時を戻せたなら。漫然と思う人間は少なくない。後悔先に立たず。済んでしまった過去は変えることが出来ない。誰かを失った、誰かを傷つけた、自分が傷ついた、伝えたかった想いが伝えられなかった。取り返しがつかないことが起きてしまった時。人は胸の奥底で願う。時を戻せたなら、と。
もし、本当に時が戻り。
剣と共に生きた彼を救うことが出来たなら。
深き悲しみに包まれた彼女の心も救うことになるのだろうか。
◇
ゼルウィンズの片隅にある住宅街。そこに彼はいた。北崎。人間であり、サイガであり、オルフェノクである少年。彼はある少女の家へと向かっていた。約束の時間には間に合わなかったな。北崎は空を見上げる。満月。爛々と満月が輝いていた。今日は月が綺麗だ。
彼はその家の前で足を止めた。和風造りで木造建築の大きな家。洋風の家ばかりなこの世界では珍しい家だ。日本にいた頃を思い出す。北崎は懐かしい思いを感じた。その家に彼をを待ち望んでいる少女がいる。北崎は笑顔を浮かべると呼び鈴を鳴らした。はーい、と可愛らしい彼女の声が家の中から聞こえる。北崎はより笑みを深めた。
「北崎くん、遅いよ」
「エミリちゃん、ごめんね。思ったより仕事が長引いちゃった」
エミリ。アポローネスの妹。前の世界では北崎と親密な仲だった少女。北崎はその彼女と本日家で食事を同席する約束をしていた。
「さ、上がって。夕飯作っておいたから」
「うん、ありがと。ちょうどお腹がすいてたんだー」
一人暮らしをしているだけはある。エミリの料理の腕は相当のものだ。ちゃぶ台の上に並べられた和食のフルコースに北崎は目を輝かす。いただきます。彼は並べられた料理を口にする。
「うん、おいしいよ!」
「口に合わなかったらどうしようって思ってた。良かったー」
「こんなに美味しいなら僕何回でも食べれちゃうな」
「ふふ、お世辞でも嬉しいな」
お世辞などではない。エミリにとっては初めてかもしれない。だが北崎は何度も彼女の料理を口にしていた。過去に戻る前に。
「・・・・・・あの日のことずっとお礼がしたかったんだ」
「ん?」
「私が初めて北崎くんと会った日のことだよ。悪い人たちから私を助けてくれたよね」
北崎はエミリと初めて会った日のことを思い出す。サイガのベルトを盗もうとして逆に捕らえられた海東。彼を逃すために冴子と決別した後のことだ。行く宛もなく気ままに街をさ迷っていた北崎は不良に絡まれるエミリを見つけた。暇だったから、ちょっと好みのタイプだったから、暴れたかったから。理由は覚えていないが何の気まぐれか彼は不良を追い払いエミリを助けた。紆余曲折。様々な過程を踏まえた結果北崎はここにいる。
「お礼なんていらないよ」
「ううん。兄さんのお守りを作るために手伝ってくれたでしょ」
「そんなこともあったねえ」
妖聖の花。どんな怪我でも一瞬にして治す万能傷薬の材料になる花。以前の世界ではその希少性に海東が盗もうとしてしたこともある貴重な花だ。それを採取するには危険なモンスターが群生するルドケー溶鉱炉に行かなければならない。北崎はこれまた偶々エミリに協力した。彼女の護衛を買って出たのだ。
「だから本当に北崎くんには感謝してるんだ」
「良いって良いって。代わりに就職先が見つかったからさ」
「私、ただドルファの名前を教えただけなんだけど」
ドルファ総帥花形の懐刀。北崎がその立場にいるのは彼の能力所以だ。だがドルファの存在を知ったのはエミリが勧めてくれたから。もし彼女からドルファについて聞かされていなかったら。北崎はそのままエフォールのような裏稼業に手を出していたかもしれない。いや、気ままな彼は自分から就職先など探さない。間違いなくそうなっていただろう。
「それよりも僕が君に何かお礼をしたいんだ。何かない?」
「え、い、良いよ」
「遠慮しないでよ」
「でも・・・・・・」
こういう所が過去に戻った弊害だな、北崎は苦笑する。前の世界ならお礼なんて気軽に出来たのに。この世界では二人は出会ったばかりで、何をするのにも気を使う。まだまだ互いの距離感が分からない頃だ。そうか、エミリとの関係もリセットされたのか。彼は少しだけ胸が苦しくなった。
「じゃあ約束して、北崎くん。これからもお腹が空いたらいつでも遊びに来て良いから・・・・・・お兄ちゃ────兄さんを守ってあげて」
「・・・・・・うん、任せて。約束するよ」
エミリは世界がどう変わっても変わらないな。前の世界でも北崎に同じ約束を彼女はしている。もっともその約束は知っての通り守ることが出来なかったが。やはりエミリはアポローネスのことが大切なのだな。北崎は複雑な表情になる。
「北崎くん、泊まっていかなくて本当に大丈夫?」
「大丈夫、僕は最強だからね」
「なにそれ、ふふ」
一緒に食事をしただけでもアポローネスは北崎に激怒するだろう。更に泊まったりすれば間違いなく死闘が起きる。
「アポローネスくんを守って、か」
このまま歴史が繰り返されるのならアポローネスは間違いなく死ぬ。ローズオルフェノクすら容易く葬るファングに勝つことは不可能だ。最強である自分だって正面から戦えばただでは済まないだろう。もしあの時のようにアポローネスがファングと戦うなら間違いなく彼は負ける。ならどうすればアポローネスを救うことが出来る。どうすればエミリを悲しませないで済む。悩んだところで答えは出ない。だけど北崎は約束をした。してしまった。手段は選んでいられない。
