乾巧は四度目の生を生きる   作:北崎二代目

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夏がもう終わることに震えが止まりません。まだ全然休んでないのに。


今回はファングくんが水着になって大変なことになります。ご期待ください。


この痛みに耐えたなら

「かえったでー」

「待ってましたよ、ギャザーさん」

 

 シャルマンたちの隠れ家であるバーにギャザーは帰還した。北崎の妨害によって任務こそ失敗に終わったが彼を攻めるものはいない。戦利品であるサイガのベルトがあるからだ。一番の目的であったSランク妖聖ほどではないがサイガギアの奪取が出来るなら上出来である。何より状況次第でファングより厄介になる北崎の排除が出来たのは僥倖である。計画こそ失敗に終わったが想像以上の成果にシャルマンは笑顔を浮かべた。

 

「バットさんから報告は受けてますよ。お疲れ様です、ギャザーさん」

「おおきに。でも全然疲れてへんで。思ったより強い相手やったけどワイの敵ではないねん。まっ、仕留め損なった立場で偉そうに言うのもあれやけどな。あの邪魔者がおらんかったらなー」

「どの道オルフェノクである彼はもう長くはない。殺したも同然ですよ。しかし、あなたが退くほどの相手なんて一体何者なのでしょう?」

 

 サイガの力は脅威だ。シャルマンは過去の世界でエラスモテリウムオルフェノクを撃破した彼の姿を目撃している。そのサイガをほとんど無傷で倒したギャザーが大人しく引き下がる相手なんているのだろうか。フェンサーか、それともオルフェノクか。どちらにせよ敵に回るとしたら非常に厄介だ。正体だけでも突き止めておきたい。

 

「なんやけったいな爺さんやったな。よーわからんけどああいう半分ロボットみたいなヤツってワイの魔法効きにくいねん。心も読めんし」

『あなたの力は科学の結晶とは相性悪いのよね』

「まあ、それもあるんやけどな。殺気がやばいねん。思わず逃げてしもた。気いつきシャルマンはん。あの爺さんは神をも倒すかもしれへんよ」

 

 限りなく神に近い男にそれを言わせるとは。女神や邪神に選らばれたファングといい恐ろしい力を秘めた人間がいるものだ。バットオルフェノクからも未知の戦士に圧倒され計画を妨害されたと報告を受けている。世界はまだまだ広い。これからも計画を進めていけば彼らとの戦いは避けては通れないだろう。シャルマンは今後も立ちはだかるであろう強敵を想像し、僅かに身震いした。

 

『大丈夫よ、シャルマン。誰であろうとあなたを止めることは出来ない。眠ったままで何も成し遂げない神とは違う。あなたはこの世界の全てを支配する王になるのだから』

「心配してもらえるのはありがたいです、冴子さん。ですがこれはただの武者震い。問題ありません。僕はこの手でティアラさんを手に入れる。邪魔をするなら誰であろうと殺す覚悟は出来ています。例えかつての仲間であろうとね」

『ふふっ、頼もしい限りだわ』

 

 気味の悪い笑みを浮かべるシャルマンをギャザーは見つめる。なんとなく彼の心の中を覗いてみようと思った。しかし、結果は失敗に終わった。何故か読むことが出来ない。心を閉ざしている訳ではなさそうだ。ただひたすらに闇が広がっていた。彼の心はどす黒く染まっていて何を考えているのかまるで分からない。女神の力によって時間を遡っていると聞いたが過去に何を経験したらここまで異常な人間が出来るのか。いくらなんでも謎が多すぎる。ギャザーといえどシャルマンが何を見据えているのか検討もつかない。そもそもフェンサーとは言え人間が何故オルフェノクのリーダーとなっている。どうにもきな臭い。Sランク妖聖のギャザーすら利害の一致、与えられる莫大な兵力の恩恵がなかったら協力する気もなかったくらいだ。

 

「・・・・・・シャルマンはんって何者なんやろな。たった数ヶ月やそこらでワイらを纏め上げるなんて中々出来ることやないやろ」

 

 ギャザーはこっそりとレオに耳打ちした。彼は目を細めてシャルマンを見る。

 

「I am not interested,I only do my work(興味ないね、俺は俺の仕事をするだけだ)」

 

 レオは鼻を鳴らすと酒の入ったグラスを傾けた。傭兵気質な彼からすればシャルマンが何を考えているかなどどうでも良いことだ。雇われたからには従う。そこに私情は挟まない。それがレオという男だ。

 

「レオのダンナはおもろないわ」

「I am the hired soldier who is not an entertainer(俺は芸人ではない、傭兵だ)」

「ダンナはユーモアが足りんねん。おもろい傭兵がいても別にええんやで」

「・・・・・・」

 

 戦いの場に必要なのは緊張感だ。ユーモアなんて必要ない。レオは無言でギャザーにグラスを差し渡した。黙っていろ、と言いたいらしい。やれやれと首を振るとギャザーはそれを受け取った。こんなことを言っているレオだがいざ戦闘になると非常にユーモアになることをギャザーは知らない。

 

「せや、変身ポーズとか考えんか? ヒーローみたいでかっこええと思うんやけど」

「Drink calmly(静かに飲め)」

「ダンナはほんまいけずやで」

 

 仕事でやっているとは言え仮にも人間を滅ぼそうとしている自分がヒーローの真似なんてやってたまるか。レオはギャザーの頭を小突く。

 

「ただいま帰りましたー」

「新入り連れてきたぞー」

 

 二人が他愛もない会話と共に酒盛りをしているとバットオルフェノクたちが帰還した。ファングたちを裏切ったバハスも引き連れて。彼を見たレオは目を丸くした。何故敵であるこの男が一緒にいるのだ。状況を理解していない彼は困惑する。

 

「・・・・・・Do you know what kind of place here is?」

「はあ?」

「ここがどういう場所か分かっているのか? とレオは申しております」

「ああ、そういうことか。・・・・・・お前さんも通訳出来るんだな」

「意外と探せばいますよ、通訳出来る妖聖」

 

 このクーコという妖聖は狐耳に氷属性で更に通訳も出来るのか。完全に果林とキャラが被っている。この場に彼女がいなくてよかったとバハスは思った。

 

「あんなダメなパートナーとは縁を切った。今日から俺はお前さんたちの仲間だ」

「Really?」

「嘘やない。ワイの力をちょちょいと使って勧誘したんやねん。よっぽどパートナーに不満を抱えてたんやろな。すんなりと洗脳出来たわ。他の奴には効果がなかったみたいやけど。オカン並に寛容な妖聖でもないと普通は効くはずなんやけどな」

 

 アリン、マリサ、果林。包容力の強い彼女らが裏切る訳がなかった。今ここにいるバハスも含めてファング一行の妖聖は慈愛に溢れている。ちょっとやそっとの不満程度で裏切るはずがなかった。

 

