乾巧は四度目の生を生きる   作:北崎二代目

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ちょっとしたボツネタ

コーヒーを入れるのに謎の儀式をしながら20分かけるバハスに心を壊されそうになるファングたち。

藤岡弘、さんをバカにしている気がするのでボツになったギャグです。

久しぶりのシリアス完全オリジナル回です


逃走ジュブナイル 逃げれないメランコリー

  その日初めて空が青いと知った。踏み立つ大地は果てしない草原で見上げた先には素晴らしい世界が広がっている。そして北崎は生きる喜びを知った。

 

────今までその目で見てきた世界は何もかもが灰色で彼にとってはこの世全てが灰に染まっていた。

 

  その日初めて温もりを知った。たまたま通りがかった母が抱えた赤子のちっぽけだけど確かに脈動する熱き血潮は確かな命の力強さを感じた。だから北崎はその温もりにもっと触れたいと思った。

 

────今までその手で触れてきたモノは何もかもが灰になり彼が触れるこの世全てが灰に染まっていた。

 

  その日初めて人として生きてみたいと北崎は思った。

 

────そして彼は心までオルフェノクになることを拒絶した。

 

 

 ◇

 

  少年は走る。なぜ? 逃げるため。何から? 怪物から。少年は怪物からただひたすらに逃げている。ずっしり、ずっと。既に妹と母が殺された。

 

  最初に父が死んだ。突然現れた怪物の身体にしがみついて逃げろと彼は叫んだ。その父の首が飛んだ。

 

  次に幼い妹が死んだ。その怪物は妹を抱き抱えると勢いよく地面に落とした。妹は人間から潰れた肉片に変わった。

 

  次に母が死んだ。母は少年を庇い怪物に貫かれた。母は青い炎を上げ、灰になった。

 

  そして次に死ぬのは自分だ。だけど少年は何時までも死ぬことがなかった。ずっと走り続けていたからもしかしたら振り切ったのかもしれない。少年はゆっくりと後ろを振り返った。

 

 

 

 

 

  怪物が目の前にいた。

 

「────っ!」

「カカカカカカカカカ!」

 

  少年の顔が恐怖で固まる。その小さな身体を灰色の怪物は掴み上げた。ゆっくりとその手が真上に上がったところで少年の命は終わりを告げるだろう。少年は無機質で感情を感じることの出来ないはずの怪物の顔が笑っているように見えた。目尻に涙が溜まる。誰かに助けを求めたくても声が出ない。それでも少年は心の奥底で自分を助けてくれるヒーローを思い描いた。

 

「ガアアアアアア!」

 

  怪物の腕を細剣が貫いた。

 

「────私たちの庭で何を好き勝手に暴れてるのかしら?」

「社長の膝元でこのような非道・・・・・・見過ごす訳にはいかん。我々が貴様を始末する」

 

  少年は怪物の手から離れた。誰かが助けてくれたのか? 少年はぼんやりと周囲を見渡す。怪物と金髪の美女、黒髪の青年が戦っていた。美女の素早い細剣と青年の研ぎ澄まされた怒涛の大剣が怪物に襲いかかる。

 

「おい、大丈夫か」

 

  銀髪の青年が少年を抱き抱えた。少年は力なく頷く。

 

「ガアアアアアア!」

「待ちなさい!」

 

  怪物は二人を相手にするのを不利と感じたのか、民家の屋根から屋根へと飛んで逃げていった。

 

「その少年は貴様らに任せた。私はヤツを追う。逃がさん!」

 

  黒髪の青年も怪物の跡を追う。その脅威的な身体能力は常人を遥かに凌ぎ少年には彼が超人に見えた。それもそのはず。青年も美女もフェンサーと呼ばれる特殊能力者だ。それも二人揃ってフェンサーの中でも上の上、最上級の力を持ったドルファ四天王の一員。彼らは超人の中でも超人と恐れられる存在だ。

 

「アポローネスはこういう時に頼りになりますわ」

「ええ。マリアノ様、このガキどうしましょう?」

 

  美女────マリアノはしゃがんで少年に顔を合わせる。

 

「大丈夫? お父さんかお母さんはどこにいるか分かる?」

「・・・・・・もういない」

 

  少年は涙を流しながらそう言った。マリアノと青年は顔を見合わせる。その意味は状況から察した。

 

「大丈夫、大丈夫だからね」

「俺たちが傍にいてやるからな」

 

  二人はどこまでも優しく少年に微笑んだ。抑えきれなくなった少年は二人に抱きついて泣いた。

 

 

 ◇

 

 ────一ヶ月後。

 

「バーナード補佐官が倒されるなんて想像以上だわ」

「ああ。バーナードは私にひけをとらない力を持っていたはずだ。それを倒すとはやはり私の期待通りの相手だ」

 

