「おっせえな、あいつら」
食事を終え空っぽになった食器を前に巧は言った。既に何時ものメンバーが食堂に集まっている。ファングとエフォールを除いて。そろそろ朝食から昼食へと変わるくらいの時間だ。二人とも何時まで寝てるのだろう。
「ダンナは寝坊助さんやからなー。起こしにいかんと何時までも寝てるタイプや、あれ」
「エフォールも朝は弱いですからね。寝起きでうつらうつらする姿なんて良い感じにあざとすぎますよ」
眠りが深いのは結構だが待たされる方からしてみれば良い迷惑だ。今日はフューリー探しに出かける日。だがこのまま時間が押せば夜中にフューリーを探すことになるかもしれない。そうなると健康に気を使うティアラがやかましくなるから巧としても早く出発したかった。
「ファングくんたちもだらしがないねえ。私なんてとっくに準備万端だよ」
「オレに起こしてもらえなかったらファングと変わらない癖によく言うな」
「つーか寝癖直ってねーから準備万端でもないだろ」
「おっといけない。直してくるよ」
まさか言われなかったら本当にボサボサの髪形のまま外に出る気だったのか。ハーラーのあまりのだらしなさに流石のバハスも軽く引いた。
「・・・・・・いくらなんでも遅すぎますわ。私、ファングさんたちを起こしに行きます」
「ガルドちゃん、私もエフォールちゃんを起こしに行くわ」
「おう、頼んだでお二人さん」
眠ったままのファングにしびれを切らしたティアラと面倒見の良いマリサが食堂から出ていった。
「アリン、お前は行かなくて良いのか?」
「まだご飯食べてるから無理よ」
「まだご飯食べてるんですか」
「ふふ。オウム返しやめてよ、果林」
同じ言葉でも意味が違う。
「ちょい待ち。ダンナとエフォールはん二人だけがいないって変やないか。これはもしかしたらもしかするんやないか」
「ぶほっ!」
ガルドがニヤニヤしながら放った爆弾にアリンは思わず咳き込む。彼女は慌ててティッシュで口の周りを吹いた。
「くだらねえな。あのファングがティアラやマリアノならまだしもエフォールと? ねえよ」
「そ、そうよ。ファングは花より団子なんだから! それとあたしを外さないでよ、巧!」
「なんだ、お前もファングに気があんのか。まさか、そういうことしたいのか?」
「そういう意味じゃない! パートナーだからよ!」
本当にパートナーだからだろうか。その割りにはマリアノが彼と会話した時に焼きもちを焼いていたが。気があるんじゃないのか? そんな目で巧がアリンを見ると首をブンブン振る。とにかくファングに異性として見られないのはそれはそれでなんか嫌だ、とアリンは思った。
「ファングさんのけだものー!!」
ティアラの悲鳴が食堂まで響き渡る。あまりの大きな声に一同は耳を抑えた。まさか、と巧とガルドが目を見合わせる。そしてまさかな、と笑った。あのファングにそんなことある訳がない。
「お前らいったいな、にが」
「ちょっとファング!? あんた何やってんのよ!?」
「ナニとか以前に今はティアラはんを止めなあかんやろ!?」
巧とアリン、ガルドがファングの部屋に向かうととんでもない光景が広がっていた。一思いに殺してくれと虚ろな目で呟くファング、今すぐ殺してやると叫んで薙刀を構えるティアラ。そしてファングの横でほぼ半裸で心地よく眠っているエフォール。なんだこの修羅場、巧はかつてないほどに困惑した。
「離してください、ガルドさん! 私はこの男を殺して死にます!」
「いや、ほんま落ち着きぃ! 絶対しょーもない勘違いやから! だから落ち着きぃ!」
「はは、ガルド。止めなくて良いさ。俺は死ぬべきクズなんだ」
なんだ、これ。もう一度言おう。なんだ、これ。頭の中がオーバーフローしそうな状況に巧は思考を停止した。普通はこうなる。真っ先にティアラを止めに行けるガルドはもしかしたらこのパーティで一番強いのかもしれない。精神的に。
「あ、ファング。おはよう」
「おはよう。そしてさよならだ」
「・・・・・・? さようなら」
この喧騒の中、ようやくエフォールが目覚めた。どれだけ神経が図太いんだ。これだけ騒がしいのに今まで眠っていたとは。