「お前さんのおかげで目が覚めたよ。あのままだと完全にハーラーはダメ人間になっていた。オレがいてもアイツは成長出来ないって教えてくれて感謝してるよ」

「せや。24の良い年した姉ちゃんが何時まで経っても親元離れないのはあかん。ええ加減自立して生きるべきやねん」

「・・・・・・ん? 裏切ったくせに何でいい話風になってんの? つかこのオッサンこそオカンじゃねえか」

 

 本当に洗脳されてるのだろうか。なんやかんやでハーラーを普通に心配しているバハスにバットオルフェノクは疑惑の視線を向ける。そもそもあのメンバーの中で一番の大人であるこの男が裏切ること自体があまりに無責任だ。

 

「バットはん、心配せずともバハスはんは完全にワイの魔法に掛かっとるで」

「本当かあ? 敵の情報を探るための演技でしたパターンに見えるんだが」

「演技ちゃう。ワイは人の心の中を覗けるんや。バハスはんはきちんと裏切ってる。その証拠に見てみい」

 

 ギャザーは視線をバハスに向ける。何をするというんだ。バットオルフェノクが首を捻っていると彼はどこからか取り出した箒とちり取りで床に散らばっていた埃をかき集めていた。これはまさか掃除、だろうか。バハスは廃墟同然の彼らの根城を掃除し始めていた。ますます訳が分からない。これが何の信頼に繋がるというのだ。

 

「お前らこんなところで生きてるとか正気か!? 家はキレイにしとかないと虫が沸くんだぞ! ああ、汚い部屋に嫌気が差したから裏切ったってのになんだって俺はツイてないんだ・・・・・・」

「ほら、ちゃんと裏切った理由が判明したやろ。これで文句ないやろ」

「こっちを裏切る可能性も出てきたけどな」

「It is a poor man(不憫な男だ)」

 

 裏切りたくなるレベルで汚い部屋とはどんなものなのだろうか。まさかゴキブリが当たり前のように彷徨いてるとか。それともゴミの山が積み上げれているとか。所謂独り暮らしにありがちな成人女性の汚部屋。それを想像したバットオルフェノクはうへえと声を漏らした。実際はその三倍くらいは汚いのだが。知らない方が幸せである。

 

「I help me」

「手伝ってくれるのか?」

「Yes, I will」

「お、おお! なんか感動したぞ。ハーラーだったら絶対手伝わなかったのに。ここでは掃除している人がいたら手伝ってくれるのか!」

「アタリマエダロ」

 

 どんな環境で暮らしていたんだ。レオは思わず標準語で突っ込む。

 

『中々優秀な人材をスカウトしたようね。お手柄よ、ギャザーくん。存分にコキ使わせてもらうわ』

「おおきに」

「優秀の方面がどこかずれている気がするんですけど」

 

 仲間は一人でも多い方が良いとは言ったが家政婦が欲しいとは言ってない。酒場の中をどんどんとキレイにしていくバハスにこれじゃない感覚をシャルマンは覚えた。

 

「・・・・・・シャルマン、やっぱりお前さんもここにいたのか」

「もちろん。この世界から一つ残らず悪の芽を摘む。そのために僕は過去に戻ってきたのですから」

「だったら何でオルフェノクの仲間になった? 裏切った俺が言うのも何だがコイツらは悪人だろ」

「それをあなたが知る必要はない」

 

 シャルマンはバハスの首に剣を突きつけた。少しは彼のことも分かると思ったのだが。これでは仲間を裏切った意味がないな。彼は肩を竦める。

 

「・・・・・・さて皆さんも揃ったことですし、次の作戦について話したいと思います」

 

 ◇

 

「アイツらおせえな」

「女性は準備に時間が掛かるんだ。我慢しろ」

 

 かき氷を片手に持ったファングは退屈そうにぼやく。女性は着替えが長い。今、彼の傍にいるのはブレイズだけだった。せっかくの海だ。ファングだって遊びたい気持ちはある。だが保護者同然の彼と二人で遊ぶというのは気が進まない。大の男二人が海で戯れる姿は自分で想像しても地獄絵図だ。とにかくファングはティアラたちを待つしかなかった。

 

「それよりも巧と晴人はどこに行った。さっきから姿が見えんぞ。海に行きたいと言っていたのは巧だろう?」

 

 いないのは女性陣だけではない。先ほどまで共に行動していたはずの巧と晴人も姿を消していた。せめて彼らもいれば男友達と遊んでいる構図になるのだが。残念ながら二人はここから少し離れた埠頭にいた。

 

「さあな。まあ、何となく予想はつくけどよ」

「予想?」

「巧は皆に隠して何か悩んでるんだよ。晴人はきっとあいつの悩みを聞いてやってんだろ。晴人は面倒見が良さそうだからな」

「悩み、か。思えば出会った時から巧はずっと何かを抱えていたのかもしれんな。以前から時折思い詰めた表情を浮かべていることがあった。ヤツは何を悩んでいるのだろう?」

「アイツ、俺には絶対に悩みとか言わねえからな」

 

 巧と初めて出会ってから半年以上の月日が流れた。我ながら無愛想な彼とよく打ち解けられたものだ。気づけばファングと巧は親友になっていた。けれどもファングはこうして今悩んでいる巧の力になってやれない。果林のように巧にとって特別な存在でもなければ晴人のように過去の巧を知っている訳でもない。親友でありながらもファングは巧のことを何も知らないのだ。

 

「・・・・・・俺ってダメな大人だなあ」

 

 巧だけではない。深い闇に囚われていたティアラに何もしてやれなかった。もっと彼女のことを気にかけていれば。もしかしたらティアラは死ななかったかもしれない。世界を変えると言っておきながら自分は大切な人たちの悩み一つ解決出来ないのだ。ファングは自嘲気味に笑う。

 

「ふん」

「うおっ!」

 

 ブレイズはファングの背中に蹴りを入れた。不意を打たれた彼は砂浜にダイブする。

 

「な、何するんだよ!? いきなり訳わかんねえよ!?」

「・・・・・・たかが二十年やそこらを生きた程度で大人になった気分のガキに現実を教えてやっただけだ」

「俺がガキだと!? ふざけんな、ぶっ飛ばすぞ!」

 

 ファングはブレイズに殴りかかった。蹴られた仕返しだ。だがその拳は彼にすんなりと受け止められる。

 

「言う前からぶっ飛ばすなと何時も言っているだろう」

「うるせーよ」

「そうカッカするな。長い時を生きている俺からすればお前は子どもと変わらん。出来ないことを無理してやる必要はない。今はただティアラを救うことだけ考えていろ。何も大人はお前や俺だけではないんだ。アポローネスに晴人、そしてガルド。まだ再会していないがピピンだっている。何でもかんでも一人で解決しなくたって良い」

「ブレイズ・・・・・・ハーラーは?」

「あ・・・・・・は、ハーラーだっているのだぞ!」

 