  マリアノとアポローネスはファングの戦果に驚愕する。ドルファ四天王でも最強クラスの力を持ったバーナードが敗れたことはそれだけ大きい。あのビューイの谷の激闘は彼らに大きな衝撃を与え、その結果ドルファに所属する幹部フェンサーたちの会議が急遽開かれることになった。

 

  もっとも今ではその幹部も半分しか残っていないのだが。彼らは中央に座す男が咳払いをするとそちらに視線を向けた。ドルファ総帥・花形。一代にして世界的大企業を作り上げた異次元の才覚をもっと男がそこにはいた。傍らには退屈そうに北崎が座っている。

 

「バーナードが倒されたとなるとファングとやらを単純に排除するのは不可能か。北崎、乾巧の方はどうだ?」

「あれなら問題ないよ。一対一なら確実に勝てるね」

「逆に言えば複数なら貴様でも確実性がなくなるということか」

「まあね。でも僕はそれでも勝つよ、社長」

 

  花形は目の上のタンコブとなったファングたちをどう扱うべきか考えていた。

 

「ふむ、やはり物量で攻めるのが得策だ。だが・・・・・・」

「そ、そうです社長! あのザンクやバーナードが倒されたんですよ。なりふり構わず兵を使って潰しましょう!」

 

  北崎と同じく花形の直属の部下(腰巾着)であるパイガが汗を流しながら言った。それもそのはず。彼はザンクやバーナードがファングに敗れる瞬間を全て物陰から見ていたのだから。今この中でファングに明確な恐れを抱いてるのは彼くらいのものだろう。

 

「あなたが彼らと協力して戦えば結果的に勝てていたのではなくて?」

「む、無茶を言うな。私には家族がいるんだ。傷だらけで帰ってみろ」

「ふん、下らん。己の使命があるならば時として家族をも捨てる覚悟が必要になるであろう」

 

  四天王二人に責められパイガはたじたじだ。何も言い返せず落ち込む彼の肩をパートナーのビビアはぽんと叩いた。

 

「話しを戻すぞ。ファングを潰すのは簡単だ。だがワシとしてもことごとく四天王を倒した彼にはそれなりの敬意を払う必要があると思っておる。正攻法で彼を倒してこそ意味がある」

「同感ですわ」

「右に同じく」

 

  ドルファの力を持ってすればファングを抹殺するのは簡単だ。いかに個人の力が強くても人の出来ることには限界がある。一騎当千の力を持った兵士になることが出来ても世界中の戦争を止めることは不可能なように。それは人という存在に生まれた時点で背負った宿命だ。

 

  故にファングが人である限りドルファが敗れることはない。ドルファの戦力や兵器を総動員すれば彼とて人溜まりもあるまい。だが花形はそれをしない。ファングのような強者には敬意を払うもの、と彼は思っているからだ。

 

「では問題はどうやって彼を倒すか、だ。アポローネスお主はどうだ? 一度手合わせした時には圧倒したようだからバーナードよりは期待出来そうだが」

「・・・・・・お望みであれば必ずやその首を社長の御前に持ってきましょう」

「いや、まだ殺せとは言ってないのだが」

 

  ドルファ四天王並の力を持った戦力をみすみす殺すのはもったいない。その思考はマリアノが感じているものに近い。

 

「勧誘の方はどうだ、マリアノ? 以前ウチのパーティーに招待した時に声を掛けたそうだが」

「難しいと思います。彼の目的は同行する女性の世界平和という願いを叶えることです」

「ほお、自分ではなく女のためか。それはますます気に入った。ぜひ欲しい」

「でしょう?」

 

  願いを叶える力を前にした人間は大抵私利私欲に走る。世界中を敵に回してでも叶えたい願いは誰にでもあるはずだ。人間は欲望のために何処までも残酷になれる。人間は皆、本質的に誰かを蹴落とすフェンサーと変わらないのだ。

 

  だからフェンサー同士の戦いは常に熾烈なものになる。叶えたい願いのために。だがファングは仲間のために世界中を敵に回せる男だという。しかも世界平和などという胡散臭い夢物語を語る少女のためにだ。花形はファングのことを高く評価した。

 

「あ、そうだ。マリアノさんがファングくんと結婚すればドルファに入ってくれるんじゃない?」

 

  シリアスな雰囲気を破壊する爆弾を北崎は投下する。マリアノは薄く頬を紅くした。

 

「こら、北崎くん。大人をからかうんじゃないわ」

「いや、それは名案かもしれんぞ。お主ほどの美貌の持ち主なら男の一人や二人、懐柔は難しくないだろう」

「・・・・・・セクハラですよ、社長」

 

  花形はがははと笑った。彼は趣味なのか知らないがやたらとマリアノやアポローネスに見合いを勧める。彼は世界征服を企んでいる以外は年相応のおっさんだ。パイガの結婚式の仲人も花形がやっている。