「エフォール、こっちに来なさい!」
「む? うん」
とりあえずエフォールが巻き込まれないようにとアリンは彼女をこちらに避難させた。
「お前ら、何があった?」
「怖かったでしょ、よしよし」
アリンが心配そうにエフォールの頭を撫でた。彼女はきょとんとした顔になる。
「怖くないよ」
「「え?」」
「ファング、優しくしてくれた」
ポッと顔を赤くするエフォールを見たと思ったら巧は気づいたら腰にベルトを巻いていた。なるほど。これが今ティアラが抱いている気持ちか。確かに殺すべきかもしれない。いや、巧の場合は半殺し程度の殺意なのだけど。
「巧、落ち着こ。それだと一瞬で終わっちゃうわ。やっぱ素手じゃないと」
「ああ。俺としたことがうっかりしていた」
「あんたら二人とも落ち着き。ワイの腕二本しかないのに三人で来たらもう止められないやんけ」
腕っぷしの強いガルドでもティアラ一人で手一杯で三人になったら止められる訳がない。
「あ、エフォール。こんなところにいらしたんですか」
「ファングちゃんの部屋にいたのね」
「マリサ、果林はん!」
このカオスな状況を止めてくれそうな二人の登場にガルドは目を輝かした。
「・・・・・・これはいったいどんな状況ですか?」
そんなものこっちが聞きたい。
二人の仲介によって何とか事態は収拾した。エフォールは夜中にトイレにいって部屋を間違えたらしい。
「なーんだ、寝ぼけて俺のベッドの中に潜っただけだったのか!」
自分が何もしていないと分かりよかったよかったとファングは笑う。巧たちは勘違いしていたがガルドの予想通り彼とエフォールの間に間違いなんてあるはずがない。
「せやからワイは言ったやろ」
呆れた目付きで三人を見るガルド。巧とアリンは視線をティアラに向けた。そもそもお前が悪い、と言いたいらしい。
「わ、私はファングさんのリアクションがあまりに生々しいから勘違いしただけですわ!」
「あー、それはだな」
ファングは回想を始める。
『ふわぁあー、よく寝た。そして腹減ったー』
一時間前。空腹でファングは起きた。今日はやけに寝心地がよく何時もよりも更に遅い目覚めになった彼は布団をどける。そしてすぐに戻した。まだ夢の中だと気づいたからだ。
『んん、すやーすやー』
なんせ自分の横で下着姿のエフォールが眠っているのだから。これが夢じゃないなら何が夢だと言うんだ。ファングは目を閉じ、二度寝をしようと思った。次に起きた時は何時ものように誰もいないベッドで目を覚ますはずだ。そして彼はゆっくりと呼吸し────甘い匂いがした。微睡みが覚め、意識が一気に覚醒する。自分の身体をつねる。痛みを感じた。途端にファングの身体から言い様のない冷や汗が流れ始める。
(ま、まさか・・・・・・。やっちまった!? 俺はやっちまったのか!? でも記憶はないぞ!!)
流石にお気楽なファングでもこれには取り乱す。妹のように思って、というかそれくらい歳の離れた女の子に手を出したかもしれない事実に震えが止まらない。
『おい、ブレイズ! キョーコ起きろ! 頼む起きてくれ! 起きてください!』
『ふあー、なあにファング?』
『キョーコ! よく起きてくれた! 今日からお前は俺の救世主だ!』
ファングは立て掛けられた二本の剣へ叫んだ。ずっと同じ部屋にいた二人の妖聖なら何があったのか分かるはず。この時はファングもガルドのように何時ものしょーもない勘違いだと思っていた。食べ物と労働が関わらなければ彼も普通の常識人である。流石にそこまで急転直下で人として落ちぶれたりはしないだろう。
『俺、昨日の夜何してた!?』
『ぷろれすごっこ』
急転直下で人として落ちぶれた。
『ブレイズ起きて! 起きてよ! お願いだから起きてください! 頼みますから! なんでもしますから!』
口調が滅茶苦茶になる勢いで剣を揺さぶるファング。何故かこの日に限ってブレイズは眠ったままだった。普段は日の出と共に起きるくらいの速さだというのにタイミングの悪い男だ。
『む、なんだ。もう朝か?』
『ブレイズ! 聞いてくれ。俺・・・・・・!』