「・・・・・・僕はエミリちゃんを絶対に幸せにしてみせる。そう約束したんだ」
そのためなら何だってする。この手は既に汚れているのだから。
◇
「ファングさんは人間なんですか?」
ある日の朝食時。いつものように遅起きのファングが一人朝食を食べているとティアラが言った。
「は? 何言ってんだ、お前?」
あまりに唐突すぎる質問に呆れた目線を送る。知っての通りファングはフェンサーであること以外はただの人間だ。巧や北崎のようにオルフェノクでも、剣崎のようにアンデットでも、バーナードのように邪神の末裔でもない。正真正銘ただの人間。怪物に変身したりはしない。
「複数のフューリーと融合したり、謎の力に目覚めてフューリーフォームが進化する人なんて見たことがありませんわ」
そんなに珍しいことなのだろうか。ファングは腕を組んで考えた。前者にはザンクというもう一人の例がある。だが後者は神に選ばれたファングにしか出来ないだろう。言われてみれば神に選ばれるという時点でおかしい気がする。ひょっとしたら本当に自分はただの人間ではないのかもしれない。
「あ、それ私も気になってたんだよね。ね、ファングくん。ちょっとお姉さんとイイコトしない?」
「断る。絶対に実験かなんかで俺をモルモットにするだろ」
「もるもっとですめばいいね」
冷たい声のキョーコにファングは背筋が冷たくなる。そういえばハーラーに会ったその日からキョーコは彼女に弄ばれ続けていた。あんなことをされるなんてお断りだ。
「もしかしたら本当に勇者なんじゃねーか?」
「冗談はよせ。この男が勇者なら世界は滅びてしまうだろう。せいぜい愚者がお似合いだ、はっはっは」
「ブレイズ、後で覚えとけよ」
勝手な言いようにファングは青筋を立てる。
「女神の一部であるあたしのパートナーなんだからファングにも何かがあるのは確かね」
「ファングに何があんだよ」
「そこまでは、まだわかんない。でもきっと何かがある。それだけは分かるわ」
その何かとは一体なんなのだろう。二つの神に選ばれる人間に隠された秘密とは。考えるだけで頭が痛くなりそうだ。
「何か、ねえ。俺様は確かにイケメンで天才だがそれ以外はただの人間だぜ」
「は、バカでアホで食いしん坊のただの人間の間違いだろ」
「黙れ、猫舌たっくんのくせに」
「うるせーな! 猫舌で何がわりいんだよ!? なんか迷惑かけたか!」
禁句を言われた巧は激怒する。ファングと彼は取っ組み合いの喧嘩を始めた。
「お二人は放っておくとして。今日はどこに行きましょうか」
「そうですわね。ロロさんも最近はあまり情報が手に入らないようですし、またファングさんたちの記憶を頼りに探すしかないでしょう」
二人を尻目にティアラたちは本日の予定について計画を始める。
「私、仲間になったの結構後だから分かんない」
「ちょっと待って、エフォール。今思い出すから。えっと、カダカス氷窟の次は確か・・・・・・キダナル地域ね」
キダナル地域の戦いはあまり思い出したくはない。目の前で皮膚を突き破り、グナーダと化した人の姿は今でも忘れられない。ちょっとしたトラウマになっていた。アリンがオルフェノクを苦手とするのもその時の彼らの姿が脳裏を過るからだ。
「残念だけどあそこのフューリーはもう回収されているよ。多分、ドルファに先を越されたんだろうね」
「え、なんでハーラーがそんなこと知ってるの?」
「私は皆よりこの世界に早く着いているからね。色々情報は入っているよ」
だったら最初から教えなさいよ。アリンは思わず突っ込む。
「いや、ごめんごめん。私は君たちが以前の世界ではキダナル地域に行っていたって知らなかったからさ。既に回収されたフューリーの場所はわざわざ教える必要なんてないかな、って思ったんだよ」
「相変わらずあんたはいい加減ね。危うく無駄足踏むとこだったわ」
「だからオレは話しとけと言ったんだ。反省しろ、ハーラー」
もう少し互いの情報を再確認するべきかもしれない。特に皆より一足早くこの世界に来ているハーラーは耳寄りな情報を持っている可能性がある。
「ではハーラーさん。フューリーの情報について何か存じてませんか?」
「それなら一つ研究者の仲間から噂を小耳にしたよ。でも、これはファングくんにはあまりオススメしたくないんだよね」
「俺?」
「いててて!」
ファングは関節技をかけていた腕を巧から離して目を丸くする。
「ザワザ平野にフューリーがあるんだって。どうやらあそこはまだフューリーを回収されてないらしいよ」
「・・・・・・ザワザ平野ってことは」
「うん、アポローネスが回収に向かっているらしい」
アポローネス。ファングが殺した男。あの人を斬った生々しい感触は今でも残っている。前の世界では彼をこの手で殺したことで悲劇が生まれた。エミリ。アポローネスの死で一人の少女が深き悲しみに囚われた。『一生あなたを恨み続けます』あの時彼女がファングに投げ掛けた言葉は今でも呪いのように深く胸に刻み込まれている。ザワザ平野の戦いは徐々に失われていく過去の中でも決して忘れられないものだ。
「で、どうすんだ。行くのか、行かないのか。・・・・・・お前はまたアポローネスを斬れるのか?」