 

「ふ、お前も24だ。悪くはないのではないか」

「それを言うならあなたももう24じゃないの。とっとと所帯を持って妹さんを安心させてあげなさいよ」

「私に妹などいない」

 

  アポローネスがこういう話しに乗っかりにくるとは予想外だ。マリアノが彼に抱いていた厳格な印象が少し崩れる。

 

「そういえばエミリちゃんとザンクくんがこの間デートしてたよ」

「な、なにぃ!? それは本当か!? ゆ、許せん! あの男だけはダメだ!」

「間違えた。ごめん、エミリちゃんにザンクくんが無理やり荷物持ちにされてただけだから」

「なんだそれだけか」

 

  あのザンクを荷物持ちにするとは末恐ろしい妹だ。一体どんな手段を使ったのだろう。それはさておき大慌てするアポローネスに自然と注目が集まる。

 

「・・・・・・私に妹などいない」

「あなた本気でそれ言ってるの」

「ならなんでそんなリアクションをしたんだ・・・・・・?」

 

  パイガがツッコむ。

 

「とにかく! 私はこの剣をドルファに捧げたのだ。妹に今さら合わす顔などない」

「私は残業がなければ毎晩合わしたいくらいなのにあなたはまったく」

 

  頭の固い男だ、と妻子持ちのパイガは思う。自分も後ろめたいことを家族に黙ってやってはいる。だがそれをやっているのはその家族を守るためだ。フリーターも同然のフェンサーで家族を養うなんて不可能。ドルファがなかったら今の自分はないとすら彼は思う。だから彼はドルファに従う。愛する家族が幸せなら自分の手が汚れようと構わないし、それだけで十分に彼は満たされていた。むしろ家族を捨ててまで世界征服を目論む企業になんていたくないと本音で思うくらいだ。

 

「まあいい。何はともあれ頼んだぞ。もはやファングは一介のフェンサーではない。倒さなければならない強敵と思え」

「「了解! ドルファに栄光あれ!」」

「あれー」

 

  決意を新たにする幹部に花形は満足げに頷いた。

 

「マリアノ様、大変です!」

「あ、ザギくん」

「ザギ。どうなさったのです?」

 

  幹部の召集が終わり、会議室から出たマリアノたちにザギは駆け寄った。よほど急いでいたのか彼は肩で息をしている。呼吸が整うとザギは慌ただしくこう言った。

 

「この前保護した子ども『レイ』くんが孤児院から抜け出して行方不明になったみたいです!」

 

 ◇

 

  少年はとにかく走る。一心不乱に。人が少ない道を出来るだけ使って走り続けた。早く。早く逃げないと。彼の胸の中を底知れぬ不安と恐怖、そして悲しみが駆り立てる。

 

『いたぞ、追え!』

 

  一目で兵士と分かる屈強な男たちが少年を追う。彼は足に力を入れ彼らから逃げる。しかし、子供と大人の足の差は歴然。みるみるその距離は縮んでいく。

 

 ────このままでは死んでしまう

 

  焦った少年は曲がり角を曲がった。

 

「なんやこの三人で出かけるっていうのもすっかり板についた気ぃせえへん?」

「そうだな。でもお前らパートナーは良いのか?」

「エフォールの通訳はもう必要ないですから。あの子に今必要なのは女の子らしさを教えるマリサ先生です」

「世話好きのマリサが気合いいれてもーたら誘うもんも誘えへんねん。せや、なら二人やダンナたちも連れて今度みんなで何処か遊びに行きましょ」

 

  その先には無愛想な青年と方言を使う青年、狐耳の少女がいた。少年は勢いを殺し切れず無愛想な青年に激突する。青年は慌てて彼を受け止めた。

 

「おっと。大丈夫か? お前、ちゃんと前見ねえと怪我す、るぞ?」

 

  無愛想な青年は少年の異常に気づく。青ざめた顔。びっしょりと流れた汗。何かに怯えたように震えている。青年の表情が変わる。

 

「これハンカチです。まずは汗を拭いてください」

「・・・・・・巧はん、この子は?」

「いや、わかんねえ」

 

  訳ありそうだが何も話そうとしない少年に彼らは首を傾げた。いや、訳ありだから何も話さないのか。

 

『その子を渡してもらおう』

「・・・・・・だいたい分かった」

「せやな。・・・・・・こいつらドルファの兵士や、巧はん」

 

  追いかけてきた兵士の集団に青年たちは目付きを変えた。誘拐、拉致。そう言った不穏な言葉が二人の脳裏をよぎる。

 

「助けて!」

 

  無愛想な青年に抱きついていた少年が叫んだ。青年は無言で頷く。

 

「逃げろ!」

 

