双星の陰陽師とシャーマンキングのクロス
・・・・・・555とかマンキンとか世代がバレそうですね
「あー、腹減った」
ファングは自分の腹を擦る。空を見上げた。星が綺麗に輝いている。向日葵荘に到着すると空はすっかりと暗くなっていた。昼間は庭でバジンと仲良く遊んでいた子どもたちも家に帰り、人気の少なくなった宿は物寂しい雰囲気を醸し出している。
前の世界でもそうだったがバジンはこの近辺に住む子どもたちに大人気だ。毎日バジンに会いに来た子どもたちで向日葵荘は大にぎわいだった。泥が付いて汚れたバジンを掃除してやらないとな。巧は駐車場のバジンに小さく笑みを浮かべた。
「ミツボさんのお料理は三ツ星シェフにも負けないレベルのご馳走なんですよ。きっとファングさんも満足出来ます」
食堂から漂う良いニオイにファングがヨダレを流しているとティアラが笑顔を浮かべた。
「あー、そのフレーズ懐かしいな。俺のがっかりファンタジーだ」
「ファングがまんまと騙されたヤツだな」
『今思えばあんな嘘に騙されるなんてありえんな。ただの宿屋に三ツ星シェフなどいるわけないだろう』
巧とブレイズはあの時のファングの単純っぷりを思いだして笑う。
「そんなこともあったわねえ」
「そんなこと、あった?」
「いえ、私も初めて聞きましたよ」
本当に最初も最初の頃の出来事を途中で加わったエフォールたちが知ってるはずがない。彼女はティアラと同じく頭に疑問符を浮かべる。
「気にすんな。それよりさっさとメシにしようぜ」
今日の献立が楽しみだ、ファングは笑顔を浮かべた。
「熱そう・・・・・・」
「・・・・・・ですね」
今日の献立は最悪だ、巧と果林は顔を絶望に染め上げる。
パンにサラダは別に構わない。猫舌でも直ぐに食べられる。だが問題はメインディッシュにある。シチュー。出来立てホヤホヤの熱々のシチューに二人はため息を吐いた。過去が変わっている。夕飯のメニューが違う。よりにもよって冷めにくく猫舌にとっては天敵であるシチューが今日の夕飯になっているとは。以前クラヴィーセから戻った時は焼き魚だったはずなのに。巧は驚愕する。これも大きな過去の変化だ。いや、小さいけども。
「くそ、変なところまで変わんなくても良いだろ!」
巧は一心不乱に息を吹き掛ける。どれだけ息を吹き掛けても冷める様子はない。彼は舌打ちした。
「俺は前と違ったメニューにありつけてラッキーだけどな。あー、うめえ」
「お前は良くても俺たちは困るんだよ」
「そうです。ファングさんはデリカシーに欠けてます。猫舌の辛さが分からないんですか?」
美味しそうにシチューを食べるファングに恨めし気な視線を果林が送る。彼はこれ見よがしにシチューを掻き込んだ。
「猫舌には梅干しが良いみたいですよ」
「メニューを見てから言え」
「和洋折衷にも限界がありますよね」
テーブルに置かれた梅干しのツボをティアラが指差した。パンやシチューに梅干しはどう考えても相性が良くない。巧はイランと手を振った。
「で、この過去の変化について何か分かったのか?」
「・・・・・・あの野郎は誰かが起こしたと言っていた。それで察しろ」
ファングの表情の変化から巧は何となく察した。恐らくティアラが関係しているのだろう、と。
「それはタイムパラドックスということですか?」
「なに、それ?」
「時空には因果率というものが『長そうだから結論だけお願い』行動一つ一つで歴史に変化が生じることです」
歴史の変化もここまで来ると理解の範疇から逸脱している。本来なら些細で済んだ変化が何者かによって大きく変わった結果が今のこの世界だ。本当に些細な変化なら世界にオルフェノクが溢れたりはしない。
「まあ、いちいち考えていても仕方ねえよ。どの道俺は運命を変えようとしてるんだ。だったらいつかは歴史が変化する。それが遅いか早いかの違いだろ」
「でも、大丈夫?」
「さっきも言ったろ。俺たちの手で変えるって。もし世界が狂っちまったなら俺たちの手で正しい方向に戻せば良いんだよ」
切り替えの早いところがファングの良いところだ。迷うことなく正しい選択をスパッと選べる判断力はこういう時に頼りになる。
「そうだ! 良いことを思い付いたぞ!」
「え、何々?」
「俺様は今日から予言者になる! これから起きる未来の出来事を言い当てて金儲けだ! 最初さえ合ってれば後は適当でも大丈夫だ! 占い料は一回100万goldだ!」
「すごい・・・・・・!」