 新入りの晴人と出番のないピピンですら名前が出てきたというのに名前の出ないハーラーにファングは首を傾げる。忘れられていたか、もしくは意図的に入れなかったのか。呆気にとられている辺り本当に忘れられていたのだろう。ここに本人がいなくてよかった。彼は今頃必死になって掃除をしているであろうハーラーに同情する。

 

「心配してくれてありがとよ。危うく勝手に一人で抱え込むとこだった」

「心配などしていない。ただでさえお前といるだけでストレスが溜まるのだ。これ以上余計な重荷を増やしてたまるか」

「ふ、そういうことにしといてやるよ」

 

 ファングはフッと笑う。こうして自分の弱い所を見せられるのは兄のようなブレイズくらいだ。ファングはこのパーティの中で誰よりも頼りにされている。それはパートナーのアリンやティアラも同じだ。いやむしろ誰よりも強がりたい彼女らにそんな姿を見せることは出来ない。

 

「・・・・・・あーあ、溶けちまったな」

 

 ファングはかき氷だった物を飲み干した。

 

「ファングー、みてみてー。かわいいでしょー」

「お、キョーコ。やっと来たか。似合ってんぞ、その水着」

「うむ。良い水着を選んだな」

「ありがとっ! ファングとブレイズもかっこいいよー」

 

 そこからしばらく待っていると背後からキョーコが現れた。彼女は小さな子どもが着るワンピース型の薄紫色の水着に着替えている。キョーコの幼いながらも整った容姿と合わさせって大変可愛らしい姿となっていた。保護者目線の二人は上機嫌の彼女に笑みを浮かべる。

 

「お待たせしました。・・・・・・こういった服装は慣れてないので自信がありません。どうです、似合ってますか?」

「おお、似合っているぞ、流石はSランク妖聖だ。水着姿もSランクだ。素晴らしい。もはや芸術的だ」

「ブレイズがこわれた」

「お前なんか気持ち悪いぞ。まあ似合ってんのは確かだけど」

「ふふ。ありがとうございます」

 

 リタは麦わら帽子に白いビキニ姿と真夏にピッタリの涼しげな水着を着込んでいた。美人である彼女にはそれがとても似合っている。リタ本来の神秘的な雰囲気と合わさって不思議な美しさを醸し出していた。現にブレイズのテンションがおかしくなった。

 

「その調子であたしの評価もしてもらおうかしら」

「お、アリン・・・・・・っ!」

 

 和やかな雰囲気の流れる彼らの元にアリンが駆け寄る。彼女は普段の妖聖の服に似たロリータ系の桃色の水着を着ていた。快活なアリンとその水着の相性は抜群でファングはちょっとだけ見惚れた。ひらひらとしたその水着を完璧に着こなすその姿は妖聖というより妖精みたいだ。なんやかんやでやっぱり女神なんだろうな。彼は内心でアリンをそう評価した。アリンは目を見開いているファングに笑みを浮かべた。

 

「どう、ファング?」

「お、おう。似合ってんぞ、可愛いかわいい」

「えへへ、だってあたしだもん。可愛いのは当たり前よ!」

 

 アリンは満面の笑みを浮かべる。

 

「ふ、その割には嬉しそうではないか」

「ファングにほめられてるからねー」

「アリンさんも可愛らしいですね。彼女が女神様とは思えませんよ」

「ん? お前らなんか言ったか?」

「気のせいでしょ、気のせい!」

 

 絶対に何かを話していた気がする。それも聞き逃してはいけないことを。ファングはニヤニヤと笑うブレイズたちがヤケに気になった。

 

「まあ、いいか。ほら、焼きそばとか買っといたぞ。食えよ」

「ん、ありがと。あんたもその水着似合ってるわ。ちょっとだけかっこいいと思った」

「俺様だからな。もっと褒めたって良いんだぜ」

 

 アリンは上機嫌に焼きそばを食べ始める。

 

「・・・・・・ねえ、ファング。あんたはあたしのパートナーになって良かったと思う?」

「どした、急に?」

「ギャザーって奴は妖聖の不満を増幅させるんでしょ。一心同体のパートナーが裏切る。それって凄い悲しいことじゃない。確かに奴隷のように妖聖を使う人もいるから。裏切る子の気持ちも分かるわ。でも不満を抱えてるフェンサーも同じでしょ。命懸けの戦いに巻き込まれるのよ。本当に殺されるフェンサーだって少なくない。普通の人からしたらそれって凄い怖いことだと思うの。それで気になったのよ。あんたはどうなのかって」

「何言ってんだよ。不満なんて、あることはあるけど。それでも俺はお前がいてくれた方が毎日楽しいぜ」

「あたしもよ。あんたがいてくれた方が毎日幸せよ」

 

 ファングはアリンの頭をポンポンと叩いた。こうして今笑い合っているのだ。その満足感に勝る不満などあるはずがなかった。

 

「あれ、そういえばティアラたちはどうしたんだ?」

「果林とエフォールは巧を探しに行ったわ。ティアラは・・・・・・」

「ティアラは?」

「ティアラはえっと、あそこにいるわ」

 

 アリンが視線を後ろに向ける。しかし、ティアラらしき人影はなかった。見当たるのは真っ白なパーカーを目深に被った不審人物だけだ。もしやあれがティアラだとでも言うのだろうか。

 

「あれがティアラ・・・・・・?」

「ゆうれいみたい」

「確かに。白いパーカーで身体を隠す姿はまるでゴーストだな」

「何でわざわざ言い換えてんのよ。・・・・・・さっきから身体を見せるのが恥ずかしいってずっとあれを着てるのよ」

 

 そんなに恥ずかしがるタイプだったか。なんか変だな。ファングは怪訝な表情で彼女を見つめる。視線に気づいたのかティアラはビクりと震えるとその場に踞った。ますます不審だ。

 

「おい、何で踞ってんだよ」

「・・・・・・恥ずかしいからです」

「何が恥ずかしいんだよ。顔上げろ」

「嫌です。今日はどうしてもお腹が気になるんです!」

「顔上げろよ、そのブスな顔とだらしない身体をこの俺様に拝ませろ」

「喜んで!」

 

 ティアラはパーカーをバッと脱いで立ち上がる。彼女は普段のフリルドレスに少し似たシックなビキニを身に付けていた。美少女の部類に入る甘い顔立ちをしたティアラにとてもよく似合っている。お腹が気になるとティアラは言っていたがフェンサーとして日頃から鍛えられている彼女のボディラインはモデルのそれと染色のないレベル。むしろ多少肉付いている分男性からすればモデルよりも魅力的だ。

 

「あ・・・・・・! み、見ないでください。ず、ずるいです、ファングさん。そんな甘い言葉で私を騙して・・・・・・私恥ずかしいですわ・・・・・・」

「はは、なーに恥ずかしがってん、だよ」

「ファングさん・・・・・・?」

 