  無愛想な青年は少年を突き飛ばす。少年は足をもつらせながらもまた走り出した。兵士も慌てて彼を追いかけようとする。

 

「待てよ」

「なんであの子を追いかけてたんか話してもらうで!」

 

  青年たちがその行く手を阻んだ。

 

「邪魔をするな!」

「あ、バカ。勝手な行動はよせ!」

 

  業を煮やした兵士の一人が無愛想な青年に殴りかかった。青年は殴られたことも気にせず殴り返した。

 

「何すんだ、よ!」

「先に仕掛けたのそっちやで!」

 

  無愛想な青年たちが乱闘を始める。

 

「巧さんもガルドさんも意外と短気なのに殴ったりするからですよ」

 

  次々とぼこぼこにされて転がる兵士たちに少女はため息を吐いた。

 

 ◇

 

「こんな所に僕を呼び出して何の用? 言っておくけど返事は変わらないよ」

 

  北崎は丸テーブルに備えつけられた椅子に腰かける。薄暗く人のいる気配を感じられない酒場に彼は呼び出された。誰もいないその空間で北崎が声を上げると暗闇の向こう側からいくつもの光が不気味に彼を照らした。眼光、人間ではなく獣のそれに限りなく近い無数の眼光が北崎を見つめる。一際力強い眼光が彼に接近する。北崎その光を無表情で見つめ冴子さんと言った。

 

『あなたが『こっち』側に来てくれれば私の計画は完璧になるわ。ねえ、北崎くん。あなたも完璧なオルフェノクになりましょう? 今みたいな不完全な状態よりも気持ちいいわよ』

「冗談はやめてくれない? 僕は今でも誰にも負けないくらい強いんだから。キミたちと群れる気も同類になる気もないよ」

 

  冴子の甘い声の誘惑を北崎は拒絶した。身も心も完璧な怪物になる気などない。もし自分が完璧なオルフェノクになればこの世全てのものを灰にしてしまうだろう。

 

「せっかく制御出来るようになったんだ。そんなもったいないことする訳がないじゃない」

『あなた本気? 自ら破滅の道を選ぶの?』

 

  冴子の声が冷たくそれでいて刺々しいものになる。この暗闇の先にもしもかつてのように彼女の美しい顔があるならその顔は屈辱に染まっているだろう。

 

「そう? そんな姿になる方が破滅的だと僕は思うよ」

『っ!』

 

  挑発的な笑みを浮かべた北崎の顔に何かが高速で飛来する。彼はなんなくそれを掴んだ。それは一本の青い薔薇。見たこともない青い薔薇。花を愛する者なら即座に魅了するような魔性の力を秘めた薔薇だった。

 

  北崎はそれを投げ返す。だが手から離れてすぐにその薔薇は灰になった。

 

「ふふふ、意外と気にしてるんだね」

『ふん。これが最後の警告よ。北崎くん、殺されたくなかったら私『たち』と一緒に来なさい』

 

  真っ暗な酒場の中が不意に明るくなった。切れていた証明に光が灯ったのだ。眩しくて目を細目にした北崎の周りを無数のオルフェノクが取り囲んでいた。

 

「い や だ ね」

 

  北崎が満面の笑みで拒絶の意思を示した瞬間、オルフェノクたちが一斉に飛び込んだ。彼の目付きが変わりその顔に灰色の紋様が浮かび上がる。北崎はドラゴンオルフェノクに姿を変えた。────ドラゴンオルフェノク龍人態に。

 

「あーあ、貴重な兵隊さんたちをもったいないことに使うな」

 

  時間にして5秒ほどで酒場にいた全てのオルフェノクが灰と化した。ドラゴンオルフェノク龍人態。超高速戦闘を可能とした北崎のもう一つの形態。ファイズのとあるフォームと同じく敗北は一度しかしていないドラゴンオルフェノクの切り札だ。そしてその敗北を与えたオルフェノクはこの世界にはいない。つまりこの姿になればもはや彼は無敵だ。とはいってもウィザードと呼ばれる異世界の戦士と戦った時には決定打にならなかったが。

 

『真の力を手に入れた王の前にはあなたも乾巧も無力よ。どうしてそれが分からないのかしら』

 

  だが北崎が圧倒的な力を目の当たりにしてなお冴子の余裕が崩れることはない。彼よりも強い存在を彼女は知っているからだ。北崎と巧を含めたこの世全てのオルフェノクが、あるいは女神や邪神ですら冴子にとっては障害ではない。

 

『まあ良いわ。次に会う時は敵同士よ』

「最初から僕はその気だよ」

 

  冴子がいなくなると北崎を取り囲んでいた無数の気配が消えた。彼は肩を竦める。

 

「・・・・・・王の力なら僕にもあるけどね」

 

 ◇

 

「やっぱこのたい焼きうめえなー」

 