シーンと場の空気が固まる。巧と果林は冷めたシチューを食べ始め、アリンとティアラは呆れた視線をファングに送る。ただ一人エフォールだけが真剣に話を聞いていた。
「本当にファングさんを信用して大丈夫なんでしょうか?」
大丈夫、と断言出来る者は誰もいない。
◇
────数日後。
「さーて、今日はヤタガン溶窟だ」
「今回は罠に引っ掛からないように気をつけましょう」
『かこにもどったんだし、まえのしっぱいはなかったことにしようね!』
荷支度を済ましたファングたちは満天を青空の中、外に出た。絶好の旅日和の天気だ。彼は大きく伸びをした。
「巧、元気ない」
「俺は熱いのが嫌いなんだよ。行きたくねえ・・・・・・」
巧は出発する前からげんなりとした表情を浮かべる。猫舌な彼は食べ物や飲み物だけではなく熱い物全般が苦手なのだ。だから今から火山に行くというだけでうんざりする。ましてや一度そこに行っているのだから。
「私も氷の妖聖なので火山は苦手です。うう、想像したら溶けちゃいそうですよ」
「元気出して、果林」
体質的に熱い物が苦手な果林も元気がない。今日の猫舌コンビはあまり戦力としては期待出来ないだろう。ファングは気分だけで既にヘトヘトな二人に苦笑を浮かべる。
「お前らこれ終わったらカキ氷でも奢ってやるから元気出せよ」
『やったやったー!』
『ほお、それは楽しみだな』
「やりい!」
「って何でお前ら全員奢ってもらう気満々なんだよ!」
こんな約束するんじゃなかった。大喜びする面々に今更ノーと言う訳にもいかずファングはため息を吐いた。
「ファングさんは面白い人ですわね、キュイ」
「キュイキュイ!」
ティアラは朝から賑やかなファングたちに笑顔を浮かべる。
「うわ、やっぱり熱いな」
ヤタガン溶窟の中に入ったファングは一瞬で額から噴き出した汗に顔を歪める。一度来た場所であってもやはりこの熱さに慣れることはない。むしろこれも過去の変化の影響か前回よりも火山が活発に活動しているかもしれない。肌のチリチリとした感触は不快でその手に持った飲み物に自然と手が伸びる。前回よりも長居は出来なさそうだ。幸いなことにフューリーのある場所は覚えている。直ぐにでもたどり着けるはずだ。
「あ、ティアラとエフォール。ここのフューリーは引き抜こうとすると罠が発動するから気をつけて」
「ご警告感謝します。ですが、それを知っているということはつまり・・・・・・」
「引っ掛かったの?」
ティアラとエフォールに疑惑の視線を向けられたアリンは慌てて首を振る。
「それはファングだけ! あたしは引っ掛かってないから!」
「むしろお前が一緒に引っ掛かってくれてればフェアライズして脱出出来たんだけどな」
ファングはあの時のことを思い出す。危険でも自分だけならどうにかなるだろうと軽率な行動をした結果ああなった。今思い返して見れば本当にアリンが一緒ならあのピンチは脱出出来たのだ。そう考えるともっとあの頃から彼女を信頼していても良かったかもしれない、とファングはちょっと後悔した。
「・・・・・・今回は頼りにしてるぞ、相棒」
「うん、任せて!」
ファングはアリンの頭をポンポンと叩くと彼女は笑顔を浮かべた。そうだ、これで良い。時が戻ったのなら前よりアリンを頼りにすれば良いんだ。ファングはフッと笑った。
「・・・・・・」
ティアラはそんな二人の様子を少し不満そうに見つめる。
「ティアラ、どうしたんだ?」
「体調、悪い?」
「いえ、大丈夫です」
心配そうに見つめる巧たちにティアラは首を振る。別に気分が悪い訳ではないのだ。ただ胸の中を何とも言えない何かが渦巻いている感覚が気持ち悪いだけ。再び彼女はファングとアリンを見つめる。二人とも本当に仲が良い。それこそファングとアリンの間に存在する距離感はほとんどゼロに等しい。長い間寄り添い合った夫婦のように見える。
でも自分とファングの間には明確な距離感がある。彼はアリンたちと違い明らかにティアラだけ気を使っている。それは彼女にアリンたちとは違って記憶がないから。前のように気軽に接する訳にはいかないのだろう。
「良いな・・・・・・」
ティアラは思わず口に出して不満を言ってしまう。どうして自分だけ記憶がないのだろう。巧にもエフォールにも果林にも記憶があるのに。もし自分にも記憶があったら・・・・・・もっと近く、もっと親しくファングの傍に寄り添えるのに。ティアラは寂しく笑う。
「ティアラさん・・・・・・」