「行くに決まってんだろ。だがアポローネスは斬らねえ」
え?とファングとティアラ以外の全員が目を見開く。
『・・・・・・どういう意味だ』
「俺はガルドの時みたいにアポローネスを仲間にするつもりだ。前みたいにアイツを斬っちまったら過去に戻った意味がねえ」
「む、無茶よ!? アイツが改心すると思う!?」
ファングはポケットからエミリのお守りを取り出した。以前、彼からエミリについて聞かされていたアリンはあ、と目を丸くした。
「もうこれ以上誰かの涙は見たくねえ。俺の剣は人を守るためにあるんだ。殺すためじゃない。だから無理だろうとなんだろうと絶対に仲間にしてやる。力づくでもな。俺様がアイツの腐った信念を叩き直す」
『本当に出来ると思うのか』
「思いつきだ。保証はねえよ。でも、俺は運命と戦うって決めたんだ。どんな絶望的な運命もこの手で切り開いてやるよ」
自分の師である剣崎だって人類の敵であるジョーカーアンデットと仲間に、友になれたのだ。こんなところで諦めたのでは剣崎に笑われてしまう。運命と戦って勝て。そう約束したばかりなのに早々に諦めてたまるか。ここで諦めているようではティアラを救える訳がないのだから。ファングの決心にアリンはフッと笑った。
「分かったわ。あんたを信じる。あたしはどこまでもついて行くわ」
「おう」
ファングも笑った。
『もとより俺もお前についていく気だ』
『わたしもー!』
「状況はよく分からないのですけど、ファングさんならきっと出来ますわ」
「うん、ファングはファングだから。大丈夫」
「ええ。私たちを仲間にするくらいですから」
「少なくともザンクくんよりはアポローネスくんを仲間にする方が可能性は高いと思うよ」
「お前さんなら心配はないな」
「見せてくれよ。天才でイケメンでただの人間の意地ってヤツを」
彼らもファングを信じる。何度も彼が苦難を乗り越えた姿を見てきたのだ。今さらファングを止めたりする者はここにはいない。
「よし、お前らザワザ平野に出発だ!」
「「おー!」」
◇
「着いたな。ちゃっちゃとアポローネスを仲間にしておっさんの手料理だ」
ザワザ平野にファング一行はたどり着いた。今回は歴史に変化がなかったのだろうか。ここまでイレギュラーは起きていない。だが裏を返せばいつイレギュラーが起きてもおかしくない。ただでさえ歴史の通りに進んでもアポローネス、ザンク、北崎の三人と戦う可能性があるのだ。単純な戦力で考えればこのザワザ平野が一番凶悪である。気を引き締めなくてはならない。
「おう。なにが食いたいんだ?」
「どうすっかなあ。やっぱハンバーグかな。いやオムライスも捨てがたい」
「おいおい、ガキの食いもんじゃねえか。もっと作りがいのあるものにしろよ」
ファングは意外と子供舌だ。バハスが苦笑する。
「キノコとチーズのリゾットが良いですわ」
「止めとけ、あんなべちょべちょして熱いもん。大人しく冷やし中華にしとけ」
「ただ単に乾さんが苦手なだけですよね」
知っての通り巧は猫舌だ。熱々のリゾットなんて食べれる訳がない。ファングは意地悪く笑う。
「今回は兵士が襲ってこないな。エフォール、ヤツらの気配は感じるか?」
「分かんない。多分、大丈夫だと思う」
「お前が分からないなら仕方がないな。一先ずアポローネスの所に行こうぜ」
歩き出したファングの後ろに巧たちは続く。
「でも、どうしてアポローネスを仲間にしようと思ったの? 別に殺さないだけなら仲間にする必要はないわよね」
「・・・・・・お前、覚えてないのか?」
「えっ?」
ファングは目を丸くした。てっきりあの時の会話を覚えていたから真っ先に賛成したと思ったのだが。
「お前が言ったんだぞ。アポローネスは生きていれば誰かを殺し続ける。それを止めるには仲間にするしかないってな」
『そういえばそんなこともいってたね』
「あたしの言ってたこと覚えてくれてたの?」
当たり前だ。ファングは頷く。パートナーであるアリンとの思い出を忘れるはずがなかった。
「へー」
確かな信頼を感じ、少しだけアリンは機嫌をよくする。
「・・・・・・いない」
「どうしましたか、エフォール?」
エフォールは周囲をキョロキョロと見渡す。
「ザンクいないか探してた」
「あの時はシャルマンを追ってたんだろ。この世界ではガルドが斬られてねえからアイツがいる理由もないんじゃないか?」
「あ、そっか」
そうなるとシャルマンとの合流は遅くなりそうだ。しかも彼は過去に戻って来れてるのかも分からない。下手をすればこの世界では仲間にならないかもしれない。巧は過去の変化に気づく。
「じゃあ、シャルマン様とはまだ会えないのね」
「いてもいなくても変わんねえよ。ほとんど期間限定の仲間だったろ。下手すればマリアノのがまだ顔を合わした数多いぞ」
『たしかに』
『一理ある』
「なによ、散々助けられた癖に」
露骨にテンションが下がるアリンにファングは少しだけムッとした。
「誰なのですか、そのシャルマンさんという人は?」
「そっか。ティアラは覚えてないのか。えっとねえ、シャルマン様はそれはそれは見目麗しい愛と正義のフェンサーなの! 繊細で優しく、それでいて誰よりも強く・・・・・・その唇からは詩のように美しい言葉が、その指先からは美しい旋律が生まれる・・・・・・まさに乙女の理想。白馬の王子様よ!」
