはずがない。納得するガルドだったが巧にはなぜ自分がベルトの力を使えるのか心当たりがあった。巧にはファングたちと一つだけ違うところがある。それがきっとこの力を使える理由なのだろう。恐らくこの力は進化した人類────すなわちオルフェノクのみが使える力なのだと。だがそれを打ち明ける気は巧にまだない。もしもハーラーの解析が成功してそのことが分かった時に初めて自分の正体を打ち明けようと彼は思っていた。
「そうだ。ある方から乾さんに伝言を預かってたんです。悩んだ時は海を見ろって言われました。もしかしたら巧さんのお知り合いかもしれません」
「・・・・・・! それはどんな奴だった!」
「黒いロングコートが特徴の茶髪の男性です。なかなかの美形でちょっとキザな雰囲気もあったのですけど優しそうなイケメンでしたわ。なんでも魔法使いとか」
巧は男の特徴をパズルのように頭の中に当てはめようとしたがイマイチ誰だか分からなかった。無理もない。乾巧と操真晴人は確かに出会うことになる。だがそれはこの世界にいる乾巧ではない。海堂直也と共にオルフェノクの短命を克服して生き延びた時空での乾巧だ。だから巧自身が記憶を取り戻したところでウィザードを思い出すことはあっても操真晴人を思い出すことはありえないのである。まあ彼はそのことを知らないのでしばらく悩むことになるのだが。
「どこでそいつと会った?」
「ソルオール村で助けてもらいました」
「お前、もっと早く言えよ」
ソルオール村の戦いはかれこれ一週間近く前になる。なぜ言わなかったのだろう。
「すいません。ガルドさんやマリサさんのことで手一杯で。それにその男性より人が灰色の怪物になるということのが私には印象的で忘れてましたわ」
「なんだ、そりゃ。またグナーダみたいな奴か?」
「いえ、グナーダとは違います。あれは明らかに人から変身したものです」
ファングたちは灰色の怪物に心当たりがないのか皆一様に首を傾げていた。ただ一人巧だけがその怪物に心当たりがある。オルフェノク、記憶をなくす前の巧が戦っていた未知の存在。死した者がどういう訳か生き返って誕生する怪物。巧自身もまたそのオルフェノクの一人。ウルフオルフェノク────
────誰か助けて!
その時。オルフェノクの力をたまたま意識したおかげか、それとも何らかの力が働いたのか巧の耳に誰かが自分を呼ぶ声が聞こえた。この声を彼はとても良く知っている。ウルフオルフェノクである巧の正体を知ってなお受け入れてくれた少女────果林。
「あ、巧どこに行くんだ!?」
『た、たっくん。どこにいくの!?』
気がついたら巧は走り出していた。ファングの制止も振り切って。
「ワイが追います! いくで、マリサ! フェアリンク」
『うん。ガルドちゃん、転ばないように気をつけてね!』
最も距離が近かったガルドが追走する。
「乾さん、一体・・・・・・?」
巧とガルドが離脱した。パーティーからいなくなった彼らにティアラは困惑した。
「ファングくん、どうにも嫌な予感がする」
『意図せぬ形で分断された。もし、我らを狙う輩がいるならば絶好の機会だろう』
「だったら返り討ちにするまでだ」
◇
「果林、どこだ!」
目を開けることすら出来ない暴風の中を巧は走る。ウルフオルフェノクとしての超感覚が果林の悲鳴を捉える。死ぬな、果林! 心の中で叫び彼はとにかく走った。巧は脇立つ不安や焦燥感に身を委ねる。そうした方がもっと早く走れる気がしたから。既に何度も転んだ。全身に擦り傷やアザが出来た。だが巧は止まらない。もうこれ以上、自分が大切に思った誰かを失いたくはなかった。やがて暴風が収まる。巧は足を止めると目を開けた。彼が探していた少女は目の前にいた。
「果林・・・・・・!」
身体中から血を流した果林はふらふらと巧に寄るとフッと糸が切れたように崩れ落ちた。彼は急いで抱き止める。
「た、くみさん。本当に来てくれました・・・・・・」
「しゃべるな! もう大丈夫だ・・・・・・!」
巧は果林を抱きかかえる。病院は無理だ。回復魔法が使えるティアラの元に連れて行かなければ手遅れになってしまう。走り出そうとした彼の前に呼吸を乱したガルドが現れた。そういえば彼も回復魔法を使えると言っていたではないか。巧はガルドの目の前に果林を下ろした。
「巧はん、その娘は!?」
「話しは後だ! 今はコイツを頼む!」
「あ、ああ。巧はんの大事な娘はワイが絶対助けたる!」
「こんな時にふざけてるんじゃねえ!!」
ガルドは果林に回復魔法を使う。彼が今出来る最上級の魔法を使ったのか彼女の傷口は見る見る塞がっていく。
「これでひとまず安心や」
「う、うう。た、巧さん。お、お願いがあります」
果林は衰弱しながらも身体を起こして巧の身体を掴んだ。その手にも力は感じられない。何があったのだろう。彼は困惑した。