果林は何となくティアラが今何を考えているのか察した。だが記憶がないことで苦しんでいること。察することは出来ても理解することは出来ない。その苦しみは記憶がない彼女にしか分からないのだ。こればかりはどうしようもない。いたたまれない気持ちになり果林は目を伏せた。
「ティアラ」
「ひゃい! な、なんですか!?」
暗い雰囲気のティアラの肩にファングが触れた。
「別に。残念な顔で黙り込んでるから気になっただけだ」
「し、失礼です。でも、ちょっとだけ快感ですわ」
「・・・・・・それは前と変わらずなんだな」
苦笑するファングにティアラはまた顔を曇らせる。彼の知っている自分との違いを考えると心の中が苦しくなる。ファングの心の中にいるティアラは自分ではなくてまったくの別人なのではないか。その思いが彼女を苦しめていた。
「まあティアラなんだから当たり前だよな」
だがファングはそんなティアラの悩みをバッサリと切り捨てた。
「お前は記憶がなくても性格が変わってもティアラだ。そこに違いはねえよ。お前はお前だからな」
「私は私、だから・・・・・・」
ティアラは胸の中でその言葉を反芻する。
「何考えてるのか知らねえけどあんま気にするな。お前がずっと暗い顔してるとこっちまで辛くなるんだからな」
「ずっと、私を見ていてくれたのですか?」
「さあな。お前の顔なんて何度も見てるから分かんねえな」
ティアラは顔を伏せた。真っ赤に染まった頬をファングに見られたら恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだ。
「・・・・・・どうした? 顔上げろよ」
「嫌です」
怪訝な表情をファングは浮かべる。
「じゃあ顔見せろ」
「ちょ、ちょっと! 覗き込まないで下さい!」
「なんだよ、見せろよー!」
「あ、待てよ」
「ちょっと! あたしたちを置いてく気なの!?」
ティアラは伏せた顔を覗き込もうとするファングから逃げようと走り出す。彼は意地悪な笑みを浮かべながらそれを追いかける。巧たちも二人を追って走り出した。
ティアラは笑顔を浮かべる。先程までの暗い雰囲気が嘘のように明るく、そして晴れやかな気分だ。亡くなった祖母がもし今の彼女の顔を見たら驚くだろう。こんなに幸せそうなティアラの姿は初めて見た、と。
◇
「この先にフューリーがあるぞ」
「疲れましたわ・・・・・・」
『お前らが鬼ごっこなんてするからだろう。追いかけた方の身になってやれ』
ヤタガン溶窟の最深部までファングたちはたどり着いた。走り回ったファングたちは肩で息をしている。途中から顔のことなんてすっかり忘れてただの鬼ごっこをしていたのだから当たり前だ。結局、彼らはここに来るまでずっと走り続けた。それもサウナの中のように熱いこのヤタガン溶窟で。したがってファングたちはもうヘトヘトだ。
「はあはあ・・・・・・。今回も前回よりも早く着いたわね」
「当たり前だろ」
「いっぱい走りましたからね。疲れました」
「喉、渇いた」
「ほら、飲め」
額に汗を滲ませたエフォールはファングから手渡された飲み物で喉を潤す。余程喉が渇いていたのか一心不乱にペットボトルを傾ける彼女にファングは笑みを浮かべ、ゆっくり飲めよと言った。
「さーて、とっととフューリー手に入れて帰るぞ」
「ねえ、思ったんだけど・・・・・・」
意気揚々とフューリーの在処へと向かうファングをアリンは止めた。
「ん、どうした?」
「もしかして今回も過去が変わってるんじゃない?」
「北崎や村上の時みたいに、か?」
真剣な表情を浮かべる巧にアリンは頷く。
「そうですわね。ここまでずっと過去が変わっているようですし。今回も異変が起きててもおかしくはないでしょう。それがどれほどの規模かは想像がつきませんが・・・・・・」
「つってもここまで来て今更引き返す訳にもいかないだ ろ」
『こうなったら前進あるのみだ。だが警戒だけは決して怠るなよ』
ファングたちは慎重にフューリーの在処へと進むことにした。
「・・・・・・どうだ、エフォール?」
フューリーのある広々とした空間。その近くの物陰にファングたちは座り込んだ。彼は気配の察知能力に長けたエフォールに視線を向けた。彼女は頷くと目を閉じ、意識を集中させる。
「やっぱり、誰かいる」
二度あることは三度ある。やはり今回も過去に変化があるようだ。ファングと巧は物陰からゆっくりと顔を出した。
「あれは・・・・・・!」