シャルマンを知らないティアラにアリンは懇切丁寧に説明する。目を輝かして。
「け、アホらしい」
「要するにファングさんと真逆の人ということですね」
「そう! ファングとは大違いなの!」
「はいはい、もう聞き飽きたぜ。そういう台詞は」
毎度毎度一々比較されてはたまったものではない。ファングはシャルマンとは異なる一人の人間だ。確かにシャルマンは絵に描いたような完璧超人かもしれない。だがファングにはファングで良いところがある。無論、アリンとてそれは重々理解している。だが言われているファングからしたらあまりいい気分にはならない。
「アリンもあんまりシャルマンに夢見ねえ方が良いぞ。ああいう一見完璧な優等生に限って何か企んでるパターンはよくあるからな」
「それ乾くんの経験則かい?」
「・・・・・・まあな」
前の世界、ティアラが死ぬ前日。シャルマンは何かを彼女にしようとしていた。巧はそれを目撃している。人の本質を見るという指輪。仲間を疑いたくはないがそれがティアラの死に関係しているのではないかと巧は考えていた。
「別に夢なんて見てないわよ。・・・・・・それにあたしが好きなのは────だし」
「ん? アリン、今なんか言ったか?」
「なんでもないわよ!」
アリンは仄かに顔を赤くする。
「さてここまで着いた訳だが。お前ら準備は出来てるか?」
ザワザ平野の最深部に到達したファングは振り返る。今回はドルファの兵士と交戦していない。だがそれでも普段のダンジョンと同じく危険なモンスターが数多く生息するのは変わらない。まとめ役であるファングは皆の状態について把握しなくてはならない。一先ずモンスターのいない安全地帯で休憩をとる。
「もちろん、体力も魔力も回復させましたわ」
「私は平気。乾くん、大丈夫かい? 一人だけ生身でモンスターと戦ってるよね」
「俺は問題ねえよ、モンスターとはそんな戦ってねえし。今日は変身してないからな。それよりエフォールはどうなんだ? お前一番前に出てたろ」
「ううん、私も大丈夫」
全員準備は万端だ。既にアポローネスと戦う覚悟は出来ている。
「よし、行くぞ」
ファングたちは奥へと進む。その先にはやはり彼がいた。剣を構え、無言で佇むその姿はあの時と変わらない。
「アポローネス!」
「ほお。久しぶりだな、ファング」
アポローネスはファングに剣を向けた。好敵手との思わぬ再会に彼はニヤリと笑う。突き刺さる強烈な殺気にファングは思わず両手を前に出す。
「待て待て待て待て! ちょっと待った!」
「どうした、怖じ気づいたか?」
「誰が怖じ気づくか! いいか良く聞け。お前はどうやってもこの俺には勝てない」
「なんだと?」
目を見開いたアポローネスは不意打ち気味に斬撃を放った。ファングは難なくそれを受け止める。以前の彼ならこの一撃で倒れていたかもしれない。だが様々な強敵を撃破してきた今のファングなら受け止めることなど造作もなかった。あの濃密な数ヶ月間の経験は剣に全てを捧げたアポローネスをも上回る。
「・・・・・・絶対にな」
「ふむ、貴様の言っていることもあながち嘘でもなさそうだな」
「だろ。だから大人しく負けを認めろ。そして俺様の仲間になれ」
実力の差は見せた。だがアポローネスは剣を下ろさない。
「仲間、だと? 断る。・・・・・・貴様にも剣士のプライドがあるなら分かるだろう。私がここで負けを認めると思うか?」
「思ってねえよ」
ファングはブレイズの剣をアポローネスに放り投げた。彼は僅かに目を見開き、それを受け止める。ファングはキョーコの剣を抜いた。
「・・・・・・どういうつもりだ」
「あんたは剣士なんだろ。だったらフェンサーじゃなくて剣士として俺と戦え」
「なに?」
今のファングはアポローネスより強い。だがそれはフェンサーとしてである。当たり前だ。あの強化されたフューリーフォームを使えば誰であろうと圧倒出来るだろう。それこそ勝てないのは神々という超越した次元の存在くらいだ。だがそれほど離れたアポローネスとの差も純粋な剣の実力ではまだ僅差の差しかない。どちらが上か分からない程の。
「ふ、面白い。だが後悔しても知らんぞ」
「後悔すんのはあんただ」
二人は静かに剣を構えた。
「ファングさんは何を考えているんですか!?」
「知らねえよ!」
「ファング、勝てるよね?」
「きっとファングさんなら大丈夫ですよ」
ティアラたちは自ら敗北のリスクを高めるファングに困惑していた。
「アリンちゃん、良かったの?」
「うん、あいつが勝つって信じてるから。だってファングはこのあたしのパートナーよ」
アリンは二人の戦いを見守る。その顔に不安の色は一切なかった。
「いくぞ」
「来い!」
ファングは剣を両手に駆け出す。対してアポローネスは静かに構える。迎え撃つ気だ。彼が間合いに入るとアポローネスは剣を横薙ぎに払う。ファングは垂直に剣を振り下ろした。力負け。垂直に振った方が力が強いにも関わらずファングはアポローネスに力負けした。大きく仰け反ったファングにアポローネスは剣を振る。不安定な耐性からその斬撃を辛うじて受け止めた彼は大きく弾き飛ばされる。ファングは地面に剣を突き刺して勢いを殺す。隙の出来た彼にダッシュで接近したアポローネスにファングは蹴りを放った。剣の腹で受け止められる。
(やっぱつええ!)