ファングは今の状況について目一杯説明しようとした。起きたらエフォールがいたこと。キョーコ曰く自分はプロレスをしたこと。それらを説明しようとしたのだ。だがそれをする必要はなくなった。
『ふ、皆まで言うな。・・・・・・大人になったな、ファング』
ファングの脳細胞がトップギアになる。何とかこの状況を打開する、自分が無実だという方法を必死になって考える。
『ファング』
『え、エフォール!? お、起きたのか!』
『静かに。もうちょっと・・・・・・一緒に、寝よ』
(よし、死ぬか)
子猫のように甘えるエフォールを前にファングは考えるのを止めた。これが話しの全容だ。
「おい、へっぽこ妖聖ども」
話しの全容を聞いた巧は実体化して正座をさせられている二人を小突いた。
「わ、わたしはわるくないよ。ブレイズがこれから二人はよるのぷろれすをするからねようっていったんだもん!」
「はあ、お前キョーコに何言ってんだ!?」
「バカなん!?」
「よし。足崩せキョーコ」
「ありがと、たっくん」
ファングとガルドは目を見開いてブレイズにツッコむ。
「・・・・・・すまなかった」
「いや、ほんとどうして勘違いしたの?」
「不可抗力だ! 夜中にいきなりエフォールが来たと思ったら服を脱ぎ出したのだ! これは夜這いだと思っても仕方ないだろう!?」
言いたいことは分かるがだからと言って夜のプロレスという表現を使うのは仕方なくなどない。普通に見て見ぬふりしてもらった方がまだ良かった。だいたいファングが既に眠っているのに早とちりも良いところだ。この男真面目に見えるが意外とスケベなのかもしれない。
「ダメですよ、エフォール。ちゃんと服を着てねなさいと何時も言っているでしょう」
「お腹を出して寝たら風邪を引いちゃうわ、エフォールちゃん」
「うん、ごめんなさい」
説教が微妙にずれている。常識を教えていくなら重要かもしれないが今すべき説教ではない。
「エフォールさん、殿方の部屋にはあまり簡単に入ってはいけませんよ」
「そうよ。そういうのは好きな人とやりなさい」
「それなら大丈夫。私はファングが好きだから」
爆弾が投下された。
◇
「あ、お兄ちゃん久しぶりー! 元気・・・・・・じゃないか。お顔に紅葉が出来てるね」
「ああ、俺は何も悪いことをしてないのにぼろぼろだよ」
「そんなことよりお金持って『聞けよ』来たー?」
久しぶりに会うというのにロロはちっとも優しくない。ヒリヒリする頬を押さえながらファングは財布を取り出した。
「良かった。お財布はお兄ちゃんと違って元気そうで」
「お前はほんと清々しいな」
ファングは料金を支払った。
「今日はちょっと急がないと不味いよ。フューリーはザワザ平野って場所にあるんだけどなんとあのドルファが狙ってるんだって」
ドルファという企業に心当たりがない者はこの中にいない。
「ドルファっつーと立食パーティーで行ったあの会社か」
「へー、フューリーを集めてるって噂は本当だったんだ。ドルファが関わるとちょっと面倒だな」
大企業を敵に回すのはあまり気が進まない。
「いや、ザンクはんもワイもそのドルファにいたんやけど」
「ちょ、ガルド!? どうして今までそんな大事なこと言わなかったの!? あたしたちもうドルファの敵じゃないのよ!」
「言った気がするんやけど。そもそも辞表は出してないからまだ多分ドルファの社員やで、ワイ」
といってもドルファに所属している北崎と交戦した時点でクビも同然なのだが。
「ザンクレベルの奴が狙ってるなら厄介だな」
「二人がかりでようやくってレベルだからな」
「多分そのレベルの相手だよ。凄腕のフェンサーって噂のアポローネスが率いているって話しだよ」
「アポローネス!?」
アポローネスという名前の登場に巧とアリンの顔が変わる。
「それって」
「あん時の・・・・・・!」
忘れるはずがない。ファングたちがアリンと出会ってすぐに戦ったフェンサー。そして彼らの記憶の中で唯一ファングが惨敗した相手。しかも、アポローネスはその時まったく本気を出していなかった。それはファングも同じだったが。