ファングは目を見開く。そこにいたのは北崎や村上のような強敵でも、ましてやチンピラのようなオルフェノクでもない。ファングの良く知る人物だった。
「ハーラーとおっさん!? それに・・・・・・えっと誰だっけ。あいつ?」
ハーラーとバハス。ファングたちの仲間であった彼女らの登場に彼らは驚く。そしてハーラーと対峙している眼鏡の男とそのパートナーと思われる妖聖。彼らにも見覚えがある気がする。以前、何処かであったはずだが思い出すことが出来ない。ファングは首を傾げる。知っているか? 巧に視線を向けると彼も男たちを思い出そうと腕を組んで考え込んでいた。
「あれだ、あれ。一応北崎に命令権ある人だ」
「そうそうそれそれ! 一応北崎に命令権ある人だ!」
一応北崎に命令権がある人。以前、あの男のことをガルドがそう言っていたのを巧は覚えていた。実際アポローネスとの戦いの時に彼が北崎に命令して自分に攻撃させていたことをファングも覚えていたので合点がいき彼らは笑みを浮かべる。なお二人ともパイガという彼の本当の名前はすっかりと忘れていた。
「このフューリーはドルファ四天王であるこの私がいただく。怪我をしたくなければ大人しく諦めて引き返しなさい」
「いやあ、それでは私が困るんだよね。せっかくのファングくんたちとの再会だ。手土産が欲しくてね」
「手土産が必要なのは私も同じなんだ。北崎のヤツがフューリーの回収に失敗したせいでな・・・・・・。このままでは給料がカットされてしまう!」
「俺辛いアピールやめなさいな。しょうがないじゃない。北崎くんが『例の』奴らと戦ってる内に掠め取られたんでしょ? あの子は悪くないって」
会話の内容からどうやら二人は一触即発。一つのフューリーを巡って今にも争いを始めそうだ。
「助けに行くか、ファング?」
「ちょっと待て、巧。何か様子が変だぞ」
「私も、見たい」
飛び込もうとする巧をファングは止めた。エフォールもひょっこりと顔を出す。
「ふっふっふ! 逆らうなら仕方ありま『それにしてもここ熱いね。よいしょっ、と』うわああああ! な、なんで服を脱ぐんだ!?」
「いや、だってここ熱いんだもん」
「そういう問題か!?」
「ハーラー、頼むからその直ぐに服を脱ぐ癖を治してくれ」
上着とズボンを脱いだハーラーにパイガは動揺した。ファングたちにとっては珍しくないか光景だが初見の人間ならこうなるのは当たり前だ。彼女の隣にいたバハスはため息を吐く。呆れる巧を尻目にファングはこっそり身を乗り上げた。ちょっとだけ。
「ちょっとー、あんた大丈夫なの? こんなナイスバディの女の裸見たなんて奥さんにバレたらぼこぼこにされるわよ」
「あ、あわわわ! は、はは。し、心配するな。コイツらさえ始末すれば誰もいないはずだ」
残念ながらパイガが嫁にバレないためにはキュイを除いて後十人始末しなければならない。
「あ、ハーラーピンチじゃね?」
「ほら、助けに行くぞ」
「ハーラー、すごい胸おっきい。私も・・・・・・」
「ガキが気にすることじゃねえよ」
身を乗り上げたファングの肩を誰かが掴んだ。
「ねえ、ファング? あんた何見たの・・・・・・?」
それは疑惑の視線を向けるアリンだった。ファングは背筋に寒気を覚え一歩後退した。
「い、いや。ハーラーとおっさんが『ハーラーの裸よね?』だから『ハーラーの裸よね』・・・・・・はい、見ました」
「あんた何見てんのよ!? この変態!」
アリンはファングの肩を激しく揺さぶる。まるで怒り狂った猫のようだ。
「違う! 変態はハーラーだ!」
『たしかに』
「ハーラーが変態なのは今更でしょ! じゃあ何で食い入るように見てたのよ!?」
「いや、食い入るようには見てねえよ」
「嘘よ! あたしの時に比べて全然反応違ったもん・・・・・・!」
ただ見ていただけだ。ファングは訂正する。しかし、アリンは納得がいかない。確かに彼は身を乗り上げていた。ちょっとだけ。以前、温泉の時に彼女が裸を見られた時の無反応に比べたらその小さな差はとても大きい。
「あの女性は何なのですか、乾さん?」
「ハーラー。妖聖研究家の変態だ。俺たちの仲間なんだよ」
「アレと仲間なんですか?」
アレ呼ばわりされるハーラーに巧は同情して・・・・・・いや出来なかった。ティアラが普通である。常識的に考えたらいきなり脱ぎ出す女なんて変態以外の何者でもない。初対面の人はこういう反応をするんだな。巧は自分の中で無意識に壊れていた常識に内心動揺した。