びしびしと突き刺さる殺意にファングは冷や汗を流す。強者と戦うことは何度もあった。その中でも頂点に君臨する剣崎よりも今のアポローネスは強いかもしれない。無論、実力は数千年を生きている剣崎の方が上だ。だが彼は決して殺す気でファングと戦ったりはしない。あの時ですら剣崎には殺意がなかった。殺意の有無は戦いにおいて最も重要だ。実力はほぼ同等のはずのファングがアポローネスに圧倒されているのがその証明だ。彼はアポローネスを殺す気はない。だがアポローネスはファングを殺す気だ。その差は実力以上に大きい。
「本気を出せ。出さないと死ぬぞ」
獰猛な笑みをアポローネスは浮かべる。彼は無数の斬撃を不規則なテンポで放つ。ロブスターオルフェノクの高速突きを受け止めるファングでも、タイミングが計れない攻撃を防御するのは難しい。確実に彼は追い込まれる。
「ファング!」
「待ちなさい!」
思わず援護に入ろうとしたエフォールをアリンが止める。
「お願い。ファングを信じて・・・・・・!」
「アリン・・・・・・」
パートナーであるアリンに止められては素直に諦めるしかない。エフォールはファングの勝利を彼女のように信じる。
「・・・・・・あんたはどうして剣の道を進んだ?」
「決まっているだろう。剣を極め、この理由のない悪意に満ちた世界から解放されるためだ」
「悪意、ね」
二人の剣が交差する。体格の差でアポローネスが僅かにファングを押す。
「所詮この世は弱肉強食。強者が生き、弱者が虐げられる。絶え間なく続く闘争の輪廻から解放されるには強者になるしかない。全てを投げ捨ててもだ」
「ふざけるなよ! そこには何も残らねえだろ!」
ファングは剣を蹴りで強引に押し込んだ。重心が掛かり、アポローネスは後退した。ファングは懐に潜り込むと彼に突きを放つ。アポローネスは剣をその手で掴むと矛先を真下に反らした。地面に剣が突き刺さり、無防備になったファングの腹に横払いの一撃が迫った。不味い。咄嗟に彼は剣を支点に飛び上がる。アポローネスの剣が空振る。だがそこで体勢が崩れるほど彼は未熟ではない。直ぐ様追撃の斬撃を放った。だがその攻撃が当たるよりも早くファングの無数の蹴りがアポローネスの顔面に直撃する。彼はこれに耐えきれず大きく転がる。
「あんたが強者になりたいのは守りたい家族がいるからだろ!?」
「・・・・・・何が言いたい。我が身内は剣のみだ」
「嘘をつくんじゃねえ! 悪意から解放させたいのだって自分じゃなくて家族なんだろ!?」
立ち上がろうとしたアポローネスにファングは剣を振る。彼はそれを受け止めた。
「貴様に何が分かる・・・・・・!」
「分かるさ。俺だって色々な悪意を見てきた。嫌になるほど。辛くて辛くて嫌になって。叫びそうになった。故郷では怪物ってだけで恩人に石を投げた奴らがいた。守りたいと思った大切な人は誰かの悪意に傷つけられて俺の手の中で死んだ」
「・・・・・・!」
自分よりも若い青年がそこまで過酷な経験をしてきたのか。アポローネスは驚愕する。
「だけどその大切な人と約束したんだ。運命を、世界を変えるって。だから俺は誰よりも強くなる。強くなってそいつを悪意から救いだす!」
「誰よりも、強く」
何故自分が剣士になろうと思ったのか。アポローネスは思い出した。家族を、エミリを守るために剣士になったのだ。両親を亡くした兄妹が生きていくにはこの世界はあまりに過酷で、そして残酷なものだった。ちっぽけな少年だった当時のアポローネスが出来ることなど限られていた。活かせるものは剣の腕くらい。だが剣を使う仕事などまともなものではない。それがどうした。愛すべき妹のためなら汚れ仕事だろうと何だろうとやってやる。彼がドルファに忠誠を誓ったのはエミリを守るためだ。なのに一番大切なことを忘れていた。
「・・・・・・ファング。私の覚悟と信念を聞いてくれ」
「ああ、構わねえよ」
「私には妹がいる。とても可愛く料理上手で。将来は間違いなく美人になる自慢の妹。一度泣いてしまえばずっと泣き続ける泣き虫な妹。私の覚悟と信念は、そんな妹を守ることだ!」
アポローネスの剣にファングは弾き飛ばされた。なんて力だ。まだ彼はこんな力を隠し持っていたのか。だがファングはニヤリと笑う。
「はは、面白くなってきたじゃねーか! よし、アポローネス! 俺の覚悟と信念も聞け!」
「良いだろう」
「世界を敵に回しても守りたいと思った人がいる。かけがえのないパートナーがいる。一緒に悲劇を変えるために戦う仲間がいる。俺の信念は、覚悟はそいつらのために運命も未来も変えることだ!」
二人の激しい打ち合いが始まる。ファングが首を狙った斬撃を放てば、それを避けたアポローネスは心臓を狙って突きを放つ。後ろに跳んで回避し、隙の出来たファングにアポローネスは剣を振り下ろした。ファングはそれを難なく受け止める。アポローネスの剣を弾くとファングは横薙ぎに剣を払う。回避が間に合わずアポローネスの右腕から血が流れた。
『ちょっと! ファング!?』
『貴様、本気か!?』
先ほどまでとはうって変わってファングの攻撃には殺意が籠っていた。まさかアポローネスを殺す気か。二人の武器として使われている妖聖は驚愕する。
「ああ、こいつには俺の本気を出したくなった!」
「隙あり!」
「あ、汚ねえぞ!」
不意打ち。ブレイズたちとの会話に気を取られたファングにアポローネスの剣が迫る。彼は慌てて顔を反らす。だが回避が間に合わず、僅かに頬が切れる。鮮血が舞う。
「きゃあ!」
飛び散る鮮血にティアラが口を押さえて悲鳴を上げる。
「おいおい、丸く収まったと思ったのになんでアイツら本気で殺しあってんだよ」
「でも、なんだかファングくん」
「楽しそうですね」
先ほどまで鬼気迫る表情で戦っていたファング。だが今は生き生きとしている。それはアポローネスもだ。今の彼はとても穏やかな顔で戦っている。
「ちょっとファング! 負けたら承知しないわよ!」
「頑張れ、ファング!」
アリンとエフォールの声援にファングは力強く頷く。
「ふ、貴様には良い仲間がいるようだな」
「あんたにも良い仲間はいるだろ。マリアノに北崎、それにザンク。全員良い仲間だろ?」
「・・・・・・ああ!」
ファングとアポローネスの戦いは終わりへと近づいていた。互いに疲労が重なり、肩で息をしている。これ以上戦闘を続けるのは厳しそうだ。二人は静かに剣を構える。
「次の一撃で終わりにしようぜ」
「良いだろう。我が魂の全てをこの一撃に込める」
ファングとアポローネスは互いに向かって駆け出す。
「ファングさん、勝って!」
────勝ちなさい、ファングさん!