  紙袋いっぱいに入ったたい焼きにファングは満面の笑みを浮かべた。

 

「また買い食いですか? せっかくこの私が腕によりをかけてお料理を振る舞おうとしているのにお腹いっぱいで食べられません、なんてことありませんよね」

 

  隣で買い物袋を持ったティアラが呆れた顔でファングを見つめる。

 

「甘いものは別腹っていうじゃねーか。問題ねえよ」

「食前にその言葉を使う人は初めて見ました」

「心配すんな、残さず食うって。それにこれはエフォールの土産の分もあるんだよ」

「エフォールさんにはずいぶんお優しいんですね」

 

  ファングはエフォールのことを妹のように見ていた。彼の身の回りにいる年下は無愛想だったり、おかん気質だったりと一緒にいてもどうも年齢差を感じられない。

 

「あいつはお前らと違って普通の可愛げや愛嬌がある。それに素直だ」

「私はかわいくないと言いたいんですか?」

「そんなことは言ってねえよ」

 

  言ってないどころか一番可愛いと思っている、とは本人もティアラも気づいていない。ジト目の彼女からファングは視線を反らした。

 

「はあはあ・・・・・・・。このハンカチ、返せなかった。どうしよう。それにお腹もすいちゃったなあ」

 

  ファングの視線の先に兵士たちから逃げてきた少年が座り込んでいた。道の真ん中に座り込む少年に何を思ったのかファングは近づく。

 

「おい、そこのガキ。こんな人通りのすくねえ場所でなにやってんだ? 怪しい大人に声かけられたらどうするんだ?」

「ではファングさんがその怪しい大人ですね」

「俺の心は少年のままだから。で、お前はどうしてこんな所にいるんだ?」

 

  見るからに怪しいファングたちに少年は警戒心をむき出しにする。だが彼の言っていることは事実だ。ここはちんぴらフェンサーやカラーギャング、ホームレスなど社会から爪弾きにされた者たちが集う廃墟街。たまたま昼食として選んだ美味しいラーメン屋への道がなかったらフェンサーであるファングたちでも好き好んで立ち寄ったりはしない。

 

  そんなアウトローな場所に普通の子どもがいるものだから大人であるファングからしたら気になって仕方がない。もしかしたら危ない犯罪にでも巻き込まれてるのではないのか、と。

 

「おれ、ひとりにならないといけないんだ。だから誰にも見つからない場所に行きたい」

「へえ、誰にも見つからない場所ねえ」

 

  その心配はなかった。少年は別にここに来たくて来た訳ではない。人がいる場所を避けて、避けて。たどり着いた先がここだっただけ。でもこんなぼろぼろで寂れた廃墟街にも人はいた。少年がここにいる意味はもうない。ファングが心配せずとも遅かれ早かれ彼はここから逃げたしていた。

 

「家出、ですか? あまりご両親に心配をかけてはいけませんよ。お家はどこにあるのですか?」

「家出じゃないよ!」

「あ、お待ちになりなさい!」

 

  ティアラに保護されそうになった少年は再び走り出した。

 

「おい!」

 

  ファングが走る少年を呼び止める。振り向いた少年に彼はたい焼きの入った袋を投げ渡した。

 

「腹減ってんだろ? やる。誰にも見つからない場所とやらを見つけられるよう期待してるぞ」

「・・・・・・あ、ありがと!」

 

  ファングはなんともいえない表情で少年を見送った。

 

「良かったのですか?」

「さあな」

 

  ファングは首を振る。

 

「多分、あのガキは何かから逃げたくなってがむしゃらに走り続けてるんだよ。それが辛いことかどうかは知らねえけど誰だってそういう時期がある。俺もガキの頃にあった。大人に縛られるのが嫌になって逃げ出した」

「それで、どうなったんですか?」

「腹は減るし、どこへ行っても何も出来ねえし。何も変わらない現実にガキの俺は追い込まれたよ。あてもなく一人で寂しく歩いていたら先生が迎えに来た。頭にたんこぶ出来るくらい殴られて心配されたよ。それで初めて気づいた、どこへ行っても意味はないってな」

「私にもそういう何処かへ逃げたくなった思い出はあります。嫌なほどに」

 

  ファングはあの少年のことを見ていると過去の自分を思い出してしまった。思いつきで家出して、何にも変えることの出来なかった過去の自分を。少年期特有の苦い思い出の一つを少年によって思い出した。

 

「・・・・・・変わらない現実の中でそれでも抗うしか人間が生きていく方法はないわ。私もあなたたちも、ね」

「あんたは・・・・・・マリアノ!?」

「な、なぜあなたがここに?」

「久しぶりね。ずいぶん武勲を上げてるそうじゃない」

 

  アウトローのたまり場に相応しくないお嬢様の登場にファングたちは驚愕する。

 