「ごめんねー。コイツにも家庭があるから死んでもらえる?」
「いや、そんな軽いノリで殺すって言われてもこっちも易々死ねないんだが。ほら、ハーラー。服を着ろ!」
「そうだ! 年頃の女が恥を知れ、恥を!」
「えー、熱いのにしょうがないな」
ハーラーが渋々服を着る。
「よーし、これで戦え『そこまでだ。一応北崎に命令権がある人!』今度は何なんだ!?」
パイガがハーラーに剣を向けた瞬間、ファングたちは突入した。
「な、なんだ。君たちは?」
「通りすがりのフェンサーたちだ」
「覚えておきなさい!」
「あ、俺はフェンサーでも妖聖でもないからな」
警戒心を剥き出しにしたパイガにファングは名乗りを上げる。
「あ、ファングくんだ」
「お早い再会だな、ファング!」
ハーラーとバハスは彼らとの再会に笑顔を浮かべる。
「ひい、フェンサーがこんなにたくさんいる・・・・・・!」
「ちょっと、何びびってんの。大丈夫、あんた腐ってもドルファ四天王よ。そんじょそこらのフェンサーが束になって掛かって来ても返り討ちに出来るってば」
『そんじょそこらならば、な』
既にファングはパイガを除いて全てのドルファ四天王を倒している。彼を倒すのに束になる必要すらないだろう。最もこの時間のパイガはそのことを知らないし、時間が遡った今では四天王との戦いもなかったことになったのだが。
「そ、そうだった。やい! お前ら、良く聞くんだ。私は泣く子も黙るドルファ四天王パイガだ。殺されたくなければ大人しくフューリーを渡すんだな」
得意気になったパイガがファングたちに剣を向ける。命知らずだ。
「いいよ、やる」
「そうね、さっさと抜けば?」
「私も別に構いませんわ」
「好きにしろよ」
「皆さんが良いというなら私も」
「早く帰ってかき氷食べたい」
意外や意外。ファングたちはすんなりと引き下がった。今までならここで問答無用の戦いが始まるのだが。ハーラーは驚きに目を丸くする。
「え、あげちゃって良いの?」
「せっかくのフューリーだぞ?」
「良いって良いって。天下のドルファ四天王さんには敵わねえよ」
「まあファングが良いって言うなら別に良いけど」
首を傾げながらもハーラーは引き下がった。この後直ぐに彼女もファングたちが引き下がった理由を知ることになる。
「え、うそーん。まさかこんなに上手く行くとは」
「たまにはあんたの肩書きも役に立つじゃない! 私は戦いたかったんだけどねえ」
「余計なことを言うな! よーし、お前らそこを動くなよ」
パイガは視線でファングたちを牽制しつつ、フューリーに手をかける。着信音が気になった巧がポケットに手を入れると彼はカッと目を見開く。
「あー、ガルドからメール『こら、動くな! 絶対に動くなよ!』なんだ、このおっさん? 第一俺はフェンサーじゃないぞ」
「フリ?」
「フリじゃない!!」
「今まで見た中でも一番の小物だな、こいつ」
残念な目でファングはパイガを見つめる。
「ごめんねー、こいつこれでも良いヤツだから許してあげてよ」
「ビビア、余計なことを言うな!」
パイガはフューリーを引き抜いた。さてヤタガン溶窟のフューリーをファングが抜いた時に何が起きたか覚えているだろうか。
「な、なんだ!? 地震か?」
「ちょ、パイガ。溶岩が流れ込んできたよ!」
「しまった、罠か!?」
そう。このフューリーには防衛装置として罠が設置されていたのだ。彼らはそのことを覚えていた。だからすんなり引き下がったのだ。困惑するパイガとビビアの周りを溶岩が囲む。
「本当に引っ掛かったぞ、このおっさん。バカか?」
「普通は疑うでしょ。やっぱり根本的にそこの妖聖の言う通り良い人みたいね。もしくは本当にバカなのか」
「こういった遺跡ではフューリーを守るために防衛装置があるのですよ。フェンサーの中では常識ですわ」
「なるほど、それでフューリーを渡せって言ったんだね。でもこんな単純な罠に引っ掛かるなんて思わなかったよ」
「皆さん。ファングさんがはじっこでいじけているのでそういうことを言ってはいけませんよ」
「ファング、元気出して」
「ああ。エフォールだけが俺の味方だ」
パイガに向けて放たれた言葉はファングの胸にグサりと突き刺さった。同じ失敗をした者として耳が痛い。ガックリと肩を落として項垂れる彼の背中をエフォールはポンッと叩く。
「で、一応北崎に命令権ある人。あんたどうすんの? 大人しくフューリーを渡すなら助けてあげるわよ」
「く、これを狙っていたのか・・・・・・! それと私はパイガだ!」