目の前にいるティアラと胸の内から聞こえる彼女の声援にファングは笑みを浮かべた。アポローネスは目を開く。彼の背後に一人の少女が見えた気がしたからだ。
「ウェェェェイ!」
「ハァァァァァ!」
ファングとアポローネスが交差する。────一閃。
「ぐっ!」
ファングの肩から大量の血が流れる。彼は片膝をつく。
「ファング! 大丈夫か!?」
「嘘! ファングが、負けた?」
「そんな・・・・・・!?」
「違う、ファングの勝ち」
満身創痍になったファングに巧たちは駆け寄る。誰もが彼の敗北をイメージする中、ただ一人エフォールだけはファングの勝利を確信していた。この中ではフェンサーとしての実力がずば抜けている彼女だけが二人の決着をきちんと見極めることが出来た。エフォールの言葉に巧たちの視線がアポローネスに向く。だが彼は無傷のように見える。いや、ファングが無傷になるようにしたのだ。
「ふ、峰打ちか。・・・・・・見事だ。私の、負けだ」
アポローネスは静かに崩れ落ちた。
◇
「起きろ、アポローネス」
頭に響く声にアポローネスは静かに目を開く。
「う、うう。そうか、私は負けたのか」
完敗だ。殺意を出していたのは結局アポローネスだけでファングは彼を生かすことしか考えていない。にも関わらずアポローネスは負けた。実力差を認めるしかない。自分はファングに勝つことは出来ないと。彼は周囲を見渡す。ファングたちが目の前にいた。
「まだ身体は痛みますか? 治療は施したのですけど」
「・・・・・・殺せ」
「え?」
せっかく傷を治したのにいきなりそんなことを言われたティアラは目を見開く。
「全てを投げ捨てても貴様に負けた。全てを取り戻しても貴様に負けた。私の剣士としての誇りは殺されたも同然だ。だから殺してくれ」
「お前、まさか記憶が・・・・・・!?」
「ああ。どういう訳か比喩ではなくこの世界は輪廻の中にあるようだな」
過去の記憶を取り戻したアポローネスにファングは驚く。
「だったら何でまた死のうなんて言うんだよ!?」
「二度も情けをかけられた。こんな屈辱は初めてだ」
「は、二度? 俺はあんたを一度殺したはずだぞ」
「あの時も貴様は私に情けをかけた。気づいていないのだろうがな」
アポローネスは死の間際について語った。
「・・・・・・だからって直接的な原因は俺だろ」
「だが死の原因は私が無茶なフューリーフォームを使ったことだ。貴様に殺された訳ではない。さあ、今度こそ私を殺すのだ」
「あんた頭固いのよ! 誇りだのなんだの。あんたが死んで喜ぶ奴なんて誰もいないっていい加減気づきなさいよ!」
アリンは剣士ではない。だからこうして口を出すのは間違っているのかもしれない。でもアポローネスのことを大切に思っている家族がいるのに誇りのために死ぬなんて間違っている。家族と誇り、どちらが大切なのか。そんなの家族に決まっている。
「黙れ! 私は多くの人間をこの手で殺した。数えきれない恨みを背負ったこの私が輝かしい未来の待っているあの娘の元に帰れるはずがないだろう!?」
「アポローネス・・・・・・」
「さあ、殺せ。私は自分の命を持ってしてこの闘争の輪廻を終わらせる」
アポローネスは本当にエミリを忘れていた訳ではなかった。会わす顔がないから。復讐の連鎖に彼女を巻き込む訳にはいかないから。だからエミリのことを忘れようと自分に言い聞かせていたのだ。
「────その覚悟、見事だよ」
ファングはその男の登場に目を見開く。そうだ。確かに過去の変化でザンクはザワザ平野に来なくなった。だが彼はいてもおかしくない。この頃の彼は願いを叶えるためにフューリーを集めているのだから。
「シャルマン!」
シャルマン。ファングのかつての仲間。思わぬ形で彼が登場したことにファングたちは皆、驚く。唯一ティアラの死の現場にいなかった彼は自分たちのように記憶が残っているのだろうか。どこか様子が変だ。
「君、死にたいんだってね」
「おい、やめろ。お前、何を考えてる」
剣を構え、幽鬼のように近づくシャルマンにファングは困惑する。
「決まっているじゃないですか。僕が彼の魂を救ってあげるんですよ」
「っ! シャルマンを止めろ!」
「分かった・・・・・・!」
異様な雰囲気で接近するシャルマンをエフォールが止めに入る。彼女の鎌がシャルマンに迫る。止まらなければ当たる。誰もがそう確信したが────
『You look in silence(あんたは黙って見ていな)』
────突如現れたオルフェノクの槍がその一撃を止めた。獅子を彷彿とさせるその者の名は────ライオンオルフェノク。とある世界で獅子の名を持つ男が変身したオルフェノクだ。
「きゃあ!」
エフォールはライオンオルフェノクの槍に吹き飛ばされた。
「エフォール!」
────555
────standing by
『させないわ』
「お前はっ! ぐっ!?」