 ファングは固まる。望まぬ形で自分の姿を見せることになったティアラ。彼女の頬は朱色に染まり綺麗なその目は潤んでいた。所謂照れ顔。前述の水着姿とそれが合わさった結果今の彼女はとても魅力的だ。それこそあのファングが見惚れるくらいに。ティアラの泣き顔が見たいとチンピラの言っていた言葉の意味が分かったかもしれない。彼の中でちょっとした嗜虐心が沸く。このまま直視していたら不味い。ファングは顔を反らした。

 

「だ、大丈夫ですか。ファングさん、顔が赤いですよ?」

「い、いや。な、なんでもねーよ」

「嘘を吐かないでください。なんでもないのならどうして顔を反らすのですか」

 

 顔を合わせたら何をするか分からないから、とは口が避けても言えない。今の自分は明らかにおかしい。ファングは頭を振る。普段なら気にも掛けないティアラの首を傾げる仕草すらなんだか愛おしい。本当に俺はどうしてしまったんだ。彼の頭の中はあまりの混乱に無茶苦茶になっていた。

 

「もしかして、本当に私は見るに堪えない姿なのですか」

「それは、違う。お前は悪くない。むしろ見るに堪えないのは俺なんだ」

「はい・・・・・・?」

 

 顔を押さえるファングにティアラは疑問を深めた。

 

「あー、ティアラは良いな。あたしにもあんな反応してほしいなあ」

「そう妬むな。あいつが可愛いと素直に褒めるのはお前くらいだ」

「そうですよ。私やキョーコには似合っているとしか言ってませんよ」

「そうだよ。わたしだってファングにかわいいっていわれたいんだよ。アリンずるーい」

「え、あ、ごめんね。・・・・・・そっか」

 

 特別扱いはティアラだけじゃないんだ。自分もまたファングにとっては特別なのだ。それを自覚したアリンは顔を少しだけ赤くした。

 

「────なんやなんや。青春しとるなあ。ちょっとワイも混ぜてくれや」

「Hey, it is kicked by a horse(おいおい、馬に蹴られるぞ)」

「ええやん。幸せは皆で分けるもんやろ」

 

 そんなどこか甘酸っぱい空気をぶち壊す者たちが現れた。

 

「ギャザー・・・・・・!」

 

 ギャザー。北崎をも倒した最強の妖聖。レオの運転するバジンの後部座席に乗った彼にリタは目を見開く。彼女の驚く顔を見たギャザーは口元を三日月のように吊りあげた。

 

「お前がギャザーか。それとそっちは巧のベルトを奪った、えっと・・・・・・」

「I am Leo」

「そうだ、レオだ! 巧の力を返してもらうぞ」

「そうです! あなたみたいな悪い人にその力は相応しくありませんわ!」

 

 ファングとティアラは武器を構える。

 

「No pain, no gain(痛みなくして得るものなしだ)」

 

────555

 

────standing by

 

 レオはファイズフォンは放り投げて掴んだ。

 

「HEN-SIN!」

 

────complete

 

 レオはファイズに変身した。

 

「It's show time!」

「って変身ポーズやっとるやんけ」

 

 ◇

 

「リタ、何があったの?」

 

 砂浜に到着したエフォールは目の前に広がる光景に驚愕する。ファングとギャザー、ティアラとファイズが激闘を繰り広げていた。まさか本当に敵の強襲があるとは。果林も一緒に連れてくれば良かったとエフォールは後悔した。

 

「エフォールさん、襲撃です。操真さんはどこにいますか?」

「巧と果林と一緒」

「急いで呼んでもらえると助かります。いつ戦況が傾くか分かりません」

「分かった」

 

 エフォールは携帯を開いて晴人に救援要請を出す。ここと埠頭はあまり離れていない。バイクを飛ばせば直ぐに来られるはずだ。

 

「正直ファングさんの強さは予想外です。ギャザーと互角に戦っている。今なら彼を倒せるかもしれない。ここはチャンスです」

 

 ギャザーに引けをとらない強さのファングにリタは目を見張る。

 

「中々やるやないか。流石は別次元と言われるだけはあるわ。まさか三人の妖聖と融合するなんてな。おかげで心も読めんわ」

「お前もSランク妖聖なだけはあるな。バーナードにも負けてねえよ」

『attack effect フレイムアサルト』

 

 ファングは炎を纏った剣をギャザーに向けて振るう。並のモンスターなら一撃で粉砕出来る一撃だ。直撃したらギャザーでもダメージは免れないだろう。彼は闇を纏った剣でそれを防御する。一撃だけではない。高速で振り抜かれた何発もの連撃を全てその剣で受け切る。

 

「これならどうだ!」

 

 ファングは剣を巨大な斧に変形させるとその勢いのまま振り下ろした。防御するのなら剣ごと砕いて強引に押し斬ってやればいい。とてつもない破壊力を秘めた斧がギャザーを襲う。

 

「・・・・・・マジかよ」

 

 ファングは目を見開く。あろうことかギャザーは岩をも両断するその一撃を受け止めた。素手で。真剣白羽取り。本当に出来る者がいるとは思わなかった。

 

 流石にこんな芸当剣崎やアポローネスでも不可能である。挟むまでは彼らでも可能かもしれない。問題はその先だ。衝撃を殺すことが出来ないはず。紅炎真紅のフューリーフォームの攻撃は両手で止められる威力ではない。

 

 このギャザーという男。見た目はただの青年だがとんでもない怪力のようだ。あの斧の一撃を腕の力だけで受け止めるとは。いや、何かおかしい。腕の力? それだけでは片付けられない。どこか違和感を感じる。そうだ。いつの間に剣を捨てた。自分はその瞬間を見ていない。何故だ。ギャザーの動作に一瞬の空白がある。ファングは僅かに疑問を覚える。

 

(お前らは剣がどこに行ったか見えたか?)

(ううん。あたしも言われて気づいたわ)

(わたしもみえなかったよー)

(俺もだ。ふむ、あの男は一体何をした? どうにも嫌な予感がする。何か隠している力があると考えるべきだ)

「・・・・・・なら確かめてやる」

 

 ファングは斧を離すと宙を舞う。このフューリーフォームは首に巻いた大気を操るマフラーによって空を飛ぶことを可能とする。ギャザーの不可解な力が気になる。ここは一先ず距離をとって体制を立て直す。

 

「忘れ物っ!」

 

 高々と飛翔したファングに向けてギャザーは斧を放り投げた。風を切り裂く音を鳴らしながら迫る斧はまるで砲弾のようだ。やはり怪力なのは間違いない。ファングは横に避けると斧を掴む。

 

「───っ! いねえ!」

「こっちや!」

「ぐおっ!」

 

 ギャザーの踵がファングの背中に突き刺さる。まただ。一瞬で後ろに回り込まれた。誰にも悟られることなく。ありえない。斧を掴んだ時には後ろにいた。それはつまり投げた物よりも速く動いたことになる。高速移動。もしや彼にはアクセルフォームのような力でもあるだろうのか。だがそれでは肉眼で捉えられない理由に説明がつかない。カラクリは解けぬまま彼は海へと落下した。