「狙ってはいましたけど良い歳したおじさんなのに騙されるあなたもどうかしてますよ」
「お、おじさんっ!?」
果林におじさんと言われパイガは精神的にダメージを受けた。
「で、どうすんの? フューリーを渡すの、渡さないの?」
「渡す、渡すってば。ね、パイガ?」
「そんな勝手に『命あっての物種でしょ!』わ、分かってる。渡す、渡すから助けてくれ!」
頭を下げるパイガに満足したのかアリンは制御装置に向かう。
「えっと・・・・・・。確かこれを押せば良いのよね?」
『ああ、間違いないだろう』
「見るからに怪しい形状をしてますわね」
「ふふ、これ前の世界でティアラが教えてくれたのよ」
あの時のことを思い出したアリンは笑みを浮かべる。出会ったばかりの頃はいつもティアラと喧嘩をしていた気がする。今となっては懐かしい思い出だ。
「ふう・・・・・・助かった」
「あー、死ぬかと思ったわ」
パイガとビビアを取り囲んでいた溶岩が流れていく。彼らは罠から解放された。
「ほら、約束のフューリーを寄越せ」
ファングは手をパイガに向ける。だが彼はフューリーを渡そうとしない。怪訝な表情でファングはパイガを睨む。
「ちょっと、私たちが本当に渡すと思ってんの?」
「ふっふっふ! 騙してくれてお返しをしてやろう!」
「ま、やっぱそうなるよな」
パイガはファングたちに剣を向ける。
「よし、お前らやるぞ」
「ああ、任せろ」
「言っておきますが私、嘘を吐く人には容赦する気はありませんよ」
「殺っ!」
「よーし。私も久しぶりに皆と戦うし、張り切っちゃうよー」
ファングたちがそれぞれ武器を持つ。
────555
────standing by
「変身!」
────complete
そして巧も変身した。これだけのフェンサーが揃えば例えドルファの四天王だろうと負ける気がしない。今の彼らとまともに戦えるのは北崎とバーナードくらいだろう。だがパイガは未知数。油断をしてはいけない。彼らは身構える。
「ごめんなさい、フューリーは渡すので勘弁してください」
パイガは土下座した。
◇
向日葵荘に戻るとバハスがカキ氷を作ってくれた。ヤタガン溶窟の中を歩き汗を一杯かいたファングたちは夢中でそれにありつく。
「今回はあっさりフューリーが手に入れられたわね」
「戦わないで手に入れるのは初めてのパターンだな」
ファングは壁に立て掛けられたフューリーを見つめる。今回は前回と違ってボスと戦うことがなかった。楽になるなら楽になるで結構なのだがやはり過去が変わってるとなると少々気がかりだ。
「バハスのかきごおりおいしい!」
「うん。でも頭、キーンとする」
「もう、冷たい物を急いで食べるからです。このカモミールティーをお飲みになると良いですよ。・・・・・・それにしてもバハスさんはお料理が上手ですわね。ただのカキ氷をこんなに美味しく作れるなんて凄いです」
ティアラは頭を押さえるエフォールにお茶を差し出した。三人ともバハスのカキ氷を気に入ってるようで笑みを浮かべている。
「冷たくて甘くて美味しいです!」
「・・・・・・まったくだ」
カキ氷が大好物の果林は笑顔で食べる。シロップに練乳をたっぷりと掛けたカキ氷は猫舌にはたまらない一品だ。同じく冷たくて甘い物が大好きな巧も頬を緩ませている。
「気に入ってくれたか?」
「はい。私、カキ氷大好きなんです!」
「俺も」
バハスは素直に喜ぶ二人に満面の笑みを浮かべた。
「ほお、好物が同じとはやはりお前さんたちお似合いだな」
「お、お似合いだなんて」
「偶然だろ、そういうのじゃねえから」
果林は顔を真っ赤にする。カキ氷で冷えた頭がまた熱くなってしまった。
「そういえばハーラーはいつ頃こっちに戻って来たんだ?」
「君たちよりかなり早いと思うよ。一ヶ月前さ」
「そんなに前なの!?」
アリンは身を乗り出す。巧のように多少は自分たちよりも早い可能性はあると思っていたがまさかそこまで早くこの世界にたどり着いていたとは。もしかしたらこの世界の異変についても何か知っているかもしれない。これは良い誤算だ。
「じゃあこの世界がどれくらい変わっているのか」
「君たちよりは把握しているよ」
それでも十分だ。今はまだ情報が少なすぎる。
『ではあの怪物────オルフェノクについては何か分かるか?』
「生態についてなら分かったよ。でも、知らない方が良かったって思うかもしれないよ?」
『話してくれ』