「アポローネスはドルファ一の武闘派フェンサーや。単純な強さならザンクはんを上回るで」
「少なくともバーナードと同等と考えて良いってことか」
「ソイツはドルファ四天王の上司。まあ四天王のリーダーやな」
四天王の半分近くをファングは既に撃破している。ドルファに恐れられるのも納得だ。
「すると北崎も四天王なのか?」
「いや、北崎はちゃいます。ヤツは四天王に対する抑止力なんや。ザンクはんは誰かに従う気はあらんし、バーナードは野心が強そうやから社長に警戒されてな。北崎に命令権が一応あるパイガっていうおっさんが四天王なんや。まあ、もしかしたら抜けた穴に入っとる可能性もあるかもしれへんけど」
ここまでで四天王が三人はわかった。では最後の一人は誰なのだろうか。謎だ。ガルドも分からないらしい。どうやら最後のメンバーは前線に出るタイプではないみたいだ。
「ま、良い。アポローネスを倒せばもう敵はいないも同然だ」
「今回は珍しくやる気ね。珍しい」
「俺は今度こそアイツに勝つ。アイツを倒して俺は今よりもっと強くなる」
アポローネスを倒せなければその先にいる自分の師匠を越えるなんて不可能。ファングのモチベーションは自然と上がる。
「だから絶対勝つぞ」
「当然。あたしたちにかかればアポローネスなんてけちょんけちょんよ」
「流石は俺の相棒だ。頼りにしてるぞ」
◇
「ここがザワザ平野・・・・・・」
色々とあり到着はすっかり夜になってしまった。ザワザ平野はさまざまな野生生物が住まう自然豊かな平野だ。古代文明の名残が色濃く残っていてその証明として夜になると様々な未知の機械が発光する。自然と機械の共存するザワザ平野は神秘的な美しさを放ち、数多くの観光客も訪れるらしい。
「なんだよ。ドルファの影も香りもねえな」
「何よ、香りって。まだ入り口でしょ」
「五感を研ぎ澄ませろってことだ。奇襲かけられてからじゃ遅いんだよ」
しかしまだ入り口と言えど相手はあのドルファ。何時襲ってくるか分からない。警戒するに越したことはないだろう。そして程なくしてファングの予想は当たる。
「・・・・・・風向きが変わった。誰か、来る」
「なに?」
「本当ですか?」
最初に気づいたのはエフォールだ。伊達に元暗殺者ではない。僅かな風の流れからその異変に気づく。ファングたちも耳に意識を集中させるとぞろぞろと足音が近づくのを感じた。
『うおおおお!』
「こいつらドルファの刺客か!?」
現れた黒衣の兵士たちをファングたちは迎え打つ。各々がそれぞれの武器を使い迎撃する。巧は生身の人間相手に変身する訳にはいかずトランクケースを武器に戦っていた。
「くそ! 数が多いな!」
「ダンナ、ここはワイらに任せてくれ!」
「先に、行って。ファング」
「後から追い付く!」
巧、ガルド、エフォールが押し寄せる兵を足止めする。三人がファングのパーティから離脱した。
「頼んだよ!」
「必ず戻ってくださいましね!」
「あたしたちも絶対にフューリーを手に入れるから!」
「お前らあとで飛びきり美味いメシを食わしてやる!」
アリンたちも力強く頷いて走っていった。
「エフォール、ちょっと待て」
「ファング・・・・・・?」
呼び止められたエフォールが首を傾げる。
「俺を殺すまで誰も殺すな、なんて約束はもう守らなくて良い。多分、これからの戦いでそんな考えは通用しない。だから新しい約束をしてほしい」
「新しい、約束?」
「俺の、皆のいるところに『必ず帰ってこい』絶対だ」
ドルファという明確な敵が生まれたことによって願いを叶える戦いはより熾烈なものになるだろう。これより先の戦いは生きるか死ぬか、だ。ファングたちの中にも犠牲になる者は出るかもしれない。それは皆語らなくても無意識に感じていることだろう。だから約束なんて軽々しく出来るものではない。だがメンバーの中で一番幼い、まだ学校に行っていてもおかしくはないエフォールだけは絶対に失いたくない。ファングとしては本当は誰も失いたくはないのだ。だが一人の大人として子どもは守らなければという思いが彼にはあった。