 

「ファングさん!」

「Do not look the other way!(よそ見をするな!)」

 

 海に落ちたファングに気をとられたティアラにファイズエッジが迫る。

 

「無駄です!」

「ウッ!」

 

 だがその一太刀がティアラを切り裂くことはない。ファイズの身体を彼女の薙刀から伸びた巨大な水の刃が弾き飛ばした。

 

「水場で私に挑もうなんて良い度胸ですわ」

 

 ティアラはアポローネスすら苦戦するファイズを圧倒していた。水の魔法を得意とする彼女にとって海は武器そのものとなる。得物の薙刀は海から巻き上げた水のエネルギー刃を形成し、放たれる魔法は破壊力が格段に増していた。その身に纏った鎧はスカイブルーに色が変わり、水の翼が生えていた。

 

「グオッ!」

 

 今の彼女と戦うということは海そのものを敵に回すことになるだろう。ライダーズギアの中でもスペックの低いファイズの勝てる相手ではない。巻き起こった水の嵐にファイズは吹き飛ばされた。

 

「おー、やるやん。その調子でワイの相手も頼むわ」

「くっ!」

 

 だがギャザーなら話しは別だ。いくら特殊な恩恵を受けようと彼の前では底上げされた力も無にも等しい。振り抜かれた拳を薙刀で防御した。重い。一撃を受け止めただけで激しい痺れをティアラは感じる。それでも休んでる暇はない。間髪いれずにギャザーは追撃の正拳を放った。これにはティアラも堪らず大きく後退する。隙の出来た彼女の懐にとギャザーは突進する。このままでは不味い。

 

「っ! キュイ」

『キュイィィィ!』

 

 水の鎌鼬がギャザーに迫る。スプラッシュソーサー。ティアラの必殺技。威力が強化されたそれに当たれば彼とてただでは済むまい。避けてくれるのが一番だが、そのまま突進をしてくれてもダメージを与えることが出来る。ファングが復活するか晴人が来るまで今は少しでもギャザーを倒せる可能性を高めるのだ。こちらの怪我は回復すれば良いだけだ。

 

「すまんなあ」

「・・・・・・えっ?」

 

 ティアラは目を見開く。気づいたらギャザーが目の前にいた。何があったのか分からない。虚空を漂うスプラッシュソーサーがあるということは突進の途中で避けたのだろう。だが自分はその瞬間を見ていない。ティアラはキツネにつままれたようは錯覚を覚える。

 

「ワイ、まだまだ本気やないねん」

「きゃあああ!」

 

 ギャザーの腕から放たれた闇の波動にティアラは吹き飛ばれた。彼女もファングと同様に海の中に飲み込まれる。

 

「Do not disturb(邪魔をするな)」

「苦戦してたやん」

 

 これで敵はいなくなった。後はリタを手に入れるだけだ。二人の視線がリタに向けられる。

 

『キィィィ!』

「なんやこいつ」

「ガルちゃん!? ダメ!」

 

 エフォールの肩に乗っていたガルーダはギャザーに飛びかかる。ファングやティアラでも勝てなかった相手だ。小さなガルーダでは逃げる時間稼ぎすら出来ない。彼の平手にガルーダは叩き落とされた。

 

「子どもに手を出す気はないんやけど。邪魔するなら話しは別やで」

 

 ギャザーは地面に落ちたガルーダを踏み潰すと不気味に笑う。こうなるぞ、と言いたいらしい。エフォールはビクリと震える。

 

「・・・・・・エフォールは下がってください」

「で、でも」

「私も彼と同じくSランク妖聖。なんとかなりますよ」

「前にも言ったやろ。同じSランクでも格がちゃうねん」

 

 エフォールを守るように前に立つ彼女にギャザーの腕が迫った。

 

「させねえよ」

『ドラゴタイマー セットアップ』

 

 ◇

 

(どこです、ファングさん)

 

 海水の中に沈んだティアラは周囲を確認する。フェンサーはフューリーフォームの能力によって水中でもある程度活動することが出来る。特に水属性のフューリーフォームであるティアラは水中でこそ本領を発揮すると言えるだろう。彼女は自分の力が更に溢れるのを感じた。

 

(くそ、こいつちょろちょろしやがって!)

(水の中じゃなかったらこんなヤツ・・・・・・!)

 

 一方で火属性のフューリーフォームであるファングは水中との相性が最悪だった。普段なら羽のように身体が軽くなるはずの鎧が水中では一転して鉛のように重い。今の彼は剣を振ることすら出来ない。これなら生身の方がまだマシだ。襲ってくるフライングフィッシュオルフェノクがいなければの話しだが。

 

 彼らはファングが海に落ちると狙い済ましたように襲いかかってきた。罠を張られている。ギャザーたちはファング一行が海に来ることを先読みしていたようだ。地上や空中なら余裕で圧倒してみせるオルフェノクも水中では立場が逆転する。高速で放たれる水中銃にファングは翻弄されていた。どれだけ頑丈な装甲であってもダメージはゼロではない。じわじわとファングは追い詰められる。

 

(ファングさん、今助けます!)

(ティアラ・・・・・・!)

 

 ティアラは手に巻かれた薙刀のチェーンを回転させ、フライングフィッシュオルフェノクを斬りつける。無数の斬撃が彼の身体を斬り刻んでいく。超高速。水中でありながらもあまりのスピードに彼女とフライングフィッシュオルフェノクの周りを巨大な竜巻が渦巻いていた。テンペスタワルツェ。ティアラの使える最強の必殺技。容赦なく放たれたその攻撃にフライングフィッシュオルフェノクは青い炎を吹き出し、爆散した。

 

(助かった)

(お互い様じゃないですか。いつも守ってもらってるんです。たまには守らせてください。さ、リタさんを助けに行きますわ)

 

 微笑むティアラにファングは思った。泣き顔なんかよりやはり彼女は笑っている顔が一番良いと。

 

『あら、良いところを邪魔しちゃったかしら?』

(────あなたは!?)

 

 フライングフィッシュオルフェノクを倒し、浮上しようとしたファングとティアラ。彼らの前にロブスターオルフェノクが現れた。彼女は水深6000メートルの活動を可能とする強靭な肉体を持つ。ずっとこちらを窺っていたのだろう。どれだけティアラが水中で優れた力を発揮するとしても身体そのものは常人と変わらない。高度な感覚器を持つオルフェノクに息を潜められれば察知するのは困難だ。

 

『お逝きなさい。二人仲良くね』

 

 ロブスターオルフェノクのレイピアがティアラを貫く────

 

 

 

 

「あれ、良いところを邪魔しちゃった?」

『何者!?』

 

 ────貫くことはない。何者かにそのレイピアを掴まれたからだ。ロブスターオルフェノクは突如現れたその男に目を見開く。

 

「希望の魔法使いさ」

(晴人!)