オルフェノクがティアラを狙ってくるなら今後も戦うことになるのだ。どんな事実があろうとその生態については知らねばならない。ファングたちもハーラーに耳を傾ける。
「巧くんが異世界からこの世界に来たって話を覚えているかい?」
「ああ。記憶を失う前の巧の仲間の────木場と草加って奴らが異世界人なんだよな。ピピンのせいですっかり忘れてたけど」
異世界人。眉唾物だが少なくともファングは信じている。既に何度も出会っているのだから。木場たち以外にも海東と真司、そして巧と少なくとも四人の異世界人を知っている。
「オルフェノクは巧くんの世界にいたっていうのも知ってるよね」
「何となくはね。あたしたちの世界のモンスターみたいなもんでしょ?」
人の姿に化けれるモンスター。人に良く似た異種だとアリンは思っている。
「違いますよ! モンスターとは違います! 絶対に!」
「う、うん。どうしたの果林?」
「あ・・・・・・」
「果林、落ち着け」
巧の正体を知る果林は思わず身を乗り上げた。彼は果林の肩を掴んで優しく椅子に座らせる。でも、と言う彼女に巧は寂しく笑う。
「果林ちゃんの言う通り。オルフェノクはモンスターじゃないよ。オルフェノクの正体は『人間』だ。新たな人間の進化の可能性。新人類。巧くんの世界ではごく稀に死を条件に進化する人間がいる。それがオルフェノクさ」
「もしかしたらと思っていたが・・・・・・」
『やはり、か』
オルフェノクは元々人間。バーナードを見ていたことから薄々感づいていたが改めてその事実が判明したことにより彼らは動揺する。巧と果林を除いて。
「人が、怪物に?」
特にティアラは大きく動揺した。
「私はあの人たちを怪物と・・・・・・」
────消えろ、化け物
ティアラはかつて自分に石を投げた人々の顔を思い出した。オルフェノクを初めて見た時の自分の浮かべた表情は、あの時の人々の顔と同じであった。彼女の顔が青白くなる。
「おい、ティアラ。お前、何処に行く気だ?」
「少し、外の風に当たってきます」
ティアラは食堂から出ていった。ただならぬ雰囲気の彼女にファングは一抹の不安を覚える。
「ティアラ・・・・・・」
「行ってきなよ、ファングくん。オルフェノクのことは後で話すから」
「ああ、サンキュー」
ファングもティアラの後を追う。
「何処に行ったんだ、あいつ?」
◇
ティアラは向日葵荘の近くにある土手に来ていた。とにかく頭を冷やしたい。そう考えたら自然と心地のよい風が吹くここにたどり着いた。彼女は芝生に座り込む。空を見上げると空はすっかり暗くなっていた。ティアラは流れる川をぼんやりと眺める。墨のように黒くなった川の激流。それはまるで今の自分の心の中のようだ。ティアラの心は深い闇の激流に溺れていた。自分が嫌で嫌で仕方がない。彼女は死んでしまいたいとすら思った。
「私は高潔でなければならない。平和を願い、人を愛さなければ人でなくなってしまう。だから清く正しく生きなければならない」
祖母と交わした約束をティアラは呪文のように唱える。
「────それ、ばあちゃんとの約束なんだろ」
「ファングさん・・・・・・」
ティアラは目を見開く。何処にいるか知らないはずのファングがどうやって自分の居場所を突き止めたのだろう。振り向くとファングは肩で息をしていた。きっとティアラを一生懸命走り回って探したのだろう。流した汗がそれを証明している。彼はティアラの隣に座った。
「ファングさんは私のことをどこまでご存知なのですか?」
祖母との約束まで知っているとは前の世界の自分とファングは相当親しい仲だったらしい。ティアラは少しだけ未来の自分を羨ましいと思った。それなら今抱えている悩みも相談出来たのに。
「お上品ぶってるけど腹黒いお嬢様でクソ真面目。だけど世界平和のために必死に頑張っている心優しい女。それが俺の知っているティアラだ」
「そちらの私は心のお優しい方なのですね」
「今のお前も優しいと思うけどな」
ティアラは首を振る。
「私はおばあさまとの約束を破ってしまいました。オルフェノクを受け入れることが出来そうにないんです」
それがティアラが苦しむ理由なのだ。とてもじゃないが人であったはずなのに怪物そのものになったオルフェノクを愛すことなんて出来ない。傷つけられるのが恐い。殺されるのが怖い。人として当たり前に抱く恐怖。だが他の人はともかく自分だけはそれを認めてはいけない。認めてしまえばティアラに石を投げた人々と同じになってしまう。同じになってしまえば自分自身に恐怖を抱き、石を投げたことと変わらない。世界から見ればオルフェノクと自分は変わらない、その事実がティアラを苦しめる。