「わかった。必ずファングのところに帰ってくる。・・・・・・巧やガルドと一緒に」
ファングは少し呆気にとられた。あの世界中全てが敵に見えるといっていたエフォールが他人を気にかけれるようになっていたからだ。
「ああ。あいつらバカだからさ、何かあったらお前が連れ出してくれ」
「うん、だからファングも約束して。・・・・・・私が殺すまで死なないで」
「お前にもアポローネスにも殺されやしねえよ」
ファングはエフォールの頭を撫でて頷いた。
「エフォールが少し、羨ましいです」
「巧はんは絶対ナチュラルにあんなこと出来ひんからな」
「お前ら見てないでさっさと手伝え! 俺はフェンサーじゃねえんだよ!」
◇
「・・・・・・エフォールさんと何を話していらしたんですか」
「別に。必ず帰ってこいって約束しただけだ」
「そう、ですか」
少し遅れて合流したファングにティアラは言った。どことなく不満そうな顔をしている。自分にも何かないのか、と言いたいのだろうか。
「は、お前は俺とアリンが守るんだから約束する必要なんてねえだろ。そんな顔すんじゃねえよ」
「ふふ、流石は私の忠実な下僕ですわ」
「誰が下僕だ!」
「そうよ。そんな態度なら守ってあげないんだから!」
このやり取りも久しぶりな気がするな。ファングはふ、と笑った。
「ちょっと私はどうなのさ。守ってくれないのかい?」
「ハーラーはおっさんがいるだろ」
「バハスは歳が、ね。私も女だ。どうせなら若い男や可愛い女の子に守ってもらいたいのさ」
「ハーラー、今日の晩飯はお前の苦手なおかずを作るからな。覚悟しとけよ」
冗談だって、冗談とハーラーは慌てて訂正した。
『いたぞ、こっちだ!』
「ち、また来たか!」
ファングは現れた刺客を前に剣を構える。だがその剣が振り抜かれることはなかった。
刺客を斬る者がいたからだ。
「お久しぶりですね」
「「シャルマン様」」
「うわ、キザなピアニストじゃねえか」
また面倒な男が現れたものだ。ファングは露骨に嫌そうな顔を浮かべる。ティアラとアリンは目を輝かした。面識のないハーラーとバハスは誰この人?状態だ。もしこの場にガルドとマリサがいたのなら後々の展開も変わっいたのだろうが運悪く今、彼は不在だ。
「お久しぶりです。あれから皆さんの無事を祈ってましたよ」
「私もあなた様のご無事を祈っていましたわ。またお目にかかれるようにと」
「私も私も!」
「けっ!」
二人は好感触だがファングはどうにもシャルマンが好きになれなかった。例えば今襲ってきた兵士。血を流して倒れている彼は適切な処置をしなければこのまま死ぬだろう。世界平和を謳う男が容赦なく人を殺すところがまず気にくわない。それにティアラやアリンがちやほやするのもなんだかムカつく。
「ち、こっちは下僕なのに向こうは様付けかよ」
「ま、かっかしないの。君にとってのマリアノくんが彼女らにとってのシャルマンってことだよ」
「違うだろ。俺、マリアノのこと美人だとは思ってるけどティアラやアリンのが好きだぞ?」
「だから同じじゃないか」
にやにやと笑うハーラーに訳が分からないファングは首を傾げた。
「まあ良い。そうだ。どうせなら俺と勝負しようぜ、ピアニスト」
「何を勝負するんですか、ウェイターくん」
「フェンサーならやることは一つだろ」
『わーお。ファングがすごいかおしてる』
『火花が飛び散っているぞ』
挑発の掛け合いをキョーコたちは面白そうに眺める。こうも相性の悪い人間にファングがケンカを売るのは初めてみた。彼はバカで食いしん坊だが心優しいといういわゆる小学校のクラスに一人はいる誰とでも親友になれるタイプの人間だ。逆にシャルマンは容姿端麗頭脳明晰とクラスに一人はいる親友は少ないけど友達は滅茶苦茶多いタイプの人間。ガキ大将と良い子ちゃん。こうなるのも無理はない。
「良いじゃないの、差し上げれば。あんたが持っているよりもシャルマン様が持っている方がよっぽど有意義じゃない。ね、シャルマン様?」
「ありがとう。君たちのご厚意は忘れません。僕も出来ればこの剣を血で汚したくはない」