(操真さん!)

 

 そこにいたのは瑠璃色のコートを纏った戦士『ウィザード・ウォータードラゴンスタイル』だ。彼は颯爽と現れてロブスターオルフェノクのレイピアを掴んでいた。

 

「リタちゃんはまだ無事だ。ここは俺に任せて先に行け! お前の力が必要だ!」

 

 ウィザードはロブスターオルフェノクをその腰に生えた巨大な尾で弾き飛ばした。

 

(分かった! ティアラ、俺に掴まれ!)

(はい!)

「『変身!』」

 

 ◇

 

「あんさん何者や。分身する人間なんて見たことないわ」

 

 ギャザーは目の前の光景に目を見張る。彼がリタへと放った拳はウィザードに阻まれた。そこまでは驚くことではない。リタが誰かを呼ぼうとしていたのは聞こえていたし、そんなにすんなりと上手くいくとも思っていなかった。邪魔されるまでは想定内だ。だが問題はその邪魔者の使った力にある。ウィザードは分身した。翡翠のウィザード。琥珀のウィザード。そして海に飛び込んだ瑠璃色のウィザード。数多くの力を持ったギャザーでも独立した意思を持った分身を作ることは出来ない。全く知らない未知の力だ。驚愕しないはずがない。

 

「Ninja?」

「ウィザードだ」

 

 琥珀色のウィザード。ランドドラゴンスタイルが答えた。手甲を纏った彼はファイズに殴りかかる。

 

「ウィザード、魔法使いか。ワイも忍者かと思ったわ。まあこの程度の魔法使い、一人も二人も大して変わらん」

「くっ!」

「うおっ!」

 

 ギャザーはいつの間にか握られていた剣で二人のウィザードに斬りかかった。やはりファングとの戦いでは本気でなかったようだ。フューリーフォーム時の彼が自分よりも強いと評した強化形態のウィザードが二人がかりで挑んでいるにも関わらずギャザーは彼らを圧倒している。ギャザーは数多くの強者と戦ってきたウィザードですら対応できない高速移動で彼を翻弄する。

 

「これならどうだ!」

『チョーイイネ サンダー サイコー!』

 

 翡翠色のウィザード。ハリケーンドラゴンスタイルは雷の魔法を発動する。ギャザーの周囲を雷雲が取り囲んだ。四方八方。ありとあらゆる所から放たれた雷がギャザーに襲いかかる。どれだけ速く動こうとこれなら回避出来ないはず。立ち込める爆煙を眺めながらウィザードは思った。

 

「うん? なんかしたんか?」

「何っ!?」

 

 だが爆煙が晴れると無傷のギャザーがいた。ありえない。どれだけ高い防御力を誇っていようが無傷なのはありえない。直撃したならダメージはなくとも身につけた服はボロボロになるはずだ。まさか音より速い雷を全て避けたというのか。驚愕するウィザードをギャザーは蹴り飛ばした。度重なるダメージによって実体を保てなくなった翡翠のウィザードは消滅する。

 

「何が、起きてるの?」

 

 エフォールは困惑する。客観的に見ていてもギャザーは明らかにおかしい動きをしている。一瞬だけ気配が消えたと思ったら次の瞬間には別の場所へと移動していた。あれはただの高速移動などではない。アクセルフォームの力を目の当たりにしているエフォールはそう確信した。

 

「・・・・・・ギャザーは時の流れを魔力で操っているのです。攻撃を食らう時に時の流れを減速し、自分が攻撃する時には時の流れを加速させている」

「そんな魔法が、あるの?」

「ええ。クロックアップとクロックダウンと呼ばれる魔法です。あまりに高度なので使える者は現代には残っていません。それこそ神話の時代を生きる者でもない限り」

 

 ギャザーは神話の時代を生きた者だからそれが可能ということか。しかし、時を操るなんて反則的な魔法どうやって破れば良いのだ。

 

「そんなの、どうやって勝てば良いの?」

「同じ魔法を使うか、無効化するアイテムがあれば」

「・・・・・・ないよ」

「まあ一番単純なのは」

 

 リタは視線を海に向ける。

 

「時を操るなんて小細工モノともしない反則級の強さですかね」

 

 巨大な火柱が海を貫いた。天へ天へと遥か高く伸びる灼熱の炎。燃え盛る業火の中から彼は現れた。漆黒業火の騎士と化したファング。ギャザーが本気でないのなら彼もまた本気ではなかった。機械仕掛けの翼を羽ばたかせファングはリタたちの前に着地する。

 

「ファングさん。その、頑張ってください」

「ああ。必ず勝ってくる」

 

 その手に抱えたティアラを降ろすと彼はゆっくりとギャザーの元へ向かった。

 

「なんなんや・・・・・・?」

「俺はファングだ。もう忘れちまったか?」

「そうやない。その力は、その力はなんなんや?」

 

 ギャザーの表情が豹変する。今まで飄々として余裕に満ち溢れていた彼の表情は冷たく無機質なものとなる。邪神の力を使っていると見抜かれたか。雰囲気が変わった。ファングは僅かに警戒心を強める。

 

「切り札だ」

「これが噂の末裔、なんか。・・・・・・ふん、なんだってええわ。殺せば変わらん」

「やれるもんならやってみろ」

 

 ファングは静かに構えた。

 

「気を付けろよ、ファング。そいつ変な力を使ってくる。俺の魔法にも似たようなのがある。多分、時間を操ってんだ」

「なるほどな。どうりで見えねえ訳だ。・・・・・・晴人、お前はティアラに回復してもらえ」

「ああ、あいつのことは任せた」

 

 ウィザードが後退する。

 

「操真さん、今傷を癒します。『ハイヒール』」

「ありがとう。ふぃー、俺もそんな魔法が使えたら便利なんだけどな」

 

 晴人の魔法とこの世界の魔法は形態が異なる。笛木と呼ばれる男の作った魔法に致命傷すら一瞬で治すようは魔法はない。古の魔法使いと呼ばれるビーストにはそれと似た魔法はあったが。人工的に作られたウィザードたちよりはビーストの魔法の方がこの世界の魔法に近いのかもしれない。

 

「晴人、果林と巧は?」

「俺はバイクで来たから。あいつらもそろそろこっちに合流するはずだ」

「それは良かった。・・・・・・巧さんはついに悩みを乗り越えたみたいですね」

「ああ、後はファイズの力を取り戻すだけさ」

「その時が楽しみですね」

 

 その時こそが巧の完全復活だ。リタは見るものを魅了する微笑みを浮かべた。

 

 

 

「いくで!」

 

 ギャザーはファングに飛びかかる。

 

「がら空きっ!」

 

 ギャザーはクロックアップを使ってファングの懐に潜り込んだ。闇の魔力を纏った彼の拳がファングの腹に突き刺さる。先ほどまでの加減をされた攻撃とは違う。凄まじい威力だ。他の姿で直撃すればフェアライズアウト、変身解除に追い込まれていただろう。だがその一撃をファングは避けなかった。