「その子どもがどちらへ向かったのか、教えてくださる?」

「こっちとは反対にある出口のほうだ」

「そう。ありがとう。お楽しみのデートのところお邪魔したわ」

 

  マリアノの意味ありげな視線にティアラは赤面した。

 

「わ、私とファングさんはそういうのじゃありません!」

「そう。私の勘違いだったの」

 

  今度は意味深な笑みをマリアノは浮かべる。彼女はファングの横を通りすぎると耳元に口を寄せ甘く囁いた。

 

「あなたはもし私と結婚出来るなら、したい?」

「は?」

「な、ななな」

 

  突然の告白ともとれる言葉にファングは眉を歪める。ティアラは深く動揺し口をパクパクと開いた。何かを言いたくても言えないという感じだ。マリアノはクスリと笑う。

 

「じゃあね、お二人とも」

 

  このカオスな雰囲気を収集しないままマリアノは少年を追ってどこかへ消えた。

 

「なんだ、あいつ」

「なんだはこっちの台詞です! いきなり結婚なんてあの女と何があったのですか!?」

「おい引っ張るな、バカ! 服が伸びるだろ!!」

 

 ◇

 

「んー?」

 

  北崎は腕を組みながら廃墟となった酒場を出た。これからどうしようか。オルフェノクたちとは完全に決別した。だからといって乾巧のように何かを守って戦う、というような明確な信念も彼にはない。人間らしさを少なからず得ても北崎自体の本質はそれほど変化した訳ではなくどちらかと言えばファングやザンクのような自由気ままに生きる人間たちのそれに近い。花形の厚遇がなければドルファに従う気すら彼にはなかった。

 

「とりあえずお腹すいたし、かーえろ」

 

  とは言っても精神的に幼い北崎が長々と悩むなんてことはなくいつのまにやらその悩みは今日の晩御飯をどうしようか、に変わっていた。彼は店の前に置かれたバイクに跨がる。アクセルを絞った北崎だがそのバイクが発車されることはない。

 

「・・・・・・」

「キミ、どかないと危ないよ」

 

  目の前で物珍しそうにバイクを眺めている少年がいるからだ。

 

「あ。ご、ごめんなさい」

「いいよいいよ。僕のバイクカッコいいでしょ? つい眺めちゃうよねえ」

「うん! おっきくてカッコいい!」

 

  こうやって子どもに自慢気な笑顔を浮かべる北崎を見ても冴子は自分たちの選択の方が正しいと思うのだろうか。

 

『まてー!』

「どうしよう。ま、またきた」

 

  少年は再び現れた兵士に顔を青ざめさせる。北崎は少年が何に怯えてるのかわからず首を傾げた。

 

「追われてるみたいだね、乗る?」

 

  北崎は少年がバイクの後部座席に乗ることでそれを肯定と捉えた。兵士がかなり近づいているのに気づくと彼はバイクを急発進する。

 

「どこに行きたい?」

「・・・・・・誰にも見つからない場所!」

「わかった。連れてってあげるよ」

 

 ◇

 

  風の音が心地いい。何処までも果てしなく広がる広大な草原に北崎は微笑む。ダスヒロウ平野。かつて神々が争った戦地と伝承が残るゼルウィンズで一番大きな平野。数多くのフューリーが眠っていると言われ強力なモンスターの勢力争いが日々行われているためフェンサーでもあまり立ち寄ることのない危険な場所だ。そのダスヒロウ平野の一面を見渡せる展望台に二人は来ていた。

 

  備えつけられていたベンチに腰かけると少年が北崎にたい焼きを渡した。彼はそれをありがとうと言い受けとると笑顔で頬張る。

 

「ここが誰にも見つからない場所なの?」

「ううん。僕が一番好きな場所だよ」

 

  少年の顔が驚愕と絶望に染まる。

 

「どうして連れてってくれないの!?」

「だってそんな場所この世にないもん」

「え?」

 

  少年が首を傾げる。

 

「どこに行っても同じだよ。誰もいない場所なんてない。もしかしたら無人島なら誰もいないかもしれないね。でも本当の意味で誰もいない無人島なんてまともな生き物の住める場所じゃないさ。僕たちは常に誰かのいる、誰かのいた場所で生きていくしかないんだ」

「じゃ、じゃあおれはどこに逃げればいいの?」

「さあ? おとなしく孤児院に帰るべきじゃないかな? 『レイ』くん」

 

  少年は目を見開いた。どうして北崎は自分の名前を知っているのだろう。その疑問には彼自身が答えてくれた。

 

「一ヶ月前、怪物に家族が殺された子どもがいるってマリアノさんから聞いたんだ。それに今日その子がいなくなったとも聞いた。ならドルファの兵士に追われてるキミがレイくんでしょ、違う?」