変身しようとした巧をロブスターオルフェノクが殴り飛ばした。
「巧、エフォール!」
『シャルマン様、どうしてオルフェノクなんかと組んでるの!?』
「・・・・・・何を企んでやがる」
ファングは剣を構える。目の前にいるシャルマン・・・・・・敵を見据えて。
「何も企んでなんていないさ。彼はこの世界にとって害悪なんだ。だから排除するまでさ」
「・・・・・・それを裁く権利は俺たちにはねえだろ!」
「あるんだよ、この僕にはね。この世から悪に染まった欠陥品を全て排除し、清らかな世界にする使命が。彼らはその使命に賛同してくれた協力者だ」
「な、なんて傲慢な人」
ティアラは初めて会うシャルマンの異常さに恐怖する。確かに彼女にも悪を許せぬ心はある。だが悪に染まった人にだってやり直すチャンスがあるのだ。エフォールやアポローネスのように。勝手な正義感で悪人を殺す権利は人間にはない。罪を憎んで人を憎まず。それがティアラの信条だ。だがシャルマンは彼女とはまるで逆だった。悪であるなら即殺す。どうやったらそんな思考になるのかさっぱり分からない。
「そんな悲しいことを言わないでください。僕が甘さを捨てられたのはあなたのおかげなんですよ、ティアラさん」
「・・・・・・?」
「僕はもう何にも惑わされない。僕から家族を奪った邪神を・・・・・・悪を、僕は決して許さない」
「まさか、お前がティアラを!?」
殺したのか。ファングはシャルマンに斬りかかる。気になることは山ほどある。だが話しは一先ず彼を無力化させてからだ。だがファングの剣もまた誰かに阻まれた。
『おっと俺たちの大将をやらせる訳にはいかねえよなあ?』
「くそ、邪魔すんじゃねえ!」
バットオルフェノク。彼の二つの鎌がファングの剣を止めていた。ファイズと二人の上級オルフェノクを圧倒した隠れた実力者を前に流石のファングも迂闊に動くことが出来ない。
「アポローネス、逃げろ! ソイツは本気でお前を殺す気だ!」
「・・・・・・ふ」
「アポローネス!?」
シャルマンの剣の切っ先がアポローネスに向けられる。だが彼は静かに死の運命を受け入れようとしていた。
「何か言い残したことはありますか?」
「エミリ、幸せになってくれ」
「伝えておきましょう。あなたの妹に罪はない」
「やめろぉぉぉぉぉぉ!」
シャルマンの凶刃がアポローネスに振り下ろされた。
『────だーかーらー、それは自分で伝えなよ』
だがアポローネスにその凶刃が届くことはなかった。
『ファングくん、これで貸し二つ目だからね』
ドラゴンオルフェノク。北崎。彼がアポローネスを凶刃から守っていた。ドラゴンオルフェノクはその巨大な爪でシャルマンを弾き飛ばす。更に龍人態と化した彼はファング、巧、エフォールと交戦していた三体のオルフェノクをまとめて殴り飛ばした。
「きた、ざき?」
『助けに来たよ、アポローネスくん』
オルフェノクになった北崎はどんな顔を浮かべているのか分からない。だがアポローネスは北崎が微笑んでいるように見えた。
『It is the advent of the powerful enemy(強敵のご登場だ)』
『ち、上級オルフェノクか。どうする、大将?』
ライオンオルフェノクとバットオルフェノクはシャルマンへ視線を向ける。
「少し分が悪いですね。仕方ありません。今日のところは退きましょう」
『じゃあね、乾巧。次会う時があなたの最後よ』
「待て!」
「よせ、巧! 深追いするんじゃない!」
シャルマンたちを逃さんと飛びかかろうとする巧。だが相手の力量を大雑把に判断したファングが慌てて止める。彼らはファングたちの眼前で消えた。恐らくダンジョンエスケープという瞬間移動の魔法を使ったのだろう。何処へ逃げたのか、後追いは出来そうにない。ファングは内心舌打ちする。
「何故だ、何故私を助けた? あの男の言う通りだ。私は排除されるべき欠陥品なのだ!」
「・・・・・・エミリちゃんに頼まれたからだよ」
「なん、だと」
アポローネスは目を見開く。
「君を絶対に守るって僕はエミリちゃんと約束したんだ」
あの時は守れなかった約束。北崎はその約束を今果たした。
「エミリは自分を捨てた私を恨んでいないのか?」
「恨む訳ないだろ!? あんたがエミリを大事に思うようにエミリもあんたを大事に思っているに決まってんだろ!」
目を丸くするアポローネスの手にファングはエミリのお守りを乗せた。
「これは・・・・・・」
「そのお守りはエミリがあんたに作ったものだ。中にはどんな怪我でも治る傷薬が入ってる。怪我してばっかのあんたを心配に思ってんだよ」
「エミリちゃんはわざわざ危険なルドケー溶鉱炉に行って薬を作ったんだ。君のためにね」
ファングと北崎。エミリと深い縁のある二人は彼女がどんな思いでこのお守りを作ったのか知っている。
「あんたが死んだらエミリは一生悲しみに包まれることになるんだ。それで良いのか!?」