 

「っ!?」

 

 否、避ける必要がなかった。拳が直撃してもファングは微動だにしない。他の鎧では致命傷になる攻撃もこの鎧の前では無力。一切のダメージがなかった。

 

「・・・・・・おい、お前の本気はこの程度か?」

「そんなわけないやろ!」

 

 拳がダメなら今度は剣だ。クロックアップで背後に回ったギャザーはファングに向けて剣を振り下ろす。これなら少しはダメージも通るはず。

 

「まっ、正面がダメなら後ろから来るよな」

「な、受け止めたやと!?」

 

 時間の流れが戻った瞬間、目にも留まぬ速さで振り向いたファングがギャザーの剣を白羽取りにした。どうやらクロックアップは攻撃と同時に使用は出来ないようだ。仮に使用出来たとしてもこの剣の一撃はどのみちダメージにはならないが。

 

「これならどうや!」

「っ!」

 

 ファングの周りを無数の剣が取り囲んだ。剣の雨が彼に降り注ぐ。全身を狙った回避不能の技。これなら絶対に当たる。北崎の変身したサイガも撃破したこの攻撃ならファングにだって効くはずだ。半分やけくそでギャザーは必殺技を放つ。

 

「はあああああああああ!」

 

 ファングの鎧から真紅の炎が吹き出す。彼に降り注いだ剣は火山のごとく噴出する激しき炎によって弾き飛ばされた。これもダメなのか。驚愕するギャザーに高速で接近したファングは彼の胸ぐらを掴んだ。

 

「そろそろこっちから攻めさせてもらうぞ」

 

 ギャザーの動きを封じたファングは彼に向けて回し蹴りを放つ。ただの蹴りにも関わらずギャザーはその蹴撃に生物的な恐怖を感じた。当たれば終わる。ぎりぎりでクロックダウンを発動したギャザーは寸手のところでそれを回避する。

 

「ちっ、またか」

「くっ、うわああっ!」

「おっと」

 

 ギャザーは全力でハイキックを放つ。僅かにファングが後退すると彼は翼を広げて飛んだ。遥か高く上空へと離脱したギャザーはファングへの恐怖心で頭が一杯になっていた。勝てるはずがない。悠久の時を生きた彼の本能がそれを告げていた。

 

(なんなんや・・・・・・なんなんや、あいつ!? 邪神の末裔なんかやない。あれは────)

「おせえよ」

「ぐはっ!」

 

 ここは逃げるべきかもしれない。思案するギャザーの頭上にファングは一瞬にして回り込んでいた。彼の手刀がギャザーの背中に直撃する。地面に墜落したギャザーの目の前にファングは静かに着地した。ファングは手元に召喚したブレイズの剣を掴むと彼の首に向けてそれを突きつける。

 

「すごい、ファング勝っちゃった」

「私が応援していたのです、当然ですわ」

「ええ、内心でずっと応援をしていましたね。そして今はとても喜んでいる。ふふ、中々初々しいですね」

「こ、心を読まないでください」

「それくらい読まなくても分かるって」

 

 ティアラたちはギャザーを撃破したファングに笑顔を浮かべた。

 

「おま、えはなんなんや」

「さあな。強いていうなら天才イケメンフェンサーだ」

「・・・・・・そうか。邪神に選ばれたんか。ちっ、別次元ってそういうことやったんか」

「何か言ったか?」

 

 ぶつくさと俯いていた何かを喋るギャザー。もしや何かを企んでいるのだろうか。彼のことを不審に思ったファングは剣を振り上げる。

 

『相手はSランク妖聖だ。容赦はするなよ』

「ああ、これで終わりだ」

『待って! 二人とも。こいつはバハスを洗脳したのよ。元に戻させないと! それにシャルマンの居場所も知ってるはず。まだ斬るのは早いわ』

 

 ファングは振り下ろそうとした剣の手を止める。確かにこのままギャザーを斬り捨ててしまえば数多くの問題や謎が残されてしまう。特に洗脳されたバハスが問題だ。シャルマンの方はウィザードに追い詰められているレオかロブスターオルフェノクに聞き出せば良いが彼は違う。もしもギャザーを倒すことで洗脳を解除出来るならそれで良いが、二度と解けなくなってしまえば大問題だ。ファングは振り上げた剣を下ろした。

 

「・・・・・・縛り付ければ良いか、ブレイズ?」

『ああ、やむを得ん。ただしその鎧は絶対に解除するなよ』

「分かってる」

 

 ファングは腕を振ってウィザードを呼び寄せる。

 

「晴人、頼む」

「オッケー」

『バインド プリーズ』

 

 ギャザーの手足をウィザードの鎖が拘束した。これでもう身動きはとれないはず。この鎖は晴人の魔力で作られた特別製だ。引きちぎるにはそれ相応の魔力が必要になる。今のギャザーに脱出する手立てはない。彼は諦めたのか無言で項垂れる。

 

「お前には聞きたいことがあるんだ。洗いざらい吐いてもらおうか」

「おかしな真似はするなよ。言っておくけど俺もまだファングみたいな切り札を温存しているぞ。しかも二つ。さっきは併用出来なかったから使わなかったけど」

「分身より強いのがあるのかよ。お前すげえな」

 

 流石は一つの世界を救っただけはある。晴人の手数はファングよりも遥かに多かった。

 

「さて、先ずはバハスを元に戻して・・・・・・」

「────せやな、そうするしかないわ」

「あ?」

 

 ファングは首を傾げる。俯いていたギャザーが顔を上げると虚空へ向けて喋り出したからだ。訳が分からない。気でも触れたのか。怪訝な表情でファングはギャザーを見つめる。彼は気味の悪い笑みを浮かべていて何を考えているのかさっぱり分からなかった。

 

「待っててな。ワイが必ず邪神を消したる。この世から悪いヤツを一人残らず滅ぼしたるからな」

 

 何を言っている。邪神を消す、だと。邪神は女神との相討ちによって封印されたではないか。女神の全力で封印が精一杯なのだ。逆に考えればそれは邪神を物理的に消すのは不可能に等しい。神々の戦い、その戦いにはファングの師である剣崎も参加していた。彼ほどの実力者がいながらも邪神は眠ったままなのがそれの証明だ。もはや意識体でしか存在しない半ば概念に近い彼をどうやって滅ぼすというのだろう。そこまで考えてファングは気づく。

 

────ギャザーを拘束していた鎖にヒビが入っていたことに。

 

 彼の魔力が高まっていく。晴人の魔力すら越えかける程に。

 

「っ!? 晴人、こいつから離れるぞ! なんか不味い!」

「ああ!」

 

 ファングとウィザードは後退する。いや、無事に下がることが出来たのはウィザードだけ。ファングはギャザーにしがみつかれて離れることが出来なかった。鎖が完全に砕ける。ついにギャザーは晴人の魔力を越えた。ここまで来たらなんとなく彼が何をしようとしているのか分かってくる。

 

「は、離せ! こいつ・・・・・・俺もろとも自爆する気か!?」

「約束したんや。全部終わらせるって」

『・・・・・・だろうな』

 

 誰と約束した。一体何を全部終わらせる気なんだ。突然の窮地に追い込まれながらもファングはそれが気になった。

 

「この街には大勢の人がいるのですよ? 街ごと自爆する気ですか!?」

「どうやらそのつもりらしい。ファング、今助ける!」

「無理だ! 変に刺激を加えたらこいつは爆発する!」

 ウィザーソードガンを構えた晴人をファングは慌てて制止した。

 

「Shit! I want to do what!?(くそ! 何がしたいんだ!?)