「・・・・・・違わない」

 

  予想が確信に変わった北崎はサイガフォンを使い、マリアノにメールを送った。

 

「どうして家出なんかしたんだい? あそこは楽しい場所だよ。そりゃ家族と暮らしてたお家よりは居心地も悪いかもしれないけど。だからと言って逃げたくなるようなところでもないはずだ。もしかして誰かにいじめられてるの?」

「それは違う! あそこはお兄ちゃんの言うように楽しい場所だよ。マリアノ先生はキレイだし、みんな本当の家族みたいに優しいんだ・・・・・・!」

「ならどうして逃げるの?」

 

  レイはどうして孤児院から抜け出したのか語った。家族の死を自分なりに受け入れ、新しい家族と楽しい日々を送るようになった頃、その日々を壊すものが現れた。怪物だ。あの日アポローネスが倒したはずの怪物が夜中になると毎晩レイの部屋の窓から彼を睨んでいたという。怖かった。逃げ出したかった。でも我慢した。ここにいれば私が助けに来る、とマリアノが言っていたから。もしまたピンチになれば必ず守る、とザギが言ってくれたから。だからずっと我慢していた。必死になって寝たふりをするレイを怪物はただ睨んでいるだけだ。

 

  だがしばらくすると睨んでいるだけだった怪物が口を開くようになった。そこから出てこい。出ないとお前の周りの大切なものを壊してやる。それでもレイは相変わらず寝たふりをする。これは悪い夢なのだ。忘れようと。次の日になると孤児院の窓が割れていた。犯人は見つからなかったらしい。その日の夜にまた怪物が現れた。またお前の周りの大切なものを壊してやる、次は花壇だだ。レイは涙を流しながらも寝たふりをする。大丈夫。マリアノ先生とザギが守ってくれる、と。翌日になると花壇は滅茶苦茶に荒らされていた。犯人はまた見つからなかったらしい。荒らされた花壇を前に北崎お兄ちゃんに花をあげたかった、と泣いていた同い年のリリにレイは胸が苦しくなった。その日の夜にまた怪物が現れた。彼は言った『お前の周りにいる人間を全て殺してやる』と。レイは布団から飛び出して逃げ出した。

 

「だからおれ、誰もいないところに生きたいんだ。父さんに母さん、妹みたいに誰かが殺されたら、ころされたら・・・・・・」

「泣かないでよ。大丈夫だから」

 

  レイは北崎に泣きつく。彼は頭を撫でながら大丈夫、大丈夫とひたすら言い続けた。

 

『カカカカカカ。サイ初のギセイシャはソイツか?』

「ひ、お兄ちゃん逃げて」

「あ? 殺せるもんなら殺してみろよ、最底辺・・・・・・!」

 

  そんな彼らの前に件のその怪物が現れた。クロコダイルオルフェノク。かつて北崎と同じラッキークローバーに属していたJ(ジェイ)と同種の彼を北崎は睨みつけた。なるほど。通りでアポローネスが倒したはずなのに生きている訳だ。ゲラゲラ笑うクロコダイルオルフェノクから北崎はレイを庇うように立つ。クロコダイルオルフェノクが彼に襲いかかった。

 

『カカカカカカカカカカカカ!』

「レイ、キミはどうしたい!?」

 

  クロコダイルオルフェノクの攻撃を掻い潜り、北崎はレイの顔を見つめる。彼は俯いていた顔を上げた。

 

「おれ、帰りたい」

 

  レイが絞り出した健気な勇気に北崎は力強く頷く。

 

「大丈夫、キミは帰れるよ」

 

  北崎は優しく微笑む。そして腰に純白のベルトを巻いた。

 

「僕が世界で一番強いんだ。キミも、キミの家族も誰も絶対に殺させたりしない・・・・・・!」

 

────315

 

────standing by

 

「変身!」

 

────complete

 

  群青純白の鎧に北崎は包まれる。彼は仮面ライダーサイガに変身を遂げた。姿を変えた北崎にクロコダイルオルフェノクはのけ反る。そんな彼に北崎はサムズダウンをした。帝王の判決は死だ。その覆しようもない死刑宣告に気づかずにクロコダイルオルフェノクはサイガに殴りかかった。

 

「ふん!」

「ぐウッ!」

 

  サイガの拳がクロコダイルオルフェノクに突き刺さる。北崎と同じ上級オルフェノクであるはずの彼はサイガの拳一つでかなりのダメージを受けたようだ。腹を押さえて苦しむ。だからどうした。サイガは追撃に回し蹴りを放った。吹き飛ばされて展望台から転がり落ちたクロコダイルオルフェノクを追撃するべきサイガは跳ぶ。

 

「お兄ちゃん、そいつやっつけちゃえ」

「・・・・・・ふ!」

 