「・・・・・・それは」
「アポローネスくんが良くても僕が許さないよ。僕はエミリちゃんを幸せにする、悲しみのない世界に連れていくって誓ったんだ。君が死ねばエミリちゃんは絶対に幸せになることが出来ないよ。だから死ぬなんて絶対に許さない」
アポローネスは目を閉じる。桜の木の下で笑みを浮かべるエミリを思い浮かべる。彼女は自分と一緒に花見をするのが大好きだった。もう長らく一緒に花見に行っていない。いつか、また行ければ良いな。アポローネスは思った。彼は目を開くとうっすら笑みを浮かべる。
「・・・・・・北崎、私はあのオルフェノクどもを追う。今日限りでドルファを抜けさせてもらう旨を社長に伝えてくれ」
「アポローネスくん・・・・・・! うん、分かったよ!」
アポローネスはファングに手を差し出す。
「目付け役にでもなってやろう」
「へ! 返事がおせーんだよ」
「や、やったー!」
ファングがアポローネスの手を掴むとアリンは両手を上げて大喜びした。他のメンバーもアリンほど大きなリアクションはとらないが皆笑顔を浮かべている。
「おいおい、今日仲間になったばかりの奴がお目付け役とか調子に乗るなよ。まずは下っ端からだ。アポローネス、まずはお茶入れろ」
「俺と果林のお茶は温めので頼むぜ」
「貴様らには年功序列という言葉を教えてやろう」
ファングと巧に拳骨が落ちる。二人は激しい痛みに悶絶する。
「阿保どもめ。・・・・・・こんなリーダーだからお前のような目付け役がいるととても頼りになる。これからよろしく頼む」
「私からもよろしくお願いしますね。アポローネスさんは私やファングさんより年上でブレイズさんやバハスさんのように頼りになりそうですわ」
「後で歓迎会してやるから楽しみにしとけ。オレのメシは美味いぞ!」
頭を下げる三人の常識人にアポローネスは安心する。
「あれ、私も年上だよ?」
「ハーラーは、残念だから」
「それにちょっと変態ですから」
「ちょっとじゃなくてただのへんたい」
「ちょっとエフォールちゃんに果林ちゃん、キョーコちゃんも年功序列って言葉覚えた方が良くない?」
後でセクハラしてやる。ハーラーは心の中で涎を流した。
「まあ、よろしくね。年が近いもの同士仲良くしよう、アポローネスくん」
「・・・・・・! ハーラーという女人。そなたは私に近づかないでもらいたい。煩悩が刺激される」
「はい?」
顔を赤くするアポローネスにハーラーは首を傾げる。彼は軽く咳払いすると北崎に視線を向けた。
「・・・・・・北崎、貴様にもう一度頼みたいことがある」
「エミリちゃんのこと、だよね」
「ああ、エミリを頼む。あの娘は『良い女になる、だよね』・・・・・・その通りだ」
約束。あの時と同じ約束をアポローネスは北崎と交わす。だが少しだけその約束には変化がある。
「一つだけ訂正しておく。エミリはお前に、いや誰にもくれてやらん。私の目が黒い内はな」
「えー、残念だな」
「ふふ、はは」
肩を落とす北崎にアポローネスは笑う。
「さて、そろそろ帰るか。さっさと宿に戻って歓迎会だ」
「北崎、また助けられちまったな。この借りは必ず返す。・・・・・・ファングがな」
「俺かよ」
「ふふ、期待してるよ」
北崎はファングたちを見送った。一人残された彼は少しだけ物寂しい思いになる。そうだ。またエミリの家に行こう。アポローネスのことを彼女に教えなければならないのだから。別に寂しいから行く訳ではない。北崎は自分にそう言い聞かせた。
「・・・・・・いつでもご飯を食べに来て良いって言ってたよね、エミリちゃん」
ようやく村上以外の幹部クラスを登場させることが出来ました。バットオルフェノク、そして『英語を話す』ライオンオルフェノクです。彼らが今後どう物語に絡むのかお楽しみください。
ここからは本編に沿いながらもオリジナル要素満載なので今後の展開を少しだけ予告します。三、四話分くらいの予告になるのでネタバレが苦手な人は気をつけてください
Open Your Eyes For The Next Φs
『何でこの俺が畑仕事なんてやってるんだァ!?』
『Sランク妖聖? なんや、それ?』
『HEN-SHIN!』
『くそ、ベルトを奪われた!』
『あなたの願いを叶えます』
『俺、人間に戻っちまったのか?』
『見て見て、ワンちゃん拾った!』
『元の場所に戻してきなさい、エフォール!』
『お前のためならこの命、刃と化そう!』
『折れたぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』
『やってみるさ、俺に何が出来るか分からないけど』
『人間とかオルフェノクとかじゃない! 俺は俺だから皆を守るために戦うんだ! 変身!』
────awakening
実質この数話は夏映画的ノリで進むと思います。楽しみにしていてください