「知るか! そんなの俺が知りたいね!」

 

────complete

 

────start-up

 

 レオはアクセルフォームに変身すると琥珀色のウィザードを蹴り飛ばして逃走した。

 

「仲間まで逃げた。本気で自爆する気みたい・・・・・・!」

「私たちも逃げないと危ういですよ」

「ま、待ってください! ファングさんたちを置いていく気ですか!?」

「・・・・・・」

 

 リタは無言で頷く。ティアラの顔が絶望に染まる。

 

「おい、これは一体なんだ!?」

「何が起きてるんです!?」

 

 ようやくティアラたちと合流した巧と果林。彼らは事態をイマイチ分かってないのかとても困惑している。ただ鬼気迫る彼らの雰囲気に並々ならぬモノを感じた二人は一番落ち着いているリタに話しかけた。

 

「ギャザーが自爆します。・・・・・・逃げますよ」

「そ、そんな。ファングさんは・・・・・・!?」

「どうなっちまうんだ!?」

「・・・・・・恨むなら一生恨んでください。あなたたちまで失う訳にはいかない」

 

 ファングを置いて逃げなくてはならない。そこまで事態は重いというのか。巧は彼に視線を向けた。

 

「巧、皆のことは頼んだ」

「ファング、お前」

「勘違いすんじゃねえぞ。俺は死ぬ気はない。しばらく戻れそうにないからちょっと任せるだけだ」

「ああ、任せとけ」

 

 他に適任がいるだろ。無愛想な自分に出来るはずがない。そう思いながらも巧は頷いた。ファングが真剣に言っている。なら真剣に答えるしかないじゃないか。

 

「ファングさん、ちゃんと帰ってきてください」

「言われなくてもわかってるよ」

「私、信じてますから! だから、だから・・・・・・」

「約束する。必ず皆で戻ってくるよ。だから美味い飯でも作って待ってろ」

「・・・・・・私、ご馳走作って待ってますから」

 

 ティアラは俯いてファングに言う。本当は彼に笑顔を向けたい。自分はあなたがいなくても大丈夫だって安心させたかった。でも顔を上げられそうにない。泣いている自分を見たら彼はきっと心配してしまうから。ティアラは俯いて約束するしか出来なかった。

 

「行きますよ、皆さん。掴まってください」

 

 巧たちはリタに掴まる。彼女の能力で彼らは瞬間移動した。

 

「皆行ったか」

『・・・・・・ごめんね、ファング』

「はあ、なんでお前が謝るんだよ?」

『あたしがギャザーを斬るのを止めたりしたから』

 

 ファングは面倒くさそうに頭を掻いた。

 

「お前は俺が本当はこいつを斬りたくないってことを知って止めたんだろ。自分を責めるんじゃねえよ」

『な、なんでそれを』

「パートナーだからな。言われなくても分かる。お前もそうだろ」

『・・・・・・うん!』

 

 ファングはフッと笑った。アリンも彼の心の中で笑う。

 

「お前らまで巻き込んで悪かったな。でもこのまま逃げる訳にはいかない。こいつの自爆を止めないといけないんだ」

『街の人間を見殺しにするような男についていく気なんて毛頭ない。俺はお前が誰かを守れる人間であると信じている。だから謝る必要なんてないさ』

『このままにげるようなひとだったらわたしはきみをすきにならなかったよ。でもきみはにげずにここにいる。だから、わたしはずっときみのそばにいるよ』

「・・・・・・ありがとな、お前ら」

 

 ファングはギャザーを引き剥がすと彼と自分の周りを覆うように炎の壁を張った。以前ティアラから教えてもらったバリアの魔法だ。これでギャザーの自爆から街を守れるだろうか。少しだけ不安になる。まあ少なくとも自爆の規模を押さえることくらいは出来るはずだ。・・・・・・本当は巧たちと一緒に逃げることだって出来た。でも何も知らないたくさんの人たちを犠牲にする訳にはいかない。逃げずにギャザーの自爆を抑える。そして人を守る。それがファングの出した答えだ。

 

「・・・・・・あんさんも北崎ってヤツと同じでバカな人間やな。人を守って死ぬなんてな。言っとくがワイは死なんぞ。微かでも命が残っていればSランク妖聖は復活する。この自爆だって死ぬ気でやる訳やない。もしかしたら死ぬかもしれんけどな」

「は、俺も死なねえよ。俺には女神様がついてんだからな」

「女神・・・・・・? 邪神やろ」

「・・・・・・ま、良いか。俺からしたらティアラ(邪神)も女神みたいなもんだしな」

 

 ギャザーはアリンが女神の一部だと知らないようだ。心を読む能力も万能ではないということか。

 

「なあ、一つ聞いていいか。お前は誰と何の約束をしたんだ」

「ええで。冥土の土産にするんやな」

 

 冥土の土産、か。殺す気の向こうからしたらファングが死ぬのは決定事項のようだ。絶対に生きて帰ってやる。ファングは力強い笑みを浮かべる。なんとなく彼の意思を汲み取ったのかギャザーは仏頂面になった。その仏頂面のまま彼は口を開く。

 

「この世から全ての悪を消す。それがワイが『エルモ』とした約束や」

「エルモ? どっかでその名前聞いたような・・・・・・」

「時間や。あの世でエルモに会って確認するんやな」

 

 その瞬間。ギャザーの身体から闇が吹き出した。ファングは本能で悟る。それに生身で触れた人間は誰であろうと例外なく死ぬと。絶対に止めなくてはならない。ファングはその手にアリンの剣を召喚する。

 

「────いくぞ、アリン!」

『────いくよ、ファング!』

 

 ファングは闇に向かって剣を振り下ろした。

 

 




ストーリーの都合で最強フォームを使わない理由をつけるのって大変ですね。プロの脚本家の方々は本当に凄いと思います。

ちなみに今回のクロックアップとクロックダウンはゲーム内で実際にある魔法です。決してZECTをパクった訳でもインフィニティリングの能力をパクった訳でもありません。

オリジナルストーリーはもう少しだけ続きます。ギャザーの過去とかやってファイズブラスターとアリン覚醒をやる予定です。
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