「・・・・・・何でも言え」
「な、なんでも。・・・・・・じゃなくて! エフォールを助けてください。手練れのフェンサーに負けて連れ去られてしまったんです!」
果林は目尻に涙を浮かべる。巧は彼女がその名を出すまでエフォールのことを忘れていた。無理もない。それだけ傷だらけの果林が目の前で倒れたことは巧にとって大きな動揺を与えるものだった。
「私はなんとかフェンサーから逃れることが出来ました。でも、その時に受けた傷のせいで身動きがとれなくて・・・・・・」
「ああ。エフォールは絶対に俺やファングが助ける」
「ワイも全力尽くしますわ!」
巧は立ち上がって5821と入力した。バジンを呼んで果林を病院に運んでもらおうと彼は思ったからだ。
「・・・・・・見つけた。逃げたらただじゃおかないってバーナードくんに言われてなかったのかなあ? これは殺されても仕方ないよねえ、ふふふふ」
その少年が現れたことによって空気が一瞬にして固まった。果林は巧の背中に抱きついて震え、ガルドは険しい目つきで少年を睨んだ。
「死にに来たか?」
巧は今までに誰も見たことがない黒く歪んだ顔で少年にそう言った。彼はかつてないほどの激情が自分の中で渦巻くのを感じる。この少年を殺してしまいたい。それほどに強い想いに彼は飲み込まれそうになった。後ろで震えている果林がいなければウルフオルフェノクになって少年の喉元を引き裂いていただろう。
「キミが僕を殺す?」
「ああ・・・・・・! 俺はお前を許せる気がしねえ!」
「キミ、ホントに乾巧なの?」
驚いた目つきで少年は巧を見つめた。かつて自分を追い詰めた男と同じ人間とはとても思えない。何が彼を豹変させたのだろうか。少年は首を傾げた。
「ガルド、果林を頼む」
「た、巧はん。相手はあの北崎やで!? ワイも一緒に戦う!」
「ダメなんだ。俺は俺を制御出来る自信がない」
ガルドは少年────北崎のことをよく知っていた。フェンサーでもないのにドルファ四天王と同等以上の力を持っているという怪物。四天王の謀反を許さぬために雇った社長花形の懐刀。とてもじゃないが一人で勝てる相手ではない。それでも巧は首を振る。怒りに身を任せて555の力をがむしゃらに使ったらガルドを巻き込んでしまうかもしれない。それだけは避けたかった。もう彼も仲間だと巧は思っているから。
「巧さん、私を置いて逃げて下さい」
「大丈夫だ、果林。俺が負けることはない」
それは初めて巧がウルフオルフェノクの姿を果林に明かした時に交わした会話と奇しくも同じものだった。だがあの時と違うのは巧がこれから彼女に見せる姿だ。
────555
────standing by
「変身!」
────complete
巧の身体を紅鉄不変紅き閃光の鎧が包み込んだ。彼は構える。その身体から底知れない憎怒(ぞうど)のオーラが放たれていた。まるで本物のオルフェノクになったのかと錯覚してしまう強い怒りだ。近くにいたガルドと果林がビクリと震える。だが北崎はそれでも不気味に笑う。もし彼が震えたならそれはただの武者震いだ。
「キミも僕と同じだね」
「なん、だと・・・・・・?」
北崎は懐からある物を取り出した。それを見て巧は目を見張る。それは白銀の携帯電話。彼の555フォンにとても酷似した物。北崎は腰のベルトにその携帯を差し込む。
────315
────standing by
「変身!」
────complete
北崎の身体を群青純白の鎧が包みこんだ。それは王を自称する彼の覇道を体現した姿。背負った青いジェットパックは神話の世界に存在する天の使いを彷彿とされる機会仕掛けの鋼の翼。溢れ出る圧倒的なオーラは生きとし生ける者全てを震え上がらせるだろう。失われた楽園の世界で天の帝王と呼ばれた最上の戦士『仮面ライダーサイガ』。その戦士は満を持してこの世界に降臨した。
「お前、その力は・・・・・・!?」
「キミと同じだよ。ヤツらから盗んだ物さ。強さは全然違うけどね」
「・・・・・・なんでもいい。話しはお前を倒してから聞き出せば良い!」
高笑いするサイガにファイズは身構えた。
「ふふふ、キミは僕には勝てないよ」
「ふん・・・・・・!」
巧は手首をスナップするとそれに合わせて北崎はサムズダウンをした。一瞬の間を開け両者は駆け出す。今、この世界で初のライダーバトルが幕を開けようとしていた。
はい、あの北崎さんがサイガに変身する衝撃展開でした。もしこれを予想出来た人がいたら凄いと思います。サイガ好きの人が喜んでくれるなら嬉しいです。
サイガはとても好きなライダーなのでここまで書くことが出来て一安心しました。
次回は巧ガルド、そしてファングの男三人が強敵を前にそれぞれ意地を見せるの楽しみに待っていてください。