ファングはふんと鼻を鳴らす。既に血で汚れているのに良い子ぶるな、と彼は思った。どう見ても何人もの人間を斬った人間でないと出来ない太刀筋を持っていながらのこの発言にはうすら寒さすら覚える。グナーダ・クイーン、そしてファングは知らないがガルドもシャルマンの刃の餌食になっていた。
「へ、俺は別にフューリーなんていらねえ。でもお前にはやらねえよ。・・・・・・ティアラのために俺様は集めてるんだからな」
「ふぁ、ファングさん・・・・・・!」
「あ、あとアリンの記憶を探すためでもあるんだよ」
「・・・・・・ファング」
顔を紅くしたティアラを前に急いでファングは付け足した。実に分かりやすい照れ隠しだ。
「ふふ、皆さんとても仲が良いんですね」
その様子にシャルマンは笑う。殺伐とした状況の中で少し和やかな空気が流れた。
「ずいぶんと楽しそうだなァ。シャルマンさんよぉ!」
だがその空気は一瞬にして凍りつく。乱入者が現れた。
「お前は、ザンク!?」
「どうしてあんたがここに!?」
「あなたもしつこいですね」
ザンク。ドルファ四天王の一人。ソルオールの戦い以降消息不明になったはずの男だ。彼は得物の曲がった曲剣を担ぎ、シャルマンを睨み付けた。
「あぁ? てめえらもいんのか。まあどうでも良い。シャルマン! 今日こそてめえを殺す!」
「断る! 僕は願いを叶えるその日まで死ぬ訳にはいかない!」
シャルマンとザンクの激しい戦いが始まる。
「皆さんは先に行っててください。必ず追い付きます!」
「シャルマン様、そんなヤツやっつけちゃって!」
「ええ、僕は彼のような悪人には絶対に負けない!」
彼らの戦いに後ろ指を引かれながらもファングたちはザワザ平野の奥へと向かった。
「かか! 偽善者風情が俺様を悪人だと? 笑わせんなよォ!」
「僕は偽善者じゃない。正義の味方だ」
「へ、てめえに比べればアポローネスのがまだましだぜ」
◇
「ザンクさんは本当に極悪人なのでしょうか?」
「さあな。でも善と悪でいうならアイツは悪で間違いない。お前を人質にした奴だぞ」
「ですがエフォールさんは彼を優しかった、と」
ティアラはザンクのことが気がかりだった。彼に対してはあまり良い思い出はないし、アリンのように出来ることならシャルマンが倒してくれたらとすら思う。だが少なくともかつてエフォールを守っていた過去があるらしい彼にこのまま何も聞かないのはどうにも腑に落ちない。
「確かに俺が初めて会った時のザンクはただの不良みたいなもんだった。もしアイツがあそこまで変わったとしたら『ノセイギ村』が原因だろうな」
「なに、その村。反対から読んだらギセイノ村になるじゃない」
『ゼルウィンズ地方から遠く離れた山奥に存在した小さな村だ。妖聖崇拝などと古びた風習の残った集落同然の村であった』
妖聖崇拝────神の残した力である妖聖を信仰することで神へと昇華させる、というこの世界で本当にある一つの宗教。だがそれは邪神崇拝と並んでイカれた邪教扱いされている。
「あそこでアイツはナニかを見て、そしてああなった。でないと村人を殺すなんて真似はしないはずだ」
「ナニか、とは」
「さあな。俺が見たのは血文字で願いが書かれた短冊だけだ」
ティアラとアリンの顔がサッと青ざめる。あ、言わなければ良かったとファングは後悔した。
「古びた村、狂った風習ねえ。それは少し興味深いな。詳しく話してくれよ」
「なんであんたは一人だけテンション高いんだよ」
「私は研究者だよ。そんな話し日常茶飯事さ。ね、その血はきっと妖聖のモノだよ」
「・・・・・・妖聖の、モノ」
ティアラは、彼女だけはザンクが何故ああなったのか一つの確信にたどり着く。
────エルモは私の友達で完全自立型の妖聖
エフォールが言っていた一人の妖聖の名前がティアラの脳裏に浮かんだ。それと同時に博識な彼女は知識として知っていた妖聖崇拝で行われるであろう数多くの狂った風習を想像してしまった。
「す、すいません。ファングさん。私少し気分が」
「ああ。無理しなくていい。ごめんな、変な話しして」
「だ、大丈夫です。しばらくすれば戦えます」