「いや、あんな怪物を直ぐに愛せる人間がいたらすげーだろ」
いきなり巧を受け入れられた果林やガルドはファングの言うように凄いのだ。普通はどれだけ親密な仲間であろうとその事実を受け入れるのに時間が掛かる。ましてやティアラの場合は自分を襲ってくる怪物だ。それを愛すること出来る人間がいるはずがない。
「人間同士だって今も争い続けてんだ。人間とすら分かり合えてないのに、進化した人間と分かり合える訳がねえだろ」
「それは、そうですけど」
「俺たちは傍にいる奴としか手を繋げない。離れれば離れるだけ手を繋ぐのは難しくなる」
世界中を旅していたファングはそれを痛い程痛感した。人種、言葉、肌の色。その他様々な理由で分かり合えない人々を見てきた。彼が夢見た誰もが自由に暮らせる世界とは真逆の現実だ。
「良いか? 愛することは簡単だ。だが一方的に愛しただけじゃ何も変わらない。難しいのは受け止めてもらうことだ。それだとせんせ────優しい人が永遠に苦しめられるだけだろ」
「何も変わらない・・・・・・」
何も変わらない。なら今まで自分がやってきたことは全て無意味だったのか。ティアラは目の前が真っ暗になった気がした。
「・・・・・・ファングさんは意地悪です。私を全て否定して、私は明日からどうやって生きていけば良いのですか?」
「俺はお前を否定する気はねえよ」
ファングは自分の手のひらを見つめる。
「遠く離れた奴がお前に向けて手を伸ばしているならお前はどうする?」
「手を、伸ばします」
「だろ? それで良いんだ」
手を伸ばす? ティアラは首を傾げる。
「お前が平和を願い、誰かを愛する気持ちを諦めない限り、その気持ちに答える奴は必ずいる。そしたらお前の気持ちに答えた次の人がまた誰かにその気持ちを伝える。そうやって一人一人、確実に分かり合っていけば良いんだ」
嫌な思いを何度もした。ファングは旅の記憶を思い出す。まだ巧と出会う前の記憶だ。子どもの妖聖を救うために自由を奪い取った民族に襲われたことがあった。フラりと立ち寄った街で大切な物を失いかけたことがあった。妖聖研究家によって支配された気味の悪い村で酷い目に遭ったこともある。でも旅をしてきたことは無駄ではなかった。だって皆に出会えたのだから。こうして今の仲間と出会えたこと、それだけで今までの悲劇にお釣りが来るくらいの喜びを彼は手に入れたのだ。
「お前は神じゃないんだ。無理して全ての人間と手を繋ぐ必要はない。昼間に言ったよな、ティアラはティアラだって。お前はお前にしかなれねえんだ。世界平和なんて大層な願いは女神に任しとけ。お前は自分が届く範囲の人を救うことだけ考えてろ」
そうだ。忘れていた。自分一人ではどうしようもないから女神を復活させようと思ったのだ。なのにいつの間にか自分の手で世界を平和にする気になっていた。ティアラは憑き物が晴れた気がする。自分自身の血に囚われすぎていたのかもしれない。大好きだった祖母はきっと使命感ではなく優しい気持ちで平和を願い、誰かを愛せる娘になってほしいと思ってティアラと約束したのだ。彼女はそうなりたいな、と思った。
「・・・・・・ファングさん、帰りましょう」
「もう大丈夫なのか?」
返答はしない。ティアラはただ笑顔を浮かべた。大丈夫そうだな、ファングは立ち上がる。
「ほら、掴まれ」
ファングは手を差し出した。
「ありがとうございます」
その手を掴んでティアラは立ち上がった。
────闇の激流の中。溺れるティアラは必死になって手を伸ばした。やがてその手を掴む者がいた。食いしん坊でバカで無愛想だけど優しい青年が彼女を闇の中から引き上げる。眩い光が彼女を暖かく包み込んだ。そこにはファングやアリン、巧たちがいた。
「こうしてファングさんの手を繋げるようになったんです。きっとオルフェノクとも手を取り合える日が来ますわ」
「ああ、北崎みたいな奴らがいるならオルフェノクともきっと分かり合えるさ」
空を見上げた。綺麗な月がティアラを照らす。彼女は微笑みを浮かべ、祈る。
「世界中の人が幸せになれますように」
巧がカキ氷を好きなのも果林がカキ氷を好きなのもきちんとした公式設定です。巧はカキ氷を異形の花々で喜んで食べてるシーンがあります。甘い物が実は大好きなたっくんなんか可愛いですね(笑)