  展望台から叫ぶレイにサイガは無言で頷く。

 

「ラアアアアア!」

 

  クロコダイルオルフェノクはその手に大剣を召喚した。サイガに向けてそれを振り抜く。サイガは微動だにせずその一撃が腹に直撃した。だがサイガにダメージはない。この程度の攻撃ならまだガルドの方が効いた。北崎にそう評価されてるとも知らずクロコダイルオルフェノクはその肩に大剣を振り下ろした。サイガは片手でなんなく受け止める。無防備になったクロコダイルオルフェノクの腹にフライングアタッカーの光弾が放たれた。

 

「グウウウウ!」

 

  咄嗟にクロコダイルオルフェノクは盾を召喚して光弾を防いだ。だがその一撃で頑強なはずの盾が灰になって燃え尽きた。

 

「ナンナンだ! ナンナンだよ、オマエ!」

 

  着実に追い込まれ、焦りと苛立ちを覚えたクロコダイルオルフェノクが叫んだ。

 

「僕は北崎。人間として、オルフェノクとして、サイガとして戦う者さ」

 

  威風堂々。北崎は躊躇うことなく宣言した。意味が分からなかったクロコダイルオルフェノクは怒り狂ってサイガに向かう。サイガはトンファーエッジを構えた。

 

「ふん!」

 

  剣を持った右腕を切断した。

 

「はあ!」

 

  そのなくなった腕を抑えようとした左腕を切り裂いた。

 

「らぁっ!」

 

  仰け反ろうとした両足を両断した。

 

「グアアアアアアア!」

 

  達磨になったクロコダイルオルフェノクが絶叫を上げる。何を叫んでいるんだ。猶予が出来たというのに。別に殺そうと思えばすぐにこっちは殺せたのだ。慈悲をかけたのにやかましい男。北崎は冷たい目でクロコダイルオルフェノクを見た。

 

「確かキミにはもう一つ命があるんだよね?」

「っ、そうだ! 生き返っタラ今度コソお前をコロシテヤル!」

「それはこっちの台詞だ。帝王の力を使ったこの俺に勝てると思うのか?」

 

────exceed charge

 

  群青の三角錘がクロコダイルオルフェノクを拘束する。もうこれで全ての身動きを彼は封じられた。

 

「そうだ。ゲームをしよう。キミが誰かの前にいる限り、誰かの前に現れる限り僕はキミを殺しにいく」

「ヤメロヤメロやめろやめろヤメロやめろヤメロヤメロォォォォォォ!」

「────だから」

 

  サイガは飛んだ。クロコダイルオルフェノクに向かってその脚を突き出す。青き閃光と化したサイガがクロコダイルオルフェノクを貫いた。

 

「精々この僕に殺されないように自分以外の誰もいない場所を見つけるんだね」

「アアアアアアアアアア!」

 

  獣のような悲鳴を上げて、クロコダイルオルフェノクは灰になった。

 

 ◇

 

「さ、帰ろう」

 

  展望台に戻った北崎はレイの頭を撫でてそう言った。あれだけの恐怖を与えればもう彼の前にクロコダイルオルフェノクが二度と現れることはないだろう。

 

「お兄ちゃんは怖くないの?」

「何が?」

「あいつらみたいな怪物と戦うんだよ。痛いし、誰かを殴るのはもっと痛いし。おれだったら今日みたいに逃げ出しちゃうよ」

 

────じゃあおれはどこに逃げればいいの

 

  北崎の胸の中で先ほどのレイの言葉が反芻される。

 

「力があるのに逃げれる場所なんて、世界中どこにもないよ。だから僕は自分にとって居心地の良い場所を守るために戦うんだ」

「それはどんな場所なの?」

「さあね。でもキミたちが笑っていられるような場所があるならきっと僕が守りたいのもそこだと思うよ」

 

  レイを再び後部座席に乗せると北崎はバイクを発車させた。早く帰らなくては。マリアノとザギが孤児院の前でレイを待っているはずだ。きっとカンカンに怒っている。短気な彼は怒って拳骨を振り下ろすかもしれない。そうしたらマリアノが焦って止めて、そして優しく説教する。孤児院の中に入ったら新しい家族である子どもたちが笑顔でレイを迎え入れてくれるだろう。それを自分は眺めて、きっと笑顔になる。北崎はそんな予感がした。

 

(逃げられないなら、僕は戦う。自由に生きるために。・・・・・・最強な僕が逃げられない人たちのために戦う。それも悪くないかもね)

 

  自由気ままな北崎。だが確かな変化が彼には現れていた。

 

 




北崎さんが改心(?)した理由は相変わらず謎のままですがようやく第三勢力のオルフェノクサイドが出せたので個人的には満足です。

次回は本編に戻りますので本筋が早くみたいという方は安心してください。あのキャラも再登場します。
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