まだこの仮説が真実だと決まった訳ではない。それを確認するためにも必ず生き残らなければならないのだ。ティアラは思考を切り替えた。
「お待ちしておりましたよ。あなたたちがドルファに逆らう愚かなフェンサーですか」
しばらく歩いていると眼鏡の男が待ち受けていた。ファングは剣を構える。
「てめえが俺様と敵対する愚かなドルファ四天王か? アポローネスを前に準備運動させてもらうぜ!」
「待て待て! 奥でアポローネスが待っている! 私はその案内人だ! 戦う気はない!」
「あんたも四天王なのに戦わなくていいの?」
「お前は黙ってろ!」
眼鏡の男の正体はご存知の通りパイガだ。冴えない中年男性である彼はバーナードとザンクを倒したファングを前にすっかり怖じ気づいてしまった。
「たく、さっさと案内しろ」
「その上から目線もここまでだ。へへーんアポローネスはすげー強いんだ! お前らなんかけちょんけちょんだ。・・・・・・・案内しましょう」
「この男、まさに虎の威を借る狐ですわ」
さっきまで顔色の悪かったティアラもパイガの情けない様子にすっかり何時もの調子を取り戻したようだ。
「久しぶりだな、ファング」
ザワザ平野の最新部にアポローネスは君臨していた。彼はファングたちが来たことに気づくと静かに閉じていた目を開く。精神統一を完了させ、既に準備万端という訳か。ファングは静かに構える。
「・・・・・・ああ」
「少しは腕を上げたようだな」
アポローネスも地面に突き刺していた剣をゆっくりと引き抜く。
「我が魂と共鳴する者よ。雌雄を決する時がついに来た。ファング、私は貴様を今度こそ斬る。そしてドルファの悲願を達成する」
「俺は負けない。あんたに勝つ。いやあんただけじゃない。これから戦う全てのフェンサーに勝って世界平和の夢とやらを叶えてやる。そのためには・・・・・・俺は殺してでもあんたを倒す!」
ファングとアポローネスの剣が激突する。両者の実力は────互角。正真正銘の互角。あの時とは違う。アポローネスも本気で、ファングも本気だ。
『attack effect『フレイムアサルト』』
『attack effect『導』』
灼熱深紅の炎を纏った剣がアポローネスの身体を焼き、深淵漆黒の影を纏った剣がファングの身体を切り裂く。激しい痛み。だがどちらも怯みはしない。極限まで剣を極めた者の戦いだ。隙を見せた瞬間にそれはどちらかの死を意味していた。ファングはアポローネスの腹を蹴る。だがアポローネスは蹴られて仰け反りながらも腕だけで強引に剣を押し込んだ。鋭利な刃と化した闇がファングの顔に迫る。彼は顔を反らす。頬を浅く斬りつけ鮮血が舞う。
「ファングさん!?」
ティアラは悲鳴を上げる。だがファングは冷静だった。剣を手甲に変えると剣に向かって振り下ろした。重力にしたがってアポローネスの大剣が深々と地面に突き刺さった。
「なにぃ!?」
「うおおおおおおおお!」
『attack effect 『ギガンティックブロウ』』
地面から巻き上がった炎がアポローネスの身体を飲み込んだ。手ごたえあり。並のフェンサーならこれで終わっている。だがこの程度で倒れる相手ではないという一つの確信がファングにはあった。
「『フェアライズ』」
アポローネスは漆黒紫紅の甲冑をその身に纏った。圧倒的な覇者の姿にファングは身震いした。だが同時にニヤリと笑う。
「先に鎧を使ったな!」
この瞬間、剣士としてファングはアポローネスを越えた。彼はアポローネスの切り札を先に引き出したのだ。かつて惨敗した相手を追い詰めた事実に彼は胸の内から力が溢れるのを感じた。今なら使える。あの時の力が。ファングは力の限り叫ぶ。
「『フェアライズ!』」
ファングの身体は紅炎真紅の姿へと変身を遂げる。バーナードすら倒した彼の新たな形態を初めて見るアポローネスは驚愕に目を見開く。
「俺はあんたを越える」
「ふ、面白い・・・・・・!」
剣士としてアポローネスを越えた。後はフェンサーとして彼を越えるだけだ。
個人的に仮面ライダー555で好きなシーンはフェンシングで負けたたっくんが腹いせに草加へスライディングするけど避けられるシーンです